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魔王の器 作者:月野文人

第四章 大陸大乱編

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ヴァンパイオ族

 ルースア帝国への臣従についての説明を行う為に、カムイは各部族の村を巡っている。カムイの希望通り、ヒルデガンドと二人きりでの行動だ。とはいっても実際は、共和国の間者部隊の精鋭が周囲に展開しているのだが、これはヒルデガンドには分からないことだ。
 間者の件は別にして、カムイとヒルデガンドが二人きりで、これだけ長く行動するのは結婚してからどころか、出会ってから初めてのことだ。子作り旅行は冗談にしても、二人にとって初めてたっぷりと二人の時間を作れる機会、のはずだった。

「ヒルダ! 前に出ろ!」

「ええ、分かったわ!」

 のんびりと旅行を楽しんでいるというには程遠い、緊迫した声が森の中に響いている。カムイは忘れていた。それも疲れていたからは言い訳にならないくらいに常識的で且つ重要なことを。
 魔族の部落のほとんどはノルトエンデを囲む山岳地帯にある。山岳地帯はノルトエンデを守る自然の防壁。険しいだけでなく、危険な魔獣が闊歩する場所だ。
 そんな場所で、のんびり旅行なんて楽しめるはずがない。

「……三体か。何とかなるかな?」

 草木の生い茂る森の中を駆けながら、カムイは魔獣の数を確認していた。
 襲ってきたのは三体のツインヘッド・ヘルドッグと呼ばれる二つ首を持つ魔獣。漆黒の毛皮に覆われた体は、カムイの軽く三倍はあるだろう巨体だ。

「迎え撃つ!」

「ええ! 分かったわ!」

 少し開けた場所に出たところで、カムイは迎撃を決断した。もとより足は魔獣の方が遥かに早い。逃げ切れるものではないのだ
 剣を構えたカムイたちの目の前に現れた魔獣は警戒の色を見せて、手前で足を緩めた。
 ハッハッハッという魔獣の荒い息遣い。だらしなく舌を垂らした真っ赤な口から伸びる二本の牙は鋭く、短剣くらいの大きさがある。
 だが、ツインヘッド・ヘルドッグの武器はその牙ではない。巨体に似合わない俊敏さと、四肢から伸びる錐のように鋭い爪だ。
 正面に現れたツインヘッド・ヘルドッグが、その武器を生かして、驚くべき瞬発力で宙高く跳ぶと、前足を伸ばしてカムイに襲い掛かってくる。

「甘い!」

 カムイのこの声は正面から襲ってくる魔獣に向けたものではない。まるで隙を付こうと狙っていたかのように、同時に横に回り込んで襲い掛かろうとしている別の一体に対するものだ。
 カムイはその魔獣との間合いを一瞬で詰めると、一気に剣を横に薙ぎ払った。

「「ギヤァアアアアアアアアアッ!!」」

 魔獣の叫び声が重なる。
 一つはカムイに前足を切り払われて地面に突っ伏し、血をまき散らしながら暴れまわっている魔獣の叫び声。そして、もう一つは宙に跳んで襲い掛かろうとしたところを、これも一瞬で間合いを詰めたヒルデガンドに懐に潜り込まれて腹を切り裂かれ、地面に落ちて暴れている魔獣のものだ。

「グギャアアアアアア!!」

 更にもう一つの魔獣の叫び声が周囲に響き渡った。一体の両前足を切り払って行動の自由を奪ったカムイは、すぐに残りの一体に襲い掛かっていった。
 ツインヘッド・ヘルドッグの俊敏さを超えるのではないかという動きで、魔獣に近づくと、真横から剣を振り下ろし、片方の頭を首から切り落とす。その勢いのまま、剣をやや切り上げるように横に薙いで左前足を付け根から切り落としていた。
 魔獣の叫びは呻きに変わり、やがて動かなくなった。

 パチパチパチ――不意に聞こえてきた拍手の音に、ヒルデガンドは剣を構えなおして、辺りをうかがう。
 カムイの方はとっくに気が付いていたようで、特に驚く様子も見せずに音のする方に向かってゆっくりと歩いていく。ヒルデガンドも剣を下げたままその背中を追った。

「さすがは統率者殿。見事な腕前です」

 カムイの向かう先で、木の陰に隠れていた男が姿を現した。
 腰まで伸びた長い銀髪の、女性と見間違うばかりの美形の、その男の瞳は赤い。カムイが会おうとしていた部族。ヴァンパイオ族の男だ。
 褒め言葉を口にしているが、ヒルデガンドには、どこか馬鹿にしているような雰囲気が感じられる。これまで出会った魔族には感じられなかった嫌な雰囲気だ。

「案内してもらえるのか?」

「ええ。王のご命令ですので」

 男の返事を聞いたヒルデガンドの眉根が寄せられる。
 男の台詞が、まるで王の命令がなければ案内しないと言っているかのように聞こえた。そして、このヴァンパイオ族の男の言う王は、間違いなくカムイのことではない。

「では、我が一族のあばら家にご案内致しましょう」

 こう言うと男は芝居がかった様子で優雅に一礼してみせる。その慇懃無礼な態度に、とうとう腹を据えかねたヒルデガンドが、文句を言おうと前に進み出たのだが、カムイに意味ありげな視線を向けられている事に気付いて何も言えなくなった。
 不満そうな顔を返してもカムイは笑みを向けただけで、そのまま黙って男の後を歩いていく。仕方なくヒルデガンドも後を追った。

 どれだけ森の中を歩いたのか。突然、開けた視界の先には、確かに古びた雰囲気は醸し出してはいるが、あばら家というには立派過ぎる城があった。

「ヴァンパイオ族の城だ。カミーラ城という」

 驚いた様子のヒルデガンドにカムイが小声で説明してきた。

「ヴァンパイオ族といえば、ミトの一族よね?」

 同じ一族でどうして男はあんなに無礼なのか、という思いは言葉にすることは止めておいた。小声での会話ではあるが、一応は気を使ったのだ。

「一族……。ミトはどう思っているかは知らないけど、ヴァンパイオ族はミトを一族とは認めていないな」

「どうして?」

 ヴァンパイオ族に関する知識をヒルデガンドは持っていない。これまでカムイは、あまり詳しく話そうとしなかったのだ。

「……やっぱり話しておいた方が良いか。聞こえているだろ? 相談がある」

「えっ?」

 いきなり意味不明のことを聞かれて戸惑うヒルデガンドだが、カムイの質問はヒルデガンドに向けたものではなかった。

「……何か?」

 少し躊躇いを見せながらも、前を進んでいた男が答えてきた。
 そのことで又、ヒルデガンドは驚くことになった。カムイたちを気にすることなく先を進む男との距離はそれなりに離れていた。ひそひそ話など聞こえるはずのない距離だ。

「ヴァンパイオ族だから」

「……そう」

 ヴァンパイオ族の特殊能力。ミトを知るカムイはそれを知っていた。一方で男の態度は、カムイが能力を知っていることを知らなかったと示している。このことでカムイとヴァンパイオ族の微妙な距離の存在をヒルデガンドは感じた。

「話というのは?」

 男が少し苛立ちを見せながら、説明を求めてきた。

「休憩の時間をもらいたい。ヒルダに事情を話しておきたいというだけでなく、戦いで汚れた体でセブンス王に会うのもどうかと思った」

 セブンス王というのが、ヴァンパイオ族の王なのだと隣で聞いているヒルデガンドは知ることができた。

「……確かに。では、王との会談は明日朝ということにして、我らが城で一晩を過ごされよ。湯殿を用意するので旅埃を落とされるが良い」

 男は少し考えて城で泊まることを提案してきた。カムイたちにとっては実にありがたい提案だ。

「ああ、それは良いな。風呂はもちろん、ゆっくり眠るのも久しぶりだ」

 魔獣が闊歩する山岳地帯を移動してきたカムイたち。部族の住処にいるとき以外は、襲われるのを警戒してカムイはほとんど寝ていなかった。元々、睡眠が少なくてすむカムイだが、疲れていないわけではない。

「では、そういう段取りで。さて、城はもう目の前。ようこそカミーラ城へ」

 気が付けば城は間近に迫っていた。男の声に合わせたかのように、ゆっくりと城門の頑丈そうな扉が左右に開く。
 濠にかかる橋を進むと、城門の内側で左右に並ぶ人々が見えた。
 出迎えであろうそれは、ヒルデガンドにとって喜ばしいものではなかった。向けられる視線は決して好意的なものではない。こちらを蔑んでいるかのような冷笑を浮かべている者までいる。
 嫌なら出迎えなどしなければいいと、ヒルデガンドは大いに腹を立てているのだが、カムイが気にした様子もなく前を進んでいくので、ただ黙ってその後ろをついて歩いた。
 カムイと魔族との関係が全て上手くいっているわけではないと、この日、初めてヒルデガンドは知った。

◇◇◇

 好意的には程遠い態度で城に迎えられたカムイとヒルデガンドであったが、その待遇は決して悪いものではなかった。それどころか、態度とは正反対にかなりの厚遇と言えるものだ。
 通された部屋はかなりの広さで、置かれている調度品は、古めかしくはあるがどれも、大貴族の令嬢であり皇国の妃であったヒルデガンドでさえ感嘆するような見事なものばかり。食事も、こんな山奥でどうやってこれだけの食材を用意出来るのか、と思うくらいに贅沢で美味しいものが出された。
 それだけではない。約束通りに整えられた湯船に向かってみれば、待ち構えていた侍女が二人がかりで体を洗おうとしてくる。さすがに恥ずかしいとヒルデガンドは何度も断ったのだが、王の言いつけだと侍女たちは一切聞く耳を持たず、結局はヒルデガンドが折れて身を任せることになった。
 もっとも最初は嫌がっていたヒルデガンドではあったが、侍女たちの仕事は実に丁寧で、旅の疲れもあって、ヒルデガンドはこれまで味わったことのない至福の時を過ごすことになった。
 全身を隅々まで磨き上げられたヒルデガンド。ただ残念なことに、そこでヒルデガンドの頭の中に一つの疑問が浮かんでしまった。
 カムイはどうしているのだろうと。
 至福の時はそれで終わり。胸にもやもやしたものを抱えながら、ヒルデガンドは足早に部屋に戻ることになる。

 部屋に着いてみれば、カムイは既に風呂を終えて、ワイン片手にくつろいでいた。

「お帰り。どう、気持ち良かった?」

 部屋に入ったヒルデガンドにカムイが声を掛けてくる。

「……ええ。カムイは気持ち良かったですか?」

「ああ。凄く気持ち良かった」

「やっぱり!」

「えっ?」

 ヒルデガンドの不穏な空気をすぐに感じ取ったカムイだが、それが何によるものか心当たりがない。

「気持ち良かったのですね?」

「……えっと、何かした?」

 何を怒っているのか、頭の中で懸命に考えているカムイだった。

「……お風呂場で侍女が待っていました」

「あっ、それか?」

 ようやくヒルデガンドの怒りの元が分かったカムイ。その顔に自然と笑みが浮かんだ。安堵の笑みだ。

「カムイが入る時にもいたのですね?」

「いたけど、要らないと言ったら引き上げてくれた」

「嘘。私はいくら断っても聞いてくれなかったわ」

 ヒルデガンドは疑いの目で、じっとカムイを睨んでいる。

「じゃあ、俺は妻以外の女性に触れるつもりはないって言ったら、許してくれた」

 明らかに今考えた台詞をカムイは口にする。

「……それも嘘だわ」

 カムイにはテレーザという側室がいる。ヒルデガンドも認めた相手だが、妻以外に触れないは嘘だ。

「じゃあ、今夜は最愛の妻と二人きりでゆっくり過ごすつもりだから邪魔するなと言ったら許してくれた」

「……嘘つき。もうズルいわ」

 ヒルデガンドの頬がほんのりと朱に染まる。湯上りの為ではない。

「これは嘘じゃないから」

 カムイは、ヒルデガンドの頬に優しく手を添えると、ゆっくりと顔を近づけていった。重なり合う唇と唇。それが離れた瞬間にヒルデガンドの口から吐息が漏れる。

「……残念だけど、まずは大事な話をしないと」

「……そうね」

 少し、ではなく、かなりがっかりした様子を見せたヒルデガンドだが、すぐに背筋を伸ばして話を聞く姿勢になった。そんなヒルデガンドの行儀の良さが可愛くて、カムイの顔に笑みが浮かぶ。

「会議の席じゃないから。ワインでも飲みながら話をしよう。これは飲んだ方が良いと思う。味の分からない俺でも違うと思うから」

 こう言ってカムイはグラスにワインを注いで、ヒルデガンドに差し出した。大事な話をするといっても二人の時間であることに変わりはない。
 ヒルデガンドも無用な遠慮はなしに、グラスを受け取って口に運ぶ。

「……美味しい」

 ヒルデガンドの顔にゆっくりと驚きが広がっていく。そうなるだけのワインだった。

「どうやら俺の舌も捨てたものじゃないな。さて、こんな上等なワインを提供してくれるヴァンパイオ族だけど、これは統率者への最低限の礼儀を守っているだけで、心から俺に従っているわけじゃない」

「ええ。それは分かったわ。でも、どうして?」

 カムイに忠誠までは捧げていない種族、部族は他にもいる。だがヴァンパイオ族の態度は、それらとは全く異なっている。共和国を統べる者としてのカムイへの尊敬の念もヒルデガンドには感じられない。

「ヴァンパイオ族は魔王レイと関係が深い。魔王レイへの思い入れは他の魔族とは異なるものがある、らしい。これはアウラから聞いた話だ」

「だったら尚更、どの種族よりもカムイに忠誠を誓うべきではないの?」

 カムイは、魔王レイの分身である魔剣カムイに認められた者だ。魔王レイへの思い入れが強ければ尚更、カムイに強い忠誠を向けるべきだとヒルデガンドは思う。

「実は俺の父親は、ヴァンパイオ族と人狼族の混血だ」

「……えっと、それが何かあるの?」

 いきなり父親が混血だと言われても、ヒルデガンドには意味が分からない。

「ヴァンパイオ族はどの種族よりも純血を大事にする。人族との混血は使命があるからとまだ許されるが他種族との混血は禁忌だ。血を汚す行為になるらしい」

「……つまり、ヴァンパイオ族がカムイに従わないのは」

「俺の祖父母は禁忌を冒した大罪人。そして父親は穢れそのもの。俺はその穢れの息子だ。そんな俺が魔王レイの後継者だなんて認められないってところだな」

「そんな……。でも、他の魔族は」

 カムイが魔族において、こんな風に思われているなんてヒルデガンドは知らなかった。これでは、魔法を使えないとカムイを虐げた人族と変わらないようにヒルデガンドには思える。

「純血を尊ぶのは他の魔族も同じだけど、それに拘っていられない事情もある。ライアン師匠の獣人族なんて典型的で、いくつもの種族の集合体だからな。俺の祖母の人狼族も今は獣人族だ」

「そうしないと子孫を残せないからね?」

「そう」

 絶対的に数が少なくなった魔族。絶滅の危機に瀕している種族は少なくなく、獣人族はそういった種族の集合体だ。
 純血を失うことは絶滅と同じと考える者もいないわけではない。だが、獣人族の族長であるライアンは種族の血を残すことより、個々の魔族が家族を作り、子孫を残すことを優先した。

「それにヴァンパイオ族を特別で、純血しか一族として認めない」

「だからミトは、でも……」

 ヒルデガンドの表情が曇る。
 人族との混血であるミトはヴァンパイオ族として認められない。恐らくは人族からも認められない。それを思って可哀想と思ったのだ。

「ミトにとっての一族は俺たちだ。ノルトエンデが共和国がミトたちの部族だから」

「そうね」

 どちらの種族ともされない混血はミトの他にもいる。身体的にヴァンパイオ族に近いカムイも獣人族とは見なされないだろう。族長のライアンがそうさせたがっていても。

「だから明日の会談も気分が悪いものになるかもしれない。それは我慢して」

「……我慢はするわ。でも、どうして此処に? 従っていない相手に了承を求める必要はあるのかしら?」

 共和国は、カムイに従うことを決めた種族、部族の連合だ。今の話を聞く限り、ヴァンパイオ族は共和国に所属していないも同じにヒルデガンドには思える。

「ここに来たのは聞きたいことがあったから」

「それは何かしら?」

「千年前、魔王レイは何故、途中で戦いを止めたのか」

「……えっ?」

 いきなり予想外の千年前の話になって、ヒルデガンドは戸惑っている。

「魔王レイは世界を相手に、劣勢な時もあったけど、最終的にはかなり優勢に戦いを進めていたそうだ。では何故、勝っていた魔王レイは戦いを止めて、大陸統一を次々代に託すなんて真似をしたのだろう?」

「魔王ではやはり抵抗が激しかったのではないかしら? 今のように真実が知らされていない時代よね?」

「でも、魔王レイは魔族ではなく異世界人だ。従っていたのは魔族だけではなかったって話も聞いた」

 カムイは自分と魔王レイの状況を比べている。
 人族には魔族の血が入っていると多くの人たちが知った今でも、魔族の血を色濃く継ぎ、前魔王の息子であるカムイに抵抗を示すものは多い。
 一方で魔王レイは異世界人。勇者とされてもおかしくない立場だったはずだ。

「……それをヴァンパイオ族は知っているの?」

「ヴァンパイオ族は魔王レイの最大の支援者だった。最後まで行動を共にしていたはずだ」

「そう。でも、それを知って何の役に立つのかしら?」

「魔王レイが諦めた原因が何か。これを知らないままでは俺たちも同じ失敗を繰り返すかもしれない。間違っても、千年前と同じ轍を踏むなんて真似を俺はしたくない」

「……やっぱりカムイはカムイね」

 ヒルデガンドの顔にほんのりと笑みが浮かんだ。カムイは歩みを止めていなかった。変わらず将来の為に今を行動している。これが嬉しかった。

「……どういう意味? 俺は俺だろ?」

「その俺の血には人狼族の血が流れているのね? じゃあ、カムイは狼になれるのかしら?」

 気持ちが軽くなったヒルデガンドから軽口が飛び出してくる。

「ああ、それは試してないな。今、やってみようか」

 カムイもヒルデガンドの軽口に乗ってきた。父親とヴァンパイオ族の話はカムイ自身話していて気分の良いものではない。それを話し終えたところで、気分を変えたくなったのだ。

「狼になって私を襲うというのはなしよ」

「……あれ? 疲れているのかな?」

 あっさりとヒルデガンドにオチを見抜かれて、カムイは落ち込んでいる。

「この銀髪はヴァンパイオ族の血なのね」

 カムイの頭に手を伸ばし、ヒルデガンドは髪を指ですいている。ヴァンパイオ族に良い印象は少しもないが、カムイの髪の色がヒルデガンドは好きだった。

「そう。瞳の色が人狼族。俺の外見は父親にしか似ていない。まあ、その父親の顔を見たこともないけど」

 カムイの顔は不満げだ。世界一の美女だと思っている母親に似ているところがないのは、昔から納得出来ないのだ。

「お父様の顔は鏡に映っているのではなくて?」

 ヒルデガンドは慰めるつもりでこれを言ったのだが、カムイの表情は少し曇ることになった。

「……父親似ってことで、もう一つ話しておくことがあった」

「何かしら?」

「俺たちの子供は魔法を使えない。絶対とは言わないけど、期待しない方が良い」

「……どうして?」

「俺の父親も魔法は使えなかった。混血による異常か、人狼族の性質が色濃く出ているかは分からない。多分、両方だと思う」

 人狼族だけでなく獣人族は全般的に外魔法、他人や体外に作用する魔法は使えない。魔力は身体強化などの内魔法に生かされている。
 それでも保有魔力は人族に比べれば多く、魔族である以上、人族との混血において魔法が使えなくなるということになるはずがない。カムイはやはり異常なのだ。

「……そう」

 ヒルデガンド自身は子供が魔法を使えなくても気にしない。だが、カムイがそのことで辛い思いをしていたのを知っている。

「魔剣に認められれば俺みたいに治るかもしれない。でも、それはない」

 魔剣は、世の中への恨み、復讐心といった負の感情に反応する。魔剣そのものがそういった性質を持っているからだ。
 カムイは世の中を恨むような子供に育てるつもりは一切ない。そうなれば魔剣に認められることなどない。

「……私は気にしないわ。それにカムイ」

 ヒルデガンドはつい先ほどまでの暗い表情を振り払って、カムイに笑顔を向けた。

「何?」

「カムイは今、不幸かしら?」

 ヒルデガンドの問いにカムイはハッとした表情を見せる。やがて、ゆっくりと笑みが広がっていった。

「……そういえば幸せだ」

 魔法が使えなくて辛い時期はあった。死んでしまいたいと思う時もあった。だが、その時を超えて今がある。出会うはずのない人と出会い。結ばれるはずがない最愛の人と、こうして向かい合っていられる。

「私も、カムイが魔法を使えなかったからこうして今があると思っているわ。私はカムイをこの世に生み出してくれたお母様とお父様に感謝している」

「……ありがとう」

 生まれてきたことへの感謝を告げられたのはいつの事か。こうして、はっきりと口してくれた相手は、幼い時に亡くなった母親の記憶しかない。
 抑えきれなくなった感情に素直に従って、カムイはヒルデガンドの体を引き寄せると強く抱きしめた。きつく抱きしめられてヒルデガンドの口から喘ぎのような吐息が漏れる。
 ここから先は――。
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