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魔王の器 作者:月野文人

第三章 皇国動乱編

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新皇帝即位

 皇都城内の皇帝の自室。
 近頃では訪れる者の少なくなったその部屋が今日に限っては多くの者の熱気で賑わっている。
 その熱気の中心にいるのは、クラウディア皇女だ。

「母上、もう認めてよ」

「そう簡単に決められるものではないわよ」

「簡単だなんて言ってないよ。これまで、ずっと皆で考えてきたのよ。それがようやく決まったって言っているの」

「でも、クラウ。貴方が皇帝だなんて。私には想像出来ないわ」

 クラウディア皇女の望みは皇太子では留まらなかった。一気に皇帝位を望んできたのだ。
 皇帝が人事不省の今、当然と言えば、当然なのだが、その決断を求められる皇后としては堪らない。もっとも相応しいと思えないクラウディア皇女を皇帝にというのだから。

「もう、いつまでも子供扱いしないで。私はずっと国政の会議の場に出ていたし、色々な事を決めてきたよ」

「それはそうかもしれないけど、皆の手助けがあったからでしょ?」

「もちろんだよ。そして、これからも皆に助けて貰って、立派に皇帝を務めるの」

「でも、貴女が」

「他にいないもの」

「テーレイズは?」

 ずっと部屋に籠って、皇帝の面倒を見ている皇后は、テーレイズ皇子の冤罪をしらない。誰にも知らされていないのだ。

「今も行方不明だよ。これだけ探して見つからないのだから」

「ちょっと、クラウ?」

「違うよ。もう手が届かない所に行ったのかなって」

「戻ってくるかもしれないわよ?」

「兄上は継承権を放棄したんだよ? 皇国が大変な時なのに。そんな人は皇帝になんてなれないよ」

「じゃあ。カールは? カールなら男子だし」

「カール兄上は継承権を持ってない」

「又、渡せば良いじゃない」

「そんな簡単にできる事じゃないの。それにカール兄上は皇帝になんてなりたくないって」

「そうなの?」

「他にやりたい事があるみたい」

「そう。じゃあ」

 とにかくクラウディア皇女は皇帝になる事には納得出来ない皇后だった。

「もう、他の皆は私が皇帝になる事に賛成してくれているの。だから、皆でここに来たの」

「本当に?」

「皇后陛下、私たちはクラウディア姉上の皇帝位就任に賛成しています。心配なさる必要はありません。私たちも又、クラウディア姉上を支えていきますから」

 その皇后の問いにクラウディア皇女の腹違いの弟皇子が答えた。

「……あら。まだ幼いと思っていたのに、こんな立派な台詞を言えるようになったのね。じゃあ、貴方を皇帝に」

「ちょっと、母上? どうして私はそんなに反対するの?」

「……なんとなく」

「酷い!」

 皇后の勘は中々鋭い。ただ残念ながら、この自分の勘に従い続ける事が皇后には出来ない。

「だって」

「私だってちゃんと考えているの。父上をいつまでもこのままにして良いの?」

「それって」

「父上は皇帝という荷を降ろして、のんびり過ごすべきだと思うの。お城の一室に閉じ込めて置かないで、もっと環境の良い場所に移れば、もしかしたら元気になるかも」

「そうね……。それを言われるとね」

「でしょ? 母上だって、皇后だからって、変な決断を求められる事はなくなるわ」

「それを今、貴女がしているのでしょう?」

「だから、これが最後だよ。あのね、今、皇国は大変なの。早く体制を整えて、やり直さないといけないの」

「それをクラウが? それがねえ」

 いくら言われても、クラウディア皇女が皇帝になるなど、想像も出来ない皇后だった。

「私しかいないの。母上、私を信じて。私はもう母上が知る子供のクラウディアじゃないわ」

「……そうね」

 実年齢は確かにそうだ。行き遅れと言われてもおかしくない年なのだ。

「じゃあ!」

「でも、こんな簡単に決められる事なのかしら? もっと重臣と話し合って」

「だから、それもうしたよ。大体、今回の事はカルク宰相から早く皇位にって言ってきたの」

「どうして?」

「王国との講和を行う為には皇国に皇帝が必要なの。相手は国王だから、それに釣り合う身分じゃなきゃ駄目だって。そうじゃないと王国は面子を潰された形になるから、講和が失敗するの」

「ああ、それはそうね」

「だから、皇帝を立てる。そして、それは私しかいないの」

 カルク宰相が伝えてきたのは皇太子の正式決定だ。それをクラウディア皇女は知らないと思って皇帝即位に変えて話をしている。

「……でもね、私がじゃあどうぞって言ったら、それで皇帝になれるの? 即位式とか、色々と必要よね」

「それは後。父上だって、お祖父様が亡くなった時に即位式は後回しにしたよ」

「それもそうね。でも、皇太子のままじゃなかったかしら?」

「もう、しつこいな。今は緊急時なの。皇帝を立てるのが先。儀式は後」

「じゃあ、何を持って、即位した事になるの?」

「皇帝の印綬があるわ。それを受け継ぐの」

「ああ、そういう事ね。あれ? でも、それは宰相に」

「あれは模印。書類に押すのに、本物は使わないの」

「あら、詳しいわね」

「あたりまえだよ。皇帝になるのだから」

「そう……。でも、それどこにあるのかしら?」

「えっ、知らないの?」

「知らないわよ。私が知る訳ないでしょ?」

「じゃあ、誰が知っているの?」

「それは、陛下が」

 皇后が視線をベッドで寝ている皇帝に向ける。これだけ、騒いでいるのに、皇帝は何の反応を見せる事もなく、ただ中空を見つめるでもなく見ているだけだ。

「……聞ける訳ないよ」

「そうね」

 クラウディア皇女に答えながら皇后は席を立って、皇帝の元に向かう。口からよだれが流れているのに気が付いて、それを拭いに立ったのだ。

「……探して良い?」

「どこを?」

「この部屋。きっとここにあると思うの」

「……そうね。いずれ見つけなければいけないものね」

「じゃあ、皆で探そう」

 クラウディア皇女の掛け声で、一斉に皇子皇女が席を立って、部屋の捜索を始めた。
 その姿を見て、皇后の心を悲しみが覆っていく。皇后がクラウディア皇女の即位に抵抗する理由は、この態度にもあるのだ。
 久しぶりに父親に会ったというのに、クラウディア皇女からも他の皇子皇女からも、一言も心配する言葉がない。
 クラウディア皇女は知らない。テーレイズ皇子が忙しい中でも、わずかな時間を見つけては、この部屋を訪れていた事を。
 テーレイズ皇子が忙しくて、日が空く時は、ヒルデガンドが、リタが代わりにこの部屋を訪れていた事を。

「……育て方を間違えたのかしら。ねえ、貴方」

 そして、こんな悲しい呟きもクラウディア皇女たちの耳に入らない。ただ、ひたすらに部屋にあるタンスや机の引き出しを引っ張りだして、中を漁るばかりだ。

「どこで狂ったのかしらね……。決まってるわね。カムイくんを裏切った時」

「あっ、ああああああ!」

「あ、貴方! 大丈夫、貴方!」

 突然、わめき声をあげた皇帝に必死で呼びかける皇后。だが、皇帝の反応はそれだけ、又、黙りこむと、定まらない視線で、中空を見つめているだけになった。

「そう……。そういう事なのね。やっぱり、彼が」

 何の根拠もない考えであっても、皇后はそれが事実だと確信した。

「恨んじゃうな。貴方の母は、この人の心を盗み、せっかく、手に入れた心も、今度は貴方が盗んでいった。……違うか。貴方の母が居たから、その方に似ていた私はここに居られるのね。それでも……、恨んじゃうな」

 こんな皇后の呟きも、クラウディア皇女たちの耳には届かない。

「見つけた!」

「えっ? どれ!?」

 皇女の一人が上げた声にクラウディア皇女が駆け寄っていく。

「これじゃない?」

「……そう。これだよ。間違いない! お手柄だね!」

「そう?」

「よし、これで皇位は私の物だね」

「じゃあ、色々とよろしくね、姉上」

「任せておいて」

「見つけたの?」

 浮かれているクラウディア皇女たちに、冷えた雰囲気の皇后の声がかかる。

「あっ、うん」

「そう……。じゃあ、出て行って」

「えっと」

「早く出て行って!」

「どうしたの!? 母上!?」

「貴方は皇帝になったのでしょ? もう、母上と呼ばなくて良いわ」

「えっ、そんなの関係ないよ」

「お願いだから、出て行って。そして、もう……、二度と来ないで」

「そんな!?」

「……良いわ、私たちが出て行く。皇帝の権力で過ごしやすい場所を用意してくれるかしら? 私と陛下は、そこに移ってのんびりと暮らすわ」

「それは良いけど……」

「じゃあ、お願いね。クラウディア皇帝陛下」

「う、うん」

 釈然としないものを感じながらも、クラウディア皇女は印綬を持って部屋を出て行った。
 最後まで父親にかける言葉はない。そして、それは他の皇子皇女も同じだ。

「……皇国はどうやら終わりね。貴方にとっては良かったのかしら? 皇国の最後の皇帝として名を残さずに済んだのだから」

「うっ、うああ」

「貴方?」

「うっ……、あう」

「貴方? 私が何を言っているか分かるの?」

「あっ、あう」

「……まるで赤ん坊ね。何を話しているか、さっぱり分からないわ。でも、こういうのも良いわね。貴方が赤ん坊に戻ったなら、貴方にとって私が最初の女性よ。それって……、やだ、今度は感謝しそうよ」

 この日以降、部屋の中では元皇后の楽しそうな声が聞こえる様になる。
 だが、それに気付く者が現れる事なく、元皇帝と元皇后の二人は皇都を出て行く事になる。

◇◇◇

 印綬を手に入れたクラウディア皇女は、真っ先に仲間が待っている会議室に向った。
 部屋に入るなり、嬉しそうに、それを掲げて叫び声を上げた。

「手に入れたよ! これで私が皇帝だよ!」

「お、おめでとうございます!」

 真っ先にそれに応えたのはテレーザだ。この日の為に、身を捨ててクラウディア皇女に尽くしてきたのだ。その嬉しさは他の者が及ぶものではない。

「おめでとうございます。クラウディア皇女殿下、いえ、クラウディア皇帝陛下でございますね?」

 そして、ケイネルが続く。ケイネルにとっては、クラウディア皇女に付く事は一つの賭けだった。
 完全に失敗したと思った後での逆転劇。落ち着いているように振舞っていても、その体は喜びに震えていた。

「おめでとうございます。クラウディア皇帝陛下」

 更に、マイケル魔法師団長が続く。その気持ちは嬉しいというより、ほっとしたという方が実際の所だ。手にした魔法師団長の地位を失わずに済んだ。こう思っているのだ。
 そして、オスカーがこの場に居れば、同じようにほっとしていた事だろうが、未だにオスカーは東方中部の砦にいる。
 その代わりではないが、クラウディア皇帝に声をかける者がもう一人いた。

「良かったです。これで願いが叶いました」

「アレクシスさん、ありがとう。アレクシスさんのお陰だよ」

 アレクシス・シュトラッサー。元東部辺境領主の子弟であり、クラウディア皇帝の同級生だ。

「いえ、私の力など微々たるものです。全てはここにいる皆さんの尽力のお陰かと」

「でも、アレクシスさんがいなければ、こんな逆転は出来なかったわ」

「それは評価が高すぎます。私の献策など、一か八かの賭けのようなもの。それを現実にしたのは、クラウディア皇帝陛下と皆さんの力です」

「でも」

「それに私のクラウディア皇帝陛下への忠誠には、邪な気持ちが入っております。良くも悪くも、それをお忘れなき様に」

「うん。大丈夫だよ。でも、本当に良いの?」

「何がでしょうか?」

「アレクシスさんにはこのまま皇都に残って欲しいなって」

「この先、私が皇都に残っても、お役に立てる事はございません。私は私なりに、自分の得手不得手は心得ているつもりでございます」

「でも……」

「すでに体制は決めております。宰相の座はケイネル殿に。そして皇国騎士団長、魔導士団長の地位は変わらずオスカー殿とマイケル殿に。三役を固めたクラウディア皇帝陛下の治世は盤石でございます」

「私の近衛隊長に」

「それはテレーザ様に」

「テレーザ?」

「近衛隊長は常に皇帝陛下のお側にあらねばなりません。男である私に、その役は務まりません」

「じゃあ……」

 又、別の役職をクラウディア皇女改めクラウディア皇帝は提示しようとするのだが。

「クラウディア皇帝陛下。私を重用して下さろうという、そのお気持ちは大変嬉しいのですが、私の大事はシュトラッサー家の再興でございます。嘗ての領地を取り戻し、臣下に楽をさせてやりたいのです」

「……そうだね」

 元々、これが協力の条件なのだ。皇都に残れというのは、約束を反故にする事になる。

「それに私が東部辺境領に戻る事は、クラウディア皇帝陛下のお為になります」

「大丈夫かな?」

「まさか、私がクラウディア皇帝陛下の為に働いていたなど、誰も気付いておりません。まあ、御家復興という事で、多少の疑いは生まれるかもしれませんが、そこはうまく立ち回ります。そうすれば、東方の情報は確実にクラウディア皇帝陛下のお手元に届く事でしょう」

「……分かった。これからもよろしくね」

「お任せ下さい」

「それで、これからだけど」

「まずは、王国との講和を急ぐべきです。それを片付けない事には、皇国内の問題に取り組む、余裕は生まれません」

「そうだね。でも、うまくいくかな?」

「いかせるのです。その為には、東方伯家には事態を悟られない事。当然、現宰相にも情報を流してはいけません。引っ張るだけ引っ張って、その間に新宰相であるケイネル殿が、王国との交渉を進める」

「……その前に気付かれたら?」

「その覚悟は必要でございます。西方伯家への使いは?」

 アレクシスの問いは、ケイネルに向かった。実際に事を動かしているのはケイネルだ。

「まだ。確実にクラウディア様が皇位に就いてからと留めてある」

「では進めましょう」

「しかし、大丈夫なのか? 西方伯家が力を持ちすぎないか?」

「その懸念はございます。ですが、万一、東方伯家が背いた場合を考えますと」

「どこか一方伯家は確実にか。そうだな。でも、それが西方伯家で良いのかが疑問だ」

「東方伯家が背くとなると、その旗印はヒルデガンド妃殿下。それに明確に敵意を向けるのは、西方伯家しか無いのでは?」

「しかし、テーレイズ皇子殿下がいなければ、ヒルデガンドに皇位に対する権利は何もない」

「そのテーレイズ皇子殿下の生死が定かであれば、考えようはあると思うのですが?」

「……全く手がかりはない」

「そうですか……。分かりました。これ以上、私が献策出来る事はありません。この後の事は皆様にお任せ致します。それに私は東方へ戻る身です。最後まで謀に関わる事は出来ません」

「そんなに急いで発つのか?」

「散らばった臣下を集めるのに時間がかかると思います。まずは、オスカー殿の元に赴いて、そこで探してみようかと」

「……なるほどな」

「そこで臣下を集めている間に御家再興のご許可の証書を頂ければと思っております」

「どれ位留まるのだ?」

「それはもちろん、その証書が届くまで待ちます。それがなくては、戦いになります」

 シュトラッサー家の領地は既に他家の物となっている。皇国の詔書無しで取り返せるものではない。あったとして、普通は怪しいものだ。

「それもそうか。分かった」

「では、皆様。最後までご油断なきように。王国は何を企んでくるか分かりませんので」

「分かった。アレクシスさん。本当にありがとうね」

「いえ、これは自家の為です。そこまで感謝されては恐縮してしまいます。では、私はこれで」

 そして、アレクシスは会議室を出て行った。廊下を歩く気配が、完全に消えた所で、ケイネルが口を開く。

「……信用して大丈夫ですか?」

「でも、アレクシスさんは、これまで、色々な献策をくれたよ」

「しかし、彼は元カムイ教室の者です」

「でも、アレクシスさんは、お父様をそのカムイに殺されたのよ?」

「そうですが……」

 その戦いの後、アレクシスと妹であるルシア、そして家臣たちがノルトエンデに居た事など、全く気付いていない。

「いいじゃないか。少なくともこれまでは役に立った。この先、裏切っても、それは辺境領での事だ。辺境領が裏切るなんて今に始まった事じゃない」

「テレーザ殿は単純で良いな。体ばかりではなく、たまには頭を使ったらどうだ?」

「な、何だと!?」

「ああ、言い過ぎた。なんといってもこれからは近衛騎士隊長殿か。しかし、どんな近衛騎士隊長になるのやら」

「何が言いたい!?」

「近衛が風紀を乱すような真似は慎んで貰いたいと言っているのだ」

 体を売る様な真似がクラウディア皇帝の指示、といっても漠然としたものだが、による行為だとは誰一人思っていない。

「き、貴様!」

「テレーザ!」

「……すみません」

「それにケイネルさんもテレーザを挑発しないで。ケイネルさんから見て、テレーザは問題あると思うけど、それはテレーザなりに私の事を思ってしてくれた事だもの」

 自分が示唆した事だなんて、これっぽちも言うつもりはない。

「陛下はお優しい。しかし、この際ですから、はっきりと申し上げておきます。今日からクラウディア様は皇帝陛下にお成りになった。これまで大目に見られていた事も、逆に許されなくなります。臣下の目を意識しなければならない事はお分かりですよね?」

「うん、分かっているよ」

「そうであれば、本人の前ではあれですが、テレーザ殿の事は少しお考えになられた方が良い」

「うん、考えているよ」

「えっ?」

 クラウディア皇帝の一言で、テレーザの心に暗いものが広がっていく。

「私、テレーザには幸せになってもらいたいの」

「クラウディア様……」

「だから、テレーザはお嫁に行ったほうが良いと思うの」

「えっ……」

「テレーザ、もう、人に後ろ指さされるような事は止めて、一人の男性を愛してあげて」

 こんな事をテレーザは望んでいない。幸せな結婚を望んでいるのであれば、いくらなんでも自分を汚すような真似をするはずがない。とっくにクラウディアから離れているはずだ。

「ち、ちょっと待って下さい」

「何?」

「私はもう用済みですか?」

「そんな事言ってないよ。幸せになって欲しいって言っているの」

「でも」

「皇帝になった私には、女性としての幸せなんてないと思うの。政略結婚? そういう形になると思うから」

 皇帝でなくても皇女であれば、政略結婚など当たり前の事だ。これを話しても、改めて同情する者などいない。

「でも、それと私には関係が」

「テレーザには、私の代わりに女性としての幸せを掴んで欲しい。私はそう思っているの」

「わ、私になんか……」

「大丈夫だよ。ちゃんと私が探してあげるから。その人の所にお嫁に行けば良いわ」

「そ、それを……」

 本人の意思を無視して結婚相手を決める。それが決めた相手の政治的な利になるのであれば、それは政略結婚だ。

「何?」

「……いえ、何も」

「楽しみにしていてね」

「……はい」

「じゃあ、もう良いよ」

「はい?」

「テレーザは少し休んで」

「あの、クラウディア様は?」

「私はまだケイネルさんたちとお話があるから」

「……分かりました」

 がっくりと肩を落として、部屋を出て行くテレーザ。その姿に同情を覚える者は、この場にはいなかった。これが身を捨てて尽くした結果、テレーザが得た立場だ。

「賢明なご判断です」

「えっ、何が?」

「いえ、何でもありません。では、これからの事を詰めましょう。皇帝陛下」

「うん!」

◇◇◇

 城を出たアレクスシスは、出発の準備どころか、部下と共に真っ先に酒場に駆け込んでいた。

「親父! 酒だ! 酒を持ってきてくれ!」

 席に着くなり店の主人に大声で怒鳴る。その声に応えて、主人がアレクシスの席にやってきた。

「昼間っから酒ですかい? それは祝い酒かやけ酒のどちらですかね?」

「祝い酒だ。とにかく一杯やりたい」

「祝い酒。間違いございませんね」

「ああ、間違いない。急いでくれるか?」

「かしこまりました」

 アレクシスとの会話を終えた店の主人は急ぎ足で厨房の奥に引っ込んでいく。

「よろしいのですか? 昼間から酒など」

「ん? ああ、かまわない。ちょっと事情が合ってな」

「事情ですか?」

「悪いがまだ話せない。特に今、ここではな」

「……つけて来ておりますな」

 城を出てから、ずっと後を付けてきている存在に部下も気付いていた。

「それなりに慎重のようだが、まあ今更だな。俺の役目は終わりだ」

「いやあ! いよいよですな!」

 ここで部下が声を張り上げる。ここから先は聞かれても良い話だ。

「ああ、いよいよ東方に戻る! 御家再興の時だ!」

「……じっと耐えた甲斐がございましたな」

「まあ、運もあった。まさか……、これはまだ秘密だな」

「そうなのですか?」

「正式に発表される前に、知られてはマズイだろ?」

「確かに」

「とにかく皇都での生活も今日で最後だ。祝杯をあげたら、すぐに出立の準備に入るぞ」

「はっ」

 そして店員が持ってきた杯を片手に乾杯の声をあげるアレクシスたち。
 その頃にはすでに、店の主人の姿が、貧民街にある事など、尾行の者は知るよしもなかった。
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