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魔王の器 作者:月野文人

第三章 皇国動乱編

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皇国の誤算

 共和国対策を考える上で、皇国には勘違いしている事が幾つもある。その中でも、最大の誤認は、カムイたちが常に先手を取っているという事だ。実際はそういう事ではない。

「皇国は、こちらとの交渉を進める事を止めて、王国に向く事になった」

「思ったより早い決断だ。悪くはないな」

「他人事のように言うんじゃねえ。こっちにとっては痛いだろ?」

 皇国の動きは、かなり早い段階で共和国に送られている。カムイたちは先手を取っているのではなく、後の先を取っているのだ。

「王国に向かうのは、こちらが先になるな。何か手を打っておくか」

「いっその事、攻めさせるってぇのは? 東は、かなり手応えを感じてきた」

「それはな……」

 アルトの提案に対するカムイの返事ははっきりしない。安易に決断出来ない事情がカムイにはある。それを察して、口を開いたのはヒルデガンドだ。

「カムイ」

「何?」

「もう良いのです」

「何が?」

「惚けないでください。さすがに私も分かりました。少し手詰まり状態になっているのは、私に気を遣っているからですね?」

「えっと……」

 そう言われても、はい、そうです、とは、口に出来るものではない。

「東方伯家の事は気にしないで下さい。東方伯家がどうなろうと、私は気にしません。私はアーテンクロイツの王妃です。この国の方が大切です」

 私よりも、公を大事にするヒルデガンドらしい言葉。だが、この場合は、カムイを慮っての事だ。

「……そうか」

「この国にとって必要な領地は、北方伯領ではなく東方伯領です。そこを自国の領地に出来れば、東部諸国と直接繋がります」

 必ずしもこれは正解ではない。だが、選択肢の一つである事は確かで、それを選択肢から外そうと考えてしまう事に無理がある。

「でも、皇国と王国に挟まれる事になる」

「東部諸国を見捨てる事はないのでしょう? では、もう挟まれています。そもそも東方諸国連合との交渉もその為のもの。挟んでいるつもりの相手を挟み込む為」

「……まあ」

「東方伯家は切り捨ててください。私も、他の者も、すでにその覚悟は出来ています」

「……じゃあ、そういう方向で」

「それで良いのか?」

 あっさりとヒルデガンドの言葉を受け入れたカムイに、今度はアルトが疑問を投げてくる。

「ヒルデガンドたちが良いと言っているなら、それを尊重するべきだろ?」

「……そうだな。王国への働きかけは、実際には必要ねえ。あえて挑発しなくても現国王が死ねば、王国は攻めてくる。ただ現国王の気持ちは繋いでおきてえな。死ぬまでの時間は、こちらには大切だ」

 カムイが納得しているのであれば、アルトも気にする必要はない。東方伯家への配慮は、頭の中から消す事にした。

「東方伯家に攻め入った段階で、王国は参入してこないか?」

「じゃあ、領地の交換でも持ち掛けりゃあ良いんじゃねえか?」

「それ、ラウールたちが怒るだろ?」

「あいつらだって分かってる。今の場所よりは、もっと北に移る方が良いって。まあ、形として説得は必要だろうけどな」

 頭では分かっていても、それを納得出来るかは別だ。そのきっかけは、共和国が作る必要がある。

「奴等が納得しても、領民はどうかな?」

「まあ、そこはな。でも、それを言ったら王国に割譲した場所の領民だってよ」

「領民は、どの国ではなく、どの土地だろ?」

 余程の悪政でない限りは、誰が支配してようと、民衆は気にしない。それよりも、住み慣れた土地で、ずっと暮らせる事の方が大切なはずだ。

「まあ。実際にやる時に出来る限りの事をするしかないか。皇国側はどう押さえる? 西方伯にもう一押ししたいけどな」

「絶対に動かねえって確信はねえな。それも……」

「後回し。西が動かない前提で。北東の方伯家、皇国騎士団か。ちょっと多いな」

 一度に相手をするつもりはないが、長期戦は、カムイたちの望む所ではない。一つ一つを、一気にケリをつけていく。そうやって、地力を増しては、次という段取りが望ましいのだ。

「中央を荒らすか」

「行けるか? 結構な人手がいる」

「流通も含めて」

「……なるほど。じゃあ、行けるか」

「ち、ちょっと、話の展開が早過ぎて分からなくなりました」

 方向性を定めた後は、様々な可能性を考えながら、一気に考えを進めていく。カムイたちにとっては、いつもの事ではあるが、ヒルデガンドたちが、これを目の当たりにするのは、初めてだった。

「東方伯領を奪う。これは分かるよな?」

「もちろんです」

「交渉では難しいとなれば、戦争しかない」

「はい」

「ただ侵略戦争だから、あまり相手の数が多いと困る。制圧した場所を、統制するにも軍は必要だからな」

「そうですね」

 ヒルデガンドたちに分かる様に、順を追って説明を始めるカムイ。

「そこで皇国側の戦争に参加出来る軍を減らす算段が必要になる。ああ、王国が参入しない前提な。外交的に止めるのと、後背を突くの二段構え。これはもう少し検討が必要で、今はそれが出来る前提で話している」

「……はい」

 カムイの説明は、さっきの会話の中には、一言もない。これを必要としない関係が、カムイと、少なくともアルトにはあるという事だ。

「皇国の軍の数を減らすだけど、軍が動くには金や物資が必要。これが無ければ数がいても戦いには出られない」

「そうですね」

「そこで金や物資。この場合は皇国に上がる税を奪う」

「どうやって?」

「盗賊に情報を渡して奪ってもらう」

「……そんな人たちまで」

「言っておくけど、今はもう、ほとんど足を洗っているからな」

「では、今は何を?」

「商人みたいな仕事。物を運ぶ仕事とか」

「ほとんどと言うのは?」

「細かいな。俺も全てを把握している訳じゃない」

 全てが、カムイの部下という訳ではない。ただ単に、協力関係にある組織も多い。それでも危険な仕事を引き受けるのは、安定した仕事を与えてくれるカムイに感謝しているからだ。盗賊のほとんどは、食う為に仕方なく身を落した者たちなのだ。

「ある時から治安が悪化していると聞いていました。国が乱れている時はそんなものかと思っていましたが、カムイたちの差し金だったのですね?」

「だから知らないって。仮に知っている奴等の仕業だとしても、無駄遣いを防いでいるだけだな。皇国なんて変な事ばかりに金を使っている。それが有効に使われる訳だから、正しい行いだ」

「犯罪です」

「今のは冗談。でも、そこも皇国の弱点だからな。攻めない訳にはいかない」

「弱点ですか?」

 盗賊が暴れされる事の何が弱点か、ヒルデガンドには分からない。治安の悪化は、国力を弱めるが、これは結果であって、弱点とは違う。

「組織や規模が大きすぎて、いくらあっても税収が足りない。実際には十分だけど、無駄が多すぎるんだな」

「そうかもしれません」

「ところが、ずっと皇国は豊かな国だから、あっ、庶民は別にして、国としては豊かだから、それが問題として浮上しない。結果、ちょっと資金が厳しくなっても、修正が効かないまま、浪費が続いてしまう。気が付いた時には、手遅れって事」

「……そうですね」

 ヒルデガンドには、思い当たる節が山ほどある。戦争中でも、毎年の恒例だからと、舞踏会が行なわれる様な国なのだ。

「それを王国にも狙われた」

「えっ?」

「王国の草だった宰相によって大商家がいくつも潰された。オットーの実家が潰されたのが最初だな。それ以降、王国の息のかかった商家が皇国で幅を利かせている。彼等が、ちょっと流通を止めれば、皇国は混乱する」

「そんな事が……」

「それを少しずつ、こちらが取り戻している。取り戻しているとは言わないか。皇国に返すつもりはないから、奪っているだな」

「入る税収を滞らせて、物の流れも止めて。確かに皇国は動きが取れなくなりますね?」

「そう。そうやって、兵力の差を埋める」

「でも苦しむのは民衆です」

「それを救うのが護民会だ」

 護民会はカムイに従うわけではない。だが、苦しんでいる民が居れば、それを救うのが護民会だ。その為の金銭的な支援を共和国が行えば、望む通りに護民会は動く事になる。当然、護民会に回る資金は、皇国から奪ったものだ。

「……カムイたちって本当に」

「何?」

「色々と考えていたのですね?」

 知らされて、初めて分かった、いくつもの事実。ヒルデガンドは、恐らくは知らないままの皇国に、同情心が湧いてきてしまう。

「……そうかな? まあ、それは良いとして。次は北から出る場合」

「えっ?」

「東方伯家を残すのも一つの案だから。皇国は王国と結ぶ事を選んだ。皇国と結んだ場合を考える事は不要になったけど、王国と結ぶという選択肢はまだ消えていない。その場合は、東方伯領をそのままで、皇国と王国の接点は残した方が良いだろ?」

「……どうしてですか?」

「皇国への侵攻場所が無くなれば、王国の選択肢はこちらと戦うしかなくなる。わざわざ、そんな状況を作る必要はない」

「確かにそうですね」

 争いの種を残す為に、東方伯家を皇国領のまま放置する。ヒルデガンドを慮っての策ではない。

「だから北。それに南をフライハイトが制圧出来れば。南北で皇国を脅かす事が出来る。距離が離れているからな。皇国の軍を完全に分断出来る」

「……ええ」

「という事で北に出る場合は……」

 こんな感じで、皇国の選択とヒルデガンドの決断が、停滞していたカムイたちの思考を一気に加速させる事になった。

◇◇◇

 カムイたちが方向性を定めて動き出そうとしていた頃。それとは全く別に、動き出していた者達がいた。
 それはカムイたちにとって想定外の事だが、その影響は共和国ではなく皇国に、大きな誤算を生むことになる。

「……まさか、そんな事が?」

 驚愕に声を震わせているのは、東方伯。一緒に話を聞いていた者たちも、一様に驚きの色を見せている。

「皇国の裏切りとはこういう事だ。皇国はその存在意義を失っている。その皇国に忠誠を向ける事は東方伯の祖先である四英雄を裏切る事になると思うが?」

 東方伯の正面で、説明しているのはテーレイズだ。その後ろには、父である先帝もいる。

「しかし、にわかには信じ難い事で」

「父上がもう少し回復されれば、直に説明出来るのだがな」

「じっ、じっ、じっ、事実」

 まだ言葉は拙い先帝だが、それでも、何とか東方伯に伝えようと、声を出す。

「事実であるという、この言葉で信じてもらうしかないな」

「信じます。信じはしますが……、心の整理がつきませぬ」

「それもそうか」

 皇国と魔族との真の関係を知ることは、これまでの価値感を否定される事になる。誰であろうと、簡単に受け入れられる事ではない。

「しかし、それが事実として、何故、私にそれを?」

「今、言った通りだ。皇国はすでに東方伯が忠誠を向けるべき皇国ではない。それを伝えたかっただけだ」

「……それはつまり」

 皇国に背けと、テーレイズは伝えに来たのだと、東方伯は考えた。皇国を離れて、自分に仕えろと。

「いや、この先は東方伯の判断に任せる。だが、不要な忠誠心で判断を誤らなければ良いと思っただけだ。それと我等全員に魔族の血が流れている。そして、皇国の皇族には魔王の血が流れている。魔族だ、魔王だなどという偏見が全く馬鹿げた事である事も伝えたほうが良いと思った」

「そうですか」

 この事実を知る事は、共和国にとって有利に働く。やはり、皇国に背くように働きかけているのと同じだ。

「これを前提に考えるのだな。このまま皇国に従うも良し、独立するも良し、そして別の国に付くも良しだ」

「アーテンクロイツですな?」

 別の国が王国であるはずがない。王国の為に、テーレイズが動く理由などないのだ。

「不公平になるから、これは言っておいたほうが良いな」

「何ですかな?」

「アーテンクロイツ共和国は完全な実力主義だ。どんな高位に就いている者の家族であっても特別扱いはされない。何家の者などいう意識もない」

「なるほど。そうですか」

「そもそも贅沢な暮らしなど出来ない。だが、貧しい暮らしでもないな。少なくとも国都には、酒場もあるし、大浴場もある。食事も悪いものではない。そしていずれも安いか無償だ」

「無償?」

「国都には文武官とその家族しかいないからな。給料の一部なのだろう。他の街は分からないが聞いた限りは生活に困窮するような事はないようだ。贅沢はさせないが、一定の生活は保証するといった所だろう」

 さらりとテーレイズは言っているが、これは事実を、完全に表していない。誰も飢えないなんて国は今、アーテンクロイツ共和国しか存在していない。

「それほどの国力があるのですか……」

 東方伯はさすがに、それを理解している。貧しいどころか、富める国なのだと受け取った。

「あまり情報を漏らすとカムイに悪いな。まあ、言えるのは、アーテンクロイツの領土は嘗てのノルトエンデとは違うという事だ」

「はい」

「話したかった事は以上だ。俺達はこれで引き上げる」

「何と? どこに行かれるつもりですか?」

「友人の所とだけ行っておく。父上と母上がいるとなると、又……。これも余計だな。父上も母上も、もちろん俺も、ここを出たら皇族であった事を捨てる。だから東方伯も俺達の事は忘れろ」

「……分かりました、と言っておきましょう」

「では、これで。父上、母上、行きましょう」

 テーレイズと皇太后の二人が先帝を両脇から支えて席を立つ。見送りを断って、そのまま、三人は部屋を出て行った。残された東方伯家の者たちは、状況を整理するのに、しばし呆然とする事になる。

「父上……」

 最初に声を発したのは、嫡子であるサミュエルだった。

「簡単には判断出来ん。儂らの判断に仕える者達の将来がかかっておるのだ」

「実力主義と言っていました」

「それだけではない。皇国がこのままであるとは思えん。皇国に反旗を翻した後で、皇国が盛り返すような事になれば」

「盛り返すでしょうか?」

「それだけの底力はある」

 ずっと仕えている国だ。そうであって欲しいという願望も少し、東方伯にはある。

「しかし、いつまでも判断を先送りしては」

「それはそうだが」

「共和国はこちらに攻め出てくるかもしれません」

「なっ!?」

 サミュエル相手では珍しく、東方伯は驚きの声をあげる。サミュエルの指摘は、完全に東方伯の想定の外にあった。

「テーレイズ皇子殿下も言っておられたではないですか? 何家の者という意識はないと。そして姉上も、正妃となれば、実家よりも自国を優先させると思います」

「しまったな。儂はどこか甘く考えていたようだ」

 娘であるヒルデガンドが、共和国の王妃であるという事実は、さすがの東方伯にも、判断の甘さを生んでいたようだ。、

「そうなると判断するとかではなく、必然的に皇国に残る事になります。果たして、そんな流れに身を任すような事でよろしいのでしょうか?」

「しかし、難しい。臣下もそうだが、従属貴族家は優遇されないと分かれば従わんだろう」

 これもヒルデガンドが王妃である事の悪影響だ。王妃の一族郎党であれば、共和国のかなりの権力を握るのが当然。こう思わない者は少ない。

「皇国に残るのは簡単です。先の事を考えなければですが」

「……割るか」

 少し考えて東方伯は、ぽつりと呟いた。たった一言だが、その言葉に周りの重臣に動揺が走る。

「東方伯家をですね?」

 冷静なのはサミュエルくらいだ。サミュエルも同じ事を考えていたのだ。

「従属貴族も含めてだ。お前の気持ちはすでに共和国にあるのであろう? では、儂は皇国に気持ちを残す」

「しかし、それでは」

「中途半端と思うか? だが、これは自家の保全とかではない。従う者たちが生き残る道を作る為だ。行き場を失った者たちは勝った方が引き取ってやれば良い」

「……いきなり戦う訳ではないですよね?」

 臣下たちの為。この大義によって、家を割る覚悟は出来ても、殺し合う覚悟までは無理だった。

「当たり前だ。領地の北半分をお前に任せる。南は儂が。お前はそこで賛同する者を固めていけ。それに従わない者は遠慮なく南へ追い出せ。そうやって色分けをしていく。恐らく戦う必要はないだろう。いきなり領地を割るだけだ」

「分かりました。ただ父上」

「何だ?」

「安易に自分の命を諦めないでください。そうすれば、姉上に会えることもあるでしょう」

「その台詞は勝ってから言え」

「そうさせて頂きます」

 東方伯家の方針はこうして決まった。

◇◇◇

 南部でも動き出す者たちがいた。南部にも皇国が知らない真実の一つがある。その張本人であるディーフリートがいる部屋にカルロスが飛び込んできた。

「情報がきた! 皇国が南方伯家を恭順させ、その上で西方伯家を動かそうとしている!」

「まずいね。もう少し時間が欲しい所なのに」

 南部平定にはまだ時間が必要だ。平定を終わらせる時間ではなく、皇国と向かい合う力を持つ為の時間だ。

「しかし止まらないぞ。こちらが勢力を拡げれば拡げるだけ、南方伯が皇国に恭順するのを早める事になる。だが、拡げない訳にはいかない」

「分かっている。それは仕方がないね。問題は西方伯家だ。それを止めたい」

「それだが、動くと思うか?」

 西方伯家の皇国に対する不穏な状況を、カルロスは知っている。カムイたちが、そう仕組んだのだから、当然だ。

「皇国の条件次第だね。南部を切り取り自由なんて言われれば喜んで攻めて来るよ。西方伯はそういう人だ」

 ディーフリートの口調は、他人を評するそれだ。実家との関係は、気持ちの中で完全に断ち切っていた。

「辛口だな」

「よく知っているからね。皇国への忠誠なんて、元々ない。自家の勢力拡大だけを考えている人だ。だからこそ、カムイの策略に乗った。策略と分かっていてね」

「息子が殺されたのを怒ってじゃないのか?」

「そういう振りをしているだけさ。内心は皇国の弱みを握ったと喜んでいると思うよ」

「……それをカムイは知っているのか?」

 これを聞くカルロスには、もう答えは分かっている。又、カムイに一歩先を行かれているという悔しさが、胸に湧いている。

「分かっているだろうね。味方につけるつもりなんてない。邪魔をさせないだけの策略だよ。ああ、それと西方の富の搾取ね」

「そっちは順調なようだ」

「いや、だって、デト商会が隠れ蓑だなんて分からないよ。ほんと、人を騙す時は容赦ないね。西方伯はデト商会を自領に引き込んで、税収とデト商会が持つ流通情報をせしめたつもりだろうけど」

「実際は他の商家を圧迫して商売の機会を減らし、そいつらが困って闇に流れるように仕向ける。闇市場を支配して利益はそこで取っていて、それは西方伯家には見えない。卑怯さにかけては天才だな。あいつらは」

 表と裏。すでにその二つは密接に連携している。流れこむ潤沢な資金。これは裏社会を統べる上では強力な武器だ。
 皇国にはもう一人、皇帝がいる。そんな噂が流れ始める程に裏社会におけるダークの力は圧倒的なものになってきている。

「それだけじゃない。闇市場が多くを吸収した時点で、デト商会は消えると思うよ。西方伯家の税収は激減。それをすぐに補える商会もいない」

「そこまでいったら本当に感心するな。もう二度と勝負はしない」

「あれ? 今はまだ勝負する気があるのかい?」

「南部は南部で独自の道を歩きたい。その気持ちはある」

「そう。じゃあ、頑張らないとだね。その為にも西方伯をどう止めるか」

「一つ案はある」

 カムイにアルトがあるなら、ディーフリートにはカルロスが居る。そう言われる事もカルロスの目標だ。

「どんな案かな?」

「ディーフリート・オッペンハイムは実は生きているという噂を流す」

「おっと」

 カルロスの策は、ディーフリートの意表を突いていた。

「そして、南部の平定を進めている」

「……何か言ってくるよ?」

 カルロスの策の中身が、ディーフリートにも分かった。

「適当に調子を合わせておけば良い。そんな欲深いなら、何もしなくて南部が手に入ると思って、動かないでいてくれるだろ?」

「君も卑劣さにかけては中々だね。でも、面白い。ただ問題は、こちらが手の平を返した途端に怒り狂って攻めてくる可能性がある」

「それはカムイに任せよう」

 一切考える事無く、あっさりとそう告げるカルロスに、ディーフリートは呆れてしまう。

「そんな尻拭いみたいな事をさせたら、又、怒らすよ?」

「平気だ。フライハイトも面白いって言っただろ? カムイは自分が嵌められても、その策が面白いと思えば本気で怒らない」

「よくまあ、そこまで」

 カルロスと話していると、ディーフリートの知らないカムイが時々、見えてくる。それが少しディーフリートには悔しかったりするのだ。

「あいつは本気で怒らせると怖いからな。どこまで平気か、学院時代に散々研究した」

「普通は恐いと触らないよね?」

 それが出来るカルロスは、やはり只者じゃない。

「それをしたから、カムイの信用を得られたのだ。俺だけじゃない。ラウールだって、トリスタンだって、結構、カムイに挑戦していた」

 誰もが、学院時代から一癖も二癖もある者たちだ。カルロスの言うとおり、それくらいでないと、カムイは本当の意味で認める事はしない。本気を見る、それは、カムイが人を認める時の条件の一つだ。

「……僕はそれが足りなかったのか。ちなみに、何をしたか聞いても?」

「やってたのはくだらない事だ。弱点は女だと思って、女生徒をけしかけた事があったな。しつこそうな女だったから、カムイは扱いに困るだろうと思って」

「凄い事を考えるね。結果は?」

 確かに面白いと思える策だ。女たらしでありながら、鈍感なカムイがどう反応したかは、ディーフリートもすごく興味がある。

「……次の日、彼女とデートをしていたら、その場にその女が現れて」

「それで?」

「そんなに自分の事を思っていてくれたなんて。私嬉しいって、俺に言ってきた」

「……どうしてそうなるのかな?」

 どうやら、結末も、興味深いもので終わったようだ。

「俺が本当はその女が好きなのに、自分の気持ちを殺して、カムイとの仲を取り持とうした事になっていた」

「それで?」

「それを聞いた彼女は激怒して、それっきり。その後も、ずっとその女に付きまとわれて、その後の俺の学院生活は女っ気なし」

「……それは大変だったね」

 見事に策を嵌め返されたカルロスに、同情したディーフリートだったが。

「甘いな。この程度でカムイの反撃が治まる訳がない」

「というと?」

「その女生徒が、俺の妻だ。領地まで押しかけてきて、結局、押し切られた」

「……完敗だね」

 縁結びに対するカムイたちの執念を感じたディーフリートだった。

「そういう事だ。まあ、なんだかんだで、結婚してみると尽くしてくれる良い妻だから文句はないけどな」

「カムイは縁結びが趣味だからね。相性とか女性を見る目は確かだ」

「今もそう思っているのか?」

 意味ありげな笑みを浮かべてカルロスが問いかけている。それでディーフリートは、カルロスが何を言いたいのか分かった。

「……そういう事だと思う」

「セレネは何て言っている?」

「怒っていたね。でも、それよりも驚きの方が大きいみたいで。セレもカムイとテレーザの関係は良く知っていたからね」

 テレーザがカムイの側室になった。この情報は、二人を良く知る者たちに、衝撃を与えていた。

「あれがカムイの側室な。そして、その隣に正妃のヒルデガンドだ。俺には、笑い話にしか思えないな」

「まあね。でも、テレーザも、何かを持っていたという事さ」

「許すのか?」

「結果として、僕はテレーザのおかげで自由になれて、ここに居る事が出来る、とも言える。許さないとは言えないよね?」

「そうか。そういう考えも出来る訳だ。怖いな。カムイに関わると、想像出来ない人生を送る事になる」

 少し遠い目をしてしみじみとカルロスは、この言葉を口にした。カルロスも同じ。皇国学院に入学して、カムイと出会うまでは、自分の人生がこんな事になるなんて想像出来ていなかった。

「誰だったかな、ルッツだったかな? こんな事を言っていたよ」

「何を?」

「カムイには人の人生を変える力があるってさ。僕の人生も変わって、テレーザの人生も変わった。そういう事さ」

「……そうだな」

 ディーフリートは、この日以降、フライハイトの名を捨て、元の名に戻す事になった。自ら決断したディーフリートだが、これさえもカムイの仕業に思えてしまう。
 ディーフリートが、背負ったものへの責任を考えれば、自由などと名乗っている場合ではないのだ。
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