恋は盲目であるというけれど。
騎士、イクスルート。
それが俺の兄さんの名前。俺の自慢の兄さん。
平民出身でありながら、王族を守る近衛騎士団に入っていて、騎士団長からの信頼も厚い兄さん。
騎士としての実力は、騎士団長や王族からも認められているほどで、平民でありながら信頼されているのは凄い事なんだ。
強くて、優しくて、自慢の兄さん。
俺はそんな兄さんが大好きなんだ。兄さんみたいになりたいっていつも思っていて、大きくなったら騎士団に入るんだって兄さんが子供の頃に使っていた模擬剣を使って剣の練習をしているんだ。
兄さんは騎士寮で生活をしているんだけど、休みの時に帰ってきた時にはいつも稽古をつけてくれて、「いつか兄さんみたいになるんだ」って俺が言ったら嬉しそうに笑ってくれた。
「ねーねー、兄さん。兄さんってお姫様とかにもあっているんだよね? お姫様ってどんな人?」
実家に帰ってきていた兄さんに聞いた。
この国でお姫様っていったら、この国の王女様であるミルン様の事なんだ。ミルン様は綺麗な人だって話を聞くけれど、平民である俺はちゃんと見た事もないし、実際どんな人なのかなって思って兄さんに聞いてみたんだ。
兄さんは、「とても綺麗で優しい人だよ」って、笑ったんだ。
その表情で兄さんはお姫様を心から大切に思っているんだなって思ったんだ。お姫様の話を聞く事が出来て楽しかった。王宮なんていういった事もない場所の話を兄さんは話してくれる。俺が兄さんみたいな騎士になりたいっていっているから、色々教えてくれる。
兄さんに稽古をつけてもらいもする。兄さんに筋がいいって言われて嬉しい。俺の夢はいつか、俺も兄さんみたいな騎士になって、兄さんと一緒に頑張る事なんだ。まだ俺は子供だし、兄さんに全然追いつけないけれどいつか兄さんの背中を守れるぐらい強くなりたいなって出来るか分からないけどそんな夢を持っている。
母さんと父さんに言ったら「頑張って」って応援してくれたし、兄さんも「待っている」って頭をなでてくれた。
そんな兄さんと過ごした穏やかな日常、その日が最後だなんて思いもしなかった。
兄さんが王宮に戻ってしばらくしてから、国内では一つの噂でもちきりだった。
「ミルン様と帝国の皇子との縁談があるんですって」
「それは素晴らしいわ!!」
そう、兄さんが「綺麗で優しい」って褒めてたお姫様の結婚話だ。よくわからないけど、母さんが「これで安心出来るわ」って喜んでた。戦争はしていないけれど、その帝国と睨みあった状況だったらしくて、お姫様と王子様が結婚したら戦争っていう事にはならないだろうって。
母さんたちが喜んでいるから、お姫様と王子様の結婚は良い事なんだって俺も思って笑顔になった。
一か月ほど経ってから、正式に結婚する事が決まったって噂されてた。お姫様と王子様の結婚で国も盛り上がるんだって。祭りとかも行われるらしいから俺楽しみ。
それにしても兄さん、最近帰ってこないけどどうしたんだろう? 俺、兄さんに教わった通りちゃんと剣の稽古もしているんだよ。どのくらい上達したか兄さんに見てほしいのに。
そういったら「忙しいのよ、きっと」「本当にベルはイクスが大好きだな」って両親が笑ってくれた。
兄さんが次に帰ってきたら「忙しいのに帰ってきてくれてありがとう」っていって、「ここまで出来るようになったよ」って見せよう。
そう、思ってた。
でも、兄さんはもう帰ってこなかった。
帰ってこない兄さん。その代りにとある報告がもたらされたのは、お姫様と王子様の結婚がもうすぐなされるだろうってされた夏のある日の事だった。
「そ、そんな」
「イクスルートがそんなことするはずは……!!」
騎士がやってきた。鎧をきた騎士様。俺たちの住んでいる街は、王都から一つ隣にある。そこに王宮の騎士様がやってきて、俺はきらきらした目で見てしまった。一番憧れているのは兄さんだけど、次が騎士様たちだったから。でも騎士様たちは怖い顔をしていた。そして告げられた言葉は、正直理解出来ない事だった。
「イクスルートがミルン様と駆け落ちした」
……駆け落ちって、男と女で逃げる事だよね。なんか四軒先のお店のダグネ兄ちゃんが、結婚するの反対されて宿屋の娘と逃げたって前に近所の人がうわさしてた。
兄さんと、お姫様が駆け落ち?
お姫様は王子様と結婚するんだよね。それを兄さんが……? 正直一度告げられただけでは理解なんて出来なかった。兄さんが、お姫様と逃げた? 頭が真っ白になった。
母さんと父さんが青ざめている。頭を下げている。必死に膝をついて、頭を下げている。俺は……固まってしまっていたら、両親が慌てて頭を下げさせた。何が起こっているのか、よく分からなかった。
それからしばらくして、両親が死んだ。親戚も、死んだ。
処刑、された。兄さんが、駆け落ちしたから。平民が、お姫様をさらったから。
兄さんのせいで、戦争になるかもなんだって。帝国に、そんな意志はないんだって示すためにも必要、なんだって。
俺は、子供だから。まだ……成人の十三歳をすぎていないからって処刑されなかった。でも、皆死んじゃった。
「ベルリード、ごめんね、ごめんね、残して逝く私を許して」
「ベルリード、お前まで処刑される事にならなくてよかった。……これから辛いだろうが、頑張って生きてくれ」
両親が死んだ。
親戚の、叔父さんも伯母さんも、従妹も、皆成人していたから死んだ。
大好きだった従妹の姉さんに、「貴方たち家族のせいでっ」って恨み言を言われた。睨まれた。憎しみにこもった目で見られた。
食堂は閉鎖。仲良かった人たちも俺から距離を置いて、俺は孤児院に放り込まれた。
……居心地が悪かった。お姫様と駆け落ちした男の弟。それが俺だったから、苛められた。姉さんと親しくしていた人もいて、元凶の兄さんの代わりに、酷い扱いをされた。大人たちも止めない。
……結局、その後戦争も起こった。
帝国との戦争。騎士ではない人も駆り出されて、戦争で親を失った子たちも孤児院にきた。扱いは酷くなった。俺の兄さんのせいで、戦争が起きた。そう何度も何度も言われた。誰も守ってくれる人がいないから、頑張って自分で撃退した。反撃しないと大変だった。
皆、俺にキツイ目を向けてきた。一生懸命仲良くしようとしたけど、駄目だった。戦争でギスギスしていて、俺は原因の弟で、仲良く何てしてくれなかった。
戦争は数年続いて、その間に孤児院の出身者も戦争で亡くなって。結局十歳の時に追い出された。何も持たずに、放り出された。でも、にくい相手の弟を三年も見てくれたってだけでも感謝するしかない。何も持っているものはなかった。街から出るまでに石を投げられて、罵声を浴びせられて、そんな中でどうにか街の外に出た。
どうしようって考えて、とりあえず国を出なきゃって思った。だってこの国の人たちは皆兄さんを憎んでる。
実際に最初はボロボロの俺を見て優しくしてくれた人もその後、豹変した。居場所なんてない。……兄さんのせいで。
森の中で手ごろな木の棒を見つけた。これでも何も武器がないよりはいい。動物に襲われた時、撃退した。剣の稽古、ずっとしてて良かった。孤児院でも隠れてずっと続けていた事が少なからず今のためにはなっている。
帝国は戦争中だから駄目だ。だから目指すのは、西にあるシャラン王国。国同士の関係はよくもないし悪くもないって前に母さんが言ってた。
森を何日も歩いて、でかい熊に襲われて死にかけた。そこで一人の魔術師が助けてくれた。魔術師のキトラさんは戦争中のこの国から出ていくって言ってた。ボロボロの俺の手当てをしてくれて、この国の人間じゃないから、俺の事情を知っても助けてくれた。シャラン王国が故郷だからって連れていってくれるとまで言ってくれた。
兄さんが駆け落ちしてから、ずっと涙も出せなくて。誰も味方がいないって悲しくて。そんな気持ちをキトラさんに吐き出してしまった。キトラさんは「頑張ったね」って言ってくれた。
「それにしても、恋は盲目というけどベルリードのお兄さんはもう少し考えられなかったのかね……」
キトラさんはそんな風に呟いて眉を潜めていた。
本当にそうだよ。兄さんは、お姫様と駆け落ちをした。駆け落ちをしたってことはお姫様と思い合っていて、帝国の皇子と結婚してほしくなかったからなんだろうけど……。俺も好き合っている同士が結婚する事は良いと思うけど。でも、好きな人と一緒に居れれば他はどうなってもいいのかって兄さんが駆け落ちしてからずっと考えてた。
だって考えればわかる事なのだ。平民の兄さんがお姫様と駆け落ちしたら、残された家族がどうなるかなんて。帝国との関係を思えば、駆け落ちしたらどうなるかなんて。……兄さんは、お姫様を優先させて、俺達家族を捨てたんだ。自分がお姫様と一緒に居るために、戦争の原因を作った。
ああ、自慢だった兄さん。俺は兄さんみたいになりたかった。兄さんみたいに騎士になりたかった。兄さんと一緒にいつか騎士になることを夢見てた。……ねぇ、兄さん、俺達の事、考えてくれなかったの? 俺たちが残されてどうなるか。相談してくれれば……絶対に両親は兄さんの駆け落ちを止めただろうけどさ、でも、何かが変わったと思うんだ。兄さんは、そんなに恋の方が大事だった? 家族は大事じゃなかった?
……兄さんは俺の憧れだったけど、今、俺は兄さんのようには絶対になりたくない。だって自分が好きな人になる代償に、家族の幸せと国の平和を捧げる兄さんみたいにはなりたくない。あんなに国を思っていた兄さんが国を害する原因を作った恋なんて、恐ろしいとさえ思う。
シャラン王国との国境を越える際、後ろを振り向いて俺はそんなことを考えた。
――――恋は盲目であるというけれど。
(兄さん、もっと考えられなかった? 俺たちがどうなるか。国がどうなるか。俺は絶対に兄さんみたいにならない)
少し前に思いついて書きたいと思っていた話になります。連載作品いくつか完結させたら、いつか、この話の主人公を幸せにする中編か長編か書きたいなと思っていたりもします。
ちょっとまとまってないかもしれませんが、人のハッピーエンド(駆け落ちして幸せになりましたエンド)の陰で色々残されたものは大変だろうなと思い、こんな話を思いつきました。
ベルリード
王女様と駆け落ちしてしまった兄のせいで不幸まっしぐらの少年。
兄の駆け落ち時七歳。それから憎まれながら十歳まで孤児院で生活するが、追い出される。
実は剣の才能は兄以上あったりする。駆け落ちのせいで戦争まで起こったため周りからの扱いは酷かった。元凶がいれば別だったが元凶がどこにいるか分からない状況でその弟がいるということで憎しみの矛先が向いていた。
十歳なのに兄のせいで恋愛を恐ろしいと感じている。
運よくキトラに出会えて連れ出してもあえそうだが、出会わなかったら多分死んでた。
イクスルート
ベルリードの兄。平民でありながら近衛騎士になった実力者。真面目で優しい騎士で、騎士内での信頼も厚かった。王族にも信頼されていた。というのにすべてを裏切ってお姫様の手を取ってしまった人。
そのせいで家族も国も不幸まっしぐら。多分お姫様と仲良く幸せに二人暮らし中。
ミルン
お姫様。王城で大事に育てられていた人。この人も王族としての自覚があれば戦争になるかもと考えて駆け落ちなんてしなかっただろう。それで駆け落ちしたため恋は盲目状態であったと思われる。
キトラ
魔術師。ボロボロのベルリードを放っておけず、シャラン王国まで連れていってくれる人。
戦争の原因を作った人物の弟を憎む気持ちはわかるけれど、子供に対してひどい事をすると心を痛めている。
恋は盲目……恋におちると、理性や常識を失ってしまうということ。