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魔王の器 作者:月野文人

第三章 皇国動乱編

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新たな一歩

ユリナア王女一行が、砦を通過したのを見計らって、カムイは入国希望者を連れて国都に戻った。
 入国希望者は、テーレイズ一行とケイネルだけではない。それ以外にも勧誘の手を伸ばしていた数人が家族と共に砦を訪れていた。少しずつではあるが、共和国にも人材は増えつつあるのだ。
 ただ、そういった者たちも、すぐに国政の場に就ける事が出来ないのが、共和国の難しさ。優秀だというだけでは足らず、魔族への偏見を持たない、持っていても、それを取り払う意思を持っている事が求められる。
 まず与えられるのは、内政の、それもかなり民衆に近い、街や村での仕事となる。ケイネルも、そういう仕事を与えられた。
 ただケイネルの場合は、その中でも、かなり意地悪と言える仕事だ。

「田へ流す水量を勝手に変更したという訴えがあった。それに間違いはないか?」

 審問官。訴訟に対する審判、裁判官のような役割が、ケイネルの仕事だ。

「その事自体に間違いはない。だが、それで罪に問われるのは納得がいかない」

 審判の場だというのに、相手には全く悪びれた様子はない。

「しかし、水門の管理は農政局の管轄で、勝手に変えて良いものではない」

「ほう。審問官殿は新参にしては、よく勉強しているな」

 ケイネルをからかう余裕さえある。

「当たり前だ。法に則って、揉め事の裁定を行うことが私の仕事だからな」

 募る苛立ちを押さえて、ケイネルは冷静に対応をしようとしている。

「そうは言っても、俺は間違った事はしていない。今は、やや水不足となっている。決められた水量を全ての田に行き渡らせる事は不可能なのだ」

「だから、水門を操作して、水量を調整しても許されると?」

「その通り。間違った事はしていない。あのままでは、全ての田の収穫が駄目になっていた」

 水不足で、全てを活かす事が出来なくなるよりは、一部でもきちんと収穫出来た方が良い。相手の言い分はこれだ。完全に間違っている訳ではないが、

「勝手にやって良い事ではない」

 それを判断するのは、農政局の仕事。農民が好きにして良いものではない。

「あの水路は我らが作った物だ。それを操作して何が悪い?」

 相手は魔族、獣人族の男だ。水路は、魔族の手によって整備された。自分達が作ったのだから、自分の物。男はこう主張している。

「悪いに決まっている。水門の操作は、農政局から委任させた地方農政官のみに許された事だ。それを勝手に操作するの規則に背く行為だ」

「……それで助かった者も大勢いるが?」

 一部の、十分に水を供給された田の収穫は、例年通りとなっている。

「そうだとしてもだ」

「ふむ。では、何もしないで、作物が駄目になるのを見ていろというのか?」

「そうではない。水不足の事実があるなら、それを農政局に知らせれば良いだけだ。農政局がしかるべき措置を取るだろう」

「どうしても俺を罪に落としたいようだな」

 ケイネルに聞く耳を持たないとみて、男の態度が険しいものに変わった。

「そうではない」

「なるほど、審問官殿は皇国からきた新参者だったな。魔族である俺に偏見があるようだ」

「……そういう事ではない」

 この仕事をするようになって、何度も聞かされた台詞。

「魔族の田よりも、人族の田を優先したいという事であろう?」

「違う。手続きの話をしているのだ」

「納得いかんな。では、族長から王に直接話をさせてもらおう。それで解決するはずだ」

 ケイネルが言う事を聞かなければ、カムイに言いつける。これは、もう脅しのようなものだ。

「この程度の事で、王を煩わせてどうする?」

「審問官殿は、この程度と言うが、農作業を行う我等にとって、水のあるなしは大事だ」

「そうかもしれないが……、それでも事は農政局が管轄の話であり、調停の申し立てがあった以上、これは私の仕事だ」

「後悔する事になるぞ?」

「そんな脅しには乗らない」

 明確な脅しの方が、却って覚悟は決まる。ケイネルは断固として言い放った。

「ほう……。では、審問官殿は、俺にどんな罪を課すつもりだ?」

「罰金として銀貨一枚、それが払えなければ強制労働を一ヶ月」

「……高すぎないか?」

「被害を受けた者への保証込みの金額だ。高いとは思わない」

 審問官であるケイネルを脅した罪も含まれているが、これを口にすると、又、面倒になるので黙っていた。

「ふん。良いだろう。銀貨一枚だな。だが、覚えておけよ」

「……裁定の結果はきちんと記録されて、国都に送られる。忘れるはずがない」

「その生意気な口が、いつまで続くことか」

「とにかく、そういう事だ。罰金は農政局にきちんと治めておくように。支払いが成されなければ、それもまた罪に問われる事になる」

「ふん」

 不満を隠すこともなく、魔族の男は、この場から去っていった。
 こういった事は、これが初めてではない。ケイネルが与えられた仕事は、裁判にまでは至らない、こういった街で起きた揉め事について、調査して、裁定を下す仕事だ。
 ある意味では、いきなり結構な権限を持った事になるのだが、どんな裁定を下しても、どちらかに恨まれるという、気の重い仕事でもある。
 特に今回の様に、魔族が絡むと、大抵はこの様な後味の悪い、終わり方になる。正直、ケイネルは、この事に戸惑っていた。
 魔族は、まるで特権意識に固まった貴族のようだ。自分が不利になると、すぐに王であるカムイとの関係をほのめかし、自分に有利な裁定を出すように、脅してくる。
 それが通用しないとなると、今回の様に、捨て台詞を吐いていく。
 これが、カムイたちが望む国の姿なのかと思うと、自分が誤った選択をしてしまったと思えて、ケイネルは落ち込んでしまうのだ。
 唯一の救いは、魔族の捨て台詞にもかかわらず、国都から罷免などの通達が来ない事。裁定結果を覆すような措置もない。
 カムイは、この事実を知らないのかと思い、国都に陳情を行うとも考えたが、今のところ、それを行動に移すことはしていない。
 だが、そろそろ限界が近づいていた。
 理想の国と思って、やってきた共和国が、思っても見なかった事で、失望させる国であった事に、ケイネルは耐えられなくなってきている。
 カムイに訴えを起し、それが受け入れられなければ、共和国を去ろう。それが許されるのであればだが。
 そう考えて、訴状を書こうとペンを取ったケイネルの前に、突然、それが現れた。

「ケイネル審問官」

「なっ?」

 当然目の前に現れた黒装束の姿に、ケイネルは驚いて声をあげた。

「驚かせて申し訳ございません」

「き、君は?」

「王より伝令を言付かってきました」

「あ、ああ。そういう事ですか。それで王は何と」

「すぐに国都へ来いと。仕事の引継ぎは不要です。すぐに準備をしてください」

「……分かった」

 引き継ぎもなく、国都への呼び出しを受ける。この事実に、ケイネルは来るべき時が来たと悟った。

◇◇◇

 ケイネルが国都に着いたのは、呼び出しを受けて、二週間後。
 到着して直ぐにカムイへの拝謁となった。拝謁の場は、大会議室。カムイだけでなく、重臣の多くが同席している場だった。

「ああ、来たか」

 ケイネルの姿を見て、カムイが声を掛けてきた。

「お呼び出しとの事で、急ぎ参上致しました」

「やっぱり、その畏まった態度は話しづらいな」

 ケイネルの態度に、カムイは笑みを浮かべている。その表情を見ても、ケイネルの気持ちが解れる事はなかった。

「これについては、お気になさらずに」

「そうか。さて、早速だけど、お前の審問官の任を解くことになった」

「……そうですか」

 思った通りの沙汰。そうであっても、やはり、ケイネルの気持ちは落ち込んでしまう。魔族の訴えをカムイが受け入れた。これはカムイが、魔族を特別扱いしている事になる。

「あっ、悪い。話す順番を間違えた」

「順番?」

 落ち込むケイネルを見て、慌ててカムイが謝罪の言葉を口にするが、順番と言われても、ケイネルには意味が分からない。

「とりあえず、一次試験は合格だ」

「はっ?」

 これも又、すぐに意味を理解出来なかった。

「色々試すと言っただろ? 試験はまだ終わっていない」

「いえ、そうではなく、合格とは?」

「あれ? 気付いてなかった? 変な裁定ばっかりだっただろ?」

「……あっ、そういう事ですか」

 カムイの説明で、ようやくケイネルは合格の意味が分かった。審問官としての仕事、その中に、カムイが言う試験が含まれていたのだ。

「裁定結果は全て目を通した。人族も魔族も、どちらを優遇する事もなく、公平な裁定だったと思う。それに魔族への態度も、聞いた限りでは問題ない」

 魔族からカムイの報告はされていた。ただ、内容は、魔族が、ケイネルに言っていたのとは違い、試験結果の報告だった。

「つまり、全てが嘘であったと?」

「全てじゃない。本当の仕事の中に、幾つか混ぜただけだ。もしかして怒った?」

「……いえ、怒ってはいませんが」

 全く怒っていないのかとなると、ケイネルは嘘をついている。

「魔族の非礼は許してやってくれ。あれは俺の指示だからな。文句があれば俺に言うように」

「そうですか」

 意地の悪い試験内容である。よく魔族の態度に切れる事なく、冷静な判断が出来たと、今になって、ケイネルは自分に感心している。

「やっぱ怒ってる?」

「……いえ」

「怒っても良いと思うけどな? 自分でやっておきながら、中々に酷い試験だと思う」

「そうであっても、私の前歴を考えれば文句は言えません」

 敵国の元宰相だ。本心を徹底的に試そうとするのは、当然だと思える。感情の方は、やや納得出来ない部分があったとしても。

「そう言ってもらえると少し気が楽になる」

「それで次の試験は?」

「そう構えられるとな。試験である事を忘れてもらわないと、試験にならない」

「そう言われても意識せざるを得ません」

 いつ、どこで、どんな試験が行われるか分からない。今回の事で、これを思い知った。

「それもそうか。ただどんな試験かと言われても、答えようがない。会議の場に呼ぶから、参加してろ」

「……それは?」

「だから、聞かれても困る。しばらくは現状把握に徹するも良いし、意見があれば発言しても良い。好きにしろって事だ」

「はい……」

 いきなり、国政会議の場への参加だ。膨らむ期待と、それを抑えようとする冷静な心。ケイネルの心中は複雑だ。

「じゃあ、早速会議を始めるから。アルト、進めてくれ」

「ああ。さて、これだけの面子が集まるのは久しぶりだからな。個別の議題は後にして、現状認識から始める。まずは当然、皇国の件だな。交渉団が皇都に戻って講和内容の検討が行われた。結論から言えば、皇国は王国の条件を受け入れる事を決めた」

「まさか!? 本気で東方伯領を差し出すつもりなのか?」

「何だって!? あっ、いえ、失礼しました」

 アルトが話して、マティアスが質問を返す。いつも通りのやり方で、会議が進むと思った所で、ケイネルが声を上げた。内容が内容だけに驚かずにはいられなかったのだ。

「ああ、初耳か。皇国が王国に、講和条件見直しを交渉する使者を送った事は?」

 ケイネルが、どこまで知っているか、アルトは尋ねた。

「それは知っています。それが私が皇国で参加した最後の会議です」

 その会議の内容に、失望した事が、ケイネルが出奔するきっかけだ。

「そうか。交渉の結果、ヒルデガンド様の件について引き下げる代わりに、王国は東方伯領の割譲を要求してきた。東方伯領の北部だけだがな。だが、それを手にすれば、王国は一気に領土を皇国中央の目と鼻の先まで伸ばすことが出来る。代わりどころか、はるかに良い条件だ」

「そんな馬鹿な条件を、皇国が飲んだというのですか?」

 王国の侵攻を自ら手助けする行為にしか、ケイネルは思えない。皇国の愚かさに、呆れるばかりだ。

「驚いた事に。なんて言ったら他人事みてえだな。実際は、王国がそんな条件を出した事を、皇国が検討する前に噂として広めた。東方伯の耳にも入るようにな」

「……それで東方伯の反応はどうだったのですか?」

 相変わらずの辛辣な手口に、やや呆れながらも、ケイネルは問いを続けた。

「そんな事を受け入れるはずがねえと思っていた」

 東方伯領の割譲など、あり得ない。普通の判断力を持っていれば、こう考える。そして、東方伯は普通の判断力を持っている。

「だが皇国は受け入れた。何故、そのような事になったのです?」

 ケイネルには皇国の決断が、どうしても理解出来なかった。

「正直、これだっていう理由は見つからねえ。ただ皇国の東方伯への不信感が、予想以上だった事が考えられる。なんたってヒルデガンド様は、この国の王妃だ。東方伯家がその伝手を使って、共和国と結ぶ可能性は無くはねえ。そして東方伯家がこちらに付けば、東方の勢力図は一気に、こちらの色に染まる」

 皇国と言うより、クラウディア皇帝の東方伯への不信感。東方伯への不信感というより、ヒルデガンドへの対抗意識が、影響を与えている。とまでは、さすがにアルトの思考も届かない。

「しかし、それをすれば、共和国は一部とはいえ、皇国と王国に挟まれる事になります。良い手とは思えませんが?」

 ケイネルの考えは、共和国の考えと同じ。東方伯領に手を伸ばすのは、共和国にとって悪手だ。これが分かれば、東方伯家への恐れも、少しは薄れるはずだが、皇国には、これが分からない。

「普通はそう考えるよな。そこが分からねえ。まあ半分って所が、影響しているかもしれねえな」

「半分?」

「ああ、これも知らねえか。東方伯家は半分に割れた。南は東方伯、北はその息子が治めてる」

「そんな事に……。そうですか東方伯家は共和国に付くことを決めているのですね?」

「半分づつで生き残りって事だろうけどな。皇国もそれを分かっているから、決断をしたのかもしれねえ」

 皇国の判断の前に、東方伯は、領地を半分に割る事を考えていた。結果論としては、皇国の判断は、完全に間違いではなくなった。

「……そうですか。そうなると満更、おかしな決断でもないですね」

 それを聞いたケイネルは、これまでと異なる意見を言い出した。

「おや? 理由は?」

「東方伯家の北部は、放っておいても共和国と王国に狙われる領地となります。いえ、それを手にしている国は、他の二国に攻められる可能性があると言ったほうが良いですね。であれば、皇国としては手放したほうが良い」

「それだけか?」

 これを聞くアルトは、ケイネルの説明した事を、すでに考えていたという事だ。

「一方で南部を押さえていれば、共和国と東方諸国は分断されたまま。一部繋がっていますが、それは王国の領地と接する狭い場所です。連携は十分とは言えません。これが理由です」

 試されている。この思いが今、ケイネルの頭の中に広がっている。

「さすがだな。もっと言えば、こちらは王国に、東部諸国領と王国の新領地を交換しても良いと持ちかけてる。それが実現すれば、こちらが東方伯領北部を取りに掛かるのは明らかだ。どうせ戦うことになるって算段もあるだろうな」

「そんな事を……。そうなると皇国は、東方伯本人は何としても引き止めなくていけませんね。あくまでも東方中央部の東方伯家領を王国への押さえとする為ですが」

「それが出来るという判断だろうな」

「出来るのですか?」

「出来るだろうよ。うちと皇国の両方に付くために半分に割ったんだ。東方伯本人は皇国を離れねえよ」

 離れるつもりであれば、分裂させる必要はない。わざわざ東方伯家の力を弱める事になるのだ。

「王国が東部領の交換に応じる可能性は?」

 中央が皇国のまま、北が共和国か王国。その東の旧東部辺境領が、どういう勢力図になるかは重要だ。

「それは東方伯家領がどうなるか次第だろうな。皇国が北部を差し出せば、交換はしねえ。それがうまくいかなければ、こちらに交換を持ち掛けてくるって所だ」

「王国が主導権を握っているのですね?」

 そして、どちらに転んでも、王国は利を得る事になる。北部の奥深くまでか、中央部か。どちらを手にしても、皇国侵攻が有利になる結果だ。

「残念ながら。王国はただ待つことで有利になる。そして、その状況は簡単には崩せねえ」

「崩すとしたら?」

「俺達が皇国を攻めに攻めて、一気に領土を拡張したら、さすがに王国も焦るだろうな」

「それが出来ると?」

 出来るとしたら、ケイネルは驚きだ。老害たちが、共和国を目の敵にしていたのも、少しは理解出来るようになる。

「まさか。そんな国力は、うちにはねえ。徐々に広げるしか無えな」

「……厳しいですね」

 皇国宰相であった時なら、ホッとする所だが、今のケイネルは、共和国側だ。皇国を圧倒してきた共和国にも問題があった。その一つがケイネルにも見えた。

「王国の件はまた別。今は皇国の事だ。さて条件の期限は十ヶ月だが、もう五ヶ月が経っている。皇国はそろそろ動かなくちゃならねえ」

「まさか、いきなり攻め入るのですか?」

「それが王国が出した条件だからな。引き伸ばしは認めないと期限を付けた。しかもぎりぎりのな」

「それはそうですね。王国だって、皇国が国力を回復するのを放っておく訳にはいかない。目論見は、東方伯家と皇国の内戦だったのでしょうけど、半分で済んだ皇国としては幸運だったという事ですか」

「軍としてはな。皇国の中枢は、半分とはいえ、東方伯家を切り捨てる事の影響を正しく認識していねえ」

「それは?」

「東方伯を切り捨てるって事は他の方伯家だって同じ目に合うって事だ。まして、他の弱小貴族なんてな」

「皇国は貴族の信用を失うと」

「間違いなく」

 そうなるように、仕向けるのが、アルトの仕事だ。

「……そうですね。しかし何故こんな事に」

 又、同じ疑問の言葉がケイネルの口からでる。少し前まで、その中枢に居たケイネルでも、皇国のやり方はどうしても理解が出来なかった。

「さあ? 方伯を領地に戻したままなのが間違いなんじゃねえか。中央貴族の中の有力家も国政には参加していねえしな。貴族の立場で考える者がいねえ訳だ。お前がいねえからな」

「……まあ。しかし、北方伯がいるはずです」

「あれは国政の中に入り込み過ぎてる。しかも、大貴族特有の驕りがあって中央貴族なんて屑だとしか思ってねえ。そして方伯家は皇国に忠誠を誓うものだと思い込んでいる。これはお前のほうが知ってるか」

「はい」

 その思い込みのせいで、ケイネルは散々、苦い思いをしてきたのだ。

「だから誤った判断を導いてしまう。なんとなく分かってきたのは、先々代の時代は皇国の黄金期のように言われてきたが、それは先々帝の優秀さがあっての事だったんじゃねえかな?」

 皇国は、先々代の時代に皇国史上最大の支配地域を持つようになった。まさに大陸制覇の礎を築いた時代だった。だが、その礎は、脆くも崩れている。
 大黒柱となるだけの皇帝が居ない。ただ、その事によって。

「手足としては優秀だけど、頭脳がなければですね。それは私も気が付いていました。しかも、彼らはそれを自覚していないから、年下の者の言うことなんて聞こうとしない」

「対する俺たちとしちゃあ、都合が良いけどな」

「敵国にとってはです。つまり、王国にとっても都合が良い」

 王国はまんまとそれを利用して、今の状況を作っている。共和国側の支援が過ぎたというのも原因だ。

「それが問題だ。皇国がヘマする事によって、王国が力を付けてしまう。それじゃあ、こっちは困る。皇国のミスは、うちの力にならねえとな」

「……皇国と正面から?」

「さすが元皇国宰相。察しが良いな。そのつもりだ」

 これまでカムイたちは、皇国の力を削ぐために、色々な策を実行してきた。だが、皇国が失った力は、共和国が奪ったわけではなく、ほとんどが、王国や辺境領に移っている。
 これからは、それでは駄目という事だ。これはつまり、共和国の意識は、皇国から王国に移ったという事になる。
 王国との戦いに負けない為に、共和国を力を必要としているのだ。

「戦争ですか?」

「戦争もだ。ありとあらゆる手段を使う。それはこれまでと変わらねえよ」

「……そうですね」

 その、ありとあらゆる手段が読めなくて、ケイネルはやられてきた。今も、アルトが何をしようとしているのか、ほとんど想像がつかない。

「だが、まずは軍の事からだ。外征軍を二つの部隊に編成する。一つは東方伯家の支援部隊」

「えっ?」

 驚きの声を上げたのは、マティアスだった。東方伯家を見捨てるという方針は、マティアスもすでに聞いていた。
 アルトの今の言葉は、それの方針に背くものだ。

「どうした?」

「東方伯家の支援をするのか?」

「する。簡単に奪われたら、困るからな」

「しかし、それをすれば皇国はもちろん、王国にも敵意を示すことになる」

 東方伯領を、皇国、王国の二国と争う事は避けなければならない。これが、東方伯領を見捨てる理由だった。

「敵意ならずっと向けている。とは言っても、二国に手を組まれるのは面倒だから、支援は共和国軍とは気付かれないように行う」

「つまり、支援部隊は私たち、元東方伯家の者たちだな」

 東方伯家に紛れ込むのであれば、元東方伯家の者が一番。彼らの実家は、未だに、東方伯家の従属貴族なのだ。

「ああ、そうだ。そうだけど、それが全てではなくて、しかも主力はお前らじゃない」

「何?」

「主力は、イグナーツの左軍が担う。お前らの役目は、東方伯家の軍と、うまくやれる為の調整役だ」

「そうか……」

 東方伯家には多くの知り合いが、家族が居る。それを直接助ける事が出来ないと思って、マティアスは落ちこんだ素振りを見せた。

「落ち込むな。忘れているようだから言っておくが、マティアスの担当は内政だからな」

「……そうだった」

 外政は左丞相であるアルト、内政は右丞相のマティアスが責任者。これが共和国の体制だ。

「後方支援は担当してもらう。まあ、東方伯家への支援部隊自体が、左軍を除けば、後方支援が仕事だ」

「また何かを企んでいるな?」

「考えているのは作戦だ。それについては編成が固まった後で。今は東方伯家、といっても北の方だけな、それへの使者の人選だ。これはギルベルトに頼む」

「えっ!? 俺よりも」

 いきなり指名されたギルベルトは、すでに顔を真っ青にしている。軍人としての仕事ばかりで、使者などを任されるのは、初めてなのだ。

「ヒルデガンド様は出せないから。右丞相であるマティアスもだ。うちが関与している事は、バレても良いが、証拠を掴まれてはいけない。あまり目立たず、それでいて東方伯家に顔が利くものは、限られてくる」

 この場に居る者では、ギルベルト以外は、ニコラスかマテューとなる。ニコラスは、性格的に使者は不向きなので、二者択一だ。

「……なるほどな」

「書状などは、当然書いてもらうから安心しろ」

「分かった」

「さて、もう一つの部隊だな。残りの外征軍の残りの全てで編成する。率いるのは、当然、国王であるカムイ。そして攻めこむ場所は、北方伯領だ」

 これに驚いているのは、この場ではケイネルくらいだ。外に出るとすれば、北から。これは随分前から決められていた事だ。
 そうする理由がアーテンクロイツ共和国、ではなく、ノルトエンデにはある。
 ついに、アーテンクロイツ共和国が本気で外に打って出る時が来た。
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