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魔王の器 作者:月野文人

第三章 皇国動乱編

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ありのままで

 アーテンクロイツ共和国の各地では、未だに結婚の話題で盛り上がっているが、国政に携わる者たちは、いつまでも浮かれていられない。結婚式の間に溜まってしまった多くの仕事をこなすために、普段よりも忙しく働いていた。
 国王であるカムイは、その最たる者である。執務室の机で、山と詰まれた多くの書類に埋もれていた。

「何か違うんだよな」

 だが、今日に限っては、珍しくカムイは仕事に集中出来ていない。ペンを止めては独り言を呟いている。

「間違っているのかな? 間違っているよな?」

(……独り言か話し掛けてるのか、はっきりしろ)

「あっ、今のは独り言」

(紛らわしいな)

「悪い。あっ、でも、どう思う?」

(まずは何の話か言え。俺とお前は別人だから、レイの時の様にはいかねえんだよ)

「便利だよな。口にしなくて、言いたい事が分かるって」

(その代わり、言いたくねえ事も筒抜けだけどな)

「それは……嫌だな。話は……。あっ、後で」

(了解)

 執務室に現れた気配を感じて、カムイは魔剣との会話を一旦止めた。

「只今、戻りました」

「ああ、ご苦労様。それで様子はどうだ?」

「テーレイズ皇子は先帝の療養所に留まったままです」

 報告は、テーレイズ皇子に護衛として、密かに付けていた者からだ。

「そうか。危険はないのか?」

「ご指示通り、療養所にいる者たちは一通り洗っております。全て先帝にずっと仕えていた近衛騎士か従者、侍女ですので、忠誠は皇国よりも先帝個人に向いております」

 そして先帝の世話とはいえ、城を追い出されて、療養所に送られた者たちだ。左遷されたようなもので、クラウディアへは忠誠よりも、恨みの方が強い。

「テーレイズ皇子へは?」

「言動を探った限りは、概ね好意的な感情の方が多いようです。先帝を蔑ろにしている現皇帝への反感が、それを後押ししているようで」

「概ねと言ったのは?」

「テーレイズ皇子が療養所にいる事で、先帝に危害が及ぶのではないかとの懸念を持つ者がおります」

 皇国では、テーレイズ皇子は未だに犯罪者だ。実際は、無実だとしても、匿っていては、皇国に睨まれる事になる。

「……先帝への忠誠の表れか。悪い事ではないな」

 排除するだけの理由にはならない、という意味だ。

「ただ行き過ぎますと、皇国への密告へと繋がる可能性が」

「監視は外せないか。何人必要だ?」

「二名」

「それで平気か?」

「皇国に密告するには、自ら療養所を出て伝えに行くか、出入りする者にそれを託すかですが、出入りする者、これは日用品などを運ぶ商人くらいで、それについてはデト商会が既に入れ替わっております」

「出て行く者を監視すれば良いだけか。分かった。では二名を残して引き上げてくれ」

「はっ」

 いつまでも、人を大勢張り付けておく訳にはいかない。ある程度の安全は確保されていると判断したカムイは、人員の引き上げを決めた。

「先帝の様子は?」

「言葉はまだ拙い部分が残っておりますが、意識は常にはっきりしております。完全に回復したと言って良いかと」

「何か動きを見せそうか?」

 敵対するような動きを見せるのであれば、護衛を、刺客に変える必要が出てくる。

「いえ、回復した事を皇国に伝える意志もないようですので」

 とりあえずカムイも一安心だ。先帝を殺せば、テーレイズ皇子には誰がやったか、すぐにばれる。あまり気分の良い事ではない。

「……他には?」

「ありません」

「分かった。ありがとう」

 カムイの言葉とともに、執務室から気配が消えていく。

「結局、何だったんだ?」

(だからよ)

「ああ、今の質問。先帝の病気って何だったのだろうな? 復帰不可能と思っていたのに、いきなり治った」

(……多分、逃げだな)

「逃げ?」

(皇国を滅ぼすのが自分である事とか、これから先の困難に皇帝として立ち向かうのが嫌だったんじゃねえか?)

「だから、あんな風になった?」

 本当にそうであるとすれば、完全に皇帝としての資質に欠ける所があったという事だ。

(心を閉ざして、内に籠ってたんだろうな。見ても見えない振り、聞いていても聞こえない振り。それを無意識の中で意識してやるとああなった)

 この手の事に、魔剣カムイは異常に詳しい。時にカムイが理解出来ないような内容まで説明してくるくらいだ。

「……治ったのは?」

(それくらい分かるだろ? シュッツアルテン皇国は滅びる。それも自分が皇帝ではない時に。逃げる理由がなくなったのさ)

「何だか……」

(所詮、皇帝の器じゃなかったのさ。まあ、少し優しく言うと、乱世で国の頂点に立つ器じゃなかった)

 魔剣もカムイと同じ考えだ。先帝は、この時代に皇帝になるべき人物ではなかった。こんな時代にした責任の一端はカムイにあるのだが。

「まあ、気の優しい穏やかな人だったから。さて、そうなると国政に戻る事は」

(無い。そんな事をすれば、又、籠っちまう事になる)

「それにクラウディアが許す訳もないしな。さて、そっちは特に問題なしか」

(それで? さっきの話は?)

「テレーザ」

(ああ、また違った形で心が病んでる女な)

「何か今のままじゃあ、どうにもなりそうもない」

(……だろうな)

「何を間違っていると思う?」

(簡単だ)

「えっ?」

 ずっと悩んでいた事の答えは、意外な人物ではなく、物が知っていた。

(その女の本来の姿を取り戻そうとしているお前が、偽りの自分を見せてる。虚に虚で対していて、相手の実なんて引き出せるかよ)

「自分を騙しているテレーザを俺も騙そうとしている。それじゃあ、無理に決まっているか」

(仮にそれで、女の気を引けても、却って傷つける事になると思うぞ)

 魔剣の説明は理にかなっておる。心情的にもカムイが理解出来る内容だ。カムイは、ずっと感じていた心の中のモヤモヤが一気に晴れた気がした。

「……こういう事は、早く教えて欲しかったな」

(お前は女の扱いが下手過ぎんだ。これも経験って奴だな)

「なるほど……、どんな経験?」

 魔剣の恋愛経験などカムイには想像が付かない。

(知るか)

「……自分で言ったくせに。まあ、良いか。何だか気持ちがすっきりした。ありがと」

(どういたしまして)

「となれば……。とりあえず当たって砕けろか」

(砕けるのかよ?)

「例えだよ。うまくやろうと小細工しても良い事はない。結果を考えずに、やってみるだけって事だ。じゃあ、早速」

 溜まりに溜まっている仕事を放り出して、カムイは執務室を飛び出していった。

◇◇◇

 テレーザの部屋では、これ又、日課となったルシアの相談会が開かれていた。

「それでですね。師匠」

「あ、ああ」

「カムイ様の為に料理を作ってみたのです」

「ああ」

「かなり驚いていましたわ。あれも意外性ですわよね?」

「そうだな」

 ルシアが熱心に語りかけていても、テレーザはずっと上の空だ。テレーザも又、ずっと悩んでいるのだ。

「……それでですね」

「ああ」

「カムイ様を後ろから蹴り飛ばしてみたのです。これも意外性ですわよね?」

「そうだな」

 そんなはずがない。碌に話を聞いていないのが、バレバレだ。

「師匠! ちゃんと私の話を聞いて頂けています!?」

「あっ、ごめん。ちょっと考え事してた」

「最近多いですわね。何をそんなに悩んでいるのですか?」

「それは……、ちょっと」

 ルシアにカムイの事を考えていたとは、間違っても言えない。
 毎晩、部屋に通ってくるカムイ。口づけをする事に躊躇いを覚える事もなくなったが、そこから先に進む気配は全く見えない。
 一体、何のためにカムイはこんな事をしてくるのか、テレーザには分からないのだ。

「話せば楽になるかもしれませんわ」

「そうだけど、この話は」

「時に師匠を助けるのも、弟子の役目ですわ」

「気持ちはありがたいけど」

「でも」

「悪い。ちょっと邪魔する」

 いきなり割り込んできた声。その声にルシアは素早く反応した。

「カムイ様!」

 名を呼んだ時には、ルシアの体はもうカムイの目の前にある。カムイでも、ぎりぎり見切れるかといった、素早さだ。

「話し中に悪いな」

「いえ! 何か御用ですか?」

「テレーザ殿に」

「あら、そうですか……」

 あからさまにがっかりするルシア。そのルシアの様子に笑みを浮かべながらも、カムイの視線はテレーザに向いてる。

「テレーザ殿。ちょっと付き合ってくれないか?」

「え、ええ」

「馬には乗れるか?」

「えっ?」

「そんな遠出じゃない。街を出たすぐの所だけど、歩きでは時間がもったいない」

「はい。大丈夫です」

「じゃあ、行こう」

「はい……」

 やはり、テレーザにはカムイの考えが分からない。

◇◇◇

 気軽に誘ったカムイだったが、いざ街を出るとなると、そんな簡単には済まなかった。
 カムイは一国の王なのだ。本人が望む望まないに関係なく、身軽ではいられない。馬を駆けさせる二人の周りには、多くの護衛役が配置されている。

「念のためだ! 国境に近いこの場所は魔獣の数も多いから!」

 不安そうにしているテレーザを安心させようとカムイは、事情を説明した。

「あっ、はい!」

 それに返事をしたテレーザだったが、不安を感じているのは、そのせいではない。カムイが自分を外に連れ出した意図がつかめないからだ。

「ほら、もう着いた。ここ」

「はい……」

 着いたと言われても、その場所は街の周りに広がる平原。特に目につく物は何もない場所だ。馬を降りた二人の周り、やや遠巻きにして、護衛が配置につく。

「あの、ここには何が?」

「ここは俺の人生を変える事となった場所の一つ」

「えっ?」

「もう一つは皇国学院にある林の中だけど、そこには連れて行けないからな」

「……人生を変えるとは、どういう事ですか?」

 これを聞くテレーザにも人生が変わる瞬間があった。最悪の人生への転換だ。

「この場所で、俺の両親は神教騎士団に殺された」

「それは……」

 カムイの変化も、良いものではなかった。これは、テレーザには予想外の事だ。カムイの人生は順風満帆。テレーザはこう思っていた。

「俺の両親だけじゃない。多くの魔族もこの場所で殺されている」

「そうですか……」

「俺のせいだ」

「えっ?」

「俺の両親は、戦わなければ殺される事はなかった。それなのに、両親は戦う事を選んだ。先々帝への忠義の為というのもあるけど、俺をクロイツ子爵家から、皇国から自由にする為でもあった」

「…………」

 こんな話はテレーザは知らない。皇国の中で、これを知るのは極限られた者だけで、しかも、全く重要視されていない話だ。

「魔族が死んだのも俺のせい。俺が人族不殺なんて、馬鹿な約束をさせなければ、神教騎士団になんて負ける事はなかった。魔族は俺との約束を破る事なく、相手を殺す事なく戦争を戦ったんだ」

「そんな……」

 これもテレーザは知らない。

「両親を、魔族を殺された怒りが治まると、その事実が俺に圧し掛かってきた。責任を感じて全てを投げ出して逃げ出したくなった」

「……でも、逃げなかった。王はお強いですね」

「逃げ出させてもらえなかっただけだ。責任を感じているなら、二度とこんな事が起きないようにしろと言われた。それをする為に、多くの者たちが俺を支えてくれると約束してくれた」

「…………」

 カムイには、支えてくれる人が居た。だが、テレーザは周りの全ての人たちに、そっぽを向かれる事になった。やはり、カムイと自分は違う。テレーザはそう思ってしまう。

「俺は、この場所で、魔族が安心して暮らせる場所ではなく国を作ろうと決心した。他国に侵される事のない強い国を」

「そして実現されました」

「まだだ。国という形が出来ただけ。まだまだ色々な問題があって、それを一つ一つ解決していかなければならない。その為に、この先も大変な思いをするかもしれない」

「……そうですね」

「でも、俺には支えてくれる仲間がいる。その仲間がいるから、俺は逃げ出さずにいれる」

「そう」

「テレーザさんも、その仲間になってくれないか?」

「……えっ?」

 思いがけない言葉。クラウディア以外では初めて、自分を求める台詞をカムイが口にした事にテレーザは驚いている。

「仲間になって、俺を支えてくれないか?」

「む、無理です。私には、そんな力は」

「力って何だ? 国を支えるには、色々な人が、様々な仕事をこなしていく必要がある。その中にはテレーザさんに力になってもらえる役割がきっとあるはずだ」

「でも、私は皇国の……」

「ヒルデガンドだって、それに俺だって元々、皇国の者だ」

「わ、私の忠誠は……」

 何もない自分にとって、揺るがない忠誠だけが、誇れる事だった。例え、その相手が、どのような人物だとしても。

「その事で、まず俺はテレーザさんに謝らなければいけない事がある」

「謝る、ですか?」

「俺はテレーザさんを騙そうとした。騙して、俺を好きにさせて、クラウディアへの思いを断ち切らせて」

「そういう事ですか……」

 こんな事だろうと思っていた、そう考えながら、テレーザの心は深く沈んでしまう。

「そうすれば、テレーザさんの居場所が作れるかもなんて、馬鹿な事を考えた」

「……えっ?」

「テレーザさんがテレーザさんでいられる場所。そして、この国はテレーザさんの居場所になれると思う。テレーザさんだけでなく多くの人の居場所にしたいと俺は思っている。その手伝いをしてもらえないか?」

「私は……」

「嫌な事は嫌とはっきりと言って良い。無理やり、やりたくない仕事をさせる事なんて絶対にしないと約束する。テレーザさんがテレーザさんでいられるように、出来る限りの事をすると約束する」

「どうして……、どうして、私なんかの為に?」

 これだけの好意を他人から向けられたのは、テレーザは生まれて初めてだ。以前にも少しだけ、人の好意を感じた事はある。だが、それもやっぱりカムイなのだ。一緒に来ないかと言ってくれた事を、テレーザは忘れていない。
 自分とカムイの関係は間違っても良いものではない。嫌われる事はあっても、好かれるような事はしていない。それはテレーザ本人が一番分かっている。
 その自分にどうしてこんな優しい言葉を掛けてくれるのか。テレーザの頭の中は混乱している。

「それが俺たちの願いだから」

「願い……」

「出自も種族も関係なく、自由に恋愛が出来る世界。それが俺と仲間たちの願い。自由に恋愛が出来るって事は、不自由な恋愛をさせないって事だ。それはそもそも恋愛なんて言わないけど」

「……無理だよ」

「諦めたら何も始まらない」

「片想いだってある」

「そこ? まあ。でも、それも自由な恋愛だ。好きになる事を無理に止める事はないだろ? それが叶わなくても、それはそれで良いと思う」

「…………」

「すぐに結論を出さなくても構わない。他にも色々とこの国を見てもらいたいと思っている。その上で判断してくれ。これは決して、テレーザさんを騙す言葉ではないから。俺の中に流れる魔族の血に賭けて、これは誓う」

「……うん」

 それだけを約束して街に戻った二人。
 だが、テレーザの結論は、二人が思っていた以上に早く出る事になる。

◇◇◇

 一人部屋で時間も忘れて、テレーザは考え込んでいた。
 カムイの言葉には誠意を感じている。他人にあれだけ求められた事は、テレーザにとっては初めての事だった。
 だが、誠意を感じれば感じる程、果たして自分なんかがという思いが募る。
 それは、もうテレーザの中では結論が出ているも同じなのだが、それと、その気持ちをカムイに告げる事は別なのだ。諦める事に慣れてしまっているテレーザの悪い癖だ。
 堂々巡りとなってしまっているテレーザの思考を邪魔したのは、扉が開く音だった。

「えっ?」

「……あっ」

 今日は来ないと思っていたカムイの姿がそこにあった。

「悪い。忙しくして考え事していたら、勝手にここに来ていた。習慣になっていたからな」

「そ、そうか」

「じゃあ」

「あっ!」

 去ろうとするカムイを見て、思わずテレーザは声をあげてしまう。

「何?」

「せ、せっかくだから、少し話をしないか? 時間ないか……」

「大丈夫」

 テレーザの誘いを受けて、カムイは部屋の中に入ってくる。そのまま、いつもの調子でベッドに座るテレーザの横に腰掛けた。そして、テレーザも何も考えず、カムイに体を寄せていく。

「えっと、今日はあれだ。そういう事は……」

「あっ、そ、そうだよな」

 テレーザは慌ててカムイとの距離を取った。

「何を話そうか?」

「何でも良い」

「えっと……。とりあえずいつものする?」

「……うん」

「えっ?」

 緊張をほぐすつもりの、カムイの冗談は、逆効果に終わってしまった。

「何?」

「……悪い。冗談のつもりだった」

「ば、馬鹿。私も冗談だ」

 ぎこちない会話が続いてしまう。

「そうだよな……。次は何を見てもらおうかな。何か見たい物あるか?」

「そう言われても私は、この国の事を何も知らないから」

「それもそうか。とりあえず国都が一番だろうけど」

「ああ、そう言えば、ここは違うんだったな。良いのか、いつまでもここに居て?」

「テレーザさんの結論が出るまではと思って」

「そ、そうか……」

 何気なくした質問で、又、カムイの優しさを知ってしまう。この気持ちに甘えたいという思いが、テレーザの心に湧きあがってくる。

「でも戻っても良いか。やっぱり国都は見てもらった方が良いからな。それに途中で領地の様子も見れる」

「……良いのか?」

「問題ない」

「私はまだ返事をしていない」

 気持ちは決まっているのだ。ただ言葉にする勇気がテレーザにはない。

「焦らないでゆっくり考えれば良い」

「……自信がない」

「だからそれは」

「だって、お前たちは皇国学院の時から凄かった。カムイだけじゃなくて、アルトもルッツも。それにヒルデガンドたちだって」

 カムイの周囲に居る者たちは、テレーザには眩しすぎるのだ。彼らと並んでいる自分が、想像出来ないほどに。

「彼等は彼等。テレーザさんは自分がやれる事をすれば良い。ルッツだって武の方はいけるけど、事務仕事なんてからっきしだからな。それぞれ得手不得手があるって事」

「でも……、自信がない」

「困ったな」

「私が、カムイの側に居て良いと思える自信が欲しい」

 テレーザは、ちょっと勇気を出して、これを口にしてみた。

「大丈夫だから」

 だが、カムイには通じない。分かれという方が無理だろう。

「そうじゃなくて」

「何?」

「……だ」

「だ?」

「だ、抱いてくれないか?」

「えっと……、抱きしめてって意味じゃないよな?」

「……それ前も聞いた」

 勇気を出して告げた言葉を、冗談にされて、テレーザはちょっと拗ねた様子を見せる。

「俺、恋愛感情を持ってない。そういう相手に抱かれるのは、テレーザさん嫌だろ?」

「そんな事ない。カムイだったら、私は嫌じゃないし、いや、嬉しいと……」

 自分の口から出た言葉に、テレーザ自身が驚いてしまう。

「それって男を口説く方法?」

「違う! そのままの私を……、抱いて欲しい」

「それで自信が付くかな?」

「安心は出来る。お前が女性に優しいのは知っているし、その、特別な関係になった女性に、酷い事は出来ないかなって」

「安心か……」

「頼む」

「……じゃあ、良いよ」

 愛情ではなく同情。そうであっても、カムイはテレーザを受け入れた。それがどれほど驚くべき事か、カムイ当人が分かっていない。

「あ、ありがと」

「御礼を言われるのも変な感じ」

「……もう言葉はいらない」

「そっか」

 またカムイに体を寄せてテレーザは顔を近づけていく。唇と唇を重ねるのは、二人にとって何度も行った事だ。だが、今のテレーザの顔は羞恥で赤く染まっている。

「は、恥かしいな」

「恥ずかしかったら、自分からしてくるなよ」

 文句を言うカムイの顔も真っ赤だ。

「だって……」

「黙って」

「ん」

 抱き合ったまま、二人はゆっくりとベッドに倒れ込んだ。カムイの手が、テレーザの服にかかり、優しくそれを脱がせていく。

「は、恥かしいって」

「あっ……、消灯」

 部屋を照らしていた魔道具の灯りが消えて、二人を暗闇が包んだ。

◇◇◇

「く、くすぐったい」

「えっ? そう?」

「少し」

「そうか。こうだと、くすぐったいのか……」

「……別の女の事考えるな」

「……悪い」

 そして、また無言で絡みあう二人。


「くすぐったい?」

「ん? そ、そんな事、ない」

「そうか、それは良かった」

「な、何がだよ?」

「いや、俺、テレーザさんほど経験ないし」

「……傷ついた」

「……悪い」

 そして、又。しばらく無言の時が続く。


「あっ……」

「何?」

「何でもない」

「そう」

「んっ、あっ」

「えっ? くすぐったかった?」

「……ううん。気持ち良い」

「そ、そう」

「……そうか。そうだったのか」

「何?」

「何でもない。続けて」

「ん」

 カムイの背中に回されたテレーザの腕に力がこもる。しがみつくような形でテレーザはカムイを強く抱きしめた。

「んっ……、あっ……、はあ……」

「ち、ちょっと、変な声出すなよ」

「い、いや、で、でも……、んっ」

「演技いらないから」

「し、してない……、あん」

「や、やばい。刺激が強すぎる」

「あっ、ああん。なっ、何これ? な、何か変」

「止める?」

「……ううん、続けて」

「分かった」

「んっ……、あっ……、だ、駄目……、あっ、駄目」

 テレーザの艶やかな喘ぎ声が暗闇の中で響き続けた。

◇◇◇

 テレーザが目を覚ました時、辺りはすっかり明るくなっていた。
 隣にいたはずのカムイの姿はない。夢だったのかと思ったが、それは枕元に置かれていた一枚の紙が否定してくれた。
 仕事に戻る。たった、それだけの手紙。
 その紙を胸に抱きながら、もう片方の手がカムイの居たはずの場所をなぞる。

「……カムイに抱かれちゃった」

 昨夜の事を思い出すと自然と顔が赤くなる。演技なんて関係なく、乱れた姿を晒してしまった。しかも、その相手はカムイなのだ。

「知らなかった。男に抱かれるのって気持ち良いんだな……」

 昨晩の余韻に浸って、ベッドの上でぼうっとしているテレーザ。その余韻を取り払ったのは、扉を叩く音だった。

「あっ、はい。……あっ、違う、ちょっと待って!」

 自分が裸のままである事に気が付いて、慌てて、制止の声を発したのだが、相手はそれに構わず部屋に入ってきてしまった。

「……ル、ルシア」

「師匠。やってくれましたわね」

 部屋に入るなり、ルシアは腰に手を当てて、テレーザを恨めしそうに睨んでる。

「な、何が?」

「惚けないでください。それともあれですの? 師匠は一人で裸になって、イヤラシイ声を出す趣味でもあるのかしら?」

「……ごめんなさい」

「まさか、師匠にカムイ様を寝取られるなんて」

「ごめんなさい」

 ルシアを裏切ってしまった。この事実が、浮かれていたテレーザの気持ちを一気に落ち込ませた……、次の言葉を聞くまでは。

「さすがに師匠ですわ!」

「……へっ?」

「凄いですわ、師匠。あのカムイ様を、わずか数週間で落としてしまうなんて」

「あ、あの、怒ってないのか?」

「それは怒っていますわ。次は私だと思っていたのですから。でも、師匠は私に希望を与えてくれましたわ。師匠のおかげでカムイ様はヒルデガンド様以外の女性にも手を出す事が分かりました。更に一枚、カムイ様の壁は崩れましたわ。一人手を出したら、もう一人なんて、何の抵抗もありませんわよね?」

「そ、それはどうかな?」

 カムイは決して女好きではない。自分を抱いたのも、欲情でも愛情でもなく、優しさからだとテレーザは分かっている。

「まあ、師匠のように鮮やかにとはいかないでしょうけど、私も頑張りますわ」

「そうか。頑張って」

 とりあえず、ルシアが前向きで居てくれるのは、テレーザにとって嬉しい事だ。

「ただ」

「何?」

「私は良いのですけど。別の方の怒りが」

「だ、誰?」

「ヒルデガンド様が師匠とお話をされたいそうです。それを伝えに来ました」

「も、もう、ばれた……」

「師匠、お楽しみのようでしたから。さて、準備をしてください。ヒルデガンド様がお待ちです」

「はい……」

 天国から地獄。テレーザの気持ちは、まさにそう表現するに相応しい状態だった。
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