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『ミッドナイト・ロストサマー』 ~この100回目の夏を、「輝ける悪魔」と~  作者: 水森已愛
-第二章- 「“施設”<オルタナティブ・ダークナイト>編」
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第Y話 “狂犬微笑<パピー・スマイル>”



 なんでお前だけが、と以前、言われたことがある。

 なんでお前だけが、「特別扱い」されるのだと。





 オレだって、こんな能力はいらなかった。


 「死んだやつと対話し、存在をこの世につなぎ止める」?


……何のために?


 解放してやることもできず、ただ捕らえて操るだけの能力に、何の意味がある?

 こんないびつな能力、オレだっていらなかった。


 こんな、施設のやつらに利用されるだけのむなしい能力、いくら積まれても、欲しくなかった。


――だけど、オレ達はもう、引き返せない。この呪われた能力と共に、生きてゆくしかないのだ。


……だったら、オレは、戦う。

そして、オレ達を飼い殺し、利用する、クソみたいに汚ねえ大人達ぶたどもに、反逆してやる。


 それが、ただの代償行為だと、わかっていても、もう止めようがなかった。


……なぜならオレは、千夜に――。




「……お前」


 オレは、目を見張った。雷門が刺されている。


「――なんで……」


「……ハッ、ようやく、戻ってきやがったか……」


 雷門は、自らの胸に刺さったナイフを押さえながら、膝をついている。


 どす黒い、赤。雷門の足下の土は、血に染まっていた。


「一体、何が……」


「……てめーには、関係ねえ」


「チッ……言いたくないってことかよ」


 言いながら考えを巡らせる。

――「ナイフ」。


 施設に管理されている子どものうち、ナイフ使いがいる。

 生物以外のすべてのものをナイフへと変える、殺戮者<マッド・リッパー>。


 やつは、施設から逃げたオレを狙っていた。

 実際、公園でも一度、襲われている。


 千夜を逃がし、なんとか、腕一本負傷する程度で済んだのが奇跡だった。


 幸い、いているうちに、連れ戻されたのだろう。

 千夜まで狙われなくて、本当によかった。


 この急所を微妙に外し、わざと苦しめるような刺し方。

 雷門をやったとしたら、やつだ。でも、なんでオレではなく、雷門が?


 がさり、となにかが鳴った気がして、あたりを見渡す。



「…………っ」


 公園のあちこちで、木々がなぎ倒され、地面がえぐれたような、ひどいあとがあった。


 吐き気がして、こらえた。


 この公園は、呪われている。能力者を集める、負のフィールドだ。


 特殊な結界が張られているおかげで、施設や、他の市民に気づかれず戦えると、リッパーは踏んだのかもしれない。


 でも、「違う」。この場所が、能力者達を戦わせる、「負の感情の吹きだまり」だ。


 オレの能力は、ヤツや双子坂、雷門と違い、戦闘系ではない。

 ヤツに追いつかれたら、条件がよほどよくない限り、確実にやられる。


 だから、雷門はおとりとなって、先回りし、戦闘で激しくやりあった結果、オレの代わりに刺された。そういうことなのか。


 雷門は、胸を押さえて、ごぼり、と血を吐いた。


 出血がひどい。

 深々と刺さったナイフが、ぎらり、と冷たい街灯の光を反射していた。



「――俺を殺してくれ」


 雷門は言った。


「……いやだ、と言ったら?」


「ハッ……、そう言うと思ったぜ。だけどな……このナイフを抜けば……俺は死ぬ。でも、挿したまま、放置したとして……、いずれ俺は死ぬ。


 そして、死体は施設に運ばれ……俺は解剖される。全身弄られ、切り刻まれ……サンプルとして…、研究者クズどもにいいように……扱われる……」


「……だろうな」


 歯を食いしばる。認めたくないが、それはまぎれもない事実だ。


「俺は……俺は嫌だ。そんな風にされるぐらいなら……ここでお前に殺されたほうが……。あのイケすかねえ<二重人格者>なら……施設の動向を、ある程度把握してやがる……」


「…………」


雷門の言いたいことに気付き、オレはうつむいたまま、拳を握った。


「隠れて死体の処理をするぐらい……たやすいはずだ。……お前に、殺されたなら……俺はここで……救われる……」


「そんなことになんの意味があんだよ。派手に犬死するのが、お前の選んだ末路か? それでてめーは満足なのか?」


「ああ……」


 雷門は、それ以上、何も言わなかった。

 その顔に悲壮感はなく、満足げに目を閉じ、静かに、「その時」を待っていた。


 オレは、その胸のナイフに、手を添えた。

 

 時間がないのは、明らかだった。

 

 ここで、聞き分けのない物語の主人公のように、「生きていればいいことがある」とか、「死んでもなんの意味もない」とか、手垢てあかのこびりついた、なんの根拠もない理想論を、わめきたてる気分にはなれなかった。


 この怪我じゃ、とうてい助からないのは、雷門だってわかっている。


 普通の人間なら、救急車を呼んだだろう。

 たとえ間に合わないかもしれなくても、呼ぼうとするだろう。


 だが、そうすれば、確実に施設のやつらにみつかる。

 やつらは、病院をはじめとした、至るところに網を張っているのだから。


 「助かる」だとか、「きっと間に合う」だとか。


 もしオレが、マンガや映画の安いヒーローなら、そう言ったろう。

 ガキがだだをこねるような、なまぬるい、ご都合主義のなぐさめを。


 だが、今回の件で、オレは痛感していた。


 オレは、主人公なんかじゃない。


 なぜなら、「夏に誓った暗黒仮面」なんて、“最初から偽物”だったのだから。


 雷門はまだ静かに目を閉じている。


……まだ、待っている。


 「悪と戦う正義の味方」でもなければ、「偽善を裁く、闇の始末人」でもないオレを。――オレだけのことを。


 オレは、歯を食いしばって、そのナイフを深く埋めた。


 雷門の口から、ごぼりと血が溢れた。



「……ありがと、な……」


 雷門は言う。礼を言うぜ、ではなく、ありがとう、と。


「……礼言われてもな」


 素直さにあっけにとられたが、意外ではなかった。


 「犬神雷門こいつ」は、こういうやつなのだ。


 今ならわかる。ヤクザもどきを従え、どんなにいきがったところで、こいつはただの、強がりな子犬<ワイルドパピー>なのだと。


 雷門をみつめた。静かに、その最期を見守る。



「……なあ……」


 雷門が言う。

 

 こいつはまだ死なない。簡単に死ぬタマじゃない。

 まだ、こいつは事切れない。


――でも、いずれ死ぬ。もうすぐ、死の女神のかいなに抱かれ、このタールのような夜空に運ばれてゆく。



「……好きだったぜ……、お前のことが……」


「――あっそう。でもオレが好きなのは千夜だから」


 空を仰いで、体の力を抜いた。


 雷門が、愉快そうに、喉を鳴らした。


 その喉も、いずれなんの音も発しない、ただのモノになる。


「……ハッ……これだから、テメエは……な……」


 雷門は、顔を歪めて、笑った。

 だがそれは、なにもかも吹っ切ったような、「晴天の笑顔」だった。


 オレは、雷門を見下ろし、その瞳をるようにみつめた。


「――何か最期に、叶えたいことはあるか」


 雷門は黙って、震える手を差し伸べた。


「…………」


 オレは、無言でその手を払った。

 そして、今にも死のうとしている、その体をぎゅっと抱きしめた。


「……大サービスだ、死にたがり」


「……ああ……、」


 ああ、なんだったのか。


 雷門はそれ以上言葉を発しなかった。その身体はだらりと力を失っていた。

……完全に事切れていた。


 オレは、自分より大きな、その身体を、もう一度、強く抱きしめる。


「……バカなやつ」


  ダチになりたいと言ったなら、叶えてやった。


「……素直じゃねえ」


 だけど、こいつのしたことは、悪者ぶりながら注意をひき、しまいにはオレに殺されることだった。


 死にたがりの狂犬。

 きっと、こいつは人を愛したり、幸せになる方法なんて知りようがないような、最低な人生しか送ってこなかったんだろう。


 いや、オレだって、似たようなものだった。


 救えただろうか、と自問する。

 もし、雷門が致命的な傷を負わなければ、オレがやつを、光のほうへと……。


 「まだ見ぬ明日」へと、「もっとマシな未来」へと、導いてやることができただろうか。

 雷門には、「違う未来」があっただろうか。


――答えは、ノーだ。もし<IF>なんて、意味はない。このくそったれな結果が、すべてだ。


 持つものと持たざるもの。その残酷な格差に、オレ達は無力でしかない。


 都合のいい魔法も、現状をひっくり返す奇跡も、起こりはしない。

 そんな、甘ったれた希望にすがるほど、バカじゃない。


 だけど、と両腕に力を込める。


……やってやろうじゃねえか。


 こいつが死を望むなら、オレはその分、生きてやる。こいつの分まで、勝利を勝ち取る。

 カミサマを、運命を嘲笑あざわらう、「反逆者」にだってなってやる――!


 ケータイを手に取る。ヤツは、まるで見計らったように、1コールで出た。


「……双子坂、雷門が死んだ。始末を頼む」


「……了解。ちゃんと抱きしめてやったかい?」


 見透かしきったその口調に、少しいらだちながら、無意識に詰めていた息を吐いた。


「――当たり前だろ。お前に言われなくても」


 オレは「ヒーロー」だから。

 たとえ、偽物でも、まがいものでも。本当はただの異常者で、クズだたとしても。


 オレは「ヒーロー」なのだと、「救世主」なのだと、信じて、待ってくれているやつがいる。

 オレは、拳を握った。


 この世界が、救いようもない暗黒だとしたら。

――オレが、その闇を引き裂く、流星になってやる。


 この世が、無情で不全な神の作った、救いようもない地獄なら。


 神サマだろうが、サタンだろうがかまわねえ。

 あんたをぶん殴って、この地獄を支配してやる。


 たとえ、この先に、どんな結末が待っていたとしても――。


……だから、雷門、みてろよ。


 オレは、お前の死を、どこまでも有効に使ってやる。絶対に、無駄死にはさせない。


 右目がぴりぴりと疼うずいて、そっと押さえた。

 <ゴーストアイ>。死者をうつす瞳。


 公園の入り口に立った雷門が、こちらを振り向き、へっと笑う。


 その顔はどこまでも嬉しそうな、狂犬微笑<パピー・スマイル>だった――。

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