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魔王の器 作者:月野文人

第三章 皇国動乱編

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秘密同盟会議

 一夜明けた翌日。
 前日の話から、カムイと会えるのは数日先と思っていたテーレイズ皇子にとっては、思いがけず、カムイとの再会の機会が訪れた。
 じっくりと話を出来るような状況ではとてもないのだが、

「いざ、勝負だ!」

 外の騒がしさが気になって見に来てみれば、カムイの前に一人の男が剣を構えて立っていた。ラルフだ。

「あのさ、何度も言うけど、一週間かそこらで勝てるようになる訳ないだろ?」

 そのラルフに呆れた様子でカムイが文句を言う。一週間前に立ち会ったばかりなのだ。当然、カムイの圧勝である。

「そ、それでも勝負だ!」

「ティアナさん、お兄さんどうにかしてくれないかな?」

 ラルフ本人は言う事を聞きそうにないので、妹のティアナに止めてもらうように言ってみた。これも無駄だとは分かっているが。

「ラルフ、いい加減にしないと。カムイ様の迷惑よ」

「め、迷惑って」

「カムイ様はお忙しいの。ラルフの相手なんてしている暇はないのよ」

「お、お前……。いつから魔王の肩を持つようになったのだ!?」

「いつからって。大分前からだけど」

「さ、さては、惚れたな!?」

「…………」

 ラルフの問いに、ティアナは顔を赤く染めて俯いてしまう。

「ひっ、否定しろ!」

「だって……、ねえ」

「この女ったらしが! よくも妹を誑し込んだな! 許さない、勝負だ!」

「それティアナさんに失礼だから。冗談に決まっているだろ? お前、からかわれているんだよ」

「……なんだ、そうか。それもそうだな」

「もう、鈍感!」

「えっ? 何が?」

「ラルフじゃない!」

 ほとんど毎回の恒例となっているやり取りだ。

「あっ、あれは?」

 後ろに誰かが立った事に気が付いたテーレイズ皇子が、その相手に問いかけた。

「男性の方はラルフ。前勇者の息子ですね。女性の方は、その妹のティアナさんです」

「ぜっ、前、ゆっ、勇者の?」

「教都で知り合ったそうです。勇者選定の儀で、勇者を目指していたそうですね」

「そっ、それが、なっ、何故?」

「カムイの強さを目の当たりにして、悔しかったみたいです」

「ん?」

 カムイと呼び捨てにした事で、相手が只者でないと気が付いたテーレイズ皇子が慌てて、後ろを振り返ると、そこには見知った人物が立っていた。
 ここに居るはずのない人物だ。

「おっ、お前!?」

「初めまして、テーレイズ皇子殿下。僕はフライハイトと申します」

「はっ、初め、まして?」

 名前も初めて聞く名だが、初めましての訳がない。目の前の人物は、ディーフリートだ。

「どなたかと勘違いされていますか? 僕の名は今言った通り、フライハイトと言います」

「……なっ、名を、すっ、捨てたのか?」

「さあ? 何の事か分かりません」

「なっ、何故、こっ、ここに?」

 偽名の事を追及しても話は進まない。テーレイズ皇子は問いを変えた。

「旅の途中で暴漢に襲われた所を助けてもらいまして」

「カ、カムイに?」

「いえ、襲ってきた暴漢に」

「……ひっ、貧民、がっ、街か」

「その問いへの答えもやはり、さあ? です」

「そっ、そうか。たっ、旅は、い、良いのか?」

 ディーフリートは旅と言った。それは自ら王都を出た事を示している。そうであれば、それをする目的もあるはずだ。

「急ぐ旅ではありませんからね。それに旅の目的をもう一度考えてみようと思いまして」

「何故?」

「僕はどうやら中途半端だったみたいです。実家に反発しながらも、実家の言いなりになり。覚悟を決めたつもりだったのに、結局、覚悟は定まっていませんでした。だから、あんな事になってしまった」

「……そっ、そうか」

 抽象的な言葉だが、テーレイズ皇子には何を言っているか、分かる。

「いなくなってしまった人への思いをいつまでも引きずって、中途半端に行動していたせいで、守るべき人を守れなかった。……申し訳ありません」

「いや……。だが、もっ、もう、まっ、迷う事は、なっ、ないのでは?」

 ディーフリートが気持ちを引き摺っていた相手が誰か、テーレイズ皇子は分かっている。旅の目的もこれで知れた。

「そう思っていたのですけど……。結局、それも逃げなのではないかと」

「に、逃げ、とは?」

「助けなければいけないという事を言い訳にして、責任ある立場から逃げようとした。そう言われました」

「ふむ」

「それに、しなければいけないばかりで、何をしたいかが、何もないとも」

「……そ、それで?」

「カムイたちを見ていれば、少し分かるのかと思ったのですけど。かえって分からなくなりました」

「そっ、そうなの、か?」

「カムイたちは、思ったように、好きにやっているのではなくて、色々と背負って、それへの責任感で行動しています」

「……そっ、そうかな?」

 カムイたちはやらなければいけない事を喜んでやっている。これだけの事だ。

「思うとおりに行動するのであれば、カムイはここでじっとしていない。僕はそう思いますね。貴方が継承権を捨てて、ここにいるのですよ?」

「……馬鹿」

「おや? もしかして、それが目的でしたか? そうだとしたら、少し甘かったですね。カムイは鈍感な上に、割と頑なな所があるのです」

「…………」

「人に立場に捉われるなと言うくせに、自分が一番捉われているのですね。私事をことごとく排除して、公人に徹しています。自分が自由になると、そういう事が見えてきます」

「そっ、そうかも、し、しれん」

 テーレイズ皇子も又、背負っていたものを捨てて、自由になる事を望む身。共感出来る部分は多い。

「貴方はどうされるのですか? このまま、隠遁されるのか、それとも、又、表舞台に出るのか」

「おっ、表に、でっ、出る、気は、ない」

「そうなのですか? しかし」

「じ、時間が、ない」

「時間?」

「ない、のだ」

「……そうですか」

 テーレイズ皇子にこれ以上、語る気がないと分かって、ディーフリートは問いを重ねる事を止めた。次の会話のきっかけがつかめず、しばし黙り込む二人。そこに新たな声が加わってきた。

「へえ、こりゃあ、珍しい光景だ。ディーとテーレイズ皇子殿下が並んで会話する姿なんざ、皇都では見れねえよな」

「アルト! 戻ってきたのかい?」

「まあな。それも、こちらの皇子殿下のせいだ。全く、やってくれるもんだ。継承権を放棄するなんて思ってもいなかった」

「ア、アルト。お、お前が、か」

 見た事がない訳ではないのだが、面と向かって話をするのは初めてだった。

「初めてお目に掛かります。カムイ・クロイツの臣、アルトと申します」

「カ、カムイの、ふっ、懐、が、刀」

「カムイの懐刀は別にいる、文字通り懐にな」

「ん?」

「それを詳しく話すつもりはねえ。しかし……、なるほどな。これは丁度良いや」

「何が?」

「イグナーツの野郎と、マリアも今日中にここに来る。これだけの面子が集まる機会はそうはねえ。久しぶりの会議だな」

 それぞれ、やらなければならない仕事がある。ハルモニアに全員が揃う事は滅多にないのだ。

「確かにそうだけど、会議は頻繁にやっているよね?」

「それは表の会議な。俺が行ったのは裏会議のほうだ」

「えっ、何それ? 初めて聞いたけど」

「そりゃ、そうだ。会議メンバーは俺ら四人と、せいぜい、ミトとオットーが入るくれえだったからな」

「……何だか怪しいな。カムイの名が無いよ?」

 こういう事にディーフリートは実によく頭が回る。

「そういう会議だからな。よし、この機会を逃す手はねえな。ここらで全体の意思統一を図っておくべきだ。秘密会議を開く。今回はディーも参加しろ」

「あ、ああ。それは良いけど」

「皇子殿下もな」

「おっ、俺も、か?」

「招集は密かに行う。くれぐれもカムイにバレねえように」

「あ、ああ」

「じゃあ、後で」

◇◇◇

 その日の夕食が終わった後で、実際に秘密会議は招集された。
 会議の場は、ティアナの部屋だ。部屋自体は決して狭い訳ではないのだが、そこに十人もの人間が集まるとなると、さすがに窮屈に感じてしまう。

「ちょっと狭いけど我慢してくれ」

「あ、あの、どうして私の部屋で?」

 ティアナの疑問はもっともだ。ティアナもこの会議に参加するのは初めての立場だ。

「ここなら、少々怪しんでもカムイが密偵を送ってくる心配はねえ。女性のプライベートを覗く趣味はカムイにはねえからな」

「……それがおかしいわ。どうして、カムイ様に内緒にするのかしら?」

「それは、これから説明する」

「……分かったわ」

「では、これより、第二十二回秘密同盟会議を始める」

 アルトが堂々と秘密会議の開催を宣言した。

「に、二十二回? そんなにやっているのかい?」

「ディー。こういう事を一々気にするな。会議が進まねえ」

「あ、ああ。ごめん」

「さて、まずはこの会議、いや秘密同盟の主旨を説明する。その上で、これに賛同できるかどうかを各自で判断してくれ」

「なんだかな」

「ディー、うるさい」

「……ごめん」

「ノルトエンデには大きな問題が存在している。この問題は時間の経過と共に大きくなっていて、今後、建国なんて事になれば、国政にも影響しかねないものだ」

「そんな問題……、あっ、ごめん。聞くよ」

 あまりに重い議題に、又、思わず声を出してしまったディーフリート。すぐにアルトに睨まれて、黙ることになった。

「この問題は、一人の鈍感男が引き起こしている」

「……はい?」

 カムイである事は分かる。だが、国政に影響を与える理由が分からない。

「これでこの場にいる多くの者が、問題が何か分かっただろう」

「えっと、さすがに質問良いかな?」

「どうぞ」

「カムイが鈍感な事が国政に影響するような問題?」

「やっぱディーは分かってねえな。いいか、この先、ノルトエンデで建国なんて事になれば、当然、王の座はカムイのものだ」

「それ改めて言う事?」

「あの馬鹿は国王も皆で選ぶべきだなんて言ってやがる。そんな事は時間の無駄だって言っても聞かねえ」

「カムイらしいね」

「それはそれで問題だが、一旦それは置いておいて。カムイが王になれば、やはり国民を安心させるためにも、妃が必要だ。これは説明する必要はねえよな?」

「まあ、当然だね」

「さて、その妃をどうするかが、問題」

「それは私が!」

 すかさず立候補してきたのはルシアだ。

「なんて言う女性はルシアさんだけじゃねえ。えっと、ティアナさんは? カムイの妻の座なんてどうだ?」

「それは……、その……、喜んで」

「反対! 絶対反対!」

 反対の声をあげてきたのは、招かれざる人物、つまり、ラルフだ。

「……ラルフ、何故、お前がここにいる?」

「良いだろ? 大切な話だって言うから」

「お前、ただの居候だろ?」

「それは俺だけじゃないはずだ」

「そうだけど、お前、全く関わりねえじゃねえか?」

「いいや。ティアナが魔王に嫁ぐなんて俺は許さない」

「出てけ。カムイを魔王なんて言っている時点でお前はこの場にいる資格がない」

「じゃあ、なんて呼べば」

「やっぱり、勇者かな?」

 これはアルトの軽い虐め。これを言えばラルフが傷つく事を分かっていて言っている。

「絶対に嫌だ! それは俺の称号だ!」

「勇者候補にもなれなかった分際で」

「あっ、それ言ったな!? 気にしているのに!」

「もう良い。馬鹿は放っておいて、話を先に進める。さて、こんな風に思っている女性がいるのに、カムイ自身は、その事に全く気が付いていない。それは何故か?」

「それが鈍感って事だよね?」

 このカムイの鈍感さをディーフリートが学院時代から良く知っている。ほとんどがセレネからの情報ではあるが。

「甘い。確かにカムイは鈍感だ。しかし、ティアナさんはともかくルシアさんくらい露骨に気持ちを表に出されればさすがに気が付かないはずがない」

「気付いていて、気付いていない振りをしている?」

「俺はそう思ってる。これに異論がある者?」

「「「…………」」」

「いないな。じゃあ、その理由は何だ?」

「ヒルデガンドか……」

 ここまで話が進めば、ディーフリートだって事情は分かる。

「まず間違いねえな」

「一途だね」

「それはディーだって人の事言えねえだろ?」

「いや、僕はさ。正直、今も想っているのか、過去の思い出に縋っているのか分からない所があるし」

「出た。真面目な振りして、女にだらしないディー」

「それは言い過ぎじゃないかな?」

「……皇女と関係持ったくせに」

「な、何故、それを?」

 アルトの爆弾発言に、ディーフリートは焦って、認めてしまう。この場に妹思いの兄が居ることも忘れて。

「ほう?」

「いやっ、テーレイズ皇子殿下。こ、これは………」

「もっ、持った、の、だな」

「……持ちました」

「ほら見ろ。婚約していたとはいえ、相手は皇族。婚前交渉って、ありえねえだろ?」

「いや、覚悟を決めるには必要で……」

「もっとひどい。セレネを諦める為に抱いたのか?」

 何気に人でなしのディーフリートだった。

「……ごめん。お願いだから、この話は終わらせくれないかな?」

「俺は良いけど、後でテーレイズ皇子殿下に責められるんだな」

「いや」

「おや、許すのか?」

「あっ、愛される、こっ、事を、し、知らないで、しっ、死ぬよりは、よっ、良かった」

 ソフィーリア皇女が亡くなっていなければ、テーレイズ皇子は許そうとしなかっただろう。だが、ソフィーリア皇女は若くして亡くなった。ソフィーリア皇女が受け入れたのであれば、それで良いと思える。

「……それはそうか。やべえ、話が暗くなるな。ディーの話は終わり」

「カ、カムイは、ほっ、本当に、い、今も?」

「本人の口からは一切聞いてねえから絶対とは言えねえ。ただ」

「ただ?」

「カムイの口からヒルデガンドさんの名を聞いた事がない」

「そっ、それだけ?」

「話をしないって事じゃねぇ。名を呼ばない。妃殿下とか、テーレイズ皇子殿下の奥方とか」

「ふむ」

 これはテーレイズ皇子もカムイとの会話の中で気になっていた事だ。自分に対してだから、そうしているかとも思っていたが、そうではなかった。

「俺たちはこう思ってる。ヒルダとは呼べない。じゃあ、ヒルデガンドさんと呼ぶかというと、それをすれば距離を遠ざける事になる。魔族とかエルフ族って、名について、人族の知らない拘りがあるからな。名の呼び方を意識するって事は、それだけ相手を意識しているって事だ」

「そ、そんな……」

「あの、ティアナさん? どうして、ここでティアナさんが落ち込む?」

「だって、私、ティアナさんってしか」

「ふふ、私は呼び捨て」

 勝ち誇った様子のルシアだったが。

「ああ、それは単に兄の違い」

「「えっ?」」

 同じ驚きでも片方は喜び、片方は落ち込みの喜びだ。

「ルシアの兄のアレクシスをカムイは仲間として信頼している。信頼していない相手にカムイは危険な仕事を任せないからな。だから妹のルシアさんにも敬意を示す。呼び捨てが敬意ってのいうのも変だけど、そういう事だ」

「そ、そんな……」

「一方でティアナさんの兄は、そこの馬鹿だから」

「馬鹿とは何だ!?」

「敬意なんて示しようがないだろ? だから、ティアナさんはティアナさん」

「ラ・ル・フ!」

「な、何故、怒る?」

「貴方のせいで私はカムイ様に一線を引かれているのよ!」

「それで良いだろ!? 一線どころか、深い溝でも出来れば良いんだ!」

「それで私が行き遅れたらどうするのよ!?」

「どうぜ無理だろ? 今聞いた通りじゃないか」

「そ、それは……」

 珍しくラルフが正しい事を言った。これを言われるとティアナは何も言い返せない

「やっと本題に戻った。さて、ようやく意思確認だ。カムイの正妃として、何としてもヒルデガンドさんを引きずりこむ。それに賛同するかどうか」

「反対!」

 すかさずルシアが反対の声をあげる。だが、それを許すアルトではない。この場は、意思を統一する為に開いた秘密会議だ。

「単純に反対して良いのか?」

「えっ?」

「俺は正妃と言ったんだ。カムイは王にする。王であれば、側室が居てもおかしくねえ」

「おっ?」

「カムイが女性に目を向けねえのはヒルデガンドさんの事があるからだ。それが解決して、しかも正妃という盤石の位置に置いた場合、逆にカムイは解放されたりしてな」

「おおっ?」

「カムイはあれで責任感が強えからな? 国民を安心させるには、そういう事も必要だと言えば、案外簡単に側室を受け入れたりしてな」

「おおおっ!?」

「まあ、相手が、どうしても正妃じゃなきゃ嫌だってなると、その女性は対象外だけどな」

「賛成! 断固賛成!」

 ルシアは賛成に転じた。そして。

「……さ、賛成」

「ティアナ!」

「よし、意思統一は完了。まだ異議がある者?」

「俺は反対だ!」

 反対の声をあげたのはラルフ一人。全く意味のない反対だ。

「じゃあ、出て行け。会議の邪魔だ」

「……ひ、卑怯な」

「出て行け」

「賛成」

「お前に賛成されても、何の意味もねえ」

「賛成!」

「……どっちでも良い。居ても居なくても良い」

「そ、そこまで言うか……」

 ラルフを黙らせた所で、アルトは又、全員に視線を向けて、会議を進める。

「さて、問題はどうやって引き込むかだ。これが結構大変だ。ヒルデガンドさんはヒルデガンドさんで強情だからな」

「テーレイズ皇子殿下がここにいる。呼ぶのは簡単じゃないかい?」

「それで何が解決する?」

「えっ?」

「ヒルデガンドさんをテーレイズ皇子殿下の奥方として、ここに呼んで、その先どうなる?」

「それは、別れてもらって」

「そんな事でヒルデガンドさんが納得するか? 一度、妻になったからには、生涯を捧げる。ヒルデガンドさんは、こんな風に考えちまう人だ」

「確かに……」

「だっ、大丈夫、だ」

「どうして?」

「おっ、俺は、まっ、間もなく、しっ、死ぬ」

「はあ!?」「嘘!?」「ええっ!?」

「そっ、そう、い、言われた。じっ、自覚も、あ、ある」

「……それ最悪だ」

「確かにね」「そうなのです」

 テーレイズ皇子の余命が短い事を聞いてアルトは頭を抱えてしまった。それにイグナーツもマリアもすかさず同調する。

「どっ、どうして?」

「あのさ、旦那が亡くなった。じゃあ、次は俺とか、じゃあ、別の人と幸せになんて、二人が考えられると思うか? どこかの誰かさんじゃあるまいし」

「……それ胸が痛いなあ」

 自分がその、どこかの誰かさんである自覚がディーフリートにはあった。

「分かったか。残念ながら、ディーのように二人は考えられねえ。逆効果だな。テーレイズ皇子殿下の死を悼んで、遠ざかっちまう」

「……そっ、そうか」

「でも、事情が分かった。それで、こんな事になっちまったのか。まあ、結果として、ここに来てくれて良かった」

「どうしてだい?」

「皇国の継承権者のまま死なれてみろ。下手すれば、ヒルデガンドさんは皇国に殉じようとするかもしれねえ」

「生真面目だからね」

「そうなると目はかなり無くなってた。皇国と俺らはもう相容れねえからな」

「……そこまで?」

 ディーフリートの知らない状況だ。ディーフリートは、あくまで居候。大事な会議の場には出ていないのだ。

「さてと、残った目をどう活かすかだな。時間がない事は分かった。そうなると次の機会は今進行中の件で考えなくてはならない。皇国は、何だかんだクラウディア皇女の思惑通りに動くだろうな。それに王国がどう出るか」

「そこまでの力がクラウディア皇女殿下にあるかい?」

 クラウディア皇女に対するアルトの高評価は、彼女をよく知るディーフリートには意外な事だ。
 だが、続くアルトの言葉ですぐに勘違いだと分かる事になる。

「あれは恥を知らねえから。こんな事をしたら恥ずかしいとか、そういう気持ちがねえ。だから、どんな無茶も平気で出来る。それに皇国の皇太子位なんて、権威が付いちまったら、今の皇国の臣下じゃあ、防ぐことは出来ねえよ」

「……散々だね」

「そうだけど、それが強みでもある。力のねえ奴が、周りの目を気にしていたら、何も出来ねえからな。この点では、己を知っているとも言える」

「……なるほどね」

「そうなると皇国が勝手にヒルデガンドさんを手放してくれる。それをどうするか。方向としては悪くねえ。問題は手放す形か」

「どうして?」

「ヒルデガンドさんが本当に追い詰められれば、いくらなんでもカムイもじっとしていられねえはずだ。そして、カムイが自ら動けば、ヒルデガンドさんも……、平気か? さすがに会ってねえから、肝心のヒルデガンドさんの気持ちが分からねえ」

「平気です」

 アルトの疑問にリタが断言した。この中で、もっとも最近のヒルデガンドと仲良くしていたのはリタだ。

「……リタさんの言葉を信じよう。じゃあ、問題ない」

「でも、ただ待っていては。ヒルデガンドの立場は相当に厳しいものがあるよ。こちらに引き込む前に」

「それは何とかする」

「何とか?」

「この秘密同盟に参加しているのは、ここにいる者が全てじゃねえ。この件に関しては、同盟の総力をあげて対応する事にする」

 その総力がどれ程のものか想像もつかない。そして、もう一つ、ディーフリートが気になるのは。

「一つ聞いて良いかな?」

「何だ?」

「この秘密同盟っていつ作られたのかな?」

「聞く必要あるか? 皇国学院にいた頃に決まってるだろ?」

「……だろうね。しかし、カムイの知らない所で、よくもまあやってきたね?」

「それ感心されるような事か?」

「だって」

「俺たちの目的は一つだ。種族、出自に関係なく、誰もが、自由に愛し合える世界を作る事。それを実現する為に、それぞれの道を進んでいるに過ぎない」

 この場に居ないダークも、オットーも目的は同じだ。

「そう」

「その目的の為に頑張っている本人が、自分を犠牲にするなんておかしいだろ?」

「まあ」

「隠して行動していても、目的は逸れてねえ。何の問題もねえな」

「そうだけど、こんな状況で学生の時に決めた事を、続けているのに感心したのさ」

「これくらいの楽しみが無くて、やっていられるかよ。俺らだって、心が鉄で出来てる訳じゃねえ。人が死ねば悲しいし、汚ねえ事をすれば胸も痛む。それでもやってられるのは、その先に大切な奴の幸せが待ってるって、思いがあるからだ」

「……そうか」

 アルトの言葉でようやくディーフリートは自分とカムイたちの違いに気付いた。義務感で動いていながら、カムイたちは、こうしてやりたい事を混ぜ込んでいるのだ。
 これがどの場合にも合致するわけではないとはいえ、それを合致させる努力さえ自分はしていなかった。そして、更に続くアルトの言葉に、自分との違いを思い知らされる。

「カムイは俺らに光を与えてくれた。そのカムイから光を奪う様な事を俺らはしたくねえし、させたくねえ。これが俺たちの共通の想いだ」

「…………」

「恥かしい事言っちまった。忘れてくれ」

「いや。僕は……」

「何だ?」

「何でもないよ」

 ここまで人を想った事がない。それを口にする事はディーフリートには出来なかった。

「おっ、俺は、なっ、何か、す、する事は?」

「余生を楽しんでくれ」

「そ、それでは」

「これ結構マジだからな。テーレイズ皇子殿下はリタさんと二人で楽しい余生を送った。こうカムイに思わせるだけで、亡くなった後の抵抗をかなり減らせるはずだ。幸せな人に同情する奴はいねえからな」

「な、なるほど」

「他の者もこれまで通りに。行動を起こすとしたら、ヒルデガンドさんを手に入れた後だ。とにかく、引け目を一切感じさせない事だけど、まあ、それはその時に」

「「はい」」

「よし、意思統一は終わり。ここにいる全員が今日から秘密同盟の一員だ。いいな、皆、くれぐれもこれはカムイには秘密に」

「おおっ!!」

「あっ、ラルフ以外な」

「どうしてだ!?」

「秘密って言っているそばから大声を上げる馬鹿がどこにいる?」

「ここに」

「馬鹿である自覚はあったか、それは良かった」

「……なぜだ?」

「まさか自虐ネタ? それでウケると思ったの? ほんと、ラルフって馬鹿ね」

 普段はここでティアナが何か言ってくる所だが、今日に限ってはルシアが罵倒してきた。

「ルシア……、お前もか……」

「馴れ馴れしく呼び捨てにしないで」
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