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魔王の器 作者:月野文人

第三章 皇国動乱編

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弄ばれる皇国

 カムイたち一行がルースア王国の王都を離れた後、それと入れ替わる様にして皇国の使節団が王都にやってきた。
 使節団の団長はカルク政務顧問。今は実質的な皇国の宰相と言っても良い。実際にカルク政務顧問は、ヴァシリーに対して自己紹介で自分をそう名乗った。

「貴国は又、宰相が変わったのですか?」

「ええ。前宰相が激務で体を壊しまして、私がその代わりに。貴国を訪れる為の準備で忙しくて、正式の任命はまだですが戻り次第、そうなる予定です」

「なるほど。体調を崩してですか。皇国は色々と大変ですからな」

 軽く嫌味を込めて、ヴァシリーは返す。

「ご心配ありがとうございます。さて、出来れば速やかに交渉に入らせて頂きたいのですが、アレクサンドロス二世陛下とはいつお会いできますか?」

 ヴァシリーの嫌味が通じなかったのか、分かって無視したのかは、分からないが、何ら気にした様子はなく、カルク政務顧問は、交渉を急ごうとしてきた。

「それが生憎と陛下も又、体調を崩されておりまして。お話は私が伺った上で、陛下に諮る事とさせて頂きたい」

「それは……。では、お見舞いも兼ねて一言だけでもご挨拶を」

「そのお気遣いは無用です。大人しく休んでいれば治るものです。ただ、今は安静をと医者に言われております」

「そうですか……。では、このまま交渉に入らせて頂くという事でよろしいですか?」

「はい」

「では」

「ではお聞きしたい」

 カルク政務顧問の言葉を遮って、ヴァシリーが先に話を切り出そうとする。交渉の主導権を握る為だ。

「……どうぞ」

 カルク政務顧問は、簡単にそれを許してしまう。

「講和の条件であるヒルデガンド妃殿下はいつになれば、王国に送られてくるのですか?」

「それについて、ご相談したかったのです」

「相談?」

「ヒルデガンド妃殿下は今、ノルトエンデにいます」

「ノルトエンデ?」

 ヴァシリーとしては、何を今更、ノルトエンデなどと呼ぶのかという問い掛けだったのだが、それはカルク政務顧問には通じなかった。

「ええ。東方伯家領北部にあるノルトエンデです」

「そうですか。それで?」

 意識しての事だとは分かったが、その意図が分からない。ヴァシリーは、とりあえずカルク政務顧問の話に乗ってみることにした。

「カムイ・クロイツ一党に拉致されて、貴国に送り届ける事が出来ません」

「はい」

「つきましては、ヒルデガンド妃殿下の奪還に貴国の協力を得られないかと思いまして」

「何故、我が国がそれを為さねばならないのですか?」

「お恥ずかしい話ですが、我が国だけでは思う様に事を進められずにおります。ヒルデガンド妃殿下は我が国と貴国との友好の懸け橋となる御方。なんとかご協力いただけませんか?」

 少なくとも、カルク政務顧問は下手に出る事は覚えてきたようだ。

「しかし、カルク殿は先ほど、ヒルデガンド妃殿下がいるのはノルトエンドだと申されました」

「ええ」

「私の記憶ではノルトエンデというのは貴国の領土ではありませんでしたか?」

 カルク政務顧問が共和国をあくまでもノルトエンドと呼ぶのであれば、こう指摘する事が出来る。

「そうです。我が国の皇帝直轄領となります」

「つまり、内乱が起きていると理解すればよろしいのですか?」

「そうなります」

 これは皇国側にとって、都合が良い。ノルトエンデは皇国領であると、王国に認めさせる事になるのだ。

「内乱に外国の介入を求める。あまり聞いたことのない話です」

「はい。恥を忍んでお願いに参った次第です」

「なるほど。しかし、ただお願いと言われても、それをそのまま陛下にお伝えは出来ません。それに協力する事で我が国にはなんの利があるのですか?」

「報酬を求めると?」

「当然でしょう? 軍を動かすには軍費がかかります。それを我が国に負担しろと言うのですか?」

「……では掛かった経費をお支払いするという事で、よろしいのでしょうか?」

 カルク政務顧問は、最低の条件から、交渉を開始したつもりだったのだが、これは失敗だ。こう言わせたいからヴァシリーは、軍費負担の話をしたのだ。

「それはどこまでの経費を指しておられますか?」

「どこまでとは?」

「例えば戦死者が出た場合、その遺族への補償金も負担して頂きたい。それと重傷を負って、軍務に就けなくなった者への補償金も。それと、これについては、月毎にお支払いいただくと言う事でお願いします。補償を先延ばしにする訳には参りませんから」

「…………」

 この条件が以前、共和国が皇国に吹っかけたそれだとカルク政務顧問は気が付いていない。それを知らない事で、王国側に、情報共有の不足を見透かされる事になるとも当然分からない。

「後は騎士などへの給金も。彼等も家族がおりますから給金がいつ出るか分からないでは、働けません」

「い、いや、それはまず貴国が立て替えられて」

「何故、我が国がそこまでしなければならないのですか? それでは、まるで貴国に貸し付けているようではありませんか」

「そうかもしれませんが、いちいち、それをしていては」

 膨大な事務仕事が毎月発生する事になる。これを断る口実にしようとしたのだが、ヴァシリーには通用しなかった。

「では金利を頂きましょう。我が国が立て替えている期間分の金利について、都度お支払頂く事でどうですか?」

「その都度というのは?」

「毎月です」

「それでは同じではないですか?」

 同じ所か、軍費や補償金などの計算に、更に、金利計算が加わる事になる。

「いつ終わるか分からない鎮圧戦争です。いざとなって支払えないなどと言われては我が国が困ります」

「我が国はその様な事はしません!」

「しかし、二年、三年と戦えば、それだけ貴国の軍費もかさみます。その後で、我が国に一括で支払う余裕があるのですか?」

「二年、三年?」

「例えばの話です。そうなれば、軍費もそして金利もそれ相当の額になるでしょう。我が国としては貸し倒れになどなっては、大変な事になります」

 ここでようやくカルク政務顧問は、この条件の問題に気が付いた。こういう交渉での鈍さが、カルク政務顧問の弱点だ。そして、その自分の弱点に気付いていない事が、更に問題となっている。

「……それ以外の条件は何かありませんか?」

「それと」

「それと?」

「そういう意味ではないのですか?」

 ヴァシリーは更に条件を追加しようとしている、振りをしているだけだ。カルク政務顧問を、動揺させ、考える余裕を奪う。それにまんまとカルク政務顧問は嵌っている。

「それに代わるという意味で申しました」

「そうですか。では、お聞きしましょう」

「そちらからは?」

「こちらから何か条件を出しても、それを貴国が受け入れられるか分からないではないですか? 貴国が出せる条件をお聞きした方が話は早いと思います」

「そうですか。……では、東部辺境領では?」

 カルク政務顧問は、あらかじめ用意してきた条件を提示する。これは当然の事かもしれないが、王国が予想出来る条件は、事前に対応を考える余裕を与える事にもなる。

「そこも又、貴国の領土だと言うわけですか?」

「ええ。そうです」

「では、まずは、我が国がその領土に入るのを邪魔する者を排除して頂きたい。仮にそこがまだ貴国の領土だとしても、そこで反乱が起きている事はお認めになりますよね?」

 ヴァシリーは用意していた回答を、カルク政務顧問に返した。

「ええ……」

「それを貴国がされた事を確認し、確かにそこが我が国の物となった時点であれば、検討させて頂きます」

「検討?」

「はい。検討です」

「それでは、それこそ東部辺境領を渡した後に貴国から知らないと言われてしまう。我が国はただ領地を差し出したという事になるではありませんか」

「しかし、すでに貴国は一度、講和条件を引き伸ばしにされています。又、しないという保証がどこにあるのですか?」

「……ヴァシリー殿は交渉を進めるご意志があるのですか?」

 皇国として受け入れられる条件ではない。皇国にとって、王国は、信頼出来る相手ではないのだ。

「それでは私が無理難題をふっかけて、交渉を壊そうとしているみたいではないですか?」

「しかし」

 実際にそうしている、とはカルク政務顧問も口に出来ない。

「そもそも、この場にいるのは私一人ではない。勝手にそんな事をしては罰せられる事になります。それはカルク殿も同じでしょう?」

「そうですが」

 それは自国の意向に反して、使者が勝手な交渉をした場合だ。自国の意向に沿っての交渉であれば、罰せられる事にはならない。

「では、こちらからも言わせて頂きましょう。貴国こそ、交渉を纏める気持ちがあるのですか? 貴国の提案はどれも受入れ難いものばかりではないですか?」

「そんなつもりはありません」

「では、交渉を進められるお話をして頂きたい」

「……では、協力の申し入れは引き下げます。その上で、ヒルデガンド妃殿下を取り戻すのに、もう少し時間を頂きたい」

「それも貴国に都合の良い話ですね」

 実際に、王国には何の利もない。これで交渉が纏まるはずがない。皇国側は交渉しようとしているのではなく、極端に言えば、王国を騙そうとしているだけなのだ。

「しかし、現実にヒルデガンド妃殿下は、皇国には居ない訳で」

「ノルトエンデは皇国の領土では?」

「……反乱軍の手にある訳で」

「それだけでは陛下に何も話せません。少なくとも期限を切って頂きたい」

「一年では?」

「馬鹿な事を。国内の反乱鎮圧に一年もかける国と条約など結べますか」

「では十か月」

 何の根拠もある訳ではない。一年が駄目と言われたので、少し縮めただけの事。

「細かいですね。半年とは言えないのですか?」

「私が皇国に戻って、それから出兵では。それだけで半年近くかかります」

「それは未だ、出兵の準備もしていないという事ですね?」

「それは貴国との協力を望んでいたからです。それ次第で派兵する数などが決まる訳ですから」

「……どう思われますか?」

 ここでヴァシリーは一旦、同席している文官に話を振った。これがお芝居の始まりである事は、皇国側には分かるはずがない。

「無条件と同じ事だ。我が国は既に散々待っている。この上、猶予をなどと陛下に申し上げては、我等の首が飛ぶことになる」

 話しかけられた文官の仕事は、用意しておいた台詞をそのまま口にするだけだ。

「そうですね。それだけでは足りません。十か月を超えて、約束が果たされない場合の条件を提示して頂きたい」

「……ヒルデガンド妃殿下の事は取り消しても構わないのですね?」

「はい。果たされない約束をいつまでもしていても仕方ありません」

「では、その時こそ、東部辺境領では?」

「……それは貴国が反乱を治めた上で、差し出すのですか?」

「それでは又、時間が掛かってしまいます」

「貴国が攻め込んだのを確認出来ればそれで構いません」

「それであれば」

 一転しての、好条件。これに疑問を抱かないカルク政務顧問は、やはり、交渉事には不向きな人だ。

「ヴァシリー、ちょっと待て」

 もう一人の文官の仕事はまだ終わっていない。これからが本番だった。

「はい。何でしょうか?」

「こんな条件では」

「しかし、これ以上の条件を引き出せないとなれば」

「それはそうだが。それでは皇国との講和は破棄……、っと」

「ちょっと待って下さい。今のは、どういう意味ですか?」

 もう一人の文官が、漏らした言葉に、カルク政務顧問は見事に反応した。

「……アイザック殿、今のは失言です」

 今のは中々うまい演技です、がヴァシリーの心の中の言葉だ。

「すまん」

 寸劇の第一幕が終了。これから二幕が始まる事になる。

「説明して頂けますか?」

 最初のセリフは、カルク政務顧問からだ。筋書きを知らないはずなのに、ぴったりの台詞を口にしている。

「正直申し上げて、私は貴国との交渉に乗り気ではありません」

「やはり」

「その代わりと言っては何ですが、アイザックは、貴国との講和推進派といった立場です」

「アイザック殿が? ではいかがですか? こちらの提案をルースア国王に説明頂けませんか?」

 アイザックが自国の味方と知って、カルク政務顧問は、すぐに協力を求めてくる。

「無理だ。それを陛下に申し上げては、それこそヴァシリーの望み通りとなる」

 だが、アイザックの返事は、カルク政務顧問の求めるものではない。

「何故です?」

「貴国の提案は、共和国のそれと比べて、あまりに条件が悪すぎる」

「……共和国ですって?」

 共和国が王国と交渉している。王国が共和国と呼んでいる。二つの意味で、カルク政務顧問は驚いている。

「そうだ。つい先日の事だ。共和国の使者が我が国を訪れた」

「何の目的ですか?」

「我が国からカムイ王の婚姻の儀に際して、使者を送っている。それへの返礼だ」

「婚姻?」

「まさか知らないのか? カムイ王とヒルデガンド王妃の婚姻だ」

「……馬鹿な」

「知っていて惚けているのだと思っていた。少し不安になるな」

 これも嘘。皇国が知らない事を知っていてこの話をしているのだ。それに王国も護民会の動きを探って、ようやく知ったに過ぎない。

「それを貴国は認めたのですか?」

「当然だ。祝いの使者を出したのだからな」

「それではヒルデガンド妃殿下を渡せと言うのはどういう事ですか?」

「それは貴国と我が国の問題であって、共和国と我が国には関係ない事だ。貴国がヒルデガンド王妃を奪って我が国に送ってくれば、喜んで受け取る。共和国との交渉次第では、そのまま共和国に返すかもしれんがな」

「……そんな天秤に掛ける様な真似を」

「それは正しくない。私は貴国との講和を望む者ではあるが、今の条件では、ヴァシリーの意向に反対は出来ない。天秤にもかかっていないと言う表現が正しい」

「理由を説明願いたい」

 共和国と比較にもなっていない。これはカルク政務顧問にとっては、かなりの侮辱だ。怒りの色が顔に出ている。

「共和国は貴国の言う東部辺境領と、我が国の新領地を交換する考えがあると言ってきた」

「そんな馬鹿な」

「その代わり」

「アイザック殿、共和国の交渉条件を全て晒すと言うのは不公平ではありませんか?」

 ここでヴァシリーが、アイザックを制した。もう効果は充分という判断だ。

「……そうだな」

「さて、カルク殿。私は何も貴国との講和を全否定している訳ではありません。共和国の提案が我が国にとって、とても利があるものと考えているだけです」

「しかし」

「カルク殿もお分かりでしょう? 貴国が差し出す東部辺境領中央部は戦乱で荒れた領土になる。一方で共和国が差し出す同じ領土は、復興が進んでいて、直ぐにでも税収が見込める領土。どちらを選ぶかは明らかです」

「だが貴国は北部を手放す事になる」

「それ以上の領土を手にする可能性もあります」

「……それは、我が国ともう一度戦うという事ですか?」

 さすがにヴァシリーのこの言葉の意味は、カルク政務官も読み取る事が出来る。そうでなければ、ヴァシリーが困る。

「お忘れか? 我が国と貴国はあくまでも停戦中なのです。講和条件が果たされなければ、再戦となるのは当たり前でしょう?」

「そんな事をすれば喜ぶのはノルトエンデです」

「それのどこに問題があるのですか? 我が国はこう考えております。共和国はいくらその軍が強くても大陸全土を制圧する力はない。広大の土地を治めるには、それだけ人材が必要になります。質ではなく数です。それを共和国は持っておりません」

「それは……、確かにそうですが」

 数の不足は共和国の弱点だ。カルク政務顧問も分かっていた事だが、軍事以外で、数の不足を考える事はなかった。

「そして我が国はいたずらに共和国と争って軍を傷つけるつもりはありません。極地戦における共和国は倍の兵力を揃えても良くて互角、兵の質が悪ければ負けるでしょう。ああ、これは我が国ではなく、私の考えです」

「……何を望んでいるのです? もう良いでしょう? そちらが望む条件を提示してもらいたい」

 今のままでは、共和国に交渉で負ける。自国の有利不利を考える事を、カルク政務顧問は止めた。

「東部辺境中央部に匹敵する領土を望みます」

「例えば?」

「東方伯家領。少なくとも、その半分を割譲して頂きましょう」

「……そんな事は出来ない」

 少なくとも、カルク政務顧問の独断で約束出来る事ではない。

「良く考えてください。東方伯家領の北半分を我が国に割譲すれば、貴国は共和国と領地を接する事はなくなります。それだけで脅威は随分と軽減すると思いますが?」

「それを認めれば、我が国との講和は?」

「確約は出来ません。ですが、その条件であれば、条件の天秤は釣りあいます。後は、貴国が真に我が国との友好を求めるのかに掛かっております」

 ヴァシリーはあくまでも確たる言葉を、カルク政務顧問に渡すつもりはない。

「……持ち帰らせて頂きたい」

「仕方ありません。では、今日の交渉はここまで。部屋に案内させます」

 がっくりと肩を落として部屋を出て行く皇国の交渉団たち。結局、又、カルク政務顧問は交渉に失敗したのだ。

「懲りない人だ。同じ失敗を繰り返そうとしている」

「しかし、やり過ぎたのではないか?」

 カルク政務顧問の様子をみて、アイザックは追い詰め過ぎたのではないかという感想を持った。

「私は本気で皇国と戦うべきだと思っています。そうでなくても、皇国の力は、今のうちに少しでも削いでおきたいと思いますね」

「東方伯家領を本気で差し出して来たらどうする? 共和国の道を塞ぐことになるではないか?」

「そんな事は共和国には関係ありません。共和国の出口は、一カ所ではないはず。状況がそれを示しています」

「そうだったな」

 魔族だけではない。ノルトエンデに向かったはずの、元神教騎士団の足取りも、ある所で、完全に途切れている。これを王国は知っていた。

「国境を厳重に固めているのは、それを隠す為でしょう。我が国にバレている事は気が付いているでしょうが、皇国にはバレていないという確信があるのではないかと」

「何故だ?」

「これは想像ですが、皇国には、かなり共和国の手が入っているのではないでしょうか? あまりに皇国の、それも恐らくそれなりの会議の場で決められたであろう事実を知り過ぎています」

「草か?」

「そこまでの歴史はないので、なんらかの弱みを握って情報を流させているという所でしょう。我が国も気を付けた方が良いかもしれません」

「そうだな」

◇◇◇

 王国と皇国の講和交渉が行われている、ずっと東の地で、又、違う交渉が進んでいた。東部諸国同盟の一国、アルテナ王国をアルトは訪れていた。

「婚姻の儀に使者を送れずに申し訳ない」

「いえ、そのような謝罪は無用でございます。貴国から王国の領土を渡って、我が国を訪れるなど土台無理な話。それは初めから承知しております」

「そう言ってもらえると気が楽になる」

「それはよろしいのですが出来ますれば我が国との関係を一歩進める事をお考えいただきたい。本日参ったのはその為でございます」

「それはどういう事かな?」

「これまでは一方的に我が国が貴国から食糧を仕入れさせていただくばかりでした。それでは我が国は貴国に頼るばかり。両国の関係は深まらないと思います」

「と言うと?」

「我が国の産物をご購入頂く事をご検討頂きたい」

「ふむ……。それは?」

 交易の拡大は、アルテナ国王も望む所だ。それが自国を富ますものであれば、という条件付きではあるが、

「鉄」

「何?」

「お望みでしたら、武具に加工済みの物でもお売り出来ます」

「……それはつまり」

 武具を揃える。それは戦争の準備だ。共和国は戦争を促していると、アルテナ国王は捉えたのだが。

「いえ、時期尚早と思います。今は、じっくりと準備を整える時でございます」

「そ、そうか」

 国王の顔にほっとした表情が浮かぶ。まだ、覚悟は固まっていないと、これで分かった。

「その為には武具を揃え、兵を鍛える必要がございます。その一つをお手伝いできないかと」

「……その時は来るのだろうか?」

「必ず王国は西へ軍を進めます。前回と同じだけの規模で。その時、いえ、正確には王国が引くに引けない程、戦況が進んだ時が絶好の機会かと」

「そうだな。今考えれば、あれは絶好の機会だった」

 今だから言える事だ。当時は、ルースア王国に攻め込む勇気など、アルテナ国王は持てなかった。

「今申した通り、又、機会は来ます。それをお待ちください」

「ああ、分かった」

「さて、商談の件ですが、まずは試作品をお送りしますので、それをお試しください。満足頂けたら、そこで初めて具体的な商談へと」

「それで良いのか?」

「遠く離れた貴国と我が国は強い信頼関係を結ばねばなりません。その為に、我が国は誠実でありたい。そう考えての事でございます」

 誠実である事で、全てが思い通りに進むとは、アルトは微塵も思っていない。だが、今はまだ、土壌を作る時期なのだ。

「分かった。それであれば、何も諮る事はない。すぐに手配をしてもらおう」

「はい。承知致しました」

「後は何か?」

「いえ、私からはこれだけでございます。他国の方々の所も回らねばなりませんので、勝手ではございますが、これで失礼させて頂きたいと思います」

「……他国はどのような反応なのだ?」

 アルテナ王国は、東部諸国同盟の一国に過ぎない。やはり、他国の動静は気に掛かる。

「概ね、良好な関係を保てていると思っております。もっとも最終的には同盟内で決断をされる事ですので、それについては、何卒お願いいたします」

「ああ、分かっている。だが、領地分けについては」

「それについてはお任せください。お任せと申し上げても貴国を優遇する訳ではなく、公平に考えさせて頂きます」

「そうだな。頼む」

「では、失礼いたします」

 そして又、アルトたちは次の国を目指して、旅をする事になる。

 「これを全ての国で行うのですか……」

 全ての同盟国を回ると考えて、アルトに同行している文官から、思わず弱音が漏れる。

「はあ? そんな訳ないだろ?」

「えっ?」

「いいか、連合を全て説得する必要なんてねえ。要は王国と国境を接している三国をその気にさせれば良いんだ」

「どうしてですか?」

「三国が西へ領土を拡げれば、他国はそれに付いて行くしかねえ。三国が連合の中で抜きん出てしまうからな。均衡が崩れて連合内で争いとなれば、当然、国力が上回る三国が有利になる。それを他国は許す訳にはいかねえ」

「なるほど」

「問題は王国の領土をぶんどった後の領地分けだ。これは慎重にやらなければならねえ。領土が広がった結果、連合が分裂じゃあ、王国の為に働いていた事になっちまうからな」

 戦争に引き込むには三国の説得で済むかもしれない。しかし、それだけでは、同盟は崩壊する事になる。各国が同列だから、同盟は共に行動出来るのだ。王国という共通の敵が居るから、纏まっていられると言っても良い。

「それは難しいですよね?」

「まあな。だが、やらなくちゃならねえ」

「そうですね」

「……お前、他人事みたいに言うなよ」

「はい?」

「お前を連れてきたのは東方の土地勘を身に付けさせる為だ。それが身に付いたら王国の偵察。その地にはどんな産物があって、税収見込みはどれくれえか。それを全部調べろ」

「……気が遠くなってきました」

 同盟の各国を回る所ではない。東方の土地を全て把握しろと言われているのだ。

「それがうまく行くかどうかが、この策の最後の鍵だ。それを忘れるな」

「はい。しかしいつまで掛かることか」

「十年かかろうとやれ」

「そんなに?」

 十年先を考えるという習慣は、まだ、この文官にはない。これは、この文官に限った話ではなく、こういう者たちの意識を変えて、育てる事も、アルトたちの仕事だ。

「あのな。俺たちの国は出来たばかり。だが作ったからには、百年どころか千年でも、万年でも続くものにしなきゃならねえ。それを考えれば、十年なんてわずかな年月だ」

「はい。それは分かります」

「十年先の実であっても、それが取れる可能性があるなら、種を撒いておかなきゃならねえ。今は無駄と思っても、十年先はきっと役に立つ、そう信じてな」

「……そうですね」

 今の自分の働きが、十年先の国の役に立つ。気が遠くなるが、壮大さを感じる仕事でもある。

「それに十年なんてあっという間だ。この十年で王に何があったか考えてみろ。皇国の貴族から、魔王、勇者、そして国王様だ。ずっと側で見ていた俺でもさすがに呆れる」

「……まあ、王ですから」

「まあな。カムイだからな」

 共和国の策は十年先を見ている。国家の計では珍しい事ではないが、共和国は、この意識を全ての文武官、場合によっては、国民に植え付けようとしている。これが共和国の強さになるのだ。
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