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魔王の器 作者:月野文人

第三章 皇国動乱編

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共和国の誤算

 共和国の多くの重臣たちが、又、ノルトヴァッヘに移ってきていた。賓客を迎える為だ。
 檀上に置かれた玉座に座るヒルデガンドの前で、優雅におじぎをしているのは、ルースア王国のユリアナ第二王女だ。

「ユリアナ王女殿下、遠路はるばる、ようこそアーテンクロイツ共和国へ。道中問題はありませんでしたか?」

「ええ。初めての遠出で少し疲れましたが、目に入るもの、どれも目新しく、楽しく過ごせました」

 挨拶の言葉を交わすヒルデガンド。ユリアナ王女の気持ちを、共和国に向けさせる為に、とにかく友好的な態度を崩さないように気を付けている。

「それは良かったです。お疲れでしょうから、今日の所は、ゆっくりとお休みください。お話は明日以降に致しましょう」

「お気遣いありがとうございます。でも……」

 不意にユリアナ王女が、落ち着きを失くして、周囲をキョロキョロと眺め始めた。

「何かございましたか?」

「カムイ王はどちらに? 是非、ご挨拶させて頂きたいのですけど」

 周囲を眺めていたのは、カムイを探していたのだ。だが、このユリアナ王女の願いが叶えられる事はない。

「王は既に貴国に向って発ちました」

「えっ!?」

「ユリアナ王女殿下のご到着を待っていては、行き来するのに、余計な時が掛かってしまいます。それだけユリアナ王女殿下のご帰国も遅れる事になりますので」

「……何だ。カムイ様はいないの」

「えっ?」

 ユリアナ王女は急に言葉遣いも態度も変えてしまう。どちらが素となると、変わった後と考えるのが普通だ。

「もう、わざわざこんな所に来た意味ないじゃない。こんな事なら、お城で待っていれば良かったわ」

「あの、王女殿下?」

 いきなりのユリアナ王女の豹変にヒルデガンドの戸惑いは治まらない。それは周りの者も同じだ。多くの者が驚きで固まってしまっている。

「何か凄い変わり様だな」

 こんな時でもテレーザだけは動揺がない。隣のランクに小さな声で話掛けた。本人は気を遣っているつもりだが、静まった広間の中では、全員に聞こえている。

「俺に話しかけるな」

「だって」

「お前と同じだ」

「そっか。猫をかぶるってやつだな」

「……頼むから黙ってくれ」

「あっ、ごめん」

 二人は近衛としてヒルデガンドの側に立っている。当然、その会話がユリアナ王女に聞こえないはずがない。

「ちょっと貴方たち、無礼ではなくて?」

「あっ、悪い」

「何、その謝り方? もう少しちゃんと謝りなさいよ」

「えっと、ごめんなさい」

 ちゃんと謝っているつもりのテレーザだった。

「……ヒルデガンド王妃、もう少し臣下の教育はきちんとなされたほうが良いですわね?」

「大変失礼致しました。後々、よく申し聞かせておきます」

 これが、ちゃんとした謝罪の言葉だ。

「お願いします。さて、カムイ様がいないとなると、とっとと休みたいわ。お部屋に案内して頂けるかしら?」

「ええ。ではマティアス」

「……はっ」

 たださえ気が重い任務であるのに、相手がこの調子である。マティアスは、鈍りのように重く感じる足を、何とか運んで、ユリアナ王女の前に立った。

「ユリアナ王女殿下、滞在中はこのマティアスが色々と取り計らいます。何なりとお申し付けください」

「身分は?」

「……右丞相を努めております。内政部門の長と理解して頂ければよろしいかと」

「そう。……良い男だけど、文官なのね。王国では男は強くなくてはならないの」

「ご期待に沿えずに申し訳ございません」

 好ましくないのは態度だけでなく、偏見もあるようだ。しかも、見る目もない。マティアスは、並の王国騎士では相手にならないくらいに強いのだが、それが分かっていない。

「近衛騎士はいないのかしら?」

「あっ、私!」

「貴女は結構よ! ……隣の男は?」

「近衛騎士将軍のランクです」

「そう。好みじゃないけど、その男で良いわ。私は側に置くのは強くて忠誠心溢れる者が良いの」

「それをお望みでしたら。ではランク」

「……無理です」

 ホッとした様子のマティアスとは対照的に、ランクの顔は真っ青だ。

「ランク!」

「はっ!」

「ユリアナ王女をお部屋までご案内して。それと滞在中のお世話を」

「……はっ。では、こちらへ」

 ヒルデガンドには逆らえない。ランクは、ユリアナ王女を先導して大広間を出て行った。その背中が、いつになく小さく見える。
 そして本音を口にするのは、いつも通り、テレーザの役目。

「あれ、絶対無理だと思うな」

「テレーザさん、声が大きいですよ」

「あっ、すみません。でも、あれは」

「そうですね。困りましたね。あれでは、とても共和国を理解して頂けませんね」

 魔族と向き合った時に、ユリアナ王女が、どんな反応を見せるかは、すでに想像がついてしまう。

「対極です。真っ先に聞くのが身分では……」

「あっ、マティアス。もう他人事だ」

「テレーザさん、自分には、その様な思いはありません」

 テレーザの指摘に穏やかな笑みを浮かべて、マティアスは答えた。人は図星をさされた時に、内心を誤魔化そうと、必要以上に畏まる時がある。今のマティアウスがそうだ。

「冷たい友達を持って、ランク、可哀想に」

 だが、テレーザには、内心の誤魔化しは通用しない。

「とにかく! 悪化させない事だけを気を付けましょう。あとは、王とアルトさんに報告を。王女の為人をきちんと伝えてください」

「はっ」

◇◇◇

 大広間でそんな会話がされている時、ランクはユリアナ王女の為に用意された部屋を案内していた。

「こちらになります」

「……狭い」

 第一声が文句だ。これを聞いて、ランクは、必要以上に気を遣うのは止める事にした。どうせ相手が気に入る事はないと考えたのだ。

「申し訳ないが、この部屋しかない。国都ではないこの街の館では、これでも広い部屋だ」

「どうして国都に連れて行ってくれないのかしら?」

「国都はここから更に奥にある。移動の時間が無駄で」

「そんなの関係ないわ」

「長く滞在するわけにいかないのでは?」

「そんな事ないわ。それより、貴方、その口調、もう少し何とかならないの?」

「自分はこういう事は不慣れで」

 これは言い訳、ランクだって元は皇国貴族の子弟だ。それなりの礼儀作法は身につけている。ただ剣士として生きると決めて、剣と忠誠心以外の全てを捨てただけだ。

「……まあ、私が指名したのだから、文句は言えないけど」

「では、ゆっくりとお休みを」

「ねえ、私の配下の者たちは?」

「ああ、そうだ。別の部屋に居る。案内したほうが良いのかな?」

「良い。うるさい奴らとは顔を合わせたくないの。だから、私の部屋を教えないで」

 部下に対しても、文句だ。ランクは、内心で大きくため息をついた。

「そういう訳には。そんな事をすれば変に疑いを持たれる」

「どうせ人質じゃない。今更よ」

「親善大使」

「建前はね。ああ、退屈な滞在になりそうだわ。まさかカムイ様がいないなんて」

「……では自分はこれで」

 ユリアナ王女がぼやいている隙にと、ランクは、この場を離れようとしたのだが。

「ちょっと! それじゃあ、益々、退屈じゃない?」

「自分は話し相手になれる、あれではなく」

「あれって何よ?」

「不器用なので」

「そう。ねえ、貴方って……、貴方だけじゃないか。良いわ。ご苦労様」

 何かを言いかけたユリアナ王女だが、はっきりと口にする事なく話を終わらせた。

「失礼します」

 それを気にする事なく、ランクはそそくさと部屋を出る。ユリアナ王女との時間が苦痛なのだ。

「あれは無理だ。……よし、鍛錬で汗を流して気を晴らすか」

 こんな事を口にするのだが、別にこんな出来事がなくても鍛錬しかないランクだった。

◇◇◇

 ランクの朝は早い。日が昇る前には起きだして、鍛錬を始めるのが日課だ。共和国では、朝が早いのは普通の事で、日が昇る頃には多くの者がすでに仕事を始めている。
 いつもの様に外に出て、柔軟から始めるランク。巨体に似合わぬ、しなやかな体は、何年も続けてきた成果だ。

「早いのね?」

 誰も邪魔する者がいないはずの日課の最中に、今日は声を掛けてくる者がいた。

「ユリアナ王女殿下……」

 まさかの人物に、ランクの表情が暗くなる。大切な鍛錬の時間を、邪魔されたくないのだ。

「もう、この国っていつもこうなの? 物音が気になって起きてしまったわ」

「まあ。大体、これくらいの時間には」

「そう。さすがというべきかしら?」

 アーテンクロイツ共和国の発展の秘密の一つとユリアナ王女は考えた。だが、聞く相手を間違っている。

「どうだろう? これが当たり前なので」

 これでもう、ユリアナ王女から視線を外すと、ランクは剣を持って素振りを始める。
 初めは、ゆっくりと体の動きを意識しながら。カムイから学院時代に教わった鍛練方法を、ずっとランクは続けているのだ。

「ねえ、それ何してるの?」

「……素振り」

 予想通りの展開ではあるが、それで納得出来るものではない。

「それは分かるわよ。でも、そんなゆっくりじゃあ」

「こうして体の動きを確かめる。無駄な動きがないか」

「それ意味があるの?」

「無駄な動きを省けば、速さも正確さも増す」

「へえ。そうなの。意外と論理的に考えてるのね?」

 意外とは余計ではあるが、一応は褒めている。

「学生時代に王に教わった事」

「そう……。ねえ、カムイ様って強いのよね?」

 王という言葉が出た所で、ユリアナ王女は、カムイについて尋ね始めた。

「強い」

「どれくらい?」

「世界最強」

「簡単に言うわね。そんなの分からないわ」

「分かる。一対一で王に敵うものは、すでに共和国にはいない」

「他の国にはいるかもしれないわ」

 当然、ユリアナ王女の他の国は、ルースア王国の事を言っている。

「魔将に一対一で勝てる者が他国に?」

「……いるかも」

 世間の常識ではそのような人族はいない。常識を知るユリアナ王女の、この言葉は、ただの強がりだ。

「確かに居ないとは断言できない。ただ自分は聞いた事がない」

「私もないわ。もっとも魔将となんて戦った者を聞いたことがないわね」

「王国はそうだろうな」

 ランクは数人知っている。全員が故人であり、その一人が、カムイの養父であるクロイツ子爵だ。

「ねえ、魔族ってどうなの? やっぱり、すごく恐い?」

「……昨日会っているが?」

「えっ? あの中に居たの?」

「いた」

「……気が付かなかったわ」

 ある意味で、ユリアナ王女にはショックだった。魔族は、人とは違う醜い容姿をしているものと、決めつけているのだ。

「そんなものだ。一部の種族を除けば人族と区別はつかない」

「一部って?」

「獣人族は分かり易い」

「ああ、全身毛だらけね」

 これは獣人ではなく、魔獣の一種である人獣の知識だ。確かに紛らわしいが、共和国では、間違って良い事ではない。

「……間違った知識だ。昨日もいた。気が付かなかったのか?」

「全然。……何が違うの?」

「それは色々。部族によっても違う」

 共通しているのは尾があるという事くらい。瞳も割とよくある人族との違いだが、全ての種族がそうという訳ではない。
 獣人族は部族によって特徴は様々で、一つ一つ説明なんて出来ない。

「それじゃあ分からないわ。詳しく教えて」

 ユリアナ王女には、ランクのニュアンスは、伝わらなかった。

「……鍛錬が」

「良いじゃない。貴方、私の世話役でしょ?」

「……体が大きい」

 仕方なく説明を始めるランクだが、今度は素振りの手を休める事なく、話しだした。当然、その言葉は極めて短い。

「ちょっと」

「少し毛深いが、全身ではない」

「……そう」

「ふっ……、髪型などを良くみれば分かる」

「そう」

「ふっ……、逆立っていることが多い」

 剣を振っては短く説明するランク。その態度にユリアナ王女は苛立っているが、ランクは気にする様子もない。

「……ちゃんと説明しなさいよ」

「してる。ふっ……、後は爪」

「この鍛錬馬鹿」

「それは褒め言葉だ。俺は強くなる事に全てを賭けている」

「……どうしてそこまで?」

 ここまで拘りを見せられると、さすがのユリアナ王女も少し気になってきた。

「王の背中を追う為。ヒルデガンド様を守る為」

「そう……」

 これだけの言葉では、ユリアナ王女には、ランクの思いは理解出来ない。

「だが追いつかない。だから鍛錬を続けるしかない」

「それって才能の差かしら?」

「それもある。だが、それだけではない」

「どういう事よ?」

「共和国の朝が早いのは、王がそうだからだ。誰よりも早く起きて、鍛錬や仕事をしている」

「迷惑な話ね、それを臣下にもさせるなんて」

 ユリアナ王女の捉え方は、どこかズレている。ランクの言葉足らずだけでは、説明出来ないズレ方だ。

「いや、ずっと王はそれを隠していた」

「あら?」

「自分は自分。他人は他人。王はそう考える人だ。だが、それに甘えていては、王に付いて行けない。才能が有り、努力を怠らない王には」

「……さすがはカムイ様ね。想像通りだわ」

「想像以上だと思うがな。……さて、申し訳ないが、本当に会話はこれまでにしてもらいたい」

「邪魔ね。ええ、どうぞ。ご勝手に」

 半分、嫌味を込めたユリアナ王女の言葉にも、全く動じる事なく、本格的に鍛錬を始めるランク。
 素振りの勢いは徐々に増して、風切音が辺りに響く。

「……あら、凄いわね?」

「ふっ、はっ、ふっ」

「一国の王女を無視。本当に教育がなってないわ」

 文句を言いながらも、結局、ユリアナ王女はずっとランクの鍛錬を見続けていた。

◇◇◇

 ただひたすらに、自分の体をイジメ続けるランクの鍛錬もようやく一区切りついた。

「やっと終わり?」

 それを見計らって、声を掛けてきたのはユリアナ王女だ。

「……まだ居たのか」

 とっくに部屋に戻ったものだと思っていたランクは、驚きだ。

「それ酷いわね。存在まで忘れていたのかしら?」

「いや、退屈だろうから、いつまでも見ていないだろうと」

 つまり、存在を意識から消し去っていたという事だ。忘れていたと大差はない。

「部屋に戻っても退屈は同じよ」

 幸いにというべきか、ユリアナ王女には、伝わっていない。

「そろそろ食事の時間になる。随員の方の所へ案内する」

「どうしてよ?」

「ヒルデガンド様はご一緒出来ない。王がいない間は政務で忙しい」

「王妃が政務?」

 王国では、王国でなくても、王妃が政務を取るなどあり得ない。政治の世界では、特に女性の地位は低い。

「そうだが?」

 ランクは、ヒルデガンドが政務を見る事を当然と思っている。

「……良いわ。私が言った、どうしては、随員の所に行かなければならない理由よ」

「食事を一緒にされてはと」

「顔を見たくないって、昨日言ったはずよ? 食事は部屋に運ばせて」

「承知した」

「貴方の分もよ」

「はっ?」

 ユリアナ王女の言葉は、ランクの不意を突いた。全く予想外の言葉に、ランクは呆気に取られてしまった。

「食事の時間なら会話してくれるわよね? 食べる邪魔とは言わせないわ」

「……それは、……まあ」

「色々と聞きたいことがあるの」

「自分は政治向きの話は出来ない」

「カムイ様の事は?」

「それであれば、ある程度は。しかし、それも自分ではなく」

「良いから。じゃあ、お願いね」

 これ以上、ランクに反論させる余地を許さないとばかりに、ユリアナ王女は、とっとと自分の部屋に戻っていく。
 仕方なく、ランクは言われた通りに、自分の分も含めて、食事を部屋に運ぶように頼むと、水場で汗を洗い流してから、ユリアナ王女の部屋に向った。

「ねえ、食事が違うわ」

「いや、用意された食事はそれだと思うが」

「そうじゃなくて、貴方と私の食事が違うと言っているの」

 ユリアナ王女の前には、いくつもの皿が並んでいるが、ランクのそれは大きな器に盛られたスープと、パンだけだった。

「ああ。客に出す食事と、自分たちの食事が違うのは当然ではないか?」

「いつも、そんな食事なの?」

「まあ」

「質素ね。貴方、元は皇国の貴族でしょ? そんな食事で平気なの?」

「皇国の城で出される食事とは随分と違うが、もう慣れた。それに、質素に見えるかもしれないが、皇都で食していた物以上に味は良いし、量もある」

「そうなの?」

 ユリアナ王女の目から疑いの色が消えていない。庶民が食べる様な料理が美味しいはずがないと、決めつけているのだ。

「同じスープでも日によって中身が違う。当然、味付けも違うので飽きることはない。それに食するのが簡単だ」

「簡単って。それじゃあ、美味しくならないわ」

「調理の事ではない。簡単に食べられるという事だ。食事をしながら、仕事が出来る。自分はそういう事は滅多にないが、王も文官も、よくそうしている」

「食事の時間まで仕事? それって……」

 まさに庶民の、それも下級な民の食事だ。食事の時間を、ゆったりと楽しむのが、王族や貴族の嗜みなのだ。

「時間が無い時はだ。作る方だって楽だろう。大釜で煮込めば良いのだから。温めるのも簡単で、食事の時間がずれても温かい食事が出来る」

「……何だか余裕がないわね?」

「実際にそうだ。人手が圧倒的に足りないのだからな。こんな話をしている間に食事が冷める。食されたらどうかな?」

「そうね。……ねえ、それ少しもらえない?」

「かまわんが」

 ランクが差し出してきたスープを遠慮無くユリアナ王女は口にする。

「……これ、凄く美味しいわね」

 想像を遥かに超える味に、ユリアナ王女は、素直に感嘆の言葉を口にした。

「そう言った。味付けは、皇国の城内の料理人に負けるものではない。それ以上と言っても良いな」

「そんな料理人が居るの?」

「魔族だ」

「えっ!?」

「……魔族が作ったものは気にいらんか?」

「そんな事ないけど……。魔族が料理を得意だなんて初めて聞いたわ」

 一応は、魔族への嫌悪を隠す程度の気遣いは、ユリアナ王女にも出来るようだ。これを気遣いと言うかは微妙だが。

「魔族の優れた知識は魔導だけではない。料理に関しても、古の知識を有している。それだけではないな。エルフ族の野草の知識も又、人族にはないものだ。それを組み合わせると、今まで味わった事のない、実に複雑な味が出来上がる」

「じゃあ、私に出している料理は何なのよ?」

「王国の味に合わせてあるはずだが?」

「……そうね。慣れた味だわ」

 わずかに悔しさがユリアナ王女の言葉から滲み出ている。食べ比べてしまうと、魔族の料理に自国のそれが劣っていると認めざるを得なかった。

「それも又、客人への心遣いというものだと思うが間違っているか?」

「いえ、間違ってないわ」

「では、食されよ」

「……何だか納得いかないわね。これからは、その魔族の味付けでお願いしたいわね」

「それを望まれるなら、そう伝えておこう」

「そうして。……肝心のカムイ様の話だけど」

 ユリアナ王女は、本題を忘れていない。この為に、ランクと食事を共にしているのだ。

「ああ、そういう約束だったな」

「貴方、皇国学院で同学年だったのよね?」

「よく知っている。調べたのか?」

「ええ、少し。そうは言っても、ほとんど全員が同学年じゃない」

「確かに、そうだな」

 そして、同学年は、アーテンクロイツ共和国に居るだけではない。嘗て、黄金の世代と呼ばれた世代が、皇国の動乱の中核を成している。
 その不思議を改めて、ランクは感じた。

「学生の頃のカムイ様って、どういう方だったのかしら?」

 ユリアナ王女には、そんな感慨はない。普通に学生時代の事を聞いてきた。

「そういう話であれば、やはり自分はあまり知らない。王との接点は剣くらいであったからな」

「詳しいのは?」

「それは、やはりヒルデガンド様であろう?」

「……じゃあ、分かっている範囲で良いわ。学生の頃から強かったのよね?」

 ヒルデガンドに聞く気はユリアナ王女にはないようだ。

「それは王国の王女である貴女であれば、良く知っているのでは?」

 カムイが最初に名を為したのは、王国との剣術対抗戦。その時の事をユリアナ王女が知らないはずがない。

「まあね。でも、その前の話が全く分からないの。対抗戦までは全くの無名だったわよね?」

「それは実力を隠していたからだな」

「それを知りたいの。どうして?」

「皇国に反旗を翻すつもりだったのではないか?」

 これは共和国に居る者たちには、すでに周知の事実だ。王国でもすでに同じ見方をしているのだが、王女という立場では、ここまでの情報は伝わらない。

「……簡単に言うわね」

「今だからだ。当時は、そんな事を思っても見なかった。ただ皇国の中央に残ることが嫌なのだろうと何となく聞いていた」

「どうしてかしら? 当時は皇国の貴族よね? 中央に残るなんて出世じゃない」

 ルースア王国の王女であるユリアナ王女では分からない。ランクも知ったのは、随分後になってからだ。

「別に王だけが特別な訳ではない。辺境領の子弟は、ほぼ全員がそうだった。それも後から知った事だが」

「辺境領主の子弟も出世したくないの?」

「それはそうだ。彼らの望みは故国再興。皇国の貴族として生きる事ではない。実力を隠して、目を付けられないようにしていたのだな。中央に残される事は辺境領主の子弟であれば、まずないが、逆に危険分子として目を付けられる事になる」

「なるほどね。皇国はまんまと騙されていた訳ね」

 皇国の愚かさを知って、嬉しそうなユリアナ王女だが。

「そうでもない」

「えっ?」

 すぐにランクに、自分の考えを否定される事になった。

「長年続いている事だ。皇国だって気が付いている。皇国が気を付けていたのは、その辺境領を纏めない事だ」

「でもカムイ様はそれを実現した。何故、出来たのかしら?」

 ランクの話が事実であれば、皇国がカムイの行動を許すはずがない。カムイが実現出来た理由をユリアナ王女は尋ねた。

「結果としてだと思うが、皇太子位継承争いが理由だ。継承争いの為の活動だと、皇国が見過ごしている中で、堂々とそれは行われたのだ」

「そういう事ね」

「皇国に誤算があったとすれば、王の影響力の強さだな。皇太子位継承争いが無くなっても、辺境領のいくつかは王と歩調を合わせる事を選んだ。王が魔王であると分かった後でさえ」

「そうね」

「そして、皇国は自ら王を皇国の貴族という縛りから解放してしまった。ああ、きっかけを作ったのは、王国であったな」

「……そうね」

 ユリアナ王女は内心の驚きを隠せなくなってきた。剣一辺倒だと思っていたランクが、ここまでの話をしてくるとは思っていなかったのだ。

「こういう事だ。皇国、王国、そして当時の神教会がこぞって王を自由にした。王の存在に苦しんでいるとしても、それは自業自得というものだ」

「そ、そうね……」

「こうも言える。時代が王の出現を望んだのだと」

「…………」

 ランクの言葉にユリアナ王女は一瞬、言葉を失ってしまう。ここまでの台詞がランクの口から出るとは思ってもいなかった。そして、ランクのような男に、これを言わすカムイに対する驚きもある。

「王の事を探って、何をしようとしているのか、自分には分からない。だが、一つだけ言っておこう」

「何よ?」

「王の姿は、人から聞いても見えない。王は見る人によって、その姿を変える。下手な知識は却って、王を見誤る事になるだろう」

「……気をつけるわ。ねえ、貴方って」

「何だ?」

「案外、ちゃんとしてるのね? 誤算だったわ」

「自分であれば、うまく扱えると思ったか? あいにくだが、自分にはその自覚がある。剣のみで王に仕える事に徹しているのには、これもあるのだ。自分から何を聞き出しても、それは王の強さを知るだけ。何の害も我が国には及ぼさん」

「……誤算だったわ」

 優秀な人材を求めていたヒルデガンドが、剣だけの単細胞を側に置くはずがない。がさつに見える所はあったが、ランクは、元々、知性の面でも、ヒルデガンドのお眼鏡にかなう人物だったのだ。
 学院時代をもっと良く調べていれば、こんな事はすぐに分かったはずだ。誤算ではない。ユリアナ王女は、共和国を甘く見ていただけだ。
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