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輝女様は逸般人~転生? 異世界? はん、世はまさに眼鏡男子萌え大BL時代~

作者: 人人

 私は結婚という女としてのステージを経て進化した。

 そう。

 今。

「私、輝いている!」

「現実逃避はそれくらいにして、手を動かそうか」

 対面に座る眼鏡男子が、そう言って手近にある脂取り紙を差し出した。

「そして、鏡を見てこい。とんでもなくくすんでるわ、お前の顔」

 手酷い指摘だ。

 それが現実だとしても、もう少し言い様があるだろう。

 とは言わない。

 なぜなら昨晩と言わず二日前からシャワーも浴びていない。

 てっかてかのつっやつやに決まっている。

 だが、だからどうした。

 結婚という人生最大の山場を越えた私に怖いものなど何もない!

「なもん見てる暇があるか! おら、次コレに修正いれろ!」

 そうして、私は脂取り紙の上に原稿を乗せる。

 受け取ったままの姿勢で、原稿を見たイケメン眼鏡男子。

 眉根には深いしわが刻まれ、空いている方の手でそれを揉みほぐす。

 やばい。

 ココチンが奮い立つ。

 私を萌えさせてどうするつもりなんだ、この野郎、押し倒すぞ。

 あと数秒続いていたら理性がやばかったが、眉間を揉み解し終ったクール系眼鏡男子は世界が終わったように呟く。

「なあおい。旦那にナニを修正させる嫁がこの世に存在していいのか?」

 頭を垂れて、私に向けて原稿をぺらぺらと上下させる、仕事に疲れ切ったような、哀愁漂う上目づかい眼鏡男子。

 おいおいこの短時間でどんだけのバリエーションを披露してんだ。

 おまけにつむじまで見せて。

 ポテンシャル高すぎだろ。

 ち。

 仕方ねえ。

 そこまでサービスされたら、こっちにだって考えがある。

「それが出来たらピッチピチの、胸元ガッツリ開いたタートルネックを着て上目づかいに誘ってやんよ」

 垂れた頭が、ぴくりと反応する。

 しかし、脱力系眼鏡男子はこんなことでは退かぬ媚びぬ顧みぬ。

「それを多少なりとも恥じらって言ってくれりゃあな」

 拳王様がそうおっしゃるので。

「それはオプションとして本番に付いてきます」

 と返してみた。

「……マジか?」

「マジだ」

 手に乗った原稿をくるりと自分側に回す単純系眼鏡男子。

 何でもない風を装うけれども目がいつもよりマジなエセセバス系眼鏡男子は、淡々としかし確実に作業をこなしていく。

 ちょっろ。

 なにコイツかわい過ぐる。

 修正ペンを握る手に力がこもり、浮き出た血管が美味しそう。

 辛抱たまらん。

 私を萌えさせたお前が悪いのだよ。

 ぐ、と前のめりになった時にまず目に入るのは作業中の原稿ハラシマたち。

 ぼくたちを見捨てるの?

 訴えかけてくるショタ眼鏡。

 俺、あんたを見損なったよ。

 見下してくる三白眼眼鏡。

 私に構わず行って下さい。

 背中越しの言葉が寂寞を感じさせる敬語眼鏡。

「おまいたち……」

 ごめん。

 ごめんよ。

 込み上げてくる涙。

 湧き出る鼻水。

 かっさかさの唇が戦慄く。

 いかん。

 いかんですよ。

 誘惑に負けては。

 今はまだその時じゃないのだ。

 堪えるんだ輝かしき私。

 そう。

 そもそも何も成してはいない報酬待ち眼鏡男子に、ご褒美を与えてはいかん。

 舐められる。

 ちょろい女だとは思わせないぞっと。

 たとえ目の前の眼鏡男子が色とりどりのスペックを併せ持つ、今世紀最高のハイパー眼鏡男子だったとしても。

 ヤらせはせん。

 ヤらせはせんぞー。

「おい」

「あによ」

「ぜんぜん手ぇ動いてねーじゃねーか」

「なんだよ。やんのかごらぁー」

「ちげーよ。あとはやっとくから、休めっつってんだよ。バーカ」

 なにそれ。

 胸がときめくんですけど?

 ごめん。

 やっぱ無理でした。

 ちゅーだけ。

 ちゅーだけだから。

 自らが生み出した我が子同然の眼鏡男子に心からの謝罪と譲歩を申し上げ、リアル系二次元風味眼鏡男子へ襲い掛かろうと前のめったその時。

 肘が。

 ペン立てに触れた。

 倒れる先にはなみなみと満つるインク壺。

 ドミノが始まる二秒前

 世界がスローモー。

 絶叫が牛の断末魔のようにもったりと耳にへばりつく。

 頭の中では世情のサビがリピート再生。

 ああ。

 これは天罰か。

 天界に住まう絶世の女神たちが、嫉妬と殺意の幻聴で、私の耳朶を打つる。

「最高の眼鏡男子をゲットした癖に、ナニ調子くれてんの? 早く続き書けよ。ショタ眼鏡が泣いてんだろ? 殺すぞ」

「しめしめ言ってる腐女子をしめる、なんてね。ところで目つき鋭い三白眼眼鏡様の今後の展開は? まだ分からない? ならとっとと今の終わらせて次のネーム切れや。死なすぞ」

「リア充、落ちるべし! ああでも原稿は落としちゃいやよ? 敬語眼鏡さんの甘く蕩けるセリフ回しを楽しみにしてるんだから。思いつかない? そう。ならあんたの人生これまでね」

 罵詈雑言の嵐に、しかし、進化したニュー私には堪えない。

 脳内の女神たちに声高らかに叫び返す。

「上等だてめーら! ヤれるもんならヤってみろや! ただし俺が死んだら、もう続きは見れねーぞ!?」

 しかし、女神たちは私の弱点を心得たもので。

「「「じゃあ、ハラシマの邪魔になってる。このけしからん鎖骨持ち眼鏡男子をもらってくわ」」」

「マジですんまっせんッッッ!!」

 私の謝罪を脳内女神たちは聞き入れない。

 女神たちに、天使の羽を生やされ、空へと連れ去られそうになっている半裸状態眼鏡男子がマジ天使。

 じゃなくて!

「絶対に! 絶対に! キャラも泣かせませんし! 原稿も落とさないんで! 次回作もすぐさま上げます! だから! だから! マジそれだけは勘弁してつかーさいッ!!」

 ガン泣きし、地面に額を擦り付け、全身全霊を持ってしての土下座を今ここに!

 私はなんと傲慢だったのか。

 神は軌跡を齎して、卑小な私めに旦那という名の眼鏡男子を与えたもうた。

 それを私ときたら、結婚がゴールだなどと胡坐を掻いて。

 私なんか死ねばいい。

 そう語り尽しつつ、土下座の姿勢のまま、ちらりちらりと相手の様子を覗き見る。

 しかし、全力の土下座も空しく、旦那眼鏡の顔をその豊満な胸に押し付ける女神の一人が言う。

「現実を見ろよ。今にもドミノ倒しの如くインク壺が倒れそうだろーが」

 旦那眼鏡の髪を指先で梳いて解くもう一人の女神が言う

「真っ黒いインクが倒れて、お先真っ黒。なんてね。あんた一人で夜明けまでに原稿一枚丸々仕上げられんの? 無理でしょ」

 旦那眼鏡の顎を撫で擦る最後の女神が言う。

「あんたは落ちるべし! 原稿は落ちて欲しくないけど―――まあ、これは仕方ないね。他の新しい同好の士でも開拓するよ。乙」

 待って。

 待って下さい。

 何でもしますから。

 彼を。

 彼を連れて行かないで。

 お願いします。

 縋り付くように女神の足元へと傅く。

「けけけ」

「ふふふ」

「へへへ」

 女神は三者三様に笑いながら、超絶系美青年眼鏡男子を天界へと連れて行く。

 が、しかし。

 今世紀最後の隠れヤサメン眼鏡男子である彼の目が見開かれる。

 フレームを光り輝かせた眼鏡男子は、その眩いばかりの光に怯んだ、絶世の美女である女神たちの腕を振り解き、前のめりになる。

 そして、私だけの眼鏡男子が、泣き崩れる私へと手を伸ばした。

 あとちょっと。

 もう少し。

 私はその手を一心不乱に掴もうとし、愛すべき眼鏡男子もまた力の限りに手を伸ばした。

 しかし、運命の眼鏡男子が掴んだのは私の手では無く。

 倒れそうになっていたペン立てだった。

「っぶねーなあ」

 光より速く差し出された手は、見事にペン立てを支え、インク壺を倒すという未曽有の危機は今ここに解決された。

 しかしなんだか釈然としない私は、差し出していた手を、彼の頭に手刀として落とす。

「なんでだよ」

「お前は私の心を弄んだ。それが理由だ」

「意味が分からんわ」

 言いながらペン立てを元通りに立て直し、不機嫌眼鏡男子は差さっていたカッターを手に取る。

 なんだ、凶器を使う気か。

 それは反則だろう。

 ご近所さんが飛び起きるくらいに大声を上げてやろうか。

 しかし、ヤンデレ風眼鏡男子はペン立てに差さっていた時点で、既に、刃が伸びていたのであろう、その部分をしまい、私の不注意を叱ることもなく、ただそれをペン立てへと、刃が下へ向くように戻した。

 誰が抵抗できようか。

 この後、すげーイチャイチャしますた。


 なお、原稿は落ちました。

 ハラシマの上で、キャラクターたちに泣かされた時。

 絵が全部、涙と鼻水で滲んでいるのに気付かなかったから。

 でもいい。

 私、今、幸せだもん!

「手、止まってんぞ」

「よしきた。ばっちこい」


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[良い点] 強烈なタイトルに負けない本文のインパクト、お見事でした。 [一言] お邪魔します。 強烈すぎるタイトルに惹かれてお邪魔しました。そのタイトルに負けないほど濃い本文、本当にお見事です。 テン…
[一言] いいな~。 趣味を理解してくれる旦那さん。 しかも眼鏡男子。うらやましいです。 読んでいて、私もこういう旦那が欲しかった。 毎日がすごく楽しそうで主人公がうらやましいです。
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