ロイエ平原の戦い
シュッツアルテン皇国時代からロイエ平原は、南部からの中央侵攻を防ぐ為の、いくつかある防衛地点の一つとされている。平原の北部には大きな川が流れており、架けられている橋以外には渡渉可能地点が極限られている為に守りやすいのだ。
シドヴェスト王国連合軍にとって不利と思える、その場所をディーフリートはディア王国軍を迎え撃つ戦場に選んだ。
その理由はそれほど複雑なものではない。ライアン族を中心とした魔族部隊がその機動力を発揮するのに相応しい戦場の一つが平地であるということ。そして、もう一つはディア王国軍が南下をしようとするなら、やはり限られた渡渉地点を使わなければならなくなるということ。北進だろうと南進だろうと川を渡ろうとする側が不利になる戦場だからだ。
シドヴェスト王国連合側には現時点で北進を急ぐ理由はない。それよりもわざわざ出撃してきてくれたディア王国軍を一兵でも多く討ち倒し、先に待つ戦いを有利な状況とすることが重要なのだ。
ディア王国軍を水際で大いに叩いた上で、敢えて渡渉を許し、背水の状態にした上で殲滅を図る。これがディーフリートが考えた戦術だ。
その為には敵が渡渉する前に戦場に到着し、迎撃態勢を整えなければならない。これは渡渉する側であるディア王国軍にとっても同様で、どちらが先に戦場に到着するかの争いがまず最初に行われることになる、はずだったのだが、実際はそうはならなかった。
シドヴェスト王国連合軍はディア王国軍よりかなり早く戦場に到着し、余裕を持って迎撃準備を整えることが出来た。
ろくに軍議も行わずに出陣し、しかも率いているのが軍事に素人のクラウディアと新参の将軍たちというディア王国軍の無知、無策のおかげだ。
川を挟んで向かい合っている両軍。シドヴェスト王国連合軍一万五千に対してディア王国軍一万。数の上でシドヴェスト王国連合軍が優位な上に、その陣の手前には柵が組まれたり、壕が掘られたりと迎え撃つ準備は万全な状況だ。
それに対してディア王国軍は部隊をいくつかに分けて、正面から橋を渡ってきたり、川の流れの緩い浅い部分を探して渡渉を試みたりしている。当然、準備万端なシドヴェスト王国連合軍がそれを許すはずはなく、一方的に攻撃を受けて撃退されるばかりだ。
戦いはディーフリートが思っていた以上にシドヴェスト王国連合有利に進んでいる。そして、誤算という点ではディア王国も同じ。
「……もしかして勝てないの?」
間違いなく勝つと信じて、自ら出撃することを選んだクラウディア。思っていたのとは正反対の展開に不安そうな顔を見せている。
「いえ、間違いなく勝ちます」
クラウディアの問いに勇者の一人であるケヴィン・オクが答えた。圧倒的に不利な状況であるのに、自信満々に勝つと言い放っている。
「でも……全然渡れないよ?」
シドヴェスト王国連合軍と戦うどころか、川を渡ることも出来ていない。前に進んでは魔法などの遠距離攻撃を受けて犠牲者を出して戻ってくるだけ。これでは戦場を知らないクラウディアでもかなり劣勢であることは分かる。
「それが問題ですな。我らが進む道さえ切り開けないとは情けない」
オクの言葉は、自分たちが前線に出られればそれで勝ちが決まりのような言い方。頼もしくはあっても、その自信の根拠がクラウディアには分からない。
「その言い方はどうだろう。敵のあの魔法はなかなか厄介だと思うが」
異論を唱えてきたのは、ライナー・オフィエル。これも勇者の一人だ。
「ふん。余計な知識をつけたものだ。これだから魔族は愚か者と呼ばれるのだ」
オフィエルの言葉を受けたオクは今度は魔族に文句を言っている。二人が話しているのは魔法融合のことであるので、魔族の知識であることに間違いはないのだが、愚か者呼ばわりは何だかおかしい。
「文句ではなく、解決策を述べたらどうだ。このままでは我らの出番が来ないぞ」
オフィエルのほうは少し焦っているようで、オクへの不満を口にした。
「解決策ならある」
「では、さっさと実行しろ」
「良いのか?」
「……俺に指示を求めるな。この軍の総指揮官は皇后陛下だ」
軍事に無知であっても、皇后という身分にある以上は、総指揮官はクラウディアだ。ルースア帝国において皇后に軍権が与えられるのかは、かなり微妙ではあるが。
「クラウディア陛下。作戦遂行のご許可を頂けますか?」
オクは恭しくクラウディアに向かって、許可を求めた。
「作戦って?」
ただ作戦と言われてもクラウディアには分からない。
「今のままでは敵の防衛線を突破出来ません。ここは多少の犠牲を覚悟してでも、まずは敵前線の突破を図るべきと考えます」
「……犠牲」
犠牲を覚悟してというオクの言葉がクラウディアは気になってしまう。
「戦争ですから犠牲を全く出さないわけには参りません。そして今現在もそれは増え続けております。このまま無策でいるよりは、思い切った策を採ることが必要と考えまする」
「……そうだね。ここは皆に頑張ってもらわないと」
このままの戦い方を続けていては負けてしまうことは、クラウディアにも分かっている。自ら軍を率いて出てきて、その結果が敗戦ではクラウディアは困ってしまう。
「フル! ファレグ! 陛下の許可が出た! 部隊をまとめろ!」
クラウディアから許可を得たオクは残りの勇者二人、エルヴィン・フルとハーラルト・ファレグに指示を出す。
その指示を受けて、フルとファレグの二人は命令を発して部隊を再編成していく。出来上がったのは一部隊五百人ほどの部隊が四つだった。
詳しい説明を受けていない、編成された部隊の兵士たちは、何が始まるのかと不安そうな顔をしている。戦況はかなり悪い。この状況で新たに部隊編成をするとなれば、兵士たちにとっては良くない状況に決まっている。危険な命令が発せられるに決まっているのだ。
編成されたそれぞれの部隊の前に勇者たちが一人ずつ立つ。
いよいよ具体的な命令が発せられると考えて、身構えた兵士たちであったが。
『勇猛なる戦士たちよ! 神のご加護は汝らの上にある! その心に火を燃やし、その熱き心で敵を討て!』
檄を飛ばすような言葉を紡いでいるのはオフィエルだ。だが当然、ただ檄を飛ばしているだけではない。
『ブレイブハート!!』
オフィエルの叫びと同時に目の前の部隊の兵士たちから雄たけびがあがる。先ほどまでの不安そうな様子は全く消え去っており、それとは真逆に兵士一人一人から闘気が吹き上がっているのが、はっきりと感じられる。
『突撃せよっ!!』
『『『おおおっ!!』』』
オフィエルの号令に応えて、五百人の兵士が一斉に雄たけびをあげながら、前に駆け出して行く。
兵士の士気は最高潮。だが、それだけのことだ。
「……えっ?」
威勢よく飛び出していった部隊を見て、何が起こるのかと期待していたクラウディアの口から驚きの声が漏れる。
前線に駆けだしていった部隊に向かって、シドヴェスト王国連合軍から魔法が放たれる。その一撃で多くの兵士が倒れた。さらに敵が放った矢が兵士の頭上に降り注ぐ。
これまでと何ら変わらない展開だ。唯一、変わっているのは兵士たちが敵の攻撃に怯むことなく、味方の死体を乗り越えて、前に進み続けていること。
『胸に十字を抱きし戦士たちよ! 神の意思に従い、闇に落ちし悪しき者共を討て!』
流れてきた詠唱の言葉。今度はオクの声だ。
『聖戦っ!!』
紡がれる言葉は違っても、兵士たちの反応は同じ。また五百人の兵士たちが雄たけびをあげながら前線に駆けだしていった。多くの味方が倒れる前線に。
「……そんな」
動揺するクラウディアの呟きは、兵士たちの雄たけびの声にかき消されるだけだった。
◇◇◇
ディア王国軍の変化は、対岸にいるシドヴェスト王国連合にもすぐに伝わった。離れたところにいるディア王国軍兵士の闘気が、まるで熱風のように感じられたのだ。
「迎撃態勢を整えろ! 油断するな!」
ディーフリートも自軍の兵士たちに気を引き締めるように指示を出す。
やがて現れたのは五百ほどの敵部隊。これまでで最も少ない数での突撃だが、そうだからこそ、ディーフリートの警戒心も一層強まる。
「バッカス殿! 出撃の準備を!」
ここでディーフリートは温存していた魔族部隊の投入を決断した。
「準備はとっくに出来ておる。だが……」
いつもであれば自信満々の様子を見せるバッカスが、今回に限って、煮え切らない態度を見せている。
「何かありましたか?」
そのバッカスの態度はディーフリートを不安にさせた。
「……敵の魔力がな」
「魔力? それが何か?」
「ふむ……」
ディーフリートの問いに答えることなく、バッカスは目をつぶってしまった。考え事というよりは、何かを探っている様子だ。
「バッカス殿。一体何が……」
「陛下! 敵が!」
黙り込んでしまったバッカスに更に問いを重ねようとしたディーフリートの言葉を部下の叫び声が遮った。
「何だ!?」
「攻撃しても敵が止まりません! このままでは前線に到達します!」
「止まらない?」
前線に目を向けたディーフリートの目に移ったのは、地面に倒れる味方を乗り越えて、ひたすら前に進み出てくるディア王国軍の兵士たちだった。どの兵士たちも体に何本もの矢を突き立てられていて、そうでありながら全く怯む様子もなく前に出てきている。
「やはり、そうか」
呟いたのはバッカスだった。
「やはりとはどういう意味です!?」
「……恐らくだが敵軍には勇者がいる」
「はっ!?」
バッカスの口から出てきた勇者という言葉。全く想定外のそれにディーフリートは呆気に取られている。
「よくぞ現れてくれたものだ。千年前の祖先の恨み、今こそ晴らすべき時が来た」
バッカスの方は勇者の出現に意気揚々といった様子を見せている。
「勇者が出たぞ! 者共気合いをいれろ! 何としても勇者を討つ!」
魔族部隊に向かって檄を飛ばすバッカス。すぐにでも前線に飛び出していきそうな勢いだ。
「ち、ちょっと待ってくれ! 勇者がいるとはどういうことですか?」
慌ててディーフリートはバッカスに説明を求めた。事情が分からないままに勝手な行動を取られては、計算が狂ってしまうと思ってのことだ。
「言葉通りだ。敵軍には勇者がいる」
「どうしてそれが分かるのです!?」
「魔力を感じた。あれは神聖魔法を発動したときの魔力の気配だ」
バッカスは神聖魔法と言った。ディーフリートには分からないが、人族が神聖魔法と呼ぶ光属性魔法とは別物なのだ。
「……あの兵士は魔法によって?」
全く死を恐れる様子がなく、がむしゃらに突撃してくるディア王国の兵士たち。異常ともいえるその行動も、魔法によるものだと言われれば納得出来る。
「勇者の厄介なところは個人の武勇だけではなく、共に戦う者たちに力を与えることなのだ。死兵と化した軍勢は、人族であってもなかなかに手強いものだ」
実際にバッカスは勇者と戦ったことがあるわけではない。語り継がれてきた勇者についての知識を披露しているだけだ。
「帝国に勇者なんて……クラウディアの仕業か」
軍事など素人のはずのクラウディアが出撃してきた。何かあるかと警戒していたディーフリートだったが、ようやくその理由が分かった。
「勇者が現れたとなれば我らが出るしかあるまい。出撃するぞ」
「……勝てるのですね?」
「いくら勇者が強いといっても、こちらは千の数がいる。死兵と化した者共は邪魔だが、その程度で後れは取らん」
「そうですか。一般兵士はこちらでも何とかしましょう。ただ馬鹿みたいに突っ込んでくるだけの相手であれば、どうとでも出来ます」
「ふむ……では、それは頼もう。我らとしても勇者との戦いに出来るだけ集中したいからな」
勝つ気満々のバッカスではあるが、それでも慎重さは忘れていない。
「ではすぐに体勢を整えます。第二陣形に移行だ! 急げ!」
ディーフリートの指示が飛ぶ。その指示を受けて、軍全体が徐々にその陣形を変え始めた。まず前線が敵の追撃を躱しながら大きく後退。その後ろに控えていた部隊が最前線に変わる。更にその後ろに第二防衛線となる部隊を配置。最前線の部隊は敵へ攻撃を掛けながらもゆっくりと後退を始めてる。
敵を引き込むための動きだ。
ただ、ディア王国軍は、そのシドヴェスト王国連合の動きとは全く関係なく前進を続けている。どちらかと言えば、シドヴェスト王国連合側はディア王国軍の急進を押しとどめようと攻撃している感じだ。
「勇者は?」
かなりディア王国軍を引き込んだところでディーフリートはバッカスに尋ねた。作戦は順調だが、ディア王国は犠牲を顧みずに前進を続けている。その勢いに押されて、戦術的な後退では済まない事態になるのをディーフリートは恐れている。
「……どうやら渡ってきたようだ。よし、我らは迂回して勇者を討つ」
「頼みます」
前面にはすでに何千というディア王国軍が展開している。だが魔族の機動力はその何千を迂回して、その後方にいる勇者に攻撃を仕掛けるのを可能としている。
これまでグラーツ王国との戦いで、何度も使った戦術で、ディーフリートもバッカスも自信を持っている。
ディーフリートのいる本陣から飛び出していった魔族部隊。その機動力はやはり人族の部隊とは桁違いで、みるみる勇者がいるであろうディア王国軍の後方部隊に迫っていく。
橋を渡ったばかりのところにいるその部隊はおよそ千。同数であれば、例え勇者がいても問題ないだろうと考えたディーフリートだったが、これはあまりにも甘い考えだった。
「……何?」
魔族部隊が勇者がいるであろう敵部隊とまもなく接触するかという距離に迫った瞬間、それは起こった。
王国連合軍とディア王国軍を隔てるように、前線に当然立ち上がった巨大な炎の壁。そうかと思えば、その横には水の壁も立ち上がっている。
それだけではない。橋の上には炎の球体が浮き上がり、それが魔族部隊めがけて宙を飛んだ。
「……どういうことだ!? 何が起こっている!?」
ディーフリートに分かるのは、かなり強力な魔法を使える魔法士が敵に複数人いること。
「まさか……勇者か?」
その魔法士が勇者である可能性はすぐにディーフリートの頭に浮かんだ。つまり、勇者は複数いる。ようやくディーフリートにも、この事実が分かった。
「何だって……」
さらにディア王国の動きに、ディーフリートは動揺することになった。
ただひたすら前進するだけだったディア王国軍が後退を始めたのだ。ただ後退しているだけではない。前線を離れたディア王国の兵士たちは真っすぐに魔族部隊に向かっていた。
「しまった! 罠か!?」
ディア王国をまんまと引き込んだつもりだったが、そうではなかった。ディア王国側は魔族部隊を戦場に引き出す為に、さらに前線奥深くに呼び込んで、包囲殲滅を図る為に罠を仕掛けてきていたのだ。
「前線部隊を前に! ディア王国軍を追撃しろ!」
魔族部隊の支援の為に、ディア王国軍を追撃させようとしたディーフリートだったが、この命令は意味をなさなかった。
追撃出来るのであれば、前線指揮官をとっくにその命令を発している。目の前に立ち塞がる炎と水の壁がそれを許さなかったのだ。
ディア王国のほぼ全軍が、魔族部隊に向かっている。これまでにかなりの犠牲を出したとはいえ、その数は五千以上は軽くいる。それが魔族部隊を四方から攻め立てようとしていた。
「後退の合図を送れ! 急げ!」
ディーフリートの命令に従って、本陣の太鼓が打ち鳴らされる。後退を指示する太鼓の合図だ。だが、これもあまり意味をなしていない。
包囲されようとしているのは魔族部隊の者たちだって分かっている。すでに危機を察して、包囲の薄い部分を狙って包囲の突破を図ろうとしているのだ。だが、その最も薄いと思われた場所には勇者がいた。これは本陣にいるディーフリートには把握出来ていない。
「……全軍に命令! 敵包囲体勢を取る! 伝令!」
「はっ!」
「前線の全部隊に迂回前進の指示を!」
「はっ!」
ディーフリートの指示を聞いて、伝令が前線に駆け去っていた。
「第二陣は空いた位置に前進。壁が消えたら敵に攻撃を仕掛けるように!」
「はっ!」
続いた命令に、また別の伝令が第二陣に向かって駆けていく。
「本陣を前進させる! 右翼から迂回して、敵に攻撃を仕掛ける! 続けっ!」
ディーフリートは本陣の部隊まで戦いに参加させることを決意した。魔族部隊の被害は心配ではあるが、今の状況はシドヴェスト王国連合側にとっても、敵を包囲攻撃するチャンスだ。何と言っても、敵の三倍近い軍勢がいるのだから。
このディーフリートの決断によって、ロイエ平原の戦いは、両軍ほぼ全部隊が一斉に戦いに参加する大混戦へと移っていった。
◇◇◇
――結果としてロイエ平原の戦いは、ディア王国側が対岸に引き下がることで終息となった。シドヴェスト王国連合側も追撃することなく後退。しばらくにらみ合いが続いた後、ディア王国軍が陣を払ったことで戦いは終結を迎えた。
ではシドヴェスト王国連合の勝利かというと必ずしもそうではない。
シドヴェスト王国連合の魔族部隊の被害は甚大だった。死兵と化したディア王国の兵士たちは、誰もが息絶えるまで戦いを続けた。
死兵と化した兵士たちの数としては魔族部隊とそう変わらなかったのだが、その相手をしている隙を狙って、その何倍もの兵士たちも攻撃を仕掛けてくる。さらにその対応に追われている状況で、四人の勇者たちが参戦してきた。
逆にその勇者たちを討ち取ろうとした魔族部隊ではあったが、それを死兵が自らを犠牲してまで邪魔してきて、思うように戦うことは出来なかった。
魔族の中に少しずつ討ち取られる者が出てきて、数が減ると共に状況は加速度的に悪化していく。一時は全滅も覚悟した魔族部隊であったが、それを救ったのはディーフリート率いる王国連合軍本隊だった。魔族部隊を包囲するディア王国軍の背後を襲ったのだ。それによりディア王国軍は大混乱。混戦の中で魔族部隊は包囲を抜け出すことが出来た。
そうなると今度は、王国連合側が包囲殲滅を図ろうと攻勢を強めるところだったのだが、ディア王国の勇者がさらなる死兵を生み出し、それを殿としたことで対岸への退却を許すことになってしまった。積極的な追撃を王国連合側が行わなかったという事情もある。
ディーフリートとしてはディア王国軍の兵数を減らすという目的は充分に果たしている。この上は無理に戦って自軍の犠牲を増やすことは避けたかった。新たに現れた勇者という存在に対しては、あまりに無知であり、無理をする気になれなかったのだ。
では、やはりディア王国の負けかというと、少なくともディア王国側はそれを認めなかった。シドヴェスト王国連合の主戦力である魔族部隊に対して、壊滅に近いダメージを与えたという事実を戦果として、戦いの成功、つまり勝ちを主張している。
魔族部隊の戦力減少とディア王国が失った兵士の数を比べて考えると、シドヴェスト王国連合も完全には否定出来ない。それぞれが目的を果たしたという形だ。
勝敗がどちらにあるかは、実際にはどうでも良いことだ。それよりも勇者の存在が知れ渡ったこと、そしてその勇者には魔族を討つ力があると証明されたことが、この場合は重要だった。
物事が大きく動こうとしている。異なる意思で動いているはずの者たちが、結果として大陸に戦乱を引き起こすという同じ目的の為に動くことになる。