きっとここは乙女ゲーム
「きっとここは乙女ゲームの世界なんだろうなぁ」
そんな残念な言葉が口から出て来るのは、私に前世の記憶というものがあったからである。穴あきだらけの虫食いにあったような記憶だが、確かにそれは私が生まれる前から存在した。
といっても、虫食いだらけであるだけあって、乙女ゲームをやったという記憶はない。もしかしたらやった事があったのかもしれないけれど、それを思いだす事は不可能だった。
わずかに残っているソレ系の記憶は、乙女ゲームに転生しましたというネタのWEB小説だけだ。
ただしその記憶もあいまい。なので、きっとここは乙女ゲームの世界なんだろなとは思うが、どんな題名のどんな乙女ゲームかを私は知らない。
ならば何故ここが乙女ゲームの世界だと思うのか。
「キャー、青龍様よ」
「朱雀様ってば、今日もなんてお美しいの?!」
「白虎君、こっちを向いて!!」
「ああ。玄武様、今日もミステリアスでカッコイイわ」
校庭で異様な光景が広がっているからだ。
そんな黄色い声が木霊する校庭を、私は歩きながら横目で見つつ登校する。
このアイドルが来ましたとばかしの盛り上がりは、私が通う学園アイドルが登校してるからだ。おっと、失礼。学園アイドルではなかった。私が心の中で学園アイドルと呼ばせていただいている生徒会御一行様の登校だった。
でも普通に考えて、生徒会だけでこの盛り上がりはないと思う。確かにこの学校は、金持ちの通う私立学校で、生徒会に所属している彼らは現代の貴族といっても過言ではないけれど、傍からみればかなり異常な空間だ。
それとも金持ち学校ならば普通の光景なのだろうかと、庶民だけど色々あって通う事になってしまった私は思う。
あ、間違えないで欲しい。
私は庶民だが、別にこのゲームの主人公ではない。庶民が主人公というのはありがちな設定な気がするが、私は特に生徒会に関わり合う事もないし、モテキ到来の兆しもなかった。
そう。このゲームの主人公は私ではない。
このゲームの主人公は――。
「麒麟ちゃんは今日も可愛いなぁ」
「麒麟様、今日も麗しいです」
生徒会御一行と一緒に登校中の麒麟と呼ばれている子だ。
彼女は私と同じで、高校からの外部入学者だったりする。しかしそうとは思えないぐらい彼女はこの学校に馴染み、いろんな人から好かれ、とうとう生徒会御一行の寵愛を受けるという地位を獲得した。
どんな魔法を使えばあんな事ができるのか分からないが、とりあえず、この異様展開はきっと乙女ゲームなのではないかと思った。そうでなければおかしい。
この学校は、私が知っている学校とは明らかに違うのだ。
「とりあえず、私はまだ正常みたいだけど」
麒麟を見ても、生徒会御一行を見ても、特に何の感情もわかない。私はまだ正常だ。麒麟や生徒会を好きになるなっていう、異常には侵されていないことにほっとする。
「くわばら、くわばら」
私はこんな狂った世界に巻き込まれたくはない。だから出来る限り、近づかないように心がけていた。
もちろん変わった学校だなとは思っていたが、私だって初めからここが狂った世界だと思っていたわけではない。
私が初めてここを乙女ゲームの世界だと思ったのは、麒麟が苛められている所を見た時だった。それまでは、お金持ちの学校って変わってるなと思ったぐらいだ。
そんな意識しかない頃、たまたま廊下の窓から、校舎裏に呼び出しをされている麒麟を私は見かけた。よくやるなぁと思いつつも、私は呼び出しをした女子生徒のファイター具合に内心拍手をし、ちょっとだけ応援していた。
普通なら苛められている子が可哀想、苛めている人は酷い人だという構図が成り立つ。しかし私からしたらこの学校の麒麟の贔屓はかなり異常なものだった。この学校のアイドルである生徒会は全員麒麟の味方で、麒麟が赤だといったら青いものも赤となりそうな危うさを、傍目から見ているだけで感じた。更に教師も麒麟の味方だ。彼女が勉強も運動もできるのだから、教師が麒麟に一目置くのはいた仕方がないだろう。
しかし普通に考えて、大きな贔屓があれば、周りから嫉妬を買う事になるのは当然の流れである。人間10人いたら10通りの考えがあって、全員から好かれるなんてありえない。
例えば自己犠牲で世界を救うような子が居たとしても、誰もが素晴らしいと賞賛するとは限らない。自己犠牲にして自分を蔑ろにするなんて卑屈だと思う人もいるだろう。普通はそういうものだ。
だからどれだけ麒麟が好かれようとも、嫌う人だっている。
でも普通ならば彼女に手を出さない。出せば悪役は麒麟ではなく手を出した方になってしまうような空気がこの学校にはあるから。それでも立ち向かうのは、馬鹿だからか、譲れない何かがあるからか。
どちらにしても、私はどう考えても不利な立場のいじめっ子を応援しつつ、ちょっとした野次馬根性でそれを眺めていた。
呼び出した女子生徒は、麒麟の行動を断罪した。生徒会役員でもないのに、生徒会室に入り浸っている事から始め、男に媚びを売っている事など。まあ最初の点は納得できるが、媚びをうっているかどうかは主観が混じっているなぁとは思う。
そんな事をぼんやりと思って眺めていると、不意に麒麟が上を見上げた。
その目と私の目があいそうになった瞬間、私は慌ててしゃがんで隠れた。流石に麒麟を――いや、麒麟のとりまきを敵に回せるほど私は強くない。だからこそ、私は呼び出した女子生徒に拍手を送っていたのだ。
そのまま這いつくばるようにして私は窓から離れる。どうか彼女が私の顔まで確認してませんようにと願いながら。
次に麒麟を目撃したのは、麒麟を呼びだしていた生徒を連れて歩く姿だった。例えば一緒に歩いている生徒が、麒麟に怯えていたり、無理にあわせているような様子だったら私は、あの女子生徒は負けたのだと思ったと思う。でもそこにあったのは、そんな光景ではなかった。
麒麟に心酔し、麒麟にメロメロ状態の女子生徒の姿だった。彼女は麒麟についてまわり、生徒会役員が不埒な真似をしようものなら間に入って、忠犬のごとく麒麟を守ったのだ。
その異様にしか感じられない姿に、私は恐怖した。悪役が親友ポジションになる事はゲームや漫画ではよくある話だ。でもどうにもその光景を私は受け入れられず、鳥肌が立った。
そして麒麟に対して気味が悪いと感じた私は、それ以来出来るだけ遠巻きで見るようにしている。
このゲームに巻き込まれない為に私は距離を取り続け、ようやく今年で3年に進級した。このまま、外部の大学への進学をして、無事にこのゲームから離れるのが私の目標だ。
しかし現実は、残酷なものだった。
「……なんで」
何で私のクラスに麒麟がいるの?!
運が悪いにもほどがある。おかげで廊下には下僕や野次馬が溜まり、クラスが違うにも関わらず、生徒会メンバーが休み時間にやって来る。
よしわかった。私が悪かった。アイドルは大変ですもんね。生徒会室は麒麟と生徒会メンバーで堂々と私物化して下さいと心の中で願ったが、何故か麒麟は噂ほど生徒会室へ行かない。
おかげで、毎日生徒会メンバーがかわるがわるクラスへやってくる。何でこうなった。
心臓に悪すぎて、休み時間になると、私は弁当を持って別のクラスの友達の所へ避難するようになった。
最初の友人作りに失敗したからか、それともクラスメイト全員が麒麟がやることなら多少迷惑がかかっても仕方がない、むしろ迷惑をかけられてお近づきになりたいという雰囲気をまとっているからか、どうにも居心地が悪い。
友達がいないわけではないし、クラスでハブられてもいないけれど……まるでゲームのストーリーが開始されてしまっているかのようで、このまま進んだらどうなるのかが怖い。
「別に美香に何か影響があるわけじゃないんだし、何がそんなに怖いのよ」
「うーん。良く分かんないけど、空気的な?」
私は元クラスメートで親友でもある桃子の食事に混ぜてもらいながら、教室に居づらい事を説明する。
といっても、乙女ゲーム云々な話はもちろんしていないけれど。
「私は天使ちゃんが羨ましいけどなぁ。毎日麒麟様や、生徒会の皆様の顔を拝見できるなんて、なかなかない事だと思うよ」
桃子のクラスメートはそう言うが、私は変われるものなら変わって欲しいと思う。
乙女ゲームというものは、モブはメインストーリーに関係しないというのが普通なのだから、私が麒麟達と関わる事はまずないだろう。
でもあそこにいたら、私までおかしくなってしまいそうだ。
「案外話してみたら、麒麟もいい子なのかもよ」
「たぶん、いい子なんだと思うよ。思うけど、私とは相性が悪いのよ」
「話したこともない癖に何言ってるのよ」
ケラケラと桃子が笑うが、実際あれだけ好かれる麒麟が悪い子という事はないだろう。教室でも女王様ぶって悪い事したりもしない。どちらかというと、先陣を切っていくタイプというよりはつつましい感じの様に傍目からは見えた。
私自身何かされたわけでもない。
でもあの麒麟様オーラは苦手なのだ。
「とにかく、毛嫌いしていても今年1年辛いだけなんだから、話して見れば?」
友人にそう言われてしまい、私は食事が終わると憂鬱な気分で教室に帰った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
麒麟と話すタイミングは偶然にもすぐにやって来た。
「修学旅行よろしくね」
「あ、こちらこそ。よろしく」
修学旅行メンバーが、何故か麒麟と同じになってしまったのだ。もっと麒麟と話したい子はいるだろうに、どうして私がと思わなくない。でも私以外の残り3人はこのメンバーで全然OKといった様子なので、今更私だけ、別の班でとも言えない。
恨むなら、この采配をした教師を恨めよと、麒麟と一緒の班になりたいのになれなかった子達に対して心の中で呟く。
「天使さんとは中々話せなかったから、一緒の班になれてうれしいな」
本当にいい子なんだろうなと思う。
ニコリと笑いながら話しかけて来る彼女は、班の中であまり話した事がない私に気を使ってくれている。一方的に私が嫌っている事がまるで悪い事の様に。
「えっと、うん。そうだね」
「私も麒麟ちゃんと一緒になれてうれしいよ!」
「楽しい修学旅行になりそうだね」
なんだか、仲良しごっこな劇でもやっている様なやり取りだけれど、私はとりあえず笑って周りに合わせておく。
修学旅行は団体行動が中心で、半日だけ自由行動があるだけだ。しかも部活の先輩から聞いた限り、自由行動中、実はこっそり班をばらけて友人と動いたりするのが普通らしい。だとしたら麒麟はきっと生徒会の面々と一緒に行動するだろう。
とりあえず私は独りぼっちにならないよう桃子にお願いしておこう。独りぼっちでになった事で、麒麟に同情されて、一緒に行動しようなんて言われたら目も当てられない。麒麟との接点は出来るだけ減らしたい。
自由行動で回る場所をどうするか。
図書館から持ってきた雑誌や地図帳を参考にしながら、班の皆と一緒に考えていたのだけど、何故隣に麒麟が座っているのだろう。
出来るだけ話したくないと思っていたのに、よく話しかけられ、近い為に聞こえないふりもできない。
「ちょっとトイレに行ってくるね」
居心地が悪くて、私は席を立った。
「麒麟も行くわ」
ツレションですか。マジで?
少し位1人にさせて欲しいと言いたいが、タイミングがあってしまったなら仕方がない。私は麒麟と一緒にトイレへ向かう。
「天使さんって、不思議な人だね」
「えっ。そうかな?」
不思議ちゃんと言いたいのかな?
ちなみに不思議ちゃんは褒め言葉じゃないぞと思うが、まあいいかと笑って流しておく。
「私、天使さんの事が好きだなぁ。ねえ、美香って呼んでいい?」
不思議ちゃんは貴方の方でしょうと、私は喉に出かかった言葉を飲みこみ、曖昧に笑う。……好きと言う言葉は私に送らずに、他の人に送って欲しい言葉だ。
「えっと、呼びやすいように呼んでくれていいよ」
「本当?! 嬉しいなぁ。私が、美香の一番の友達ね」
そんな言葉と共に腕を掴まれた。
ぞわり。
鳥肌が立って、私は麒麟を突き飛ばすように離れる。
キョトンとした顔をした麒麟はまるで幼子のようで、何で私がそんな事をするのか分からないかのようだ。
私もやりすぎたと思ったが、どうしても生理的に無理だから仕方がない。
「えっと、お互い一番は違うんじゃないかな?」
出来るだけ穏便にしないと後が面倒だ。
麒麟はするっとそう言う事を言ってしまう子なのかもしれない。
「麒麟の一番は美香だよ?」
「冗談はそれぐらいでいいよ。ずっと一緒にいる犬神さんは親友でしょ? それに生徒会の面々だったって」
もしかしたら生徒会のメンバーは全員彼氏なんていう事もあるかもだけど。
「なんで? あの子は、麒麟の事を苛めたんだよ」
えっ……。
いや、そうなんだけど。あまりに仲良くしているから、てっきり解決済みの内容かと思っていた。
「美香も知ってるでしょ? 見ていたんだから」
その言葉を聞いた瞬間、私は後ずさる。
犬神さんが校舎裏に呼び出したのは2年も前の事だ。偶々私が居合わせてしまったたった1回のできごと。それなのに、ずっと彼女は私の事を覚えていた。あの時はクラスも違う上に、一瞬目が合っただけなのに。
「ねえ、美香も気が付いてるんでしょ? この世界が、ゲームの世界だって」
その言葉に私は目を見開く。麒麟は知っていた。知っていて、この狂った世界の主人公を演じていたのだ。
怖い。
私は彼女に何をされるのだろう。
「美香は、麒麟の親友だよ」
私の役柄は、そう言う役柄だったのか。
「……意味が分からないんだけど」
怖い。
怖いけれど、すべてがゲーム通りの展開になるなんて思ったら大間違いだ。私はモブだけど、コマじゃない。
「私は貴方の親友じゃないよ」
「ふーん。いいんだ。それが」
例えここがゲーム世界だとしても、私は生きている。だから彼女の思惑通りに彼女を好きになる事はない。
「そうよ。私の親友は貴方なんかじゃない」
こんな喧嘩を売ったら、これから1年大変な事になってしまうかもしれない。それでも、私は麒麟へそう宣言した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
麒麟に喧嘩を売ってしまった。もしかしたら、変な力で元いじめっ子のような、麒麟命な下僕状態になってしまうかもしれない。
そんな危惧をしたが、私はいたって普通だった。
変化が訪れたのは、私ではなかった。
「今度の修学旅行は、麒麟様たちと一緒に行動した方が良いよ」
「えっ?」
普段と変わらない日常。
親友である桃子とお弁当を食べていると、私が麒麟を苦手だと思っている事を一番知っているはずなのに、そう私に告げた。
「私は美香と一緒にお弁当を食べられるのは嬉しいけど、美香の事独り占めしているみたいで、麒麟様に悪い気がして」
「……何言ってるの?」
麒麟に悪い?
何で悪いの?
「私は桃子達と一緒にご飯が食べたいだけだし。なんでそこに、麒麟の名前が出て来るの?」
「だって、美香は麒麟様の一番大切な人だし」
「違う!!」
麒麟の大切な人は、麒麟の周りにいる人だ。
生徒会の面々や、犬神。他にも色んな人が麒麟に愛をささやいている。
「私は好きじゃない!」
「違うよ。美香じゃなくて、麒麟様が好きなの。麒麟様が美香を求めるなら、私は協力しないと――」
桃子の言葉を最後まで聞かずに、私は走り始めた。
自分自身に何か嫌がらせをしてくるのは、覚悟していたこと。嫌だけど、受けて立つ。でも、私の友人を脅すなんて許せない。
桃子は麒麟の事を麒麟様なんて呼ばない。
絶対、麒麟が何かしたのだ。
教室に戻れば、麒麟はいつも通り、生徒会の面々に囲まれていた。当たり前の様に他者の机を使い、王様の様に中心に教室の中心に君臨する。
いや、クラスなんて小さな世界じゃない。この学校の中心に彼女は君臨していた。
「麒麟さん、ちょっと話があるんだけど」
「何だよ。俺らは今――」
「白虎、麒麟の大切な人を睨まないで」
「ええー」
白虎と呼ばれた下級生の子が不満げに声を上げる。
にしても、【私の大切な人】って、徹底していると思う。麒麟にとって私は親友でなければ、それほど困るのか。それとも、唯一反抗的な私を屈服させたいのか。
これほど関わってきているのだ。どちらにしても私はこのゲームでただのモブではないのだろう。果たして私は乙女ゲームのどんなポジションにいたのか知らないが、こんなクソゲー壊してやる。
「いいわ。少し美香と逢引してくるね」
「大丈夫か?」
「大丈夫よ。青龍は本当に心配性ね」
同じクラスメートの青龍は、生徒会長の会長もやる、寡黙だが素晴らしい美形。ただし、麒麟を溺愛している事は明白で、クラスメイト達の恋愛対象にはなりえないタイプの男だ。それでもアイドルの様に人気は根強い。やはり世の中顔かと思う程度に。
……確かに私は女だが、そんな男の前で逢引とか、良く言える。それとも、彼らの嫉妬を私の方へ向けたいのか。
「青龍も美香の事を好きになってくれるとうれしいな。彼女は同じだもの」
冗談でも止めてくれ。
私はこの狂った世界に関わる気はない。……もしや、私は青龍を奪おうとする悪役か何かなのかと思う。
でも私がいなくったって、青龍の気持ちはちゃんと麒麟の方を向いていて、心配する必要もない。
私が廊下に出ると、麒麟もついてくる。
とりあえず人目を避けようと思い、校舎裏が見える階段へやってきた。ここがすべての始まりだ。私がイジメを止めず、彼女から距離をとり始めた切っ掛けの場所であり、麒麟に私の存在を認識させてしまった場所。
「私がここでイジメを止めなかった事は謝るわ。ごめんなさい」
「そんなの、気にしてないよ」
「だから、私の親友に――桃子に変な事をするのは止めて」
私は麒麟の事なんて怖くないと真っ直ぐに睨む。
この世界は、私の前世の世界と同じだと思っていた。でももしかしたら違うのかもしれない。
「変な事って何?」
「突然桃子がおかしなことを言いだしたから……。桃子を脅したんじゃないの?」
いや。脅したのではなく、心を変えてしまうような、そんな現実では考えにくい力を使った可能性もある。
でもいくらなんでも現実感のまったくないそれを伝えるのははばかられた。
「そんな事しないよ。麒麟は少し桃子ちゃんと仲良くしただけ。だって、桃子ちゃんは、美香の親友なんでしょ? だったら、仲良くしないと」
「友達の友達は、別に友達じゃないよ」
勿論、友達の場合だってあるけれど、絶対そうでなければいけないわけでもない。
だから桃子と仲良くなったから私と仲良くなれるなんて大間違いだ。
「とにかく、桃子に変な事しないで」
「変な事って何?」
「……貴方が催眠術か何かを使ったのかと――。おかしな事を言ってるのは分かってる。でも。突然桃子が、麒麟と仲良くした方がいいなんていうなんておかしいもの」
馬鹿馬鹿しい話を言っていると思う。
でも桃子は私がずっと麒麟が苦手だと知っている。そんな事突然言うはずがない。
「ゲームはもう始まっているんだよ?」
「……ゲームって何?」
確かにあれだけ生徒会面々を集めているなら、乙女ゲームはもう始まっていると考えていいだろう。始まっているからこそ、強引に私を親友にしようとしてるのだろう。
「あれ? 本当に知らないの? ここは【狂った世界】だけど」
「どういう意味?」
確かにここは狂った世界の世界だと思っている。
でも麒麟の言葉はまったく違うようにも聞こえた。理解できない言葉に苛立って、ざわざわと耳鳴りがする。……違う。
窓の外には、とても多くの蝙蝠が窓の外を飛んでいるのが見え、鳥肌が立つ。何これ。
「吸血鬼がこの学校のすべてを掌握すればゲームオーバー。でも純血吸血鬼の麒麟が聖職者に殺されれば、プレイヤーの勝利。麒麟は悪役に生まれ変わってしまったけど、あっさりと死ぬ気はないの。だって、殺されるほど悪い事してないもの」
麒麟は乙女ゲームの主人公じゃない? 悪役?
あれだけ周りから愛されて、生徒会を全員自分のものの様に扱ってるのに。
「吸血鬼だから、麒麟が死ななくてはいけないなんて、おかしいよね。麒麟が主人公の漫画を描いたら、きっと聖職者を悪として書くと思う。二次創作だったら、実際そういうのもあるわけだし。だから、この世界を私はゲームが始まる前に反転させた物語に変えるよ。私が主人公で、敵はもうすぐ転入してくる聖職者」
麒麟は私と同じ転生者なのだろう。このゲームが何なのかを、結末まで知っていて、更に二次創作も知っているのだ。そして知っているからこそ、それを都合よく捻じ曲げ変える。
「麒麟がこの世界を無理ゲーにしてあげる。この学校の半数以上は、皆麒麟のお友達よ。ちなみに、桃子ちゃん。彼女には、ゾンビになってもらったわ。麒麟がいなければ生きられない。麒麟は彼女の主。でも美香の親友であることは変えてないよ」
「何てことを……」
明らかに普通ではない。信じるなんて荒唐無稽な話だけど、私はそれが真実なのだと思った。
ゾンビになった友人を元に戻す方法はあるのだろうか。
いつか来る聖職者なら知っているかもしれない。
でももしも知らなかった時、聖職者は桃子をどうするだろう。
「生徒会は、吸血鬼と吸血鬼の僕の狼男、そしてゾンビになってるわ。だから生徒会が聖職者を助ける事はないの」
そのゲームでは、生徒会はお助け要素でもあったのだろうか? 元の話を知らない私には分からない。
「そして美香が麒麟の友達を愛して、捨てられなくなればこの物語の主人公は麒麟になるよ。やっぱり物語はハッピーエンドじゃないと」
「私は……何?」
一体このゲームで、私はどんな立ち位置なのか。
「どんな物語でも、ヒロインはつきものでしょう? 例えホラーアクションゲームでも。ねえ、吸血鬼を唯一倒せるダンピールを味方につけられなかった聖職者ってみじめだと思うけど、美香はどう思う?」
麒麟が私の首筋に唇をつける。吐息が耳にかかり……私はこの光景を知っていると感じる。以前にもこうして私は――。
「この物語は美香がヒロインだよ。親友役は嫌だというのだから、その役をあげる。この先美香は学校中から求められ、愛をささやかれるわ。素敵でしょう?」
ザワザワと鳥肌が立つ。この物語の神の言葉に嫌悪と恐怖を感じて。
誰からも求められる、こんな狂った世界はきっと、乙女ゲームに違いない。
ホラーアクションゲーム【狂った世界】。
日を追う(プレイ時間が増える)ごとに、吸血鬼や狼男、ゾンビが増えていくゲーム。主人公は教会から派遣された聖職者。純血種の吸血鬼以外を倒す事が出来る。
純血種を殺す事が出来るダンピール(半吸血鬼)を見つけ味方につけた後、ダンピールを守りきり、純血種を駆逐できればゲームクリア。ダンピールは純血種を倒す事が出来るけれど、戦闘能力はないので、守りきれない場合はゲームオーバー。自分自身が死んでもゲームオーバー。
狼男はダンピールに手だしはしない(吸血鬼の僕であるため)
ゾンビはどちらにも攻撃をしてくるが、攻撃がワンパターンで弱い。ただし何度でも蘇るので、銃弾を無駄にしない為にも逃げた方がいい。
吸血鬼は中ボスとして登場するが、聖職者を殺し、ダンピールを攫おうとする(ダンピールを殺すと新たなダンピールがどこかで生まれるという設定な為)攫われた場合もゲームオーバー。
狼男、ゾンビ、吸血鬼を作るには時間がかかる為、プレイの最初は数が少ない。生徒会はメンバーの1人に吸血鬼が隠れているが、聖職者を助けてくれる。ただしプレイ時間が延びると、徐々に敵へと変わっていく。
出来るだけ多くを人間のままにできた方がグッドエンド。