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ピータバロ 作者:風梨凛
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20.俺は人は殺さない

「あの女教師レイチェルにすべての罪を被ってもらうって? 一体、どうやって!」
 プレゼン会場の客は請うような視線をキースに向けた。自信満々の顔をして彼らを見返してくる琥珀色の瞳は若さに溢れている。それを眺めているうちに、なんとなく彼が頼りになりそうな気がしてくるから不思議なものだ。
お先真っ暗の状態におかれた人間は、無意識のうちに明るい方向へ救いの手を伸ばすものなのだ。
「細工は上々。レイチェルに押し付けれそうな物だけを残して、学園の中で裏家業の証拠になりそうな物はすべて生徒たちに処分させた。だから、あんたたちも、マスコミや警察やらが押しかけてくる前に、さっさと家に戻って、まずい物があるなら隠すなり捨てるなり、証拠隠滅に精を出すんだ! 少しぐらいの取りこぼしなら大丈夫。俺が関係筋に交渉して、もしもの時は別方向から圧力をかけてくれるようにって約束を取り付けたから」
「関係筋? 別方向から圧力? また別の犯罪組織か何かか?」
……が、
「犯罪組織だなんてとんでもない。”W・ジェームズ・カーンワイラー”その名を知らぬ者はこの中にはいないだろ。その彼が、後ろ盾になって、この計画を支援してくれるってさ。ただし、あくまでもこれは最後の手段なんだからな」

 会場が人々のざわめきに揺れた。カーンワイラー氏といえば、美術界のみならず、イギリスの経済界をも牛耳ってる大富豪じゃないか。こんな若造がどうして、そんな後ろ盾を持ってるんだと。

「だって、カーンワイラー氏って、シティ・アカデミアの生徒のミルドレッド・カーンワイラーの親父さんじゃん。こんな騒動で愛娘の経歴に傷がつくなんて我慢できるわけがないだろ」
 呑み込みが早い客が、席を立ち、エレベータの方向へ駆けてゆく。けれども、
「エレベータが動かないぞ!」
「それに、出入口も開かなくなってる!」

 あちこちから起こる素っ頓狂な声に、キースは、えっと目を瞬かせた。
「まさか、チャイニーズ・マフィアがここまで攻めてきたんじゃないだろうな」
 実際に、ナシルの手下のマフィアたちが、会場に細工したのを、彼はまだ知らない。
 一難去ってまた一難、どうすりゃいいんだよと、小麦色の髪をかきむしった時、
「……?」
 彼の胸ポケットの携帯電話が突然鳴り響いたではないか。こんな非常時に電話をかけてくるのは……

 やっぱり、あれか?

 と、眉をしかめる。すると、案の定、

「キース、キース、キース!! 大変、大変、大変よ!!」

 その鈴のなるような声に頭を抱えたくなる。
「”キース”も”大変”も一回で分るよ……でアンナ、今回は、何? 俺、今、とっても忙しいんだけど」

 幽霊の少女アンナ。彼女は自分の霊気を電波に変えて、何かにつけてキースの携帯に電話をかけてくる。

「忙しいなんて言ってる場合じゃないわよ。あの女のミルドレッドの中から聴いてたの。そこ、もうすぐ爆発するわよ! あの中東の王族が爆弾を仕掛けたの。あいつがチャイニーズ・マフィアの親玉だったのよ!」
「……え?」
 状況を飲み込めない青年画家に、幽霊の少女は珍しく声を荒らげた。

「ああっ、ボケっとしてないで、”ヴァージナルの前に座る婦人”の裏を覗いてみなさいよ。あと30分もしないうちにドカンとくる爆弾がそこにあるんだからっ!」  


 *  *
 プレゼンが行われていた大広間の隣の控え室で、女教師レイチェルは、髪と服の乱れを直しながら、室外から聞こえてくる人々の声に耳を澄ませた。
「今、何時? 何だか騒がしいわね」
 彼女の傍で身を起こした長身の男は、脱ぎ捨ててあったバイクジャケットを羽織ると、壁の時計に目を向けた。その視線を追うように上を見上げた女教師は、ぎょっと瞳を見開いて、

「12時40分!? 嘘っ、プレゼン開始から40分も経ってるなんて!」

 イヴァン・クロウ……赤みがかった灰色の瞳と黒づくめのレザースーツ、陰鬱な表情が妙に人の心をくすぐる、今までには廻りにいなかったタイプの男。少しぐらいなら遊んでやってもいいかしらと、誘われるままに控え室に入った。……適当にあしらって、後は無視してやるつもりだったのに。

 けれども、今となっては微睡むようなぼんやりとした感覚を残して、時間だけが過ぎ去ってしまっているのだ。レイチェルは、薄ら笑いを浮かべるイヴァンをきつい瞳で睨めつけた。
「イヴァン・クロウ! あなた、最初からこうなる事を目論んで、私を引き止めたのね」
「俺の誘いに簡単にのってきた、あんたが、今更、よくそんなことが言えるもんだ」

 こんな男の誘惑にのって時間を忘れてしまうなんて……絶対にありえないはずなのに。百戦錬磨の女教師は、唇を噛みしめた。けれども、

「つくづく節操のない女」

 吐き捨てるようなその言い草に、
「何よ。殺人犯が偉そうに! ちゃんと調べはついているのよ。4年前にこの界隈を騒がせた連続殺人犯! 警察に通報してやるわ。このイギリスには死刑制度はないけれど、あんたなんて時代が時代なら吊るし首よ!」
 その瞬間に、レイチェルの首筋に鋭いハンティングナイフの刃が突き付けられた。ぎらりと瞳を光らせた切り裂き犯が重低音な声でぽつりと呟く。
「……無駄だよ。もう、俺は一度絞首刑になった男だ」
 よく意味が分からない彼の言葉と超危険な状況に、女教師は、顔をひきつらせ、
「ち、ちょっと、待ってよ。い、言い過ぎたわ。ね、あなた、確か画商だったわね……贋作村の経営陣に入らない? 最高の条件で契約をするわ。だから……」

 直後に、レイチェルが首筋に感じた鋭い痛み、あてがわれたナイフを伝った鮮血が一筋下へと流れてゆく。イヴァン・クロウは、ぺろりとその紅を舌で舐めあげると、まずいと即座に床に吐き出した。
 ハンティングナイフの刃の銀色に彼の瞳の灰色が同化して見える。鮮血を舐めた舌はその血の色より紅い。女教師は、彼の醸し出す尋常とはかけ離れた雰囲気にぞくりと身を震わせた。

         挿絵(By みてみん)
           Ivan Claw

 快楽殺人者……ううん、そんな病んだだけの犯罪者サイコパスじゃない。この男の闇はもっと深くて暗い。 
 あのエクソシストの神父は言っていた……イヴァン・クロウは闇の眷属。この世とは別の異形の者……?

 怯えた瞳で、自分を見据える女教師。すると、
「……」
 イヴァンは、軽く息を吐き、
「最低な女でも俺は人は殺さない。それが契約主キースとの約束だから」
 と、ナイフをブーツに装着した鞘にしまったのだ。そして、床へ、へたりこんでしまったレイチェルを残して無言で控え室から出て行った。
 そんな彼の姿を、ホテルの柱の影から、びくつきながら眺めていた黒い影があった。プレゼンに参加していたエクソシストの神父。イヴァンが遠ざかってゆくのを見極めると、彼は大慌てで控え室のドアを開き、

「レイチェル女史、大変だ。早く逃げろ! あの画家の小僧が、他の客と共謀して、あんたをシティ・アカデミアから追い出そうとしているぞ!」

 大声でまくしたてながら、女教師を急き立てるのだった。

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