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魔王の器 作者:月野文人

第三章 皇国動乱編

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共和国の外交官

 カムイ自らが率いたアーテンクロイツ軍が南部に向かっていた頃、共和国の砦を皇国のケイネル宰相が訪れていた。
 アーテンクロイツ共和国への入り口となる砦は、皇国が押さえていた頃から大きく様変わりしている。元々ノルトエンデ側が守りの中心であったそれは、今は当然、皇国側を向いていて、砦を守る壁は大きく張り出し、更に何カ所かに出城のようなものまで出来上がっていた。

「いつの間にここまでのものを……」

 砦を始めて見るケイネルであっても、砦が大きく改修されている事が分かるほどだ。

「驚くべき早さで作り上げられました。工事の様子を見た限り、あらかじめ材料を用意していて、一気に組み上げたようです。工事の音が聞こえますので、まだ改修は続いているようですが、内部の様子は確認出来ません」

 これまでずっと交渉を続けていた文官の一人が、ケイネルに説明を行う。

「そうですか。交渉はどこで?」

「砦の入り口の手前にある建物です」

「あれですか。小屋ですね?」

「交渉用に作られた小屋です。中で行われている工事の様子を見せない為でしょう」

「相変わらず、隙がないな」

 交渉団の役目には、内部の様子を探るという事もある。だが砦の中に入る事も出来ない皇国の交渉団は、何もつかめていない状況だ。

「……相手方が現れたようです。急ぎましょう」

 砦の門がわずかに開かれて、中から数人が出てくるのが見える。その中の一人が皇国の交渉団の存在を確認して一度立ち止まる。
 それもわずかな時間。すぐに他の者と共に小屋に入っていった。

「アルトか……」

 その名を呟くケイネル宰相は苦い顔だ。交渉相手としては、最悪の一人が現れたという思いからだ。

「面識がおありでしたか」

「皇国学院で同学年でした。彼の役職は?」

「アーテンクロイツ共和国外交官ですが、役職と言えるものかは分かりません」

「どうして、そう思うのです?」

「最初の交渉の場で、少し考えて答えましたので。恐らく、その場で決めたのでしょう」

「……そうですか」

 そのやり方にも、ケイネルは白々しさを感じている。わざと自分を軽く見せているように思えるのだ。

「交渉相手としては釣り合いません。よろしいのですか?」

 実際に皇国側はそう考えていた。

「役職なんて関係ありません。彼はカムイ・クロイツの右腕です。学院にいた時からずっと」

「彼が……」

 まさかの事実に文官は呆然としている。これでは交渉以前の問題だ。

「知らなかったのですね? 相手を待たせてはいけません。急ぎましょう」

「はい」

 そして、皇国の交渉団も小屋に向かう。

◇◇◇

「シュッツアルテン皇国宰相殿が、自ら来訪とは驚きました」

 小屋に入ると、すぐにアルトがケイネルに声を掛けてきた。

「中々、話が進まないようなので、一度状況を確認させて頂こうと思って」

「なるほど。では、どうぞ。お掛け下さい」

 アルトに促されて、交渉の席につく。ケイネル宰相は少し迷ってから、端の席についた。正面から向き合っては、気持ちを見透かされるような気がしたからだ。

「さて、早速始めましょうか。前回交渉の確認からですか?」

 皇国側が席についた所で、すぐにアルトが話を進めてきた。

「ああ。そうさせて頂く」

「では、どうぞ」

 だが内容については皇国側に話させようとする。これに何の疑問も持たずに、皇国の担当者は、書類を見ながら口を開いた。

「シュッツアルテン皇国は、アーテンクロイツ共和国の独立を承認する」

「異議あり」

 最初からアルトは同意事項を否定してきた。

「承認は必要ないと前回申し上げたはずです。皇国の承認などなくても、アーテンクロイツ共和国は国として存在している」

「しかし、元々ノルトエンデは皇国の領土」

「元々は魔族の領土です。貴国の先々帝との約束により、皇国の人族が住むことを許していたに過ぎない」

 先々帝との間に何らかの密約があった事は、薄々、皇国側も感づいているが、その内容ははっきりとしていない。知る者はいないのだから当然だ。

「そのような条約はどこにもない」

 そうである以上、皇国は認めるつもりはない。

「口約束でも契約は契約」

「証明出来ない」

「魔族があったと言っているのです。それが証明です」

 魔族にとって契約は絶対。これについては、アルトは真実を言っている。

「それが通用するのであれば、契約書や調印文書などは不要ではないですか」

「ええ、不要です。人族が魔族と同じだけ、契約に対して誠実であれば」

「貴方も人族だ」

「だから、こうして何を合意したのかを確認している。魔族であれば、前回の確認など必要としません」

「皇国に認められれば、他国だって追従する」

「他国とは別に交渉しますので、ご心配なく」

「…………」

 皇国側が黙った事で議論は一旦止む。
 アルトの言葉がただの脅し文句でない事を、皇国側は分かっている。分かっていることが、弱みとなり、皇国にとって更に交渉を難しくしていた。

「どうやら、すぐに同意は出来ないようです。この件は後回しにして、次に移りましょう」

 この言葉で、これまでの交渉と同じ展開がこの先に待っている事になる。
 属国として位置付けたい皇国としては、あくまでも皇国が認めた国という形を取りたいのだ。この先の交渉案件は、すべてそれを前提としたもの。議論を先に進めても意味はない。

「……国内への駐在官事務所の設置」

「人数は百名でしたか」

「少し増えそうです」

「では何名ですか?」

「二百名でお願いしたい」

「少しで倍ですか。まあ、良いでしょう。二百名を収容できる場所を用意します」

「では、これは合意出来たという事でよろしいですか?」

 進まないと思っていた話に、まさかの進展があった。

「ええ。記録していただいて構いません」

 皇国側の念押しにもアルトは同意を示す。ほっとした雰囲気が皇国の担当者に流れる。

「では、本件は同意という事で」

「一つ、伺いたい」

 同意は一つ纏まろうという所でケイネル宰相が口を開いた。それにわずかに苦笑いを浮かべながら、アルトが返事をする。

「どうぞ。ここは交渉の場ですから、質問を遠慮する必要はありません」

「その駐在官事務所の場所は、どこに確保されるのだ?」

「それはこれから決めます。なんといっても人数が倍になりましたから、改めて検討しないと」

「アーテンクロイツ共和国の王都の中である事は間違いないのだな?」

「そんな約束はしていません。我が国の国都であるハルモニアを皇国のそれと比べて頂いては困ります。国都と言っても、はるかに規模は小さい。二百名もの人員は入りませんので、別の場所を考えています」

「それはどこに?」

「これから考えると言いましたが?」

 皇国側としては、これでは意味がない。二百名の中には諜報の役目を担う者も入れる予定なのだ。アルトが同意を示した理由がこれで分かった。

「……その中の二十名を、その国都に」

「場所がないと言いました」

 ケイネルは妥協案を示したつもりだったが、アルトはあっさりと拒否する。

「たった二十名だ」

「それは皇国だけの数」

「何だと?」

「他国の駐在官の方々の場所も考えなければいけません。皇国の方々を国都へ受け入れれば、他国もそれを望むでしょう」

「……王国も受け入れるのか?」

「王国がそれを望めば」

 皇国の目的は駐在官を対外的に代官と見せ、他国にノルトエンデはあくまで皇国の属国との認識を持たせる事だ。これによって皇国の面子を保とうというところだが、アルトがそれを許すはずがない。

「この件も保留に」

「そちらが、そう言うのであれば。では次を」

「……交易の件。二国間の関税はなし、制限品はなし、商業許可は皇国、共和国の共通で」

 次の同意事項を担当者が読み上げる。すでに、この声には力がなくなっている。宰相であるケイネルが来ても、事はどうやら変わらないと、思ってしまっているのだ。

「それは概ね問題ありません。ただ一つ確認があります」

「何です?」

「商業許可は皇国と我が国の両方の承認が必要になるという事で良いですか?」

「こちらは、どちらかの許可証があれば、商売は可能になると考えている」

「それは同意できません」

「何故?」

「我が国には、そもそも自国に根付いた商会がありません。それは、これから育てるのですが、その前に皇国の大商会に市場を独占されては」

「それは商人の競争であって、国が大きく関与する所ではないではないか」

「しかし、税が落ちるのは皇国だけになります」

「それは……」

 概ねアルトの言う通りだ。商人は、登録している国に売上に対する税金を払う。関税がなければ、相手国に落ちる税金はないに等しくなる。

「これが無理なら、その代わりとして皇国所属の全ての商人への監察権限、徴税権限を頂きたい。又、それに対して皇国は一切の関与をしない事の約束も」

 アルトは簡単に言うが、これは皇国の商人を共和国が奪うに等しい。皇国の答えは決まっている。

「……ケイネル宰相?」

「保留だ」

「では次へ」

 すぐにアルトが次を促してくる。纏める気がないのは明らかだ。

「……皇国の辺境領主の反乱鎮圧への協力」

「具体的に何を求めているのかの確認をしていたはずですが?」

「辺境領主への働きかけ」

「それは我が国が出来る事ではありません」

「個人的な付き合いがあるはずだ」

「……まさか学校の同級生という事ですか?」

「まあ、そうだ」

「それであれば貴国の皇帝陛下も同級生でした。皇帝陛下自ら、動かれてはいかがですか? ああ、こちらのケイネル宰相殿も同級生だ」

 この件に関しては、アルトは完全に皇国側を馬鹿にしている。まともに議論する気がないのだ。

「……そちらが、裏で糸を引いているという噂もある」

「おや、裏で糸を引いているのは、テーレイズ皇子殿下では? つまり、皇国の内乱。我が国が関与する事ではありません」

 皇国自らが流した噂。それを皇国側から否定する事は出来ない。

「……反乱鎮圧への派兵」

 証拠がない以上は、惚けられても追求のしようがない。そうであればと、要求を内乱前提に変える。だが、それは交渉を難しくするだけの事だ。

「内乱鎮圧の為に我が国が軍を出す。それの見返りは何ですか?」

「…………」

「我が国が皇国の命令に従う理由はない。協力要請という事であれば、考える余地も少しはありますが、その場合は当然見返りを求めます」

「例えば?」

「派兵費用の負担。軍備、物資、派兵される兵への報酬等々、期間の全ての費用」

「兵への報酬とは?」

「兵には給金を支払います。それの事です」

「そんな話は聞いたことがない」

「皇国でも騎士には給金を払っているのでは? そして兵役は税のひとつ。やはり、タダで働いている訳ではありません」

 これについてアルトが言っている事は正論だ。他国にただで軍の派兵を頼む方が間違っている。兵に渡るかどうかは別にして、国に対してはどのような形にしろ謝礼は支払われるべきだ。

「……全体でどれ程なのだ?」

「それは終わって見ないと分かりません。長引けばそれだけ費用が掛かる訳ですから」

「では、最後に精算という事で良いのだな?」

「ええ、かまいません」

「今の条件を飲めば、派兵するのか?」

 費用の後払い。皇国側に有利なように思えるが、そんなはずはない。

「まだ条件の説明は終わっていません。死亡した兵の家族への補償金。これは死亡した人数分を毎月支払って頂きます。遺族への補償を後回しにする訳にはいきませんから」

「どうやって死亡数を把握するのだ?」

「ちゃんと派兵部隊の状況を調べてそちらに伝えます」

 つまり言い値という事だ。結果、反乱鎮圧が長引けば長引く程、皇国は共和国に金を支払い続ける事になる。それでは、まるで皇国が共和国に朝貢しているようなものだ。

「…………」

「保留ですか?」

 言葉を失って固まっている正面の文官の代わりにアルトはケイネルに問い掛けた。

「いや、取り下げる」

「そうですか。では次へ」

「次も取り下げだ。こちらから出した全てを取り下げる」

「では、交渉は決裂と」

「取り下げた上で聞かせてもらおう。そちらの条件は何だ?」

「こちらですか。そうですね……、まずは、全ての辺境領の独立と皇国との不可侵条約の締結」

「やはり、それか」

 これを持ち出し来ることは皇国側にも最初から分かっている。それを自国の有利に交渉を進めようと、強気な所から交渉を進めようとするから、無駄な時間を使うことになるのだ。

「まあ、これは譲れません」

「無理だ」

「理由は?」

「辺境領は皇家の直轄地となる事が決まっている」

「ああ、四方大公。まだ、その話は残っていたのですか。それを諦める事は?」

「……出来ん」

 他の皇子がクラウディアを支持した条件がこれだ。これを撤回すれば、皇家内で又、揉め事に発展する事になる。それこそ、方伯家が他の皇子を担ぐ可能性だってあるのだ。

「では、やはり交渉は決裂です」

「同じ辺境を放棄するのであれば、皇国には王国と組むという選択肢もある。二大国を敵に回して、勝てると思っているのか?」

「いよいよ脅しですか」

「交渉の余地がなければ、そういう事になる」

「ご自由に」

「……ハッタリは通用しない」

 こう言いながらも、怯えているのはケイネルの方だ。アルトがこの状況を考えていないはずがない。何かあるはずなのだ。

「こちらにも別の選択肢はありますので」

「言ってみろ」

 案の定、アルトには考えがあった。脅しのような交渉は、これを知る為の意味の方が強い。

「我が国はもうひとつの皇国と交渉する事にします」

「もうひとつの皇国とは何だ?」

「テーレイズ皇子殿下側と交渉をするという事です」

「何の実態もない。そんな所と交渉しても意味はない」

「そうでもない。まだ知りませんでしたか。相変わらず、のんびりしている」

「何を……」

 アルトの言い方に、ケイネルの心に一気に不安が広がっていく。情報不足による判断ミスはこれまで、何度も繰り返してきた事だ。

「南方伯家はテーレイズ皇子殿下を推戴しています。南部の戦いは、テーレイズ皇子に付いた辺境領主と、独立を目指す辺境領主の戦いです」

「そんな馬鹿な……」

 こうして、又、皇国は重要な情報を知らずに、翻弄される事になる。

「疑うなら調べてみれば良い。ただ、こちらにはあまり時間はないので急いでください。そちらとの交渉決裂となれば、我が国はそちらの方向ですぐに動きます。知り合いがいるとはいえ、南部辺境領全てを説得するには時間がかかるので」

「……南方をテーレイズに差し出すというのか?」

「テーレイズ皇子殿下と辺境領の扱いについて良い形で合意できれば」

「……まさか、居場所を掴んでいるのか?」

「まさか、我らが掴めていないと思っていたのですか?」

 これがトドメ。結局、持っている情報だけで皇国はアルトに追い詰められる。ケイネル宰相の脅しは、アルトの反撃により、簡単に砕け散った。

「……少し時間を貰いたい」

「ご自由に。こちらが決める事ではありません」

「……もう一つ聞きたい」

「どうぞ」

「何故、ここまで皇国を恨む? その理由が知りたい」

「説明しても理解出来ないと思いますけど?」

「それでも良い」

「シュッツアルテン皇国は魔族を裏切った。先ほども少し言ったように、魔族は契約に誠実です。誠実だからこそ、裏切りは許さない。そういう事です」

「……テーレイズも皇国の皇族だ」

「恨みは、皇族にではなく、シュッツアルテン皇国にある。裏切り者のシュッツアルテン皇国を滅ぼした。その事実が魔族には大事なようで」

「分からん」

 分かるはずがない。アルトは肝心の裏切った内容を話していないのだ。話したとしても、魔族の考え方を多少は知っていないと、やはり理解は出来ないだろう。

「でしょうね。私にも魔族の理屈はよく分かりません。でも、そういう事です。シュッツアルテン皇国が世界から無くなれば良い。それで恨みは消えるのだと理解しています」

「……あくまでも皇国を滅ぼすまでは気が晴れないと言うのだな」

「人の話を聞いていたか?」

 ここでアルトはがらりと口調を変えてきた。本気度を示す為だ。

「どういう意味だ?」

「じゃあ、特別に。魔族は皇国を滅ぼしたい訳じゃねえ。シュッツアルテンを滅ぼしたいのさ。シュッツアルテンとは【古の守護者】を意味する。その資格のない者に名乗らせる訳にはいかねえって事だ」

「……まさか、そんな事で」

 ここまで言われればアルトが何を求めているのかケイネルにも分かる。だが、その意味はやはり理解出来なかった。

「さて、今日の交渉は終わり。あまり話過ぎると、私が罪に問われるので。では」

 交渉を打ち切るとアルトたち、共和国側はすぐに小屋を出て行った。残されたのは、茫然と座っている皇国側の交渉団だけ。

「……宰相?」

「本当だろか?」

「まさか、あれは本当にそういう意味なのですか?」

「そうとしか思えない」

「そんな」

「急いで戻る。陛下と至急相談しなくては」

 慌ただしく小屋を出て、クラウディア陛下たちがいる戦場に戻っていく交渉団。そして又、皇国はアルトの手の平の上で踊る事になる。

◇◇◇

 アルトから得た情報を元に皇国も裏付けを得る為の情報収集に動いた。それが一通り、終わった所で、重臣会議だ。

「確認が取れました。確かに南方伯は反乱辺境領主を率いて戦っております。ただ、その後は裏切られたようで、今は又、別の辺境領主を率いているようです」

「何をやっているのだ、南方伯は。それでテーレイズを担いでいるのは間違いないのか?」

 諜報部門からの報告を聞いて、ケイネルは呆れ顔だ。皇国にとって事態は深刻だが、それでも南方伯の情けなさに呆れる思いだった。

「はい。南方王を約束されて寝返ったようです。これは辺境領主側の関係者からの証言です」

「辺境領主の情報か……、南方伯へ送った使者は何と?」

 辺境領主がもたらした情報となると、ケイネルは鵜呑みに出来ない。カムイたちの策である可能性が充分にある。

「そのような事実はあり得ないと南方伯は言っていたと、伝えてきております」

「反乱辺境領主を率いていた事は?」

「知らないと」

「……何かを隠している事は事実か。東方への派兵の件は?」

「その余裕はないと断ってきたそうです」

「南方伯だけでも報告に来いという命令には?」

「同じく、その余裕はないと」

「限りなく黒に近いな。分かった、引き続き、南方の情報収集を怠らぬようにと」

「はっ」

 諜報部門の人間が部屋を出て行った所で、ケイネルはクラウディアたちに向き直った。

「お聞きになった通りです」

「本当だったんだね?」

「最悪の状況を考えた場合、南方は全て離反しております。そして東方は知っての通り。ここにアーテンクロイツ共和国が絡んできた場合、東と南は反皇国で一つに纏まると考えて良いでしょう。全体としての領土は皇国側がまだまだ優勢ですが、戦闘となるとせいぜい五分」

「東方伯を計算に入れていないな」

 指摘してきたのはオスカーだ。

「最悪ではなかったな。最悪は東方伯家もヒルデガンドを通してテーレイズ側に立つ事。軍事力では相手が上になります」

「皇国中央はがら空きだ。南方が纏まると一気に北上されるな」

「押さえを西方伯に願い出たとして」

「全軍は出さんだろう。西方辺境にも反乱の兆しがある。これもまんまとやられたな。一度引っ込んだ西方伯家をまた引きずり出すのは容易ではない」

「ねえ、北方伯は? 場所も西方伯より近いよ」

 二人のやりとりにクラウディアが割って入ってきた。クラウディアには珍しく的確な質問だ。

「共和国を恐れて自領を動かないでしょう。そうなると動かせるのは、ここに集結させている中央貴族軍のみ」

「それを動かせば、東方伯家は動くかもしれない」

「……どうにもならん。どこかを動かせば、そこが手薄になる。手薄になった所を突かれるだけだ」

 それがカムイたちの戦略の基本。皇国はまんまとそれに嵌っている。

「結ばれるどこかの糸を切るしかない。その為には、その糸となる共和国との和解だな」

「しかし、辺境領の全てを放棄は出来ない」

「東と南だ。この二つはどのみち独立される」

 これは、かなり思い切った決断だ。これだけの決断が出来るくらいには、ケイネルは優秀だという事だ。

「それで共和国は本当に和平交渉を受け入れるのか?」

「正直やって見なければ分からないな。ただ、少なくとももう一つの条件を満たす必要がある」

「本当に必要なのか?」

 ケイネルが持ち帰ったもう一つの情報。これについてはオスカーは疑念を抱いている。まともに受け取るにはあまりに馬鹿げた内容だった。

「私はそういう事だと受け取った。同行した者たちも同じ考えだ」

「そんな事をして良いのか? 千年続いた皇国の国名を変えるなど」

「だが、その国名に皇国は縛られている。私なりに、契約の意味を考えてみた」

「分かったのか?」

「分からない。だが、こういう事なのだと思う。いつの事かは知らないが、皇国と魔族は契約を結んだ。その内容も分からないが、とにかく皇国はその契約を破った。それを魔族は怒っている。契約を厳密に捉えると契約したのはシュッツアルテン皇国。そのシュッツアルテン皇国が無くなれば契約は無効で、契約を破った事による賠償の支払義務もなくなる」

 ケイネルの推測はかなりいい線を言っている。だが完全に理解するのは無理だろう。真実はアルトの言葉そのまま。『古の守護者』はノルトエンデを護る盾として造られた国の名。魔族を裏切った皇国が名乗る事は許されない。これだけの事だ。

「皇国は皇国だ」

「シュッツアルテン皇国を受け継いだのが、クラウディア陛下ではなく、テーレイズだとしたら?」

「おい!」

「方便だ。契約を破った責任をテーレイズに押し付ける為の。幸いにもと言うべきか、クラウディア陛下は皇帝就任式を行っていない。それを行う時にシュッツアルテン皇国皇帝ではなく、別の国名の皇帝を名乗ればシュッツアルテンを継いだとは言えなくなる」

「誤魔化しだな」

「だが、辻褄は合っている。それが魔族には必要なのではないか?」

 こんな辻褄合わせは全く必要ないのだが、真実を理解出来ない人族では、こう考えてしまうのが普通。

「それは自分には分からん」

「それはそうだ。言っている私が半信半疑だからな。だが、やってみる価値はある。所詮、国名は国名だ。それが変わっても中身は変わらない」

「俺たちにとってはそうだが……」

 オスカーの視線がクラウディアに向く。この件について二人でいくら話し合っても、決断はクラウディアにしか出来ない。

「別に良いんじゃないかな?」

「陛下、本当によろしいのですか?」

 あまりにあっさりと認めるクラディアに不安になって、オスカーは念押しをするが。

「だって国名は国名だよ? 私が皇帝である事には変わりはないよ」

 クラウディアの答えはこれで、これが本音だ。皇帝である事。クラウディアにとって大切なのはこれだけなのだ。

「……分かりました」

「でも兄上とヒルデガンドは何とかしないと。王国との事もあるしね」

「共和国とテーレイズの繋がりを失くせばなんとか」

「カムイくんとヒルデガンドは?」

「カムイくん?」

「あっ、同級生だったからつい」

「……相手も国王な訳ですから、あまり軽々しく呼ぶのはいかがかと」

 和平交渉が進むと見て途端にくん付けに変わるクラウディア。この変わり身の早さに呆れながらも、別の理由をつけて、ケイネルはそれを注意した。

「じゃあ、カムイさん」

 だが、そんな遠回しの言い方ではクラウディアには通じない。

「……国王と」

「カムイ王……。なんだか知らない人みたいだね?」

「とにかく、それでお願いします。それでカムイ王とヒルデガンドとは何の話ですか?」

「二人は仲が良かったから平気かなと思って」

「十年も前の話です。それに、カムイ王はヒルデガンドとの戦いに直接関与してきていません。仲が良ければ何か動きを見せるのでは?」

「でも……」

「じゃあ、試してみますか? ヒルデガンドを討つのに手を貸せと。シュッツアルテンを滅ぼすのであれば、それが筋だとでも言って」

 投げやりな感じでケイネルは言ったのだが、それさえもクラウディアには通用しない。完全に墓穴を掘る事になる。

「……そうだね。それが良いかも」

「本気ですか!?」

「宰相が自分で言ったんだよ?」

「受け入れる訳がありません」

「言ってみないと分からないよ」

「……まさか命令ですか?」

「私、皇帝だよ」

 ケイネルにとって共和国との交渉は苦痛以外の何者でもない。そこに新たに頭痛の種が加わる事になった。
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