第五章(第二部):力【チカラ】
――君はもう十分に強い、君の望む力は、その強さが自ずと導いてくれる――
レンは城への帰路の途中、青年が残したこの言葉の意味を考えていた。
(自分の何処が強いの??――)
(力が導かれるって何??――)
それに見合う答えは出てこないままだった――
(姉ちゃん大丈夫かな)
独り言を言いながらスラム街を歩いていた。その独り言を気にする人など勿論いるはずがない。あの軍人に何かされていないかが心配だが、どうすることも出来ない自分にも腹が立ち始めていた。
何で軍人なんかいるんだ、何で力なんかを持ちたがるんだ、心の中で幾度も叫び続けた。
――突然城から警鐘の音が鳴り響く。
弟は驚きや恐怖よりも、何故か怒りが込み上げていた。
(軍人なんて――軍人なんて――)
その想いが弟を突き動かしていた。
城内は兵士達が慌ただしくが駆け、騒然としている。レンは隊長に呼ばれ、急ぎ作戦会議室に向かっていた。部屋に入ると中には隊長しか居らず、隊長は何時もになく険しい表情をしていた。
「レン、だったな。いきなりで厳しいものがあるだろうが君も軍人であることには変わりない。君も民を守りに行ってくれ」
隊長には入隊したばかりのレンに対する心配と不安があった。
しかし、レンは真っ直ぐに隊長を見据え、わかりました、と力強い返答をし、城下町へと急いだ。
その胸の内は弟のことを想う気持ちで一杯だった。
(死なないで)
これがレンの切実な願いだった。
街に出ると既に闘いは始まっていた。相手の軍旗に見覚えがある。
アゼル帝国――
(でも何故奴らが中立国であるここに攻撃を??)
いくら考えたところで答えが出る筈もなく、ただ向かってくる敵を何とか斬り倒すので精一杯だった。
「そういえばさっきガキとすれ違ってよ、止めたんだが無視して行きやがった。ありゃ敵陣の方だったぞ」
レンは近くにいた兵士の何気ない言葉を耳にした。
(――まさか!!)
レンの脳裏に不安がよぎる。そのせいで背後から忍び寄る敵兵に気付いていない。
レンが気付いた時には既に刀が振り下ろされていた。レンは諦め、目をつぶった――
「これであんたを助けるのは二度目だな」
暗闇の向こう側から聞き覚えのある声がして、レンは静かに目を開ける――
そこには数時間前に自分達を助けてくれた青年が立っていた。レンには初めて見たときよりも、自分の前に立っている者の影が大きく、力強く思えた。
しばらく呆然としていたが、唐突に
「あっ」
と声を漏らした。
その声を聞き青年は直ぐにレンに言葉をかけた。
「弟のことだろ、早く行ってやれ。敵本隊は我らが叩く」
そう言いながら、青年は自分の肩口に巻いていた布をほどき、レンの怪我の止血をした。
早く行け、と青年に背中を押される。レンは一旦振り返りお礼を言う。
青年は表情を崩さずレンの言葉を受け取った。
――死ぬなよ――
一言だけ言うと激しく闘いがあっている方へ走って行った。
その時、レンは青年の肩に刻まれている紋様を目にした。
その紋様は二つの三日月が対称に重なって交差している。
レンは目を疑った。
(あの紋様は……もしかして――)
自分の肩に手を当てる。
しかし、すぐにはっとして意識を現実に戻し、弟の元へと急ぎ向かった。
「くそガキが、あまり調子にのるなよ」
少年は複数の兵に囲まれ、その中で一人怒りに身を任せている。その手には木刀を持っているだけである。
初めの不意打ちと相手のなめてかかってきた行動で何人かは倒している。だが、少年が不利なのは明らかである。
誰から見ても少年の死は確実に思える。
既に少年は全身に幾つもの傷を負っていた。
少年は木刀を持っている手に力を込める。
「軍人なんかあ!!」
怒りで我を忘れ、無鉄砲に敵に斬り込む。
「ぐっ……」
腹に思い切り蹴りを入れられ、その身を後ろに返された。兵士はゆっくりと少年に近づいていき、刀を構える。
「ガキの遊びに何時までも付き合うほど暇じゃないんだよ」
少年の目に刀の先が向かってくるのが映る。
刀が突き刺さる音と共に血潮が周りに飛び散った――
「姉ちゃん!!」
血の雨を全身にかぶりながら、少年は愕然としていた。
自分に当たる筈の刀が、何故か姉の身体を貫いている。
「ばかね、何も考えずに行動するからそうなるのよ。やっぱりあんたには私がついてないと駄目ね……」
最後に目の前にいる弟に笑い掛けた。
(私、今度は弟をちゃんと守れたよ。私、強くなれたよね??あなたの言っていた力ってこういうことでしょ??カイサル“兄さん”――)
レンは力なく地面に倒れた。
「うわぁぁぁ!!」
残された弟は目の前で起こったことが信じられないでいた。
姉を刺した兵は不適に笑っている。
「わざわざ自分から死にに来たよ。こいつ馬鹿だな」
周りの兵士達もただ笑っている。誰も感嘆するものなどいない。少年の心の中である感情が煮えたぎっていた。
(なんで、なんで……またあいつらが、また軍人があ!!)
少年は突然姉の持っていた刀を手に取り、姉を刺した兵士を刹那にして斬り倒した。
「お前らのせいで!!お前らさえいなければ!!」
兵士達の笑っていた顔が一変した。すぐに刀を構え直し、一斉に少年に斬り掛った――
――カイサルがそこに来た時に見たものは、まさに地獄絵のようだった。
周りにいるアゼル兵は皆、恐怖の表情を浮かべたまま息絶えている。
誰がそうしたのかはわからない。普通の人間が出来る殺し方ではなかった。
ただ、その中で少年が一人、少女を胸に抱いて泣いていた。
青年が少年の横までゆっくりと歩みよって来たが、少年は顔を上げることなく突然口を開いた。
「ぼくも、ぼくも力が欲しいです」
泣きながらだが口調は強く、はっきりしている。
青年は唐突な言葉に驚く様子も見せず、少し間を置いてから少年に問掛けた。
「お前、力って意味がわかって言っているのか」
その答えは直ぐに返された。
「もう……もうこれ以上何も出来ないのは、大切な人を守れないのは嫌だ!!」
少年の目から涙は止まっていた。
青年は少年の言葉を真剣な面持ちで聞き留めていた。
「お前はもう十分に強い。お前の望む力はその強さが導いてくれる。決して力という意味を履き違えるな」
そして、青年は言葉を言い終わるとまた歩き出した。
しばらく歩いたところで少年の方を振り返り、言葉を投げ掛けた。
「お前におれの名をくれてやろう。今からお前は、レン、レン・オルグニルだ。この名を汚すんじゃねえぞ!!」
身体を向き直してまた歩きだし、青年は光の中へと消えていった――
そして、希望という光は、少年の濡れた目に差し込み、その目を輝かせている。
少年の肩に刻まれた三日月の紋様と共に―― |