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第五章(馬術)
 「 お拾いさま!」
 七、八歳ぐらいの子供がやってきて正座すると、言いおった。
 誰じゃ?こいつ、知らんぞ。
 頭をひねっていると、データが浮かんできた。
乳兄弟の重ちゃんだって。
重ちゃん?誰だろ?
予の頭の中のデータにも、名以外、何も思い浮かばん。
 その名は、お拾いの、記憶からでてきたのかなあ?
 しかし、乳兄弟を無下にするわけにもいかんのう、幼馴染みたいだし。
 「おお、重ちゃんか、どうした?」
 「お拾い様、どうしたのですか?変です。重と遊んでくださいませ。」
 うわー、困った。どう言ったらいいのか。
 仕方ない、少々酷だが、切るか。
 「すまんの、もう遊べん。母様のもとへ、帰れ。」
 重は真っ赤な顔をしてぼろぼろ泣きながら、言った。
 「ごめんなさい、重がわるうございました。お願いです。お拾い様の元に置いて下さい。お願いします。」
 ヒーヒー泣きながら子供は平伏しておる。
 「お拾い様、置いてやってくださいませ。重成さまは帰されたら不名誉なこととして、母様共々、親族の非難を受けます。それこそ自殺しかねません。それに母様はお拾い様の乳母の宮内卿局さまでございます。」
 「うーん、し、仕方ないのう。では、重成、おぬしと遊ぶひまはない。邪魔するなよ」
 「あ、有難うございます」
 重成は、懐からだした紙で顔をぬぐい、鼻をかむと懐にしまった。
 そしてとことこと小走りに部屋の隅にはしり、ちょこんと正座して静まった。
 座敷わらしみたいな奴じゃのう。
 顔も整っとるし、おんなが可愛い、と言いそうじゃな。
 ほれ、ともえなんか、蕩けそうな顔をして見つめている。
 なんか、腹たってきたぞ。
 「ともえ、いくぞ!」
 「どちらへ?」
 「黙ってついてこい」
 「はい」
 「わたしもいきます!」
 予は思わず言った。
 「お前はだめじゃ、留守番してろ。」
 重成は必死になって言い募る。
 「わたしは小姓です。若君さまの行くところ、どこにも付いていかなければダメです」
 ともえが悲しそうな眼をして予を見る。
 わぁかった、わぁかった!
 「ええ、もう、どこにでも付いて参れ!ただし、予の刀を持つのじゃぞ」
 「は、はい!」
 しかたない。
 むくれた予を先頭に、小さな身体に大きな刀を持ち、よろよろ歩く重成、最後に心配そうなともえの順で部屋を出た。
 どこ行こう?そうだ、羅都鬼に会いに行こう。
 あいつは可愛いからのう。
 我ら珍道中は、ぶらぶらと馬場に向かった。
 すれ違う武士達は予の姿を見ると道を譲り、深くこうべをさげる。
 どうじゃ、見たか!ともえよ、重成よ。予はすごいじゃろう?
 そう思って横目で見ると、ただただ澄まし顔で歩いておるわ。
 重成はわが刀を持つのに必死じゃ、それどころではなさそうだな、ははは。
 データにデータが結びついたぞ!
 重成と言えば、木村重成ではないか?
 「重よ、お前の名は木村重成か?」
 「は、はい。そうです。」
 データによると、こいつは大坂夏の陣で若き将として活躍し、華々しく討ち死にするらしい。
 そして、いい男で女に人気があったらしい。
 そうか、そうか……
 女に人気があったというのは気に食わんが、育てれば貴重な戦力になるの。
 ひとつ、育てるとしょうか…
 馬場についたぞ、羅都鬼いるかー
 おお、いたいた。
 「羅都鬼〜会いたかったぞ!」
 「ブヒ、ブヒヒ〜ン」
 われらは、抱き合って喜んでおった。
 重成は馬小屋の隅で硬直しておる。怖いらしい。
 そりゃそうだ、怪物馬だもんな。
 周りには馬役人どもがいつもの様に並び静かに見守っている。
 なにかあったら直ちに動こうという構えだ。
 予の命じた通りの働きぶりだ、よき者達じゃ。
 仲間じゃよ、予はそうおもっとる。
 「重!羅都鬼を触るのじゃ。この様に首をだいて、よしよしするのじゃ、ホレ!」
 びびっとる、びびっとる。無理かな?
 おッ、動き始めたぞ、近寄ってきたぞ、さわるぞ、さわるぞ。
 さわった! よし!
 「あっぱれ、重成。勇気あり。予の子分二号にしちゃる」
 「あ、ありがたき幸せ。でも、羅都鬼、ほんとに首を抱くと気持ちいいですね。大好きになりました。」
 「そうじゃろ、そうじゃろ。気は優しくて(?)力もちぞ。馬術を習い、乗せてもらえる様になるのじゃぞ」 
 「お拾い様は、もう乗っておられるのですね、すごいです。」
 「う、乗っているというか、乗ろうとしていると言うか。」
 ともえがすそいで顔を隠してる、こりゃ笑っているな。
 まあよい。楽しんでいただけましたかな?
 予たちは次に馬場にいって、馬の訓練を見物することにした。
 馬場では騎馬武者たちが訓練をしていた。
 広場の廻りに回廊が作られており、馬を疾走させている者あり、中の方で、ぐるぐる廻っているものあり、様々な馬術を行っていた。
 特に予が注意したのはぐるぐる廻っている騎馬だ。
 ただ廻っているのではなく、小さく円を描いた後、逆の旋回を行うという事を繰り返している。
 つまり、右旋回、左旋回を繰り返しているのである。
 予にはよく理解できなかった為、仲良くなった馬役人を呼び、馬術について詳しく尋ねた。 以下は彼の言った事の要約である。
 『馬を自由自在に乗りこなすことは、騎馬武者にとって基礎である。その上で初めて戦い方を学べる。
 さて、馬を乗りこなすには、まず大きく分けて三つの歩行を習得する必要がある。
 並足、速足、駆足の三種類である。
 並足は、馬がゆっくりした歩きの時の歩調である。
 左後足、左前足、右後足、右前足の順に走行する歩き方で、馬が普通に歩くのがこの歩調であり、遅いが疲労が少ない。
 次に学ぶのが速足で、二足が一組になって動く走り方である。
 そしてこの二足同時は交互に繰り返されて走りとなる。二番目に速い走り方であろう。
 最後に駆足である。四つ足が宙に浮く走り方である。
 速いが、疲労も大きい。長くは続けられない走法である。
 これらを習得した後に、様々な動きを習得する。
 そして、人馬一体となって後、はじめて騎馬武者の基礎が出来る。
 それからやっと、馬上での戦いを学べるのだ。
 そもそも、馬上で思い通りに動くのは上半身だけである。
 下半身は極めて不自由である。そこを訓練によって人馬一体となし、下半身のみで馬を操れるようになって、始めて槍や刀の得物を手に持ち、敵と戦えるのだ。
 そして馬上にて戦うのは難しい。ただ乗馬すればよいと言うものではない。
 馬を自由自在に乗りこなし、戦いにおいては敵の後ろに廻って優位を取る必要がある。
 これにより勝利を得やすくする必要がある。逆に、敵に追尾されれば、不覚をとる。
 だから、様々な操馬法を修める必要があるが、ここ、日の本においては「輪乗り」がさかんに訓練された。
 輪乗りとは、右旋回、東旋回を繰り返し行い、小回りを訓練するのである。これは非常に難しい技法で、この法によって相手の追尾からがれ、逆に「敵の後ろを取るのである。
 また、わが馬を、敵の馬の胴体にあてて打ち倒すという法もあった。これも、馬の本能に反すること技の為、難度が高い。』
 とまあ、この様なことを長々と教えてもらった。言葉だけでも難しそうだ。
 なるほど、その様な眼で訓練を見るとまるで花びらを描くように馬を動かしておる。
 回廊では色んな走法を繰り返している。馬上で、木刀や木槍を振り回しておる者も居る。
 むうー。予には絶対無理じゃな。
 おおッ!羅都鬼と捨丸のコンビが出てきおったぞ。
 回廊にて廻り始めた。色んな走法を繰り返しておる。
 他の騎馬武者に比べ、美しい。
 なぜそう思うかわからんが、美しいと感じる。
 これがまさしく人馬一体であろう。卓越したものは何でも美しい。
 捨丸は予の側にやってくると、ヒラリと下馬し、片足ついて予に敬意を表し、こう言った。 「お拾い様、お待ちしてました。いざ、羅都鬼に御乗馬を! 拙者、お手伝いつかまつる」
 「う、うむ」
 怖かった。オシッコちびりたくなるほど怖かった。
 だが、乗らねばならん。それに、ともえと重の前じゃ。
 カッコつけねばならん!
 まず捨丸が乗り、後ろに引っ張りあげてもらう。
 目線が高い。眼がくらくらする。
 思わず、ビタッと捨丸に後ろから抱きついた。
 「お拾い様、それでは拙者戦えません。胴に巻いた紐をおつかみください。」 
 「お、おう。これはすまん」
 「いきますぞ!」
 「合いわかった」
 次の瞬間、羅都鬼は一声鳴くと、予と捨丸を乗せ、回廊を走り始めた。
 速足から始まって、並足にかわり、次に速足から突然、駆足に変る。
 その時、予は馬上にて必死である。車と違い、上下動がひどい。
 そこへ持ってきて、サラブレットは速い。なにも見えん、いや、見れない。
 こ、これはいかん!
 「お拾い様、最初にしてはご立派でござる。ちゃんと姿勢を保ってござるので、これなら拙者何とか戦えまする」
 「お、おう。これくらい、なんともないわ。」 
 さすが、大法螺ふきの予じゃ。見栄だけでなんとかなったわ、ほ、ほ、ほ。
 「さて、それでは、槍を持って、『輪乗り』をつかまつる」
 え、そ、それは予には無理では? 
 そう言いたかったが、日もないこととて思わず返事してしまった。
 「お、おう。なんでもこい!」
 二人と一匹の凸凹コンビは、中に場所をかえ、輪乗りをはじめた。
 槍を振り回しながら(もちろん訓練用の槍じゃ)右旋回、左旋回。地面に花びらを描くように素早く、急激に廻る。予は眼が廻って大変じゃ。
 突然、後退しながら回り始めた。予期せぬこの動きに、予は付いていけなくて、ドウと馬から落ちた。
 予は馬場の固い土の上に落ち、一瞬声が出なくて、大の字になっておる。
 「お拾い様!大丈夫でござるか!」
 「お拾い様!」
 「中納言様!」
 「大変じゃ、大変じゃ」
 捨丸は真っ青になって駆けつけおった。
 ともえ、重、馬役人、まわりの騎馬武者ども。
 みんな駆けつけてきて山のような人だかりができておる。
 「大事無い、ほれ、こんなに予は元気じゃ」
 予は起き上がって手足をばたばたして皆を安心させた。
 「もう一度やるぞ」
 「さ、それはおやめになさいませ」 
 「せめて続きは明日になさいませ」
 予は断固として続けることを命じた。
 日にちがないのじゃ。
 今日中になんとかさまに成るようにしなければならん。
 ただ、ちょっとだけ、やり方を少し変えた。
 予を捨丸の背中にくくりつけて、落ちないようにしたのだ。
 その状態で、捨丸が自在に戦えるように訓練した。
 乗っとるだけで地獄じゃ。まあ、本物の地獄に行きかけた者としては耐えるしかない。
 ひたすら耐える予であった。
 。


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