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花と萼と硫酸雨

作者:nyaok


 幼い頃から植物にしか心を開けなかった私は結局、植物学者になった。

 宇宙に出て百を超える惑星を巡り、ようやく出来た宙間航行技術者の友人を地球の家族に紹介すると、固い表皮をもつ青緑色の彼を見て誰もが「グロテスクだ」と言う。それなのに彼は、悔しくも悲しくもないと言う。
「オレには心がないからね」
 どうしてそんなことを言うの。あなたはとても優しいのに。
「地球の植物でアジサイやハナミズキというのがあるだろう。あの地球人が花だと考えているのは萼片ガクヘン総苞ソウホウであって、花弁は真ん中の小さな目立たない方じゃないか。萼は花じゃない。役割が違う」
「私にとってはあなたは心に見えるものを持っているように思えるけど、それは私と同じ心ではないというの?」
 今しも旅の途中。今日も硫酸の雲が立ち込めていた。大小5つの太陽が、全天から斑な大地を照らし出す影の多い惑星。硫酸雨の腐蝕によって動かなくなった探査車を諦めて、とぼとぼと私たちは歩いた。電動補助があるとはいえ、金属の地面を噛むアイゼンは重い。摩擦のない滑らかな金属の地を歩くためにはこうするしかないのだ。
 偏光補正バイザー越しに見る彼の歩みは逞しい。ぐちゃぐちゃの表情をしているだろう私を一瞥して言った。
「そうだ。萼には別の役割があるんだ。だから君がそんなに悲しむことはないんだ。この星では水分は大切にしないとな」
 私たちはもっと絶望するべきなのだ。


 学術探査に支給された私たち2人のスーツは化学強度SS、でもあの光沢の眩い測定高度700mの丘の向こうに停泊した宇宙艇はおそらく酸っぱい海の中。今頃は溶けて一欠けらさえ失くなってしまっているかもしれない。衛星軌道上に自動待機させなかったのは調査対象が地下にあるためにリアルタイムな上空からの測地が不要だと私が判断したのもあるけれど、この2ヶ月間に亘る探査に不安があったからだ。トラブルがあればいつでも出航できるように地上待機させたことが裏目に出るなんて。
 5つの太陽から放たれる光に生物は耐えられない。強酸性の河が何億年もかけて生み出しただろう巨大な地下の暗渠に、この星のバイオマス(但し地球の定義とは異なる)の99.67%はある。幻の無機植物を求めて4世紀前のデータを元に入り乱れるクリスタルの柱の中を探査したが、なんの成果も得られなかった。
 もし丘の向こうに宇宙艇がなかったら、どうすればいいのだろう。連れ行く彼は私の致命的なまでのミスを少しも責めない。その気になれば、地球人とは違って仮死状態になって何世紀でも救助を待てるから?それとも必ず宇宙艇があると信じているから?在るという事実を知っているから?私のものより、彼の電脳シミュレータの演算能力の方が性能が高い。

 彼は私と心を通わせることはできないという。心を持っていないのだから。そしてそれを悲しめないという。心を持っていないのだから。私はそれでもいい。
 言葉がこぼれていた。
「ずっと一緒に居たいの」

 不意に、北の空の太陽βが残酷な輝きを増し、急激な膨張を起こす。
 バイザーの明順応補正が間に合わない。視界は真っ白で何も見えない。センサーが大きなフレアの到来を感知して、耳元でけたたましく鳴り響いている。考えている間に目指していた丘の消失をセンサーが告げる。一瞬で、枯葉のように吹き飛ばされた私を、彼の、腕に似た何かが光の中で力強く掴む。
 彼は大木のようにアイゼンを深く金属の大地に根差して電磁波の衝撃を堪えきった。私は腕が千切れそうだったけど、目の前の景色にそんなことは忘れてしまいそうだった。バイザーの機能が戻ってくる。フレアは、一帯の空の硫酸雲を吹き飛ばしていた。
「さて、学者の君に言わなくてもいいと考えたんだが」
 丘の向こうには硫酸雨の穿った穴の中で濡れそぼる見慣れた機体が横たわっている。この恐ろしい雨がなければ、フレアをまともに浴びていただろう。

「君には心があるから言っておく。萼や苞の役割は花を保護することだろう?」
 彼が出逢ってから比喩を使うのは今日が初めてで、私はなんだか嬉しかった。そうまでして伝えたい何かがあったのだから。

 私たちは相変わらず次の星を目指す。














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