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魔王の器 作者:月野文人

序章 宿命との出会い

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生まれ変わり。転生した訳ではありません

 ――目を開けてみると空にはすでに月が昇っていた。

 気を失ってからどれくらいの時間が経ったのであろう。ここまで酷いのは久しぶりだ。全身に広がる痛み。それを何とか堪えて上半身を起こしてみる。辺りを見渡しても人の気配はない。気絶した事に満足して、帰ったのであろう。
 学校帰り、いきなり同級生に囲まれた。いつも虐めてくるメンバーだ。奴等は嫌がる自分を無理やり校舎の裏手にある学院内の林の中に連れ込むと、いつものように虐めを始めた。どこから汲んできたのか、全身に泥水を浴びせられる事から始まり、最後は無理やり押さえつけられて口にまで流し込まれた。
 いつもの様に我慢をしていれば、それで終わりだったのかもしれない。だが、今日に限っては、どうにもこの理不尽な虐めに我慢がならなくなった。自分を押さえつけていた男子生徒を突き飛ばし、周りの生徒に殴りかかった。
 まさかの反撃に怯んだ虐めっ子たちであったが、こちらの抵抗もそこまで。魔法によって身体強化を施したイジメっ子を相手では為すすべもなく、直ぐに一方的にやられる展開になった。多勢に無勢以前に強化魔法が使えない自分には対抗する術はないのだ。
 虐めを受ける事になったのは、この魔法が使えない事が理由だ。
 一昨年から学校で魔法の授業が始まった。授業が進み、周りの生徒たちが魔法を覚え、どんどんと強くなっていく中で、自分だけは生活魔法とも言われる初歩の魔法以上は全く使えなかった。
 まさかの事態に焦った学院側が、皇国の魔道士に原因を調査してもらった結果、分かったのは、絶対的な魔力不足という事実。自分には生活魔法以上を発動出来るだけの魔力がなかったのだ。
 これが判明した途端に人生が変わった。
 腕力には自信があったのだが、相手に魔法を使われては力の差は歴然。下に見ていた同級生にも全く敵わなくなった。同情の目はやがて蔑みのそれに変わり、そして、虐めが始まった。
 学院だけではない。貴族の家に生まれたくせに魔法が使えないなんて不名誉な孫を持った事を嘆く祖父。それはやがて自分への怒りに変わり、毎日怒声を浴びせられる事となった。伯父伯母や従兄弟たちも、そんな祖父を見て、自分への態度を変えていく。
 完全に厄介者扱い。
 今ではもう本宅に入れてもらえる事もなく、離れの部屋と学校を行き来する毎日だ。実際はこの方がありがたい。学校でも家でも虐めを受けていては、とてもまともな精神ではいられそうもないからだ。

 そんな風にも思っていたが、どうやら限界が来たようだ。

「いっその事、殺してくれれば良いのに」

 夜空を見上げながら、こんな呟きが口から洩れる。
 生きているのが辛い。成長すれば魔力量も増えて魔法を使えるようになるのではないか。魔法が駄目でも剣では強くなれるのではないか、そんな風に思って、人の何倍も努力をしてきたつもりだったが、どうやらそれは無駄な努力だったようだ。
 魔法が使えない自分ではこの先の人生もたかが知れている。いっその事、家を出て一平民として生きる事も考えたが、自分の年でそんな事が出来るわけがない。
 後、何年こうして我慢し続けなければいけないのか――それを思ったとき、自然と涙がこぼれた。
 やはり死んでしまおう、そうすれば亡くなってしまった両親にも会えるかもしれない。
 そう思って、死ぬ方法を考え始めた。
 だが、それを思い付く間もなく、空から凄い勢いで何かが降ってくるのが目に映った。慌てて、体の痛みに堪えながら転がるようにその場を離れる。
 地面を打つ激しい衝撃音が響く。

「あっ、何を逃げてるんだ」

 自分は死のうとしていたのだ、それに気が付いて、少し恥ずかしくなった。結局、自分には自殺する度胸もないのか、そんな風に思いながら落ちてきた何かに目を向けた。
 目に映ったのは倒れている人。

「えっ!? あっ、大丈夫ですか?」

「来るな!」

 慌てて側に寄ろうとした自分を制する声。倒れている人は顔だけを向けて、鋭い目でこちらを睨んでいる。

「でも……、ひどい怪我です」

 こちらを向いている顔は血だらけになっている。それだけではない、全身が何かに切り裂かれたように傷だらけだ。

「子供か……」

「早く手当をしないと」

「私に手当を? どうやら私が何者か分かっていないようですね」

 青白い顔をこちらに向けて、その人は冷笑を顔に浮かべている。

「えっと、何者なのでしょうか?」

「分からないのですか?」

「全く」

「私は魔族です」

「……魔族というとあの魔族ですか?」

「君の言う『あの魔族』の意味が分かりません。人族にとって魔族とは、それほど色々な意味があるものなのですか?」

「……他には知りません」

「変な子供ですね。私が恐ろしくないのですか?」

「……それがあまり」

 自分でも不思議だった。魔族といえば冷酷で残酷な生き物。人族を見れば問答無用で襲い掛かってくる凶悪な存在と教わっている。その魔族を目の前にしているのに、不思議と逃げようという気持ちが浮かんでこなかった。

「はっ! 君、少しおかしいのではないですか?」

「そうかもしれません」

「……無駄話をしている場合ではありませんね。追っ手が来る前に逃げなくては」

「追っ手ですか?」

「皇都に魔族が現れれば普通は追っ手がかかるでしょう?」

「それはそうですね」

 我ながら間抜けな回答だ。それを聞いた魔族も同じように思ったのだろう。苦笑いを浮かべながら、ゆっくりと立ち上がった。

「ここは危険です。死にたくなければ、早く家に帰りなさい」

「あの……」

「何ですか?」

「死にたいのですけど……」

「……何ですって?」

「どうせだったら僕を殺してから逃げてもらえませんか?」

「君……、何を言っているのですか?」

「いや、丁度死のうと思っていた所で。そこに貴方が降ってきて死に損なったんです」

 少し嘘をついた。死ぬのが怖くて、逃げたなんて言えない。言えば、この人は自分を殺してはくれないだろうと、何故か分かった。

「……本気で言っているのですか?」

「本気です。もう生きているのが辛いんです。でもどうやら自分で死ぬ勇気もないようで」

「ふざけた事を言うものではありません」

「ふざけてなんていません」

「ふざけています。死にたいですって? この世の中には生きたくても生きられない者がどれだけ居ると思っているのですか?」

 魔族の言っている事は正論だ。だが、正論だけで世の中が成り立つのであれば自分は虐めなんて受けていない。そう思って無性に腹が立った。心のどこかでは、こじつけだと分かっていても。

「貴方には僕の気持ちは分からない! 魔族という事は強いんですよね!? そんな人に僕みたいな弱者の気持ちなんて分かるわけがないんだ!」

 じっと堪えてきた言葉が勢いで口から出た。それと同時にまた涙で視界が滲む。

「……確かに私は強いかもしれない。でも、魔族全体で見れば、私たちも君が言う弱者です」

 泣いている自分を見て、諭すような口調で魔族は話しかけてきた。

「それは?」

「子供では知りませんか。魔族は、人族から迫害を受けています。狩られる立場なのです。一人一人は強くても人族とは数が違います。こうしている間にも命を失っている仲間が居るかもしれません」

「そうなのですか?」

「ええ。それでも私たち魔族は、この世界で一生懸命に生き延びようとしている。全世界を敵に回してもです」

「……それは弱者とは言いませんよ。そういう心の強さも僕は持っていないのです。お願いです。やっぱり僕を殺して下さい」

「……君は」

「良いじゃないですか。ちょっと、その剣で刺すだけです。貴方にとっては僕を殺す事なんて簡単ですよね?」

「この剣は……」

「どんな方法でも構いません。お願いします!」

「しかし……」

「貴方がやらなければ自分でやるだけです。もし少しでも僕を可哀そうと思ってくれるなら、どうか貴方の手で苦しまない様に殺して下さい!」

「……分かった」

 願いが通じたというよりは、ただ面倒だと思っただけかもしれない。とにかく魔族は自分を殺す事を了承してくれた。

「では、お願いします」

 殺してくれと言ったものの恐怖がない訳ではない。固く目を瞑って魔族が殺してくれるのを待った。
 近づいてくる気配を感じる。

「なっ!」

 もう少し、そう思った所で、魔族の驚く声が聞こえた。
 何が起こったのかとそっと目を開けると、魔族が手に持つ剣が淡い光を放っているのが見えた。魔族はその剣を見て、驚いているようだ。

「あの?」

「これは、どういう事です?」

「どうしたのですか? 出来ればあまり時間を掛けずにお願いしたいのですけど」

「……望み通りにしてやれという事なのか? 良いでしょう。この剣で殺してあげます。光栄に思うように」

「はあ」

 何故、光栄に思わなければいけないのか、意味が分からなかったが今更、事情を聞く必要もない。大人しく頷いておいた。

「では、行きます」

 魔族が手に持った剣を胸元に突き出してきた。このまま突き刺すのだろう。そう思いながら、また目を閉じる。

「…………」

「早くしてくれませんか?」

 いつまで経っても訪れない痛みに、我慢が出来なくなって魔族に催促をした。死を待つというのは思っていたよりも辛かったのだ。

「もう刺しています」

「そんな冗談は良いですから」

「だからもう剣は君に刺さっていると言っています!」

「えっ? 何これ!?」

 目を開けると、目の前に剣を握る魔族の手が見えた。そして、その剣先は魔族の言う通り、自分の胸に深く刺さっていた。

「何!?」

 目を見開いて驚いている魔族。驚いているのは自分も同じだ。痛みのないままに、まるで吸い込まれるように剣が胸に深く沈んでいく。
 それは、やがて自分の胸の中に完全に消えて行った。

「うがぁぁぁぁっ!!」

 突然、全身にまるで体の中から炎に焼かれているような痛みが走る。耐え切れない痛みに地面を転がってあがくが、それで痛みが消える訳もない。

「まさか、こんな事が!?」

「うぐ、がぁぁぁぁぁっ!!」

「おい! 君は何者です!? おい!!」

「ぐっ、うわぁぁぁぁぁぁっ!!」

 魔族が盛んに声を掛けてくるが、それに答えるような余裕はない。体の奥底から焼かれているような痛みは全く止む事はなかった。

「おい! 向こうから叫び声が聞こえるぞ!」

 遠くから聞こえる誰かの声。

「ちっ、追っ手ですか。……君、生きていたらまた会いましょう。それまで剣は預けておきます」

 こんな状況で生きていられる訳がない。痛みに、のた打ち回りながらも、何故か頭の片隅で、こんな冷静な考えが浮かんだ。
 遠くから聞こえる金属音のまじった足音。近づいているはずの、その音が徐々に小さく感じられ、やがて自分の意識は暗い闇に沈んでいった。

◇◇◇

 目を開けると、そこには白い天井があった。
 自分を襲っていた焼けるような痛みは、すっかり消え去り、虚脱感が全身を覆っていた。
 目線だけで辺りを見渡すと、傍らで白い服を着た女性が、背中を向けて何かをしていた。

「ここは?」

 声を掛けると女性は、びくりと肩を動かして、直ぐに自分の方に振り返った。

「気が付いたのですね!?」

「はい。ここは何処ですか?」

「皇立病院ですよ」

「病院……。そうですか」

「ちょっと待っていて下さい。直ぐに先生を呼んできますから」

 こう言って、女性は小走りで部屋を出て行った。

「生きてる……」

 間違いなく死ねたと思っていたのだが、どうやらそれは叶えられなかったようだ。死ぬよりも辛い苦しみ。あの時の痛みが蘇る。
 もしかして、あの魔族は死の苦しみを自分に教えようとしたのだろうか。そうだとすれば随分と親切な魔族だ。
 こんな思いが頭に浮かんだ。
 これから自分はどうすれば良いのだろう。死ぬという選択肢は綺麗に消え去っていた。だが、他の選択肢が浮かんでこない。選択肢がないというより、頭が回っていない感じだ。なんだか靄がかかっているように感じる。
 やがて、廊下を走る足音が聞こえてきた。
 看護士であろう、あの女性が医者を呼んできたのだと思って、部屋の入口に視線を向けていたのだが、真っ先に現れたのは、病院には不似合いの鎧を着た騎士だった。

「おお、気が付いているな。話せるか?」

「……はい」

「では、早速話を聞かせてくれ。私は近衛騎士団のヘンリーという」

「あの、先生は?」

「こちらを優先したもらった。私の話が終われば、呼ぶ事になっている」

「……そうですか」

 治療よりも優先する話。内容はともかく、自分の体よりも他の事をこの騎士が大事に思っている事は分かった。

「さて、君は何故あそこにいた?」

 騎士の口調は最初から詰問口調だ。

「学院帰りに寄ったのです」

「あんな時間にか?」

「ええ」

「それはおかしいだろう? あの時間、生徒はとっくに下校している時間だ」

「でも事実ですから」

「本当の事を話したらどうだ?」

「本当の事ですか?」

「君は何かを隠しているのではないかな?」

 騎士の目は、こちらを心配している目ではない。どう見ても疑いの目だ。それを見て、自分をあの魔人の仲間だとでも思っているのかもしれないと思った。
 心の中で苛立ちが募っていくが、それを表に出さないように気を付けて、騎士の質問に答えた。

「同級生に虐められていたのです」

「はっ?」

「だから、虐めです。泥水を浴びせられ、飲まされ。大勢に殴る蹴るの暴行を受けました。こんな事を話すと彼らが罪に問われると思って黙っていたのですけど、ここまで言われては隠しておく訳にはいきませんね」

「いや、そんな事ではなくて……」

「そんな事? ああ、虐めなんてどうでも良いって事ですね?」

「いや、そういう意味ではないのだ」

 騎士は失言を悟って、慌てて取り繕うが、それも中途半端なものだ。自分にどう思われようと、どうでも良いのだ。

「では何ですか?」

「誰かに会わなかったか?」

「僕に暴行を加えた同級生は一緒でしたね。僕が気絶している間に帰ったようですけど」

「他には?」

「痛みに苦しんでいる僕を看病してくれる人は誰もいませんでした。ああ、そんな事はないか。僕をここに連れて来てくれた人がいるはずですね?」

「それは私の同僚だ」

「そうですか。ではその人に僕が感謝していたと伝えて下さい」

「ああ。あと、何かを見なかったか?」

「何かと言われても……」

「例えば魔族とか」

 ぼやかしていては埒が明かないとでも思ったのか、騎士は直接的な質問に変えてきた。

「魔族……。魔族というのは、冷酷で残虐な生き物の事ですか?」

「ああ、そうだ」

「そういう生き物は見ていません。そもそもそんな生き物に出会ったら僕は生きていないですよね?」

 僕が出会ったのは死ぬ事を懸命に止めてくれるような優しい異種族の人だ。冷酷で残虐な生き物なんかではない。

「そうだな……。他には何か?」

「ずっと気を失っていましたから」

「大声で叫んでいたと聞いている」

「痛みに耐えられなくて。心の奥の痛みかもしれませんね?」

「そうか」

「彼等は罪に問われるのですか?」

「ん? いや、それは私の管轄ではない」

「そうですか……」

「そのあれだ、まずは学院に相談するのが良いのではないかな」

 気落ちした顔を見せる自分に、さすがに気まずさを感じたのか、騎士は助言をしてきたが、こんな事は教わるまでもない。それが出来ないから苦しんでいるのだ。
 担任はとっくに気が付いているはずだ。気が付いていて見て見ぬふりをしているのだ。

「……はい、考えてみます」

「ああ、やはり虐めの事もこちらで少し調べておこう。相手の名前を教えてくれるか?」

 虐めの事を追及したいのではなく、自分の話の裏付けを取る為である事は、直ぐに分かった。

「僕の口から言わなくても、同級生に聞けば分かりますよ。なんでしたら、先生に聞いてもらってもかまいません」

「そうなのか? いや、だが……」

「すみませんが、自分の口からは言いたくありません。告げ口しているみたいですし。それがばれた時の事を考えると……」

「そうか……。よし、分かった。それはこちらで確認しよう」

「そうして下さい」

「こちらの質問は以上だ。すまなかったな。直ぐに先生を呼んでくる」

「お願いします」

 去っていく騎士の後ろ姿を見ながら、ふうっと息を吐く。
 嘘はついていないはずだ。だが、魔族の事は隠してしまった。この事がばれたら、自分はどうなるのかと不安がよぎったが、直ぐにどうでも良いと、その思いを振り払った。
 この国は自分には優しくない。優しくないどころか悪意を向けていると感じるくらいだ。
 あの魔族がこの国に禍をもたらそうと、自分には関係ない。
 何故かこんな風に割り切れた。
 やはり自分は、一度死んだのかもしれない。だから以前の自分とは違う考えが頭に浮かんでくるのではないだろうか。
 もしそうであれば――死んで生まれ変わったのであれば、これまでと違う生き方を選ぶべきだ。
 それをこれから考える事にしよう。
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