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魔王の器 作者:月野文人

第三章 皇国動乱編

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アンファング宣言

 アンファングはシュッツアルテン皇国の始まりの地であり、盟約の地でもある。シュッツアルテン皇国は、人族の守護者であり、人族の祖である魔族の守護者でもあった。
 皇国の始祖は、人族と、その祖である魔族の共存を目指し、シュッツアルテン皇国を造り、世界の覇者を目指した。それは、ただ始祖の、皇国の私欲の為ではなく、人族の、世界の利益の為だ。
 しかしながら、シュッツアルテン皇国は長い年月を経る中で、本来の目的を忘れ、事もあろうに、守るべき種である魔族、その安住の地であるノルトエンデを見捨てるという愚を犯した。
この事実は、シュッツアルテン皇国の根源を踏みにじるものであり、存在意義を失わせるものである。
今、始まりの地であるアンファングは、本来の持ち主の手に帰った。これが、その証であり、これ以降、アンファングはもう一度、本来の目的に進むための再出発の地になるであろう。
始祖の血を引く者として、我は今、ここに宣言する。
シュッツアルテン皇国は、既にシュッツアルテン皇国に非ず。皇国の長い歴史は、我を含めた愚かな子孫によって閉じられたのだ。
始祖の、シュッツアルテン皇国の意思は、アーテンクロイツ共和国に受け継がれた。始祖の意思を継ぐ者が代わりに現れてくれた事を、我は素直に喜ぶ。願わくば、始祖の意思が、この世界の全ての人々に届く日が来る事を祈らん。
なお、この言葉は、あくまでも始祖の子孫であるテーレイズ・ヴァイルブルク個人の意見であり、滅び行くシュッツアルテン皇国とは関係ない事を申し述べておく。

 後に『アンファング宣言』と呼ばれるテーレイズの言葉である。個人の意見だと最後に述べているが、テーレイズはシュッツアルテン皇国の皇族だ。
 この宣言を知った皇国の民は、大いに動揺する事になった。既に神教会が信者に伝えていた教義は作り話であり、真実がどのようなものかを、皇国の民は知っている。そこに皇族であるテーレイズの、この宣言だ。
 積極的に支持して行動を起こそうという者は、ほとんど居なかったにしても、共和国によるアンファング奪取の正当性を、人々に感じされる事には成功した。
 アーテンクロイツ共和国が、わずか数百名でアンファングの制圧に成功したのは、これが理由であり、これが、周囲の街も含め、民に広がるのに必要な期間が二ヶ月だったのだ。
 結果、アンファングの住民たちは、ほとんど何事もなかったかの様に、日々の暮らしを営んでいる。変わった事は何かと言えば、わずか二ヶ月の間に、街の治安が随分と良くなった事と商人の出入りが多くなった事、街のあちこちで整備が始まった事くらいだ。そして、それはどれも住民にとって歓迎すべき事であって、悪い事ではない。
 そんな中で、住民たちの唯一の心配事といえば、アンファングが戦場になるのではないかという恐れくらいだが、それも今の所は、気配も感じられない。
 共和国のアンファングの奪回作戦は、大成功と言える結果に終わっている。

「俺はいつまで、ここに居れば良いのだ?」

 この二ヶ月、アンファングに滞在しているテーレイズだが、そろそろハルモニアに帰りたくなった様だ。

「自業自得です。協力は大変ありがたいのですけど、あんな宣言を出せば、こうなる事は分かっていたはずです」

 『アンファング宣言』は、カムイの策ではない。占領の過程で民衆に犠牲が出たり、困窮させるような事態になっては可哀想だと、テーレイズの方から提案してきたのだ。
 提案は、民衆との対立を望まないカムイにとっても大歓迎であるので、実行に移された。ただ、その反響が、テーレイズにハルモニアに帰る事を許さなかった。
 民衆には大きな動きはないが、貴族はそうではなかった。テーレイズが生きていて、どうやら共和国の味方をしていると知った北方の貴族の中に、皇国と共和国を天秤に掛ける者が出たのだ。
 それを考えた者が真っ先に行なったのは、様子を探る為にアンファングに使者を送る事。そして、相手が話を聞きたがったのは、当然、テーレイズからだ。それに応えて話をすると、テーレイズがアンファングに居るという噂は一気に広まり、次から次へと使者が現れるようになった。
 テーレイズが帰れないのは、これが原因だ。

「その言葉遣いは、そろそろ直したらどうだ? 俺の言葉遣いも直すべきなのだろうが」

 カムイは王で、テーレイズはカムイが治める国の民だ。二人の言葉遣いは、逆である。

「当面はこの方が良いと思いますよ」

「……それは策だ」

「その通り」

 やってきた使者は、この言葉遣いを聞いて、テーレイズが共和国の王であるカムイから、敬意を払われていると理解する。
 その結果、自分たちも共和国で、それなりの地位が約束されるのではと期待する事になる。
 こう思ってしまえば、天秤は共和国に傾く。完全に傾く必要はないのだ。均等になって、アンファングを攻撃する事を躊躇うようになれば、それで良い。今の共和国には、戦いまでの時間はあればある程良い。

「臣従を誓う者が出たらどうするつもりだ?」

 臣従の条件は、当然、今と同等か、それ以上の地位となる。それをカムイは受け入れる訳にはいかない。共和国は実力主義なのだ。
 世襲貴族を、全く作らないでいられるとはカムイも思っていない。だが、カムイの考える世襲貴族は、名誉職の様なもので、食べるに困らない程度の給金しか出さないつもりだ。
 贅沢を望むのであれば、働いて稼げば良い。今は、贅沢が出来るくらいの報酬を出せる状態ではないのだが。

「しばらくは大丈夫です。最低でも、皇国と一戦してから。その結果を見てからです」

 勝ち馬に乗ろうと考える貴族は多い。そして、まだ、共和国は圧倒的に優勢という状況ではないのだ。

「ほとんどは、そうだろうが、それでは遅いと考える者も居るのではないか?」

「そう考える頭がある者なら、能力も高いかもしれません。個別に考えます」

 勝ちが決まってから味方に付く者がほとんどの中で、勝敗が不明の中、臣従を誓う者が居れば、その者は、一歩も二歩も先に進むことになる。この賭けが出来る者は、それなりに自分の才覚に自信がある者だとカムイは考えている。

「なるほど。それで、勝てるのか?」

「戦はやってみなければ分かりません」

「分かっているくせに。そんな当たり前の答えを求めている訳ではない」

「本当の話です」

「嘘だろ?」

 カムイの意外な返事に、テーレイズは軽く驚いている。
 動いた時は、もう勝ちが決まっていると言えるくらいに、万全の準備を整えて、動き出すカムイたちなのだ。

「負けるとは思っていません。でも、決定的な勝ちに繋げるには、まだ幾つもの要素が足りません。それに、皇国が思ったより慎重です」

 まだ皇国軍に大きな動きはない。これをカムイは、自分たちにとって良くない事だと捉えている。

「……さすがに侮りは消えたか」

「だから前北方伯は、生かしておきたかったのです。前北方伯本人が現れる可能性を低く見積もっていた、こちらの失敗です」

「そこまでか?」

「自信家が、こちらが思っていた以上の自信家が一人消えた。この一人が大きい」

 戦場となるアンファングに、それも前線に居た。これは、自惚れ以外の何者でもない。ランクに弱者と評されるくらいの自分の力の衰えを分かっていなかったのだ。

「多数決がひっくり返ったか」

「その通り」

 カルク宰相とハンス政務顧問は、皇国の力を過信し、共和国を侮っていた。その二人の強引な意見が、皇国の国政を動かしていたのだ。
 だが、ハンス政務顧問が消えた事で、強硬派と慎重派は、カルク宰相とオスカーの一人ずつになった。そして、軍事に関しては、根っからの軍人であるベック軍事顧問は現実主義で、無謀な策など支持しない。
 これが皇国の、今の慎重な動きに繋がっている。

「手強くなったか」

「少なくとも軍事に関しては、そうです。負けの少ない堅実な作戦を考えて攻めてくるでしょう」

「……平気か?」

「知りませんでした? 俺も、堅実な戦いは得意なのです」

「……悪い。全く知らなかった」

 奇襲、奇策が、カムイの常套手段だ。普通は、それは堅実とは言わない。

「酷いな。一つ一つ、地道に準備しています。その一つの為の面会を終えてきた所です」

「そういえば、俺は呼ばれなかったな?」

 カムイが現れたのは、自分を呼びに来る為だとテーレイズは思っていた。だが、面会の場に行く事なく、こうして話を続けている。

「貴族は貴族でも、辺境領ですから」

「辺境領が何の話だ?」

 北部辺境領では、いくつもの反乱が起きている。共和国が北方伯領侵攻を伝えた結果だ。自分たちも東部諸国の様に独立を。こう考えた北部辺境領主は、やはり多かった。

「臣従を申し出てきた者が居て」

「臣従? 独立ではなく臣従を選んだのか?」

「自領だけでは独立出来ても、維持出来ないと考えた結果です。軍事的にも経済的にも」

「……東部は出来ているが?」

「東部とは事情が違いますから」

「事情……。ちなみに北部辺境領にお前の同級生は居るのか?」

 カムイの言う事情が何かとテーレイズは考えて、一つの事柄が浮かんだ。それを裏付ける為の質問だ。

「先輩は居ますけど、同級生は居ませんね」

 テーレイズの問いに、笑みを浮かべながらカムイは答えた。テーレイズの想定に間違いはなかった。

「そういう事か。学院時代から準備をしていたのだな?」

「さすがにこれは偶然です。いや、ヒルデガンドたちと同年代に入学させなかった北部辺境領主が浅はかなのです」

 黄金の世代と呼ばれ、次代の皇国に大きな影響を及ぼすとされたヒルデガンドたちと同学年に子弟を入学させた辺境領主は、独立への野心を持ち、その為に、皇国の動静を掴む事に熱心な者たちだ。
 そういった辺境領主は、カムイのもたらす情報を喜び、カムイの為人と実力を学院に居る実家の者たちを利用して確かめ、それを認め、早くから協力関係を築いていた。軍事的にも経済的にもだ。
 だが、北部辺境領主はそうではない。カムイの情報を利用しながらも、親交を深める事を怠った辺境領主が多かった。
 そのせいで、東部辺境領と北部辺境領の間には、軍事力、経済力に大きな差があるのだ。
 混乱の中で、反乱を起こして独立を勝ち取っても、経済的な独立は難しい。経済の困窮は、やがて独立した辺境領同士での戦いに発展する可能性もある。その中で、勝ち残る軍事力にも自信はない。
 ではどうするかとなると共和国への臣従だ。共和国の軍事力、経済力に頼る事だ。

「それで認めるのか?」

「今日来た使者は学院の先輩で、前から話していましたので。その先輩に代替わりする事を条件に認めました」

「学院の時から親しいのか? それで、東部は独立で北部は臣従では、同級生を贔屓していると思われないか?」

「ですから事情が違います。東部は幾つもの家と協力関係が築けていました。だから、経済面でも支援ではなく協力出来たのです」

「ああ、事情とは、そこまでの事か」

 辺境領のような狭い領地では、単独での経済発展は難しい。交易で足りない物を補い合い、更にそれによって新たな産物を生み出し、それを第三者に売る事で利益を出していく。この様な形で、東部は経済協力を行なっていた。
 だが、北部辺境領は協力し合える領主が居なかった。東部と隣接していれば、まだ可能もあったが、北部と東部の間には方伯領があって邪魔をしている。

「それに、一つの領地だけ発展していては、独立の後に周囲から狙われるだけです」

「そうか。その領主は不運だな。北部であった為に独立を諦める事になった」

「不運かどうかは分かりません。独立した東部は、その独立の為に、北部よりも遥かに厳しい戦いを勝ち抜く必要がありましたし、これからもあります。彼らには協力し合うしか、手がなかったとも言えます」

「……そうだな」

 東部のすぐ横には、ルースア王国という野心に満ちた大国がある。東部は、皇国だけでなく、王国からも独立を守らなければならないのだ。カムイの言う通り、協力し合わなければ抗えない。

「うまく行けば、北方は、ある程度の規模を持った国になります。野心を押さえられれば、北の方が楽に生きられます」

「やはり、そうなのだな」

 北部辺境の独立を支援しないのは、北部辺境も含めて、北方を一つの国にする為。共和国の目的はこれなのだ。

「何を今更。ご自身で宣言したではないですか? シュッツアルテン皇国の意思を継ぐ国になると」

「……そうだった」

 アンファングを中心とした国は、シュッツアルテン皇国の始祖が目指した種族共存共栄の意思を、世界に広げる始まりの国。再出発の国になるのだ。

◇◇◇

 アーテンクロイツ共和国によるアンファング制圧。この事実に反応したのは、北方の貴族だけではない。西方でも西方伯その人が密やかに動きを見せていた。

「アーテンクロイツ共和国はこれから、どう動くのだ?」

 西方伯が問いを向けているのは、デト商会のマル。西方伯家との交渉事は、このマルが窓口になっている。

「さあ? 一商人である私どもには、そこまでの事は分かりません」

「そんなはずはあるまい。戦争には、多くの物資が必要だ。その物資を提供している商人であれば、ある程度の事は分かるはずだ」

 西方伯は、口ではこう言っているが、本心は、デト商会と共和国との特別な関係がもたらす情報を期待している。

「アンファングに多くの物資を運び込んでいるのは知っておりますが、それ以上の事は。逆に、こちらがお伺いしたいくらいです」

「共和国の情報は、そちらの方が詳しいはずだ」

「いえ、そうではなく。皇国はどう動くつもりなのでしょうか?」

「……なるほど」

 共和国がどう動くかは、皇国の動き次第で変わってくる。確かにその通りだと考えた西方伯は、皇国中央の動きを考え始めた。
 皇国中央の動きが共和国に影響を与える。その共和国の情勢によって、西方伯は動きを決めようとしているのだから真剣だ。

「皇国は、これで東方と北方の二カ所で戦乱を抱えた事になります。そして、今は皇国は無視しておりますが、戦乱は南部にもあります」

 西方伯の考えを支援するかの様に、マルが今の情勢を語り始める。

「三方を同時に対処する事は不可能でしょう。当面は、中央には大きな問題とならない南方は置いておいて、東方と北方の二カ所、もしくはそのどちらか」

「二カ所同時はない。皇国中央は、北方に専念する」

 独り言の様に話していたマルの言葉に、西方伯が答えた。マルが話し始めたのには、何らかの意図があると考えての事だ。

「しかし、それをすれば、その間に東方北部は、共和国の領土となります」

「それもない。それをすれば、共和国は、皇国と王国の二国を敵にする事になる」

「何故、それを共和国が恐れるのでしょう?」

「何だと?」

 東方伯領の北部は王国が狙っている領地。それを奪えば、王国も共和国の敵に回る。これは皇国中央の考えでもある。
 だが、デト商会のマルが、共和国はそれを恐れないと言ってきた。正確には、疑問形なのだが、デト商会を共和国と同一視している西方伯にとっては、こういう事なのだ。

「東方伯領北部は、東方に強固な防衛戦を持っております。王国の侵攻を防ぎきった防衛戦です」

「王国はそれで防げるかもしれない。だが、西と南からの皇国の攻撃はどうする?」

「南から攻められますか?」

「……東方伯が裏切ると?」

 南から攻めれば、後背は東方伯領南部となる。

「東方伯の御心は、私などには分かりません。ただ、私であれば、不安に思って、背中を向けられません」

 東方伯がどうかではなく、皇国中央が、東方伯を信じて背中を向けられるかどうかだと、マルは言っている。

「……無理だな。敢えて、その危険を犯す理由がない」

 南からが無理でも、西から攻められる。それであれば、わざわざ危険な南を選ぶ必要はない。

「しかし、西となりますと、随分と共和国に近づく事になります」

「……なるほど」

 マルの言葉の意味を、西方伯は正確に捉えた。自国に近い位置であれば、共和国は、ほぼ全軍を皇国との戦いに投入出来る。戦場として、共和国に都合の良い位置になる。

「それに、完全に北部辺境領を制圧しておかないと、北も荒れる事になるでしょう」

 北部辺境領の完全制圧など、数年では出来ない。辺境領として組み込んで、何十年も経った今が、この様な状況なのだ。

「……皇国は、東と北、両方への対処を同時に行わなければならない」

 これまでの会話から、西方伯の判断は、こういう結果になる。

「結果がどうなるにしても、戦乱は長期化するでしょう。今の皇国に、二方面での戦いは負担が多すぎます」

「そうだな……」

 西方伯の頭の中に一つの考えを浮かぶ。考えそのものは、ずっと以前から温めていたものだ。今、考えているのは、それを実行に移すべきかどうか。

「これで別の方面で、何か起こっては、もう皇国は手を出す事も出来ません」 

 マルのこの言葉は、西方伯の考えを後押ししようというものだ。南方ではなく、別方面とあえて言った意味を、西方伯は分かっている。

「……目的は何だ?」

「単純に、それで勝ち目が出るという事ではないでしょうか? そして、その結果は、決して、西方伯様にとっても悪い事ではありません」

「……なるほどな」

 この会話で、西方伯の心はほぼ決まった。後は、皇国中央が動き出すのを待つだけだ。
 西方伯が、この自分の決断の重要さをどこまで理解していたのか。これは西方伯にしか分からない。
 ただ結果として、皇国崩壊に向かっての最後のピースに、西方伯がなった事は事実だ。
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