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魔王の器 作者:月野文人

第三章 皇国動乱編

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アーテンクロイツ共和国の意味

 マリーが皇国への一手を打っている頃、共和国では国都での重要会議が開かれていた。この場には共和国の国政に携わる全ての者が集まっている。

「さて、新組織案には目を通してくれてるか?」

 そう言ってアルトは大広間に集まった全員に視線を向けていく。唯一、視線を避けたのはテレーザだった。

「……おい、側室」

「あ、はい」

「目を通したか?」

「見た。見たけど聞いたことない言葉ばっかりで」

 事前に見ておけと言われれば、きちんと、それは守る。こういう点では、生真面目なテレーザだが、中身を理解出来るかは別の話だ。

「それもそうか。悪い。そうだな、それも含めて、説明しよう。まず、文官組織は外務と内務の大きく二つに分ける。外務は、外交、戦略、軍務、交易を統括する。その長が俺で、左丞相って役職だ。皇国でいう宰相みたいなもんだ。分かったか?」

「……分かった」

 少し考えてテレーザは返事をした。アルトの説明が分からないという事ではなく、教わった事を忘れないように、頭の中で整理する為の時間だ。

「内務は、国内の事。農政、漁猟政、畜産、工務、税務、治安、各町村長の管理。その長はマティアスで右丞相。これも宰相みたいなもんだ。国外と国内でそれを分けてる」

「りょ、りょうりょうせいとちくさんってのは?」

「魚のほうの漁師と獣のほうの猟師の管理とか。畜産は、馬や牛などを育てる事の管理。これでどうだ?」

「うん、分かった」

「じゃあ、次。外務組織は更に細分化して、戦略室、外交局、軍務局、交易管理局に分ける。戦略室と軍務局、交易管理局の長は俺が兼務、外交局はとりあえずマリー」

「う、うん」

「内務組織は、農政局と漁猟政局をカストロ。カストロはテベスの息子だ」

 アルトの説明はすっかりテレーザに向けてのものになっている。

「よろしくお願いします」

 名を呼ばれたカストロが立ち上がって、テレーザに挨拶する。丁度良い機会だと考えたのだ。

「こちらこそ、よろしく」

 その挨拶にテレーザも応えた。

「畜産管理局をエミュール、工務局と税務局をテベスで、治安局はマティアスが兼務」

「エミュールです。初めまして」

「初めまして」

「テベスでございます。よろしくお願いいたします」

「よろしくお願いします」

 カストロと同じように、エミュールとテベスも挨拶を交わす。実際に良い機会だ。これだけの人間が一堂に会するなど滅多にないのだから。

「文官はこんな感じだ」

「兼務が多いな」

「人手不足だからな。適任者が見つかったら、徐々にその人に任せていく」

「そっか」

「さて、次が軍。内戦と外戦で別れる。内戦軍は、治安局の管轄で、各町村の護衛隊、国内全体の治安維持軍がある。護衛隊長は、いちいち説明していられねえ。各町村に居る。治安維持軍は、マティアスが軍団長で、各方面軍に軍長を置く。軍長もこの場にいねえから紹介は省略。ここまでは?」

「軍は分かり易い」

 分かり易いというより、テレーザにとって、興味があるかないかの違いが大きい。テレーザに限らず、そういうものだ。

「そうか。次は外戦だな。大きく五軍に分かれる。先軍将がルッツ。中軍将がライアン師匠。後軍将がヴァドエル。ヴェドエルは元神教騎士団第一師団長だ」

「アルノルド・ヴァドエルです。お見知り置きを」

「はい。こちらこそ」

「左軍将がイグナーツ、右軍将がマリア。これは魔道士軍だ。こんな感じ」

「……ランクの名がない」

「これ以外に王もしくは王妃の直轄軍がある。ランクは直轄軍の将軍。まあ、本人は軍を率いる気はないみたいだけど」

「俺は一剣士である事で手一杯だ」

 全てを捨てて、ただ剣のみに生きる。ランクはそれを今も変えていない。目指す所は、未だ遠いのだ。

「という事だ。近衛もこの直轄軍の一部だ。言っておくが共和国の最精鋭軍だからな。ちゃんと鍛えておけよ」

「……お、おお」

「びびるな。外に出せると判断されない限りは居残りだから、戦争で死ぬ事はない」

「いや、頑張る」

「そうか。細かい所はまだまだあるが、そこまで覚える必要はねえ。ここにいる者だけを覚えておけば困る事はねえから」

「……悪い。私のせいで面倒な説明を」

「いや、実際にはルッツあたりも分かってねえよ」

「ゲッ。ばれてた」

 アルトに名を出されたルッツの反応は、実に素直なものだった。とぼけても、すぐに追いつめられて白状する事になるのが分かっているからだ。

「そういう事だ。さっきテレーザが指摘した通り、人手が足りねえ。実際に各長の下で働く者はもっとな。人材確保は共和国の大きな課題のひとつだ」

 この場に居る者を見ると、人材の宝庫のように見えるが、その能力は軍事に傾いている。文官の数が、圧倒的に足りていないのだ。

「どうするんだ?」

「国内からの登用と、外部への勧誘。両方を進めてる。ただ外部が難しくてな。信頼出来て、優秀でとなると中々見つからねえ」

「辺境領は?」

「辺境領も人手不足だ。そうだな、そっちの話に移ろうか。まずは南部、戦争の終結にはまだまだ時間が掛かる」

 次にアルトは、辺境領の話に移る。これもテレーザには、初めて聞くような話ばかりになる。

「えっと?」

「ああ、そうか。事情が分かってねえな。南方は、南部辺境独立派と、南方伯、南部辺境恭順派連合の戦いだ。当然、俺達が支援しているのは独立派」

「苦戦してるのか?」

「いや、慎重に事を進めているといった方が正しい。勢力を一歩拡げたら、そこを確実に固める。それが出来たら又、一歩。こりゃあ、フライハイトの性格だな」

「フライハイト……」

 又、テレーザが初めて聞く名が出来てきた。知らないのは名だけだが。

「ああ、ディーフリートだ」

「ええっ!?」

 テレーザにとって、まさかの名前。何とも気まずい事実が、ここで明らかになった。

「ディーフリートは生きてる。こちらで助けた」

「……それは良かった、かな?」

「今となってはな。そっか、テレーザ、お前、その分の罰は受けておいた方が良いぞ」

「やっぱり……」

「会う事はあるか分からないが怒り狂う女がいる。やべえ、忘れてたぞ。カムイ、どうする?」

 怒った時のセレネの面倒臭さは、アルトもよく知っている。共和国の左丞相としても、個人としても、正直関わり合いたくない。

「相殺で。ディーを殺そうとしたのも、助けたのもこっち」

 カムイの方は、あっさりと相殺と言い切った。面倒ではあるが、最後は必ず納得してくれるという安心感が、カムイにはある。

「……納得するか?」

「してもらう。セレが文句を言っても、ディーは納得するさ」

「まあ、そうだな。じゃあ、罰は?」

「……半年以内に馬鹿に勝つこと」

 少し考えて、カムイはテレーザに与える罰を告げた。意外に難しい罰に、アルトは少し驚いている。

「……あの馬鹿、それなりに強えけど?」

「だから罰。それが出来ない時はもっと重い罰を与える」

「えっと、それって何?」

 それを受けるテレーザは、馬鹿が誰か分からない。

「勇者の息子の馬鹿がいる。ティアナの兄だ。それに勝て」

「強いのか?」

「勇者の息子は伊達じゃない。でも、そうだな。この中では、馬鹿が勝てるのは、それこそテレーザくらいだ」

 あくまでも武官に限定しての話だ。しかも、ヴェドエルはかなり怪しい。ラルフの方が強いはずだ。
 下が居ると思わせない方が、テレーザは頑張れると思っての言葉だった。

「そっか。頑張る」

「軽く言うな。そうは言っても、それなりに強い」

「でも頑張る。カムイが命じた事だから」

「そ、そう」

 思いを向けた先には、テレーザはどこまでも真っ直ぐだ。一方で向けられる方は、その真っ直ぐさに照れてしまう。

「……いちゃつくな。会議の場だぞ」

「いちゃついてない」

 慌てて、顔を引き締めるカムイ。意識しているのはヒルデガンドの視線だ。

「どうだかね。さて、続ける。南方はそういう訳で余裕はない。そして東方はこれまた復興の真っ最中。人手はいくらあっても足りねえ。逆にこちらから人を少し出してるくらいだ」

「じゃあ、駄目か」

「テレーザはこの国が何事もうまく行っていると思っていたか?」

「まあ。皇国から見れば良い様にやられてたから」

「今まではな。でも、今はちょっと停滞中。それを何とか打開して、乗り切らなければいけない。建国までが一つの区切りで、この先は又、新しい政戦略が必要って事だ。それをこうやって話し合ってる」

「分かった」

 何気にアルトもテレーザに優しい。意識しての事ではなく、孤児院の孤児たちに勉強を教えている感覚なのだ。

「じゃあ、次。その戦略の一環だ。とりあえず、まだ何も決めて無えから思いつくことは何でも言ってくれ」

「何の話?」

「王国。王国の国王の先が長くないという情報が入った」

「えっ!?」「なっ!?」「それは……」

 王国に約束した通り、アルトはごく一部の者にしかこの事実を伝えていなかった。驚きの声があちこちから漏れる。

「詳細の報告をする。きっかけは王国からの使者の申し入れだ。その内容は、国王の体調が悪く、先が長くない可能性があるという事。それで……」

「ちょっと待った。それを王国の使者が言ったのかい?」

 アルトの説明を遮って、マティアスが問いかけてきた。自国の最高機密と言える内容を、他国に話した事に不自然さを感じたのだ。

「そうだ。普通であれば他国に話すような事じゃねえ。それを話した理由は、これから説明する所だ」

「ああ。すまない」

「国王が亡くなる前に、カムイ王に会ってもらえないかと言ってきた」

「罠では?」

 アルトの説明は、マティアスの疑いを一層、濃くする事になった。

「その可能性が高い。だが、調べた限り、国王の体調が良くねえのは確かだ。また、周辺の、特に王太子の周りの動きも少し慌ただしい。亡くなる事を前提に自分の周りを固めていると言っても良い動きのようだ」

「だからこそ、カムイ王を亡き者にという事ではないのかい?」

「会って欲しいという理由がふるってる」

「それは?」

「王国の王は記憶が混濁しているらしい。その結果、何が起こったかというと、カムイ王を自分の孫だと思い込んでると使者は言ってた」

「はあ!?」「なっ!?」「馬鹿な!?」

 とても信じられる話ではない。あまりの白々しさに、周囲の反応は、驚きよりも、呆れた声の方が多かった。

「亡き王太子と王の母であるソフィア様の関係が、国王の中でおかしくなってる見てえだな」

「死ぬ前に孫に会いたいって?」

「まあ、そういう事だ」

「それでも罠の可能性は否定できないな」

「まあな。そこで、これに対してどうするかを話し合いたい」

「無視じゃないのかい?」

「王国に堂々と行けるなんて機会はねえ。何か得るものがあるなら、考えるべきだと王は言っている」

「……あるのかい?」

 カムイの意向となると、全く否定する事は出来ないのだが、無条件で受け入れるほど、マティアスは愚かではない。

「今の所、具体的な方法は決まってねえ」

「方法という事は?」

「王国を何らかの形で混乱させる機会を作る。目的としては、それしかねえ。それが出来るかだ」

「問題の方が多いな。まずは王を危険にさらす事になる」

 王国の混乱と、カムイの命であれば、カムイの命の方が大切だ。しかも、混乱の種が見つかっていないとなれば、尚更だ。

「それは誰もが分かってる」

「王国との関係が悪化する可能性がある」

「へえ。理由は?」

「試されているみたいで嫌だな」

 アルトの顔に浮かんだ笑みの意味を、マティアスは正確に察してみせた。

「俺ばかりが話しても仕方ねえだろ?」

 試そうというのではない。アルトだけが物事を進めているような形は、望ましくない。マティアスとアルトは同列だと、周囲に示す事も必要なのだ。

「分かったよ。王国の国王が王を孫だと思い込んでいる事を王太子が知っているとしたら、王太子は王を妬む。王太子は兄に複雑な感情を持っているからね」

「そう。尊敬はしているが、嫉妬もしている。そして兄だから尊敬出来るのであって、我が王だと嫉妬しか残らねえ」

「やっぱり行く意味がないな」

「だが、こうも言える。王太子は既に王に嫉妬してる。それを更に煽っても結果は変わらねえ」

「……確かに。しかし、王を危険にさらす事は」

「それだがな……」

 アルトの視線がカムイに向かう。自分が説明する事ではないと思ったのだ。

「俺を特別扱いする必要はない」

 アルトに意図を察して、カムイが言葉を継いだ。

「いや、しかし、王であるのですから」

「この際だがら言っておく。もし俺が死ぬことがあったらヒルデガンドを立てて先に進め。ヒルデガンドも倒れたら別の者を立てろ。誰かが死んだらそれで終わりなんて思うな」

「……言葉としては分かりますが」

「アルトもルッツも、イグナーツもマリアも間違いなくそうする。俺が死んでも歩みを止める事はない」

「「「なっ!?」」」

 周囲から一斉に驚きの声があがる。四人にとって、カムイは絶対的な存在である事は誰もが分かっているのだ。

「俺達は、ずっと前にそういう誓いをした」

「誓い……。始祖と四英雄のような?」

「少し違う。始祖と四英雄の誓いは、同じ時、同じ場所で死なん、だが、俺達の誓いは、例え誰かが道半ばで倒れても、その屍を踏み越えて進む、だ。それは俺も例外ではない」

「…………」

 ヒルデガンドたちがこの話を聞いたのは初めてだった。
 それを聞いて、ほとんどの者が納得した。何故、カムイたちに常に上手を取られ続けていたのかを。自分達とは覚悟が違っていたという事を。

「まっ、そういう事だ。策においては、俺らは王だろうと部品として使う。そういう気持ちで、物事を考えろ」

「……分かった」

 すぐに割り切れるとは思っていないが、マティアスは了承を口にした。この覚悟がなければ、カムイに本当の意味で仕えられないと考えたからだ。

「さて、国が混乱する時はどういう時だ?」

「反乱」

「王国に反乱が起こる気配はねえ。色々とあたったが、見つからなかった」

「……後継争い」
 少し考えて、マティアスはこれを口にする。後継争いは反乱よりも、混乱は大きくなる。だが、外から簡単に引き起こせる事ではない。

「それ。王国に後継争いが起きれば、動きは一気に鈍くなる。俺らが、色々と整える時間が出来るって事だ。それを何とか起こしてえ」

 だが、アルトの意向は、その困難を実現する事だった。

「しかし、王国の王太子の座は盤石だと思うが」

「王太子になって、結構経つからな。対抗馬と言える奴はいねえ。一人を除いて」

「いたか? 自分には心当たりがない」

「派閥なんて存在しねえからな。だが王太子を馬鹿だと軽蔑していて、それなりに優秀なようだ」

 策はないと言いながら、アルトはここまでの事を調べている。今回の件で、改めて調べた訳ではない。ずっと調べ続けていた中で、今回、使えそうな情報を引き出してきただけだ。

「もったいぶらないで教えてくれないか?」

「ユリアナ第二王女」

「……王女では後継争いにならない」

「それは分かってる。さすがに女王になんて、唆しても無理だ」

「じゃあ、何を?」

「親共和国派ってのを作らせたい。王太子を中心にした強硬派の対抗ってとこだ」

 最高の成果が無理であれば、次善の成果を目指す。とにかく、何事にも諦めないで取り組むのが、カムイたちのモットーだ。

「それで止まるかな?」

「完全には無理だろうな。それでも意志決定を遅らせる事は出来るかもしれねえ」

「そうか。でも、どうやって?」

 そこでマティアスはちらりとカムイを見た。相手が女性となればカムイの出番と思ったのだ。だが、アルトの答えは予想とは違っていた。

「人質に取る」

「はっ?」

「王が王国に行っている間の安全を保証する為に、人質を出して欲しいと要求する。表向きは親善大使ってとこだな」

「なるほど。悪くないね」

 カムイの身の安全の保証には、絶対とは言えないが、有効だ。マティアスとしても、少し安心出来る。、

「この国にいる間に、なんとか、その王女を親共和国に染める」

「そうか」

「という訳で、マティアスとランクで頑張って口説け」

「はっ?」「なっ?」

 人はこれを無茶振りという。

「この国の男に好意を持ってもらえれば、必然的にこの国に親しみを持ってもらえんだろ?」

「いや、それはカムイ、じゃなくて王が」

「あのな、その時に俺は王国に行っている。そもそも何で、女性を口説くのが俺の役目になるんだ?」

 マティアスの言葉に反論するカムイに、これ以上の適任者はいないだろ、という心の中の思いを口にする者は誰もいなかった。

「テレーザの時だって、大変だったんだからな。お前達も同じ苦労を味わえ」

「私、大変だったかな? 結構、簡単に落ちちゃったような?」

 今度は、全員が思った事を、テレーザ本人が代表して口に出した。

「……テレーザ、余計な事は言わない」

「あっ、うん」

「しかし、王。そういう事の無理強いはしないのでは?」

 マティアスの言い分は正しい。自由恋愛は、共和国の国是だ。だが、残念ながら、こういう件での正論はカムイには通じない。

「だって、お前ら女っ気ないし。これは無理強いではなく、お節介だ」

「お節介もどうかと……。それに、他にも」

「アルトは既婚者。ルッツはミトしか目に入ってない」

「お、おい!」

 全員の前で、自分の気持ちを広言されて焦るルッツだが、これは今更だ。

「イグナーツは最近マリアと怪しい」

「あっ」「ほえっ」

「あっ、当たった。やっぱりな、そうだと思った」

「どうして他人のは敏感なのかな、自分の事は鈍感なのに」

 イグナーツの言う通り、他人の恋路に関しては、カムイは実に敏感だ。

「俺は鈍感じゃない。後の人は年齢が合わない。一人いるけど、馬鹿は除外」

「ニコラスたちもいます」

 何とか、他の人に振ろうと、マティアスは、ニコラスの名をあげるが。

「だって、ニコラスはテ……」

「うわぁあああ! 言わないで下さい!」

 大声でカムイの言葉を遮るニコラス。これをする事で、事実であると皆に教える事になると分かっていない。

「……じゃあ、内緒」

「な、何故、ばれたんだろう?」

「俺、敏感だから。後は」

「内緒で!」「秘密で!」

「ギルベルトとマテゥーも内緒と。ほら二人しかいない」

 名は明かされなくても、そういう対象が居るとはっきりした。二人の選択は正しい。ここで認めなければ、認めるまで証拠を突きつけられるだけなのだ。それは、かなり恥ずかしい思いをする事になる。

「……しかし」

「好きな人がいるなら言え。そうしたら考える」

「言える訳ないでしょう!?」

「いるんだ?」

 自分の相手が関わる事にも鈍感なカムイだった。これは、ちょっとマティアスには酷だ。

「……いません」

「ほら。ランクはいないし」

「断言とは」

 一応は、否定的な事を言ってみるランクだが。

「剣一筋なんて言うだけだろ?」

「まあ」

 意味のない抵抗で終わる。

「いやあ、楽しくなってきたな。やっぱり策ってのは、こういうのじゃないとな。アルト、それで相手の好みは? じゃない、為人は?」

「ノリ過ぎ。人柄は良くて、周囲から慕われているようだ。けっこう美人らしいから、そのおかげもあるかも知れねえんけどな」

「へえ、二人とも良かったな」

 カムイの中では、主目的が変わってしまっている。

「しかも、王の事は高く評価しているようで、何かと興味を示しているそうだ」

「ああ、それも良い事だな。魔族にも抵抗ないって事だろ?」

「ま、まあ……。ヒルデガンド様にも興味を示しているようで、色々と調べているらしい」

「私?」

「そう。どんな容姿で性格はどうだとか。どういう所を、その、王に好かれたのかとか……」

 アルトの声は最後の方にいくにつれて、小さくなっていった。そして、こういう事に関しては、実に敏感なヒルデガンドだった。

「……アルトさん?」

「何かな?」

「それは王に、個人的な興味を持っているという事ではないですか?」

「……そうとも言う」

「反対します! 人質なんていりません!」

「そうなると王国で会ったりして……」

「あっ……。人質は必要ですね! その人が適任だと思います!」

 アルトの呟きであっという間に前言を翻すヒルデガンドであった。

「なあ、ヒルデガンドは何を言ってるんだ?」

 そこに、鈍感カムイが割り込んでくる。

「何でもありません。アルトさんの策を良い策だと思っただけです」

「そう……。じゃあ、この方向で進めるか」

「分かった」

「なあ、ヒルデガンド様は何で不機嫌になったんだ?」

「お前な……」

 カムイと同じくらいに鈍感なテレーザが、隣にいるランクに無邪気に問い掛けた。

「テレーザさん、余計な事は聞かないでください」

「あっ、はい」

 そして、主に叱られる事になる。

「さてと王国についての細かい所は今後詰めるとして、次の議題に移る。これこそ、全く策は見つかってねえ」

「東方伯家……」

 共和国の外交における最大の懸念事項はこれだ。これは、この場に居る者たちの、ほとんどが分かっている。

「そう。この問題は王国の件にも関係してくる。俺らにとって、最悪は皇国と王国が同盟を組んで、攻め込んでくる事だ。王国の国王が死んだあと、王太子は王憎しで、それをする可能性を否定出来ねえ」

「さすがに辛いかな?」

「国を守るだけなら何とかなる。だが、俺らが閉じこもっている間に東部辺境と南部辺境がどうなるか。これが問題だ」

「……確かに」

「もっとも南部については、時間稼ぎをするだけで良い。南部辺境領をまとめ上げれば、そうそう遅れを取るとは思えねえし、それと戦おうとすれば、こっちへの攻めが薄くなるだけだ」

「問題は東部か」

 共和国から近い東部辺境領の方が問題が大きい。この理由も、マティアスには分かっている。

「直接王国と皇国の両方に接しているからな。そして俺らとの間には東方伯家領がある」

 東部の問題の鍵を握っているのは、東方伯家。ヒルデガンドの実家であり、マティアスたちの実家の主筋だ。

「理想は東方伯家をこちらの味方に付けて、我が国と東部辺境領との共同で戦う事」

「そう。それが出来ると大きい。こちらは国境を守る必要がねえから、行動の自由が出るからな」

「難しいな。東方伯様が皇国を裏切る可能性は限りなく低い。あれで実は皇国への忠心が全てという方だからな」

「やっぱそうか。やっぱり皇国側から東方伯家を切り捨てさせるほうがまだ可能性はあるか」

「そうなるか……」

 この策が成功すれば、東方伯の忠誠心は無になる。それを思うと、マティアスは、少し心が痛んだ。

「悪いけど、ヒルデガンド様も含めて、お前らの気持ちなんて考えねえからな」

「分かっている。だが、出来るのか? 南方伯が背いた状況で、更に東方伯様を切り捨てる事なんて皇国に出来るとは思えない」

「南方伯家はいずれ皇国に戻る」

「なっ?」

「こちらの策じゃねえ。さすがにもう自分が騙されていた事に気付いている頃だ。まだ足掻いているのは、南方全てを自分のものにすれば、皇国も手出し出来ないという思惑があるからさ」

 それが失敗すると分かれば、南方伯の生き残る道は、皇国に膝を屈する以外になくなる。その時は、クラウディアが弟に約束している南方大公家の出来上がりだ。

「……皇国が盛り返してくる」

「まあ、そうだ。もっとも西方伯はもう皇国の言う事は聞かねえだろうけどな」

「それは策だね?」

「そう。西方伯はディーフリート殺害がテレーザの差し金だって知ってる」

「あっ」

 ディーフリートの話になると、どうしても、テレーザは反応してしまう。

「気にすんな。テレーザが独断でそんな事をする訳がないって、ちゃんと分からせれば良いだけだ。そうなれば、現皇国は西方伯にとって息子の敵だ。独立とまではいかねえが、勝手にやるさ。まあ、既にそんな雰囲気を見せてるな」

「一戻って一抜けて。変わらない訳だね」

「そこで、もう一を抜ければ完璧だけどな。まあ、焦らねえでやるさ。とりあえずは、皇国も王国と同じ、こちらにとっての強硬派と穏健派に分かれてもらう」

「東方伯様が穏健派だとして、強硬派は北方伯か……。そんなに強硬か?」

 強硬以前に、出来る人という印象もない。マティアスから見れば、東方伯と並ぶような人物ではないのだ。

「正しくは、前北方伯が強硬派だな」

「そういう事か。それに対する策は?」

「ない」

「えっ?」

「荒事以外はな。前北方伯をそのままにしているのは、北方を自国領にしたいからだ。その為には最後は戦争って事になる。仲良くする訳にはいかねえ。これも言っておこうか。共和国は旧ノルトエンデの外に出る。理由は、ノルトエンデを守る為。外からも内からも」

「内というのは?」

「人が増えれば、必ず魔族との間でいざこざが起きる。直接的にも間接的にもな。国政に関わる者だって、そういう輩は出てくる。これは仕方ねえ事だ。今、うまくやれているのは、選び抜かれた少数だからに過ぎねえ」

「そこまでの事を考えて……」

「それは違う。これは俺達が考えた事じゃない」

 マティアスの呟きに対してカムイが、それを否定した。

「では、誰が?」

「これもこの機会に話しておく。アーテンクロイツ共和国の者であれば知っておかなければいけない事だからな。ノルトエンデは魔族の最後の砦。そこを守った上で、種族融和を図ろうと考えた人がいた。千年前の魔王レイ・カミシロだ」

「魔王がですか?」

「レイ・カミシロは魔族でも人族でもなく人間だ」

「人間……。その意味は?」

「レイ・カミシロは召喚された異世界人。魔族の血が入っていない純粋な人間という事だ」

 そこで一旦カムイは話を止めた。今の言葉の意味を理解する時間を作る為に。
 やがて、ざわめきが広がっていく。

「つまり……、人族には魔族の血が入っているという事ですか?」

「そう。人族は、人間と呼ばれた種族と魔族の混血だ。人間は魔法なんて使えない。いや、正しくないな。魔力の絶対量が足りない、魔力を使いやすい体の仕組みを持っていない、だな。その人間では、この世界で生きる事が難しい。そこで魔族がこの世界に遣わされて、人間と混血を繰り返し、人族を作り上げた」

「それは、いや遣わしたという事は?」

「そう。神の意志によって魔族は地に生まれた。だが人族はその恩を忘れ、魔族だけでなく全種族の頂点に立とうとして他種族を攻撃した。そして大陸の多くを人族の物とした。それが今のこの世界だ」

「……そうでしたか」

 にわかに信じられる事ではないが、カムイが嘘を付くとも思えない。マティアスの、他の者たちの、心中は複雑だ。

「魔族が滅亡の危機に瀕していた千年前にこの世界に現れたレイ・カミシロは、魔族を率いて戦い、ノルトエンデを守り切った。だが、それで人族が諦めるなどとは考えなかったそうだ。人間の性質を色濃くもつ人族は必ず、また他種族を滅ぼしにかかると考え、一つの手を打った」

「それは?」

「魔族を守る為に、その意志を持った人族により、世界を征服する事。人族を統べて、その頂点から、人族の異種族への偏見と迫害の意志を取り除き、融和を図ろうという考えだ」

「…………」

「もう分かっただろ? その役目を負ったのがシュッツアルテン皇国。その建国の祖である始祖と四英雄は、その意志を持った人族だ。ちなみに始祖は魔王レイ・カミシロの孫」

「……な、なんとも、その」

 皇国貴族であるマティアスたちにはあまりに衝撃的な事実。皇国の根源をひっくり返されたのだ。頭では真実だろうと理解しても、やはり、心が受け入れてくれない。

「まあ驚くよな。俺も初めて聞いた時は驚いた。頭の中を整理するのに、随分時間が掛かったのを覚えている。とりあえず聞くだけ聞いてくれ。シュッツアルテン皇国が建国の目的を忘れ、魔族を迫害する側に回ったのは知っている通りだ。もう皇国に種の守護者の資格はない。だから、代わりの国を作る」

「それがアーテンクロイツ共和国ですか」

「そう。千年前のやり直しだな」

「そう、ですね……」

 初めて知った魔族から見た千年の歴史。今の自分の行動が、千年後のこの世界を左右するかもしれないという、スケールの大きさに圧倒されそうになる。

「でも、ほんのわずかだけど前進している。千年前のノルトエンデは魔族を守る砦だった。だが俺達が守るノルトエンデは、種族融和の砦だ。ノルトエンデで実現出来ている今の状況をもっと良くして、それを世界中に広げていく」

「種族融和」

「アーテンクロイツは別に俺の名を取った訳じゃない。種の交わりって意味で付けたんだ。シュッツアルテンが古の起源、魔族の守護者であった所からは少し進んでいるだろ?」

「そんな意味があったのですか」

「そうは言っても、まだまだ始まったばかり。わずかに灯った火を消さない為に、俺達は頑張らなければいけない。今、この場にいるものは、その中核となる者たちだ。そのつもりで働いて欲しい」

「「「はっ!」」」

 その場にいる者達が一斉にカムイに向かって、跪く中で、またテレーザは一人取り残されていた。

「なんか、良く分からなかった……」

「じゃあ、テレーザには後でもう一回教えてやる」

「後で!? それってさ……、あっ、別に」

「……テレーザさん、私の事は気にしないでください。テレーザさんは王の側室ですよ」

 視線を気にして、話を止めたテレーザにヒルデガンドは笑みを浮かべて語りかけた。
 だが、テレーザにとって忠誠を捧げた人の心を読むのは、それが誰とは関係ない、特別の才能だった。

「……なあ、ランク。笑っているけど、怒っているってさ、どういう事だ?」

「頼むから、そういう事を俺に聞くな」

「あっ、ごめん」
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