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魔王の器 作者:月野文人

第三章 皇国動乱編

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テレーザの居場所

 ヒルデガンドの所に向かう為、テレーザは慌てて支度を整えた。
 鏡の前に向かって、化粧を整えようと思ったのだが、それは止めた。素のままの自分でヒルデガンドに会おうと決めたのだ。服もドレスではなく、簡素な騎士服を選び、それに着替える。
 軽く息を吐いて、覚悟を決めると、テレーザは部屋を出て、ヒルデガンドが待つ部屋に向かった。覚悟を決めたつもりのテレーザだったが。

「お待ちしていました」

 ヒルデガンドの体から発せされる気に押されて、部屋に入った途端に挫けてしまった。
 その場にいるのはヒルデガンドだけではない。アウラも一緒だ。アウラが放つなんとも言えない気も、テレーザの気持ちを更に追い詰める。

「す、すみません」

「いえ、急に呼び出した私が悪いのです。さて、何の用でお呼び立てしたかは、分かっていますよね?」

「はい」

「昨晩、貴女と王は通じた。間違いありませんか?」

「……はい」

「正妃である私の知る事なく、そういう行為をした。それがどういう事かは分かっていますか?」

「はい。どんな罰でも受け入れます」

 奥の主は王妃だ。王妃の許しなく国王と通じる事は、奥の秩序を乱す立派な犯罪なのだ。実際に、これで裁かれる事など滅多にないにしても。

「貴女が来るまで、ずっと処遇を考えていました。どう扱うべきか」

「はい」

「姦通の罪で死罪」

「あっ……」

「不満ですか? でも貴女は死にたそうでした」

「それは……」

「思う所があるのでしたら、言いなさい。嫌な事は嫌と言う、これは許されています」

 カムイが告げた言葉と同じ。それを聞いて、テレーザの心に少し力が戻った。

「死ぬのは嫌です」

「そう。じゃあ、国外退去。二度と共和国に足を踏み入れる事は許しません」

「そ、それも」

「嫌なのですか? 寛容な罰だと思いますよ? 元々、貴女は使者として、この国に来たのです。ただ皇国に帰るだけではありませんか?」

「離れたく……」

 テレーザは、途中で口をつぐんでしまう。かえってヒルデガンドを怒らせる事になると思ったのだ。

「何ですか? 思う事は何でも言いなさい。これ以上、私を怒らせる事などありませんから」

「……カムイと離れたくない、です」

「王を呼び捨てですか。一度通じたくらいで」

「すみません。えっと、カムイ王の側に居たいです」

「それこそ、一度通じたくらいで。貴女にとって男性と体を重ねる事など、それほど重い事ではないのでしょう?」

「カムイ王は……、別です」

 ヒルデガンドの言葉が胸に突き刺さる。自分のしてきた事を、テレーザは改めて、後悔する事になった。

「それはおかしな話ですね。貴女は王の事を嫌いなはずでは?」

「違います」

「体を重ねたら好きになったと?」

「違います」

「では、どういう事ですか?」

「……私はカムイにずっと憧れていました」

「えっ?」

 こんな話は初めて聞いた。テレーザが、その様な素振りを見せた記憶も、ヒルデガンドにはない。

「本当です。あっ、でも私も気が付いたのは抱かれている時で」

「……そう」

 又、ヒルデガンドの視線が厳しくなる。軽率さは、テレーザの欠点だ。

「あっ、すみません」

「いえ、続けてください」

「私は、どうやら初めて会った時から、カムイ王に憧れていたようです。カムイ王は、相手が誰であろうと、自分を捨てなくて、その強さがあって。それは私にはないものであって……」

 ゆっくりと言葉を選ぶように、テレーザは自分の気持ちを説明している。言葉にしながら、自分で自分の気持ちを確かめているのだ。

「……それで?」

「それが悔しくて、カムイを妬んで、ことある毎にクラウディア様の威光を使って文句を言って……」

 続けて、カムイへの思いを口にするテレーザ。その瞳からは涙がこぼれ始めた。

「……続けて」

「それでもカムイは自分の意を貫き通して。……私の事なんて、気にもしないで。何をしても、私はカムイに見向きもされなくて。それが又、悔しくて」

「それを好きというのかしら?」

「分からない。でも、今は、はっきりと言える。私はカムイが好きだ」

 何の飾りもない真っ直ぐな言葉。それが、テレーザの思いが誠であると、ヒルデガンドに教えてくれた。

「……それを私に言うのですか?」

 ただ、捉えようによっては、宣戦布告にも聞こえる。ヒデルガンドは、そう思わないが。

「あっ、すみません……」

「そう。つまりこの国に残る決心をしたのですね?」

「……あれ?」

「王の側から離れたくないのであれば、そういう事になりますね?」

「そうか」

「さて、では貴女がこの国に残る前提で処遇を考えましょう」

「あ、うん」

「罰とは別に、貴女はこの国で何をしたいのですか?」

「カムイの側に居たい」

「それは側室の座を望むという事ですか?」

「えっと、そういう事じゃなくて、ただ側に居られれば」

 テレーザは、これ以外には、まだ何も考えていない。アーテンクロイツ共和国に残るという事も、今、意識したばかりなのだ。

「……それでは何もしないと同じです。では、こういうのはどうですか?」

「何?」

「私の近衛というのは?」

「えっ?」

 まさかの提案に、テレーザはただ驚く事でしか反応出来なかった。

「私の側にいれば、王の側にいるのと同じです。それに私にとっても、常に側に守る者がいるというのは悪い事ではありません」

「……そうか」

「どうですか?」

「あっ、でもカムイとの、あれは」

 この図々しさはテレーザ本来のもの。完全に素のテレーザに戻っている。

「はい?」

「……何でもないです」

「……王が又、貴女を求める事があると思っているのですか? 王の気持ちは貴女にはありません」

「そっか。そうだった……」

 分かっている事だ。だが、改めて他人の口から言われると、やはり落ち込んでしまう。

「気持ちが変わりましたか?」

「……いや。好きな人を好きと言えるだけで良い。片想いも恋愛だ」

「それは」

「カムイに教えてもらった。私がカムイとあんな関係になるなんてあり得ない事だ。でも、それは現実になった。それって凄い事だ」

 部屋に入ってきた時の怯えた様子は、すっかりなりを潜め、今のテレーザは生き生きと自分の思いを語っている。

「そう」

「初めてなんだ。堂々とこの人が好きと言えるのは。私はそれだけで嬉しい」

「……アウラさん?」

 ここでヒルデガンドは助けを求めるように、側にいたアウラの名を呼んだ。

「……ぎりぎり。それも小指の先が掛かるか掛からないかで合格です」

「そうですか。じゃあ、終わりですね」

「ええ」

「もう。こんな嫌な女の役目は二度とごめんです」

 途端にヒルデガンドから厳しい雰囲気が消え失せる。

「そうは言っても貴女は王妃です。時に、こういう役割も必要になります。それとも別の方に譲りますか?」

「……頑張ります」

 アウラはヒルデガンドの扱い方をよく理解している。
 さて、事情が分からないのはテレーザだ。

「えっと」

「テレーザさん、貴方の処遇ですけど、王の側室と私の近衛、この両方でいかがですか?」

「えっ? でも」

「私の近衛は嫌ですか?」

「全然、あっ、でも私は守れるほど強くない」

「それはこれから頑張って下さい」

「……あの、側室なんて良いのかな? カムイが同情で私を抱いてくれた事くらい私も分かっている」

 図々しい事を言うテレーザが居れば、好意に対して、遠慮がちになるテレーザも居る。結局、テレーザは接する相手や、その時の状況によって、その姿を変えてしまう性格なのだ。

「それも頑張って。それに王はいくら人を救う為とはいえ、軽々しく女性を抱くような人ではありません」

「……少しは私の事?」

「実際は分かりません。でも、私はカムイをそういう人だと思っています」

「そっか。あっ、でも、ヒルデガンド、様は良いのか?」

「……それは聞かないで欲しいです。正直、嫌ですけど、カムイは王です。それを認める器量が王妃である私には必要だと思います」

「そうか……、王妃って辛いな」

「本当の事を言えば、王妃の責任感ではなく、カムイの一番である為に、私は我慢しようとしているだけです」

「……その気持ちは分かる気がする。ありがとう、ございます」

 ヒルデガンドが本音を話してくれた。それだけでテレーザは少し嬉しかった。憎んでもおかしくない自分に、こうして優しくしてくれるヒルデガンドは、やっぱり、カムイの王妃に相応しいのだとも。

「さて、これで解決ですね。王都に戻りますので、その準備をしましょう」

「あっ」

「何ですか?」

「他の人が。私なんかが、その、王の側室だなんて」

「それは今後のテレーザさん次第です。皆に認めてもらえるように、王に尽くしてください」

「ヒルデガンド様にも」

「そうですね。そうしてもらえると嬉しいです」

「頑張ります」

「あまり気を張り過ぎないで。皆、カムイが貴女の居場所を作る為に、貴女と関係を持とうとしていた事は知っているわ。馬鹿な事をと思いながら、何も言わないのですから、少なくとも側室になる事は認めています」

「そうだったんだ。ヒルデガンド様も最初から分かっていて」

「はい。他に良い案が見つかりませんでした。貴女に必要なのは、自ら、その、抱かれたいと思える存在じゃないかと言われて、私もそう思いました。カムイの側室、それがカムイが用意したテレーザさんの居場所です」

「……あ、ありがと」

 テレーザの両目からは又、大粒の涙がぼろぼろとこぼれている。

「もう、泣かないでください」

「だ、だって、ひ、人にこんな風に、し、してもらえたのは」

「嬉しいと思うなら、今度は別の人に同じ事をしてあげて下さい。そうやって、私たちの輪は広がっていくのです」

「は、はい」

「中々の王妃ぶりですね。ヒルデガンド様も合格です」

 二人のやり取りを見て、アウラの雰囲気も柔らかいものに変わっていた。

「私まで?」

「もちろん。貴女は王の伴侶ですから。それも貴方の場合は一度では済みません。何度でも、それに相応しいか確認させて頂きます」

「頑張ります」

 ヒルデガンド一途で来ていたカムイに、新婚わずか一月も経たないうちに側室が誕生した。
 それが外に知れるのは、まだまだ先の事だ。

◇◇◇

 領主館にある侍女の控えの間、それは今、ある会議の場となっていた。集まっているのは、ルシア、ティアナ、そしてミトだ。

「そういう事で二番手は師匠に奪われたわ」

「そんな……。二人は仲が悪いって聞いていたのに」

「まさに大番狂わせですわ。でも、これでカムイ様がヒルデガンド様以外の女性にも目を向ける事が分かったのよ。私にも機会が生まれたわ」

「ルシアは楽天的ね。私はそうはなれない」

「おや、ティアナは脱落ですの?」

「脱落って。でもね、私少し思っていたの。カムイ様って、実はあれで凄く心の壁が高いのかなって」

 カムイは、ティアナたちには、優しく接している。それは嬉しい事ではあるのだが、ティアナはどこか物足りなさも感じていた。

「あっ、それは」

 ティアナの言葉にミトが反応を示す。

「何、ミトは心当たりあるの?」

「前にある方が言ってた。カムイ様に限らず、自分たちは元々、他人に良い印象を持ってないって。だから逆に信頼出来る人を見つけると、その人を大切にしようと思うって」

 ダークの言葉だ。これをミトは、ティアナの言葉で思い出していた。

「カムイ様たちは孤児ですものね」

「それも家族に捨てられて孤児になった」

「……そうだった。アルトさんを除いて皆、親の顔なんて知らないって言ってた」

 教徒で聞かされた話だ。不幸自慢と言いながら、カムイが話した身の上話に、ティアナは、これまでの自分を恥じる事になった。

「アルト様も、親に虐待されてた」

「嘘? そうなの?」

「そう聞いた」

「それは人を嫌いになっても仕方ないね」

「でも、仲間にはとっても優しいわ。カムイ様も私にはとても優しくしてくれるわ」

 常にポジティブなルシアだった。だが、これは、ミトによって否定される事になる。

「それも……」

「ええっ、? 何かあるの?」

「皇国学院時代のカムイ様の話を聞いた。カムイ様は学生の時からそうで、それのおかげで、誤解する女生徒が山程いたって」

「どういう事!?」

「母親に厳しく躾けられたって。女性には優しくしなさいって。それを忠実に守っているだけだって」

「そんなの信じないわ。それ誰が言っていたの?」

「ルッツさん」

「あっ、出た。良いわよね。ミトにはルッツさんがいるもの」

 さりげなく、嫌な話を逸らすルシア。賢くはあるのだ。

「そんな事ない」

「でもさ。ミトちゃんこそ、脱落して良くない? ルッツさんがミトちゃんの事、好きなのははっきりしてるし、それこそ一途って感じよね?」

 ルシアの話に、ティアナも乗ってきた。元々、気になっていた話題なのだ。

「そ、そんな事、ない」

「あらっ、満更でもなさそうだわ。ミトは脱落決定」

 動揺を見せるミトにルシアが追い打ちをかける。

「そんな? 私の方が前から」

「そんなの関係ないわ。他の男に揺れ動いているミトは駄目よ」

「…………」

 言い合いで、ミトがルシアに勝てる事はない。

「あのね。脱落させようという訳じゃないけど、ルッツさんも良いと思うな。本当に良い人って感じ」

 雰囲気が気まずくなった所で、ティアナがフォローに入る。この三人のやり取りは、いつもこうだ。

「そうよね。私は物足りないけど」

「……二人とも分かってない」

「何が?」

「ルッツさんも、カムイ様たちと同じ。あの五人は優しさと、とんでない冷酷さを併せ持ってる」

「ルッツさんが? 想像付かないな。でも五人? あと一人は?」

「言えない。でも、カムイ様たちの、何だろ? 同志かな。それは他にも数人いる」

 こういった情報はミトしか知らない。ルシアもティアナも仕事は侍女だ。政治向きの事には関わっていない。

「それって私たちとは違うって事?」

「違いを分かり易く言うと、カムイ様たちは、ルシアさんにもティアナさんにも死んで来いとは言わないと思う」

「ミトちゃんは?」

「私はやっと」

「私たちはまだまだって事か」

 死を求める事こそ信頼の証。ティアナもこれくらいは、カムイの事を理解している。

「ねえ、師匠には言うのかしら?」

「絶対とは言わない。でも、ヒルデガンド様の近衛って、そういう事だと思う」

「うわっ、完全に負けているわ」

「仲は悪いけど付き合いは長い。それにカムイ様がはっきりと嫌いと言った人を私は他に知らない」

「嫌いになるって事は、それだけ関心を持っていたって事?」

「結果としてそうだと思う」

 これをカムイに話せば、全力で否定するだろう。カムイ本人に全くこんな意識はなかった。

「やっぱり、まだまだね。私はそんなに深く入り込めてる自信ないな」

 ミトの話を聞いて、ティアナが落ち込んだ様子をみせる。

「おっ、脱落ね」

「もう、ルシアは、すぐそれ。でもな、悔しいけど、そろそろって気持ちはあるな。かと言って他にいないしな」

 ティアナもいい年だ。穏やかな性格で野心などない。温かい家庭を築くのが夢である分、結婚そのものへの願望が強い。

「マティアスさんは? 格好良いし、性格も良さそうだわ」

「そうね。でも、マティアスさんは、あれじゃないの?」

「えっ、女性に興味ないの?」

「違うわよ! どうしてそうなるのよ? ヒルデガンド様じゃないのって事」

「あっ、それあるわね。つまり、ずっと前からね。嫌だ、悲恋だわ」

「面白がらないで。可哀想よ」

「おやっ、同情から始まる恋もあるかしら?」

「無いから」

 マティアスがどうこうではなく、相手がヒルデガンドではという思いがティアナにはある。控えめな性格が、恋愛に関しては、あまり良く作用しないようだ。
 かといって、ルシアの積極さが実を結んでいる訳ではないが。

「他は……。ランクさんは、それこそ女性に興味ないわね。あの人は剣しか見てないわ」

「そうね、後は……、ねえ、ルシア」

 ルシアを呼ぶティアナの目じりが、微妙に下がっている。笑いを堪えているのだ。

「何?」

「うちの馬鹿兄貴もいないけど? どうかしら?」

 ティアナが思いついたのは、これだ。

「ちょっと、変なの押し付けようとしないでよ!」

 ティアナの思った通りの反応をルシアは示す。

「変なのって、一応、私の兄なのだけど。まあ、変なのは確かね」

「無い、絶っ対にない!」

「分かってるから。でもね……」

 今度は少し真面目な表情に変わった。

「何よ?」

「これを言うのは、卑怯な事かもしれないけど」

「だから何よ?」

「ルシアはさ。辺境領主の娘じゃない」

「それが?」

「カムイ様は特定の辺境領主家と結びつくことをするかしら?」

「……気にしてる事を」

 ルシアは東部辺境領シュトラッサー家の当主であるアレクシスの妹だ。ティアナの言うとおり、カムイの側室になるのは難しい。

「やっぱり、分かってた?」

「分かってるわよ。今の辺境領主は、横並びで協力し合っているわ。そこから、一つの家が飛び出すのは良い事じゃないもの」

「ごめんね。ちょっと無神経だった」

「別に。でもさ、出自とか種族とか関係なしっていうのを信じたいじゃない?」

 アーテンクロイツ共和国の国是は、ルシアの希望でもあった。

「そうね」

「だから、私は諦める訳にはいかないの。それを証明する。それが私の使命よ」

「使命って、おおげさ」

「大丈夫」

 珍しくミトが会話に割って入ってきた。

「あら、ミトは私の味方なのね?」

「そういう事じゃない。カムイ様は人を大切にしても、家は大切にしないと思う。何家っていうこだわりも嫌いだから」

「光明が」

「問題はルシアさんの実家。仮にルシアさんがカムイ様の側室になって舞い上がるような家だと駄目」

 これが一番の問題だ。もし、ルシアを側室にして、シュトラッサー家の者が、その様な態度を取れば、間違いなく処分される事になる。

「兄上は絶対大丈夫だけど……。わあ、不安。臣下ってそういうの考えるわよね」

「それをしたら、シュトラッサー家は終わり。それがカムイ様たちが持つ、冷酷さ」

 一方で、そういう事態にしたくないという優しさから、ルシアを側室にしないという考えもある。ルシアには厳しい状況だ。

「うん。他の事を考えよう。ティアナは他に気になる男はいないの?」

「そこまでの接点なんてないもの」

「駄目ね。もっと視野を広げなさい」

「……ねえ、私がカムイ様以外の男性と付き合う事を既成事実にしようとしてない?」

「バレたか」

「もう、酷い」

「だから……」

 女性たちの恋バナは果てなく続いていく。

◇◇◇

 皇国と共和国との交渉が再開された。テレーザがとっくに共和国に入っている頃だと、皇国側がその様子を探りに来たのだ。
 それに相対しているのは、外務局長の肩書きを与えられたマリーだった。

「貴女が共和国の外交窓口ですか?」

「おや、何か問題あるかい?」

 問題はあるに決まっている。皇国にとってマリーは公式には反乱メンバーの一人なのだ。だが、それを言葉にする事は皇国側の交渉官には出来なかった。

「いえ、魔導関係の仕事をされているものと思っておりました」

「私程度じゃ役なんてもらえないよ。それも癪だから、こっちの仕事を貰ったのさ」

「貴女で……」

 皇国の若手で最高の実力者と言われていたマリーだ。皇国側が驚くのも無理はない。もちろん、これはマリーの嘘だ。共和国は人手不足なので色々と兼務しているだけの事。

「それで、今日は? 久しく途切れていると聞いているけど」

「……我が国から、使者が参っておりませんか?」

「使者?」

「あの、テレーザ・ハノーバーという者なのですが」

「ああ、テレーザね。何、あれは本当に皇国の正式な使者だったのかい?」

「それは……。公式とまでは言いませんが、少しでも友好のきっかけとなればと」

 皇国側の答えは、どちらとも取れる曖昧なものだ。皇国としては共和国の出方がはっきりするまでは、下手な事を言いたくない。

「それ本気かい? 皇国は我が王とテレーザの関係を知らないのかね?」

「あの、問題がありましたか?」

「それはそうさ。我が王とテレーザの仲の悪さは、皇国学院の頃から有名だよ。そのテレーザが、のこのこと使者面して現れたんだ。王が怒るのは当然だね」

「そうですか。それでハノーバーは?」

「部屋を与えて置いているよ。こちらとしても、どうしたものかと思ってね」

 それが側室の為の部屋だと、わざわざ皇国側に教える必要はない。

「それはどういう事ですか?」

「皇国の本当の使者だとしたらねえ。何事もなく返すべきなのだろうけど、ただ返すのは、王の気持ちが。どうしたら良いと思う?」

 その王の気持ちが、今はどうなっているのかも、わざわざ教える必要はない。

「いや、それは私には」

「そちらから何か言ってきてもらいたいね。そうじゃないと王の怒りは治まらないよ。とにかく、怒っていてね」

 怒っているのは、テレーザを切り捨てるような真似をしたクラウディアに対してなのだが、これも教える必要はない。

「そ、それは失礼しました」

「扱いを決めきれないのも不満みたいでさ。そうかい。やっぱり公式の使者なんだね?」

「あっ、いや、公式という訳では」

「でも、皇国の貴族がやってきたんだよ? 全く知らないとは言えないよね?」

「そうですが」

「なあ、真面目に聞くけど、皇国は本気で友好なんて考えてないんだろ? そうじゃないとテレーザなんて寄越すはずがない」

「そんな事はありません。我が国は貴国との友好を望んでおります」

「言っている事とやっている事がね。こっちとしても、いい加減落ち着いて、内政に専念したいのに、皇国はそれの邪魔をする」

「では、テレーザ・ハノーバーの事は皇国は預かり知らぬ所。そうさせて頂きたい」

「……そんな事言うとテレーザがどうなっても知らないよ?」

 さすがに、マリーも一気にここまでの言質を引き出せるとは思っていなかった。皇国のこの態度は、最初から、テレーザを見捨てるつもりだったと示している。
 予想はしていても、やはり気分が良いものではない。腹立ちを表に出さないように、マリーは苦労する事になった。

「あの者は勝手に皇都を脱け出して、貴国に参ったのです。どうなろうと我が国は構いません」

「……そうかい。なるほど、そういう手か。つまり、あれだね、テレーザは生贄って奴だね?」

「いや、さすがにそれは」

「違うのかい? ああ、じゃあ、そう思わせておいて後で言いがかりをつけるつもりだね?」

「はっ?」

「皇国の貴族を人質に取るとは何事かって事さ」

「そんな事は考えておりません」

「そう言われてもね……。よし、じゃあ、こうしよう。今の状態じゃあ、交渉なんて何も進まない。それじゃあ、あんたは手ぶらで帰る事になるだろ?」

「そうですね」

「そこで提案だ。テレーザは皇国とは関わりないってはっきり示しな。それをしてくれたら、こちらも何か一つ、交渉を取り纏めるように調整してやるよ」

 皇国がテレーザとの関わりを絶てば、側室にしても、何も言って来れなくなる。これを公式に纏めるのが、マリーの目的だ。

「その一つとは?」

「そうだね。ちなみに望みは? いきなり同盟なんてのは止めておくれよ」

「……貴国から皇国に使者を出して頂くと言うのは?」

 恐る恐る条件を出す皇国の使者。これはテレーザを送り込む事になった原因だ。共和国に受け入れてもらえれば、交渉は大成功となる。

「ん? それだけかい? 別にどこで交渉しようとこちらは構わないけど」

「いえ、祝賀の使者を」

「……もしかして、即位式かい?」

 皇国における祝賀行事となると、マリーには、これしか思い付かない。

「そうです」

「それは又、一気に条件を上げたね? 友好関係もないのに即位式に赴くってのはね。かと言って、その前に条約なんて結べる訳ないし」

「そこを何とか」

「……全く無理とは言わないけど、重臣は出せないよ。変な約束をさせられたら困るからね」

「それについては、戻って確認致します」

 使者の顔にパッと喜色が広がる。これがうまく纏まれば、共和国との交渉における初の成功例となる。手柄が手の届く所まで、来ているのだ。

「じゃあ、こうしよう。次回までに、そちらはテレーザの件、こちらは誰が使者として派遣可能かを確認しておく。それでお互いに納得いったら、今度はそっちが使者について問題ないか確認する」

「はい、分かりました」

「じゃあ、それで。こっちも頑張るけど、あんたも頑張んなよ。案外、これが交渉の大きな一歩になるかもしれないからね」

「ええ、頑張ります」

 うまい話には裏がある。これが皇国の使者には分かっていない。交渉相手がマリーに代わっても、結局、皇国は為されるがままだった。
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