挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
魔王の器 作者:月野文人

第三章 皇国動乱編

147/208

アンファングの戦い

 シュッツアルテン皇国の北方伯領に侵攻したアーテンクロイツ共和国軍は、瞬く間に東側の幾つかの街を陥落させると、そこを拠点に、更に支配地域を広げようとしている。
 北方伯側は、東方伯領での反乱鎮圧の為に、領軍の多くが出払っている中で、完全に不意を突かれた形だ。ろくに抗戦体勢も取れないままに、共和国の侵攻を許してしまっていた。
 事は、これだけでは済まない。共和国の侵攻と、明らかに歩調を合わせた形で、北部辺境領主が、次々と反旗を翻してきたのだ。ただでさえ、兵が足りない所に、更に北部辺境領の反乱だ。北方伯領軍は、どこに軍を向ければ良いのかも分からなくなっている。
 この事態に対して皇国は、東方伯領における反乱鎮圧を、一旦後回しにして、共和国との戦いに臨む事にした。
 まずは、北方伯領軍を帰還させ、共和国軍の侵攻の拡大を防ぐ。皇国騎士団も、その後を追うように、北上し、先行する北方伯領軍の後詰として展開、しようとしたのだが、反乱軍が追撃の気配を見せている上に、共和国の南部国境の砦にも、慌ただしい動きが見られるという情報を受けて、これも又、動けなくなった。

「リスクを恐れて固まっていても、何の解決にもならない」

 本営とした天幕の中で、ベッグ軍事顧問がオスカーに向かって、意見を述べている。

「リスクを犯した結果、大きな被害を受ければ、皇国騎士団は、又、一から再建に取り組まねばならなくなります」

 ベック軍事顧問の意見に、オスカーは反論した。ルースア王国との戦争で、皇国騎士団はかなりの犠牲を出した。その傷はまだ完全に癒えていないのだ。

「それは、そうかもしれない。しかし、こうしている間にも、北部は共和国軍によって奪われている。放置しておく訳にもいかない」

「奪われたものは奪い返せば良いのです。共和国には、領土を広げるに必要な人材が居ない。これはカルク宰相が持ち込んだ意見で、自分もそうだと思います。そうであるのに、何を焦っているのでしょうか?」

 共和国侵攻の報を受けて、カルク宰相は皇都に、ハンス政務顧問は、北方伯領軍と共に、自領に戻った。ハンス政務顧問は、前北方伯として、領地の守りに急いで向かうのは当然だ。カルク宰相も、皇都に戻るのは当然なのだが、慌てて戻った事にオスカーは納得いっていない。
 カルク宰相は、北部へ派遣する軍の編成、西方伯等への出兵要請などの戦争準備に向かうと言った。だが、状況が何も掴めていないで、何の準備が出来るのかが、オスカーには理解出来ない。 

「許してやれ。宰相は、戦争には素人なのだ」

「軍事に素人なのは、仕方がないと思います。しかし、自分が求めているのは、軍政に近いものです」

 オスカーが求めているのは情報だ。だが、その情報の多くを収拾するのは、諜報部門で、その諜報部門は、文官の管轄。つまり、カルク宰相が指示し、動かさなければならない。皇都に戻るよりも、現地に近い、この場所で、指揮を取るべきだとオスカーは思っている。それが出来ないのであれば、せめて、一時的に諜報部への指揮権を譲るべきだと。

「共和国の総兵力は、一万五千だったか?」

 手に入らない情報を求めても仕方ない。ベック軍事顧問は、分かっている情報の整理をしようとしている。

「それは、ヒルデガンドたちが合流する前の情報です。二万にはなっていると自分は思っております」

「二万か。北方伯領に現れたのは六千。まだ、一万四千の兵が居る訳か」

「そのうちの三千は、サミュエルの所に居ます。それでも、一万以上が、まだ共和国内に居る事になります」

「こちらは倍だ。半分を残して、北方伯領に向かうという選択肢もある」

 共和国、そして、サミュエルの軍への備えに一万を置く。この提案は、ベック軍事顧問が、カムイを知らず、嘗ての皇国の強兵を知っているから生まれる考えだ。

「失礼ですが、ベック顧問も、他の方々もカムイを理解していません。私が知るカムイは、少なくとも武に関しては、誠実で、努力を怠らない男です。そのカムイが鍛え上げた軍は、同数で戦える程度の強さとは思いません」

 魔法が使えずに、それでも諦めずに、強くなろうと努力し、実際に強くなったカムイを、オスカーは知っている。それを聞かされた時、素直にオスカーは、カムイを尊敬したものだ。

「……随分と高く評価しているのだな?」

「カムイの強さを、目の当たりにしていますから。それに、王国との戦いで、ヒルデガンドが率いた部隊は、カムイが鍛えた部隊です。元は、ノルトエンデに左遷された落ちこぼれ兵たちです。それをカムイは、何倍もの王国軍に勝てるだけの部隊にしてみせた。どうして、共和国軍を恐れないでいられるのか、逆に自分は不思議です」

「そうか……」

 皇国の上層部の者たちは、実は、軍勢を率いた時のカムイの実力を知らない。皇国騎士団の将軍には、見ている者が居るが、それも全力の戦いではない。

「カムイの謀略ばかりに目を向けていますが、カムイの武は、それに勝るとも劣らない脅威です。嘗て、皇国の武と称えておきながら、何故か皆、これを忘れています」

「……では、どうする?」

 カムイの強さを、称えていても、恐れていても、何の解決にもならない。脅威を知った上で、どう対応するのかを、ベック軍事顧問はオスカーに尋ねた。

「まだ思いつきません。それを考える為の情報が欲しいのです。今は分からない事ばかりです。そもそも、カムイは何故、六千という数で、侵攻を開始したと思いますか?」

「……強さに自信があるから、ではないのだな?」

 共和国軍がいくら強くても、六千は、北方伯領を制圧するには、少なすぎる。支配地域が広がれば、軍の厚みは失われ、皇国に隙を見せる事になる。それが分からないカムイとは思えない。

「先程申し上げた通り、カムイは武には誠実です。それに、これまで意味のない行動を起こしていません」

「六千という数にも意味があると?」

「六千ではなく、隠れている一万に意味があるのかもしれません」

 カムイが見せるものは、これまで多くが虚像だった。常に実力を隠し、目的を隠し、相手を翻弄してきた。これを知るオスカーは、見えるものではなく、見えないものに真実があると考えたのだ。

「……囮か」

「そう思われますか?」

「現状が、相手の思う壺である前提で考えた。我らは、この場で足止め。北方伯の軍は、東と北に偏る事になるだろう。だが、分からないのは、その空いた隙に、どうやって攻め込むかだ」

 皇国が軍勢を東に集めれば、共和国は出口を塞がれる形になる。これでは、六千の軍を囮にする意味がない。

「東方伯領北部を、奪うつもりかとも考えました。しかし、それは自分でも分かる悪手です」

「そうだな」

「何か、まだ隠れているものがあるのです。それを知れば、共和国の目的が分かり、先手を取れるかもしれない」

 オスカーの考えている通り、隠れている事実がある。だが、それは間者をどれだけ使おうとも入手出来ない情報だ。そもそも調べる必要などない。既にそれを知っている者は皇国に居るのだから。

◇◇◇

 北方伯領の中心都市アンファング。北部では最大であり、皇国全体でも五指に入る大都市だ。その中央にそびえ立つ城は、何度も改修は行われているものの、千年の昔に建てられた古城。シュッツアルテン皇国の原点が此処にある。
 その城の奥深く。領主である北方伯と、その家族が住む区画の中の一室に、二十人程の武装した者たちが集まっている。

「さて、覚悟は決まったか?」

「……はい」

 問い掛けているのはカムイ。青ざめた顔で返事をしているのは、ニコラスだ。既に実力は、ヒルデガンドに並ぼうかというニコラスだが、性格の方は、剣の実力に付いて行っていない。

「じゃあ、行くか。どうやら、読まれたみたいだから、激しい戦闘になるかもしれないな」

 部屋の外に満ちる気配。それをカムイは、敏感に感じ取っていた。東方に北方伯家の軍勢を引き寄せ、手薄になったアンファングを奇襲で落とす。この目論見は失敗に終わったようだ。だからといって、カムイに、アンファングの攻略を諦めるつもりはない。アンファングを手に入れる事が、北方侵攻の目的なのだ。
部屋の扉を開けて、廊下に出る。案の定、廊下の両側には、多くの騎士が待ち構えていた。

「ランク。背中は任せた」

「……はっ!」

 まさかの大任に、ランクは緊張した面持ちを見せている。カムイの背中を守れるのは、ヒルデガンド、ルッツの二人くらいだったはずが、カムイは、ランクにそれを指示した。
これは、何よりも、カムイの信頼の証。それを、いきなり与えられては、緊張もする。

「行くぞ!」

 廊下一杯に詰めている北方伯家の騎士。それに向かって、何の恐れも見せずに、カムイは進んでいった。
そのカムイに向かって、突き出される幾つもの槍。だが、そんな事で、カムイを止められるはずがない。歩みを止めないままに、体を捻り、軽く剣を振るって突き出された槍を躱す。騎士たちが気が付いた時には、いや、気付く間もなく、血を吹き出して倒れていった。

「……凄い」

 その様子を見たニコラスが、感嘆の声を上げている。

「感心してないで、お前も戦え! 陛下は後ろを振り返るつもりはないようだぞ!」

 ニコラスの前で、剣を振るっているギルベルトが文句を言ってくる。カムイは、歩みを緩める事も、急ぐ事もなく、敵を切り捨てて進んでいく。その後をランクが続き、残った敵を打ち払い、道を切り開いているのだが、敵は廊下の反対側にも詰めていたのだ。
 背後から襲い掛かろうとする、その敵を打ち払うのは、他の者たちの役目だ。

「……行きます!」

 気合いを入れて、ニコラスが一気に前に出る。縦横無尽に振り払われる剣。瞬く間に、前面の敵が倒れ伏していく。

「お前だって、凄いだろうが」

 それを見て、ギルベルトが呆れた様子で呟いた。

「下がりましょう! 陛下に追いつけなくなります!」

 ひとしきり暴れた所で、ニコラスが叫んだ。

「……嘘だろ?」

 振り向いたギルベルトが見たのは、廊下一杯に積み重なる騎士の死体と、先の方で廊下を曲がろうとしているカムイとランクの姿だった。

「急ごう!」

 声を掛けながら、横を駆け抜けていくニコラス。ギルベルトや他の者たちも、急いで、その後を追い掛けた。

◇◇◇

 アンファング城の正面入口の前。ここにも千を超える軍勢が展開していた。それを指揮するのは前北方伯、ハンス政務顧問だ。
 北方伯領軍を率いて、東部に侵攻した共和国軍との戦いに向かったはずのハンス政務顧問だが、それは偽装で、カムイの策略を見抜いてアンファングに戻ってきていたのだ。
 カムイは、アンファングの城に自由に出入り出来る手段を持っている。これを知っているハンス政務顧問だからこそ、思い付いた事だ。

「やはり、あの場所だったか。しかし、どう偽装されているのだろうな」

 カムイが現れたという報告を聞いて、ハンス政務顧問は呟いた。カムイが知る城への侵入路。それは、どれだけ探しても見つからなかった。だが、ハンス政務顧問は、それで諦めず、城の図面を徹底的に調べさせ、怪しい所を見つけていた。壁の中に、何もない空間を見つけたのだ。ただ、その空間への入り口は、見つからず、壁を壊して確かめようともしたのだが、途中でそれは止めさせていた。
 得体の知れない魔導が展開されている空間を壊して、何が起こるか予想が付かなかった事と、場所が分かっていれば、逆に利用出来るのではないかと考えた結果だ。
 実際に、今回、カムイの策を逆手に取って、罠を仕掛ける事が出来た。後は、逃がさない様に、確実にカムイを打ち取るだけだ。

「敵の数は二十名程。奥を出て、階下に降りてきております」

 伝令が報告を伝えてきた。

「二十名? それで奥を抜けられたのか?」

 二十名という数は、ハンス政務顧問にとって、予想外に少ない数だ。しかも、その、たった二十名に包囲を抜けられた事に、更に驚いている。

「敵の先頭に立つ、恐らくは、カムイ・クロイツと思われる者が異常に強く」

「……カムイ本人が現れただと?」

 これも、ハンス政務顧問には予想外だった。奇襲とはいえ、敵の本拠地に乗り込むという危険な作戦に、国王本人が参加するとは思っていなかったのだ。既に、一度、単身で乗り込んできた事を知っているはずのハンス政務顧問だが、魔王と国王では立場が違うという勝手な思い込みをしている。共和国を国として認めていないくせに。

「銀髪の偉丈夫。間違いないと思われます」

「ふざけおって……。決して、逃がすでない。カムイさえ討ち取れば、ノルトエンデは終わりだ。決着を付ける絶好の機会だぞ!」

「はっ!」

 カムイ本人が乗り込んできているという情報は、すぐに北方伯領軍の騎士や兵士たちに伝わった。勇名、悪名高いカムイを討ち取れば、その功名は計り知れ合い。多くの騎士が、勇み立っている。

「敵、中庭を突破! 真っ直ぐに正面出口に向かっております!」

 又、伝令が現状を報告してきた。

「……中庭をだと? 配置していた部隊は、何をしておるのだ!?」

 報告を聞いたハンス政務顧問が怒声を発した。
 場内の迎撃部隊は、中庭から部隊を展開させていた。纏まった数が待機出来、しかも城のどこに向かうにも便利だという理由からだ。
 つまり、中庭を突破されたという事は、城内の迎撃部隊の本陣を打ち破られたと同じ事。こう考えて、ハンス政務顧問は怒りを爆発させたのだ。

「かなりの数が討ち取られております! 敵の強さが桁違いで!」

「そんな事は分かっている! 数で押し切れ!」

 ハンス政務顧問は一つ勘違いをしている。侵入してきたのは、魔族だと思っているのだ。だからと言って、何が変わる訳ではないので、どうでも良い事ではあるが。

「他の入り口に配置している部隊を呼び寄せろ! この場で迎え撃つ!」

 カムイたちが、真っ直ぐにこの場に向かっていると聞いて、ハンス政務顧問は、他の入り口の守りを放棄して、軍勢を集結させる事にした。
 口にした通り、数の力でカムイたちを討ち取ろうと考えたのだ。
 命令を受けて、伝令が飛び出していく。伝令が急ぐのは当たり前だが、気持ちを急かしているのは、それだけではない。共和国の強さを認識し、万が一があってはと、焦っているのだ。
 こうしている間にも、又、伝令がやってきて状況を伝えていく。カムイたちは、中庭を突破した後、やや勢いは落としたものの、正面入口に向かってきている。

「何故だ!? どうして、たかが二十の敵を討ち取れない!?」

 策を見破って、逆に罠を仕掛けたつもりが、カムイはその罠を力づくで破ろうとしている。この状況にハンス政務顧問は、苛立っている。
 ハンス政務顧問は、やはり分かっていないのだ。カムイは、そして、カムイが王となった共和国も、本当の実力は出来る限り、隠そうとしてきた事を。
 ハンス政務顧問は、それにまんまと嵌って、カムイを、共和国を過小評価してきた。それ故に、せっか得た機会を、意味のないものにしてしまっている。

「間もなくです! 敵、到達します!」

 ついに伝令が、カムイの到着を告げてきた。

「来るぞ! 迎撃体勢を整えろ!」

 正面入口に展開する軍勢は、二千を超える数になっている。その軍勢が、正面玄関に続く階段を囲むように陣形を整える。
 弓兵が構えを取る。カムイが現れた瞬間に、一斉に矢を放つつもりだ。
 つい先程までの喧騒が嘘のように、静寂が辺りを包む。
 緊張の時が、どれほど過ぎた頃か。遂に正面玄関の扉がゆっくりと開いた。
 飛び出してきた影に向かって、一斉に矢が放たれる。影は、あっという間にハリネズミの様な姿に変わってしまった。

「うわあっ! 味方に対して酷い事するなぁ」

 続いて出てきたカムイは、わざとらしく、しかめっ面を作って、身体中から矢を生やした死体を眺めている。

「カムイ・クロイツッ!」

 そして、そのわざとらしい挑発に、ハンス政務顧問は乗った。

「……前北方伯が、お出迎えとは。警告したはずだが、忘れたのか?」

「調子にのるのは、ここまでだ。この場で、貴様の息の根を止めてくれる」

「調子にのっているのは、どっちだ? こんな数で勝てると思っているのか? 俺の父親である前魔王が、わざと皇国に負けてやったのも、お前は知っているだろ?」

「戯れ言を吐くな! 前回の戦いには、儂も参加している! 皇国は、間違いなく勝ったのだ!」

 先々帝の時代の、魔王討伐戦。その結末の真実を知らない者は多い。皇国が、懸命に情報統制を図った結果だ。
 カムイの言葉を聞いて、動揺を見せる騎士や兵士を見て、ハンス政務顧問は懸命に否定しようとしている。

「ああ、決戦の場に連れて行ってもらえなかったお前では知らないか。先帝が、魔王との決戦に連れて行ったのは、俺の養父を含めて数人だからな」

「……何だと?」

 カムイの言葉を、ハンス政務顧問は侮辱と受け取った。前南方伯と共に、先々帝の盟友とされたハンス政務顧問を、魔王との戦いに連れて行かなかった。それは、ハンス政務顧問に対する先々帝の信頼を否定する事になる。それがハンス政務顧問には認められない。

「真実を知るのは、先帝と俺の養父だけ。事が終わった後も、お前は話を聞かされていない」

 ハンス政務顧問が怒りに身を震わせていても、カムイは気にする事なく、更に侮辱するような言葉を吐いた。

「お前が語る真実など、出鱈目だ! その口を今塞いでやるから覚悟しろ!」

 ハンス政務顧問が話している途中で、北方伯領軍から、又、矢が放たれた。ハンス政務顧問は、激昂している振りをして、時間を稼いでいたのだ。
だが、時間を稼いでいたのは、ハンス政務顧問だけではない。カムイも又、時を必要とし、その為の時間を作っていた。
 カムイに向かって飛んだ、沢山の矢は、カムイに届く前に、突然宙に現れた小型の竜巻によって、軌道を逸らされ、叩き落とされた。

「老害は残しておいた方が、俺たちにとって良いのだけどな。まあ、仕方がない。人の厚意を無視したお前を放っておく訳にもいかない」

「貴様! どこまで愚弄する気だ!?」

「愚弄しているのは、どちらだ? 一国の王に対する礼儀も知らない愚か者が!」

「なっ……」

 カムイの体から放たれる覇気。それはハンス政務顧問が、初めてカムイと会った時の惚けた雰囲気とは全く別物だった。
目の前にあるのは、間違いなく一国を統べる王。この事実をようやくハンス政務顧問は知った。

「愚かな主に仕えた不幸を恨むが良い。マリア、殺れ」

「ええ。陛下」

 扉の影に控えていたマリアが応える。先程、矢を吹き飛ばした風とは、桁違いに激しく鋭い嵐が、北方伯領軍に襲いかかる。
混乱の中、懸命に北方領軍は、陣を立て直し、反撃に出ようとするが、そこに側面から、共和国の兵士が襲いかかった。北方伯領軍が、正面入口に集中して手薄になった他の入り口から侵入した、マリアが率いてきた魔法兵部隊だ。
わずか数百程度の兵士だが、マリアの直率として鍛えられた共和国兵士。しかも奇襲だ。北方伯領軍は、瞬く間に統制を失っていった。

「落ち着け! 数はこちらが多いのだ! 陣を整え直せ!」

 懸命に叫ぶハンス政務顧問の声も、兵士たちには届かない。逆に、完全に統制を失って、逃げ惑うばかりになっている。

「ハンス・ノルトシュロス・アスマス! 我らが王への無礼、死をもって償ってもらう」

 周囲の兵士を蹴散らして、ランクはハンス政務顧問の側に辿り着いていた。

「……若造が! 貴様などが、儂を討てると思っているのか!?」

「剣は、年齢によって、優劣が決まるものではない。経てきた年月の中身によって、決まるのだ」

「何だと!?」

「参る!」

 上段に剣を構え、力強い踏み込みから、ランクは一気に剣を振り下ろす。ハンス政務顧問は、剣を合わせる事も出来ずに、呆気無くランクの剣を受けて、その場に崩れ落ちた。

「……弱い」

 嘗ては、皇国の武と称された先々帝の傍らで、武勇を誇っていたはずのハンスとの立ち合いだったのが、ランクにとっては、期待外れの結果に終わったしまった。

「どれ程の武勇を誇っていても、老いれば衰える。俺たちも、肝に命じて置かなければならないな」

「はっ!」

 いつの間にか近くに来ていたカムイの言葉に、ランクは強く頷いた。

「ハンス前北方伯は討ち取った! 剣を置いて抵抗を止めろ! この戦いは、我が共和国の勝ちだ!」

 カムイが、ハンス政務顧問の討ち死にと共和国の勝利を告げる。その声を聞いた北方伯領軍の兵士たちは、次々と跪いて降伏していった。

アンファング城に、アーテンクロイツ共和国の国旗が翻ったのは、この日から二ヶ月後だった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ