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魔王の器 作者:月野文人

第三章 皇国動乱編

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南部動乱の行方

 皇国中枢の目が東方での戦いに向いている中、南部辺境領は、東方以上の混乱を見せていた。
 その原因は二つ。一つは南方伯の背信だった。南部辺境領の反乱に対して、勇んで鎮圧に赴いた南方伯家軍であったが、前南方伯の急死、そして、南部辺境領軍の予想以上の強さに、一気に南方伯の意気は消沈してしまった。
 そこに誘いの手が伸びる。辺境領の反乱の裏には、復権を望むテーレイズ皇子が有る。東方のヒルデガンド妃殿下の戦いも、その為のものであり、東方戦線はテーレイズ皇子側が圧倒的に優勢だという情報は、南方伯の気持ちを揺るがすには十分だった。
 更に反乱を起こした南部辺境領主連合から、南方の平定の為に、自分たちの旗印になって欲しいという誘いが来た事で、南方伯は見事に転んだ。
 なんといっても、テーレイズ皇子が皇帝になった暁には、南部辺境領を含む南方全体の王になれるという誘惑が大きかった。
 当然、そんなものは嘘であり、反乱側の兵力不足を補う為の南部辺境領軍の中心人物の一人であるカルロス・カスターニャの策だ。
 だが、そのカルロスの策が、反乱側に思わぬ誤算を生むことになった。セレネが皇国側として、反乱鎮圧に動いたのだ。セレネはディーフリートの殺害が、テーレイズ皇子の策略だと信じ込んでいる。ディーフリートの仇討と勇んで、南部辺境領の西半分をまとめ上げると、反乱側へ真っ向からぶつかっていった。
 かくして、南部辺境は当事者同士が全く知らない内にテーレイズ派とクラウディア派の争いの場という構図となった。

 この事態に誰よりも苦い思いをしているのは、アルトだった。

「あの馬鹿女、何を考えてやがるんだ!」

「もしかしてセレは秘密同盟に加盟していないのかい?」

「……誘えるか」

 ディーフリートの問いに、少し間を空けて、アルトは答えた。

「どうして?」

「お前が言うな。セレネがお前と二度と会わねえと決めている中で、カムイとヒルデガンドさんをくっつけようなんて言えるわけねえだろ?」

「それは……、ごめん」

 アルトの言う通り、ディーフリートにはこの件で何かを言う資格はない。

「しかし、秘密同盟は抜きにしても、これはねえだろ? あいつ、自分の立場を忘れてやがる。エリクソン家はどうするつもりだ?」

 エリクソン家も自領の独立を、セレネ本人はともかく、周囲はそれを願っており、セレネはその期待を背負っていたはずなのだ。

「さあ?」

「お前に聞いてねえ。全く、恋に狂った女ほどたちの悪いものはねえ」

「そんなに怒らないでよ」

 ディーフリートの態度は他人事のようだ。何ものにも縛られないで、自由に生きる。フライハイトを名乗るのは、その為のものだが、それに何の意味もない事がディーフリートは分かっていない。

「これが怒らずにいられるか。良いか? ヒルデガンドさんの所はそろそろやべえ。もう時間がねえんだよ」

「……負けそうなのかい?」

「皇国が慎重になった。まともに戦っても勝てねえと思って、馬鹿貴族軍の数を頼りに、ただ城塞を囲んでいるだけ。兵糧攻めってやつだ」

「東部辺境領連合は?」

「オスカーまで人が変わったように堅実な戦いを見せるようになった。東部の奴らが挑発しても、深追いする事がねえ。ヒルデガンドさんが篭もる城塞からあまり離れない位置で牽制しているだけだ」

 負け続けと言われても仕方がないオスカーだが、敗戦も経験だ。敗戦の中で、オスカーも少しづつ成長していた。

「マズイね。いっその事、和解の条件にヒルデガンドを要求したらどうだい?」

「俺はそうしてえが、カムイが首を縦に振らねえ」

「どうして!?」

「それを今すれば、辺境領を見捨てる事になるってよ。まあ、確かにその通りだ。俺達がどう動くか分からねえから、北方伯家軍は自領から動けねえし、西方伯家軍も慎重に軍を動かしている」

「西方も?」

「ちらちらと俺らの軍がいるように見せている。実際はハリボテだけどな」

 今、西方で事を起こす気はカムイたちにはない。西方は遠くて、長期の支援は出来ない。中途半端に事を起こせば、西方伯の西方制覇を助けるだけと考えている。

「忙しいねえ」

「他人事みてえに言うな!」

 実際にアルトは目が回るほど忙しい。先程からのディーフリートの言い方は、アルトには癪に障って仕方がない。
 だが、そんなアルトの気持ちは、変に悟った風なディーフリートには届かない。

「今の僕は傍観者だからね。そうなるとアーテンクロイツ軍を動かすしかないね」

「だから、それをセレネが邪魔してんだ」

「えっ、どうしてそうなるのかな?」

「南部が先だってよ。南部の混乱を早めに治めねえと、南部辺境領はバラバラになっちまう。それは俺も否定できねえ。散々に殺し合いをした後で、仲良くなんて出来るわけねえからな」

「そうだね……」

「という訳で、フライハイトも傍観者は終わりだ。覚悟を決めろ」

「えっ?」

 自ら乗り越えられないのであれば、無理やり乗り越えさせるだけ。たまたま、こうなっただけだが、利用出来るものは何でも利用するのが、カムイたちの信条だ。

「アーテンクロイツ軍は南部に向かう。長々といる訳にはいかねえ。そんな事をしてる間に、ヒルデガンドさんが降伏しちまう」

「まさか、僕に?」

「それしかねえだろ? 誰かが纏めなきゃならねえ。それにはお前が適任だ」

「それは無理だよ。責任を負いたくないって事じゃなくて、いきなり僕が行っても、南部辺境領主の人達が従う訳ないよね?」

「そこをなんとかしろ」

「セレに一報すれば良い。それでセレは戦いを止めるよ」

「それじゃあ足りねえ。南部辺境領主の反感が強え。セレは元々、お前と近かったせいで、同級生からは辺境領の仲間とは認められてねえ。そこに今回の行動だ。セレネが拳を下ろしても、南部の奴らは簡単には納得しねえよ」

「それで僕?」

 今のアルトの説明でも、ディーフリートには自分の必要性が理解出来ない。

「まあ、それは行ってから決めろ。とにかく、変わらずセレネを信頼していると示す為に、カムイは南部に向かう。セレネの為にな」

「そうか」

「元凶であるお前には付いてくる責任がある。嫌とは言わせねえ」

「……分かったよ。それでいつ?」

 覚悟が出来た訳ではない。アルトに逆らうのを諦めただけだ。

「今すぐに決まってんだろ! さっさと準備しろ!」

 それでもアルトにはディーフリートを引き出さなければならない理由がある。それが結果としてディーフリートに覚悟を持たせるきっかけになると信じて。

◇◇◇

 南部辺境エリクソン領。
 南部辺境を真っ二つに分けた戦いは、反乱側が有利に進めている。何と言っても地力が違う。エリクソン家を中心とした皇国側に付いたのは、カムイとは関わりが薄い辺境領主ばかり。軍の質が違うのだ。
 これまで善戦してこれたのは、セレネ率いるエリクソン家の奮戦あっての事だが、それも限界に来ている。勝利が見えた所で、それまで自領に控えていた南方伯家軍が参戦してきたのだ。
 軍の質と兵力の両方で差を付けられては、皇国側に抗う術はない。徐々に追い詰められて、とうとうセレネのエリクソン領の中心都市であるエリクソーネが囲まれる事となった。

「……どうして、皆、テーレイズになんて味方するのよ」

 城壁の上で、包囲軍を見つめながら、セレネは小さく呟いた。

「姫様」

「ごめん、愚痴なんて言っている場合じゃないわね?」

「いえ。私も愚痴を言いたい所でございます」

「何かあった?」

「……援軍は来ません。使者が先ほど、それを告げに来ました」

 この期に及んで、皇国側についた辺境領も尻込みし始めた。実際にそこまで追い詰められているのだ。

「そう。それでどうするって?」

「使者は何も。つまりは降伏を考えているのではないかと」

「まだ、戦えるじゃない!?」

「……それは無理というものです。これだけ負け続ければ、その様な気になれないでしょう」

「…………」

 徹底抗戦して負けたとなれば、それは滅亡を意味する。自家を残すことを優先するのであれば、降伏を選ぶのが賢明。セレネも分かっている。

「我が家はどう致しますか?」

「私は戦うわよ。テーレイズには従えないわ」

「分かりました」

「……逃げたい人は逃がして。これは私の戦いだから」

 テーレイズ皇子憎しに心が囚われていても、こう言える冷静さは残っている。だが、その冷静さも今は無用のものだ。

「愚かな事を言うものではございません。姫様はエリクソン家の当主。主に殉じるのが臣下というものです」

「……ごめんなさい。私の意地の為に」

「いえ、最後に夢を見させて頂きました。それで十分でございます」

「そう。夢ね。夢は夢で終わってしまうのね」

 このままではエリクソン家の悲願は独立どころか、滅亡で事態は終わってしまう。それは臣下として、受け入れられる事ではない。

「ですが、ディー様は逃がしませんか?」

 せめてエリクソン家の血は将来に繋げたい。こんな思いからの提案だ。

「どこに逃がせと言うの?」

 セレネにも異存はないが、落ち行く先が思いつかない。

「西は空いております。辺境領を抜けて、そのまま西方に」

「……西方伯は知らないわよ?」

「そうとも限りません」

「それに賭けてみる……。そうね。そうしましょう」

 他に逃げ場はないのであれば、こうするしかない。セレネは同意を示した。

「姫様もご一緒に」

 更に、セレネにも逃げるように進言してきた。

「それは出来ないわ。皆を巻き込んで、私だけが逃げるなんて出来ない」

「……そうですか。では、ディー様を」

 セレネの言葉にあっさりと引き下がる。セレネは女性であっても当主だ。当主の責任は理解している。

「急いで! 敵が動き出したわ!」

 包囲軍の一角が迫ってきているのが、セレネの目に映った。これまでとは勢いが違う。一気に落とすつもりなのは明らかだ。

「……混乱の中でうまく逃します。では、私は準備に」

「ええ。お願……」

 そんな会話をする間も許さないと、魔法が城壁に炸裂する。一撃、二撃。城壁を揺るがすほどの魔法の威力。先行している軍が、見知った者の軍であることがそれで分かる。

「……カムイ、悪いけど恨むわよ」

 そして、包囲軍がいよいよ城壁に迫るかという所で。

 先行軍が一気に反転していった。

「……えっ?」

「姫様! あれは!?」

 新たに北の丘の上に立った幾つもの軍旗。黒字に銀十字の旗が、城壁の上からでも良く見える。

「……カムイ?」

 アーテンクロイツ軍が戦場に現れた。

 これに気付いて反転した先行軍の先頭で、カルロスは自軍を叱咤していた。

「急げ! 南方伯家軍を蹴散らすのだ!」

「カルロス様! 本当によろしいのですか!?」

「良いに決まってる!」

「しかし、裏切りに!」

「カムイを裏切るよりはマシだ! 急げ! カムイの軍が攻めこむより先に攻撃しろ!」

 これと同じような叫び声が他の南部辺境領主の軍からも聞こえてきている。どれもカムイの力を良く知る者の叫び声だ。
 あっという間に、反乱側の全ての南部辺境領主軍は、矛先を後ろに陣取る南方伯軍に向ける事になった。

◇◇◇

 突然の裏切りに不意を突かれた南方伯家軍は、禄に戦う事も出来ずに、バラバラになって逃げ去っていった。
 戦場の中央に陣を構えたアーテンクロイツ軍の下には南方伯家軍との戦いを終えた辺境領主軍が次々と集まってくる。

「いやあ、カムイ! 久しぶりだな! 元気そうでなによりだ!」

「カルロス、お前なあ」

 にこやかな笑みを浮かべて近づいてきたカルロスを、それとは正反対の仏頂面でカムイは迎えた。

「どうした? 戦いは完勝だぞ、もっと喜べよ」

「喜べるか!? 状況を複雑にしやがって!」

「仕方ないだろ! 元々、南部は同調者が少なかった。戦いを有利に進めるには策が必要だ」

「それは分かるけど。ちゃんとセレに説明してからにしろ」

「あの女、聞く耳持たないから。ディーフリート一途も良い加減にして欲しいよな」

「悪かったわね」

 聞こえてきた声にカルロスが振り返ってみれば、そのセレネが不機嫌そうな顔で立っていた。

「……おや、これはセレネさん。元気そうで何よりだ」

「ええ、元気ですとも。さっきまでは今日で私の人生も終わりかと思っていたけどね」

「良かったじゃないか。明日以降も人生は残ってる」

「貴方ね、良い加減にしなさいよ!」

「良い加減にするのはお前のほうだ!」

「うるさいっ!」

 顔を合わせるなり喧嘩を始めた二人に、カムイの怒鳴り声が落ちた。

「お前ら、もっと仲良く出来ないのか? そんなだから、今回のような事になるんだろ?」

「だって」

「俺だけが悪い訳じゃない」

「言い訳は良い。とにかくセレ……、その子は?」

 カムイの視線はセレネの足にしがみついている男の子に向いた。

「今頃気づいたの? 私の息子よ」

「そうか……。悪い、苦労かけたな。俺、何も知らなくて」

 急に伏し目がちになって、カムイはセレネの肩に手を置きながら、こんな事を言い始めた。

「何を言っているの?」

 突然変わったカムイの雰囲気に嫌な予感を覚えるセレネだった。

「俺の子だろ?」

「そんな訳ないでしょ! いつ私がカムイとそんな事になったのよ!?」

「そんな事って? もっと具体的に」

「この男は……、相変わらずね」

 お約束を終えた所でカムイの興味は子供に移る。目の前にしゃがむと、頭を撫でながら、優しく声をかけた。

「僕、名前は?」

「……ディー」

「そうかディーか」

「お兄さんは?」

「俺か……。パパだよ。ディー! ごめんな。お父さん側にいてあげられなくて!」

「パパ?」

「そうだよ。パパだよ! さあ、パパの胸に飛び込んでおいで!」

「パパ……、パパァ!」

「良い加減にしろ!」「良い加減にしてくれないかな」

 カムイにツッコミを入れるセレネの声に別の声が重なった。セレネにとって、この声を聞くのは学院卒業以来。それでもすぐに誰だか分かったセレネは、信じられない出来事に呆然としている。

「隠れてろっていうから、何かと思ったら、こんな事の為かい?」

「……ディー」

「母上?」

 自分の名を呼ばれたと思って、ディーが返事を返す。

「あっ、ごめん。ディーじゃないの。ディーは……、えっと」

「ややこしい名前付けるからだ」

 悩むセレネに、カムイが馬鹿にするような口調で話してきた。

「ていうか、何で教えてくれないのよ!?」

「それは俺のせいじゃない。フライハイトが覚悟を決めないからだ」

「フライハイト?」

「名前。そういう名になった」

「それって」

「今の僕はただのフライハイト。何のしがらみも持たない身だ」

 セレネの疑問にディーフリートが答える。

「そう……」

「しがらみを持たないのは昨日まで。今日からは又、しがらみが出来ただろ?」

 ディーフリートの言葉にセレネが落ち込んだのを見て取って、すかさずカムイはフォローに入る。
 こういった所は、学院の時と同じだ。恋愛感情はなくても、カムイとセレネの間には友情以上の特別な何かがある。

「そうだね。しがらみを持たないと言っても、セレへの気持ちまで捨てた訳じゃないよ。ごめん。セレには苦労かけたみたいだね?」

「いえ。そんな事ないわ。この子は私の支えだったの。この子がいてくれて良かった」

「そうか」

「ディー。この人が本当の貴方の父親よ」

「父上?」

「そうよ。ごめんね。ずっと会わせてあげられなくて」

「……父上。父上!」

 少し躊躇った後で、ディーはディーフリートの足にしがみついていった。その体を持ち上げてディーフリートはディーに話しかける。

「ごめんね。放ったらかしにして。これからは側にいるから、許してくれるかい?」

「ずっと一緒?」

「そうだね。ああ、でもお仕事で出掛ける時もあるかな。でも、必ずディーの所に戻ってくるよ」

「うん」

「良かったね、ディー」

 いきなり始まった家族団欒の様子に冷めた目を向けながら、カルロスがカムイに近づいてくる。

「お涙頂戴は苦手だ。それで? これからの事は?」

「好きにしろ、と言いたいところだが、頼みがある」

「何だ?」

「ディーフリートを中心にして纏まってくれ」

「奴は西方伯の息子だ」

「それは捨てた。それがフライハイトという名の意味だ。まあ、これからはディーフリート・エリクソンなのかな?」

「……信用出来るのか?」

 名前を変えたというだけで、信用するほど、カルロスはお人好しではない。

「少なくとも西方伯との関係がつながる事はない。本人にその気はないし、それをすれば、家族と引き離される事になるのは分かっているはずだ」

「ふむ……。しかしな。その力があるのかという問題がある」

「素質は保証する。あれは王になれる男だ」

「素質だけじゃな」

 カルロスも小国とはいえ、一国を動かしている立場だ。経験と実績はディーフリートでは遠く及ばない。

「甘さはかなり消えたと思う。それにもう逃げ出す事が出来ないと本人も分かっているはずだ。必死さも出てくると思うな。後は現場での実践だ。その辺は支えてやってくれ」

「見込みがないと分かったら?」

「切り捨てろ」

 これを本心から言い切れる所がカムイの強さであり、恐ろしさだ。

「恐い恐い。だが、俺は自分の上には、そういう厳しさが欲しいのだけどな」

 カルロスが求める主はカムイ。逆にカムイ以外であれば、下に付くつもりはない。これは他の辺境領も同じ。元同級生たちは、誰も彼も、一国の主か、それになる予定の者たちだ。

「優しさでも人は付いてくる。厳しい所はお前がやれ」

「俺に悪役を押し付ける気か?」

「俺にアルトがいるように、ディーフリートにもそういう者が必要だ。それに南部は単純だと思うけどな。南方伯をうまく盾に使って、辺境領内をまとめれば良い」

「殺さないのか?」

「南方伯をどかせば、皇国が出てくる。皇国ならまだ良いが、西方伯とかが出てくると面倒だ」

「……確かに。生かさず殺さずだな」

「そういう事。その間に西方伯の方には出来るだけの事をしておく。でも、そこまでだ。南部には出来る限り、地力でやってもらいたい。東方はまだまだこれからだ。今回は引っ込んだけど王国の存在は無視出来ないからな」

「まあ良いだろう」

 カムイに言われては無下には出来ない。それにカムイは駄目だったら切り捨てろと言った。それが許されるのならカルロスも無理をしないで済む。

「じゃあ、頼んだ」

「そっちのこれからは?」

「とりあえずは、東方の戦いを一旦治めないとな。さすがに休みが必要だ。その為に動く」

「そうか。分かった」

「さて、俺はこれで戻る」

「もう?」

「忙しいんだよ。じゃあ、後は任せたからな」

「ああ」

 カルロスとの話を終えると、カムイは他の辺境領主にも挨拶をしに行った。それもわずかな時間。軍を取りまとめると、どこへともなく去っていった。
 ディーフリートはカムイに付いて行く事なく、このまま居残りだ。

「突然現れて悪いけど、よろしく」

「ああ」

 ディーフリートとカルロスには、面識といえるようなものはない。気まずさが二人の間には漂っている。

「しかし忙しい男ね。わざわざ南部まで来ておいて、あっという間に帰っていくなんて」

 それを察して、セレネが話に入ってきたが。

「その忙しい男がなんでわざわざ南部に来たと思っている?」

 セレネは面識はあっても仲は悪い。
 ただ今は、カルロスの憎まれ口が、セレネの心に響く。

「分かっているわよ。私の為……。ああ、まったく、相変わらずね、あの男は……」

 そう言うとセレネは後ろを向いて、天を仰いだまま動かなくなった。
 陽の光を避ける振りをして、目の前に掲げた手の隙間からは、流れる涙が見えている。

「……やけるか?」

 少し砕けた口調になってカルロスはディーフリートに話し掛ける。

「少しね。でも、相手はカムイだから」

「厳しい男だが……」

「誰よりも優しい。あれが王だ。僕はそれに少しでも近づきたい」

 これを言うディーフリートには、少し何かを背負う覚悟が出来たという事だ。

「王になれるとよ。カムイがそう言っていた」

「そう。じゃあ、頑張って王になって、カムイ王に会いに行くか」

「そう言えばあれはいつ王になるんだ?」

「もうなったよ」

「はあっ!?」

 この事実をカルロスは知らなかった。

「ノルトエンデは建国を宣言した。国名はアーテンクロイツ共和国。カムイはその国の王だ」

「あの野郎、一言も言わないで帰りやがって」

 南部の情報源はカムイなのだ。カムイが伝えようとしなければ、遠い南部に情報が届くには、かなり時間がかかる。

「恥ずかしいんじゃないかな? 王に成ることに最後まで抵抗してたから」

「何を今更」

「正確にはきちんと領民全体で相談して決めようって」

「それで?」

「時間の無駄と言って、強引に王にした」

「賢明だ」

「アーテンクロイツ共和国。種が交わる、あらゆる種族が共に和をなして暮らす国って意味らしい」

「ノルトエンデにはぴったりだな」

「今はまだ北部の一角にすぎない。でも、カムイたちは、それで終わらせるつもりはない」

「壮大だ」

 過去にそれを成し遂げた者はいない。あくまでも人族が知る歴史においてはだが。

「そう。南部平定なんて、それに比べれば、小さいものさ。速やかに終わらせるよ」

「……良いだろう」

 フライハイトに嘗てあった覇気が戻っている。それをカルロスは感じる事が出来た。

◇◇◇

 カムイたちの動きは南部だけではない。西方への策謀の手も止まっていない。

「これはこれは。西方伯ご自身にお会いできるとは。これは少し期待してよろしいですか?」

「期待だと? 何の事だ?」

 恭しく挨拶する男に、西方伯は冷たく言い放った。

「西方伯のご領地での商売のご許可の件でございます」

「惚けた事を言いおって。お前がデト商会の者か?」

「はい」

「よくもまあ、顔を出せたものだ。それとも気が付いていないのか?」

 デト商会はカムイに通じている。この事実を西方伯は知っている。自分を嵌めた事もだ。

「何の事かは分かりませんが、西方伯様のご領地で商売をしたい一心でございます」

「お前たちのような怪しい商会に許可など出せるか」

「怪しい? それは又、どうして?」

 大きく目を見張って驚いている男。心底知らないという様子だが、西方伯は素直にそれを信じる程、単純ではない。

「カムイ・クロイツを知っておるな?」

「もちろん。懇意にさせて頂いております」

「抜け抜けと」

 カムイの名を出しても平然としている男に、苛立ちを覚える西方伯。

「何を怒られているのやら、とんと見当もつきません。クロイツ様とは商会の者が知り合いでして、その縁で、ノルトエンデの産物を取り扱わせて頂いております」

「それだけではないのであろう?」

「それ以外に何が?」

「カムイ・クロイツの意を受けて、いらぬ情報を息子に吹き込んだであろう?」

「いらぬ情報?」

「次男の事だ!」

「いらぬ情報でございましたか? 有益な情報だと私どもは思っておりましたが?」

 西方伯の怒気にも、全く怯む様子はない。これはこれで怪しいのだが。

「内容はともかく、カムイの指示であろう?」

「いえ、商売のご許可を得るためでございます」

「それは許せん」

「何故でございますか?」

「言ったであろう! どこかの誰かの意を受けて動く商会など、領地で活動させられるか!」

 西方伯はまだカムイを理解し切れていない。デト商会の背後にカムイが居るのなら、何の策もなく商会の者が現れるはずがない。
 カムイとの関係を追求される事は分かっていて、この場に居るのだ。

「……それはおかしいですね」

「何がだ?」

「西方伯様は私共より、はるかに怪しげな商会とお付き合いをされております」

「そんな所とは付き合っておらん」

「はて……。これは失礼を承知で申し上げたほうがよろしいですかね?」

「……何だ? 言ってみろ」

 思わせぶりな台詞に、つい内容を尋ねてしまう。この時点で、すでに西方伯は術中に嵌っている。

「話は随分前に遡ります。皇国の大商家がいくつか取り潰しになったのを覚えていらっしゃいますか?」

「ああ。あれか。そんな事もあったな」

「あれで皇国の流通は大混乱に陥ると思いましたが、案外早く、元通りになりました」

「それがどうした?」

 西方伯にも周知の事だ。当時は、事は侯家の力を弱める為と考えられていたのだ。西方伯も状況を注視していた。

「そのお言葉が問題でございます」

「はっきりと言わんか!」

「あれは先帝の時代でございました。そして、それを主導していたのは、その時の宰相様」

「それは……」

 西方伯の胸にボンヤリとした不安が広がる。何かを見落としている。商人の言葉にそれを感じ取っていた。

「宰相様も随分と怪しげな方だったようです。それは良いとして、取り潰しになった大商家の代わりとなる商家は、その宰相様の引き合いだったようでございますね?」

「……知らん」

「国を見られている方々にとっては小事でございましたか。ですが、我々、商売に携わる者にとっては、大事な事でした。私などは、小さな商会の使用人でしたので、関係はございませんでしたが、二番手、三番手の商会は、自分たちがそれに成り変われるものと期待していたそうでございます」

「それで?」

「成り代わったのは、どこから出てきたかも分からない商会。さて、どこから来たものでしょう?」

「……これもカムイの差金か?」

 自分が商人の話に引きこまれている事に気付いた西方伯は、商人を牽制しようとしたのだが。

「これは商人の間では有名な話でございます。皇国の流通は、王国に乗っ取られると」

「…………」

 完全に意識の外にあった、重大な事実に、西方伯は言葉を失ってしまう。

「いかがでしたか? 今回の情報は? 新たな商会に商売の許可を与える気になって頂けましたでしょうか?」

「……そうなったとしても、それがお前の所とは限らん」

「おや、駄目ですか。では、とっておきを」

 西方伯の動揺が完全に治まる前に、又、次の策が打たれる。

「まだあるのか?」

「しかし、これは。お話したら許可を頂けるという訳には参りませんか?」

「聞かなければ約束など出来ん」

「そうですか……。やはり、やめておきましょう。別の所にお持ちした方がよさそうでございます」

「良いから、話さんか!」

 商人の話術に、自ら策に飛び込む西方伯だった。

「……仕方ありません。ディーフリート様について、もう少し深い情報を手に入れました」

「何だと……」

 ここで又、西方伯は意表を突かれた、ディーフリートの件はすでに策として使われている。それをもう一度、持ち出してくるとは思っていなかった。

「どうやら盗賊にしてはおかしなやり方は、どなたかに罪を擦り付ける為だったそうで」

「……それは誰にだ?」

「さあ? そこまでは知りません。ただ質の悪い者どもが、ある時から急に景気が良くなったようでございます。大きな山をこなしたとかで」

「それがどうして、罪を擦り付けた事になる?」

 たかが商人がどうして知っているとは、西方伯は思わない。デト商家の持ち込む情報はカムイからのもの。それは疑いだけでなく、正反対の信ぴょう性も感じさせてしまうのだ。

「殺したのがそいつらである可能性はかなり高いようで。盗賊もどきには似つかわしくない立派な鎧や剣を持っていたとか。時期的にも場所的にもぴったりのようです」

「だから、それがどうして擦り付けた事になると聞いておる!」

 遠回しの説明に西方伯は苛立っている。頭の中ではもう結論は分かっているのだ。

「殺されました。しかも、最近になって」

「何だと?」

「正確には一人は生き残っています。どこにいるかは知りません。命を狙われていると分かって、姿をくらましたそうでございます。騙された。そういう言葉を残して」

「それで?」

「情報はここまでです。裏社会の事情は、表にはこの程度しか流れてきません」

「そうか……」

 残念ながら結論までは商人の口からは出なかった。

「その山とやらをこなしてすぐに殺されるのであれば分かります。ですが、何故今頃? もうすでに我等商人には誰が犯人だという情報が流れてきているというのに何を隠したかったのでしょう? まあ、そういう事でございます」

「……これもカムイ・クロイツの差金か?」

「まさか。もっとも仮にそうであっても、事実である事に変わりはないのでは?」

「事実か……」

「さて、いかがでございますか? 商売のご許可の方は?」

「……今は許せん」

「そんな?」

「領地に帰った頃に訪ねて来い。それで良いな」

 信用出来なくても、その前提でうまく利用すれば良い。西方伯はそう考えた。この自信も又、利用されているとも知らずに。

「はい! もちろんでございます!」

 情報を握り、それを餌に相手を策にはめていく。カムイたちのやり方は常にこうだ。だが、事実を利用した策は、それが策と分かっていても、相手は乗らざるを得なくなる。
 これがカムイたちの謀略の怖さだった。
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