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魔王の器 作者:月野文人

第三章 皇国動乱編

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内乱の終結は大戦の序章

 アーテンクロイツ共和国との休戦交渉。国の決定だとはいえ、さすがに虫の良い申し入れだと思いながらも、オスカーは交渉申し入れの使者を共和国陣地に送った。だが意外にも、カムイはあっさりと了承して交渉が行われる事になった。
 取り敢えず、第一歩は成功という所だが、オスカーは全く喜ぶ気にはなれない。カムイとの交渉となれば、胃が痛くなるような状況が続くのは、始める前から分かっているのだ。
 それでも、オスカーは交渉の場に向かうしかない。
 交渉の場に指定されたのは共和国陣地の手前。共和国側に寄っては居るが、一応は陣地の外となったのは、皇国側が気を遣われた形だ。
 その場にオスカーとベック軍事顧問、そして、皇都から来た使者の三人で向かう。オスカーとベック軍事顧問の二人共が赴くつもりはなかったのだが、先に交渉の場にカムイとルッツが現れたのを見て、急遽、変更したのだ。国王と将軍相手では、二人が参加しないと釣り合わない。

「アーテンクロイツ共和国王、カムイ・クロイツだ。隣は我が国の将軍ルッツ」

 旧知の仲であることなど一切感じさせずに、一国の王としての威厳を湛えて名乗るカムイ。

「……シュッツアルテン皇国騎士団長オスカー・フルハイム。同席するのは軍事顧問のエデュ・バンデルス。そして外交担当官のトーマス・ワイトマンだ」

 そのカムイの態度に、やや気圧されながらもオスカーは名乗り返した。

「大体のことは聞いているが、改めてそちらから用件を伝えてもらえるか?」

「ああ。貴国とは不幸にも干戈を交える事となったが、本来は我が国も争いを好むものではない。話し合いで、今回の事態を解決出来ないかと考えた」

 カムイの要求にオスカーは形式通りの言葉で返した。虫の良い話だと恥じる気持ちがあるので、それを顔に出さない様に必死だ。

「話し合いで解決とは、何をどの様に解決したいという事か?」

「アンファングは我が国の領土。それを不法に占拠する事は許される事ではない。しかしながら、過去に遡れば、貴国とアンファングには、それなりの因縁がある様子。我が国には、この状況に対して妥協する余地がある」

「……へえ。さすが、代々の騎士団長の家系。こういう口上も、ちゃんと言えるんだな?」

「はっ?」

 急に態度を豹変させたカムイに、オスカーは戸惑っている。

「ただ分かりにくい。妥協の中身は? アンファングを我が国のものと認めるという事か?」

「いや、アンファングは渡せない。その代わり、北方伯領の東部を貴国に譲渡する」

「その東部は既に俺たちの領土だが?」

 共和国が真っ先に占拠したのは、北方伯領東部だ。支配化もかなり進んでいる。

「アンファングと同様、不法に奪取したものだ。それを認めると言っている」

「話し合いの前提が間違っている。アンファングを中心としたシュッツアルテン皇国は元来、魔王の孫が魔族を守るために造った国だ。その使命を受け継いでいない現皇帝は、シュッツアルテンの皇帝ではなく、北方を領土だと主張する権利を持っていない」

 北方は既に皇国の領土ではない。本来の持ち主の意思を継ごうとしている共和国の領土になるのが筋というのがカムイの主張だ。

「仮に建国の経緯はそうだとしても、皇国は皇国として千年続いてきた。クラウディア陛下は正当な後継者だ」

 カムイの前提を認める訳にはいかない。認めれば、北方どころの話ではなくなってしまう。

「正当な後継者ではない。何故なら、正当な後継者の証を持っていない」

「証? 皇帝印は、陛下の手にある」

 皇帝の証としてオスカーが思い付いたのはこれだった。

「そんな物は幾らでも作れる。証にはならない」

「では、証とは何だ?」

「シュッツアルテン皇国の皇帝だけに代々受け継がれた名がある。皇帝の始祖の祖父である魔王の名だ」

 ミドルネームのレイ。これが継承者である証だ。それは今、テーレイズの息子のジグムントの物となっている。

「……確かに陛下は名乗っていないが、そんなものは、今からでも付ければ良いだけだ」

「それは無理だな。クラウディアが始祖の血を引いている者であるなら、名乗る事は出来ない。そうなっているのだ」

 レイの名は盟約の証。それは血に刻まれている。クラウディアがその血を引く存在である以上、名乗る事は出来ない。一種の魔導だ。

「出鱈目を言うな」

 オスカーには理解出来ない話だ。

「嘘だと思うなら、名乗れるか試させてみろ。それで直ぐに分かる」

「……それだけの為に皇都に使者を往復させていては交渉が進まない。話を先に進めたい」

 皇国は交渉の決着を急いでいる。これだけの為に時間を使うつもりは、オスカーにはない。

「大事な事だけどな。まあ、良いか。だが、先に進めると言っても、どう進められる? そちらの条件は到底飲めるものではない」

「では、どういう条件であれば飲める?」

「北方全ての返還」

「無理だ」

「では、交渉は決裂だ」

 あっさりとカムイは交渉の決裂を宣言した。その本心は、オスカーには読めない。

「仮の話だが、北方を割譲する代わりに、東方辺境領北部の返還を求めたら受け入れられるか?」

 仮の話と前置きして、オスカーは最も重要な内容を口にした。共和国に検討の余地があるかないかで、この先の交渉は大きく変わる条件だ。

「おっと、そう来たか。相変わらずの身勝手さだな。まあ、そうならないと王国とこちらの両方と交渉を成立させる事は出来ないからな」

「可能性を聞きたい」

「一つ勘違いをしている。東方伯領北部は、我が国の領土ではない。貴国内で内乱が起きているだけだ」

「……そうか」

 カムイの答えに、オスカーはやや落ち込んだ様子を見せている。東方伯領北部について、カムイに検討の余地がない事は初めから分かっている。それでも敢えて聞く意味は、クラウディア皇帝の命令だからではなく、東方伯領北部が共和国の領土だと、カムイの口から言わせたかったのだ。
 わずかな可能性だが、これを知った王国が共和国との戦いに乗り出せば、一時的とはいえ状況は大きく改善する事になる。わずかな可能性にも今は縋りたいのだ。

「さて、話は以上か? そうであれば交渉は終わりだ」

「もう少し妥協点を考えてもらいたい。アンファングが譲れないのは良く分かった。だが、北方全体を本当に必要としているのか?」

 今の所、全く交渉の余地が見出だせていない。交渉そのものはうまく行かなくても、せめてカムイの考えの一端だけでも探りたいのだ。

「妥協点を考えてもらいたいのは、こちらの方だ。我が国はアンファングと東部を奪回した。だが、それだけで終われると思うか? 統治を考えれば、それが出来ない事は分かるはずだ」

「……確かにそうだが」

 北方の中心都市アンファングと北方伯領東部とは距離がある。その間が皇国領のままでは、アンファングは孤立してしまう。このままで良くないのはオスカーにも分かる。ただ皇国の側から見れば、このままであって欲しい所だ。

「一度の交渉で打ち切りというのも、何だから、持ち帰って検討してくれ。こちらは幾らでも待つ」

「……それほど待たせるつもりはない」

 幾らでも待つと言われると、その通りにする気にはなれなくなる。

「皇都に聞かなくて平気なのか? この場で纏まっても、後でひっくり返される事になる」

「それは、こちらの事情だ。そうならないように努力する」

「まあ任せる。ああ、一つだけ今直ぐに聞いて欲しい条件がある」

「……何だ?」

 条件と聞いて、オスカーに緊張が走る。

「軍を後ろに下げて距離を取れ。こちらは平気だが、不測の事態なんて嫌だろ?」

「ああ、分かった」

 カムイが言い出した条件は常識的なものだった。休戦交渉中に、突発的な衝突が発生しないように距離を取るのは、当然の配慮だ。オスカーは直ぐに承諾を返した。
だが、こういった、さりげなく告げる事柄が、実は重要な事であるのがカムイのやり方だ。セレネ辺りであれば気付いただろうが、残念ながらオスカーには、カムイとの接点がほとんどなく、こういう事は分からなかった。
 交渉が終わって、しばらくして、アンファングから様々な方角に向かって馬が駆け出していった。休戦協定の申し入れと皇国軍の後退という、皇国の劣勢を主人に伝える使者の馬だ。
 その中には、遠く西方まで向かっていく馬も居た。

◇◇◇

 初回の会見から半年近くになる。休戦交渉は継続して続いている。
 もっとも、条件交渉らしきものは、ある時点でぱったりと止まることになった。交渉よりも遥かに早く周囲の状況が進んでしまった為だ。
 二回目の交渉で皇国は、共和国の支配地域を長細く繋げた形での領土の割譲を示した。あくまでも案という形でだが、それは議論される事もなく共和国側に却下された。支配地域が変わる可能性があるという理由からだ。
 交渉中の戦闘行為は許されないと皇国は抗議したが、共和国からの説明は、北方伯従属貴族家の一つが、共和国への寝返りを願い出ているというものだった。
 これを聞いたオスカーを始めとした皇国側は、真っ青になった。
 寝返りは認められない、それは貴族家の自由意思だ、という押し問答を行なったが、当然、結論は出ずに次回に先送り。
 そして、その次回には又、別の貴族家の寝返りの情報を皇国は聞かされる事になった。
 北方の貴族家は、皇国に見切りをつけて共和国に流れようとしている。
 この事実をしっかりと認識したオスカーたちは、休戦交渉の取りまとめを一旦断念し、中央に指示を仰ぐことにした。もう騎士団長の権限で、どうにか出来る状況ではないからだ。
 その後は、定期的に会合を開くものの、中身は交渉ではなく、ほとんどが世間話。剣の鍛錬法や軍の動かし方など、個人的に興味がある話ばかりになった。カムイとルッツ、そしてオスカーやベック軍事顧問の共通の話題となると、こんな内容しかないのだ。
 今日も、一通りそんな話をして会合は終わるはずだったのだが、オスカーが珍しく別の話題を持ち出してきた。

「……どうして、皇国はこうなったのだろう?」

 北方の状況は皇国の崩壊を意味している。大陸の覇権を狙っていた皇国が、どうしてここまで落ちてしまったのか。不意にオスカーは聞いてみたくなったのだ。この状況を作り出したカムイの口から。

「……時代が先に進もうとしている中、皇国だけが後戻りしているからだな」

「後戻り……」

 カムイの答えは、オスカーの予想外の内容だった。もっと具体的な原因を話してくれる事を、オスカーは期待していた。

「これはベック殿には失礼かな?」

 ベック軍事顧問も、先々帝の時代の人だ。

「いや、事実だ。皇国は世代交代に失敗した」

 苦笑いを浮かべているカムイに、ベック軍事顧問が答えた。ベック軍事顧問にも自覚はあるのだ。

「何故、失敗したのだろう?」

 オスカーは、やはり具体的な原因を知りたかった。

「何故? 驕りかな?」

「驕り……。確かにそれがあるのは認めるが、それだけで、ここまでの状況になるものなのか?」

 大国の驕り。これの存在は、オスカーも嫌になるほど知っているが、この時代に限っての事ではないとも思っている。

「人材を無駄にした。それがなければ皇国は、お前たちの時代で大陸制覇を成し遂げられたと俺は思っている」

「……そうか」

 黄金の世代と呼ばれたオスカーたち。今、皇国に残っているのはオスカーだけだ。

「しかも、ただ無駄にするだけでなく敵に回した。こんな馬鹿げた話はない」

「お前が、その筆頭だな」

「俺? 俺は黄金の世代なんて呼ばれていない」

「それは実力を隠していたからだ。だが、隠していても隠しきれていなかった。皇国学院時代のお前の周りには、自然と優秀な者たちが集まっていた。ヒルデガンド、ディーフリート、マリー。辺境領の者たちもだ」

「全員が皇国の生まれだ。それを皇国は、一人一人引き剥がしていった」

 その全てが今、皇国の敵に回ってる。カムイが大陸制覇が出来るといった人材が、皇国を倒す為に動いているのだ。

「……今、考えると俺の父の言う通りにすれば良かったのだ」

「何か考えていたのか?」

 前騎士団長の事をカムイは久しぶりに思い出した。カムイには、熱血な印象しか残っておらず、策を講じていたのは意外だった。

「お前とソフィーリア皇女殿下の結婚を進言していた」

「……はい?」

 前騎士団長の考えていた事も意外だった。

「後から聞いた話だが、良い所まで行っていたらしい」

「辺境領主の息子と皇女殿下の結婚なんてあり得ないだろ?」

「元はホンフリートという名家の生まれだ。それに養父のクロイツ子爵は、先々帝の信頼厚い人物だ。更に、先帝は、お前の母親にあれだ」

 恋心を抱いていたとは、さすがに言葉にしなかった。

「あれって……。前騎士団長も知っていたのか?」

「当然だ。それにお前は方伯家に繋がりを持たない。個人的な関係は別にして」

 ヒルデガンドとの個人的な関係は十分にあった。オスカーは、どこまで深いかは知らなかっただろうが。

「最後の言葉は余計。話は分かるが俺はないだろ?」

「お前以外に誰が居る? 皇国の武。この称号は皇家の上に冠されるべきと、父上は言っていた」

 先帝は、方伯家に代表される有力貴族家の力を弱め、皇家の力を強めようと考えていた。方伯家の影響を受けず、しかも実力の有るカムイは、この点ではうってつけだ。

「どうして駄目だったのだ?」

 ここでベック軍事顧問が問い掛けてきた。話を聞いていて、ベック軍事顧問も良い考えだと思ったのだ。

「方伯家の強い反発が予想され、それを押し返す力はないとの判断で。先々帝のお墨付きでもあればと父は悔やんでおりました」

「ご逝去がやはり早過ぎたのだ」

 実際に皇国の歯車は、先々帝の早過ぎる死で狂ってしまっている。先々帝の威光を背景に先帝は皇家の力を強め、更に次代に繋げて大陸制覇を目指すはずだった。
 それに皇国の者たちは知らないが、先々帝はテーレイズを後継者として認めていた。クラウディアが皇帝になる事などなかったはずだ。

「頼り過ぎ。だから皇国は失敗したのだ」

「……どういう事だろう?」

「失礼な言い方だが、先々帝の時代は先々帝あっての皇国だった。でも、それは先々帝が特別だっただけで、皇国の本来の形はそうじゃない」

「本来の形とは?」

「そうだな……。ちょっと待って」

 カムイは周囲を見渡して、席を立ち上がった。何をするのかと周囲が見ていると、地面に転がる石を幾つか拾って戻ってくる。
 その拾った石をカムイはテーブルの上に積み上げた。幾つかの石の上に大きな一つの石が置いてある。

「これは?」

「皇国の形。まず、南が外れた」

 こう言って、カムイは一つの石を取り上げて地面に落とした。

「そういう事か」

 カムイの行動で、ベック軍事顧問は石の意味が分かった。下の石は方伯家、上の石が皇家、もしくは皇国そのものだ。
 最初に南方伯が離反した。皇国を支える石が一つ消えた。

「そして、石が小さくなった」

 一つの石を小さな石に取り替える。東方伯の事だ。

「もう一つも小さくなった」

 又、石を小さなものに取り替える。石の位置から北方伯の事を指していると、ベック軍事顧問たちには分かる。

「これでもギリギリ皇国は耐えている」

 よく見ると、下に並んでいる石は三つではなく四つだった。真ん中の一つは中央貴族だ。最初に比べれば不安定になったが、それでも石は乗っかったままだ。

「だが、残念ながら……」

 カムイが一番大きな下の石を取り去った。これでバランスが崩れて、上の石は転がり落ちてしまった。

「……それは、まさか」

 カムイのやった事の意味。これを考えて、ベック軍事顧問の声が震えている。

「もう半年近い付き合いだ。だから特別に教えてやる。西方伯は独立を宣言した。オッペンハイム王国という名前らしい」

「そんな馬鹿な……」

 西方伯家の皇国からの離脱。事はこれだけでは済まない。西方伯の新たな国と皇国との間で、軍を動かすかどうかは別にして、熾烈な領地争奪戦が始まる事が容易に想像出来る。
 貴族家の奪い合いだ。

「皇都に戻る事をお勧めする。当然、北方は放棄して。そうでないと中央を失い、皇国は滅亡だ」

 北方で共和国との戦いを続けても、まず勝ち目はない。すでに北方の貴族の帰趨は、共和国に向かっている。皇国を存続させたければ、中央を守る為に軍を返すしかない。これをしてさえ、存続出来るか分からないが。

「……撤退する。ただ、一つだけ願いを聞いて欲しい」

 こう言って、オスカーは強い視線をカムイに向けてきた。これだけで、カムイには何を言いたいのか分かった。言葉以前に、オスカーの体からは既に闘気が立ち昇っている。

「良いだろう。死んでも恨むなよ?」

「正々堂々の勝負の結果だ。そのような女々しい事はしない」

「そうだな」

 会話をしながら、二人は席を立って歩き出している。会見の場所から、かなり離れた所で、立ち止まって向かい会った。

「剣を合わせるのは二度目だな?」

 盗賊を装って皇国軍の出陣を誘った時だ。それがオスカーの初陣だった。

「ああ。だが、あれはワザと負けたのだろ?」

 カムイの策に嵌って、王国に侵攻の機会を与えた。オスカーにとって苦い思い出だ。

「当然。さて、俺の血を満足させてくれる位にはなったのだろうな?」

「血?」

「父親の血。強い者と出会うと、好戦的になって仕方がない」

「そうか。では、試してもらおう」

 オスカーは剣の鍛錬だけをしていられる立場ではない。当時と比べて、それほど力の差が変わらないどころか、更に開いているであろう事が本人には分かっている。
 だが、一騎士としてのオスカーは、まだ一度も燃え上がるような戦いを経験した事がない。それが悔しいのだ。
 出来る事なら、間違いなく大陸最強であろうカムイを相手に全力で戦ってみたい。このオスカーの想いにカムイは応えた。

「では、勝負!」

 剣を振り上げて大きく踏み込む。カムイが間合いに入ったと思った所で、一気に剣を振り下ろした。だが、その時にはもう、カムイの姿は正面にはない。
 振り下ろした剣を斜め横に切り上げる。これも又、軽く上体を逸らすだけでカムイに避けられた。

「こんなものか?」

「まだまだ!」

 続けて剣を振り下ろす。これも横に躱された。更に振り上げる。振り下ろす。間を空ける事なく剣を振り続けるオスカーだが、カムイに届く気配は全くない。

「……これでは無理だな。本気になれない」

「まだだ!」

「数は要らない。たった一振り。それに全力を向けてみろ」

「一振りに全力を……」

「手本を見た事があるはずだ。それを思い出せ」

「……ああ、覚えている」

 皇国学院時代の合同授業だ。ヒルデガンドに教える為に、カムイは、とんでもない振りを周囲に見せ付ける事になった。オスカーがカムイの力を初めて認識する事になった出来事だ。
 その時の事は何年経っても忘れていない。剣士としての一つの理想の形として、目に焼き付いている。

「……では」

 大きく息をして呼吸を整える。無駄な思考は出来るだけ排除して、あの時のイメージだけを頭の中に浮かべる。
 剣をゆっくり上段に。わずかな体の動きも感じられるように気持ちを集中させる。剣を持つ手のかずかな震え。力ではなく気持ちでそれを押さえ込む。
 これは嘗て、ヒルデガンドに頼み込んで教わった事だ。それを頭に思い浮かべて、一つ一つなぞっていく。
 ゆっくりと動き出した足が徐々に加速して地面を掴む。後は無心のまま剣を一閃。
 甲高い金属音が辺りに響き渡った。

「ちょっとおまけした。でも、まあまあ形は出来ている。後は繰り返し鍛錬すれば、この何倍も良くなる」

「……学院を卒業して何年だ? 俺も、やっとカムイ教室の生徒になれた」

「恥ずかしい事を思い出させないでくれ。でも、一つだけ助言をさせてもらう。どうするかは自分で決めてくれ」

「ああ」

「俺が思うにオスカーさんは不器用だ。だから剣を上達しようと思ったら、それに専念しなければ無理。ランクと同じだな。ランクは全てを捨てて剣だけに生きている。お陰で、俺が安心して背中を任せられるようになった」

「そうか……」

 カムイの助言を聞いたオスカーの表情が曇る。

「皇国騎士団長に向けての助言じゃないな。やっぱり聞かなかった事にしてくれ」

 オスカーの様子を見て、カムイは慌てて取り消した。オスカーは皇国騎士団長だ。一剣士として生きられる立場ではない。助言はオスカーを悩ませるだけだと思ったからだ。

「いや、気にするな。ちょっと……、いや、覚えておく」

 煮え切らないオスカーの返事。オスカーは、カムイの助言に落ち込んだ訳ではない。ランクの事を羨ましく思ってしまったのだ。剣だけに生きて、カムイに背中を任せられるとまで言ってもらえるランクが。
 これは皇国騎士団長として、決して口にしてはいけない言葉だとオスカーは思った。

「じゃあ、これで。会うのは最後かもしれないが……、一応、又な、と言わせてもらう」

「ああ。又な」

 オスカーの返事に少し照れた様子を見せながら、カムイは陣地に戻っていた。それを、ぼんやりとオスカーは見詰めている。

「今だけ。一度しか言わない」

 そんなオスカーに、ベック軍事顧問が声を掛けてきた。

「皇国はもう終わりだ。まだ若い君が、最後まで殉じる必要はないのではないか?」

 周囲に誰も居ない今この場でしか決して口に出来ない事を、ベック軍事顧問は告げてきた。

「……いえ。一人くらい、そんな馬鹿が居ても良いのではないでしょうか? 俺は不器用ですから」

「……そうか。では、皇都に戻ろう。新しい戦いが待っている」

「はい」

 これから一刻もかからないうちに、皇国軍は陣地を離れ、皇都に向かって去っていった。
これ以降、皇国の内乱は終わりを告げ、国同士の戦いへと様相は移っていく。
 幾つもの国が領土を奪いあう戦国時代の始まりだ。
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