【LWP】機械少女の邂逅
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相手が何もないところから火炎球を飛ばしてくる。それを視認し、動きを予測した彼女は、淡紅色の髪を靡かせてその攻撃を避けるも、次々と繰り出される炎の一つが頭部側面に直撃した。
「……頭部への攻撃。回線に損傷を確認シマシタ。スグに修復を開始シマス」
だが、その隙に相手が逃走を再開してしまう。このままでは逃げられてしまう。そう考えた彼女は紫色の瞳で相手を捉え、損傷した脳が指令を下す。
「修復を停止。目標の追跡を続行シマス」
そう言って彼女――綾は、回線に不具合を抱えながらも、地面を蹴って跳躍した。
綾は「A-001」から「A-050」まである戦闘機械人形「A-No.シリーズ」の8番、「A-008」通称「綾」。それが彼女に与えられた番号であり名前だ。綾はガルザディアが誇る戦闘機械人形の中の、二十年前に製造された旧型で、現在はもう三体しか残っていない生き残りの一体だ。
今回の任務は、ガルザディア内を徘徊する謎の人物の捕獲。目撃情報では銃火器を使った攻撃をしてくる、刃物を持っている、と聞いていた。だが、何度か交戦したが、そんなものを身に着けているようには見えなかった。それどころか、武器を所持している様子もない。
その上、ガルザディアの機械人形の中での性能は旧型のためにやや劣るが、速さだけなら最新型にも劣らないと評価されている綾の追跡をものともしないスピード。まるで強風に後押しされているようだ。
目標を追跡し、貧民層の人間が住む場所まで辿り着いた。
「A-No.シリーズ」は、元は貧民層の出身で、死にかけていた二十歳前後の男女五十人を改造して造られたものらしいが、記憶はない。だから、貧民層まで来ても、彼女の感情は微塵も揺らぐことはなかった。
闇夜を切り裂くように建造物の上を飛びながら、綾はスカートの内側から短剣を三本取り出した。目標は闇に紛れるためか、フードのついた黒いマントを纏っている。しかし、綾の瞳は、暗闇にもかかわらず昼間のように景色を見渡す暗視カメラが搭載されている。
綾は右手の指の間にそれを挟み、目標を見据えた。
「目標捕捉。反撃、回避を予測。データ……ガガッ、……出力完了。誤差を修正。攻撃を開始、シマス」
脳の回線を修復しなかったために、データの出力に時間が掛かるも、どうにか攻撃までの計算を完了させる。そして、計算された通り、計算した力で短剣を投擲する。後ろから投擲された短剣に足を止め、目標はそれを回避した。その動きを予測していた綾は、一気に距離を詰め、その勢いを殺さないよう鉄の装甲を嵌めた脚で、鋭い蹴りを放つ。だが、その蹴りは不可視の壁に阻まれた。
「……それは、なんデスカ? 不透明な、盾? データにありマセン」
フードの下で、口元の口角が上がる。突き出された片手から、衝撃波のようなものが放たれた。その攻撃を喰らい、空中で態勢を整えようとしたが、身体全体に生じた不調に、壁へ激突してしまう。
「……回線に、不調を確認。脳の回線の損傷が、全体へ広がっていると推測されマス」
現状を分析し、修復を、と続けようとしたが、目標はそれを許さなかった。
どこから取り出したのか、暗闇に眩しい真っ赤な細剣を抜いた。
「それは、なんデスカ? データに……」
言い終えるより早く目標が突進してくる。回避しようとしたが、身体は思うように動いてくれなかった。
振り下ろされた刃を両腕で受け止めた綾だったが、手のひらからは黒い煙が立ち上り、腕からは剥き出しになった電線が火花を上げる。このままでは両腕が落ちてしまうが、片手で受け止められるような柔な攻撃でもなかった。
足を振り上げ、目標の顎を砕きに掛かる。大きく仰け反って回避されたが、それは計算のうちだった。そのまま畳みかけるように目標の懐へ回し蹴りを叩き込んだ。建物の上を滑るように吹き飛んだ目標のフードが落ち、素顔が明らかになる。だが、目標はすぐにフードをかぶり直して顔を隠した。一瞬しか見えなかったが、目標が少年であることは分かった。歳は十代半ばから後半、縦長の瞳孔と尖った耳。確認できたのはそこまでだった。
「両腕が破損しマシタ。攻撃を蹴技主体に切り替えマス」
バチバチッと火花を飛ばす腕は、もう動かすことはできない。自動修復機能は搭載されているが、両腕の損傷はそれで修復できるレベルを超えている。科学者に腕を交換してもらえば再び動くようになるが、綾は旧型の機械人形だ。性能が劣り、速さだけが取り得の旧型を、わざわざ手間を掛けてまで直してやる価値はない。脳回線にも異常が見られ、拠点へ戻れば即刻破棄されるだろう。
ならば、最後になるだろうこの任務は、完遂させなければ。
口元の血を拭う目標に、綾は跳躍し、踵を落とした。飛び退いて回避した目標が、夜の太陽かと錯覚するほどに眩しい赤い剣を横に薙ぐ。
「……ガッ、ガガ……」
決定打だった。脳の回線が完全に破損する。建物から落下していく綾の身体を、突如柔らかな風が包み、ゆっくりと地面へ下ろす。その風を放ったのは目標であった少年だった。建物から飛び降りた少年は風を纏い、重さを感じさせない身のこなしで着地する。
「ガガ……激しい損傷を確認。総ての記録を、ガ、ガガ……削除、シ、シマス……ガガ……」
ガルザディアのデータが漏れないように対策された装置だ。機械人形は、激しい損傷を受け、修復不能となったとき、国内の記録が漏洩しないよう、自動でそれを削除する仕組みになっている。
雑音混じりの音声で喋る綾を見下ろし、少年はまるで新しい玩具を見つけた子どものように笑った。
少年は綾に手を伸ばす。すると、綾の下の地面が発光し、幾何学模様が描かれた陣が出現する。その光に包まれた綾の身体の傷が、みるみるうちに塞がっていった。剥き出しになっていた電線も柔らかな肌で覆われる。やがて、黙って綾の様子を見守っていた少年はやがて、「こんなモンか」と呟き、静かに腕を下ろす。
少年は綾を修復した。だが、綾のデータはすでに削除されてしまっている。
綾は緩慢な動作で身体を起こし、その場に座った。
「記録が初期化されてイマス。主人の名前を登録してくだサイ」
月光が降り注ぐ、貧民層の路地裏。
総てを忘れ去った少女に、少年はフードをとって、猫のように笑った。
魔法をぶっ放していた少年は、LWP企画をご存知の皆さまにはご想像通り魔法の国「エンターランド」から来た子です。一応、話はこれで完結です。
「えっ? ここで終わっちゃうの?」と思われた方。
続きを書いていただいて構いません。許可なども要りませんので、好きなように書いて下さい。少年の方のイラストもご自由にどうぞ。