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魔王の器 作者:月野文人

第三章 皇国動乱編

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講和交渉

 皇国と王国との講和交渉もいよいよ大詰めという所になっている。
 交渉の場となっているのは、両軍の中間地点にある辺境領の領主館。そこに両国の交渉団が集まっている。
 最後の詰めという事で、皇国からは正式に宰相となったカルクも参加していた。

「さて講和の条件を再度確認致しましょう。我が国の要求は、王国軍の東部辺境領からの即時撤退です。これはよろしいですね?」

 最後の詰めと言っても、皇国側も完全に譲っている訳ではない。最後の最後まで、有利な条件へ持ち込む努力を惜しむつもりはない。

「はて? それはおかしいですな。現時点において、東部辺境領は、王国の支配下にあります。それを譲れと言うのは、皇国に都合が良すぎる話ではありませんか?」

 当然、王国もそれは同じ。最後の最後まで譲るつもりは無い。

「元々、東部辺境領は皇国の領土。そこに攻め入ってきた王国に非がある。譲ってもらうのではなく、不法な占拠を止めるようにと申し出ているのです」

「しかしですな。そちらが言う、東部辺境領の領主は、王国の支配を求めております。その意向を無視するのはいかがなものですかな?」

「それはいささか誇張ではありませんか? 全ての辺境領主が王国に従っている訳ではないはず」

「全てではなくても、従っている領主がいる事は事実。この点を皇国はどう考えておられるのか、お聞きしたい」

 王国としても、ここは簡単に譲れる所ではない。ここで従った辺境領主を見捨てれば、この先の王国の影響力は無になってしまうのだ。

「その者たちは、皇国からすれば反乱領主。速やかにお引き渡しを」

「それは無理というものですな。忠心を向ける者を裏切る事など出来ません」

「元々、その忠心は皇国に向けられていたものです」

「しかし、今は王国にある」

「譲る気はないのですか?」

「ありませんな」

「では、皇国に忠心を向けている辺境領はどうするべきとお考えになっているのですか?」

 延々と押し問答をしていても仕方がない。カルク宰相は、少し議論を逸らした。

「ふむ。それについては、仕方がありませんな。忠心の向け先を無理に変えるつもりは、こちらにはありません」

「なるほど。この点については、合意できる所ですか」

 ようやく王国が妥協点を示したと思ったカルク宰相が念押しに入ったのだが、王国側はすぐにそれに条件を出してきた。

「但し、こちらに従っている領主の領地は速やかに返還してもらう必要がありますな」

「それはどうでしょう? 戦いで得た領地をただで渡せとは、それこそ、こちらに忠心を向ける領主を裏切る事になります」

「戦いで得た領地は、そのままに。なるほど。では我が国の支配下にある領地は我が国の物という事になりますが?」

「それでは話は振り出しに戻ってしまいます」

「こちらは構いません。最初から条件を詰めていきましょう」

「……最後の詰めと思っておりましたが?」

 ここでカルク宰相に疑念が生まれる。大勢が見守る中での、交渉は儀式に過ぎない。今のやり取りは、双方についている東部辺境領主に向けてのパフォーマンスなのだ。
 実際の交渉は、見えない場で行われており、それぞれの妥協点も、それとなく示しあっている。王国側は自国についた東部辺境領主の領地の確保が譲れない所、皇国もそれについては、ほぼ了承している。
 それで終わらせなかったのは、更なる譲歩と引き換えにノルトエンデへの対応の同調を引き出す為。カルク宰相のこの思惑は、それを切り出す前から、外れてきている。

「こちらは、その様には思っておりません。いつその様な話が出たのですかな?」

「なるほど。では最初から条件を話し合いましょう」

 交渉の場でいつまでも戸惑ってはいられない。カルク宰相は気持ちを切り替えて、交渉に臨む事にした。

「講和の条件は現状の支配地域をそのまま。これでいかがですかな?」

「いえ、皇国に変わらず忠誠を誓う領主の領地は返して頂きます」

「それでは我が国と皇国の領地は飛び地になりますな。講和後の火種を残されるおつもりですかな?」

「なるほど。では、等交換でいかがですか? 王国に従った辺境領主の領地は、王国側へ、皇国に忠誠を誓ったままの領主の領地は、皇国側に寄せる」

「非常識な考え方ですな。皇国の辺境領主は、元は一国の王。父祖伝来の土地を皇国は手放せとおっしゃる。いやはや、皇国における辺境領主の扱いは惨い」

「……渋々です。そちらの要求に合わせる為に、仕方なく、この案を出したまで」

「いやいや。王国にはこのような非情な考えはありません。それは王国内に辺境領などというものが無い事で明らかですな」

「今はそのような話をしている訳ではない。講和の条件を話し合っているのです」

「その繋がりでこういう話になったのですが。よろしい。講和の条件は先ほど申し上げた通り。現状の支配地域で国境を定める。これでいかがですかな?」

「……仮に、あくまでも仮にですが、その条件を飲んだとして、代わりの条件があります」

 このままでは埒が明かないと、いよいよ具体的な条件の詰めにカルク宰相は入る事を決めた。これが皇国側の弱みだ。この先の国内問題に取り組む為に、講和を急いでいるのは皇国側なのだ。

「ふむ。お聞きしましょう」

「魔族に対する共闘を考えて頂けますか?」

「ここで、魔族? これは又、どうしてですかな?」

「今の大陸の混乱は元はと言えば、魔族が引き起こしたもの。皇国としては、その根を絶つべきかと考えております」

「……ふむ。それで魔族討伐を。悪い条件ではありませんが、本当にそれでよろしいのですかな?」

「最終的には持ち帰ってとなりますが、こちらが持ち掛けた話です。決して実現出来ない条件とは思いません」

「なるほど。こちらも検討の余地は充分にありますな」

「では?」

「国王陛下に諮ってみましょう」

「是非」

「ただ、条件の詳細を確認させて頂きたい。思い違いがあってはなりませんからな」

「もちろんです」

「王国は、東方と南方の現在の支配地域を領地に組み込む」

「なっ!?」

 一旦、落ち着くかと思った交渉の場に、王国側は揉め事の材料を持ち出してきた。

「おや? いきなり違いましたかな?」

「南方の話はしておりません」

「しかし、南方でも戦いは行われている。我が国は南方東部のかなりの部分を支配下に置いているはずですが?」

「あれは支配とは言わないのでは? ただ軍が動き回っているだけです」

「軍が駐屯しているのを支配とは呼ばない。これは根本で我が国と皇国には認識の齟齬があったようですな。皇国が言う支配とはなんですかな?」

「軍だけではなく、実際の政務上の統治下にあるという事です」

「それは……、あやうく騙される所でしたな」

「騙す?」

「我が国はまだ文官を派遣しておりませぬ。今のそちらの言い分ですと、東方も全く我が国の支配下にないという事になりませんか?」

「それは……」

「そうなると我が国は何もなく、ただ元の自国に引き下がるだけ。これを騙すと言わなくて、何と言うのですかな?」

「そうは言っておりません。その辺は細かく詰めを」

「南方も含めてですな?」

「南方は無条件に返還を」

「また条件が変わりましたな。これではいつまで経っても纏まりません」

「……そちらこそ、講和を纏める気はあるのですか?」

 カルク宰相でなくてもこう思うだろう。実際に王国はこの時点で纏める気はないのだから。
 当然、正直にそれを交渉相手に告げるつもりもない。

「もちろん。その為に、こうしてここに参っているのです」

「しかし、纏まりかけていた交渉を白紙に戻すような真似を」

「いや、その纏まりかけていたというのが、我が方には良く分かりません」

「下交渉はかなり進んでいたはず。それを知らないとは言わないでしょう?」

「それはもちろん。だが、まだまだ時間はあるようです。その間を無駄に過ごす必要はありませんな」

「時間がある?」

「ええ。皇国はまだまだのんびりと構えられている。我が国だけが焦っても仕方ありません」

「そんな事はない」

「では講和条件が纏まったとして、皇国は誰がそれに署名なされるのですかな?」

「それは……」

 まさか、ここでこんな話を持ち出してくるとはカルク宰相は思っていなかった。

「我が国は国王陛下が講和条約の場に立ちます。皇国は当然、それに釣りあう方が立ち会われるのでしょうな? 釣りあうと言っても、一人しかいないはずですが」

「……皇帝陛下が出られないのはご存じのはずです」

「ええ、さすがに病床にある方をとは申しません。皇帝陛下が無理であれば皇太子殿下が代わられれば良い。まさか、王国相手には皇太子殿下を出すまでもないとは考えていないでしょうな? それはあまりに我が国を軽んじていると思いますな」

「それは……、もちろん」

「では、その皇太子殿下、もしくはそれになられる御方は今どこに? 東方に向かっておいでですかな?」

「いや」

「ほら、皇国はのんびりと構えていらっしゃる。未だ皇都だとすると、まだ二か月はありますな。まだまだ交渉を続ける時間はたっぷりとある」

 王国側に急いで講和交渉を決着させる意志はない。これは明らかではあるが、それをする理由がカルク宰相には思い浮かばない。

「……私が全権を握っております。これで問題はないはず」

「では、お聞きします。それは誰によって与えられた権限ですかな?」

「皇后陛下に」

「それはおかしい。皇国において、皇后陛下は国政における実権を持たないはず。まさか、宰相というのも、こちらを謀っているのではないでしょうな?」

「そんな事はない!」

「ふむ、まあ、それは信じましょう。そうでなくては、交渉自体が成り立ちませんからな」

「当たり前だ」

「では、又、条件を。東方と南方の現時点の我が国の支配地域は我が国の領土に。その代わりに、皇国は魔族討伐の共闘を望むと?」

「南方を外してです。東方の現時点での王国の支配地域は、王国に。その上で、魔族討伐の共闘を約束してもらう」

「ふむ。そこが譲れない点ですかな?」

「……そうです」

「一旦、持ち帰って頂こう。今のそちらには、交渉条件を判断出来る人がいない。こちらとしても、このような状況で、最終的な調整をする事は出来ません」

「ですから、私がその権限を」

「次回はそれが分かる証を示して頂きたい。それで初めて、交渉の席につけると思うのですが?」

「……分かった」

「では、どうぞ。今日の所はお引き取りを」

「失礼する」

 カルク宰相は、荒い足音と共に、出口に向かって行く。交渉の場では押さえていた怒りが、もう隠しきれないようだ。
 その姿も又、王国側から見れば、嘲笑の対象になる事も分かっていない。

「先代の時の宰相が来ると言うから、どんな切れ者かと構えていたが」

「どうって事ありませんね」

「大方、強者の立場でしか、交渉をした事がないのだろうな。それとも交渉さえした事がないのか」

「さすがにそれは」

「案外あるかもしれない。先代の時の外交など、敗戦国との交渉ばかりだっただろう。そこに宰相がわざわざ出ていくことがあったかとなると」

「そういう事ですか」

 この推測は事実だった。外交方針を考える事はあっても、実際に交渉の場に出て、それも難しい交渉を担当する事はカルク宰相にはなかった。

「あれであれば、あの男のほうがはるかに手強い。まあ、最初から分かっていた事か」

「そうなのですか? 私はその場におらず、詳細を知りません」

「私もだ。許されていなかったからな。だが、その場で見ていなくても話を聞けば分かる」

「どういう所がですか?」

 交渉を仕事とする立場。こう言われると詳細を聞かないではいられない。

「まずは自らが交渉の場に現れる事で、こちらの不意を突いた」

「危険な賭けです」

「だが結果として有効だった。その上で、亡きアレクセイ王太子殿下と自分の母親の関わりを知らしめ、陛下にそれとなく親近感を覚えさせ」

「亡きアレクセイ王太子殿下は、陛下の数少ない弱みですから」

「それを分かった上での交渉であろう。そして、恩を売るかのような形で、こちらに要求を飲ませた」

「確かに」

「まあ、こちらにとっても幸いだった。あの時点で、魔族の的にされては、皇国に攻め込む所ではなくなっていたからな」

 交渉現場だけの技術でなく、交渉に適した時期を見極める力も必要と言っている。

「はい。しかし、よろしいのですか? あれであれば、一気にこちらに有利に持っていけたのでは」

「いや、今はまだ駄目だ」

 そして王国も時期をきちんと測っていた。

「どうしてですか?」

「向こうにはまだ切り札が残っている。それを使えない様にさせなくてはな」

「切り札?」

「今、我が国が交渉の場に一番出られたくないのは?」

「……それは」

「これ位、すぐに考えつけ。何のために、この場にいるのだ?」

「申し訳ありません」

「ヒルデガンド妃殿下に交渉の場に出てこられて、条件が合わなければ、もう一戦しましょうと言われる事だ。次は全軍を私が率いますなんて言われては、目も当てられないな」

「確かに。しかし、引き延ばせば引き延ばすほど、その可能性が」

「いや、あの宰相がこちらの思うとおりに動けば、その目は無くなる。その為に今日の交渉があったのだ」

「それは?」

「ある筋からの情報だ。今は話せないが、すぐに分かる。それまでは気を抜けない。それだけは忘れないように」

「はい」

「失敗は出来ないのだ、私は。もう二度と」

 王国側の交渉役ヴァシリー・セロフ。彼にとって、皇国学院対抗戦での失脚以来、初めて与えられた汚名返上の機会だった。

◇◇◇

 そしてまんまとカルク宰相は王国の思うとおりに動いてしまう。

「仕方ありません。すぐにクラウディア皇女殿下の皇太子位継承を進めましょう」

「よろしいのですか? 一度、皇都に戻って十分に諮ったほうが」

「それをしていては、講和締結は半年先になってしまいます」

「それほどの期間には」

「往復していれば、そうなるでしょう?」

「それは……」

 文官は、それで、カルク宰相が自ら交渉窓口であり続ける事を望んでいるのだと、分かった。
 正に王国の狙い通りだ。
 王国の交渉相手ヴァシリーの狙いは、カルク宰相の誇りを傷つける事。そうすれば、カルク宰相は宰相であり続ける為に、クラウディア皇女を皇太子に就けるしかない。
 カルク宰相の為人を調べた上での策。これにまんまと皇国は乗ってしまっているのだ。
 負けを知っているヴァシリーにあって、勝ちしか知らないカルク宰相にはない、周到さだ。

「皇太子位継承とともに、私への全権委任状を取り寄せる事も忘れずに伝えるのです」

「……皇太子位継承は、カルク宰相自らが主導するべきかと」

「何故ですか? 段取りは整えてから来たはずです」

「その段取り通りに進むとは限りません」

 目端の利く文官は、すでにクラウディア皇女の危うさに気が付いている。この文官もその一人だ。だが、この文官の気持ちはカルク宰相には通じない。自らに対する過度の自信が、カルク宰相に、それをさせないのだ。

「貴方は何を言っているのですか? 私は細かな所まで決めてきました。齟齬はないはずですよ」

「では、せめて、シオン殿にその段取りを」

「シオンにはそのような権限はありません。あれは一文官の身ですよ」

「しかし」

「貴方もシオンの一派なのですか?」

「シオン殿に派閥などありません」

「そうであっても発言には気を付けるべきです。シオンはテーレイズ皇子と近い関係にあった。それを擁護するような真似をしては罪に問われる事に成りかねませんよ?」

「何の罪ですか? テーレイズ皇子殿下に罪がない事などお分かりでしょう?」

 一文官でも知っている事実。いかに無理を押し通したかがよく分かる。

「その発言も問題ですね」

「しかし!」

「良いですか? 継承問題で、皇国を割るような事は決してあってはなりません。そんな事になれば、それこそ王国の思うつぼです」

「それは分かっております。だからと言って、罪なき方に罪を擦り付ける事など許されるのでしょうか?」

「形だけです。この事を公にする事はありません。限られた有力者に、密かに伝えられるだけです。それでテーレイズ皇子殿下の名誉も守られます」

「果たしてそうでしょうか?」

「もう結構です。宰相である私の指示を聞けないのであれば、この任から外れてください。他に代わりは幾らでもいるのですよ」

「……では、そうさせて頂きます。失礼いたします」

 そして又、一人、優秀な文官が、その能力に相応しい場から去って行く。
 この事さえ、カルク宰相は気付けない。老害の典型といった状況なのだが、これを老害とも思えない人物が上にいるからこそ、こういう事になる。

「全く、皇国はどうなっているのです。組織の秩序も何もない。これはやはり、もっと多くの人材を復帰させるべきですね」

 カルク宰相からの伝令が皇都についた事で、皇国の皇太子位はクラウディア皇女のものになる。
 そして物事は、カルク宰相の思う通りに――ではなく、クラウディア皇女の思う通りに進むことになる。
 利害が合致するはずのカルク宰相の思惑を外れ、利害が反するはずの王国の思う通りになる所が、クラウディア皇女の愚かさを知らしめてしまうのだが、これに限っては、それも仕方がない事だ。
 何といっても、その裏には、アルトたちがいるのだから。
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