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魔王の器 作者:月野文人

第四章 大陸大乱編

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世界を敵に

 ノルトエンデの都ハルモニアの近くにある洞窟。どこまでも続く深い洞窟は、いつ誰が名付けたのか、ノルトエンデの深淵穴と呼ばれている。
 どこまで続くのか。これを全て知っているのは、洞窟を千年の時をかけて広げてきた深淵穴に住む魔族だけ。もしかすると、その魔族たちでも全てを把握していないのかもしれない。
 旧シュッツアルテン皇国の城、今はディア王国の城とノルトエンデを結ぶ転移魔法陣は、この深淵穴にある。
 クラウディアとの話を終えてノルトエンデに戻ってきたカムイは、すぐにハルモニアに向かうことなく、洞窟を出たばかりの場所で、地面に横になって夜空を見つめていた。
 明かりも遮るものもないこの場所では、夜空に輝く月が、瞬く星々が良く見える。

「……気を使わなくて平気だから」

 カムイの口から声が発せられる。その声に応えて、近付いてきたのはヒルデガンドだった。

「大丈夫ですか?」

 寝転がっているカムイの横に膝をついて、心配そうな表情でヒルデガンドはカムイを見つめている。

「心配させた?」

「それはそうです。一人になりたいなんて言って、迎えを返したと聞けば、心配にもなるわ」

「それはそうか」

 ウエストミッドから戻ってきて、すぐに仲間の下に行く気にカムイはなれなかった。会う前に気持ちを落ち着かせようと考えていたのだが、結果として、ヒルデガンドを心配させることになった。

「それで……?」

「殺せなかった」

「そう……邪魔が入ったのですか?」

 失敗と聞いて、ヒルデガンドは少しホッとした顔をしている。元々、暗殺という手段は、ヒルデガンドの好むものではないのだ。

「いや。気持ちで圧倒されて、何もする気になれなくなった」

「気持ちで圧倒されて?」

 カムイの答えはヒルデガンドには意外だった。クラウディアにはカムイに抗える力はないとヒルデガンドは思っている。体力だけでなく精神面でも。

「あれは……俺だな」

「えっ?」

「周囲から仲間が消え、状況を何とかしようと抗ってもどうにもならず。他人を憎み、世の中を恨んでいた。あれは昔の俺と同じだ」

 カムイが魔法が使えないと分かって、周囲の態度は変わった。友達は離れ、家族の見る目も冷たくなった。強くなろうと努力をしても、その状況は変わることなく、苛めを受けるようになって、最後は死のうとまで考えた。
 こんな過去の自分とクラウディアがカムイには重なって見えた。

「……彼女はどうなっているのですか?」

「子供だった俺よりも、もっと酷いのかもしれない。いや、酷いのだろうな。子供の時の俺とあれでは立場が違う。影響力も、心に思うものも、それによる苦しみも……俺には狂気に支配されているとしか思えなかった」

「そこまで……」

 ヒルデガンドの知るクラウディアもやっていることは滅茶苦茶だった。だが、それは愚かさを感じさせるもので、狂気といったものではない。

「逆に向こうから殺せと言われた。でも、そう言われると尚更、昔の自分のようで殺せない。そう思って戻ってきたけど……」

「どうしました?」

「ただ単に負けただけだ。殺してしまえば負けだと思った。こう思うこと自体、気持ちが負けている証拠だとも、ここに戻ってきて思った。結局、俺は頭が混乱して、何をして良いか分からなくなって、逃げ帰ってきただけだ」

 カムイの顔には自嘲の笑みが浮かんでいる。自嘲でも笑みが出るくらいには、今は気持ちが落ち着いていた。

「それでここで頭を整理しようとしていたのですか?」

「まあ。でも今はどうすれば、あれに勝てるのか考えていた。そもそもどうすれば勝ちなのか、かな?」

「また難しいことを」

 力比べであればカムイの勝ちだ。ウエストミッドに戻って殺してくれば良い。だが、カムイの考えている勝敗はそういうことではないのだ。

「地面に転がって夜空を見ていた。死にたいと思っていた頃の気持ちを思い出す為に。もし、あの頃の虐めっ子に殺されたら、俺はざまみろと思っただろう。自分が仕出かしたことを思い知れと喜んだだろう」

「そうなのですか?」

 ヒルデガンドにはカムイの考えが理解出来ない。虐められた上に殺されたのでは、恨みがさらに重なるだけだと思った。

「その時の俺であれば。死のうと思った気持ちの中には、虐めた相手への嫌がらせも少し混じっていたと思う。お前のせいで俺は死んだんだ。お前は人殺しだ。こう相手に訴えたいって気持ち」

「何だかそれは……」

「歪んでる? でも、死にたいなんて思っているのだから普通の状態じゃない。まあ、あくまでも俺の場合だけど。それでも結果として、殺さないで戻ってきたのは正解だと思えた」

「では、助けるのですか? テレーザさんのように」

 死にたがっていたのはテレーザも同じ。そのテレーザを何とかしたいと考えて、カムイは自分の側室にした。

「……俺には無理だな。それに、あれは罪を犯し過ぎた。それを助けようとすることは、俺たちの覚悟を否定することにもなる」

 罪を犯しているのはカムイたちも同じだ。その罪から逃れようなんて気持ちはカムイたちにはない。自ら罰するつもりはないが、それを許されようなんて思いもない。犯した罪によって、惨めに死ぬことなっても、それは仕方がないと覚悟している。
 クラウディアもどんな理由があっても、本人がどんな状態にあったとしても、犯した罪は償うべきだ。その罪はカムイが救えるほど軽いものではない。

「では、どうするのですか?」

「それを考えていた」

「そうですか……駄目ですね。私はこういう時にカムイの力になれません」

 ヒルデガンドには死にたいと思った経験はない。カムイが言うような歪んだ思いは、言葉としては理解しても、心では理解し切れない。
 今のカムイの気持ちに重なることが出来るとすれば、それはきっとテレーザだとヒルデガンドは思ってしまう。

「そんなことはない。俺はあれに勝てるのはヒルダのような人だと思ってる」

「どうして?」

「さっきも言った通り、あれは昔の俺だ。俺たちといっても良い。以前の俺たちは失うものなど何もなく、怖いもの知らずで、好き勝手に行動をしていた。それが強みだと思っていた」

「……そうですね。カムイたちも相当酷いことをしていました」

「今のアレも同じ。捨て身の怖さがある。一方で俺は守るものが増えた。失いたくないものが今は沢山ある。立場逆転だな」

 捨て身の恐ろしさは、それを実践していたカムイには良くわかる。そして、今のカムイは以前の自分とは違っているという自覚がある。

「守るものがあるからこその強さもありますよ」

「それは分かっている。でも、俺よりもヒルダの方がその強さを発揮出来る」

「どうして私が?」

「ヒルダには俺たちにはない正しさがある」

「そんなことないわ。私だって多くの間違いを犯している」

「そうであっても、ヒルダは正しくありたいと思っている。正しさを捨てた俺とは違う」

「私は……」

 正しいと言われても、ヒルデガンドは少しも嬉しくない。ヒルデガンドはカムイと同じ場所にいたいのだ。カムイが堕ちるなら自分も共に堕ちるとヒルデガンドは誓っているのだ。

「……ヒルダ」

 ヒルデガンドが寂しそうな顔をしているのを見て、カムイは上体を起こして、ヒルデガンドの体をそっと引き寄せた。

「ずるいわ。こうやってカムイはいつも誤魔化そうとする」

「違うから。俺はヒルダにはヒルダらしくいて欲しいと思っている。俺のやることに文句があれば、遠慮なく言ってほしいと思っている」

「カムイ……私は……」

 カムイの言葉をヒルデガンドは否定しきれない。今回のクラウディア暗殺の件も、口では何も言わなかったが、内心はかなりの抵抗があったのだ。

「自分を誤魔化さないで。自分を殺して俺に従うヒルダはヒルダじゃない。俺はそんな思いをさせる為に、ヒルダの隣にいるわけじゃない」

「カムイ……」

「ヒルダ……」

 カムイはヒルデガンドを抱きかかえたまま、ゆっくりと地面に倒していった。

「……外でなんて駄目だと思うわ」

「えっ?」

 地面に押し倒したヒルデガンドから、カムイにとって実に残念な言葉が発せられてしまった。

「こんな場所でなんて恥ずかしいわ。誰かに見られたらどうするの?」

「ここは従って……いや、そうだな」

 ここは自分を殺して、為されるがままになって欲しかった、とは言えなかった。

「もう大丈夫だと思って良いかしら?」

 思い悩んでいる人は、夜空の下で奥さんを抱こうなんてしない。抱こうとする人も中にはいるかもしれないが、カムイはそういうタイプではない。

「ああ。考えることはまだ色々あるけど、これだけは間違いないというのが思いついた」

「それは何かしら?」

「クラウディアは敵だ。こう認識することが、俺にとってもクラウディアにとっても良いことだってこと」

「そう……そうね。敵と見ることは、相手を認めるということですものね」

「そんな感じ。じゃあ、戻ろうか」

「ええ」

 まだまだカムイの中で、全ての思いが整理されたわけではない。自分が何を間違ってしまったのか、クラウディアをどうするのが正しいのかなど、悩みは残っている。
 そうであっても、カムイは先に進まなければいけない。
 もう決めたのだ。"世界"を敵に回すことになっても、戦い続けると。

◇◇◇

 翌日、朝から大会議室では、晴れやかな顔をしたカムイと、少し照れた様子のヒルデガンドが参加して、久しぶりの全体会議が行われていた。
 マティアスを筆頭とする文官たち、ラングやテレーザといった近衛騎士たち。さらにケイネルや、ヴァドエルなどの軍部の将。ノルトエンデにおける文武の主要人物が全て揃っている。
 ルッツとマリア、そしてイグナーツを除くノルトエンデの文武の高官全てと言った方が早かった。

「……会議の場に夜の余韻を持ち込むんじゃねぇ」

 進行役のアルトの第一声は、カムイへの文句だった。

「えっ? 俺は別に」

「別にって、すっきりした顔と火照った顔が二つ並んでいると、嫌でも変な想像しちまうわ」

「馬鹿か!? 今、何時だと思っている? 俺はただ鬱屈していた気持ちが少し晴れて……ヒルダ?」

「あっ、はい」

 カムイに問い掛けられて、真っ赤な顔で俯いていたヒルデガンドが顔をあげた。

「そういう反応は変な誤解を」

「あっ……はい……」

 消え入りそうな、小さな声で返事をすると、ヒルデガンドはまた恥ずかしそうに俯いてしまった。これでは誤解するなと言う方が無理だ。

「……さて、報告を頼む」

 ヒルデガンドを絡ませれば絡ますほど、ドツボにハマってしまうと考えて、カムイは何事もなかったかのように、アルトに報告を求めた。

「……まあ、これ以上突っ込んでもな。じゃあ、報告だ。まずは北部。ディア王国軍はアンファングの少し手前で陣形を組んだまま動かないでいる」

 カムイが帝都モスクから消えた後、ディア王国軍二万がシュッツアルテン王国に向かって出撃している。だが、ディア王国軍はアンファングに至る手前で進軍を止めていた。

「予想通りだな。テーレイズ王は頑張ってるか?」

 ディア王国軍が進軍を止めるのは、カムイたちの予想通りだ。問題はシュッツアルテン王国が、それに対してどう出るかだった。

「対帝国強硬派に対しては、厳しい処分を課すことも辞さねぇ勢いだ。思っていたよりも強権的だな」

「ああ、それは国王の座なんてどうでも良いと思っているからだろ? 気に入らなければ、俺は王の座を降りるなんて言われると、臣下の立場ではどうにもならない」

 なんと言ってもテーレイズには皇太子争いを自ら降りたという前例がある。脅しとしては有効だ。そして、テーレイズは脅しではなく、本気で王の座を放り出したいと思っている。

「シュッツアルテン皇家の血筋が、皇国旧臣共の頼りだからな。それを失ったらディア王国を倒す大義名分がなくなる」

 テーレイズがいるから、旧皇国の旧臣は正統性を主張出来る。その正統性が大陸西方の覇者として、ディア王国だけでなく、他の全ての国を統べる大義名分になるのだ。

「問題はどこまで本人が我慢出来るかだな。本質がただの面倒くさがり屋だからな」

 皇国への忠義を前に押し出して、やかましくディア王国との戦いを主張してくる臣下に、どこまでテーレイズが我慢できるかが、カムイの一番の懸念点だった。

「……そこは難しいな。強硬派の奴ら完全にディーフリートに踊らされてやがる。本気で大陸西方は、もう間もなく一斉に蜂起すると信じ込んでるみてぇだ」

「まあ、ここまでディーフリートは上手くやっている。そう思っても仕方がないだろうな」

「……ちょっと待ってください。それはどういう意味でしょうか?」

 マティアスが、カムイとアルトの会話の意味を尋ねてきた。

「どういう意味って?」

「我々も蜂起するのではないのですか?」

 カムイが帝都モスクを抜け出したからには、ルースア帝国はアーテンクロイツ連邦共和国を正式に敵と認定している。その前提で、すでに軍を動かしている。
 マティアスは共和国もいよいよ戦いに乗り出すものと思っていた。その為の、この会議なのだと。

「戦うにしても、もう少し戦況をすっきりさせないと」

「すっきりですか?」

「不確定要素の分析が終わっていない。勇者の情報は、ロイエ平原での戦いのものしかない。しかも、七人いるうちの四人しか参加していない」

「それは分かりますが、帝国がその間を与えてくれるでしょうか?」

 帝国は各地に軍を展開して、完全に臨戦態勢に入っている。戦いはいつ始まってもおかしくない状況だ。

「やっぱり、マティアスも真面目だ。ちょっとホッとするな」

「はっ?」

「これだけ一緒にいて、俺たちに染まらないのは良いことだ。色々な考えの人がいてこそ、また違う可能性が組織に生まれるからな」

「……あの、今はそういう話ではないかと」

「そうだった。敵の敵を無理に味方にする必要はない。敵同士、そのまま勝手に戦ってもらう選択肢だってある」

 マティアスは大陸西方全体でルースア帝国に反抗するという形を考えていた。実際にはカムイたちも、そうさせるつもりだ。だが、マティアスが反乱側と帝国の戦いとして考えていたのに対して、カムイたちは、もっと複雑な戦況を作ろうとしている。

「……そういうことですか。お考えは分かりました。ですが、その上で、私には懸念があります」

 マティアスの話を聞いたカムイの視線が、ちらりとヒルデガンドに向いた。ヒルデガンドは少し誇らしげにカムイには見える。自分にとって、ずっと右腕であったマティアスが、カムイの期待に応えているのが嬉しいのだ。

「その懸念というのは?」

「絶対的な数の差です。ルースア帝国の数に対抗するには、大陸西方がまとまる必要があります。それをあえてバラバラに戦うような真似をすれは、それは各個撃破という形になり、帝国に有利に働きませんか?」

 西方の各国の戦力は二万から四万。個別ではとてもルースア帝国に太刀打ちできない戦力差がある。

「確かに。でも、それは帝国軍も一つにまとまった時の話だ」

「まとまりませんか?」

「まとまらせない、が正しい。帝国軍を常に分散させる。これが今回の戦いでの基本戦略。それは今のところ上手く行っている。俺たちの策ではないけどな」

 ルースア帝国は、ディア王国軍を含めて軍を四つに分けている。一つの軍は二万から三万。数の上では各国で充分に対抗出来る規模だ。

「ディーフリートですか……」

「そう。帝国の目を北に、俺たちに向けさせた。それでも三万の帝国軍を相手だ。楽ではないと思うけど」

「そういえば、グラーツ王国の状況は?」

 シドヴェスト王国連合が直接、戦っていたのは元南方伯領、グラーツ王国だ。ディア王国の介入で、ロイエ平原の戦いがあったが、戦いは継続しているはずだった。

「グラーツ王国の王都グランツーデンはもう落ちてる頃じゃねぇかな?」

 マティアスの問いにはアルトが答えてきた。

「そうなのか?」

 アルトが話した情報はまだマティアスの耳には届いていなかった。

「正式に報告があったわけじゃねぇ。ただディア王国の介入がなければ、グランツーデンはとっくに落ちていた。それが少し先伸ばしされていただけだ。」

「……そうなると南部の戦場はグランツーデン?」

 帝国軍三万がシドヴェスト王国連合に侵攻している。グラーツ王国の王都グランツーデンの陥落を知れば。奪回に向かう可能性もある。

「どうだろうな。そりゃあ、ディーフリートがどう考えるかだ」

「アルトならどうする?」

「俺ならグランツーデンなんて、とっとと明け渡して、自国内で戦う」

「一応、理由を聞かせてもらおうか」

 マティアスも同じ考えだった。それでも理由を尋ねたのは、他の参加者の為だ。

「籠城は味方がいてこそだ。援軍のいない籠城は厳しいと思う。それにすでに籠城戦を終えた後。グランツーデン内の物資がどれだけ余っている怪しいもんだな」

「……オッペンハイム王国は動かないか」

 シドヴェスト王国連合にはオッペンハイム王国という同盟国がいる。籠城となっても、オッペンハイム王国軍がルースア帝国軍の後背を突くような戦いをすれば、充分に勝機はある。

「ルースア帝国だって全くの馬鹿じゃねぇ。その対策は打っている」

「……ウエストミッドか。しかし、オッペンハイム王国が引っ掛かるかな?」

 帝国は各地に軍を派遣するにあたって、ウエストミッドをほぼ空っぽにしている。これをアルトたちは、帝国の罠だと考えている。
 だがオッペンハイム王国が、それに気づかないとは思えない。

「これが案外、引っ掛かるんじゃねえか?」

「……どうして、そう思うのかな?」

 アルトの言い方が、マティアスには少し気になった。

「ウエストミッドを奪えば、オッペンハイム王国が反乱の主導権を握れるかもしれない」

 旧皇都の奪回だ。戦果としては大きい。それだけで皇国の旧臣が、オッペンハイム王国に従うとは思えないが。

「しかし、奪回に成功しても周囲に展開している帝国軍がすぐに戻ってくるはずだ。帝国西方駐留軍とディア王国軍のどちらも開戦に踏み切らないのは、この理由もあるのではないか?」

「開戦になるとすれば?」

「……なるのか?」

 ディア王国軍はシュッツアルテン王国、帝国西方駐留軍はイーゼンベルク家領の手前で駐屯している。その二国、正確には一国と一家、が開戦に踏み切るとはマティアスは思えない。特にシュッツアルテン王国については、つい先ほど、テーレイズが臣下を押しとどめていると話をしたばかりだ。

「俺はまだ先だと思うけど、オッペンハイム王国がどう思うかは分からねぇな」

「……そういうことか」

 すでにアルトは動き出している。いや、ずっと止まることなく動き続けていたのだ。それはこの場にいない他の三人も同じだ。

「まっ、しばらく俺らは高みの見物だ。これは言い過ぎか。直接的な戦闘行為は当面先だ」

「どうしてだ?」

「それは……」

 アルトの視線がカムイに向く。お前が話せというアピールだ。これはカムイにも分かっている。

「本格的な戦いを始めるにあたって、はっきりしておかなければならないことがある」

 アルトに促されて、カムイが説明を始めた。

「ルースア帝国の勇者は何者かということだ。そして、それが明らかになって初めて、俺たちが戦う相手が分かる」

「戦う相手ですか?」

 カムイの言葉に疑問を持ったのはマティアスだけではない。参加者のほとんどがルースア帝国以外にどこが敵になるのか、全く想像がつかなかった。それはそうだ。カムイの考えは、彼らの想像の遥か上を行っている。

「……俺は勇者の背後には神族がいると思っている。神族って知ってるか? 天にいて、神の使いと言われている種族だ。つまり、俺たちが戦う相手は神かもしれない」

「「「なっ!?」」」

 敵は神と聞いて、アルトやヒルデガンドを除く、全員が驚きの声を上げた。カムイはずっと、この自分の考えを誰にも話してこなかった。ずっと一人で思い悩んでいて、ヒルデガンドやアルトに話したのも、つい最近のことだ。
 今、これを話すカムイの顔に苦悩の色はない。もう決めたのだ。それが必要であるなら、”世界”を敵に回して戦うと。
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