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魔王の器 作者:月野文人

第一章 皇国学院編

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敵に容赦なんていらない

 繁華街の喧騒もすっかり遠ざかり、辺りはより一層、薄汚れた佇まいを見せている。貧民街をやや深く入った路地。そこを抜けると、少し広がった空き地がある。
 カムイが目指しているのは、そこだ。
 やがて、何で貧民街に、こんな場所がと思うくらいに広がった空間が見えてくる。近付けば、辺りには焼け焦げた木材がころがり、そこで何があったのかを、訪れた者に、はっきりと分からせてくれる。
 数日前に起こった火事。それにより、多くの建物が焼け落ち、ここは何もない空き地になった。
 だが、それも後、数日の事。住人が廃材をかき集め終われば、やがて元通り、小屋とも呼べない、粗末な建物が立ち並ぶことになる。
 カムイは別に焼け跡を確認しにきたわけではない。ここで待ち合わせをしているのだ。それさえ、本来の目的ではないが。
 カムイが空き地に着いたときには、既に待ち合わせの相手はそこにいた。

「どうだった?」

 話しかけてきたのはダークだ。

「俺が見たところ、三人って所だな」

 ダークに告げた数は、カムイの後を付けて来ている者の数だ。

「こっちで確認した数と同じだね。間違いないかな?」

 その後を、更にダークの仲間が追っている。当然、相手は気付いていない。

「多分、大丈夫だと思うが、油断は出来ないな」

「一応、辺りには満遍なく人を配置してある。逃がす事はないと思うよ」

「大丈夫か?」

「ここを何処だと思ってるんだい? 僕たちの縄張りだ」

「ここまで馬鹿正直に付いてきた所を見ると、頭のほうは大したことないと思う。だが、力の方は分からないぞ」

「学院の生徒に遅れを取るようじゃ、この先が思いやられる。まあ、見てて」

「それもそうか。ああ、念のためこれ渡しておく」

 こう言って、カムイはポケットから取り出した短刀を、ダークに渡した。黒光りする鞘に複雑な紋様が描かれた、一目みて特別な物であると分かる短刀だ。

「これは?」

「低級の魔法程度なら、防げるはずだ。そっちに攻撃が回る可能性もあるからな。身に着けておけよ」

 ダークに渡した短刀は、魔道具だ。魔法防御系の魔導が施されている。

「こんな物、よく持ってるね?」

「親父の遺品の中にあった」

「それって形見じゃないか。そんな物、預かれないよ」

「預けるんじゃない。やるんだよ。俺には必要ない。それに親父の形見なら、もっと大切な物を持ってる」

「でも……」

 ダークも孤児だ。親の思い出に類するものへの感情は、普通より強いものがある。

「これから先、ダークも命を狙われることがあるかもしれないだろ? そんな物でダークの命が守れるなら安いものだ」

 ここまで言われては、拒む方が悪いように思える。少し照れた様子で、カムイに礼を告げて、ダークは短刀を懐にしまった。

「さて、何もしてこないって事は、ダークが一緒だとやる気はないって事だな。先に戻ってくれ。少し間をおいて俺も動く」

「……気をつけて」

「楽勝。ただ倒すだけならな」

「そうだね。じゃあ、後でまた」

 その場を去っていくダーク。その背中が見えなくなるまで見送ったところで、カムイも又、ゆっくりとした足取りで来た道を戻った。
 空き地を抜ける少し手前。そこでいきなり、両脇から火の玉が飛んできた。軌道を見極めて、すばやくそれを避けるカムイ。

「へったくそ」

 あざけりの言葉がカムイの口から漏れる。更にもう一つ、今度は風魔法だ。
 暗闇の中で、見えないはずの風魔法でさえ、カムイは軽く体を伏せることで躱してみせた。
 姿を隠している、敵の動揺する気配が、何となく感じられた。
 魔法を放ってきたのは三人。これで全員のはずだ。居場所は、既に見極めた。それは周りを囲んでいるはずのダークの仲間も同様だろう。
 次の魔法が放たれる事なく、あちこちで喧騒の音が聞こえ始めた。時折、辺りを照らす光は、敵が放った魔法であろう。
 そしてそれもわずかな時間。また辺りに静寂が戻った。
 それでもカムイは、その場を動かない。じっと立ったまま、辺りの様子を窺っている。
 やがて見えてきたのは黒い影。その影は真っ直ぐにカムイの元に向かってきた。黒装束を身にまとい、髪の毛も黒。全身真っ黒といったところで、直ぐ近くまで来ていても、影そのものという感じだ。唯一、口元を覆っている黒頭巾の上にある紅い瞳だけが闇の中で輝いている。

「カムイさんですね? 報告にきました。制圧は完了です」

 掛けられた声で、その影が女の子だと分かる。

「仲間に怪我は?」

「かすり傷が一名。全く問題ないです」

「それは良かった」

「一人、生かしてます。どうします?」

 ダークの仲間には、敵を生かして捕える余裕があった。ダークが自信を見せるだけの事はあるという事だ。

「いらない。どこの誰かは分かってるからな」

「では、こちらで処分を」

「ああ、頼む」

「一応、これを渡しておきます」

「何?」

「誰に指示されてやったか、それを書かせました」

 さすがに、これにはカムイも驚いた。余程、素直に白状したのか、それをさせる方法があったのかだ。

「……早いな。ありがとう、協力してくれた他の人たちにも俺が礼を言っていたと伝えておいてくれ。そのかすり傷を負ったって人には、お大事に、も付け加えて」

「分かりました」

「じゃあ、俺はこれで」

「あっ、あの」

 カムイが立ち去ろうとした所で、その影はこれまでと違い、やや上ずったような声を出してきた。

「何?」

「カムイさんは、いえ、カムイ様は本当に……」

 この呼び方で、カムイには相手が何を聞きたいのかが分かった。最後まで言わせる事なく、カムイは逆に問いを投げる。

「お前、ハーフだよな?」

「はい。ヴァンパイオ族と人族のハーフです」

「珍しいな。ヴァンパイオのハーフか」

「はい……」

「ああ、すまなかった。会って喜ぶことじゃないな。ここで会うという事は、お前のお母さんが不幸な目にあっているという事だ」

「いえ、気にしてません。それで……」

「俺が何者なのかなんて、お前には関係ない。俺の事はどうでも良いから、ダークを支えてやって欲しいな。ダークと俺は方法は違っても、目指すものは同じはずだからな」

「分かりました!」

 カムイの言葉に元気良く返事をするヴァンパオのハーフの女の子。その反応に苦笑いを浮かべながら、カムイは歩き始めた。

◇◇◇

 カムイが孤児院に戻ると、先に戻っていたダークと、アルトたちが待ち構えていた。

「どうだった?」

 真っ先に問い掛けてきたのはダークだ。

「やっぱり、心配か?」

「それはそうだよ。皆にとって、ああいうのは始めての経験だからね」

 仲間内や、他グループとの喧嘩とは訳が違う。始めから、殺意を持って、望む争いだ。

「かすり傷が一人って言ってたな。まあ、大丈夫だと思うぞ」

「そっか」

 カムイの報告を聞いて、ダークは大きく息を吐いた。余裕を口にしながらも、内心は、かなり緊張していたのだ。

「それよりもお前、俺の事、仲間に話しただろ?」

「……まずかったかな?」

「いや、まずいというか、何か凄い目で見られた」

「凄い目って何?」

「カムイ様ぁ、キラキラって感じ? まあ、元から光っている瞳だから、俺が勝手にそう感じただけだ」

「ぷっ、誰それ?」

 カムイの話を聞いて、ダークは噴き出してしまう。もう、完全に緊張は解けたようだ。

「そういえば、名前聞くの忘れてた。ヴァンパイオとのハーフだって言ってたな。女の子だ」

「ああ、ミトだね。へえ、ミトと会ったんだ」

 女の子の事を口にするダークの瞳は、意味ありげに笑っている。

「どういう意味だよ?」

「カムイの事を一番熱心に聞いてたのは、そのミトだからね。それこそ綺麗な瞳を、キラキラ輝かせて聞いてきた」

「凄えな。会う前から虜にしてたのか。しかもヴァンパイオの女の子。魅了の得意なヴァンパイオを魅了するなんざ、カムイは……」

 二人の会話を聞いて、アルトが面白がって話に入ってきたのだが、すぐに大声で話して良い内容ではないと気付いて、話を止めた。
 司教であれば気にしないかもしれないが、孤児院には、他にも聖職者は居るのだ。

「無断で話した事は謝っておくよ。でも、彼らにも希望が必要なんだ。いつか自分たちの望みが叶う。そういう希望の光がね」

 ダークもミトの話は止めて、カムイに謝罪する。仲間たちが誰かに話す事はないと、信じているが、何かのきっかけで漏れないとは限らないのだ。

「それについてはかまわない。さて、問題はこれで終わるかだな」

「次が来るとしても先の話だろ。三人だぜ? それで直ぐに次を送ってきたら、そいつは部下の命を何とも思わねえ、ろくでなしだ」

 カムイの疑問にアルトが答える。

「まあな。そうならないと、ここまで思い切った事をした意味がない」

「それでも次が来た時に、どうするかは考えておいた方が良いな。さすがに何度も同じ事を繰り返すわけにはいかねえ」

「確かに」

 行方不明者が続くようであれば、いくら貧民街での出来事とはいえ、さすがに放置されなくなるだろう。それはダークとその仲間を窮地に追いやる事になる。
 そのような事態は絶対に避けなければならない。

「いっそのこと、本当に貧民街と対立させるか? さすがに何度も縄張りを燃やされたんじゃあ、黙っていねえんじゃないか?」

「それとなく火事を起こした犯人を知らせてか? 動くか? 相手は皇国魔道士団長の娘だぞ。貧民街の元締め程度が太刀打ちできる相手じゃない」

 カムイを襲撃した生徒たちの黒幕は、マリーだ。ダークの仲間たちのおかげで、呆気なくこの情報を手に入れる事が出来た。

「まともに遣り合えばだろ? 貧民街の元締めくらいなら、何か伝手は持ってねえのかな?」

「魔道士団が対立する相手。それこそ騎士団しか思いつかない」

「騎士団と貧民街の元締め。ねえな、それこそ対立してる相手だ」

「……いや、そうでもないかもよ」

 少し考えてダークが、アルトの言葉を否定してきた。貧民街に詳しいダークには、アルトたちが知らない心当たりがあった。

「どうしてだ? 騎士団は、貧民街の掃討に何度も警備隊を出してる」

「でも、すぐに貧民街は元通り。上層部が捕まったって話は、僕が知る限り、聞いた事がないね」

「……密約があると?」

「可能性はない訳じゃないよね? 貧民街があるから、皇都の騎士団は大した危険もなく、定期的にちょっとした功績を挙げられる訳だ。後は、それこそ戦争か大規模な魔獣討伐くらしか出番はないからね」

「へえ、ダーク冴えてるじゃねえか。それが事実として、後は証拠か」

 ダークの推測は、アルトにも、有り得そうだ、と思わせるものがある。皇国の官僚の腐敗は、一般の民でも知る所。そうであれば騎士団にも、こういう闇の部分があってもおかしくない。

「それであれば、これが少しは役に立つな」

 そう言ってカムイは、懐から紙を取り出して、周りに見せた。

「何だそれ?」

「殺したうちの一人に指示した奴の名を書かせた紙。やけに早いなと思ったけど、さては魅了チャームを使ったな」

「魅了ね。若いのに、なかなか優秀なヴァンパイオのようだ」

「魅了を使わなくても魅了されるような子だからね」

「そうなのか? でも、それって……」

 カムイは、ミトの顔をよく見ていない。暗がりという事だけでなく、ミトが、目以外は全て隠れるような装束を、身に着けていたからだ。ダークの言い方だと、ミトは美形なのだろう。貧民街で、それも娼婦の娘で美形に生まれる事は、不幸の素だ。

「いざとなったら、ミトはカムイが引き取ってくれないかな? 戦力としては貴重だけど、僕たちが力をつけるまでは、貧民街は、ミトにとって危険な場所だ。それに少々力をつけても、母親を人質に取られているようなものだからね」

「……ああ、分かった」

「でも、その紙切れで何とかなるか?」

「これは更なる証拠を掴む為のきっかけだな。これをネタに親玉の証拠を掴む。とりあえずは、その親玉の為人、弱点を調べる。最も有効な時を探す為にな」

「マリーね。初めてだな、敵らしい敵が出てきたのは」

 仮想敵としていたディーフリートとヒルデガンドとの関係は、見込とは正反対に、友好的といって良いものになっている。クラウディアとオスカーに関しては、今は、様子見という所。その中で、マリーだけが、自らカムイたちに攻撃を仕掛けてきた。

「ああ、マリー派は敵だ、敵は?」

「「「叩き潰す!」」」

 こうなれば師匠たちの教えに忠実にカムイたちは行動するだけ。学生だなんて事は関係ない。
 決して負けない。たとえ勝てなくても――これがカムイたちの誓い。

◇◇◇

 それから数日後。カムイたちに敵認定されたマリーのほうは、事態が分からずに困惑している。
 カムイを尾行させていた者たちの行方が、分からなくなったのだ。
 何処で彼らの消息が消えたのかさえ掴めていない。ただカムイに張り付けておくだけで、報告は日に一回。そんな情報連携の拙さが招いた結果だ。
 この辺は所詮、マリーもまだ学生。仕方ないといえば仕方がない。

「まだ行方はしれないと言うの?」

「はい。誰も戻ってきません。連絡も何も……」

 報告をしている男子学生は、捜索を半ば諦めている。

「……カムイ・クロイツはどうしてるんだい?」

「普通に学院に通っています」

「変わった様子は?」

「ありません」

「……きっと奴が何かしたに違いないね。別の人間に見張らせるんだ。必ず、何か動きがあるはずだよ」

 カムイを尾行させて、この結果だ。マリーでなくても、こう考える。

「しかし……」

 だが、実際に行動を起こすとなると話は別だ。

「何だい?」

「本当にカムイが何かしたのであれば、新しい見張りをつけても、その者まで……」

 それは自分かもしれない。男子生徒は、完全に腰が引けている。

「はあ? 何をびびってるんだよ? 何も命を取られる訳じゃあるまいし。とっ捕まっているやつ等を助けるには、野郎の動きを探るしかないだろ?」

「学院か、もしくは警備隊に届けるという手もあります。監禁は立派な犯罪です」

 殺された。こう思わない所が、学生の遊びに過ぎないという事だ。実際に、マリーもその部下も、大人の真似事をしている程度の感覚しかない。そして、その程度の感覚で、魔法攻撃を仕掛けるのだから、性質が悪い。

「何て言って届けるっていうのさ? カムイを見張らせていた奴が捕まって監禁されています、何て言えるわけないだろ?」

「しかし……」

「そんな事をすれば、カムイを襲わせたことも公になるよ。それだけじゃない。放火は大罪だ。ばれたら、あたし等だけじゃない、あたし等の親まで罪に問われる事になる。お前、自分の家が取り潰しになっても良いのかい?」

「そんな……。あれはマリー様のご命令で」

「へえ、何かい? お前は、あたし一人で罪を被れとでも言うのかい?」

「そういう訳では……」

 本音はそうしてもらいたいが、まさか、本人には言えない。

「じゃあ、新しい者をつけな。別にお前にやれって言っている訳じゃない」

 男子生徒を説き伏せる事が出来たと思ったマリーだったが。

「……誰も引き受けません」

「何だって?」

「正直に言います。皆、恐れているのです。カムイの事だけではありません。それこそ、マリー様が言われた事についても。火事の原因の調査はまだ行われているのですよ?」

「そんなの形だけさ。貧民街がどうなろうが、別に警備隊は気にしてないさ」

「そうは言いますが」

「分かったよ! 頼りにならない奴ばっかりだ。あたしが直接、カムイに問い質してやる。それで良いんだろ?」

「……お任せします」

◇◇◇

 という事で、またE組は、ざわつく事になる。
 黒いローブをまとった女生徒。顔を知らなくても、それが誰か、全員が分かる。制服を無視して、こんな格好でいる生徒など学院には一人しかいないのだから。
 学院四派閥、今は王女派も入れて、五派閥と言われているが、その派閥の長がまた一人、クラスに現れたのだ。それも部室に篭りきりで滅多に見ることないマリーがだ。

「その髪の色。お前がクロイツ・カムイだね?」

「はあ、そうですけど」

 違うだろ――という声は生徒たちの胸の中だけに留められた。

「……カムイ・クロイツだね?」

「はあ、そうですけど」

「お前、あたしを馬鹿にしてるのかい?!」

 挑発したつもりのマリーだったが、逆に、カムイの態度に切れて、声を荒げている。この手のやりとりで、カムイに勝てる者はそうはいない。

「どこがでしょうか?」

「クロイツ・カムイと呼ばれて、何でそれを認めるんだよ!?」

「自分を指している事は分かりますからね? クロイツ・カムイという生徒がいれば、話は別ですけど。それとも、本当に人違いを?」

「してない! カムイ・クロイツって言い直しただろっ!」

「ああ、そうでした。それで貴女は誰ですか?」

 今度はカムイからマリーを挑発している。とても、そうしているとは思えない。本当に不思議に思っているような顔をして。

「はあ!? あたしを知らないって言うのかい!?」

 まんまと挑発に乗ってしまう所が、マリーの甘さだ。

「……どこかでお会いした事が?」

「初めてだよ!」

「じゃあ、知らなくて当然ですよね?」

「マリーだ! 皇国魔道士団長の娘のマリーだ!」

 わざわざ、父親の役職を付ける所に、マリーの幼さがある。これで、カムイに太刀打ち出来るはずがない。

「はい。そのマリーさんが何の用でしょうか?」

「お前……。本当にあたしの事を知らないのか?」

 名乗っても、何の反応も見せないカムイに、マリーは戸惑ってしまう。

「すみません。学院のことには疎くて。マリーさんは有名人なのですか?」

「そんな事はない……」

 有名人なのかと問われて、そうだと答えるのはさすがに恥ずかしい。マリーはカムイの問いを否定した。

「では知らなくても仕方ありませんね?」

「ああ、そうだな」

 結局、マリーは、ただ単に自分の態度を恥じるだけに終わる。

「やっと落ち着きましたね。初めて会う人に、いきなり怒鳴られたので、ちょっと驚きました。では改めて、用件を教えてもらえますか?」

「ここでは話せない」

「……まさか二人っきりで、何てて言わないですよね?」

「だとしたら何だ?」

「前にも同じような事があって。変な噂が立って困ったことがあるのです」

 これはヒルデガンドとの件だ。二人きりで話したい、そう言って一緒に帰った二人が、片や愛称、片や呼び捨てで相手を呼ぶ仲になっていた。周りが騒がない方がおかしい。
 カムイの彼女はセレネという噂を再び広め、それだけではなくヒルデガンドは、仲の良いセレネをカムイが悲しませないように言い聞かせたのだというオマケ付き。
 これでようやく、少し治まっている状況だ。

「あたし相手に心配するような噂は立たない」

「前回もそう思ってたのですよ。ヒルデガンドさんが相手で、まさか噂になるはずがないと」

「だから?」

「話があるのでしたら、ここでどうぞ」

「良いのかい? お前が困ることになるよ」

 実際には、自分も困る事になるのだが、駆け引きとして、マリーはこう言った。だが、残念ながら、この程度の駆け引きで、カムイが動じるはずがない。

「それはないですね。マリーさんと会うのは初めてです。マリーさんが、俺が話されて困るような話を知っている訳がありませんね」

「……では話そう」

「どうぞ」

「貧民街に通っているらしいね?」

「ええ、たまにですけどね。……別に歓楽街で遊んでいるわけじゃないですよ? まさか、それを勘違いしてですか?」

「じゃあ、何をしてるんだよ?」

「孤児院時代の知り合いがいるんですよ。貧民街にいるくらいですからね。あまり良い生活は送ってません。せめて学院にいる間は、少しでも手助けが出来ないかと思って、通ってます」

「それを信じろと?」

「信じるも何も、事実ですから」

 実際に、カムイの話は事実だ。知り合いであるダークへの手助けの内容が、ちょっと人には言えないものであるだけで。

「……貧民街で他の生徒を見なかったか?」

「学院の生徒の姿は見てませんね。他の生徒というのはマリーさんの知り合いか何かですか?」

「いや、知り合いというほど親しくはないね」

「そうですか。でも危ないですね、貧民街をうろつくだなんて」

「お前もだろ?」

「俺の場合は、知り合いがいますからね。それでも裏路地は、知っている道しか歩けません。気が付いた時には死んでいるじゃあ、笑い話にもなりませんからね?」

 物騒な台詞を、平気な顔でカムイは口にする。

「死んでいる?」

 それに見事にマリーは反応してしまう。カムイの思い通りだ。

「貧民街がどういう所か何て、マリーさんには分からないですよね? 知り合いや客に見せる顔と、それ以外に見せる顔は全く別です。ましてや皇国学院の生徒なんて、格好の獲物でしょうね? ただでさえ余所者の子供は狙われる。まして高価な物を身に着けていたら、あっという間に、身ぐるみ剥がれてってとこでしょう」

「身ぐるみはがされた後は?」

 自分の部下が、その目に合った可能性を、マリーは考えた。そう考えるように、カムイが話しているなんて、少しも疑っていない。

「女であれば、娼館か、それ以外に奴隷として売り飛ばすってとこですかね」

「……男は?」

「売れない人間に用はないのでは?」

「…………」

 カムイの言葉の意味を考えたマリーは、何も言えなくなった。

「あっ、聞いた話ですからね。真実かどうかも分かりませんよ」

 急にカムイが焦った様子で、話を始める。

「何だい、急に?」

「真っ当な生き方をしていないとはいえ、知り合いですから。俺の話だけで捕まるような事になったら、困ります。だから、今のは事実とは違う、ただの噂です」

 知り合いを庇う為の言葉にしか聞こえない。否定しているようで、真実だと訴えているようなものだ。

「……ちなみに用のない人間は、どこに捨てられるなんて噂を聞いたことがあるかい?」

「さあ、どこかの誰かの腹の中ですかね?」

「…………」

「冗談ですよ。まだ何かありますか?」

「……いや、ない。邪魔したね」

 振り返って教室の外にでるマリー。
 三人は殺された。カムイが言ったとおり、貧民街で襲われたのか、カムイ自身がやった事なのか。どちらにしても、これは間違いないとマリーは直感した。
 何とか、カムイの前では、心の中の動揺を見せないように我慢したが、それも教室を出るまで。
 扉を閉めた途端にふらついて、壁にもたれかかった。

「ちきしょう」

 何に対する悔しさか分からないままに、言葉がマリーの口からこぼれる。

「諦めない。絶対に諦めないからね。覚えてやがれ」

 真実がどこにあるかはマリーには分からない。こうなると怒りの向け先は、カムイしかいない。
 それがどんな危険な事なのかも分からずに、マリーは決意を新たにした。
+注意+
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