弾除けの御守り
気が付くと敵軍の部隊が目の前にいた。塹壕の向こうからたくさんの銃を構えている。その反対側には味方の部隊がいて、やはり同じ様に銃を構えている。
つまり、僕は銃撃戦の真っ只中にいるという事になる。しかもたった一人で立ち尽くしていた。どうしてこんな状況になってしまったのか経緯は全く覚えていないが、とにかく絶体絶命のピンチである事だけは確かだった。
“逃げなくちゃ!”
そう思った時には既に遅かった。敵軍が一斉に銃弾を放つ。
“撃たれた!”
そう思った。がしかし、当たった感触はなかった。信じられないけど、弾は僕をすり抜けていったらしい。安心している間もなく第二射撃が来る。今度こそ終わったかと思ったが、やはりまた弾が当たった感触はなかった。その後直ぐに、僕は慌ててその場から逃げ出した。銃撃戦のど真ん中にいるという状況はいくらなんでも危険過ぎるだろう。
逃げている間も銃弾が飛び交っていたけれど、やはり僕には当たらなかった。
“凄い。弾が当たらないぞ!”
ここまでくるともう偶然では済まされない。そこで僕は思い出した。弾除けの御守りだ。その効果に違いない。それは結婚を約束した僕の彼女から貰ったもので、僕は常にそれを身に付けている。
“これならいける! 必ず生き残れる! いや、それどころか活躍して報奨金だって貰えるかもしれないぞ!”
僕は喜んで戦場を駆けた。そして、友の言った言葉を思い出していた。
「いいか? お前は生き残る事だけを考えるんだ。間違っても手柄を立てようなんて考えるなよ?」
この戦場に向っている途中で、そいつは僕にそんな事を言ったのだ。
「どうして? 手柄を立てたら金だって貰えるんだぞ? 結婚資金の足しにだってなるじゃないか」
それに僕はそう反論した。すると、まるで説教をするような口調でそいつはこう言うのだ。
「バカ! そんなはした金で命を捨てる気か? お前の婚約相手がどんな気持ちでその弾除けの御守りを渡したか分からないのか? お前に死んでほしくないからだろうが。戦争なんかで絶対に死ぬな! こんな、上の爺連中が醜いエゴで始めた戦争なんかで」
僕はそれに納得できなかった。敵国に勝てば我が国は潤うだろう。そうすれば、僕らの生活だって楽になるはずだ。だからそう言ってみた。すると、そいつはこう馬鹿にして来るのだった。
「はっ! お気楽だな、お前は。そんな話を信じているのか? 勝って資源を奪っても次の戦争の軍事費になるだけだよ。上の連中は“神に選ばれた我が国に支配される事こそが世界にとっての幸せだ”なんて本気で言っているんだぞ? 世界が相手なら戦費は無尽蔵に必要だ。いや、そうじゃなくても強引に戦争を始めたうちの国は、国際社会から敵視されているから軍事力は維持しなくちゃならない。国民に回って来るはずないだろうが。騙されているんだよ」
それに僕は何も返さなかった。これから戦地に行こうって時にこれ以上言い争いはしたくなかったからだ。空気が悪くなる。士気にだって影響するだろう。ただ、やっぱり、納得はしていなかったのだけど……。
「見てろよ! 戦果を挙げて、あいつに自慢してやる!」
取り敢えず、味方に合流しようと僕は銃弾の雨の中を走った。僕の部隊が陣営を張っていた辺りを目指す。
ところが、近づくにつれ、様子がおかしい事に僕は気が付いたのだ。僕の部隊の陣営があったはずの場所は、どうやら爆撃を受けてしまったらしい。テントは弾け飛んで焼け、誰のものかも分からない焼け焦げた死体がいくつも転がっている。
“そんな……!”
僕は生き残っている仲間がいないかと周囲を必死に探した。すると、こんな大声が耳に飛び込んで来た
「おい! 目を開けろ! 生きて帰る事だけを考えろって言っただろうが? お前の婚約相手はどうするんだ? 彼女を独り切りにするつもりか!?」
それはこの戦地に来る前に言い争いをした例のあいつの声だった。少し離れた場所で、倒れている誰かに向けて叫んでいる。
“良かった。あいつは生き残っていたか…”
とにかく僕の無事を伝えて、今の状況を聞かなくてはならない。部隊を立て直して、戦線に復帰するんだ。
「おい、僕だよ。一体、どうなったんだ?」
ところが、そう思ってそう話しかけても、そいつはそれを無視するのだった。いや、気付いていないのか。倒れている仲間にばかり注意が向いている所為かもしれない。だから僕はそいつの肩を掴んで無理矢理に振り向かせようとした。ところが、そこで僕は気が付いたのだ。
“え?”
そいつが泣き叫びながら呼びかけているのが、僕自身であることに。腹辺りに血を滲ませて動かない。大怪我をしている。目を瞑っている。
「目を開けてくれ! お願いだ……
ああ、くそう… 息をしてねぇ。おい、息をしろ! お願いだから……」
そう言いながら、そいつは肩を落とす。
“え?”
僕は唖然とそれを見守っていた。
それから、そいつは叫んだ。
「なんで爺連中が勝手に始めた戦争で、俺らみたいな若いのが死んでいかなくちゃならないんだ!? チクショウ! チクショウ! チックショオオオオオ!」
目を瞑っている僕の死体は、大事そうに彼女から貰った弾除けの御守りを握り締めていた。