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魔王の器 作者:月野文人

第三章 皇国動乱編

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後を継ぐ者

 ルースア王国の王都モスク。
 城内の大広間には多くの重臣が顔を揃えて、王国を訪れた使者を迎えていた。国王代行として、王太子が臨席した玉座の前に、ゆっくりと進み出ていくのは、使者の役を負ったイグナーツだ。
 それを見る王国重臣の反応は様々だが、概ね苦々しい顔をしている事から、共和国に対する感情は、良い物でない事は明らかだ。

「初めてお目通り致します。私はアーテンクロイツ共和国にて左軍将軍を務めておりますイグナーツと申します」

「将軍? 使者には不向きな役職ではないか?」

 ニコライ王太子の態度も、初めから好意的なものではない。

「我が国は出来上がったばかりで、役職については、まだまだ定まっておりません。今回、私が使者として選ばれたのは、我が王に近しい者としての立場でございます。貴国へ敬意を表したつもりでしたが、お気に召しませんでしたか?」

「……いや。別に気にするものではない」

 カムイに近しい者。この言葉だけで、イグナーツは油断ならない者として、認識される事になる。

「そう言って頂けると助かります。では早速、我が王からの言葉を述べさせて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」

「ああ、述べるが良い」

「王妃ヒルデガンドとの婚礼の儀に、わざわざお祝いの使者を送って頂いた事に、深く感謝の意を表します。今後とも貴国との関係が友好的なものである事を望んでおります。以上で、ございます」

「それだけか?」

「はい。以上でございます」

「そうか。では、確かに賜った。陛下に伝えておこう」

「ありがとうございます」

「話が以上であれば、これで下がるが良い」

「はい。では、これで失礼させて頂きます」

 ニコライ王太子の言葉に、素直に従って、イグナーツはその場を去ろうとする。それに、やや慌てた様子を見せたのは、左右に並んでいた重臣たちだ。

「やっ、使者殿」

「……はい、何でしょうか?」

「この後の予定が定まっておらんが」

「返礼の言葉は、しかとお伝えしたと思いますが?」

「それは受け取った。しかし、使者として訪れた訳であるのだから、他にも色々と話し合う事があるのではないか?」

 王国側は、返礼の使者など口実だと思っている。実際にそうなのだが、口実に使っているのは共和国ではなく王国側だ。ただ、これを知る者はこの場には居ない。

「貴国と我が国の間で、何か懸案事項がございましたでしょうか? ああ、親善大使として我が国にいらしていただいているユリアナ王女殿下であれば、お帰りも丁重にお送りいたしますので、ご心配なく。皇国の領内についても、我が国が責任を持ってお守りいたします」

「うむ、それはよろしく頼みたい。だが、その事ではなく」

「他の件ですか? それは何でしょう?」

「例えば、ヒルデガンド王妃の事」

「我が国の王妃が何か?」

 イグナーツは惚けているが、王国にとっては、重要な課題の一つだ。

「ヒルデガンド王妃は、我が国の妃として迎える事になっていた。それを自国の妃とした訳であるから、何か一言あってもよろしいのではないか?」

「お言葉ですが、それは貴国と皇国にて勝手に決められた事であって、我が国の預かり知らぬ事です。それについては皇国に話を持って行かれてはいかがですか?」

 イグナーツの言い分は、筋が通っている。ヒルデガンドの事で、共和国が何かを言われる筋合いはないのだ。

「しかし、現実問題としてヒルデガンド王妃は貴国にいる」

 だが、それでは王国が困ってしまう。ヒルデガンドの件を利用したいのだ。

「我が国は皇国の方々の目の前で、ヒルデガンド王妃を自国に迎えました。それは皇国がそれを認めたという事です。やはり、貴国が何か申されるのであれば、皇国に対してではありませんか?」

 イグナーツには、一切、王国の言い分を受け入れるつもりはない。

「皇国にはもちろん申し入れる。だが、貴国との間でも、その件については、きちんと話しておく必要はあるかと思うが」

「では、どの様なお話を望んでいるのですか?」

「ヒルデガンド王妃の身柄を貴国に引き渡す以上は、それに見合った何かがあってしかるべきではないかな?」

「見合った何か? 金銭とかそういった類の事ですか?」

「それは貴国がお考えになる事だ」

 実際に見返りを求めてヒルデガンドの話を持ちだした訳ではない。共和国に貸しを作る、そんな所だ。

「なるほど。では見合ったを考えるにあたって、貴国がヒルデガンド王妃にどの様な地位を用意されていたのかをお聞きしたい」

「何?」

「正妃と、それ以外では、見合ったという物には大きな違いがあるのではありませんか?」

「それは……」

 イグナーツの言っている通りだ。王国側に反論の余地はない。

「既に王太子殿下には正妃がいらっしゃる訳ですから、その地位はありませんか?」

「まあ」

「そうなると側室ですか……。ヒルデガンド王妃を側室に?」

「そうなります」

「元皇国の第一皇子の妃であり、現在は我が王の妃であるヒルデガンド王妃を、次代のルースア国王の側室に、ですか?」

「それは……」

 言外に王国の無礼を咎める意味がイグナーツの言葉にはある。それに対して、王国側は返す言葉がすぐには見つからない。
 強気に出ようにも、何となく話が誘導されている気分で、迂闊に何かを言う気になれないのだ。

「私の考えですが、もうヒルデガンド王妃の事は、考えられない方が良いのではありませんか? 我が国としても、正式に王妃になられた方を他国へとなると、まるで下賜するような形になってしまいます」

「下賜ですと?」

 あえて使った下賜という言葉に、まんまと王国側は反応している。

「それは貴国に対して、大変無礼ではないかと私は考えてしまいます」

「しかしですな」

「話が進みませんね。では、はっきりと申しましょう。我が国から何か条件を引き出す事を考えられる前に皇国へ新たな講和条件として、何を提示されるか考えられてはいかがですか?」

「……何をご存じなのですか?」

 イグナーツの言葉に込められた意味を、王国側は正確に理解した。

「皇国の使者がやがて、貴国を訪れる予定である事を」

「……なるほど。であれば、尚更、貴国は我が国との関係を良くする努力をすべきではありませんか?」

 事前に匂わされたおかげもあって、王国側に大きな動揺はない。ただ、共和国の諜報能力の高さを、改めて思い知っただけだ。

「今、何をお約束しても、皇国の提示条件が、それを上回るものであれば、何の意味も持たない。そうではありませんか?」

「それはまるで我が国との関係がどうなっても良いと考えているように聞こえます」

「そんな事はありません。我が国は一貫して貴国とは友好的な関係であろうと、務めてきました。それは皇国との戦いの中で明らかにしたつもりですが?」

「それは」

 王国の侵攻が成功したのは共和国の皇国に対する牽制のおかげ。分かっていても、王国側はそれを言葉に出来ない。自ら借りを認める事など、するはずがない。

「今、その関係を壊そうとしているのは貴国の方です。我が国としては、それが残念でなりません」

「まだ壊した訳ではない」

「しかし、貴国と皇国が結んで、真っ先にされる事は何ですか? 皇国が何を求めるかは、お分かりですよね?」

 共和国との戦いにおける共闘。これ以外にはない。これは王国も分かっている。

「さて、まだ何も話し合いは行われておりませんので」

 こんな誤魔化しをイグナーツ、というより、使者として送ったカムイやアルトが許すはずがない。

「では、ご説明いたしましょう」

 ヒルデガンドを交渉材料にしようと持ち出してきた王国は、逆に共和国側の思惑に嵌まりつつある。

「あっ、いや」

「皇国が提示してくる条件は東部辺境領の全割譲。それを条件に我が国との戦争の共闘を求めてきます。だが、これは貴国が受け入れる訳がない。東部辺境領と皇国が言っても、そこはもう独立国です。貴国は戦争で、そこを手に入れなければいけません」

「それは、そうでしょう」

「皇国だって、それは分かっております。分かっていて、それを言ってくるのは、単に時間稼ぎに過ぎません。では、あくまでもヒルデガンド王妃をと言えば、我が国から取り戻すまで待てと言うでしょう」

「時間稼ぎをしてどうなる?」

「皇国は南方の反乱を平定し、国力を回復する時間が得られます。そして、それが出来たら、又、我が国との交渉でしょうか? そうやって、更に国力を回復していく」

「……しかし、それは我が国も同じです」

 南方伯の反乱に、平定の兆しがある事など、王国は掴んでいない。内心の動揺を押さえるのに必死だ。

「そうでしょうか? 前回の貴国の動員兵力は十三万、これは最大動員数と言っても良いのではありませんか? 一方で、皇国が動員可能な最大兵力は、十九万になるでしょう。しかも、これは東方伯家を除いた数字です」

「それは分かっている」

「失礼ですが、前回の戦いで貴国が有利に進められたのは、初動段階で皇国騎士団本隊、北方伯家軍を我が国が引き付けていて、戦いに参加させなかったという事が少なからず影響を与えていたと思いますが?」

 王国が自ら借りを認めないのであれば、共和国側から認めさせるだけ。

「…………」

 それを無言で返す事で、認めようとしない王国だが、これは意味がない。言葉に出来ないという事実は、気持ちの上で認めてしまっている証だ。

「この先、時間が経てば経つほど、皇国は強くなります。皇国騎士団はもちろん、中央貴族軍も、今、厳しい鍛錬を行っているようです。兵力で勝られ、兵の質も追いつかれては、前回とは異なり、厳しい戦いになるのではないでしょうか?」

「では、どうしろと?」

 これを聞いた時点で、王国の、少なくとも重臣たちの意志は、大きく共和国との協調に傾いている。

「それは貴国のご判断です。ただ一つ言えるのは、皇国は我が国との交渉の手を自ら切りました。我が国を敵として対すると決めたのです。そうなった以上は、我が国も皇国を明確に敵として対します」

「皇国と戦争をするつもりか? 我が国よりもはるかに小さな貴国が」

「今であれば戦えます。皇国の準備が整わない今であれば」

「勝てるはずがない」

 皇国に勝てるのであれば、王国にも勝てる可能性がある。これは、王国の臣としては認めがたい事だ。

「勝てる勝てないではなく、攻めてくるのであれば、戦わねばなりません。それに、我が国が負けて困るのは貴国もだと思いますが?」

「我が国は……」

 強がりを言おうにも言えなかった。これは、すでに認めてしまった議論だ。

「皇国の混乱は、我が国と独立した辺境諸国の存在にあると自負しております。それが無くなれば、皇国は、貴国のみに目を向ければ良い事になります」

「…………」

「皇国との交渉にあたっては、その辺りも十分に含みおきください」

「……分かった」

 これで皇国が交渉を始める前に、その思惑をへし折った事になる。皇国の真意をこの時点で知ったつもりになった王国は、裏をかくために、様々な検討を進める事になるだろう。

「もし皇国との交渉が不調に終わった場合は、我が国との交渉をお考えください。我が国も交渉材料は用意しておりますので」

 そして、もうひと押しの材料をイグナーツは用意してきている。

「……それが何かを教えて頂くことは?」

「そうですね……。まあ、良いでしょう。東部独立諸国領と貴国の新領地の交換」

「何と!?」

「これの意味のご説明は必要ですか?」

「……不要です」

「お互いに利あるものと思います。ご検討下さい。さて、これでこちらは本当にお話しする事は何もありません。これで失礼させて頂いてもよろしいですか?」

「……ええ」

「では、失礼させて頂きます」

 結局、十分に使者としての役目を果たして、イグナーツは退席する事となった。それは退席していくイグナーツを見る重臣たちの目を見る事で確認出来る。明らかな敵視から戸惑いの視線に変わったそれは、王国そのものの動揺を表していた。

「はったりだ」

 個人的な感情から、ニコライ王太子は吐き捨てるように、こう言ったが、それが重臣たちの気持ちに何か影響を与える事はない。

「はったりであろうと、皇国と共和国が敵対関係にあり、戦争が避けられないのは確かでございます。問題は、その時に我が国がどうするか」

「まさか、共和国と共闘などと」

「共闘する必要はございません。勝手にやらせておけば良いのです。それよりも、共和国の条件でございます」

「……あの条件が何だ? ただ領地を交換するだけではないか?」

 感情的になっているニコライ王太子は、思考を拒否している。ちょっと考えるだけで、どれだけ魅力的な条件かすぐに分かるはずだ。

「ただ交換するだけではございません。皇国の東方中央部は、我が軍の侵攻を防いだ堅牢な地。それを手に入れる事が出来れば、その先の皇国侵攻に大きな意味を持ちます」

「北部から侵攻すれば良い」

「新領地の先には東方伯家の防衛線がございます。それも我が軍の侵攻を防いだ堅牢な地。北部を持っていても、皇国への侵攻は容易ではございません。しかし、中央部は、こちらにとって、守るに固く、攻めるに容易な場所となるでしょう」

「それは……、いや、騙されているのだ。そんなうまい話に乗れるか」

 ニコライ王太子は、まだカムイ憎しの感情に捕らわれている。

「共和国にとっても利があります。共和国と独立した諸国は同盟関係にあります。しかし、今は、間に東方伯家領があって分断されております。軍事的には北部に固まる事は理にかなっております」

「……しかし、出来るのか? 小国とはいえ、国の場所を変えるなど」

 さすがに、この説明を否定する事は、ニコライ王太子も出来ない。出来るのは、実現性に疑念を挟むくらいだ。

「出来るのでしょう。それだけの影響力を共和国は東方諸国に対して持っているという事です」

「いや、しかし……」

 だが、それも呆気なく臣下に返される。国の大事に個人の感情を絡ませるニコライ王太子が悪いのだ。ここは、それに惑わされない臣下を持っている事を、喜ぶべきだ。

「王国の利を考えるのであれば、十分に検討する価値のある提案でございます。一国の王となられる王太子殿下に置きましては、何卒、私情を除き、王国にとって何が良いかをお考えください」

「俺は私情などに捕らわれていない」

「それであれば結構でございます。すぐに結論を出す必要はないでしょう。皇国の話を聞いた上で、ご判断頂ければと思います」

「……うむ」

 この件に関して、反対の意地を示す事は、私情に走っていると捉えられる事になる。ニコライ王太子は、まんまと、臣下に釘を刺される事になった。

◇◇◇

 イグナーツが使者として、ニコライ王太子との謁見を行っていた頃、カムイは王国のヴァシリーの案内で、国王の部屋に向かっていた。

「こちらでございます。陛下、カムイ様をご案内致しました」

「おお、入れ」

 国王の返事を受けて、ヴァシリーはカムイをいざなって部屋の中に案内する。部屋の中では、ベッドに横たわるアレクサンド二世王が一人、待ち構えていた。

「お久しぶりです。カムイ・クロイツ参りました」

「おお、確かに久しぶりだな。元気そうで何よりだ」

 どう挨拶すれば良いか悩んだカムイだが、結局は、私人のような対応を選んだ。それに、普通にルースア国王も応えてくる。

「お蔭様を持ちまして。陛下も思ったよりお元気そうで安心致しました」

「ふむ。ヴァシリーが大げさに告げたか。何、少し戦陣の疲れが出ただけだ。休養しておれば、すぐに良くなる」

「はい。そう願っております」

「それで、今回は何の用だ?」

「それは……」

 思わぬ質問にカムイの視線がヴァシリーに向く。呼ばれたのは自分の方だ。用と言われても、何と答えるべきなのかカムイには分からない。

「カムイ様は先日、妃を迎えられました。そのご報告にと」

 ヴァシリーがとっさに考えた理由はこれだった。

「おお。そうか。妃をな。それはめでたい。お前もそんな年になったか」

「はい」

「それで妃というのは?」

「……ヒルデガンドと申します」

 躊躇いながらも、カムイはヒルデガンドの名を告げる。

「ヒルデガンド? それは確か、ニコライの妃になるはずではなかったか?」

 ヒルデガンドを、ルースア国王は分かっているようでもあり、そうでないようでもある。

「ヒルデガンドは俺と同い年でございます。王太子殿下の妃では、少々、年齢に釣りあいが取れません」

 ルースア国王の疑問に、さらりとカムイは答えを返す。

「そうか……。まあ、あの娘であれば、お主の方が似合いだな。あんなじゃじゃ馬では、ニコライは御し切れんだろう」

「ま、まあ」

 少なくとも、戦場での活躍は記憶にあるようだ。

「お前とあの娘の子となると、どんな強者になる事か。楽しみだな」

 本心から楽しみに思っているような表情を見せるルースア国王。少なくとも、カムイにはそう見える。

「子は子でございます。かならずしも武に優れるとは限りません」

「おい、それでは困るであろう?」

 今度は、少し怒った表情だ。父親が生きていれば、こんな感じなのだろうかと、不覚にもカムイが思ってしまう程、自然なやり取りが続く。

「武に劣っているからといって、それで駄目という訳ではございません。他の事で何か取り柄があれば良い。そう思っております」

「ふむ……。まあ、そうだな。だが、鍛える事は怠るでない」

「それはもちろんでございます。まあ、まだ出来てもいない子の話でございます。少々、気が早いかと」

「それもそうか」

「はい」

「そう言えば国を建てたのだったな」

「……はい」

 肯定を躊躇ったカムイだったが、この問いがルースア国王の口から出てきた意味を考えて、素直に答える事にした。

「何故だ? ニコライでは仕えるには足りんか?」

「王太子殿下の器量云々ではなく、目指すものが異なるのではないかと」

「何が違う?」

「俺の国には、人族だけではなく、魔族もおります。王太子殿下は魔族を国民としてお認めにならないでしょう」

 魔族の事も、素直にカムイは話す事にした。共和国の件で、嘘をついても仕方ないと考えての事だ。

「……それは仕方がない事ではないのか?」

「何故でしょう?」

「ん?」

「魔族が王国に牙を剥いた事がありましたでしょうか? もちろん、長い歴史の中で、魔族との争いがあった事は知っております。しかし、それは、王国が仕掛けた事か、魔族からであっても、魔族全体ではなく一部の魔族が行った事。人族の誰かが、荒事を起こしたのと変わりありません」

「なるほど……」

 カムイの言葉を、真剣な表情でルースア国王は考えている。そんな素振りを見て、カムイはもっと魔族の事を話そうと思った。

「魔族は種族全体としては、人族との争いを求めておりません。戦いを求めるのは、常に人族の側です」

「だから魔族を統べて国を建てたと。人族に対抗する力を持つ為に」

「それも少し違います」

「違う?」

「俺の国には、人族もおります」

「そうか……。では、お主の国は何の為にある?」

「この世界に住む全ての人々が安寧に暮らせる地を作る為に」

 ルースア国王の問いに、まっすぐにカムイは答えを返した。共和国の理念をそのまま、語っただけだ。

「……全ての人々か」

「はい。全ての、人々です」

 全てを強調するのは、魔族の為だけではないと、はっきりと示す為だ。

「夢物語に思えるが?」

「そうかもしれません。しかし、いつか誰かがやらなければいけない事です」

 それをしなければ、魔族は滅びてしまう。魔族だけではなく、エルフ族も同じ運命を辿る事になるに違いない。

「それをお前がやると?」

「少なくとも、その第一歩は記したいと思っています。どこまで出来るかは、分かりません。しかし、俺で届かなければ、次の誰かがそれを行うでしょう。その為の一歩です」

「……この大陸全てを治める必要がある」

「それが必要であれば、それを目指します」

 それを不可能であると諦めるくらいなら、カムイは初めから何もしていない。その先に光があると信じているからこそ、戦争を引き起こす事も厭わないでいられるのだ。

「そんな事が出来るのか?」

「それを陛下がお聞きになるのは少しおかしいかと」

「どういう事だ?」

「陛下はそれを目指しているはずです。出来るか出来ないかは別にして陛下が目指している事を、俺が目指してはいけないという理由はありません」

 アレクサンドロス二世王も大陸全てを治めようとしている。大陸の覇者とはそういう存在だ。

「……そうだな」

「陛下は何の為に、大陸の覇権を求めたのですか?」

「それは」

「ただ覇者として称えられるだけではないと俺は思っています」

「……ああ、もちろんだ」

「代々のルースア国王、そして皇国の皇帝たちの中にも、志を持って、覇権を望んだ人は居たと俺は思います。正直言って、俺は誰がそれをしても良いのです。ただ、今の時代には」

 カムイにしてみれば、大陸制覇など、辛く面倒な事でしかない。変わってくれる人が居れば、変わって欲しいは、本心だ。

「他にいないと」

「少なくとも今の皇国はそれを忘れております。そして王太子殿下は、それを思ってもいない。そう考えています」

「儂はどうだと思っているのだ?」

「陛下がそれをするとして、陛下一代でそれが出来ますか?」

「……出来んな」

「では、陛下の後を継ぐ方は誰かいますか? いるのであれば、その方の名を教えてください。もし、その方がそれに相応しいと思えば、俺は、いつでもその方を支える側に回りましょう」

「それはルースア王国の後継ぎという意味ではないな」

「大陸の覇者として、大陸に平和を、全ての人々に平穏をもたらそうという意志を持つ方です」

 一国の為でも、人族の為だけでもなく、大陸の平穏を目指す人物。このような人物が、カムイの他に居るはずがない。

「……アレクセイが生きていたらどうだったと思う?」

 アレクサンドロス二世王の口からも、生者の名前は出て来なかった。

「それは分かりません。ただ母から聞いた為人を考えると、真実を知れば、俺と同じ事をしたかもしれません」

「そうか。お前はアレクセイが出来なかった事をしているのか」

「あくまでも可能性です」

 実際にアレクセイ前王太子が、どのような人柄かは、カムイには分からない。ただ、自分の母を救ってくれたアレクセイ前王太子は、優れた人であって欲しいという思いがあるだけだ。

「そうだな……。良い話が聞けた。いつまでも話をしていたい気もするが、少し疲れたな」

「これは、気付かずに。俺は、これで失礼します」

「ああ、ちょっと待て」

 部屋を出て行こうとするカムイを、アレクサンドロス二世王が呼び止めた。

「まだ何か?」

「その剣を持って行け」

 アレクサンドロス二世王が、指し示す先には、カムイが見慣れた剣があった。

「……それは、亡き」

「お前の父の剣だ。息子であり、後を継ぐ者として、お前が持っているべきであろう」

「しかし」

「良いから持って行け」

「……はい」

 ベッドの横に置かれていた剣。それはカムイが以前に返したアレクセイ王太子殿下の形見の剣だ。それを手に取ると、カムイは軽く一礼して、部屋を出た。

「ありがとうございます」

 部屋に出るなり、ヴァシリーがカムイに礼を告げてくる。それに対して、カムイは軽く驚きの表情を向けた。

「知らなかったのか?」

「何をですか?」

「騙されたと思ったけど、なるほど、陛下は臣下も騙していたのか」

「そんな……」

 つまり、カムイを孫と思い込んでいるのは嘘という事だ。これは、ヴァシリーも知らない事だった。

「どういうつもりかな? 剣まで貰ってしまった……。まあ、良いか。じゃあ、俺はこれで失礼する。すぐに城を出るから、驚かない様に」

「えっ?」

 これで失礼すると言われても、ここは国王の寝所の前だ。城の出口までは、かなり離れている。

「いや、襲われたくないから。そうなったら、お互いに引っ込みつかないだろ?」

「確かにそうですが」

「だから、ここで良い。王太子あたりに文句を言われたら、撒かれたとでも言っておいて」

「いや、えっ?」

 あっという間に、その場から消え去って行くカムイ。これでは実際に蒔かれたと同じだ。
 後を追う事を諦めて、ヴァシリーはそのまま国王の部屋に戻った。

「陛下……」

「早いな」

「撒かれました。襲われては、お互いに引っ込みを付かないだろうと言われまして」

「ふっ、慎重な事だ」

「騙されたとも」

「……なるほど、見抜かれていたか」

「どうしてこの様な事を?」

「ニコライでは太刀打ち出来ん。先々の事を考えれば、卑怯と言われようと、あれは殺しておいた方が良いと思ったのだが」

 カムイを殺すには、一人きりにした上で、油断させる必要がある。この状況を作る為に、考えて考えて、思いついた策だ。

「それを成されませんでした。何故ですか?」

「ただのルースア国王の儂であれば、それが出来たのだが、覇者の儂ではそうはいかん。あれの言うとおりだ。覇者である儂の使命は、大陸に住まう全ての人々の平穏を考える事だ」

「本気でカムイ・クロイツを後継ぎと考えておいでですか?」

「いや、そうはならん。あれは儂の後を継ぐ訳ではなく、あれ独自で覇者の道を進むのだ。儂がしたのは、その道を塞がなかっただけだ」

 塞がなければ、カムイは大陸を統べる。アレクサンドロス二世王は、こう考えたのだ。一方で、自分の息子では、大陸の戦乱は治まらないとも。

「しかし、それでは王国に害をもたらす存在になります」

「それはニコライがどうにかする事だな」

 アレクサンドロス二世王は、ルースア国王である事を、すでに止めてしまっている。

「そんな?」

「あれは本当に儂の孫ではないのか? どうも儂はあれに甘い。それを自覚しているのに、あれと話すと、その言葉に妙に納得してしまう。困ったものだ」

「陛下?」

 正気で言っているのか、それとも、やはり病んでの事なのか。ヴァシリーのこの疑問への答えは得られなかった。

「後はニコライに任す。儂では、あれに甘すぎて、王国の為にならんからな」

「陛下、その様な事を仰られては。王国にはまだ陛下のお力が必要でございます」

「体調が悪いのは嘘ではないのだ。今、ここで儂が、中途半端に王国を引っ張ってはニコライに悪い。ニコライにはニコライの考えがあるだろう。それを推し進めるには、少しでも早く動き出す必要がある。そうでなくては、気が付いた時には……」

 カムイの足元にひれ伏す事になる。一方では、これを哀れに思い、ニコライ王太子に、機会を与えようという気持ちもある。これは、国王ではなく、父親としての思いだ。

「私は、カムイ・クロイツの道を塞ぐ側に回ります」

「当然だ。お前は王国の臣だからな。だが、一つだけ儂の言う事を聞いてくれ」

「何でしょうか?」

「もし、あれが一代でそれを為すような事になった時、それに王国が抗う事が、無駄であると思えた時は、民の事を考えてやってくれ。無駄に足掻いて、民を苦しめない様にしてやってくれ」

「それは……」

「儂も忘れておったのだ。何の為に、王国を大陸の覇者にしようと考えていたのか。それは戦のない世の中を作る為だった。さっき、それを思い出した」

 そして、又、アレクサンドロス二世王の思考は、覇者のそれになる。意識が混沌としているのは、やはり真実であるのかもしれないが、すでにもう、どうでも良い事だ。

「……分かりました。あくまでも、万一そのような事態になった場合は、それを考えます」

「それで良い。さて、さすがに疲れた。少し休む」

「……はい」

 ルースア国王の後継者は、この日に正式に決まったといって良い。この日以降、王国はその体制を一気にニコライ王太子を中心としたものに変えていく事になる。
 そして、もう一人の、これは候補ではあるが、後継者と認められた者がいる。覇者としてのアレクサンドロス二世の、そしてこれまで大陸の覇者を夢見た何人もの王や皇帝の後継者だ。
 この事実を知る者はアレクサンドロス二世本人と、ヴァシリーのみ。そして、この事実を他の者が知る事は永遠になかった。
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