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弓張月

作者: なみあと

 つきのない夜にウサギが言うから。



  *



 団子を飾り果実を並べてススキを立て、私とウサギは空を見上げる。散ったひとつひとつの光は揺れながら光る。それを星というのだということを、私とウサギは知っていた。その輝きは確かにはかなく綺麗だったけれど――空はただただ暗くあり。

 その空に、ウサギは満足しなかった。

 しかしつきがないね、とため息混じりに言ったのだ。

「つきはどこへ行ったのだろう」

 また今日もつきがいないよ、と悲しそうに呟く。

 二本の長い耳が悲しそうに力をなくす姿が可哀想で、だから私は、あら、と言った。

「つきはもう何百夜も前に壊れたじゃない」

「そうだったろうか」

「そうよ。あなたが高熱を出して眠った弓張月の夜。

 あの日につきは壊れて、だから夜空からつきは消えたのよ」

 そうだろうか、と首を少し傾げて――

 しかしウサギはかぶりを振った。そんなことはない、と。

「そんなことはない。つきはそんなに簡単に壊れはしないよ。

 つきは、雷の夜も嵐の夜も、すべて越えて輝けるものなのだから」

 その言いようからすると、どうやらウサギはそれをかたくなに信じているようだった。私が何を言っても、きっとそれを翻すことはないだろう。

 会いたいよ、つき。と寂しそうにつぶやくその姿は、とてもとても痛々しくて、だから――

 なら、と私は別の可能性を提示した。

「つきは恥ずかしがりやだから、あなたがそんなにじいと見ていると出てこられないのかもしれないわ」

 するとウサギは小さな瞳を私に向けた。

 不安そうな目をしていた。

「そうかな」

 か細い声で、そう尋ねる。

 私は微笑んで、ゆっくりと大きく、首を縦に振って見せた。

「そうよ。目を瞑ってごらんなさい。

 つきはきっとすぐに、あなたのもとに帰ってくるわ」

「帰ってくるだろうか」

「ええ、きっと」

 ウサギの瞳に、私はもう一度微笑みかける。

 それを信じたのかどうかはわからないが、ウサギはふかふかしたその両手で、そっと目を押さえた。

 少しの時間が経ってから。

「あら」

 私は驚きに満ちた声を上げる。

 すると、ウサギの黒く長い耳がぴんと立った。

「どうしたい?」

 とつぜん素っ頓狂な声をあげて。と、まぶたを落としたままにウサギが言う。

 私はのんびりとした口調を変えぬまま、ウサギに答えた。

 その驚きの正体を。

「つきが戻ってきたわ」

「本当!?」

 私の言葉に、ウサギは慌てて手を目から離し、瞼を開いた。

 そしてきょろきょろと辺りを見回しながら、

「どこにだい? つきはどこにいるんだい?」

 けれど私は、少しだけ俯いてかぶりを振った。

「今、縁の下からおずおずと出てきたわ。けれどあなたが目を開けたから、また恥ずかしがって隠れてしまった」

 しゅんと耳を垂らすから、私はまた、目を閉じることを勧める。つきは恥ずかしがりやだから、と呟くようにウサギに言って。

 そうして丸い瞳がまた、そのまぶたの中に消えるから。ウサギの純粋さに少しだけ心を痛めながら、私はぽつりとウサギに言った。

「あら、こちらへ寄ってきたわ」

 私の言葉を耳にして、ウサギは真っ直ぐ耳を立てた。

 しかし今度は目を開かない。くるりと可愛らしい眼はまだ、その柔らかな瞼の下に。

「ぼくの近くにいるのかい? つき。つきよ、どこにいる?」

「ウサギ、つきはここよ」

 丸く温かく柔らかいそれを。

 わたしはウサギの手を取ると、そっと手のひらに乗せてやる。するとウサギは目を閉じたまま、壊さないように『つき』を両手でそっと包んだ。

「ああ、丸い。ほのかにやわこい。

 確かにこれはつきだ。帰ってきてくれたんだね」

「そうね」

 閉じた瞼の端にうっすらと涙が滲んでいる。寂しかったのだろう、ウサギはきっと。

 手の中の『つき』に向け、まるでいとしいものに愛を囁くように話しかける。

「お帰り、つき。

 やあ、なんだい、やはりつきは壊れてなんていなかったじゃないか」

「そうね。ごめんなさい」

 嘘をついたことになってしまって、と私は謝罪する。

 けれどウサギは私に向けて、そっと微笑んでくれた。

「いいや、いいんだ。つきが帰ってきてくれたんだから。

 それに、つきがこんなに近くにきてくれたことなんてなかったんだ。とても嬉しいよ、つき。

 いつもぼくがじいっと見つめていたから、見つめすぎていたから、君は出てきてくれなかったんだね。

 ごめんよ、つき」

 人間ならまるで恋人にするように、ウサギはつきにそっと頬を寄せる。

 そのぬくもりを確かめるように。

「目を開けては駄目よ、ウサギ。

 つきは恥ずかしがって、すぐさま姿を消してしまうから」

「わかっているよ。ぼくはつきとともにいたい。

 丸いね。とても丸い。

 今宵は満月か。

 ああ、つき。――ぼくのいとしいつき」



 目を閉じて、私の渡した団子へ嬉しそうに頬を寄せるウサギを横に――私は。

 暗い空にぽっかりと浮かんだ、ただただ白い月を見上げる。



  *



 うさぎうさぎ、何見て跳ねる。

 その瞳、月すら映せぬ盲目の兎は、果たして何を見、跳ねるのか。






挿絵(By みてみん)




 遅ればせながら、明けましておめでとうございます。

 本年もどうぞよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 国語の教科書に載っていそうな話だと思いました。オチがストンと短く落ち着いていて、そして同時に夜空の月を眺めることのできなくなってしまった兎の様子が物悲しく、感想欄にすぐさま移動しました。心…
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