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魔王の器 作者:月野文人

第四章 大陸大乱編

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大乱前夜

 シドヴェスト王国連合軍の敗走により、大陸西方南部のほぼ半分を制圧したルースア帝国。この状況に至っていよいよニコライ帝が率いるルースア帝国本軍も大陸西方に進出。グランツーデンに本陣を構えることになった。
 もっとも進出を決めるまでには、かなりの議論が必要とされた。その最大の理由は戦場にカムイ・クロイツが現れたという情報、そしてそのカムイ・クロイツがシドヴェスト王国連合と行動を共にしているという情報がもたらされたからだ。
 アーテンクロイツ連邦共和国がいよいよ反旗を翻してきた。ルースア帝国はこう受け取った。アーテンクロイツ連邦共和国はすでに存在していないのだが、そんなことはルースア帝国には関係ない。もともと彼らが恐れているのは、カムイ・クロイツなのだ。
 議論は大きく二つに割れた。ニコライ帝自身が大陸西方に進出するのは危険だという考えと、大陸西方を本当の意味で制圧、そして臣従させるにはニコライ帝の参戦が欠かせないという考えの二つだ。議論といってもニコライ帝の参戦に反対する臣下と、今度こそ自らの手で大陸制覇を成し遂げたいと考えるニコライ帝の間でのことであり、我が儘を言う皇帝を臣下が説得していたという図が実際のところだ。
 ニコライ帝の意思は固く臣下による説得は失敗。ニコライ帝自らが本軍を率いて大陸西方に進出することになった。グランツーデンを選んだのはそこが妥協点だったからだ。
 ウエストミッドでは北部に近すぎる。北部にはシュッツアルテン王国があり、反乱側の勢力範囲といえる。それに何と言ってもその東側にはノルトエンデがあるのだ。一方で南部は、少なくともルースア帝国本国に至る範囲はほぼ制圧している。残党が残っていても、それは大した勢力ではない。シドヴェスト王国連合とオッペンハイム王国との戦いでは前線になる可能性があっても退路は確保されているという判断だ。
 ただここまでは決まっても、そこから先がなかなか決まらない。これはニコライ帝の我が儘云々ではなく純粋に軍事的な戦略、戦術が決まらないということだ。
 今日もまたグランツーデンの会議室では軍議が行われていた。

「もう一度、状況の確認を。ヴァシリー、説明を頼む」

 アイザック・ボンダレフ将軍がヴァシリーに状況の説明を求めてきた。すでに何度も行われていることだが、日々情報収集と分析は進められている。改めて最新の状況を確認したいという意図だ。何か変化があれば議論も進む。こう期待してのことでもある。

「では説明致します」

 ボンダレフ将軍の指示を受けて、ヴァシリーは席から立ち上がった。

「戦場に現れた千名ほどのシドヴェスト王国連合の増援軍。それが共和国軍の偽装であり、その中にカムイ・クロイツがいたことは報告した通りです」

「本当に間違いないのだな?」

 ヴァシリーの説明にユーリ・ロマノフ将軍が念を押す。カムイがいたかどうかは戦略を決定するにあたって重要な点だ。間違いがあってはならない。

「仮にカムイ・クロイツではないとすると、シドヴェスト王国連合には一人で五百名もの狂戦士部隊を圧倒し、勇者を倒せる戦士がいるということになりますが?」

 そんな人物はいないという意味を言外に込めてヴァシリーはロマノフ将軍の問いに答えた。ヴァシリーは何度も説明をさせられ、それでも一向に戦略を決められない軍部に少々苛立っている。

「もしそうであれば大問題ではないか」

 残念ながらロマノフ将軍にヴァシリーの嫌味は通じなかった。もしくは、分かっていて惚けられた。ロマノフ将軍は慎重派。性急な侵攻には反対している立場だ。

「カムイ・クロイツがシドヴェスト王国連合軍と共に西部に向かったという情報があります」

「そのような出元が分からない情報は信用出来ない」

「その通りです。ですが、共和国軍と思われる軍勢が西に進んだという目撃情報は得られました」

「本当か?」

 この情報は新たにもたらされたもの。この場にいる全員が初耳だった。

「複数の目撃情報を分析し、間違いないという結果が出ました」

「本当にカムイ・クロイツが西にいるのであれば、安易に攻め込むべきではない。まずは後方を固めることを優先すべきだ」

 これまで何度も訴えてきた慎重論をロマノフ将軍はまた口にした。

「何を言うか! カムイ・クロイツを討てば全ては終わる! 西進して一気に決戦を挑むべきだ!」

 一方でボンダレフ将軍は積極派。西進して反乱勢力との決戦に臨むべきだと主張している。

「敵の総兵力は六万! 自国内であればもっと増やしているかもしれない。安易に勝てる相手ではない!」

「分散されるよりはマシではないか! 敵勢力が一か所に集まっている今こそ、反乱勢力を駆逐する絶好の機会だ!」

「集まってはおらん! 北部にも反乱勢力は存在する! 中央だって怪しいものだ!」

 何度も繰り返された議論がまた始まった。繰り返しても結論が出なくて今があるというのに。

「静かにしろ! まだヴァシリーの報告は終わっていない!」

 二人の言い合いを止めたのはセルゲイ・バスキン将軍。軍部も無駄に議論を続けたいわけではない。ただ方向性を決めるものがないだけだ。それが何かとなると、結局はカムイはどこにいるかだ。

「……説明を続けます。カムイ・クロイツが率いると思われる共和国軍の足取りは最後までは終えておりません。現時点では西に向かったということしか分かっていません」

「シドヴェスト王国連合軍は?」

「一部はエリクソン王国の東の城塞に一万ほどが籠っております。残りは更に後方、オッペンハイム王国に合流した模様です」

「間違いないのか?」

「オッペンハイム王国に潜り込ませていた者からの情報ですか」

 ルースア帝国は西方各地に間者を潜り込ませている。これは帝国となる以前からだ。唯一の例外がノルトエンデ、そしてシュッツアルテン王国だった。もっとも情報が必要な場所に送り込めていないのがルースア帝国をこうして悩ませている。

「だが共和国の情報はない」

「はい。間者がオッペンハイム王国を出てから合流したのかもしれません。合流していないのかもしれません」

「西に向かったという情報はカムイ本人が流したものではないのか?」

「その可能性は充分にあります。だからといって西に向かったというのが嘘であると決めつけるのはどうかと思います」

「裏をかくつもりだと?」

「はい。しかし、そうでない可能性もあります」

「どちらなのだ!?」

 先ほどからのヴァシリーの話ははっきりしないものばかり。それがバスキン将軍を苛立たせた。

「どちらであろうと、いずれカムイとは戦うのです。勝てる方法を選べばよろしいのではないですか?」

 慎重派と積極派の両方に共通しているのは、確実にカムイを討てるという戦術がないことだ。それではどちらを選んでも同じことだとヴァシリーは考えている。それがないのであればカムイとの講和を考えるべきだと。

「……勝つ方法はある」

 これまで黙って話を聞いているだけであったニコライ帝が口を開いた。発言はしていないが、ニコライ帝は積極派だ。自らが率いる軍で反乱勢力を討ち果たし、大陸統一の英雄として歴史に名を刻みたいのだ。

「帝国の勇者ですか」

「そうだ」

 勝つ方法は勇者の力を使うことだ。五百人の狂戦士部隊は通用しなかった。だが千であればどうか。二千、三千であればどうなのか。一対一では不覚を取った。だが二人、三人では。もっと大勢でかかればどうなのか。帝国の勇者は七人いるのだ。

「果たしてそれが陛下の望まれる覇業の形となりますでしょうか?」

 帝国の勇者の総力を挙げれば、勝てるだろうとヴァシリーも思っている。だが、その選択にヴァシリーは否定的だ。

「……どういう意味だ?」

「狂戦士部隊については兵の間では評判がかなり悪いです。理由はご説明するまでもないと思います」

「……分かっている」

 死を恐れずに戦い続ける狂戦士部隊。だがそれは自らの意思ではない。勇者の魔法によって操られているだけだ。決死の戦いを強いる勇者の戦い方はそれをされる兵士に疎まれている。それはそうだ。兵士は戦いに勝つ以上に生き残りたいのだ。

「帝国の勇者などと呼んでおりますが、彼らの忠誠は陛下に向いておりません」

「何だと?」

「彼らが敬っているのはクラウディア皇后陛下のみ。ディア王国の勇者というわけではございません。クラウディア皇后陛下個人の勇者というべきものです」

「クラウに……」

 ニコライ帝は選定の儀を受けた後の勇者たちとほとんど接していない。彼らの言動の変化を知らなかった。

「帝国の勇者に頼るべきではございません。それどころか彼らは速やかに抹殺すべき存在かと考えます」

 仮にカムイを討ち、反乱を鎮圧することが出来たとしても、ルースア帝国は新たな火種を抱え込むことになる。帝国の勇者を率いたクラウディアの反乱。それをヴァシリーは恐れている。勇者だけでなくクラウディアもヴァシリーは信用していないのだ。

「……今考えることではない」

 ヴァシリーの懸念はニコライ帝にも伝わった。だがその口から勇者抹殺を否定する言葉が出てきた。

「正面から討つ必要はございません。ご許可を頂ければ確実な方法は考えます」

「許可は出せん」

「しかし……」

「クラウを呼べ。一度話をしてみよう」

「……承知致しました。伝令を送ります」

 懸念は伝わったが、ヴァシリーとニコライ帝では一つ違うところがある。ニコライ帝は勇者に懸念を覚えてもクラウディアにそれを感じることはない。勇者がクラウディアに忠誠を向けているのであれば、それは自分への忠誠と同じではないかと考えたのだ。

「カムイを討つ為に勇者が必要であれば、上手くそれを利用するべきだ」

 ニコライ帝はヴァシリーが抱く不満を和らげようとこんなことを口にした。だが、これではヴァシリーの不満は和らぐどころか増すだけだ。

「カムイを討つことではなく、反乱鎮圧が目的ではありませんか?」

「……同じことではないか」

「果たしてそうでしょうか? カムイについて新たな情報があります」

「どのような情報だ?」

「シドヴェスト王国連合に占拠されていたグランツーデンが落としたのはカムイである可能性が高いようです」

「……何だと?」

「グランツーデンはカムイが落としたと申しました。落とした上で占拠することもなく、去ったようです。我が軍は空っぽになったグランツーデンに入っただけです」

「……どういうことだ?」

 ヴァシリーの話が事実であれば、カムイとシドヴェスト王国連合は敵対していることになる。だがカムイはそのシドヴェスト王国連合と行動を共にしているという情報もある。二つの情報は矛盾している。

「カムイはシドヴェスト王国連合やオッペンハイム王国といった反乱勢力とは違った目的で動いている可能性があります」

「それは何だ?」

「……今は分かりません」

 カムイの目的などヴァシリーに分かるはずがない。いや、自国の勇者をもっと調べ、その素性や目的を知ることが出来れば分かるはずだ。知ることが出来るのであれば、今のカムイよりも遥かに詳しい情報を。

「不確定な情報を持ち出しては会議が混乱するだけ。今はこれからの戦略を定めることが重要」

 ボンダレフ将軍が口を挟んできた。確かに言う通りではある。だがその戦略を決定することが出来ないで会議を繰り返しているのだ。ヴァシリーがカムイとの講和を望んでいることをボンダレフ将軍は知っている。積極派であるボンダレフ将軍としてはヴァシリーに主導権を渡したくなくて、こんなことを言いだしたのだ。

「その通りです。速やかに戦略を決めて行動を起こすことが重要だと考えます」

「分かっている」

 ヴァシリーに嫌味を返されたと思って、ボンダレフ将軍は顔をしかめている。

「そうではありません。カムイの行動には一貫性がなく、何を意図しているのか分析が困難です。そんな中で一つの可能性が見えてきました」

「それは何だ?」

「時間稼ぎ」

「何?」

「カムイは我らが本格的に動けないように混乱させているだけではないかと。もちろん、きちんと分析出来た結果ではないので、あくまでも可能性ですが」

「……何の為に?」

 ヴァシリーの説明を、確たる根拠のないことだと否定することはボンダレフ将軍には出来なかった。実際にルースア帝国軍がグランツーデンに進出した以降は動けないでいる。

「それが分かれば、断言出来るのですが……」

「とにかく動くことだ。相手に備えさせる時間を与える必要はない」

「動くと言うがどう動くのだ? それが決まっていないではないか?」

 ボンダレフ将軍の意見にロマノフ将軍が口を挟んできた。これでは議論が振り出しに戻っただけだ。
 ルースア帝国は、ヴァシリーでさえ、まだ気付いていない。最大の問題はカムイたちが用意した舞台に自ら上ろうとしていること。ルースア帝国は自ら戦場を作ることをしていない。
 これはかつてシュッツアルテン皇国が陥った状況と同じ。自国は強国であるという思いがあり、受け身でも勝てるという大国の驕りが生み出している混乱なのだ。

◇◇◇

 グランツーデンでルースア帝国の軍議が行われているのとほぼ同じ頃。ウエストミッドでも会議が行われていた。参加しているのはクラウディアと帝国の七勇者。ルースア帝国が行っている軍議とは少し異なるが、やはり議論の中心はカムイだった。

「……予想通りと言うべきか、予想外と言うべきか」

「ベトールの油断ではないのか?」

 ケヴィン・オクの呟きにエルヴィン・フルが応える。カムイとの初戦。レオ・ベトールが遅れを取ったことをどう捉えるべきかを話しているのだ。

「油断したつもりはない」

 当人であるベトールがフルの言葉を否定する。

「ではお前の力量の問題だな」

「自分であれば問題なく勝てると? では戦ってみれば良い。さっさとカムイのところに行って討ち取ってこい」

「そうして良いのであればそうするが?」

「俺はそうしろと言っている」

 フルの挑発にもベトールは冷静な反応を見せている。ベトールにはカムイを過大評価しているつもりはない。それを認めようとしないフルの方が愚かだと考えている。

「……そのカムイはどこにいる?」

「俺に聞かれてもわからん。知りたければ自分で探せ」

「何だと?」

「そこで怒りを表す理由が分からん。俺はカムイ・クロイツの行方を捜す任務など受けていない。その俺に聞く方が間違っている」

「…………」

 ベトールの言葉にフルは何も言い返せなかった。

「無駄話は終わったか? 終わったのであればカムイと戦った印象を聞かせてほしいものだな」

 会話が途切れたところでオフィエルがベトールにカムイの実力を尋ねる。カムイの力量はやはり気になるのだ。

「……上手いという表現が良いのだろうか」

 オフィエルの問いにベトールは強いではなく上手いと答えた。

「上手い?」

「戦い慣れていると思った。技、経験で負けた気がする」

「……経験で負けただと?」

 カムイより遥かに長く、悠久という時を生きている彼らだ。経験で負けるなどあり得ないとオフィエルは思った。

「我らには地で戦った経験がない。器の記憶だけではカムイには敵わない」

「……随分と弱気だな」

「弱気なのではない。実際に戦って現実を知っただけだ。経験を積めば勝てるようになると思っているし、そもそも一対一でなければ今のままでも充分に我らは勝てる」

「一対一でなければか」

 オフィエルのプライドがベトールの言葉をそのまま受け入れさせなかった。

「人族の勇者は大勢で一人の敵を倒すのが普通。気にする必要はない」

「……それは冗談か?」

「いや。常識だ」

「そうか……」

「それも無駄話。今話し合うべきはこれからの行動。それにカムイがどう関わってくるか見極めることだ」

 オクが話を本題に戻す。カムイの行動の真意は勇者たちにも掴め切れていない。根本のところで相反することは分かっていても、必ずしも行動が異なるものになるとは限らない。それがカムイの行動を読むことを難しくさせていた。

「そう言うが情報が少なすぎる」

 オフィエルも無駄話をしたいわけではない。考える材料が少な過ぎて、結論に辿り着くのは無理だと考えているのだ。勇者たちの情報源はルースア帝国。それも帝国内では地位の低い勇者たちに届く情報は限られている。

「魔族を引き込めば良いのではないか? 今の我らには手足となって動く者どもがいない。それが行動を難しくしている」

 フルが解決策を提案してきた。 

「どんな名目で?」

 だがそれくらいのことは誰もが思い付いている。簡単には出来ないから口にしなかっただけだ。

「それは……しかし、今のままでは色々と難しいのではないか?」

「確かに……」

 地の世界においては距離や時間、他にも様々な物資的な制約に縛られる。思うようにいかない状況への苛立ちは全員の共通した思いだ。

「……クラウディア様。どう思われますか?」

 オクがクラウディアに意見を求める。彼らには決められる問題ではないからだ。

「……魔族を巻き込むことは認められません。それは神のみが許される行為。我らにはそのような権限はありません」

 じっと前をつむったまま話を聞いていたクラウディア。オクの問いにも目を閉じたまま答えを返した。

「……それはルキフェル様としてのご意見ですか?」

「それを聞くことの意味が私には分かりません。私は私。違いますか?」

「い、いえ。失礼いたしました」

 クラウディアは目を閉じたままで表情も変わらず。とくに声を荒らげたわけでもないのに、オクは声を震わせている。

「カムイ・クロイツの行動に惑わされてはなりません。それはカムイの術中に嵌るだけです。我らが為すべきことは何かを考え、それに沿って行動すれば良いのです。その中でカムイの真意も見えてくるでしょう」

「かしこまりました」

「我らの行動は神の意思。それに逆らう者はそれが何者であれただ滅するのみ。我らが恐れるのは神の御怒り。それ以外に恐れるものなどありません」

「「「はっ!」」」
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