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魔王の器 作者:月野文人

第三章 皇国動乱編

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奴隷解放運動は大胆に

 多くの軍勢が出払って、すっかり厚みを失った皇国北部。そこに争乱を告げる鐘が鳴る。
 始まりは、ある北方伯家の従属貴族の屋敷の中からだった。

「動くな! 下手な真似をすると、この女の首が飛ぶぞ!」

 夜着姿の女性を背後から押さえつけて男が叫んでいる。持っている剣は、女性の首元に当てられていた。

「き、貴様! 奥方様を離せ!」

 その前に立つのは剣を持った騎士。その後ろにも多くの者が剣を構えて、男を囲んでいた。

「離して欲しければ、こちらの要求を聞け!」

「こんな事をしてタダで済むと思っているのか!?」

「タダで済ますか! しっかり頂く者は頂いて行く!」

「そういう意味じゃない!」

「じゃあ、どういう意味だ!?」

「ふっ、ふざけるな!」

「……殺すぞ?」

 急に男は怒鳴るのを止めて、凄味のある声で脅しをかける。人質を取られた側は、これを言われては逆らう事は出来ない。

「……わ、分かった。要求は何だ?」

「この屋敷にいる全ての奴隷を連れて来い。人数は把握している。誤魔化しても分かるからな」

「わ、分かった。それだけか?」

「奴隷たちの証文を持ってこい。それと、この家にある金目の物も全て持ってこい」

「……分かった」

「よし。あとは全員を部屋から追い出せ。入ってきて良いのは、奴隷とお前だけだ」

「…………」

 言われた騎士はすぐに答えを返せなかった。そうなっては、強盗を殺す事は難しくなる。奥方を助け出せても、金品を奪われては、やはり厳しい処分が待っている。

「女を殺されたいのか?」

「……分かった。全員、部屋を出ろ」

 いくら考えても、結局は逆らえない。後ろにいた騎士たちに命令を下して、その騎士は一緒に部屋を出て行った。

「こんなものか?」

「……ノリ過ぎです。そこまでしなくても」

「一度やって見たかった。さて、奥方」

「は、はい」

「手を離すから、大人しくしているように。自分の為にも、この屋敷にいる他の人の為にも」

「…………」

「逃げようとしたら、皆殺しにする」

「わ、分かりました」

「じゃあ、そこの椅子に座って。軽く縛るから、痛かったら言ってくれ」

「……は、はい」

 言われた通りに椅子に腰かける女性。その女性の肩に、床に落ちていたガウンを掛けると、男は懐から縄を取り出す。

「自分が致します」

 もう一人の一際大柄な男が声を掛けてくる。

「あっ、じゃあ、お願い。緩すぎず痛すぎずで」

「承知しました」

 その男は椅子に座った女性に、言われた通りに、きつさを確かめながら縄をかけていく。
 それが終わると、その男は別の椅子を持ってきて女性のすぐ近くに置いた。

「カムイ様、どうぞ」

「そんなに気を使わなくても良いから」

「しかし」

「まあ、でもお言葉に甘えて」

 そう言って男が持ってきた椅子に腰かけるカムイ。気を使った男に、カムイもまた気を使ったのだ。

「あ、貴方は……」

 乱暴な事はされないと分かって、少し落ち着いたのか、女性がカムイに声を掛けてきた。

「通りすがりの強盗です」

「…………」

「うけなかった……」

 女性の反応に落ち込んだ様子を見せるカムイ。

「カムイ様、実際にやっている事は強盗ですから」

「それもそうか。冗談には聞こえないな」

「何が目的なのですか?」

 カムイの雰囲気に少し気持が緩んだのか、女性が問い掛けてきた。

「要求を聞いていませんでしたか?」

「奴隷とお金」

「はい。それが目的です」

「…………」

 やっぱり、普通の強盗としか女性に思えない。

「話は弾みそうもないな。余計な口は利かないで大人しくしていてください。寝たければ寝ていても良いです」

「…………」

「調子悪いな……」

「強盗ですから」

 落ち込むカムイを男がフォローする。

「そうか。思っていたより、つまらない。……ああ、来たか」

 カムイが言うと同時に扉から先ほどの騎士が入ってきた。その後を何人もの鎖に繋がれた奴隷が続く。

「証文と金は?」

「証文はここに。金はまずはこれだけだ」

 そう言って騎士は紙の束と皮袋を持ち上げてカムイに見せる。

「まずは?」

「いくつかの場所に分けて置いてある」

「それは律儀な事で。じゃあ、それは後で。証文を受け取ってきて」

「はい」

 カムイの言葉を受けて、男が、魔族の男が、騎士の前に進み出る。黙ってそれを受け取ると魔族の男は、証文の束をカムイに渡した。

「奥方様を離せ」

「今離す訳ないだろ? それをすれば部屋の外にいる騎士たちが雪崩れ込んでくる」

「…………」

 呆気無く見破られて、騎士の顔には悔しさが滲んでいる。

「さて、確認を始めよう。名前を呼ぶから呼ばれた人は返事をして左側に移動してくれ」

 そして、カムイは証文に目を移すと、そこに書かれている奴隷の名を呼んでいく。訳も分からないまま、呼ばれた奴隷はカムイの指示通りに左側に移動した。

「……これで本当に全部か?」

 証文から騎士に視線を移して、カムイが問いを発する。

「それで全てだ」

「そうか。結構いるな。旦那さんは稼ぎが良いんだな?」

「えっ?」

 カムイの急な問い掛けの意味を夫人は分からないようだ。

「分からなければ良い。じゃあ、名前を呼ばれなかった者。もう少し前に。ああ、その後ろにいる奴。お前だ、今隠れた奴」

「な、何でしょうか?」

「部屋を出ろ。お前、奴隷じゃないだろ?」

「いや、私は」

「奴隷がそんな綺麗なままか。体つきから言って騎士だな。油断した所を襲おうとでも思ったか?」

「…………」

「出て行け。奥方を殺されたくなければな」

「分かった」

 そして、奴隷に化けた騎士が部屋を出た所で、カムイはまた話を始めた。

「さて、お前たちには二つの選択肢がある。今から言うから、自由に選べ」

 奴隷たちがざわめき出す。そのざわめきは名前を呼ばれた奴隷たちからだ。もしかして解放されるのかと期待していたのだ。
 だがカムイは名を呼ばなかった方に何かを選ばせようとしている。

「一つは、奴隷にされた恨みを忘れて、俺に従う。もう一つは、このまま自由になるだ」

 一層、ざわめく声が大きくなる。それは部屋の外からも聞こえてきた。全員が自由を選ぶに決まっている。選択させる意味が彼には分からない。

「さあ、選べ」

 だが、そういった多くの疑問に相違して、前に出た奴隷の多くがその場に跪いた。

「その問いは不要でしょう。魔剣カムイに認められし魔族の統率者カムイ・クロイツ様。我等の忠誠は他に向ける所はありません。貴方様に従います」

「なっ!?」「ま、魔王!?」「馬鹿な!」

 その言葉を聞いた屋敷の者たち、他の奴隷たちは、ざわめく所ではない。魔王が目の前にいると知って、恐怖の叫びを上げ始めた。

「静かにしろ! 騒ぐと殺す!」

 そこにカムイの怒声が落ちる。怒声と同時に襲ってきた覇気に騒いでいた全員が一気に硬直して動けなくなった。

「静かに。まだ終わっていない。俺に従う者たちは一人ずつ前に」

「はっ」

「男性もいるんだな」

 前に出てきた魔族を見て、カムイが少し驚いている。奴隷にされているのは、女性だけだと思っていたからだ。

「力ある身で囚われてしまうなど、お恥ずかしい限りです」

「いや、そういう事じゃなくて。まあ、いいか。両腕を前に突き出して」

 奴隷として何をさせられていたのか気になったが、カムイはそれを聞くことは止めておいた。

「はっ」

 突き出された腕の間をカムイの剣が通り過ぎていく。奴隷の両腕を繋いでいた腕と同じ程の太さの鎖が、一振りで切断された。

「細かいのは後。足は自分で、は無理か。サイクス、手伝ってやれ」

「はい。じゃあ、こっちに」

 今度はベッドに横たわる。その両足を拘束している鉄の枷を、サイクスと呼ばれた魔族は、大きな斧で、これもまた一撃で断ち割ってしまう。

「ほう、良い腕だ」

「残念ながら、腕だけではない。斧のおかげもある。この為の特別性だ」

 魔族を拘束する道具だ。特別な物で、高価なミスリル鋼で出来ている上に、魔導が施してある。従属の首輪とは異なり、服従させるようなものではない。拘束具を頑丈にし、魔力を遮断する魔導だ。
 カムイが奥方に稼ぎが良いといったのは、この拘束具自体が、かなり高価なものだからだ。

「両手両足が大きく開くというだけで随分楽だ」

「悪いが次がいる。どいてくれ」

「ああ、すまん」

 カムイが腕の鎖を切り、サイクスが足を自由にする。瞬く間に魔族の奴隷たちが手足の自由を取り戻していった。

「さて、自由を選んだ者たちは」

「まっ、待って下さい!」

 名前を呼ばれた中から、一人の奴隷が声を上げる。

「ん?」

「俺も、魔族です! 俺も自由にしてください!」

「名前呼ばれただろ?」

「はい。しかし、俺は魔族で」

「何故、奴隷になった?」

「人族を殺しました。それで捕まって奴隷にされたのです」

「罪を犯したから奴隷になった。それは当たり前だな」

「罪?」

「人を殺せば、それは罪だ。それとも戦争か何かで? それとも復讐か?」

「それは」

「自分の言葉に責任を持てよ。魔族だったらな」

 嘘は許さない。これを魔族的に言うとこうなる。

「……金を奪う為です」

「では罪だ。奴隷にされても仕方がない。証文は有効であり、有効である以上、それは守られなければならない。それが魔族が魔族としてあるという事だ」

「はい。申し訳ありませんでした」

「だから、奴隷のままで買い取ってやる。それでも付いて来るか?」

「も、もちろん!」

「奴隷として扱う。罰も与える。人殺しだから、かなり重いものだ」

「それでも……。連れて行ってください」

「分かった。えっと……、高いな!? 想定外の出費だ。じゃあ、奥方様に」

 証文に書かれている金額を確かめて、その高さに少し驚きながらも、カムイは懐から金貨を取り出して、それを椅子に縛られている女性の膝の上に置いた。

「金額を確かめて」

「えっ、ええ? どうすれば?」

「これが証文。書かれている金額を見て。膝に置いた金貨の枚数は同じですよね?」

「は、はい」

「じゃあ、これで彼を譲ってくれますか?」

「は、はい」

「契約成立。これで彼は俺の奴隷。連れて行く事に文句は言わせません」

「…………」

「口約束も契約です」

「はい……」

「じゃあ、こっちに」

「はい!」

 嬉々とした様子で、その魔族も前に出てくる。他の魔族たちと同じように枷を外してやった所で、カムイに奥方が声を掛けてきた。

「どうして、お金を? 奴隷を奪いにきたのではないのですか?」

「奪う? それは違う。非合法奴隷の存在は知っていましたか?」

「……ええ」

「案外、奥方も悪党だ。それは今は良いとして、非合法である以上、彼等は本来自由の身。自由である権利を持つ、彼等を自由にする事は奪う事にならない。違うか?」

「……いえ」

「一方で、当たり前だけど合法奴隷は違う。自由の身ではなく、この家の所有物だ。それを譲ってもらう訳だから、その対価を払うのは当然。それだけの事だ」

「そうですね」

「説明は以上。物事を先に進めよう」

 奥方との話を終えたカムイは、又、奴隷たちに向き直った。

「あ、あの」

 そこでまた一人の奴隷が声を出す。

「何か?」

「私も連れて行って頂けませんか?」

「……人族ですよね? それとも、クウォーター?」

「クウォーター?」

「父か母のどちらかが魔族。もしくは祖父と祖母が魔族とか」

「それがクウォーター?」

「出来るだけ正確であるようにしている」

 人族には元々、魔族の血が入っている。それをハーフと呼ぶのはおかしいと、呼び方を変えたのだ。多くの人族において、魔族の血の割合は、何十分の一といった所なので、実際には正しくない。

「……違います。人族では駄目なのですか? 私は必ず、貴方様を喜ばせ……、お役に立てると思います」

「人族が駄目とは言わないけど、貴女は駄目です」

「何故ですか!? 私は攫われて奴隷にされたの! 私だって非合法奴隷です!」

「そうですか。そうであれば貴方は自由の身です。でも、貴女が俺に付いて来ると言っているのは自由になりたいのではなくて、新たな主人を求めての事ですよね?」

「それが、悪いのですか?」

「大金を出した俺を見て、思いついたのですよね? 貴女が望んでいるのは自由じゃなくて、金、良い暮らしか」

「……良いじゃない。良い暮らしをしたいと思ったら悪いの? ああ、それだけじゃないわよ。貴方の方が若くて良い男だからね。同じ抱かれるなら、貴方の方が良いわ」

 がらりと口調を変えて、開き直った台詞を吐く女。それに驚く事もなく、カムイの方は、変わらぬ態度で話を続けた。

「金は貰えます。奴隷ではないのに、働かされていた訳ですから、その報酬は受け取る権利があります」

「お金? 貴方が払ってくれるの?」

「まさか。労働を提供してもらったのは、この家。この家から支払って貰います」

「そんな事をするはずが」

「金はもう受け取ってあります」

 後ろにいるサイクスに目配せをすると、サイクスは持っていた皮袋を逆さまにして、ベッドの上に中身をぶちまけた。
 出てきたのは輝く金貨、銀貨。それがベッドの上に小さな山を作った。
 喉がなる音はそれを見た女からだ。

「そう言えば、残りは?」

 カムイは視線を騎士に向ける。

「……持ってきてある」

「じゃあ、それもベッドの上に。お前一人で持ってこいよ」

「一人では持ちきれない」

「じゃあ、何往復でもすれば良い。目と鼻の先だ。大して時間はかからない」

「……分かった」

「そんな手に引っかかると思っていたのか? だとしたら、お前ら馬鹿だ。誰だって気が付く」

「…………」

 騎士は他の騎士から皮袋を受け取るとベッドの前まで来て、それを広げた。金貨銀貨の山が一段と高くなる。

「まだ皮袋あるけど?」

「中身は……」

「石ころか何かだな。じゃあ、良い」

「ああ」

「それも持ってこい」

「……何?」

「本物だったら損するだろ? 早く持ってこい。奥方様はまだこっちにいる。それを忘れたのか?」

「わ、分かった」

 そして一旦戻った騎士が持ってきた皮袋の中身によって、一層、金貨銀貨の山は高くなる事になる。

「そ、それを私に?」

「全部じゃありません。働いた分だけです」

「それって、どうやって」

「それを今から計算します。貴女から始めましょうか。仕事は?」

「分かっているでしょ。夜のお相手」

「はい。何年、奴隷としてここに?」

「五年くらいね」

「本当の事を」

「……二年くらい」

「もっと細かく」

「一年と八カ月!」

「はい。分かりました。月に何回くらい相手をしていましたか?」

「は、はい?」

「だから、月に何回仕事をしましたか? あっ、回数は日数の事ですから」

「どうしてそんな事を教えなくてはいけないのよ!?」

「報酬を計算する為。娼婦の一回当たりの金額を基本として、回数分を払います」

「娼婦って」

「えっ、不満ですか? 結構高いですよ?」

「そういう問題じゃない!」

「でも似た仕事はそれですよね?」

「それはそうだけど。私は無理やり。娼婦は自ら体を開いているじゃない」

「……それのどこが問題だ?」

 女の言葉に一気にカムイの雰囲気が変わる。

「そ、それは……」

「自らそうしている事が悪いのか? 無理やりは偉くて、自らは恥ずかしいのか?」

「そ、そんな事は言っていない」

「じゃあ、何だ?」

「そんな怒らなくても……」

「仲間の為に、自ら娼婦であり続けている人たちを俺は知っている。俺は、その人たちを侮辱するような言葉は許せない」

「ご、ごめん。悪かったわ」

「……はい。じゃあ何回?」

「は、八回くらい」

「それは最初の頃ですか? 今は?」

「……二回」

「じゃあ、平均で月五回という事で。……少ないな。ほとんど働いてないと一緒だ。仕方ない。拘束されていた日も手当を入れるか」

「お願い、します……」

 どこからか取り出した紙に何かを書き込むとカムイはベッドの上から、金貨数枚を取り上げる。女の顔に喜色が浮かんだ。庶民であれば、何年か遊んで暮らせる額だからだ。
 カムイはすぐには女の所に行かずに、奥方の目の前に立つ。

「ここに署名を」

「はい?」

「賃金を支払うという証明書。それに認めの署名を記してください」

「……はい」

 カムイが差し出したペンを受け取って、奥方は指定された場所に署名を書きこむ。

「私が署名しても」

「夫の財産は、妻との共有財産。有効だ」

「そんな話は聞いたことがないわ」

「聞いたことがなくても、世界の真の約束はそういう事になっている。世界が認めれば、契約は有効」

「……真の約束」

「人族が忘れてしまったものだ」

 カムイは女に向き直って、歩を進めると金と署名の入った紙を手渡した。

「これで、金と自由は貴方の物です。拘束を外させますから、それが終わったら、この屋敷を離れてください」

「逃げられないわよ」

「屋敷を離れれば、迎えが来ています。その者に紙を見せれば、安全な場所まで連れて行ってくれます。後はご自由に」

「……分かったわ」

「拘束を外せ。面倒だから他の人も一緒にだ」

「わ、分かった。鍵を持ってこい」

 カムイに言われた騎士が渋々と言った感じで、後ろいた騎士に指示を出す。

「さて、続けよう。次の人」

 次に前に出てきたのは引き締まった体つきの男だ。

「仕事は?」

「肉体労働という所だな」

「奴隷にされて何年ですか?」

「三年と十カ月」

「仕事は毎日ですか?」

「奴隷だからな」

「となると……。肉体労働は……」

 男の話を聞いて、カムイが計算に入る。そのカムイに男の方から話しかけてきた。

「一つ聞きたい」

「ん? 何ですか?」

「人族でも駄目ではないと言ったのは本当か?」

「はい。こちらは全く問題ありません」

「では連れて行ってくれ」

「ここでの賃金は出せなくなります。それと魔族と暮らす事になります」

「これまでも一緒に暮らしている」

「それもそうか。では理由を聞きましょう」

「生きる理由が欲しい」

「糧ではなく、理由で間違いないですか?」

「ああ、生きる理由だ」

「では、後ろに。サイクス、外してやってくれ」

 たった、これだけでカムイは同行を許した。それに呆気に取られたのは鎖を外されるのを待っていた女だ。

「ね、ねえ。私は駄目で、その男はどうして連れて行くのよ?」

「貴女は生きる糧を欲して、彼は生きる理由を欲した。その違いです」

「意味が分からないわ」

「生きる事を目的として生きられる人は良い。でも世の中には生きる目的がないと生きられない人がいる。彼はそういう人だと、俺は思いました」

「…………」

 カムイの言葉に女性は何も言えなくなった。話が難しかったというのもあるが、意味がはっきりと分からなくても、胸に刺さる何かを感じたのだ。

「では、次の人」

 その後は、淡々とカムイは残った非合法奴隷たちに話を聞き、紙と金を渡していった。
 カムイに同行を願い出た者は、他にはいなかったが、それを気にする様子もない。

「さて、貴女も屋敷を出てください」

「はい」

 最後の一人が部屋を出た所で、じっと黙って様子を見ていた騎士が声を掛けてきた。

「奥方様を離せ」

「離す訳がない。それが分かっていて、何でそんな事を言う?」

「もう終わったはずだ」

「俺達が逃げるまでは人質は必要だからな。さて、立ってもらえますか?」

「えっ?」

「縄はもう切ってあります」

「……いつの間に」

 知らない間に解けていた縄に驚きながらも奥方は椅子から立ち上がる。

「怪我をしたくなければ大人しくしていてください。腕を後ろに」

「……はい」

 言われるままに後ろに腕を回す。その腕を背後からカムイは掴む。

「これ修理代と迷惑料。確かに渡しましたから」

 その言葉が終わるとともに、ガラスが割れる音が部屋に響いた。

「えっ!?」

「に、逃げたぞ! 追え! 中庭だ!」

 奥方が振り返った時には、背後には誰もおらず、粉々に砕けた窓ガラスが床に散乱しているだけだった。
 慌てて、窓際に寄って、下を見る。
 だが、そこには、すでに人影もなく、ただ夜の闇が広がっているだけだった。

「奥方様! 大丈夫ですか!」

 駆け寄ってくる騎士。

「……ねえ、教えてくれますか?」

「何をでございますか?」

「魔王とは……、魔王とは何なのですか?」

「奥方様?」

「彼の話す言葉には信義がありました。あれが、人族を恐怖に陥れる悪逆非道な魔王の言葉ですか?」

「奥方様、あまりそのような事は」

「教えなさい! その魔王を敵に回す皇国とは何なのですか!? 私達に正義はあるのですか!?」

「そのような発言はお控えください!」

「でも!」

「罪は奥方様だけでなく、当家全体に及びます!」

 皇国批判。それは貴族であっても許される事ではない。しかも一従属貴族では、過度の罪を課せられてもそれに文句を言う事も出来ない。

「……思っている事を自由に発言出来ないなんて。これだけで私は彼に劣っているのですね」

「奥方様……」

「ソフィア・ホンフリート様は間違っていなかった」

「ソフィア・ホンフリート様、ですか?」

「彼の母親です。光の聖女の再来と呼ばれた方で、私の憧れでした」

 この様な貴族の女性は少なくない。美しさと強さを兼ね備えたカムイの母親は同世代の多くの女性にとって憧れの存在だったのだ。

「そうでしたか……」

「憧れていたのに、私がしている事といったら……」

「…………」

「片付けましょう。これでは寝る事は出来ないわ」

「はい……」

 これが始まりの鐘。この日以降、北方伯家の従属貴族家の多くが、同じような事件に巻き込まれる事になる。
 魔王襲来――やや、大げさとも言えるこの噂は、皇国北部を震撼させる事になる。
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