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魔王の器 作者:月野文人

第三章 皇国動乱編

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悪徳商人の暗躍

 皇国と王国の戦いは、ほぼ膠着状態に陥っている。東方伯家軍の奮闘と、皇国騎士団の怠慢によって。
 会議の場は、怒り狂うシオン宰相代行の怒鳴り声で、今日も荒れていた。

「騎士団は何を考えているのですか!?」

「いや、それは……」

「いや、ではありません! 私は何故、騎士団本隊をいつまでも皇都に留めているのかと聞いているのです!」

 シオン宰相代行が怒り狂うのも当然だ。王国とのギリギリの攻防が続く中、未だに主力であるはずの皇国騎士団本隊が動いていないのだから。

「南部の状況が掴めておりません」

「それは最近入った情報ではないですか!? それに南部にはヒルデガンド妃殿下が向かっております!」

「たった五百です」

「その五百でヒルデガンド妃殿下は、王国軍の本隊を止めたのです!」

 だから、皇国騎士団が動かなくても耐えられているのだ。オスカーに何かを言う資格はない。

「いや、それは東部辺境領主軍の力と、堅牢な砦があったからであって」

「それでもヒルデガンド妃殿下の功績である事に変わり有りません! 何ですか!? 皇国騎士団長は、それを妬んでいるのですか!?」

「な、何だと!?」

 シオン宰相代行の言葉に、さすがにオスカーの顔にも怒りの色が浮かんだ。

「シッ、シオン、宰相、だっ、代行。はっ、話が、それた」

「……申し訳ございません。南部が不安であれば、皇国騎士団を南部に向わせればよろしいのではないですか?」

「南部では南方伯家が軍を動員している。南方伯領軍、従属貴族領軍を合せれば、二万になる。王国軍の南部侵攻軍三万と対抗できるはずです」

「……では北東部に。東方伯家三万に対して、敵は八万です。直ちに援軍を向ける必要があります」

「東部辺境領軍の一万がいます」

「それは、王国軍の東部辺境領駐留軍二万を相手にしているはずです。戦力として考えるほうがおかしい」

「北方伯家の援軍がまもなく到着するはずです」

「一体、何を考えているのですか? 皇国の大事に騎士団が戦いに参加しない理由が分かりません。もしかして騎士団長は皇国を滅ぼすつもりですか?」

「まさか。それに滅ぶなんて大げさな事を言わないで欲しい」

「大げさではありません!」

「シ、シオン、宰相、だっ、代行」

 また激高するシオン宰相代行をテーレイズ皇子が止めに入る。

「……もう一度、戦況分析の結果をご説明します。まずは初動からです。王国軍が国境北部、中央の二方面から侵攻してきました。それぞれ五万の大軍です。それを押し止められたのは奇跡です。リーシア国王直率の本軍五万をヒルデガンド妃殿下率いる東部辺境領軍八千で進軍を止めた事が大きい。それにより東方伯家軍が北部に全軍を当てる事が出来、王国貴族軍の侵攻を止められました。ここまではよろしいですね?」

「何度も聞いています」

「何度説明しても理解されないから、説明しているのです!」

 今度はテーレイズ皇子は言葉を発する事もなく、テーブルを指で叩くだけで、シオン宰相代行を制した。

「……続けます。中央からの侵攻を諦めた王国本軍は、二万の押さえの軍を東部辺境領の各地に残し、後方を守らせ、残りの三万を北部に移動させました。それで北部は八万。それを押さえられているのは、東方伯家軍の奮戦と防衛戦の強固さ、そして、後方かく乱に出た東部辺境領軍のおかげです」

「それは理解しています」

「逆に言えば、東方伯家軍の防衛線が、最後の砦です。そこを破られると、王国軍は進軍の自由を得ます。東部辺境領軍の後方かく乱も意味をなさなくなるでしょう。その理由はお分かりですね?」

「……王国軍は東方伯領、皇国中央での略奪に出る。王国からの物資輸送の重要度は減る。何度も聞いています」

「分かっていて、何故、援軍に出ないのですか?」

「備えは進んでいます。北方伯家軍が合流すれば、五万。その後方には西方伯家軍二万が後詰めに出ます。中央は各貴族家の軍を集結させ、これもまた後詰めに当てます。北東部が破られる心配はありません」

「しかし」

「皇国の中央に寄れば寄る程、王国軍は不利になります。元々、皇国の方が動員力は上なのですから」

「だから、皇国騎士団を出すまでもないと、騎士団長はおっしゃるのですか?」

 シオン宰相代行の問いに、一旦、オスカーはクラウディア皇女と魔道士団長に視線を向けた。それから口を開くオスカー。

「皇国騎士団も、もちろん出陣します。すでに一部は皇都を出ている」

「それは初めて聞きましたが?」

「騎士団長の権限で、動かしました。問題はないはずです」

 これを言われるとシオン宰相代行は文句を言えない。

「……では、どこへ、と聞きます」

「中央。王国本軍の侵攻路を遡ります」

「まさか王国に侵攻すると!?」

「そうです。本国が攻められたとなれば、王国は軍を引かざるを得ないでしょう。当然、ただ引かせるつもりはありません。徹底的に追撃を行い、二度と侵攻出来ないような損害を与えてやります」

「作戦としては分からなくはないですが、そこまで考えていて、何故、今なお、騎士団長はここにいるのですか?」

「王国にこちらの動きを秘匿する為です。中央からの進軍はぎりぎりまで、隠しておく必要があります」

「それも分かりますが、では中央からの侵攻はいつから行うつもりなのです。秘匿を考えるなら、速やかに動いた方がよろしいと思いますが」

「南部です。王国の南部侵攻軍を確実に止められる。それが分かって、初めてそれが出来ます。駄目であれば、中央侵攻の意図を気付かれないうちに、騎士団は南部に向けます。南部を止めた時点で、改めて王国に攻め入るつもりです」

「皇国内で騎士団を動かすまではまだしも、他国への侵攻は騎士団長の独断で出来る事ではありません」

「作戦を立てただけで、実行した訳ではありません。何でしたら、ここで決議を取って頂いても良いですが」

「それは……」

 多数決になれば、オスカーの案が採用される事は決まっている。この作戦がクラウディア皇女と魔道士団長との三人で示し合わせたものある事は、誰もが分かっている。

「ばっ、馬鹿な、さっ、策だ」

「……テーレイズ皇子殿下には異論があるのですか?」

「もっ、もう、忘れて、いる」

「忘れている?」

「カッ、カムイ」

「……魔王が動いたのは、王国を支援する為の陽動だと結論づけたはずです」

「おっ、王国が、よっ、陽動の、可能性も、ある」

「……まさか。それは考え過ぎではないですか? 王国が陽動として、魔王はどう動くと」

「そっ、それが、わ、分かれば、苦労、しない」

「……それでは何も出来なくなります。もうよろしいでしょう。自分は自身の作戦案の決議を求めます」

 賛成三、反対二。皇国騎士団からの王国侵攻案は賛成多数で承認された。

◇◇◇

 東部辺境領。自領を取り戻すと言っていたラウール。そして同じように砦を出て、自領に戻った他の辺境領主たちも、それだけで事を治めるつもりなどない。
王国駐留軍二万。
 それを放っておいて、彼らが行ったのは、王国に寝返った辺境領主の領地を奪い取る事だった。当然、その領地にはそれを守る軍勢がいるのだが、その数は多くない。王国本軍に従軍している上、物資の輸送支援にも駆り出されて各地に散っていた。
 まして、攻める側は連合軍。質でも負けているのに、数まで劣っていては、対抗する術は無い。

「ここも終わりだな」

 領主館に自軍の兵が雪崩れ込む様子を見て、ラウールが呟いた。

「少しペースが早過ぎないか。あまり、多くの領地を奪い取っては、纏まって戻ってくる可能性がある」

「それもそうだな。じゃあ、又、輸送部隊を襲って間を空けるか」

「あまり油断するな。さすがに王国も守りを固めている。これまでの様にはいかないはずだ」

「相変わらず真面目だな。守りが固かろうと何だろうと、襲う事に変わりはないだろ?」

「それはそうだが」

「無理はしない。守りの手薄な部隊を探そう」

「ああ、そうだな」

「御取り込み中、失礼いたします!」

「なっ? 何者だ!」

 突然掛けられた声。あまりの事に、トリスタンは剣を抜くことも忘れている。

「初めてお目通り致します。私は、アクトック商会のマルと申します」

「そんな訳があるか!? 商人がどうやって、この場に来られるのだ!?」

 ここは連合軍の本陣だ。呼ばれても居ない商人が易々と入って来れる場所ではない。

「そう言われましても、現実に私はここにいる訳でして」

「怪しい奴! その場になおれ! 成敗してくれる!」

「まあまあ。トリスタン、少し落ち着け」

 本気で商人に斬りかかろうとしているトリスタンをラウールが宥めてきた。ラウールは、商人の正体を薄々気づいているのだ。

「落ち着けるか!?」

「さて、そのアクトック商会が何の用だ?」

 興奮が治まらないトリスタンを無視して、ラウールは商人に問い掛けた。

「商人でございますから、当然、商売の話でございます」

「聞こう」

「ラウール!?」

「落ち着けって言っているだろ? 怪しいかどうかは、話を聞いてからでも遅くはない」

「話を聞くまでもなく怪しい」

「真面目過ぎだ。さあ、話を続けてくれ。商売というのはどんな事だ?」

「はい。ここから、北西に向かった所に、多くの物資が転がっておりまして」

「転がってって」

「拾いに行きたいのですが、こちらは人手不足。そこで代わりに行って頂けないかと」

「つまり報酬を払うと?」

 何ともふざけた話なのだが、ラウールはそれについては何も言う事なく、話を進めようとしている。

「もちろんでございます。高値とは申しません。妥当な値段で買い取らせて頂きます。何といっても元はタダでございますから」

「兵の命が代償にならないか? それであれば元はタダとは言えないな」

「妥当な値段で買い取らせて頂きますと申しましたが?」

「兵の話は無視か。食えない商人だ」

「商人でございますので」

「仮にそれを奪い取ったとして」

「拾ってです」

 あくまでも商人は、落ちているものを拾うという言い分を崩す気はないようだ。

「……拾って、どこに届けるのかな?」

「こちらで引き取りの者を出します。その者に渡して頂ければ。代金もその時にお支払いいたします」

「……その先は?」

「商人でございますから、欲しいという方にお売り致します」

「それが誰であってもか?」

「商人でございますから」

 あくまでも中立の立場であると商人は言い切っている。

「……なるほどな。ちなみに悪徳商会というのは」

「アクトック」

「……アクトック商会というのは、お前の商会なのか?」

「いえ、私は使用人でございます」

「主人は?」

「オット、ットでございます」

「ぶっ」

 偽名にしては、あまりにお粗末。二人には隠すつもりがないという事だ。

「おかしいですか? まあ、少し変わった名ではございます」

「オットートな」

「オットットでございます」

「あっ、ああ、オットットな」

「はい」

「お前、主人に怒られるぞ?」

「主は気持ちの優しい方です。それに何を怒られるのでございましょう?」

「もう良い。話は分かった。場所を教えろ。そちらの依頼を受けてやる」

「ありがとうございます。場所の地図はこちらでございます」

 マルと名乗った商人が差し出した紙を受け取ってラウールは場所を確認する。
 渡された紙は二枚。一枚は広域の地図で、その一点に大きく丸が記されていた。そして、地図のあちこちに記された少し小さな点と数字。

「この数字は何だ?」

「さて? 何か書かれておりましたか? それはたまたま手にした地図に物資が落ちている場所を記したものですので」

「……どこで手に入れた?」

「王国が野営した場所に落ちていたものですので、王国の誰かが落としていったものかもしれません」

「……よく出来た偶然だな」

「何の事でしょうか?」

「……分かった。それで引き取りにはお前がくるのか?」

「いえ、別の者が。名前はバツと申します。よろしくお願いいたします」

「完全にふざけているな。後は何かあるか?」

「いえ」

「では去れ」

「……あの無事にこの場を離れられるでしょうか?」

「何を今更……。おい! 誰か!」

「はっ!」

「この商人を街の外まで案内してやれ!」

「はっ!」

 案内の兵の後ろに付いて、去って行く商人。腰をかがめて歩く姿は、ただそれを見ただけの者であれば、確かに商人だと思うだろう。

「うまく行くか?」

 トリスタンもすっかり落ち着いた様子だ。それはそうだろう。ラウールとの会話を聞いて、商人の素性が分からなければ、ただの馬鹿だ。

「これでうまくいかなければ恥ずかしい」

 ラウールは手に持っていた地図をトリスタンに渡した。

「……この印と数字は王国側の兵か?」

「そうとしか思えない。まあ、移動している可能性もあるだろうから、安心は出来ないが」

「集積地の地図は更に詳しいな」

「ここまで調べたなら自分でやれってんだ」

「まだ王国に敵視されるわけにはいかないという事だろう」

「分かっている。こんな所から動き出すとはな。全く読めない奴等だ」

「何だ、それが悔しかったのか」

「俺もまだまだだ。はあ、一度くらいは奴らの先手を打ちたい所なのにな」

 ラウールはカムイに仕えているつもりはない。色々と感謝している部分はあるが、競争心の方がどちらかといえば強い。

「まあ……。だが、それが簡単に出来る相手に大人しく従うお前ではないだろ?」

 これを言うトリスタンも同じだ。こういう彼らだから、逆にカムイも信頼するのだ。

「まあな」

「さて、この地図が役に立つうちに移動しよう。何だか忙しくなりそうだ」

◇◇◇

 東部辺境領の連合軍本陣にアクトック商会の者が現れて、しばらく経った後、今度は、ルースア王国本軍の本陣で、一人の商人が、国王が座す前の地面に這いつくばっていた。

「頭を上げよ。ここは戦場だ。そこまで礼儀は不要」

「はっ」

「……頭を上げよと申しておる」

「……では、お言葉に甘えまして」

 二度目の国王の言葉に商人はようやく顔を上げた。

「さて、商談だという事だが?」

「はい。デト商会のオットーと申します。私ごときに直々のご面談の機会を下さいまして、誠にありがとうございます」

「礼は無用といった。話を進めよ」

「はい。食糧のご用命はございませんか? 私どもの手元には、少々蓄えがございます。出来ますれば、それを買い取って頂けないかと思って、参った次第です」

「……どこから情報を手に入れた」

「情報でございますか? とりたてて珍しい情報は何も」

「では、何故ここに来た?」

「戦時となれば兵糧が必要なのは明らか。そして国王陛下率いるルースア王国軍は遠征した側でございます。より、現地調達が必要なのではないかと愚考致しました」

「お前は皇国の人間か?」

「はい」

「自国に侵攻してきた我等に何故、それをしようとする?」

「……利を追及すれば、そうなります。個人的な恨みもないとは言えませんが」

「聞こう」

「つまらない話でございます」

「良いから話せ」

「私の父は皇国にいわれなき罪を着せられて、殺されました」

「よくある話だ」

「はい。家を失い、孤児となった私は、なんとか親の後を追って商人となり、小さいながらも店を持てるようになりました」

「……それで?」

「その店さえ、皇国によって潰されました」

「ほう。何故そのような事になったのだ?」

「私はノルトエンデの産物で商売をしておりました。そのせいでございましょう」

 オットーは色々と端折ってはいるが真実を話している。この方が信用されると考えての事だ。

「何と?」

「又、全てを失った私でございますが、ある方のご好意で、商売の種を手に致しました。国王陛下にお買い上げいただきたいのはその種でございます」

「ある方とは誰だ?」

 問いを発するアレクサンドル二世国王は、すでにそれが誰か分かっている。

「それはご容赦下さい。私個人としてはお世話になった方ですが、あまり大きな声で言える様な方ではございません」

「それを言わなければ取引をしないと言ったらどうする?」

「……取引をすると約束していただけたら、お話し致します。それが駄目であれば、諦めます」

「ふむ。……良いだろう。食糧は買い上げてやる。あって困るものではないからな」

 これは国王の強がりだ。集積地の物資を奪われ、その後も輸送部隊を襲われ続けている王国軍は、かなり物資に余裕がなくなっている。喉から手が伸びる程、欲しいというのが本音なのだ。

「ありがとうございます。ではお話し致します。食糧を供給して下さった方は、クロイツ殿でございます」

「やはりな……。どこで知り合ったのだ?」

「元々、皇国学院の同級生でございました。その縁で、ノルトエンデの産物を扱えるようになり、それを失った事を知って同情してもらえたのか、また融通して頂けました」

「親しいのだな?」

「彼の場合は何をもって親しいというべきかわかりません。親しげに見えて、そうでないという事は良くあった事でございます。利用されているのか、信頼されているか区別がつかない。それが彼と付き合う上での難しい所でございます」

 これも事実だ。ただ、オットー自身はすでに、ここを超えてカムイに信頼されているという話をしないだけで。

「……そうかもしれん。一つ聞きたい。お前はカムイ・クロイツと話が出来る立場か?」

「頻繁にとは申しませんが、必要と認められれば可能となります」

「そうか……。そう言えば、同級生と言ったな。辺境領にも知り合いはいるのか?」

「それは……、います」

「親しい仲か?」

「クロイツ殿を通しての仲と申したほうが正確かと」

「……東部辺境領の領主たちはカムイ・クロイツの言う事を聞くはずだな?」

「どうしてそれを?」

「それ位はこちらも調べ上げてある」

「そうですか……。でも今は難しいと思います」

「何? それはどういう事だ?」

「これはあくまでも私見でございます。間違っている可能性がありますので、それについては、ご容赦ください」

「構わん」

「……では。東部辺境領主たちは今、クロイツ殿ではなく、ヒルデガンド妃殿下に付いております。古い縁より新しい恩という所でございましょう」

「しまった。そういう事か」

 これが自身の軍の敗北がきっかけであった事は明白。思わす国王の口から、こんな声が漏れた。
 あわよくばカムイに暴れている東部辺境領主を押さえてもらうと考えていた国王は当てがはずれて、がっかりしている。そういう素振りを見せてしまう程、王国軍は追い詰められているのだ。

「お役に立てずに申し訳ございません」

「いや」

「これは……、いえ、止めておきましょう」

「何だ? 話して見よ」

「利用されているのかもしれません」

「……それはこちらで判断する事だ。お前の責任を問う様な真似はせん」

「では。クロイツ殿は、どうやら西に移動するようでございます」

「何だと!?」

「西と言ってもノルトエンデから西。皇国で言えば北部になります」

「……何をしに?」

「そこまでは。さりげなく雑談の中で、しばらく会えないと言って、これを話してくれました。ただ、雑談と言ってもクロイツ殿ですので」

「罠……、いや、どうだ。その話をした時、お前が儂に会う事をカムイ・クロイツは知っていたのか?」

「はい。物資を譲り受けた時の話でございますから」

「知っていて、それを教えた。儂の耳に入れたいという事だな。さて、情報か罠か」

 そこで国王は深く考え込んでしまった。情報か罠かでは、動き方は当然、異なる。しかも、この場合は王国軍全体に関わる事なのだ。

「おい! 他に何か話はなかったのか?」

 国王がそうなってしまった所で、横に並んでいた臣下がオットーに問い掛けてきた。

「その時は特にはございません。後は、本当の世間話……」

「どうした?」

「少しお待ちを……。いや、関係あるのか。でも、あれは独り言だしな。これも罠? でも、かろうじて聞き取れた程度だし……」

 そしてオットーまでぶつぶつと呟きながら考え込んでしまう。

「おい! とにかく話してみろ。先ほど、陛下が申された通りだ。判断はこちらでする」

「……これは空耳かもしれません」

「はあ?」

「独り言をつぶやいていて、それが聞こえました。クロイツ殿は、何かに熱中していると、たまにそうなります。この癖は学生の時からでございます」

「それで何と?」

「聞こえたのは、忙しい、人手が足りない、そろそろ増やしに、その後がはっきりしませんが、行かないと、のように聞こえました」

「人手を増やしに……」

「人手を増やしに西へ向かうか」

「陛下!」

「皇国北部にはカムイ・クロイツが求める人手がいるのか?」

「……これ以上は。私の言葉で皆様のご判断を誤らせてはしまってはと思うと」

「判断はこちらですると何度も言っておる」

「……非合法奴隷」

 王国の者たちにはこの一言で充分だ。カムイが王国を訪れた時に非合法奴隷の話は聞いている。

「なるほど。そういう事か。王国もそれを約束させられたな。話の辻褄があってきた。お前が持ちこめる食料はどの程度だ?」

「私の計算では三万の兵のひと月分はあるかと思います」

「何と!? それほどの量か?」

「一度では運べません。独自のルートを使ってですので、少しずつとさせて下さい。お届けした分だけ、代金を頂く形で結構でございますので」

「……うまい理由を付けるな」

「何がでございましょう?」

「代金に納得しなければ、そこで届けるのは止めるという事であろう?」

「……私は商人でございます。割の合わない取引は致しません」

「それで全てか?」

「これ以上をお求めいただけるのでしたら、各地から仕入れて参ります。その分は、少々お高くなりますが」

「抜け目ないな。まあ、商人とはそういうものか。良いだろう。その仕入も進めておけ。損はさせん」

「かしこまりました」

「皇国北方の動向を注視させよ! 魔族の動きがあれば、すぐに知らせるのだ!」

「はっ! しかし、それでよろしいのですか? 間者の数にも限りが」

「重要な情報だ。北で魔族が動けば、北方伯は大人しくしていられるか?」

「……つまり?」

「軍を自領に戻す可能性がある。そうなれば、また数の優位を取り戻せる。まだ戦えるぞ」

「はっ」

 オットーがまだその場にいるにも関わらず、王国は軍議の類を始めてしまった。それを聞いていてもオットーは戸惑ったような表情を浮かべているだけ。内心ではどんなに喜んでいたとしても。
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