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23.5

作者:野々花子
「23.5時? 23時半ってことですか?」
「いいえ。23.5時です。23時半とは違います」
 言っている意味がよく分からなかった。
「じゃあ、何時ですか、それ」
「だから、23.5時です」
「初耳の時刻ですね」
「あら、時間にお詳しくない方でしたか」
 時間に詳しいも詳しくないもあるのだろうか。俺は時計を見る。長針が12を過ぎたところ、短針が9だ。
「今が午後9時3分ってことは分かりますが」
「時計の見方を聞いているわけではありません。時間の分割についてご存じありませんか?」
 はて、目の前の女は何を言っているのだろう。「不勉強なもので」と前置きし、相手に水を向けてみた。
「お姉さんは、時間に詳しい方で?」
「一通りは」
「そうすると、あなたは時間の妖精みたいなものなの」
 俺は冗談めかして言った。しかし、女はしごく真面目に答えた。
「いえ、そんなファンタジックな存在ではございません。そうですね、私の知識は言ってみれば、時間という会社に勤めるしがないサラリーマンレベルでしょうか。有限会社時間のヒラ社員程度です」
「有限会社」
「はい、時間は有限ですから」
 時間は有限。確かに、俺の人生の時間は限られているだろう。だけど、時間という概念そのものは無限のように思える。
 そんな俺の考えを読むように女は続ける。
「有限ですから、無駄遣いするわけにはいきません。だから、なるべく細かく砕いて使おうということで、0.5時という単位も導入されました」
「はじめの質問に戻りますけど、それは、23時半とは違うんですね?」
「違います。それはもうダイオウイカと相撲取りのまわしくらいに違います」
 俺は相撲取りの股に、まわしの代わりにダイオウイカが巻き付いている姿を想像した。グロテスクだ。クラーケンの失敗作みたいだ。
 女は続ける。
「時間を文字に換算してみましょう。例え話ですが、私とあなたが話している会話を小説風に書き起こしたとします」
「はあ」
 俺は自分の頭の上に丸い吹き出しが浮かび上がって、その中に「はあ」と書かれるのを想像した。違う、それじゃ漫画だ。
「そうすると、私たちが23.5時に交わした会話は、ぴったり2350文字になるはずです」
「23.5時の概念をあえて可視化しようとすると、おそらくそういった形になるでしょう。しかし、23時から24時までの60分の間に交わされた会話は、そういうわけにはいきません。同じ時間でも測量の仕方が全然違うのです。四次元と五次元の違いと言ってもよいかもしれません」
 全然意味が分からない。
「何を言ってるのか、よく分からないのですが」
「あくまで例え話ですよ」
「例え話」
 俺はオウム返し。
「とにかく、最終試験は23.5時に行われます。決して遅れることのないようお願いします」
 女は資料をトントンと揃えると、立ち上がった。
「じゃあ、私はこれで」
「ちょっと待って」
「まだ何か」
「いや、何時に行けば良いんでしょう」
「……だから、23.5時です」
「それは、23時半とは」
「違います」
 食い気味の否定。
「すみません、もう一度確認させてください」
「仕方ありませんね」
 女は椅子に座り直した。
「場所は?」
「6階にある第16会議室です」
「それは6.5階の16.78会議室とか、そういう場所じゃないですよね?」
 女は、ナニ言ってんのこの人、という表情で首を傾げた。
「時間は?」
「23.5時です」
「それは、23時半とか23時5分とか50分とかではなくて、23.5時」
「ですね」
「23時に行けば間に合いますか?」
「間に合いますが、試験の公平を期すために、6階にお集まりいただくのは23.5時マイナス0.3分からとなっています。それまでにいらしても、エントランスでお待ちいただく形になります」
「それは、23時半の3分前とかでは無い……んですよね、おそらく」
「23.5時マイナス0.3分からです」
 黙り込んだ俺を見て、女は続けた。
「もしや、本日の23.5時はご都合が悪いのでしょうか?」
「いや、今日は一日空けてあるんですけど」
「では、最終試験自体を辞退なさりたい事態に陥ってらっしゃる?」
「そこは、最終試験を辞退されたいとか? でよくありませんか?」
「自体と辞退と事態をかけてみたかったんです。言わせないでください」
「失礼しました。辞退する気はありません、最終試験は受ける気満々です」
「では、23.5時に」
「いや、だから、それが何時か分からないんです」
 女は眉根を寄せた。ちょっとマジで何言ってるか分かんないんですけど、と顔に書いてあってくじけそうだが、俺は提案してみた。
「申し訳ないのですが、23.5時とやらになる前に僕を迎えに来ていただくわけには行きませんか? それまでエントランスで待っていますんで」
「試験の公平を期すためにも、あなただけ特別扱いするわけには」
「じゃあ、23.5時が分かる時計を貸してください」
「時計、お持ちじゃないですか」
 女は、俺の腕時計を指差した。
「この時計では、23.5時が分からないんです」
「アハハ、そんなバカな」
 俺は頭を抱えた。ダメだ、全然話が通じない。
「分かりました、もういいです。自力で23.5時に行けるようにがんばります」
「そうしていただけますでしょうか。大丈夫、あなたなら最終試験も突破できますよ」
 その時、俺は思い付いた。
「あ、そうだ! 今何時ですか? その、何時小数点みたいな時間で!」
 そのおかしな時間単位と、俺の知っている時間を照らし合わせたら、計算して分かるかもしれない。
「9時7分です」
 女は冷たく言い放ち、今度こそ振り返らずに部屋から出て行った。


 最終試験には結局たどり着けなかったのだが、何故か後日合格通知が届いた。
 通知には、入社に関する説明と一緒に、何故か小説風に書き起こされた女と俺の会話が記されていた。
 意味がわからない。

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