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魔王の器 作者:月野文人

第三章 皇国動乱編

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策謀というものは

 ルースア王国の城から消え去ったカムイの姿は、王都の裏町の一角にある建物の中にあった。
 カムイが何をしに、この場に現れたかと言うと。

「おお、ワット。久しぶり。元気だったか?」

「……元気だったかじゃない。一国の王が、伴も連れずに歓楽街に現れるな」

 王都の裏社会に根を張ったワットに会う為だった。ふらっと姿を現したカムイに、ワットは驚いている。

「伴なんて連れてきたら目立って仕方ないだろ?」

「それはそうだが……。それで問題なかったのか?」

 一応、ワットには、事前にカムイが来る事は知らされていた。ルースア王国に来る理由もだ。

「俺の方は。イグナーツも恐らくは何も。何かあったら、もう少し騒がしかったはずだ」

「そうか。結局、何だったんだ?」

「さあ、なんだろうな? 意味のあるような無いような話をして終わり。得るものは、何もなしという事で、王国に来た目的は、ワットに会う為って事になった」

「……そういう台詞は女に向かって言え」

「そうするとどうなる?」

「喜ぶだろうよ」

「なるほど。勉強になるな。女心って奴だな」

「まあ」

 男にこれをしても、やはり喜ぶ事になったのだが、それをワットが口にするはずがない。

「さてと、会いに来たとは言っても、あまりのんびりしていられない。状況を聞かせてくれ」

「ああ。王都の裏社会の制圧は九割方終わった。ただ、ちょっと手荒くやり過ぎた。おかけで組織が分断され過ぎて、それを纏め直している所だ」

「歯向かう奴等は?」

「それをバラバラにしたからな。組織としての統制が取れなくなって、凌ぎの方が、今一」

 仲間割れ、寝返りなどで、王都にあった敵対組織は、どれも崩壊した。ありとあらゆる手段を使って、ワットたちが敵の弱体化を図った結果だ。
 ただ、仕切る組織がなくなって、裏社会全体が混乱してしまっていた。

「何とかなりそうか?」

「まあ。実務を知っている奴等の取り込みは順調だ。相手も仕事を失う訳にはいかないからな。ただ、その先の繋ぎがまだ」

「その先? 表との繋がりか?」

「……察しが良いな」

 カムイの答えに、ワットは呆れ顔を見せている。表の人間がすぐに分かる事ではないはずなのだ。

「それはまあ、皇国の方で色々と聞いているから」

「国王が裏社内に精通しているってどうなんだ? でも、まあ、そういう事だ。表の奴等は様子見状態だ。闘争があった事を知って、誰が権力を握ったか探っているって所だな」

「なるほどな。それで?」

「それの工作をしている。表と繋ぎを取る奴の間に更に人を置いてって感じで、背後が見えない様に」

「おっ、さすがに良く考えている」

 ワットの慎重さにカムイが感心してみせた。事を進めるには、臆病さも必要だとカムイは考えている。特に裏社会では。

「それはそうだ。こんな立場になったら、命が幾つあっても足りないからな。出来るだけ後ろに隠れていないと」

 邪魔者は消す。人殺しに躊躇がない社会なのだ。

「賢明だ。人手は?」

「荒事よりも、そういった仕事に向いた奴が欲しいな。事務仕事とか交渉事は、今いる面子は誰もが苦手で」

「分かった。じゃあ、何人か回すようにする。ちょっと時間かかるけど」

「助かる。時間は問題ない。今はまだ王都内で人手を集め直す段階だからな」

 ワットは、バラバラにした敵組織の者たちを、出来るだけ自陣営へ取り込もうとしている。人材確保の目的だけでなく、そうしないと、又、敵として纏まってしまう可能性が高いからだ。

「とりあえず安心した。中々、王国には手が回らないからな。心配していたんだ」

「どうにかこうにかって感じだ」

「何もない所から始めてだから、うまくいっている方だと思うけどな。まあ、慎重である事は悪い事じゃない」

「ああ、分かってる」

 素っ気ない態度で答えるワットだが、カムイに褒められて、内心では喜んでいる。喜んでいる内心も、ワットとしては、認めたくないだろうが。

「後は頼んでいた事って少しは分かったか?」

「ユリアナ王女か」

「そう」

 ユリアナ王女に関しての調査を、カムイはワットに頼んでいた。ルースア国民から見たユリアナ王女像を確かめたいと思っての事だ。

「本当に少しだな。国民の人気は中々のものだ。容姿も良いし、割と気さくなようで、城を出て庶民に接する事も珍しくない」

「なるほど」

「だが、どうかな。一応自分の目で確かめてみたが、あれは本心からとは思えない。気のせいかもしれないが、どこか蔑みの色が見えた」

「例えば、どんな所が?」

「声を掛ける相手を選んでいるように思える。そもそも視察する場所もだ。ここみたいに貧しい者が住んでいる場所に現れたという話は聞かない」

「……どうやら外れか」

 ワットの評価をカムイは信じた。蔑みを生むのは偏見、カムイが決して認められない事だ。それを持っているというだけで、ユリアナ王女は味方には相応しくない。

「それに臣下の評判も今ひとつのようだ」

「それも? そういう性格なら、臣下にも良い顔をしてそうだけどな」

「これはあくまでも市井の噂だけどな」

「構わない」

「どうも口が軽いようだ。平気で王太子の悪口を言う」

「それは聞いている」

 だからこそ、共和国を敵視している王太子を、牽制出来るような存在に出来ないかと考えたのだ。

「それが軽率と思われるようで、距離を置く臣下は多いらしい」

「……反王太子派っていうのはいないか」

 ユリアナ王女が、親共和国派になっても、それに味方する者がいなければ、何の力にもならない。ユリアナ王女の人柄も含めて、策は失敗だったとカムイは悟った。

「反王太子派というより、反王族派がいない。この辺は現国王がうまくやっているようで、王国の貴族はどれも小粒ばかりで、派閥の核になれるような奴がいない。国王が王太子を指名すれば、誰も文句を言えないようだ」

「さすがという所か。王国は王族の力が強いんだな」

「そうだな。国内での反乱の噂もここに来てから聞いた事が無い」

「……王族の結婚相手が、力を持っているというのは?」

 野心を持った貴族が狙う、一つの方法は、王族の、出来れば国王の後ろ盾として権力を握る事だ。

「それも徹底している。相手は名門であっても小貴族ばかり。名声は上がっても権力は持てない。これはかつて、王国で後継争いに絡んだ貴族の反乱があって、その時から、そういう慣習になったようだ」

「全然駄目か。皇国より、王国の方が余程しっかりしていたって事だな」

 ルースア王国には、付け入る隙が見つからない。カムイとしては、厳しい状況だ。

「そうなのか? 調べた限りは、問題もあるようだ」

 だがワットは、まだ他にも情報を持っていた。

「何かあるのか?」

「これも噂というか、愚痴だな。皇国には方伯家を代表する大貴族家がある。それは権力争いという点では問題だが、軍事面ではそうではないという話だ。貴族家の軍の差が、皇国と王国の差だなんて話になっている」

「……ああ、分かった」

 策謀に使える情報ではない。それでも貴重な情報だ。

「どういう事だ? 話としては聞いたが、正直、俺には意味が分からない」

「皇国の方伯家は単体で万の軍勢を揃えられる。それは同じ質の統制のとれた軍勢となる。一方で中央貴族家は、一家でせいぜい三千。三千を三家集めても、それは寄せ集めの軍勢だ。戦えばどちらが強いかは明らかだな」

「なるほどな。そういう事か」

「まして、貴族が小粒の横並びではな。それを纏める将は王国騎士団から出すのだろうけど、騎士団の序列と爵位の序列はこれも同じじゃない。言う事を聞かない貴族は多いだろう」

「そうだな」

 貴族軍の質において、王国には問題がある。策謀には使えなくても、戦術においては、利用し甲斐のある弱点だ。

「話はそれたけど、参考になった。王国軍の弱点は貴族家軍だと分かっただけで助かる」

「戦うのか?」

「今の所、予定はない。でも、こちらにその気が無くても、王国が攻めてきたら、戦わざるを得ない」

 そして、少なくとも王太子は、その気満々だ。

「それはそうだな」

「内部の工作は難しいか。他に王族で野心を持っていそうな者はいるか?」

「今の所は聞いた事が無い。悪いが、その辺は正直まだ役に立てない。店での噂話を拾うだけではな。中々、城の中の様子は探れない」

 こういった情報を集めるには、表の、それなりの地位に居る人物との繋がりが必要になる。それをワットの組織は、整えようとしている所なのだ。

「別に今は必要ないから焦らないように。とにかく、王都でしっかりと根を張ってくれ」

「ああ、分かった」

「しかし、王国に関しては、本当に何も得るものがなかったな」

 珍しくカムイの口から、愚痴のような言葉が漏れる。

「もしかして、行き詰っているのか?」

 それにワットは、敏感に反応した。

「少し。王国に対する工作の糸口がつかめない」

「今回の外交の方は?」

「一応、ゆさぶりは掛けたつもりだ。皇国との交渉がこれから始まるだろうけど、そう簡単にはまとまらないはず」

 簡単に纏まらない所ではない。皇国は、又、王国に良い様に揺さぶられて終わるはずだ。

「きちんとやっているじゃないか?」

「こんなのは策じゃない。策略というのは、相手が策である事を分かっていても、乗らざるを得ない状況にするのが策だ」

「それって」

「分かりにくかったか? 要は相手の選択肢を狭めて、それしかないと思い込ませるって事」

「いや、それは分かるが、実際にそれが出来るってのが」

 相手が策だと分かっても逃れられない状況にする。それは理想だが、それが出来ないから、苦労するのだ。

「下準備は必要だ。本命の策を打つ前に、小さな事をこつこつと。そうやって、少しずつ選択肢を奪っておいて、最後に決め手を打つ。そうして置かないと、その後に続く行動の準備も整わないだろ?」

「まあ。それが王国には通じないのか?」

「選択肢を狭める手段がない。そうなると最悪に備えて、行動しなければならなくなって、それをすれば、やはりどこかで無理がでる。状況としては、今はそんな感じだ」

 相手の選択肢を狭める為の下準備は、結果として、自分たちの労力を減らす事になる。あらゆる事態に備えようとするカムイたちにとっては、大切な事なのだ。

「そうか。……何か出来る事はあるか?」

「きっかけというか、取っ掛かりが必要。その情報が欲しい所だけど、さっき聞いた感じだとな」

 ルースア王国の王権は絶対。そうなると、内部に協力者を見つける事は難しい。

「何でも良いのか?」

「とりあえずは、王国の本流の意志とは、別の行動をする何かであれば何でも」

「一つ思いつくが。しかしな……」

 ワットには心当たりがあった。だが、口に出すのを躊躇うような、自信のないものだ。

「何でも良いから言ってみろ」

「真神教会」

 カムイに促されて、ワットが言葉にしたのはこれだった。

「それだっ!」

 それに、カムイが大きな反応を見せる。

「いや、自分で言っておいてあれだが、教会だぞ?」

 ルースア王国の意志とは異なる動きを見せるという事で、口に出したが、間違いなく共和国を敵視している相手だ。利用出来るとは、ワットには思えない。

「全然問題なし。と言うか、何で思いつかなかったのかと自分に呆れている。駄目だな。変な制約を課すくせがついている。きちんと初心に帰らないと」

「初心?」

「手段は選ばず、使えるものは、親でも子でも使え」

「……それ一国の王が言う台詞か?」

 どちらかというと、裏社会の人間の言葉だ

「目的を果たすのに必要だから、王になっただけだ。王だから、こうだなんて、それこそ制約にしかならない」

 カムイにしてみれば、王という地位も目的を果たす手段に過ぎない。基本的な考え方が、常人とは違うのだ。

「全く。だが、そう言っておいて、自分を一番使っているじゃないか?」

「親でも子でも使うのだから、自分を使うのは当然だ」

「何か得る確証もない危険な賭けにか?」

 ルースア王国はカムイにとっての敵地。ここまで話していても、ワットには、カムイが王国を訪れた理由が未だに分からない。

「いつか来なければいけなかった。そのついでだ」

「何故?」

「別れて、それっきりだと寂しいだろ?」

「……それ俺の事か?」

 カムイの思いがけない言葉に、ワットは戸惑ってしまう。

「ここには他にそう思える奴はいないな」

「……そう言う台詞は、女に言え」

 男に言っても、相手に惚れさせる事になる。特にワットのように、人を信用出来ずにきた人物には。

「ん? この場合はどういう意味だ? まあ、良いか。さて、そうなると調べてもらいたい事がある」

「真神教会だな」

「そう。その上層部の人を調べてくれ。為人、周りの評判、教会内の影響力とか」

「分かった」

 そして、カムイの策謀が動き出す。

◇◇◇

 真神教会の本部はルースア王国の王都にある。元々、王国の支援で立ち上がった教会である以上、これは当然だ。
 その本部が今、かつてない緊張に包まれていた。緊張の下は、真神教の教皇の前に立っている一人の男。アーテンクロイツ共和国の使者という事なのだが。

「突然の来訪にも関わらず、面会の機会を頂けた事に感謝します。私はアーテンクロイツ共和国王カムイ・クロイツ」

「なっ!?」

 カムイの自己紹介に周囲に驚きが広がる。部屋の外から聞こえる物音は、事あらばと控えていた教会騎士たちが慌てている音だ。

「おや? 伝わっていませんでしたか?」

「……共和国の使者としか」

 伝わっているはずがない。驚かせる為に、ワザとそう伝えたのだ。

「ああ、それはご容赦ください。私が王国を訪れる事は非公式となっておりますので。しかし、王国からも話が来ていないのですね?」

「ま、まあ」

「そうですか……」

 教皇の返事を聞いて、カムイが考える素振りを見せる。

「それで、アーテンクロイツ共和国の王自ら、どの様な御用件でこちらに?」

 真神教会の側は、ゆっくりと話をするつもりはない。出来るだけ、速やかにカムイに立ち去ってもらいたい所だ。

「招待を受けて王国に来た帰りに、立ち寄らせて頂きました」

「王国の招待を?」

「ええ、アレクサンドル二世陛下直々のご要請でして」

「なるほど」

 ここで、教会本部を包んでいた緊張がわずかに緩む。ルースア国王の招待となれば、無体な真似をする事もされる事もないという安堵からだ。
 相手は、神教会を壊滅に追いやった魔王。それに立ち向かう勇気を持つ騎士は誰もいなかった。

「こちらを訪れる予定はなかったのですが、少し気になる事がありまして。余計なお節介とは思いましたが、こうして参った次第です」

「それは何でしょう?」

「私は真神教会の将来を憂いております。このままでは真神教会は消えてしまうのではないかと」

「何と!?」

 カムイの話に、教会の者たちからは、先ほどまでの怯えた様子は消えて、怒気が浮かんでいる。

「この思いは共感できるものではありませんか?」

「我が教会が消えてしまうなど。そのような事はあり得ません」

「これは……。やはり来て良かった」

「いきなり来て、一体何なのですか?」

 カムイの態度に教皇に苛立ちが募る。いきなり来て、貴方たちは滅びると言われては、これも当然だろう。

「もしかして、神教会が解散した事を幸いとして、真神教会がそれに成り代わる事が出来ると喜んではいませんよね?」

「喜んでいるとは言わないが、教えを広める事が我が教会の使命だと」

 言い方を変えているだけで、成り代わろうとしているという点は同じだ。だが、これはカムイにとってどうでも良い。ただ話のきっかけを作りたかっただけだ。

「それが、この場にいる皆さんの考えですか?」

「もちろんだ」

「そうですか……。これはどうしたものかな? あまり意見を押し付けても仕方がないような気もするが」

 今度は、カムイは話をするのを躊躇って見せる。

「話したい事があれば、まずはそれを述べてもらえませんか? こちらは何を言いたいのかが、さっぱり分からない」

 その態度に、教皇の苛立ちは増すばかりだ。

「ではお聞きします。真神教会の存在意義は?」

「神の教えを人々に広め、正しく導く事」

 カムイの問いに、ありきたりの答えを返す。だが、カムイが尋ねた存在意義はこういうものではない。

「しかし、その役目は神教会がすでに担っていました。あえて、真神教会を作られた意図はそれではないはずでは?」

「神教会の腐敗は目に余るものがあった。我等は、腐敗した神教会に代わって、人々を救う為に立ち上がったのです」

 真神教会を立ち上げた時の主張だ。だが、この主張が人々に受け入れられたから、真神教会があるのではない。そうであれば、もう少し神教会は、マシになっていたかもしれない。

「そうですね。神教会は確かに酷かった。それは我等もよく知っています。しかし、神教会は一つだけ正しい行いをしていました。それが何だか分かりますか?」

「……分かりません」

 分かる分からないではなく、神教会の正しい行いなど、考える気が教皇にはない。

「真実を後世に残した事。それがただ一人、教皇だけが知る事実であったとしても、それを繋いできた歴史は正しい事だと思います」

「それは……」

「まさか、未だに真実を知らないとは言わないですよね?」

「あれは戯言だ」

 真神教会の教義は、神教会の表の教義と全く同じだ。隠されていた真実を、認める訳にはいかない。

「真実を戯言と言いますか。では、真神教は人々に誤った教えを広める邪教という事になる」

「な、何だと!?」

「違いますか?」

「違う!」

 カムイの言葉は、真神教会からすれば、暴言だ。それを認めるはずなどない。それはカムイだって分かっている。邪教と呼ばれる事に、強く反発させる事が目的なのだ。

「本当にそう思っていますか? 神教会の元教皇は自分たちの過ちを認めて、全てを捨てて正しい道を歩もうとされているのに、貴方たちはそれを戯言と切り捨てる。いえ、真実が何か以前に、地位も名誉も裕福な暮らしも捨てた神教会の元教皇と貴方たち。はたして民はどちらを真と認めるでしょうか?」

「それは……」

 実際は微妙な所なのだが、カムイの言い方で、元教皇だと思わされてしまっている。まんまとカムイの術中に嵌っているのだ。

「過ちを認める事も、一つの勇気だと思いますが。まあ、それは良いでしょう。真神教会の存在意義に話を戻します」

「だから、それは」

「真神教会はルースア王国が神教会の影響力を国民から排除する為に作られた。そうではありませんか? まさか、これも違うと?」

 あくまでもルースア王国にとってであっても、これも又、真神教会の存在意義の一つだ。

「……王国が、そういう腹積もりであったとしても、我々は」

「正しい行いが出来るのであれば、それで良いと? その考えは正しいと思います。しかし、王国から見た場合、真神教会の存在意義はどうなっていますか? 神教会がなくなった今、それに成り代わろうとする真神教会は王国にとって必要な存在でしょうか?」

「それは……」

 必要なはずがない。ルースア王国にとっての真神教会の存在意義は、神教会が解散した事で失われているのだ。
 まして真神教会が、かつての神教会同様に、国民への影響力を持とうとすれば、それは王国にとって邪魔者でしかない。

「民への影響力を拡げられず、支援していた王国からは疎まれる。それで真神教会は存続出来るでしょうか? 私が最初に言った将来を憂いているとは、こういう事です」

「……だからと言って、我等に何が出来ると言うのです?」

 教皇は、カムイの言葉を否定出来なくなっている事に、気が付いていない。

「何だ、自覚はあったのではありませんか。では、何をするかも分かっていますね? 民からの支持を集め、王国を頼らない事です」

 自覚があったかは、微妙な所だが、言いくるめられたと思わせないように、カムイはこんな言い方をしている。

「それが出来ないから我等は」

「出来ませんか? しかし、それをやっている組織を私は知っています」

「……金十字護民会」

 うまく誘導されて、その名を口にしてしまう。だが感情の方は、惑わされる事なく、素直に嫌悪感を表わに出来るようだ。

「そうです。そんな嫌そうに言う事でしょうか? 民の為に活動するという点で、同じ志を持っていると言えるのではないですか?」

「それはそうだが」

「護民会を競争相手と見ているとしたら、真神教会は民の為の組織ではありませんね? 残念です。どうやら、お力になる訳にはいかないようだ」

「……力に?」

 次にカムイが示すのは利。行き詰っている状況を、打開出来るかもしれないという期待だ。

「はい。もし真神教会が、真実へと立ち帰り、民に奉仕する教会へと変わるのであれば、我が国はそれを手助けする用意があります」

「…………」

 気持ちは揺らいでいる。だが、簡単に受け入れる訳にもいかない。その結果は、沈黙だった。

「なるほど。魔族への偏見は抜けませんか。では、こちらも用はありません。組織としても、個人としても滅びれば良い」

「何!?」

 途端に今度は脅しに入る。これで感情の方も、カムイの思う方向に大きく振られる事になる。

「王国に疎まれて滅びるのを待つまでもありません。我等の敵として認定してあげます」

「い、いや、それは!」

 神教会でさえ、解散する事になったのだ。それよりも遥かに小さな組織である真神教会など、魔族に敵対されては、ひとたまりもない。

「一応、考える時間は与えます。ああ、これは脅しではありますが、本当の事を言えば真神教がどうなろうとどうでも良いのです。何もしなくても滅びるのですから。それも、そう遠くないうちに」

「そんな……」

「真神教会にとって、俺は、それなりに興味深い存在だと思います。その俺が来ているのに、何も知らされてもいないなんて、王国はもう、真神教会の事など軽んじているという事です。支援を打ち切られる日も、そう遠くないのでは?」

「…………」

「さて、私からの話は……、ああ、もう一つだけ、貴方がたから魔族への偏見を除く話をしましょう」

「何でしょうか?」

「何故、魔族は、エルフ族やドワーフ族のように森に隠れ、地に潜るなどして、人族との関わりを絶とうとしないのでしょう?」

「……分かりません」

 魔族の事など、教皇に分かるはずがない。知っている人族など、一握りしかいないのだ。

「人族の為です。人間という種は、体も華奢で力も弱いくせに、繁殖力という点では、ずば抜けたものを持っています。それは、魔族との混血となった後も変わらない」

「それがどうだと?」

「人族に流れる魔族の血は薄まっています。この先、数百年、もっと先かもしれませんが、やがて人族は魔力を失い、元の人間に戻ってしまうかもしれない」

「だから、それが何だと言うのです?」

 人族と人間の違いが教皇には分かっていない。もちろん、人族が何故作られたかもだ。

「魔法も使えない人間に、この世界で生きていく事が出来るでしょうか? それが出来ないからこそ、神は魔族をこの世界に生み出したというのに。魔族が純血を保って、この世界で生きているのは、それを防ぐため。そう考えられませんか?」

「…………」

「貴方たちは選ばなければなりません。人族至上主義のままで魔族を排斥し、人族そのものを滅ぼしてしまうのか、それとも人族の為に、魔族を守る側に立つのか。崇高な意志の元でも、自己保身の為でも構いませんが、後者を選ぶことを私は望みます」

 この話も実のところは脅しに過ぎない。同じ脅しでも、これは助言に聞こえるのだから不思議なものだ。

「それについては……」

「今は結論を出す必要はありません。それに、もし後者を選ぶ気が少しでもあるなら、まずは我々の国を訪れるのが良いと思います」

「アーテンクロイツ共和国にですか?」

「そうです。人族と魔族は共存できる。それを見る事が出来ます。その上で判断すれば良いと私は思います。貴方がたは王国を出て、世界を見るべきです。そうすれば、私が言っている事がもう少し理解出来るでしょう」

「……分かりました」

「その日が来ることを願っています。では、我々はこれで」

「あっ、はい……」

 仮にも一国の王が相手であるというのに見送りも忘れて、真神教会の者たちは、その場で立ちすくんでいた。それぞれの頭の中をめぐる思い。それはカムイが言葉にした通り、ある者は聖職者としての信念に基づくものであり、ある者は保身を考えての事。いずれにしても、その選択は一つの方向に固まろうとしていた。

「なるほどな。策は策と分かっていても、逃れられないか」

 教会本部を出るとすぐにワットが、カムイに声を掛けた。カムイのやり方を一度見てみたいと無理して同行を願い出ていたのだ。

「少しは分かったか?」

「良く分かった」

「まあ、今回はエラそうに言う事じゃないけどな。元々、真神教会は詰んでいた。今回はそれに抜け道を空けてやっただけだ」

 カムイが策に嵌める以前に、真神教会は、嵌りこんで動けなくなっていた。一カ所、空ければ、そこに動くしかない。

「返事を貰わなかったのは? あれ、どう見ても、共和国に行く気になっていただろ?」

「何だか、あの教皇、小物って感じじゃなかったか? 教皇個人がそう思っても、周りが従わなければ意味がない。それを確かめる時間が必要だ」

「なるほどな」

 教皇に小者臭を嗅いだのは、ワットも同じだったようだ。

「しばらく教会の有力者を見張ってくれ。王国に告げ口するような者が出たら、この話はなし」

「止めなくて良いのか?」

「良い。そこまで優しくする必要はないからな。一人出れば他にもいる。それを一人一人潰していく手間は無用だ」

 真神教の組織は脆弱だ。離反する者が何人か出れば、それで組織としての価値はなくなるとカムイは判断した。

「王国に知られるのは?」

「王国が知れば、真神教会は潰される。もう一つの可能性としては、真神教会を使って、うちに何か仕掛けてくる事だけど、それも分かっていれば逆手に取るのは難しい事じゃない」

「王国の感情が悪化する事は良いのか?」

「感情はもう十分に悪化している。王国はその悪感情を持った上で、利を取るかという選択を迫られているだけだ」

 真神教会に比べれば、王国は組織として、ずっと大人だという事だ。歴史が違うのだから、当然ではある。

「……勉強になった」

「それほどでもない。真神教会が民の信頼を集めて影響力を発揮出来るようになるにしても、それは、ずっと先の事だ。それが役立つ可能性は今の所は少ない」

「じゃあ、何故?」

「二十年後は役に立つかもしれない」

「おい?」

「それは冗談……でもないけど、当面は教会組織が持つネットワークを利用したい。それが持つ情報も。教皇は建前に終始していたけど、教会に限らず、組織なんてどこかで腐敗が進んでいるはずだ。それが王国に繋がっていれば幸いって事。王国に何か仕掛ける糸口。真神教会はそれだ」

「派手にやらかした割にはなんとも地道な話だな」

「最初なんてそんなものじゃないか? でも、例えば、これがきっかけで文官の秘密でも手に入れられれば、儲けものだ。それを使って、次を手繰る。そうやって地道に広げていくのさ。言っておくけど、これはワットの仕事でもあるからな」

「分かっている。……ちなみに皇国でも同じ事を?」

「秘密」

 つまり、行っているという事だ。皇国に対しては、すでに、かなり深くまで手を伸ばせている。

「怖いな」

「魔族に頼ってばかりじゃ限界があるからな。情報網はあればあるほど良い。それも交わりのない情報網がな」

「そうか。俺は俺の独立したそれを作らなければならない訳だな」

「そういう事。よろしく頼む」

「任せておけ」

 無駄足に終わったと思われた王都訪問を、少しだけ意味あるものにして、カムイは王都を去っていった。
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