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魔王の器 作者:月野文人

第三章 皇国動乱編

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皇子様の初めての遠出

 テーレイズ皇子が継承権の放棄を宣言して、およそ二刻後。城からは遠い貧民街の入り口近くにある建物の一室で、ダークは頭を抱えていた。

「あの、お加減が悪いのですか?」

 そんなダークに目の前の女性が心配そうに声を掛ける。

「うん、かなりね」

「それは大変! すぐにお医者様を呼ばないと!」

 ダークの返事に女性を大慌てだ。人が良いのは間違いない。

「いや、医者は要らない。治す方法は分かっているから」

「じゃあ、すぐに」

「そうだね。すぐに僕の目の前から消えてくれないかな?」

「えっ?」

「頭も痛くなるよね? どうして皇国の皇子殿下が僕の目の前にいるのさ?」

 ダークの目の前にいるのはテーレイズ皇子と側室のリタだった。貧民街の裏の支配者としては気まずくて仕方がない状況だ。

「それは説明いたしました」

「継承権を放棄して、城を出た。それで分かるかな?」

「じゃあ、もう少し詳しいお話を」

「是非」

「継承権を放棄したといっても、それで安全とは限りません」

「ん? 何が危険なのかな?」

「クラウディア皇女を皇太子にしようと考えている人たちに命を狙われているのです」

 所詮はクラウディア皇女が自ら動いている謀略だ。暗殺しようとしているテーレイズ皇子にとっくに気付かれていた。

「……それは又。そんな事もあるかと思っていたけど、そうなんだ?」

「はい。それもテーレイズ様の弟妹の方々がそれを」

「弟妹に命を狙われる。まさにドロドロの状況だね。でも、それが分かっていてどうして反撃しないのかな?」

「兄弟姉妹で争う事をテーレイズ様は好まれません」

「皇太子になろうって人だよね?」

「望んでの事ではありません。他にいないからです」

「……えっと、君は?」

 ダークの視線はテーレイズ皇子に向けられているのだが、答えを返すのは、隣のリタばかりだ。リタの情報はさすがのダークも知らなかった。

「リタと申します。テーレイズ様の側室です」

「そんな人が居たんだ。ちなみに聞くまでもないけど、お腹の子は?」

 リタのお腹はダークが気付くほどに膨らんでいる。妊娠しているのだ。

「テーレイズ様の……」

「だろうね。複雑……。ヒルデガンドさんの恋敵って訳ね?」

「それは……、どうでしょう?」

「なるほど」

 この台詞が口から出るという事でリタがテーレイズ皇子に余程信頼されているのだとダークは悟った。

「しかし、どうして、貧民街に来ようなんて思ったのかな?」

「それは、本当に困ってどうしようもなくなったら、貧民街に行けとヒルデガンド様が」

「口軽っ!」

「あっ、私にだけです。テーレイズ様にも決して話さない様に言われました」

 この事実はヒルデガンドも又、リタを深く信頼している事を示している。ダークも放り出しづらくなってきた。

「予想していたって事か。まあ、そうだよね。ほぼ全員が皇都を離れる訳だからね」

「そうだったのですね。こういう事になって初めて私も意味が分かりました」

「あのさ、皇子殿下は本当に話さないんだね?」

「元々、話す事が嫌いで」

「吃音のせい?」

「いえ、それがなくても嫌いだと思います。口を開くのが億劫だと」

「ただの怠け者じゃないか!」

「そうとも申します」

 人が良い上に、おっとりもしている。人の心を和ませるタイプの女性だ。

「……それで僕にどうしろと?」

「それは……」

 さすがにこれには答えを持たないリタはテーレイズ皇子に視線を向けた。

「カ……、あ……」

「カムイ殿にお会いしたいそうです」

「何故分かる!?」

「なんとなく、です」

「皇子殿下の怠け癖は君のせいじゃないの?」

「すみません」

「いや、僕に謝られても仕方ないね。しかし、参ったな。追われる皇子殿下に逃げ込まれてもね。正直迷惑」

「すみません」

「今の所、追っ手の姿はないけど、いつ踏み込まれる事か」

「それは大丈夫だと思います」

 控えめな感じのリタが自信満々に言ってきた。余程自信があるのだ。

「どうして?」

「抜け道を使って、お城を出ました。テーレイズ様がお城を出た事もまだ気付いていないと思います」

「皇族用のいざという時の逃走経路ってやつね」

「ほう」

 そこで初めてテーレイズ皇子はダークの言葉に反応を見せた。最高機密である城の隠し通路の事を当たり前のように話すダークに驚いたのだ。

「よく知っているなと」

「だから、どうして分かるのかな?」

「なんとなく」

「もう良い。でも、それはクラウディア皇女も他の皇族も知っている訳だよね。後を辿られる可能性があるんじゃないかな?」

「恐らく知らないと思います。逃走経路は皇帝陛下と皇太子のみに知らされる物ですから」

「それをどうして皇子殿下が知っているのかな?」

「そういった物があるだろうと考えて、ずっと調べていた結果です」

「……なんか行動がカムイみたいだね?」

「そうなのですか? それは嬉しいですね?」

「あ、ああ」

 嬉しそうに語りかけてきたリタに、テーレイズ皇子も笑顔で返す。ダークは知らないが、滅多に見れない笑顔だ。

「へえ、カムイみたいと言われて、それを褒め言葉に受け取る人は珍しいよ」

「テーレイズ様はカムイ殿に成りたかったのです」

「はあ?」

「色々と背負いながらも、それに縛られる事無く行動している。それが羨ましいみたいで。自分には出来ないその生き方に憧れていて」

「縛られてないかな? 縛られているけど、その縛っているもの自体を拡げているって言うのが正しいような?」

「ほう!」

「さすがだと」

「……同じ言葉で何故意味が違うのかな? それを気にしても仕方がないか。話を戻すね。当面は大丈夫と。でも捜索の手が出るのは間違いない。一人は身重。普通に逃げても間違いなく追いつかれるね」

「……あの、私はここに残っても」

「いやいや、残られても困るよ。君がここにいる事がばれたら、僕たちは大変な目に会うからね」

「そうですね」

「はあ……。顔見せるんじゃなかった。放り出す訳にもいかなくなったし」

「そんな!?」

「あのね。僕にとっては、この街、貧民街が何よりも大切なんだよ。そこを守る為なら、僕は幾らでも非情になれるよ」

「そこを何とかお願い出来ないでしょうか?」

「だから、それを考えている。どうしたものかな……」

 実際には逃がす手はある。だが、それをして良いのかダークには判断がつかない。

「迷、出」

「そんなに迷惑であれば出ていくと」

「だから、それも許せないの。ここの裏事情を知った以上はね」

「そうですか……」

「とにかくカムイの元に届ける。それは約束するよ。問題はその方法。僕の独断でやってカムイに怒られないかな?」

「方法があるのですか?」

「あるよ。ただ、それを君たちに使って良いのかの判断が出来ない。カムイの確認を取る時間もないしね」

「それは?」

「まだ話せない。とりあえず仲間に相談してくる。あっ、その結果によっては、約束守れないから。その時は覚悟を決めてね」

「えっ?」

「何と言っても皇国の皇子殿下だからね」

「恨?」

「それは僕にも分かった。そう。恨まれていない訳がないよね? なんたって皇国は裏切り者だから。そうじゃなくても積年の恨みがね」

「……解」

「案外便利だな。うちも使おうかな? 少し待っていて。間違っても、外に出たり、顔を出したりしないように」

「はい」「諾」

 テーレイズ皇子たちの返事を背中に聞きながら、ダークは部屋を出て行く。
 部屋に残った二人は、言われた通りにただ座っているだけ。それがしばらく続いた所でリタが口を開いた。

「あの方はどういう人なのでしょうね?」

「カ、裏、仲」

「裏のお仲間……。それはどういう?」

「金、報……、殺?」

「……そういうお仕事を」

「裏」

「だから裏のお仲間。カムイ殿とは、想像以上に恐ろしい御方ですね」

「弱、助、要、力」

「そうですね。力がないと弱い人を助ける事も出来ませんね」

「皇、力、有。正、無、使。馬鹿」

「……悔しいのですか?」

「否」

「力があるのにそれを活かせなかった自分が。その場を与えられなかった自分が」

「……否。力、無。耐、不」

「テーレイズ様は諦めが早いですからね。その短所が無ければ、もっと何か出来たのに」

「……謝」

「私は別にかまいません。いえ、何の取り柄もない私には、何もしないテーレイズ様の方がありがたいです。ただ、お側にいれば良いのですから」

「同」

「でも本当に良いのですか? 今ならまだ」

「否」

「皇国を捨てて後悔致しませんか?」

「呆。皇、要、変。周、既、変。皇、無、解」

「さすがに難しすぎます。皇国は変わらなければいけないくらいしか。変わらなければ?」

「……滅」

「まさか!?」

「滅、無、無」

「皇国にもその時が来たというのですか?」

「無、解」

「そうですか……。もしかして、亡国の皇帝になりたくなかったのですか?」

「……少」

「ずるいですね。押し付けられた方は可哀想です」

「望」

「そうですけど」

「殺、兄、望」

「……そこまでしてどうして皇位に就きたいのですかね? 私には良いものとは思えません」

「同」

 周りで聞いていても、半分くらしか意味が分からない。そんな会話を二人が続けている間に、ダークが部屋に戻ってきた。

「お待たせしました」

「あっ、はい。いえ、そんなに待っては」

「そう?」

「はい。それで、私たちは?」

「君たちをノルトエンデに送る事は可能だよ」

「あっ、良かった」

「でも、確認しなければいけない事が出来た」

「なんでしょうか?」

「本当に良いのかな? ノルトエンデまでは早くても二か月はかかる。そんな長旅に耐えられるかな?」

「……大丈夫です。二か月くらいなら、私は。子供だって頑張ってくれます」

「君じゃない」

「えっ?」

「僕は皇子殿下に聞いている」

 ダークの視線は真っ直ぐにテーレイズ皇子に向けられていた。先ほどまでとは違って厳しい目線だ。テーレイズ皇子も又、じっとダークを見詰めていた。

「あの、どういう事でしょうか?」

「知らないのか。話しても良いかな?」

「……諾」

「皇子殿下は体を病んでいる。僕の仲間が見た所、相当に悪いね」

「……はい。お体が弱くて」

「そんな生易しいものじゃないよ。いつ死ぬか分からない。簡単に言えば、死相が出ている」

「そ、そんな!?」

「見た者は医者じゃない。死が近くなって初めてそれが見られるのさ。それはつまり、助からないという事だよ。そして的中率は僕が知る限り、かなり高い」

 魔族の中にはこういう事が見れる種族も居る。死相を見るのではなく、人の気を見るのだ。結果としてその人の気の強弱が分かり健康状態が分かる。

「そんな……。ど、どうして!? どうして教えてくれなかったのですか!?」

「…………」

「知ったからと言って、出来る事は限られているよ」

 今度はダークがテーレイズの代弁をする事になった。

「そうかもしれないけど! でも、私は!」

「……君の気持ちは分からない。でも、君にこの言葉を教えておくよ。カムイが言った台詞だ。ヒルデガンドさんもだったかな?」

「何でしょうか?」

「限られた時間であるなら、せめてその一時は楽しいものでありたい。皇国学院時代の台詞。卒業すれば別の道に進む事が分かっていた二人の想いだ」

「…………」

「死を嘆くより、そんな事を忘れて、楽しく過ごした方が良くないかな?」

「……は、はい」

「あ、ありが、とう」

「人の台詞さ。返事を聞きたい。無理をしたら、ノルトエンデに着く前に死んでしまうかもしれない。それでも構わないのかな?」

「しっ、死なない。カ、カムイに、あっ、会う、までは」

「そう。じゃあ、決まり。すぐに動くよ。まずはちょっとした工作から。これは万一、ここに来た事がばれた時の偽装だ」

「あ、ああ」

「こっちは全力で約束を守る。だから、死なないと言った約束は守ってね」

「……わっ、分かった」

 そこからは、テーレイズ皇子にとってもリタにとっても、物事が怒涛のように過ぎていく。
 用意された服に着替えを済ませると、言われるままに、貧民街の中にある酒場に向かい、教えられたままの合言葉を告げ、教えられた通りに周りに見えるように大金を払い、外に連れ出されていく。
 薄汚い小屋に入って、そこにいた男女と服を取り換えると、その男女と時間差で小屋を出て、言われた通りに貧民街のはずれに向かった。
 そこで待っていた魔族に従って、また薄汚い小屋に入ると、その中に掘られていた地下に続く穴を下り、しばらく歩いてみれば、そこはもう、皇都の城壁の外だった。
 外はすっかり薄暗くなった中を、二人の魔族に背負われて、馬に乗るよりも早く皇都を離れていく。そうなるともう自分達が何処にいるかも分からない。
 やっと一息つけたのは、木々が深く生い茂る森の中だった。

「飲め」

 魔族が、薬のようなものを二人に差し出してきた。

「これは?」

「滋養剤だ、体力を少しでも回復させる為に飲んでおけ。もっとも皇子様の方は気休めだ」

「そうですか。ありがとうございます」

「疑わないのか?」

「疑っても私達は言われた通りにするしかありません」

「それもそうか。ほら、水だ」

 差し出された水筒を受けとり、それで薬を飲みこむ。あまりの苦さに二人の顔も歪んだ。

「あの、ここは?」

「知らなくて良いことは知らないほうが良い」

「……はい」

「しばらくは強行になるから覚悟をしておけ。皇都から離れるまでは、姿を見られたくないからな」

「分かりました」

「さて、行くぞ」

「もう?」

「背負われているだけだろ?」

「そうですが」

「眠くなったら寝ろ、遠慮はいらないとかではなく、そうしてもらった方が、こちらも楽だ」

「はい」

「皇子様もな」

「あ、ああ」

「よし、行くぞ」

 そして、又、二人を背負った魔族はとてつもない早さで駆けて行く。
 寝たくても寝られるものではない。そう思っていたのだが、さすがに夜も更けてくると、そんな状況にも関わらず、睡魔が襲ってくる。
 いつの間にか、二人は背負われたまま、眠りについた。

「本当に寝たな」

「度胸が良いのか、呑気なのか」

「どっちでも良い。急ぐぞ」

「ああ」

 そして、二人が目覚めた時には真っ暗な箱の中にいた。

「……ここは?」

「荷台に積まれた箱の中だ。しばらく我慢しろ」

「しばらく……」

「暗くなれば外に出られる。それまでの間だ」

「分かりました」

 昼間はずっと箱の中で商家の荷馬車に揺られて移動を続ける事、数日。
 また二人にとって事態が大きく変化する。

「と、盗賊だ! 逃げろ!」

 外から聞こえてきた声に、テーレイズ皇子とリタは身構えたのだが。

「仲間だ。大人しくしていろ」

「仲間? 盗賊が仲間ですか!?」

「そうだ」

「…………」

「くっ、くっ、くっ」

 茫然とするリタと異なり、それを聞いたテーレイズ皇子は笑いを漏らしている。

「テーレイズ様?」

「ひっ、貧民街、し、商人、つ、次は、とっ、盗賊か。ひっ、広いな」

「あの?」

「こっ、この、後は、どっ、どこまで?」

「言ったはずだ。知らなくて良い事は知らない方が良いと」

「……諾」

 荷馬車の揺れが激しくなる中、じっと大人しく待つ事、数刻。
 箱が外から開けられる。

「ありゃ、妊婦かよ?」

「は、はい」

 薄汚れた格好のいかにも盗賊といった物騒な人相の男の問い掛けに、かなり怯えながらも、リタは返事をした。

「かなり揺れただろ? 体は平気か?」

「だ、大丈夫です」

「そうか。おい! ちょっと休むか? 妊婦じゃ、この先の登りは辛いだろ?」

「平気だ。俺が背負っていく」

「そうかい。じゃあ、すぐに出発だ。準備してくれ」

 そして、今度は山道を山頂に向かって歩き続ける。
 不安気なリタとは違ってテーレイズ皇子は楽しそうに、辺りを見渡しながら歩いている。

「何、きょろきょろしてんだ?」

「そ、外を、ゆっくり、みっ、見るのは、はっ、初めてだ」

「……お前、話すの下手だな。しかし、外を見るのが初めてって……、ああ、奴隷か?」

「どっ、奴隷?」

「森を見るのが初めてで、言葉もろくに知らねえ。閉じ込められていて、教育を受けてねえって事だから、そういう事じゃねえか?」

「……そ、そうだな」

「おっ、当たりか? 俺の推理も中々のもんだな」

「まっ、まあ」

「じゃあよ、木って言葉知ってるか?」

「……いっ、一応」

「何でぇ。さすがに知ってるか。よし、もっと難しい言葉だな……。おっ、これは絶対に分かんねえな。俺のとっておきだ」

「なっ、何だ?」

「生きる為に生きるのは獣と同じ、夢の為に生きてこそ人」

「…………」

 まさかそんな台詞が盗賊の口から出るとは思ってなくて、驚いて黙り込んだテーレイズ皇子なのだが、盗賊の男は又、勘違いした。

「さすがに難しいか? 俺もよ、言われた時はかなり考えたもんだ」

「だっ、誰に?」

 実際は聞くまでもなく、テーレイズ皇子には、それが誰だか分かっている。

「それは……、内緒だ」

「そっ、そうか」

 その答えが聞けない事も。

「まだあんだぞ。長生き出来るのは良い事だ。でも自分の命は短くても、その先に別の命が続くと思えば、短命だって良いと思える。そんな生き方をしてみないか」

「…………」

「さっきのより難しいだろ? でも、何だか心に響くんだよな。やってやる、そんな風に思える。一度聞いただけなのに自然と覚えちまった」

「そっ、そう、だな……」

 口では肯定はしても、テーレイズ皇子は心の中では別の事を考えていた。
 自分は短命でも良いと思える生き方をしてきたか、と――それへの答えは、否だ。では、自分は残り少ない人生をどう生きれば良いのかと。
 その後も、何かと話し掛けてくる盗賊の男の話に、適当に相槌を打ちながら、テーレイズ皇子はずっとそれを考え続けていた。

「よし、着いた」

「……こっ、ここは?」

「俺達のアジトだ」

「ノッ、ノルト」

「ああ、それはまだ先。ここからの道のりは、かなりキツイもんになる。だから、ここで一旦、体を休めて、そこから本番に望む」

「そっ、そうか」

「良い場所だぞ? 大浴場だってあるからな」

「……すっ、凄い、な」

「建物の造りもしっかりしてる。まあ、ちょっと戦いで傷んでるとこはあるけどな」

「……たっ、戦い」

「魔獣との戦いがあったらしい。何でも、オーガとかいう強い魔物だ」

「こっ、皇国、がっ、学院?」

「おっ? よく知ってるな。そう。ここは元合宿所だったらしい」

「くっ……、くっ、くっ」

「何がおかしい?」

「いっ、いや、なっ、何でも、ない」

「おかしな奴だな。部屋は空けておいた。風呂は、女が先、男が後。時間になったら知らせる」

「お、女?」

「男の俺らが先に入ったら、湯が汚くなんだろ?」

「ちっ、違う。いっ、いるのか?」

「俺らにだって家族くらいいるさ」

「かっ、家族、か……」

「ああ、お前勘違いしてるな。俺らもう盗賊なんてやってねえからな。女を攫ってくるなんて真似は今はしてねえ」

「い、今は、な」

「……うるさい、その言葉はいらねえ」

「い、今は、なっ、何を?」

「ああ、それはな……、内緒だ」

◇◇◇

 合宿所で数日の休息を取った後、テーレイズ皇子とリタはいよいよノルトエンデに向かって出発する事になった。
 今度は目隠しをされた状態で、魔族に背負われての移動。
 どれ位の道のりを進んだかは二人には分からないが、目隠しを外すと、そこは暗い洞窟の中だった。

「……ここは?」

「洞窟の奥に進むと案内する者たちがいる。それに従って進め」

「はい」

「かなり辛い行程になる。だが、引き返すことは出来ない。止めるなら今の内だ」

「止める事はしませんが……。辛いと言うのは?」

「ほぼ真っ暗闇の中を二か月近く、移動する事になる」

「えっ?」

「光を見る時は、もうノルトエンデだ」

「……ずっと続いているのですね」

「そうだ」

「こっ、これも、し、知らなく、よっ、良い、事か?」

「……いや、もう知った。それに知られても、それほど困る事ではない」

「こっ、困ら、ない?」

「人族だけでこの中に入って生きて出られる事はまずない。暗闇で方向は全く分からない。道に迷って死ぬだけだ。まして地下には魔獣がいる。とてつもなく強力な魔獣だ」

「まっ、魔族は、だっ、大丈夫、な、なのか?」

「いや。強い魔獣の居る場所を避けているだけだ。強い魔獣は住処を荒らさなければ、襲ってこない」

「……エッ、エス?」

 多くの魔獣は、本能的に近くにきた者を襲う。それをしない魔獣は、高い知性を持っている魔獣という事になる。

「そうだ。人族が言うS級もいる。S級どころではないな。アースドラゴンの住処に通じている場所もある」

「……いっ、入り口は、ほっ、他にも?」

「安心しろ。アースドラゴンや他のS級魔獣が地上に出てくる事はまずない。余程刺激しない限りはな」

「きっ、危険、な、事を」

「元々、これは我等の仲間が作った物だ。使うのはこちらの自由だ」

「つっ、作った?」

「好奇心旺盛だな。まあ良い。これ位は教えてやろう」

「たっ、頼む」

「ある魔王様は考えた。魔族と人族の融和は恐らく不可能だと。その魔王様は人間というものの性質を良く知っていたのだ。排他的で独善的。異なる性質のものを認めようとはしない。認めても、必ずそれを自分達の下に置こうとする」

「……そっ、そうかも、しれない」

「魔族が安寧に暮らすには人族との接触を避けるしかない。エルフ族やドワーフ族がそうしているように。エルフ族のように強力な結果が張れない魔族の出来る方法は、ドワーフ族と同じ。地下に潜るしかないと」

「…………」

「魔王様の頼みに応じて、闇に生きる術に長けたいくつかの部族が地下に潜った。全魔族が住めるだけの空間を地下に造る為に。それは、その魔王様が死んだ後も続き、千年の時を経て、大陸のあちこちに道が広がっていった」

「レイ……」

「……知っていたのか?」

「あ、ああ」

「皇国では失われた知識だと聞いていた。もしかして皇帝は話せるようになったのか?」

「じ、爺に、きっ、聞いた」

「先帝という事か。なるほど。お前が皇国を継ぐ者だったのだな」

「ん?」

「俺が知っている限り、魔王レイ様の事は、レイ様の意志を継ぐ者にのみ、伝えられるはずだ。いくら、その血を受け継ぐ者とはいえ、人族として生きている皇国の皇族全てが知っては、混乱を招くだけだからな」

「ちっ、血?」

「……しまった」

 テーレイズ皇子の戸惑う声で魔族は、自分が勘違いしてしまった事を知った。古の盟約に関わる事を勝手に話す事は禁忌に近い。魔族の顔色が変わった。

「どっ、どういう、こっ、事だ?」

「皇帝になる事を辞めたお前が知る必要がない事だ」

「おっ、教えて、くれ」

「許しを得る事なく話す事は出来ん」

「カ、カムイか?」

「そうだ」

「……わ、分かった」

「もう行け。仲間が待っているはずだ」

「こっ、ここまで、あっ、ありがとう」

「……行け」
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