結婚式に彼の元カノが乱入してきた
この日をどんなに待ち望んだ事だろう。
この時をどれだけ夢見てきた事だろう。
目の前にあるバージンロード。
その先では大好きな彼が、いつも通りの笑みを浮かべながら私を待っている。
これからが本番だというのに、すでに私は涙を堪えるのに必死になっていた。
そんな私を隣に立つ父が笑う。
「化粧が取れるぞ」
からかうような言葉なのに、いつもと違う涙声。
見上げれば、確かにその目は潤んでいて、まるで血のつながった本当の親子になったような気がした。
それがなんだか嬉しいような、寂しいような。
私はいつものような憎まれ口を返す余裕がなくて、ただ素直に頷いた。
「ねぇ」
「どうした?」
「今までありがとう。お父さん……」
溢れ出た気持ちが自然と言葉に変わり、初めて『お父さん』と呼ぶ事が出来たのだった。
夢にまで見たバージンロードは、まるで雲の上を歩いているようだった。
フワフワとした感覚は、きっと私が緊張しているせいだろう。
そしてようやく辿り着いた彼の隣。
私を見つめる彼は、いつも通りのクールな笑顔。
その表情には、緊張どころか余裕さえ感じられて、なんだか悔しい。
そして誓約を終えて、待ちに待った指輪の交換。
ずっと憧れていた。
これで私は……。
突然響いた大きな音。
振り返ると開かれた扉の前に、化け物が立っていた。
グシャグシャの髪の毛に焼け爛れたような醜い顔。その手に握られているのは包丁だろうか。
ギョロリと動いた目が私を睨みつけた。
――殺される。
そう思った。
だって、あの化け物は彼の元カノだから。
逃げようとして、腰が抜けた。
必死にもがいても、ちっとも進まない。
そんな私を嘲笑うかのようにあの女が、ゆっくりと歩いてくる。
「だれかたすけて……」
私の掠れた声がチャペルに響く。
しかし、その異常な光景に誰も動けないようだった。
その歩みは最初こそゆっくりだったが、徐々にスピードを上げて、しまいには鬼の形相で突っ込んできた。
もう終わりだ。
そう思った時、彼が私を呼ぶ声が聞こえた。
「サキ……」
その声は今まで聞いた事がない程、優しい響きをしていた。
彼は、私との間に割って入り、その身に凶刃を受けた。
気が付けば、病院のベッドの上だった。
どうやらあの時、私はあまりのショックで気を失ってしまったようだ。
目が覚めた私に、両親は優しい言葉をかけてくれた。でも私は誰とも話をしたくなくて、我がままを言って一人にして貰った。
ぼんやりと窓の外に目をやれば、早咲きの桜が満開になっていた。
「一緒に見たかったな……」
そんな言葉と共に涙がこぼれた。
どうしてこんな事になってしまったのだろうか。
結局、彼は助からなかった。
そしてあの女も……。
彼を殺した後で、自殺をしてしまったのだ。
あの時、私の代わりに刺された彼は、あの女を抱きしめて耳元で囁いた。
すぐ近くにいた私には、その声が確かに聞こえた。
『ずっと気付けなくてごめん。でも俺は、今でもサキを愛してる』
その言葉が今も耳に残っている。
驚くほど優しい声だった。
あんな言葉聞きたくなかった。
愛してるなんて、私には一度も言って貰えなかった。
どうして……。
どうして、私はあの女に負けたのだろうか。
どうして、彼を取り返されてしまったのだろうか。
どうして、あの女は生きていたのだろうか。
どうして、彼は気付いてしまったのだろうか。
どうして、私があの女に成り代わっていた事がバレたのだろうか。
完璧だったはずなのに。
顔も、体型も、声も、喋り方も、癖も、何もかもをあの女と同じにしたのに。
あの女の代わりに、私が彼と結婚して、幸せになれるはずだったのに。
何もかも、全部あの女のせいだ……。
あの時、殴り倒したあの女の顔に火を付けた後、しっかりと死ぬのを見届けるべきだった。
自分の詰めの甘さが嫌になる。
もう少しだったのに。
もう少しで彼を、幸せを、全てを手に入れる事ができたのに……。
そう思うと、あまりにもやるせなくて。
悔しくて、悔しくて。
私は声をあげて泣いた。