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魔王の器 作者:月野文人

第四章 大陸大乱編

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黒幕はまさかの?

 シドヴェスト王国連合とオッペンハイム王国同盟の反乱は、まず大陸西方の都市国家連合への侵攻から始まった。一万のオッペンハイム王国軍が都市国家連合の最も東にあるデルフィに攻め込んだのだ。
 都市国家連合はルースア帝国の傘下にはない。ただ、それは帝国側に急ぐ理由がなかっただけで、いずれは傘下になるべく交渉は進んでいた。
 そこへ軍勢の侵攻だ。都市国家連合は大いに狼狽し、憤りも覚えたのだが、軍事面では帝国に抗えるはずもないと次々と降伏していった。ルースア帝国による侵攻ではなく、同盟二国の独自の行動だとも知らずに。
 わざと帝国の侵攻であるかの様に見せかけたオッペンハイム王国軍の策略に嵌ったのだ。
 ただ大陸の西のはずれとはいえ、一万の軍勢が動いたことを帝国がいつまでも知らないままでいるはずがない。
 情報はディア王国の王都ウエストミッドに届けられた。この時点ではまだはっきりと反乱とまで認識はされていない。それでも従属国が勝手に戦争を始めるなど許されることではない。叱責の使者がオッペンハイム王国に送られることとなった。
 ルースア帝国西方駐留軍が、これを反乱と認識したのは、その直後だった。
 オッペンハイム王国軍二万がディア王国との国境に展開しているという情報がもたらされたのだ。
 ここから帝国西方駐留軍は混乱を見せる。
 行動そのものは、もともと反乱鎮圧の為の軍であったので素早かった。ただ動く方向を間違ったのだ。
 大陸西方中央部の各地に展開していた帝国軍が、まず集結する為に動いたのだが、その集結場所は大陸西方北部、そして北東部だった。反乱を起こしたのはオッペンハイム王国と、この時点では帝国は分かっていないが、シドヴェスト王国連合なのだから正反対の位置に陣取ったといって良い。
 当たり前だが、帝国軍は方角を間違ったわけではない。帝国軍が防衛線を張ろうとした相手は、シュッツアルテン王国とノルトエンデ、アーテンクロイツ連邦共和国だったのだ。
 この初動の失敗で帝国軍はこれ以降、完全に後手を踏むことになる。
 この失敗に対して帝国西方駐留軍を無条件で責めることは出来ない。もともと帝国西方駐留軍の仮想敵国はアーテンクロイツ連邦共和国だ。反乱となれば真っ先にそれへの対応を行うのは間違いではない。実際に本国でも帝国上層部は真っ先にカムイの拘束に動いたのであるから、帝国内では当然の行動だったのだ。
 帝国西方駐留軍の失敗は、アーテンクロイツ連邦共和国が反乱に組しているか、もっと早い段階で確かめるべきだったことだ。
 これに関してはシドヴェスト王国連合の策略にまんまと嵌っている。共和国が反乱を起こしたという情報を王国連合はディア王国領内で触れ回っていた。その情報を鵜呑みにしてしまったのだ。ただこれも、では誰かがこれは偽情報だと判断出来たかと考えれば、それは難しい状況だったと分かるだろう。
 共和国にほとんどの意識が向いている帝国の状況を利用したシドヴェスト王国連合、ディーフリートが一枚上手だったということだ。
 帝国西方駐留軍の初期の配置は、アンファングの手前に一万。ノルトエンデからかなり距離を取った北東に一万。オッペンハイム王国の備えに一万を残した形だった。
 そこにウエストミッドに駐屯していた三万が半分に分かれて、北と北東に合流した。それぞれ二万五千。アーテンクロイツ連邦共和国と戦うと考えれば、帝国側としては、心もとない数だ。
 そこで考えたのが他国からの援軍を求めること。ただ帝国が安心して要請出来るのは、南のグラーツ王国くらいだ。そこで帝国はオッペンハイム王国の鎮圧はグラーツ帝国に任せて、展開していた一万を北に回した。
 オッペンハイム王国にグラーツ王国が確実に勝てるのかという懸念はあったが、ウエストミッドは三万程度では簡単に落ちないという計算があっての選択だ。
 これが帝都モスクであれば異なる選択もあったかもしれないが、ディア王国の王都が攻められても帝国は痛まない。こんな考えもある。
 帝国軍が、この軍の再配置を開始した時、シドヴェスト王国連合軍が動いた。北に向かおうとするグラーツ王国軍の後背を急襲したのだ。
 その勢いは凄まじかった。多くは魔族部隊の力だ。王国連合軍の魔族部隊はおよそ千。王国連合軍は二万ほどでグラーツ王国に攻めかかったので、全体の五パーセント程度だが、その五パーセントがグラーツ王国軍二万を圧倒した。
 馬よりも早く駆け、素手の一撃で兵士を屠っていく。魔族と戦ったことなどないグラーツ王国軍の騎士や兵士は大混乱に陥って、全軍が崩壊するのに、それほど時間はかからなかった。
 更に反乱側の動きは帝国の裏をかく。ウエストミッドを目指すと思われていたオッペンハイム王国軍は進路を北に変えたのだ。アンファング近辺に陣を張っている帝国軍と戦う為ではない。数の力で小国を脅し、無理やり反乱に引き込む為の行動だ。
 反乱など起こしたくない小国も、二万の軍勢に囲まれては受け入れるしかなくなる。保有兵力は数千。大軍の襲撃に耐えられる城を持つ小国も多くないのだ。こうしてオッペンハイム王国軍は数を増やして、帝国西方駐留軍と向かい合おうとしている。
 その間にシドヴェスト王国連合軍はグラーツ王国の攻略だ。大陸西方の戦いは反乱側が主導権を握って進んでいる。

「これが今入手している最新の戦況です」

 ステファン皇太子に戦況の説明をしていたのはヴァシリーだ。
 何故このようなことになっているかと言うと、この場はステファン皇太子とカムイたちとの食事会だった。共和国担当としてヴァシリーは、この場に呼ばれて情報を伝えることになった。今日が初めてではない。
 カムイとテレーザが思っていたよりも拘束は緩かった。とはいっても部屋を出る機会は、こうしてステファン皇太子と話をする時くらいだが。

「今の情報を聞いて、カムイはどう思う?」

 ステファン皇太子はカムイに意見を求めてきた。こうしてカムイが部屋を出ているのはステファン皇太子の意向が反映されてのことだ。ステファン皇太子はとにかくカムイと話をしたいのだ。
 カムイとステファン皇太子は同世代といって良い。時代を彩る者たちの多くが同世代であるのに、自分はまだ一線に出ることも出来ない状況を、ステファン皇太子は不満に思っている。だからこそ、同世代であり時代を彩る者たちの代表ともいえるカムイと話をしたがった。カムイと話すことで自分も、この動乱の時代に参加しているような気分になれるからだ。

「まずは共和国をもう少し信用して頂きたかったが正直な気持ちです」

「……そうだな」

 結果として帝国が後手を踏んでいるのは、共和国は必ず反乱を起こすと決めつけていたことにある。帝国の者からすれば、それは仕方ないと言うだろうが、カムイはここは文句を言っておかなければいけないところだ。実際はどうだとしても。

「これに尽きると申し上げたいところですが、それでは皇太子殿下は退屈でしょうから、何点か問題点を」

「そうか。その問題点とはなんだ?」

「共和国を警戒してという点はあったにしても、軍の配置はあまりよろしくないかと。全てに対応しようとして、全てに対応出来ておりません」

「……そうか。戦力の分散を起こしているということだな?」

 時代に躍り出たいという思いがあるだけに、ステファン皇太子は勤勉だ。動乱を勝ち抜く為に必要な知識を身に着けようと努力している。今、カムイと話をしているのも、そういうことだ。

「はい。旧皇都であるウエストミッドの守りは固い。どのような軍勢であろうと、そう易々とは落ちません。実際にそう思っているから帝国軍は、一時的とはいえ、オッペンハイム王国軍の前を開け、他国であるグラーツ王国に戦いを任せようとしました」

「……うむ。それで?」

「であれば、初めから共和国は無視して、オッペンハイム王国軍の殲滅に全力を尽くせば良かったのです」

「それで平気なのか?」

「シドヴェスト王国連合ですか? 王国連合が動いてもウエストミッドとの間にはグラーツ王国があります。ウエストミッドに向かうにはグラーツ王国の軍、それも籠城軍と戦う必要があります。やはりすぐには落ちないでしょう」

 グラーツ王国を無視して先に進めば、後背を突かれるか、シドヴェスト王国連合の領内に侵攻される可能性がある。連合王国軍はグラーツ王国を無視出来ない。
 そうであるのに結果は、わざわざ出陣して隙を見せ、見事に負けてしまった。これもまんまとディーフリートの策に嵌った形だ。

「魔族がいる。魔族の力があればグラーツなど敵ではないのではないか?」

「皇太子殿下。魔族は確かに強いです。しかし、人族にも魔族の血が流れています。血の濃い薄いなどによって、生来持つ力に強弱は生まれますが、それは後の努力でどうとでもなることです」

「……つまり、どういうことだ?」

「人族も鍛えれば、一対一で魔族に勝てるということです」

 最強の部類の人族と一般的な魔族であれば、という条件は付く。だがこれを皇太子殿下に教える必要はない。人族と魔族にはそれほど違いはないとステファン皇太子に思わせるのがカムイの目的なのだ。

「そうか。では西方の反乱は問題ないのだな?」

 ステファン皇太子は共和国が反乱に出るとは思っていない。そして帝国軍が共和国軍以外に戦いで後れを取るとも思っていない。

「確実に勝つ為には戦力を集中させる必要があります。ただ、そうしようとしている話は先ほどヴァシリー殿の口から出ませんでしたね?」

「ヴァシリー、そうなのか?」

 ステファン皇太子がヴァシリーに問いを向けた。

「それは……まだ報告が入っていないだけかと。それに……」

 戦力を集中させるには、共和国が絶対に反乱側に組しないという確証が必要だ。その確証を帝国上層部は持っていない。逆にまだ疑っているくらいだ。

「それに何だ?」

「……皇帝陛下が三万の軍を率いて、西方に向かっております。その到着を待つという選択肢もございます」

 心に思っていたことと違うことをヴァシリーは口にした。ただ、これも事実ではある。
 今回の事態の平定に、ニコライ皇帝自らが軍を率いて西方に向かっている。ニコライ皇帝自身の強い意向があってのことだが、それだけが理由でもない。
 帝国上層部にも帝国成立のあり方は少し問題だと感じているものがいる。皇帝の、帝国の威光を広く人々に知らしめるには、棚ぼたのような形での成立の仕方は問題であったと思っているのだ。
 今回の反乱鎮圧は、上手くすれば、帝国の力を見せつける好機になる。それと同時にニコライ皇帝の武を、実際の指揮は将軍がとるにしても、人々に知らしめる好機にも。

「まあ、そうだな」

 ステファン皇太子は本心はかなり不満なのだ。ニコライ皇帝の代わりに皇太子である自分が軍を率いたかったという思いがある。それと同時に息子として、また母を放ったらかしにして、ディア王国に、クラウディアのところに行くのかという思いもある。
 だが、これはどちらも口にしてはいけないことだ。父とはいえ、皇帝批判は許されないのだ。

「つまり、陛下が到着するまで戦線を膠着させておくことが重要なのだな」

「はい。そうなります」

「出来るのか?」

「それは……軍部の仕事です。将軍がたが思う存分に力を発揮していただければ大丈夫ではないかと……」

 ステファン皇太子の問いに対して、ヴァシリーは歯切れの悪い答えを返した。出来るという確信はヴァシリーにはないのだ。
 全ては共和国の動きに関わっている。共和国がいなければ大丈夫だと言える。だが、そうでなければ、必ず勝てるといえるほどヴァシリーは楽観的ではない。

「問題があるのか?」

 ヴァシリーの答えに曖昧さがあることを感じて、ステファン皇太子はカムイに問いを向けた。

「問題……無くはありません」

「やはりあるのか。それは何だ?」

「皇帝陛下が率いる軍ということを無視すれば、三万での増援は中途半端かと。シドヴェスト連合王国軍はグラーツ王国との戦いを中断して、増援軍に向かう可能性があります」

「……そうか。戦力の逐次投入という結果になるかもしれない。各個撃破をカムイは恐れているのだな」

「ご明察。皇帝陛下が率いる軍ですので、まず大丈夫とは思いますが、あえて問題をあげるとすれば、これはその一つになります」

 あくまでもニコライ皇帝が率いていれば大丈夫という言い方をカムイはしている。実際にはこうは思っていないし、聞いている者たちもそれは分かっている。
 唯一無二の絶対権力者は話の中で扱うだけでも面倒なのだ。

「……どうすれば良かったのだ?」

「先ほどとは違う方策を述べるとすれば、ウエストミッドへの戦力の集中」

「籠城策を採れと?」

「はい。六万で籠城。これで反乱側とは兵数では五分、つまり籠城側が圧倒的に有利です」

「そうだな。城攻めには籠城側の三倍の戦力が必要だというからな」

 北部の国を降伏させて多少数を増やしたとしても、全然数は足りない。余程の何かがなければ、まず落ちることはない。

「さらに友軍として残りの三万。これで城を囲む敵を牽制します。直接戦わなくてもどちらからの領土に侵攻するような素振りを見せるだけでも良いでしょう。それで籠城戦にもならないかもしれません」

「……父上の増援軍はまっすぐ南部に向かっても良いのだな?」

 ステファン皇太子は聞くだけでなく、自分の意見も述べてきた。

「ああ、その通りです。東方からシドヴェスト王国連合の領土に踏み込めば、敵は多いに動揺するでしょう。上手くすれば敵側の軍が分裂するかもしれません。良い策だと思います」

「そうか。これは……陛下にお伝えしても良いかな?」

 カムイに褒められたので、ステファン皇太子は自らの策を実際の戦術に活かしたいという欲が出た。

「私は良いと思いますが、どうなのでしょう?」

 献策するしないは、カムイが答えられることではない。

「……お伝えしようとは思いますが、果たして追いつくか。皇帝陛下は率いる軍を、かなり急行させているはずですので」

 例え献策しても受け入れられないことをヴァシリーは知っている。ステファン皇太子の策は、共和国は反乱を起こさないという前提だ。これはニコライ皇帝および他の高官たちとは考えが異なっている。
 共和国が反乱に組していれば中央諸国も同調する。増援に向かったニコライ皇帝だが、すぐには国境を超えない予定で、しばらくは状況把握に努める予定だ。
 まずは速やかに戦場近くに司令部を持っていくこと、そして帝国領土への侵攻を防ぐ体勢を作ることが目的で、だからこその三万なのだ。追々さらに三万の増援が帝都を発つ予定となっている。

「伝令が追いつかないのか……」

 ステファン皇太子はヴァシリーの説明を素直に信じて、それでもやはり自分の献策が活かされそうにないと分かって、少し落ち込んでいる。

「伝令の問題は大きいですから。これも戦力を集中すべきといった理由の一つでもあります」

「伝令も関係あるのか?」

「大いにあります。こちらのほうが問題としては大きいと私は考えております」

「それは、どうしてだ?」

「情報伝達の有効範囲。これは戦争だけでなく統治にまで関わってくるからです」

「情報伝達の有効範囲とは?」

 ステファン皇太子が初めて耳にする表現をカムイは使ってきた。

「情報には鮮度があります。例えば今、皇帝陛下が援軍を率いて西方に向かっておりますが、もしすでに西方全土が反乱側に落ちていたら?」

「何!?」

 例えとしては、少し極端過ぎたようでステファン皇太子は驚きの声をあげた。

「例えばの話です。情報の伝達にそれだけの誤差が生じていたら、得た情報は逆に害を及ぼすことになりかねません。別の例をあげれば、すでにウエストミッドが落ちているのに、こちらから籠城しろと命令しても、受けたほうは困るだけです」

「……なるほどな。分かった」

「私の経験では西方の北部と南部でも、情報伝達の誤差はかなり問題になります。帝国はそれが倍以上に拡大しております」

 これはヴァシリーへのちょっとした嫌味だ。帝国成立時の交渉でやられたことを、カムイは皮肉っている。帝国の情報伝達の遅れは、カムイの時とは比べものにならない。
 これは戦争だけでなく、すべてのことに問題を引き起こすことになる。

「帝都を移せと?」

「それは問題を起こす場所を移すだけと言えましょう。西方は少しマシになって、その分、東方で問題が起こります」

「確かに……では、どうすれば良い?」

「画期的な情報伝達手段を生み出すか、統治のあり方を変える。これは私が申し上げることではございませんし、そもそも良案を持ち合わせておりません」

 統治のあり方は帝国全体の基本政策以外は各国に自治権を与えて、個々の問題は個々で解決させるくらいしかない。旧皇国の方伯家、そして今の、各国を帝国が統べるという在り方と変わりはない。ただ旧皇国にも問題はあった。帝国はまだ問題が出ていないだけで、いずれ出ることは分かっている。問題のある方法を正解とカムイは言わないだけだ。

「……そうか」

 統治に関して、これまで考えていなかった難問がある。これを知って、ステファン皇太子の表情が曇った。それを解決するのは自分の役目になるかもしれないのだ。

「ということで、そろそろ信じてもらえないかな?」

 これを言うカムイの視線はヴァシリーに向いている。

「……共和国の代表はアルト殿では? カムイ殿が遠く離れたこの帝都にいても、共和国の情報伝達に齟齬はない」

 この機会に動き出すつもりであれば自分はこの帝都にはいない。このカムイの訴えをヴァシリーは受け入れなかった。
 カムイがその場にいなくても共和国はいくらでも動ける。すでに動いてるのだが、それが帝国に見えてないだけかもしれないのだ。

「信用ないな」

「それはそちら側にも責任はある」

「約束はこれまでも守ってきたつもりだけどな。信用を得ることがすぐに無理であれば仕方がない。言いたくなかったけど、こちらから話そう」

「……何をだ?」

 ヴァシリーの顔に不安が浮かぶ。こういう話の切り出しかたをする時は、あまり良い内容とは思えない。

「こちらもまた、今回の件は帝国側の策略ではないのかと疑っている。帝国はわざと隙をみせて反乱を誘発させたのではないかと」

「何故、そんなことをする必要がある?」

「潜在的な反乱分子を炙り出す為に」

「それについては意味を認めるが、実際に行うにはリスクが多すぎる」

 もし西方が一斉に蜂起するような事態になれば、大陸の状況は帝国成立前に逆戻りだ。もしくはもっと混沌とした状況になる。帝国は名ばかりになってしまう。

「そのリスクを解決した自信が帝国にはあるのでは?」

「……何を言っている?」

 リスクを解決するとは、アーテンクロイツ連邦共和国を含めた大陸西方の国々に確実に勝てる算段が出来たということだ。ニコライ皇帝がどう思っているかは別にして、ヴァシリーにはその自信はない。

「あれ? 知らない?」

「だから何を言っている?」

「……もしかしてまた、あれの独断か? それともごく限られた者しか知らない?」

 ヴァシリーの問いに答えることなく、カムイは独り言を呟きだした。

「カムイは何を言っているのだ。分かるように説明しろ」

 ステファン皇太子もカムイが何を言おうとしているのか気になって説明を求めてきた。

「……皇太子殿下もご存じない。独断の線が強いか」

「だから何のことだと聞いている! 答えよ!」

 とうとうステファン皇太子は大声を出して答えを求めてきた。

「帝国には勇者がいます。恐らくは、クラウディア皇后が独断で選定の儀を行わせたと思われますので、帝国ではなくディア王国にいるが正しいかもしれませんが」

「……勇者がいる?」

 あまりに意外な答え過ぎて、ステファン皇太子の反応は鈍い。

「何故、それが分かった?」

 代わりに問いを返してきたのはヴァシリーだ。

「儀式を行った形跡があった。その情報をたまたま掴んだだけだ」

「……勇者が選定されたくらいで何故、策略だと思う。選定されたという意味では貴殿も同じではないか?」

 たまたま掴んだなど嘘に決まっている。ただそれを追求しても惚けられるだけで話は進まないのは分かっている。ヴァシリーは無駄なことは止めて、話を進めることにした。

「俺は勇者に与えられる加護、というのが正しいかは知らないが、それを受けることを断った。だから俺は勇者ではない」

「……特別な力ということか?」

「勇者だから特別だろ? それを得た帝国は強気に出ることにしたと思ったのだけど……間違えたかな?」

「分からない。私の地位は国家秘密に触れられるほど高くはない」

「そうかもしれないが、触れられるはずの皇太子殿下もご存じなかった」

 ニコライ皇帝がステファン皇太子を蔑ろにしているのであれば、教えなかった可能性はある。そうであれば、それはそれで帝国にとって大きな問題だ。

「……勇者とはそれほどの強さなのか?」

 ニコライ皇帝とステファン皇太子の関係について、ここで話す必要は一切ない。ヴァシリーに必要なのは、いきなり飛び出してきた勇者という存在について詳しく知ることだ。

「さあな。それを知りたいのはこちらだ。勇者の本物なんて見たことがないからな」

「……だからそれまでは動かないと?」

「さあな?」

 ヴァシリーがようやく共和国が反乱に関わっていない可能性を認めようとしたのに、カムイはそれに恍けて見せた。勇者の力を確かめようという考えは、帝国への敵意の存在を示すことになるからだ。

「クラウディア皇后の独断だと?」

「それは俺のほうが聞きたいことだ。ただ言えるのは、勇者選定が独断であれば、きっとこの先も独断で動き出す。それこそ、もう動いているかもな?」

「……陛下に伝令を! とにかく今の情報をお伝えするのだ!」

 クラウディアの独断での行動はロクな結果を生み出さない。味方に損害をもたらすことをヴァシリーは知っていた。

(……またあの女だ。あの女が事態を動かすことになる。やっぱり、あれは……)

 ある程度は予想していたが、勇者選定はクラウディアの独断に間違いなさそうだ。
 そしてディーフリートの主導で動き出したはずの物事が、この先はどうやらクラウディアの手に移ろうとしている。
 クラウディアは何者なのか。これまで何度も繰り返した問いを、またカムイは考えることになった。
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