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魔王の器 作者:月野文人

第四章 大陸大乱編

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北方伯の足掻き

 皇国軍が撤退した事で、北方伯領は全て共和国の手に落ちた……、訳ではない。
 北方伯率いる軍は健在であり、まだ多くの貴族が旗幟を鮮明にしていない。共和国は、皇国での爵位を認めない。貴族制も採っていない。いざ貴族が従おうとしても必ず混乱が生まれる事になる。
 オスカーやベック軍事顧問は、この辺りの事に気付かないままに皇都に戻ってしまった。要はカムイに騙されたのだ。
 皇国軍という邪魔者が居なくなった所で、共和国は制圧の為の具体的行動を開始した。最初に行なったのは貴族家をふるいにかける事。
 臣従を申し出てきた貴族家の使者に、爵位を求めず、一文官もしくは武官として働く事に同意するのであれば、臣従を認めるという正直で厳しい条件を突き付けた。
 これに対して貴族家は予想通りの反応を見せる。共和国に反発し、軍勢を率いて北方伯の下に馳せ参じたのだ。北方伯家従属貴族のほぼ八割が、この行動を採った。
 これにより、北方伯軍は一万から三万に膨れ上がった。共和国軍はヒルデガンドの部隊が引き上げて、一万二千。倍以上の数となった事で、北方伯軍はアンファングに向けて進軍を開始する。
 もっと数の多かった皇国軍が、敗れたも同然の状態であった事を忘れてしまっているようだ。
 この北方伯軍の動きに対して共和国は、無条件での従属を約束した北部辺境領主と従属貴族家に、軍が出払ってがら空きになった北方伯側貴族領の制圧を命じると共に、軍を北方伯軍の迎撃の為に出陣させた。
 即戦即決が、北方制圧にあたっての共和国の方針なのだ。
 両軍が激突したのは、アンファングから五日程、東方に移動したオウフ平原。騎馬を主体とする共和国軍には最適な戦場だった。こうなる様に図ったのであるから当然の結果だ。
 そして戦いの結末は共和国軍の圧勝。軍事的な才能などない北方伯が率いる軍だ。これも又、当然の結果だ。
 北方伯は共和国軍の追撃を逃れ、どうにか東部の街シュワンズに逃げ込んだ。従う兵士は五千という惨憺たる状況だ。
 共和国軍は一旦、北方伯を放置して従属貴族軍の掃討に専念する。敵勢力を完全に駆逐するには、北方伯を生かしておいて、それを餌に一箇所に集めた方が効率的だからだ。
 共和国軍の執拗な追撃を受けても尚、抵抗を諦めない貴族は、結局、北方伯が居るシュワンズに逃げ込む事になる。
 共和国の狙い通りの展開だ。後は一網打尽にするだけ。

 城壁からの矢が、共和国軍の頭上に降り注ごうとしている。だがそれは、兵士たちに届く事はなく、半分は宙に現れた炎に焼かれ、半分は激しい竜巻に吹き飛ばされた。

「今よ、ルッツ! 蹴散らせ!」

 マリアのこの命令を受けたからではないのだが、矢の攻撃を逃れたルッツの部隊は、城門の前に陣取る北方伯軍に向かって、突撃をかけた。
 ここを突破すれば城内だ。シュワンズの陥落は目の前まで近づいている。

「俺はいつからマリアの露払い役になったんだ?」

 こんな文句を言いながらも、ルッツは敵陣の中央を切り開いていく。城門の直前に来た所で部隊を強引に反転させ。又、敵陣中央を今度は駆け戻る。
 ポッカリと空いて隙。そこに今度は、ルッツの部隊と入れ違いにマリアとイグナーツの部隊が突撃をかける。先頭を駆けるマリアとイグナーツが詠唱しながら。

「吹き飛べぇっ!!」

 二人から放たれた魔法は、敵陣の中央をすり抜けて城門に激突。激しい爆風が周囲に吹き荒れる。

「空いたっ!!」

 魔法に吹き飛ばされて出来た城門の隙間。そこに迷う事無く、マリアは馬を駆けさせていく。

「張り切り過ぎだよ」

 その後を慌ててイグナーツも追い掛ける。

「「「風魔姫だぁあああああっ!!」」」

 城門の中から、今回の北方伯との戦いで、すっかり定着したマリアの通り名が叫ばれる。強力な風属性魔法を操るマリアは、今ではすっかり大人びて美しいと言われる様になった容姿もあって、一気に名を挙げていた。

「どうしてマリアばっかり?」

 同じだけの活躍をしているはずのイグナーツが、少しいじけるくらいに。

 城門の中は、まるで嵐が来たかのように風が吹き荒れている。マリアが纏っている防御魔法【風鎧】が放つ風だ。放たれた矢は風に巻かれてマリアに届く事なく地に落ちる。剣を振るおうにも、兵士は近づく事さえ出来ない。
 北方伯領軍の兵士には、破る術のない絶対防御となっている。
 そして、兵士たちがマリアに気を取られている隙に、イグナーツの火属性魔法が襲いかかる。爆風に吹き飛ばされる兵士たち。
 これまでも散々に二人にやられてきた兵士たちは、この一撃で戦意を喪失してしまった。
 次々と剣を投げ捨てて、兵士たちは、その場に跪いていく。

「ええっ!? 早いよ! もっとマリアに活躍の場を頂戴!」

 勝利がほぼ決まったというのにマリアは不満気だ。

「マリアはまだ良いよ」

 イグナーツも物足りない様子だ。

「無駄に戦闘を求めるな。まだこの先も戦う機会は幾らでもある」

「カムイ兄!」

 現れたカムイの所に、マリアは嬉しそうに駆け寄っていく。今でもマリアはカムイが大好きなのだ。今は恋愛ではなく、ブラコンに近い感情になっているが。

「良くやったな。城から白旗もあがった。取り敢えずは一区切りだ」

「北方伯は?」

「降伏したのだから、その内、出て来るんじゃないか?」

 カムイが早々に姿を現したのは、この為だ。決着がついたからには、無駄な時は過ごしたくない。さっさと北方伯に正式に降伏を告げさせ、戦後処理に移りたかった。
 こんなカムイの思惑通りに、城から北方伯があたふたしながら飛び出してきた。カムイの姿を見つけると、転がるようにしてカムイの前に跪く。
 その姿をカムイは無言のまま見詰めていた。

「カムイ王ですな?」

「ああ、そうだ」

「フリット・ノルトシュロス・アスマス。カムイ王と臣下の方々の勇猛さには感服致しました。こうなったからには無駄な抵抗は止めて、素直にカムイ王に忠誠を誓うべきと、こうしてまかり出て参りました」

「…………」

 北方伯の厚顔さに声を失うカムイだった。

「ささっ、この様な所ではゆっくりと話も出来ませぬ。城の中にお入り下さい」

「……ああ。だが、その前に戦いの後始末が先だな。話はそれが終わってからだ」

「ああ、これは私とした事が。皆の者! カムイ王の御言葉は聞いたな!? 速やかに戦いの後始末をせよ!」

 北方伯の厚顔振りに呆れたのはカムイだけではない。北方伯の下で戦っていた騎士や兵士もだ。
 お陰で戦後処理が少し楽になりそうだと、この点だけはカムイは北方伯の行動を喜んだ。

◇◇◇

 実際に北方伯の態度を見て知って、忠誠を向ける事への虚しさを感じた騎士や兵士たちは、トラブルらしいトラブルなど全く無く、実に協力的な態度で武装解除に応じた。
 敵軍の武装解除が終わった所で城の接収。城の図面を差し出させた上で、部隊を送り込んでくまなく調べていく。伏兵などが居ない事を確認して、それでようやく北方伯との会見となった。
 会場となったのは城内にある謁見の間。
 城主の席にはカムイ、そして、その隣には少し緊張した様子のマリアが座っている。その前に居並ぶのは、北方伯本人と女性たち。そして最後まで北方伯に従った従属貴族の面々だ。
 周囲を共和国の兵士が厳重に取り囲む中での会見だ。どの表情にも緊張と不安の色が浮かんでいる。北方伯本人を除いて。

「改めまして。こうして偉大なる王に拝謁出来る機会を得られた事を、このフリット、心より喜んでおります」

「本心は別にして、それを口に出来るのはお前だけだろうな」

「本心でございます。そして、我が家族も同じ気持でございます」

 北方伯の後ろに並ぶ女性たち。それが北方伯の言う家族だ。実際は家族と呼べるような者たちではなく、わざわざ戦場にまで連れて行っていた夜の相手をする女性たちである事をカムイは知っている。
 本当の家族はとっくに捕らえてあるのだ。

「……お前の家族とは会っているが、喜んでいる様には見えなかったな」

「それはいけませんな。ですが、女子供では事情が分からないのでしょう? どうか愚かな者共だと思って、お許し下さい」

「ああ、本人たちが望むなら許すつもりだ。人質に取られている事を知りながら、何の躊躇いもなく、攻めて来るような冷たい夫や父親を持った可哀想な家族だからな」

 本気で可哀想と思っている訳ではない。ただの北方伯への嫌味だ。

「それは……、私には北方伯として果たさなければならない義務がございましたので。私心を無理やり押し殺して行動したまででございます」

「ああ、それは理解出来る」

「それは良かった」

 カムイの言葉を聞いて、北方伯はホッとした顔を見せている。惚けた態度を取っているが、内心はかなり緊張しているのだ。

「さて、まずは後ろに控える者たちに聞きたい。お前たちの忠誠は今どこにある?」

 カムイは問いを後ろに控える従属貴族たちに向けた。だが、誰も口を開こうとしない。口を開いて良いものか悩んでいる様子だ。

「一人一人尋ねるのも面倒だな。今も忠誠は皇国にあるという者は左に寄れ」

 このカムイの言葉に一人の男が立ち上がって左に移動した。

「まだ途中なのだがな。まあ良い。では、共和国に忠誠があるという者は右に寄れ」

 続く言葉を予想していたのだろう。直ぐに多くの者が立ち上がって右に寄った。動かないで真ん中に残った者も一人居る。

「動かなかったお前」

 その一人にカムイは声を掛けた。

「……はっ」

「何故、動かない? 悩んでいるのか? それとも別の理由か?」

「……悩んでおります」

「なるほど、こんな判断も出来ないか。まあ、良い。ほとんどの者は我が国に忠誠を誓うと言うのだな? 良いだろう」

 右に寄った者たちから、安堵の溜息が聞こえてきた。

「さて、お前に従っていた貴族たちの気持ちは分かった。お前本人はどうするのだ?」

 従属貴族の振り分けが終わった所で、カムイは北方伯に問いを向けた。

「もちろん、我が忠誠は陛下に向いております。仕えるべき方は誰か。それが今回の戦いではっきりと分かりました」

「その言葉を信じろと? 皇国の要。四方伯の一つである北方伯が、簡単に皇国を裏切るとは思えない」

 実際には南方伯も西方伯も裏切っているのだが、これをここで持ち出す必要はない。

「裏切りとは考えておりません。世の中を良いものにする為に、何をすべきかを考えた結果でございます」

「あいにく俺は疑り深い性格だ。そんな俺が信じられる何かを示して欲しいものだな」

「……なるほど。では……、いや、何かですな」

 北方伯は何か言いかけたのだが、きちんと言葉にしなかった。その視線が一度、マリアに向いた事で、何を言おうとしたのかは分かったが。
 カムイの言葉を催促と捉えた北方伯は、後ろに控える女を差し出そうとしたのだ。だが、マリアが居ることで、それを口に出来なかった。女性のマリアの前では口にしづらかったのと、マリアと比べると後ろの女性たちが、かなり見劣りすると思ったからだ。

「何もないのか?」

「……いえ、ございます。我が娘を陛下のお側に置かせて頂きたいと考えております」

「お前の娘。何人か居たと思うが?」

 北方伯には正室の他に大勢の側室が居る。子供の数は必然的に多いのだ。

「それは後々、ゆっくりと相談させて頂ければと」

「そうか。あの娘たちの中から一人を俺に……」

 カムイは満更でもなさそうな態度を見せている。北方伯としては、奮発した甲斐があったというものだ。勘違いではあるが。

「それは無用だな。それと己の保身の為に、平気で娘を差し出すような父親を俺は信用出来ない」

「はっ?」

 カムイの言葉に北方伯は呆気に取られている。これまでの流れから、何故、この言葉が出て来るのか理解出来ないのだ。

「もっと言えば、俺にはお前を許せない理由がある」

「何故でございますか!?」

 カムイの口からはっきりと許せないという言葉が出た。それを簡単に受け入れる訳にはいかない。受け入れた先に待っているのは死なのだ。

「俺にも側室が一人居る。その側室がお前を許す事を許さない。お前を許さないで良いのか」

「ちょっと待って下さい。どうして私が陛下の側室の方に恨まれなければならないのですか?」

「側室の名はテレーザという」

「ひあっ?」

 北方伯の口から素っ頓狂な声が漏れる。まさか、この場で聞くとは思っていなかった名。しかもカムイの側室になっているなど想定外も甚だしい。

「恨まれる理由は分かっただろ?」

「わっ、私は……」

「何をしたかは口にするなよ? 殺すぞ」

「おっ、お許しを。私は騙されて」

「何も言うなと言っている! テレーザを侮辱する様な真似は、それが誰であろうと許さない!」

 この言葉は、カムイのテレーザに対する愛情の証と捉えられる。テレーザは本当にカムイの寵愛を受けているのだと、北方伯を始めとした貴族たちは思った。

「北方伯を、いや、もう北方伯でもないか。この男を連れて行け」

 カムイの命を受けて、兵士が北方伯を拘束して、謁見の間から引き出していく。テレーザの事を知って諦めたのか、北方伯はほぼ無抵抗だ。

「イグナーツ。分かったか?」

 北方伯が出て行った所で、カムイはイグナーツに問い掛けた。

「大体は」

「お前の判断に任せる。連れて行け」

「じゃあ、一番右、その隣。二つ飛ばして。後はその隣。二列目は右から二番目、その隣……」

「えっ!?」「なっ!?」「どういう事だ!?」

 イグナーツに指された貴族たちも、北方伯と同じ様に次々と拘束されていく。彼らの場合は拘束される理由が分かっていない分、抵抗を見せている。

「賄賂、袖の下、この場合はなんて言うんだ? とにかく、共和国ではそれは許されない重罪だ。つまり、それを求める様な俺の態度に嫌悪感を示さなかったお前たちを共和国の官僚として迎える訳にはいかない」

 カムイの態度は、これは確かめる為のもの。とにかく何でも少ない機会で済ませてしまいたいのだ。特に臣下の登用は手に入れた北方を治める為には急務だ。

「さて、では左に移動した貴方。名前を聞かせて欲しい」

「……テッド・ハンセンだ」

 名乗ったテッドも少し混乱している。試したのだとは分かっている。ただその基準がテッドの考えていた共和国のイメージとは違っていた。

「未だに皇国に忠誠を向ける理由を聞かせもらいたい」

「我が家は、代々皇国の貴族だ。我が代で、祖先の忠節を無にする訳にはいかない」

「……それだけ?」

「私にとっては大切な事だ!」

 カムイの反応にテッドは声を荒げてしまう。自分の考えを愚弄されたように感じたからだ。

「俺の生家も代々皇国の貴族だ。これは知っているか?」

「……ホンフリートと一緒にしないでもらおう」

 ホンフリートの悪名は地方にも届いている。長年、悪評を積み重ねた成果だ。

「俺の祖父も代々皇国に仕えている事だけを自慢にしていた。お前と何が違う?」

「私は皇国に尽くしてきた」

「確かに俺の祖父は、恐らくはその前の当主も貴族の責任を果たさなかった。そのせいで、ホンフリート家は皇国で悪名が高い」

「そうだ」

「では聞くが、ホンフリート家は批判するのに何故、皇家を批判しない?」

「何?」

「今の皇帝は、皇国の為にも、世界の為にも何もしていない。それどころか害を為している。それなのに何故、お前は皇国に未だに忠誠を向けている? 忠誠とは一度向けたら、相手が悪人であっても向け続けなければならないものなのか?」

「それは……、陛下は悪人ではない」

「悪人だ。俺の側室が誰か教えたはずだ。テレーザは皇帝の乳姉妹であり側近だった。そのテレーザも皇帝の地位を手に入れ、無用になると悪事を押し付けて追放した」

「…………」

 テレーザの悪評も又、地方貴族の耳に届いている。それはつまり、側近であったテレーザはクラウディアの暗部を担当していたと考えられる。カムイの話を聞いて、テッドはこれに気付いた。

「今、頼みたいのは時間をくれという事だ。俺はお前に仕えて欲しいと思っている。死を目の前にしても忠誠を貫こうという考えは俺の好むものだからだ。だが結論を急ぐつもりはない。忠誠は時間をかけて得るもので、そうでなければ信用出来ない」

「……私に何を?」

 これを問うテッドの気持ちは既に揺れている。誠を貫こうという者は誠を見せられると弱いものだ。

「共和国を見て欲しい。共和国の人に会って欲しい。重臣にも民にも。少なくとも皇国よりは良い国だと言えるくらいにはしたつもりだ。その上で判断して欲しい」

 そしてこれが止め。胸襟を開くではないが、カムイは共和国の全てを見せようとしている。

「……分かりました。貴方の望む通りに」

「ありがとう。さて、真ん中の人も同じで良いか? 悩むという事は少なくとも考える余地がない訳ではないはずだ」

「は、はい。それでお願いします」

 実際にカムイの言う通り、考える余地は十分にあるのだ。裏切りは気が引ける。だが死ぬわけにもいかない。優柔不断なようではあるが、悩むという事をカムイは悪だと思っていない。自分に常に悩んでいるのだ。

「さて、右の者たち」

 カムイの呼びかけに、右側に寄った者たちの顔に怯えが浮かぶ。この流れでは、どう考えても自分たちは間違った選択をした事になる。

「怯えるな。罰するつもりはない。お前たちは共和国に仕える事を決めた。だから遠慮はしない。厳しい試験を行なった上で、直ぐに働いてもらうから、そのつもりでいろ」

 これまでの二人とは言葉遣いも変わっているが、話した内容は安心出来るものだ。ほっとした雰囲気が流れる。ただ厳しい試験と共和国が求める働きを彼らは分かっていない。直ぐに働くという事は、直ぐに大変な目に会うという事なのだ。

「さて、次は騎士や兵士の選抜か。ルッツ頼んだぞ」

「えっ?」

 カムイに話を振られて、ルッツが驚いている。

「えっ?」

 そのルッツの反応にカムイも驚く。

「……何だっけ?」

「戦いの中でめぼしい奴が居たら、チェックしておけって言ったのを忘れたのか?」

 戦争中もただ戦うだけでは済まさない。能力のある騎士や兵士を見つけておくようにルッツに言っておいたのだ。

「そうだった。ああ、覚えてる」

 だが、ルッツはすっかり忘れていたようだ。

「お前……、まさか、強い奴を全員殺してないだろうな?」

 強い奴と出会うと血が騒いでしまうのはルッツも同じだ。カムイに比べれば。ルッツは魔族の血はずっと薄いはずなのだが。

「いや、それはない。多分、平気だ」

「……誰か、他にチェックしていた奴?」

 ダメ元でカムイは他の者に尋ねてみた。だが、幸いにも手を挙げる者が居た。ルッツの部隊の副官のネイサンだ。

「じゃあ、ネイサン頼む。今からお前が部隊長だ」

「ええっ!?」

 驚きの声を上げたのはルッツだ。

「当たり前だろ? ルッツは降格。共和国は実力主義。怠け者に高い役職は与えない」

「いや、俺、戦いは頑張ったから。結構、活躍したし」

「私とイグナーツの次にね」

 マリアが会話に割り込んできた。ルッツをからかう絶好の機会と思っての事だ。

「それじゃあ、ビリになるだろ?」

「だってビリでしょ?」

「マリア、お前なぁ!」

「何よ!」

「うるさいっ! 今は仕事中だ!」

 口喧嘩を始めそうになった二人をカムイが怒鳴りつけた。

「あっ、悪い」「ごめんなさい」

 正面に並ぶ者たちは、この様子を見て呆気に取られている。先程までの緊張感はそこにはない。
 ただ、このやり取りはこれから共和国に仕えようという者たちにとって、わずかだが安心材料になった。
 鬼か何かの様に思っていた共和国の重臣たちが、兄妹喧嘩の様な真似を目の前で見せている。一気に親近感が彼らの心に湧いた。
 当たり前だが、共和国の者も一般の人たちと変わらない所があるのだと。

 北方において共和国に抗えるだけの軍事勢力はこの日消えた。この先、アーテンクロイツ共和国は本格的な北方支配を進めていく事になる。
+注意+
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