※ただし二次元に限る
ちょっとばかし、車にぶつかりそうになった瞬間だった。
「あっ」
唐突に思い出した前世。
「おいっ。轢かれるつもりか?! 危ないだろ」
そう言って私を抱き寄せる相手を見て、なんてこったいと叫びたくなる。
目の前にいる、イケメンは誰だ。あ、私の幼馴染か。だがしかし、この距離は幼馴染として、色々間違っていないか?
「聞いてるのかよ、月美。俺はお前の面倒をみろって、お前の親から言われてるんだから、ボケボケしてんじゃねーよ」
「あ、うん」
私の名前は、御手洗月美。団子を連想しそうな名前を持つ、高校生だ。
改めて自分の名前を心の中で呟き……これが前世を思い出すという状況かと、驚きすぎて逆に肝が据わった状況で確認をする。
「陽大って、火口陽大よね」
「はあ? 何言って……。おい、まさか今実は頭をぶつけていたとかそう言う事ないよな? ちょっと見せてみろ」
憎まれ口を叩いた癖に、慌てたように私の頭を確認する、ツンデレを見て思う。あ、やっぱり、彼は火口陽大で間違いないと。
何が間違いないかと言えば、恋愛シュミレーションゲーム【恋する7日間】という、携帯ゲームの登場人物に間違いないという事だ。
これを陽大に言ったら、絶対前世を思い出したのではなく頭がいかれたと思われる事間違いないよなぁと思う。
でも間違いなく、私はこの世界を、ゲームとして体験した事がある。前世で2次元マスターと自称するレベルでのオタクだった私は、このゲームを完璧に覚えていた。だから、陽大が一般で言う乙女ゲームの攻略者だったと気がついたのだ。
このゲームの攻略者は全部で6人。火口は【火】を表し、私は【月】、その他【水】、【木】、【金】、【土】、【日】を名前に持つイケメンキャラクターが出てくるゲームで、主人公は人生初のモテキをそこで体験する。選択肢を選び、まあ仲良くなっていくのだけれど、私は課金をしない事をもっとうにこの携帯ゲームを楽しんだ。
そして私の前世の最期は、携帯ゲームをいじりながら歩いていた為に、トラックにひかれるという、本当にトラックの運転手に申し訳ないものだったと思う。だって課金をしない為には、時間ごとのイベントは欠かせないのだものと訴えてみるが、迷惑行為だったのには変わりない。
スチル欲しさに、むちゃくちゃやった。今は反省している。
とまあ、前世の運ちゃんに懺悔しつつ、それが理由でこの世界の主人公に転生してしまったのだろうか? と考えるが、懇切丁寧に説明してくれる神様もいないので、そう言うものだと思っておくしかない。
「こうしちゃ居られない!」
「はっ?! 何だよ」
私が突然声を上げたことで、陽大が驚く。私はこの世界が乙女ゲームの世界で、来世だと知ったのだ。だとしたらこれから私がやる事は決まっている。
人間いつ死ぬか分からないのだ。
「陽大ごめん。ちょっと行くところがあるの」
「はっ? 何か学校に忘れ物したのか?」
「ううん。そうじゃないけど、いかなければ行けないの」
私は使命を帯びた戦士のような目で陽大を見た。と、思っているのは私だけで、私の目は多分、獲物を狩に行く目だ。
そしてそんな目でじっと陽大を見ていると、陽大の方が根負けして目を逸らした。
「ったく、仕方ないな。ついていってやるよ」
「あ、それはいい。間に合ってるから。じゃあ、ごめんね!」
「間に合ってって――。おいっ?!」
私を呼び留めようとする陽大を置いて私は走った。
今度こそ、後悔しない人生を歩まなければ。きっと、前世を思い出したのは、神様が私にもう一度チャンスをくれたからだ。
そう思い、私は目的の場所へ向かって走った。待っていて、私の最愛の恋人っ!!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ありがとうございましたー」
間延びした、店員のマニュアル挨拶を聞きながら、私は店から出てきた。そして、大切なアイテムを胸に抱きしめ、家への道を帰る。
そう。これがなければ、私の攻略は始められない。
未来は夢であふれている。そんな幸せいっぱいな気分で歩いていき、ふとそう言えば買い忘れをしてしまったものがあるのを思い出す。
今きた店に戻ろうか、どうしようかと迷った所で、チエーン店の本屋を発見し、私はそっちに入る事にする。この本屋のポイントカードはもっているので、まったく痛手はない。
「あれ? 御手洗さん?」
店に入ってすぐに声をかけられてそちらを見れば、これまたイケメンがいた。黒縁メガネのこの真面目そうな方は――。
「あっ、金田一先輩。こんにちは」
攻略対象の、金田一先輩だ。見た目で分かるが、ゲームでは眼鏡キャラ担当である。実は中学校ではやんちゃしてましたという過去を持つが、基本主人公には超優しい紳士だ。
「学校帰りかい?」
「はい。どうしても欲しいものがありまして。金田一先輩もですか?」
「ああ。参考書が欲しくてね。そういえば、いつも金魚の糞のようについて回る火口君は一緒じゃないのかい?」
「個人的な買い物だったので、今日は別々に」
そうか。私の幼馴染は金魚の糞って思われてるのか。
月美としての記憶を思い返すと、どんな場面でも確かに、陽大の影があった。……うん。うちの親には、陽大は責任感が強すぎて真に受けるから、私の面倒をみろだなんて事を言わないように伝えておこう。彼の輝かしい青春が、勿体ない青春、むしろショッパイ系で終わってしまう。
「そうなんだ……。そうだ。良ければ買い物が終わったら、一緒にハンバーガーショップに行かないかい?」
一見真面目そうで、物腰柔らかな王子っぽい見た目だけど、チョイスはハンバーガーショップなんだ。
流石過去にいくつもの武勇伝を築いてきた男である。チョイスがとてもジャンクだ。一般眼鏡キャラだったら、喫茶店とか、オサレ系だろうに。
「すみません。実はちょっと急いでいますから、これ以上寄り道はできなくて」
「そう。呼び止めてごめんね。じゃあ、また今度付き合ってね」
「はい。是非」
といいつつも、たぶんこれから私の放課後は忙しくなるだろうし、しばらくは無理だろうなと思う。何といっても、攻略をしていかなければいけないので、たぶん1日や2日では終われない。
私は頭を下げて先輩と別れると、目当ての本を購入し、店の外へ出た。さてと。あまり寄り道をしていると、補導の対象となってしまう。今回は偶然にも先輩だったから良かったものの、これが先生だったら指導されてしまう。
ある程度レベルの高い進学校である高校なので、買い物は一度帰宅した後にしなさいと言われていた。もちろんそうしたいのはやまやまだったが、電車通学をしている身としては、もう一度電車で町に繰り出すのはめんどくさいと思ってしまうのだ。
「こらっ、御手洗」
低い声で呼び止められて、私はドキッとした。
「へへへっ。びっくりしたか?」
「なんだ、土田君と日渡君か。驚かさないでよ」
私の前に現れたのは、クラスでも人気者のスポーツマンな土田君と、物静かな無表情キャラの日渡君だった。彼らも立派な攻略者だ。そんな彼らの性格は正反対で、兄弟かと言いたくなるぐらい仲が良く、ネット上では乙女ゲームだけではなくBLも大好きな腐女子の皆さんに美味しく調理されていた。
ちなみに私もBLはウマウマできたので、そういった話題で友達と盛り上がったものだ。懐かしい。私は日渡君総受け派だったけれど、友人は原作を無視した日渡君攻め派だったので、ちょっとした喧嘩になった事もあったなと思う。でも今思うと、乙女ゲームなので、どちらも原作無視だけどと思ったりして、大人げなかったなと懐かしむ。
「火口と一緒じゃないなんて、珍しいな」
「個人的な買いものがあったから、先に帰ってもらったの。土田君達は?」
「部活の買い物を尚人にも付き合ってもらってるんだよ」
付き合ってもらうかぁ。
きっと前世の友人が隣にいたら、鼻血を吹くような言葉だろうなと思う。ナイスプレー、もっとやれ的に。
この場面を一緒に目撃できなくて残念だ。
私も一度死んだことによって、ちょっと【恋する7日間】のBL萌えはブームは過ぎ去り、どこまで一緒に盛り上がれるかは分からないけれど。やっぱり旬というのは大切だ。
「なあ。今度の日曜日に試合するからさ、尚人と一緒に見に来てくれないか? コイツ人見知りだからさ」
日向君も心細そうな顔をして、こくりと頷いた。
「日曜かぁ……ごめん。その日は、ちょっと忙しくて」
私は少し考えたが、手を合わせて謝った。
確かその日はイベントの日だ。学校の友人の頼みだから叶えてあげたいところだけれど、これだけは譲れない。きっとこのイベントを逃せば、私はとても後悔すると思う。
「こらっ。お前ら。テスト週間で授業が短いからって、道草食ってんじゃない」
「うげっ。水野っち」
今度こそ、本当の教師が現れて、私はしまったと思う。何故ここに、水野先生が。
水野先生も攻略者の1人だ。俺様何様、水野様な、教師である。……流石主人公だなと思うほどの、攻略者当たりだ。
自分の事だけど、他人事の様に思ってしまうのは、まだ自分が記憶を思い出して間もないからかもしれない。
「先生ごめんなさい。今すぐ帰ります! じゃあっ!!」
私は逃げるように走る。ここで先生に捕まったら、学校に逆戻りされて説教かもしれない。時は金也で、そんな時間はないのだ。
「おいこら、御手洗!!」
「サーセンッ!!」
ごめんなさい。私には、裏切れない人がいるのと心の中で懺悔をしながら、私は自分の家に向かって走った。
◇◆◇◆◇◆◇
「ああ、もう。今日は疲れたわ」
ぐったりとしながら、私は自分の家に入った。
「ただいま」
「あっ、月姉ちゃん。お帰り」
「うん。ただいま」
弟の満月に声をかけながら、私は自分の部屋に向かう。
「月姉ちゃん、なんか疲れてる?」
「大丈夫」
手を振りながら、私は2階にある自分の部屋に向かう。この弟は、【木】担当の後輩の友人という立場の裏キャラ。3人攻略が終了すると、攻略可能になる本当の【月】担当だったりする。ちなみに、実は血のつながらない弟なのだけれど、今は私も弟も知らない事になっている。
弟は選択ミスをするとヤンデレ化のバットエンドに簡単に向かうので、大変なんだよねぇと懐かしくなる。何度、BADENDの画面を見て最初に戻るを繰り返し泣いた事か。
部屋に戻った私は、今日手に入れた戦利品を鞄から取り出した。
「やっとできるのね。【カミデレ】。私の最愛の恋人!」
最近発売した、【カミデレ】と呼ばれる乙女ゲームは、試験が終わるまではと、我慢に我慢をしていた乙女ゲームである。
本日ようやくテストも終わり、私は早速買いに行ったのだ。
前世の死因が携帯ゲームだったと知った今、私が何故携帯ゲームに心引かれないのか分かった。
これで心おきなく、PC用の乙女ゲームに没頭できる。
「乙女ゲーム最高! 待ってて、私のツンデ神様」
ああ。生まれ変わってもオタクに生まれられて良かったと心底思う。
パッケージを破りいそいそとCDをパソコンに入れた。イケメン神様最高!と上げそうになる悲鳴を堪えながら、始まったオープニングに頬を緩める。
一緒にライトノベル版も買ったし、これでしばらくはウハウハだ。テストを頑張った自分へのご褒美なので奮発してしまった。
日曜日は友達とオタクのイベントに参加するし、とても充実している。
「やっぱり、乙女ゲームは二次元に限るわ」
二次元だから乙女ゲームは楽しく、攻略者はイケメンなのだ。三次元はお呼びじゃない。
私は、もう一度乙女ゲームをさせてくれた神様に感謝しつつ、今度こそ心いくまで乙女ゲームを楽しもうと決意した。