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オーバーロード:前編 作者:丸山くがね
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大虐殺-2


 草原のど真ん中に野営地があった。
 運んできた木で周囲に簡単な柵を作り、天幕をその内側に円を描くように並べる。同じように運んできた木で組み立てた、あまり頑丈そうには思えない物見やぐらが3つほど、野営地内ににょっきりと姿を見せている。
 立派な天幕は中央部付近に集まり、みすぼらしい天幕は外周部に並ぶ。ただ、1000人規模ともなると天幕の数も膨大になり、野営地もかなりの範囲に広がっていた。
 時間は月が昇る時間ともなっており、無数の天幕の中では、行軍に疲弊した者たちが泥のように疲れ果てた顔で睡眠を貪っている。
 そんな静かとも思える野営地で、唯一人の声が聞こえるのは、中央となる場所だ。
 そこには大きなかがり火が1つ、置かれていた。
 紅蓮の炎は天を焦がすように立ち昇り、生じる無数の火の粉が闇に溶け込むまでの短い時間、大地に落ちた星のように輝く。周囲にわだかまる闇もその明るさの前には近寄ることが出来ない。
 そんな揺らめく赤い明かりの中、夜警の順番を待つ者たちがいた。
 数人という単位ではなく、100人はいるだろう。野営地の規模からすると妥当ではあるが、広場だけを見渡せばその数はかなり多くも感じられた。それだけの人間が、時間が経過するのを待つ間、互いでおしゃべりをしているのだ。小さい声で話していても、合わされば大きな声となる。
 広場から響く声音はそういった、夜警のおしゃべりによって、生じる音だった。


 そんな声が風に乗って非常に僅かしか聞こえないような、野営地の外れ。柵の部分と天幕の境目を、3人の兵士が巡回に当たっていた。
 3人とも同じようなランタンを腰に引っ掛け、槍を手で持って歩いている。あまり緊張感のあるようには思えない、だらしない態度での巡回だった。しかしそれも仕方がないとも言える。
 というのも草原という場所である以上、そして月明かりがある以上、見咎められず大人数で接近できるはずが無い。だから草原に人や動物の影が見えない今、彼らが本気で警戒する理由がなかったためだ。
 それにこの3人だけの巡回であれば、もっと注意深く行動するかもしれない。しかし巡回しているのは彼らばかりではない。柵沿いにぐるっと見渡していけば、同じようにランタンの明かりが動いているのが即座に発見できた。

 つまり、夜警である彼らの仕事は、周囲の開けた場所を、3人で1チームを作り交代で一周ぐるっと見回る。そんな簡単な仕事だということだ。緊張感すらもてないような。

 彼らは柵に沿って歩いているのだが、時折、腰につるすランタンを邪魔者に向ける視線を送っている。
 空から落ちてくる月明かりの方が明るく、ランタンの明かりによって逆に影を作っているよう感じてしまうためだ。出来れば消して歩きたいところだが、このランタンの明かりが物見やぐらに立つ兵士に、非常事態を知らせる合図にもなるもの。緊急事態のことを考えれば、消すわけにはいかない。

 兵士の1人が槍を小脇に抱え、服を直すような姿をとりながら、満点の星空を眺めた。

「……ちょっと寒いか?」

 吐く息は白くは無いが、夜闇が体温を奪っていくような感じがした。そんな彼に隣に並ぶ男が笑う。

「こっちはまだ暖かいだろうが」

 確かに男たちの生まれた場所からすると、この辺りはまだ暖かい。少しばかり羨ましいほどに。そんな彼に別の男がやはり笑いながら話しかけてきた。

「服がわりぃよ。もっと厚手の服を着てくりゃいいのに」
「そうだぜ。服は厚いほうが安全ってな」

 鎧を配布されなければ、個人で所有できるはずが無い単なる農民である彼らからすれば、厚めの服は精一杯準備できる防御力のある服だ。もちろん、武器に対して効果が見込めるかというと疑問ではあるが、それでも無いよりはましという程度に。

「あんまり厚い服は持ってないんだよ……」

 そのしょんぼりとした声に、疑問の声が返る。

「冬はどうするんだよ。真冬にその格好は死ねって言っているのとおんなじだぞ?」

 そうだ。彼らの村のあるあたりは王国でも北の方に位置する。
 その辺りまで行けば冬の寒さは身を切裂くようなもの。寒いと言った男の格好では厳しすぎるどころか、凍え死ぬだろう。

「お前、前は持っていたよな? あのぼろいの」
「……前の奴は弟に上げた。そんで今回の収穫で準備する予定だったんだよ」

 全員が言葉無く、暗い雰囲気で下を向く。実際、その言葉だけは笑えない。農民であり、裕福でない彼らからすれば絶対に笑える話ではない。彼らも同じ状況なのだから。
 声の調子が一段も二段も落ち、暗いものが含まれる。

「……だんだん、きつくなってくるよな」
「……ああ。蓄えも乏しくなってきたし。村のみんなは無事に収穫終わってるかな」
「そうだといいんだけど。難しいんだろうな。村に帰って最初に見るのが腐った果実とか、最悪だもの。今回はそんなことにならないようにしたかったんだけど」
「やっぱ、死んだってことにして何人か隠れるしかないぜ? 幾人かでも男手が村に残ればそれだけでもかなり収穫できるだろうしよ」
「ほんと、それしかないな。でもばれたら厄介だし……」
「厄介じゃすまねぇよ。重税かされるとかだぜ。隣の村でそんなことがあったって言う話を聞いたな」
「でも、今の生活の方が厄介だろうが。戦争で生き残れても村で餓死とか……そんな死に方になりたいか?」
「真っ平ごめんだな。それにこのままじゃ、家族を食べさせられなくなるからな……」
「……嫌だよなぁ。戦争はごめんだよ、ほんと」
「……戦争は仕方ないだろ。それよりも問題は糞どもの頭の無さだ」
「俺達農民は絞れば絞るだけ、税を吐き出すと思ってるんだろうさ。貴族のお偉方は」

 唾を地面にはき捨てるのと同時に、男の1人が押し殺した声で呟く。その言葉には憎悪がはっきりと色付いていた。
 踏み付けられる側からすれば当然の思いだ。
 ここに来た――戦争のために集められたことに不満はあるのは確かだが、国土を守るためであり、自分達の村まで伸びてくるかもしれない戦火を消すためだと思えば、それは我慢できる。しかし、それならば税の軽減や、褒美といったものをくれても良いだろう。そういったことを一切せずに、税は普通に取り立てられれば、何故、こんな苦しい思いをしなくてはならないと思うのも当たり前だ。

 3人のため息が唱和する。
 なんでこんな人生なんだろうと。

「まぁ、だが、少しは運がいいかも知れないな?」
「なんでだ?」
「俺たちが今から行くのは戦場じゃないらしいからな」
「エンリとかいう女を捕縛するためだっけ? ……でも、こんなに人数必要なのか? 女1人だろ?」
「貴族様の軍だから全員連れて行くってことだろ? うちの近くの村の人間じゃないか、ほとんどが」
「ああ、そうだったな。どこかで見た顔が多いと思った」
「つーわけで運が――」

 ――突如として、ごうと風が吹き抜ける。天幕が風の煽りを受け、バタバタとはためく。遠くからは今の風で消し飛ばされた松明に対する不満や、驚きの声が上がっていた。

「……すげぇ、突風だったな」

 思わず、風が通り過ぎていった先を見つめる。無論、風に姿や形があるわけではない。条件反射の1つのようなものだ。そんな自分を笑い、男はぼさぼさになった髪をてぐしで整えながら友人に声をかける。
 しかし返事が無い。
 どうしたのかと見てみれば柵の向こうを真剣な顔で眺めている。それも2人そろって。
 柵の向こうに広がるのは草原である。歩きながら見ていたが、当然そこには何も無かった。何かあったらお喋りなんかしてられなかっただろう。では、どうしたのか。
 男は疑問を感じながら、友人の視線の先を追う。そして男も硬直した。
 自分が気づかれたと知ったのだろう。それは片手を上げ、軽い挨拶を投げた。

「ちわーっす」

 女の声。
 こんな草原のど真ん中に、いつの間に現れたのか。
 村娘が1人。垣根で作ったバリケードからさほど遠くない場所に立っていた。
 月明かりの下、その姿ははっきりとわかる。
 確かに可愛らしいが、それほど美人というわけでもない。村の中では上位という顔立ちだ。服装は大したものではない。トータルとして判断するなら、単なる村娘だ。
 遭遇した場所が場所なら。

「おいおい……」

 農民から徴収された兵士からすれば、決してありえない光景だ。こんな村から遠く離れた場所に村娘が1人なんて。
 人間の生活圏内であり冒険者が巡回していたって、獣やモンスターがさまよっている可能性が非常に高い場所に、村娘が1人でいるわけが常識的に考えてあるはずが無いのだ。
 武装していれば腕に自信があるのだろうと、100歩は譲れるだろう。しかし、その村娘は武装なんて何もしていない。単なる麻の服だし、ナイフすら帯びているようには思えない。

 モンスター?
 そんな考えが浮かぶ。村娘の格好をしたモンスターではないかと。そしてその疑問を氷解する

「どうもっす。血塗れのエンリっす」

 ひょいと手を上げ、挨拶を行ってくる奇妙な女。その女――エンリの言った意味が頭に染み込んでくる。
 エンリという名前、それは自分たち――いや、貴族様どもが捕らえると言っていた人物の名前ではないか。そんな人物が何をしにこんな場所まで?
 疑問が嫌な予感に変化していく。そしてエンリの言葉はそれを肯定するものだった。

「いやー。私を捕まえたいってことなんで、先に来たわけっすよ。ちなみに捕まりたくは無いんで、ぶち殺させてもらうっす」

 にっこりと笑顔を浮かべる。
 月明かりによって生じる顔の明暗によって、その笑みは異常なほど不気味に見えた。

 だが、相手は1人。こちらは1000人。まだ勝算はある。そんなことを思い浮かべた男をあざ笑う様に、エンリは口を開く。

「ちなみに――」

 どこにいたのか。エンリの後ろに醜悪で捻じ曲がったようなゴブリンたちが姿を見せる。
 数にして30体。全員が真っ赤なとんがり帽子を被り、鉄の靴を履いている。そしてその手には手斧。月明かりを浴びて、青い光を放っているようだった。

「――1人ではないっすよ。アインズ様にお願いして創造してもらったレッドキャップっす」
「敵襲!! 血塗れのエンリだぁああ!!」

 友人の絶叫。それに合わせて男も叫ぶ。

「ここだ!! 血塗れのエンリとモンスターだぁああ!!」
「さてと、もう少し派手にいくっすか。《ブロウアップフレイム/吹き上がる炎》」

 ボンという膨らんだものが弾けるような軽やかな音と共に、一気に野営地が明るくなる。
 物見やぐらの1つが炎上し、巨大な松明のごとき輝いているのだ。上の部分から燃え上がった人間が落ちていく。

「こっちだぁああ!!」

 驚愕しながらも男たちは叫び、エンリから離れるように動き出す。
 元々戦意は皆無に等しかったうえ、あれほどの光景を見せられればもはや戦う意志はまるで無かった。魔法使いというのは彼らからすると、理解できない力を持った存在であり、武器が効くとは思わない存在である。
 何が運が良いのか。
 ほんのちょっと前の自分達に唾を吐きかけ、男たちは逃げながら繰り返し叫ぶ。正直、来てくれる人間が自分達の盾になってくれれば、なんていう思いを抱きつつ。

「血塗れのエンリが魔法をつかったぞぉおお!!」
「こっちだぁぁあああ!」

 そんな男たちを笑顔で――しかしながら冷酷な輝きを放つ瞳で眺めながら、彼女は顔を数度なでる。そして仮面が外れてないことを確認すると、レッドキャップに冷酷に命令を下す。

「行け。そしてあらかた刈り取って来い。ただし出来る限り死体は綺麗な状態で残しておきなさい。アインズ様が回収して実験に使うということなので」
「畏まりました」

 レッドキャップの一体がだみ声で答えると、ゆっくりと野営地に歩き出す。

「……あらかたっすよ? 幾人かは血塗れのエンリが二度と狙われないように、情報を流してもらうんだから生かして逃がすっすよ?」

 レッドキャップたちは全員が頷き、いっせいに走り出す。その口からは殺戮への歓喜の声が漏れ出ていた。

「……うーん、ほんと全員殺されないっすかね?」

 立て続けに起こる悲鳴と断末魔の叫びに、彼女は僅かに懸念を抱く。しかしそれが杞憂だったと分かったのは7分後だった。
 その時には野営地には血に沈み、ほうほうの態で逃げ出すたった10の影があるばかりだった。



 1000人を超える人間が、たった30体のモンスターに殺されつくしたのだ。
 たったの7分間で。
 向かってくる人間ばかりではなく、逃げまどう人間も、隠れようとする人間もいる中、その短い時間で殺しきれるのは、まさに冗談のようであった。どれだけ彼我の戦力に差があるというのだろうか。

「血塗れのエンリにふさわしいっすね」

 目の前に並んだ、真紅の帽子を被るレッドキャップを眺めながら、独り言を呟く。
 並んだものたちの帽子から漂う濃厚な血の匂い。それに満足げに目を細めた。

「うんじゃ、お前達はこの辺で警戒をしてるっす。野生動物に持っていかれたりしたら勿体無いっすからね。じゃ、私は先に戻って回収を要請するっす」

 レッドキャップ達が深く頭を下げるのを確認すると、女は草原を走り出した。目的地は当然、ナザリック大地下墳墓である。
 女は当初は2本の足で走っていたのだが、月明かりの下、その姿はゆっくりと4つ足の生き物へと変わっていく。
 ほんの数秒にも満たない時間の経過後、やがて狼と呼ばれる生き物が草原を疾走するのだった。



 ■



 3日後――早朝。
 朝日が大地を照らし出す時間帯。
 カッツェ平野といわれる場所にも、太陽はその慈悲を与えていた。カッツェ平野は赤茶色の大地が掘り返されたような新鮮さを持ち、草木はあまり生えないという景色がかなりの範囲で広がる場所である。
 夜にもなれば、そして太陽が出ている時間帯もアンデッドのモンスターが蠢く場所でもあり、危険な地として広く知られる場所でもある。

 そんな平坦な場所に、どんと目立つ巨大な建築物があった。
 周囲はしっかりとした大木が、周囲を拒絶するような頑丈な壁となっている。壁の向こうには無数の旗が揺らめく。その中で最も多いのはやはりバハルス帝国の国旗だろう。
 それが無数にたて昇るのも、当然である。ここが帝国の――6万もの騎士たちを駐屯させる地なのだから。

 今回の出兵に関して帝国が動員した騎士の数は6万。それが全て収まるだけの駐屯地といえば、それがどれほど広大かは説明の必要が無いだろう。
 本当に見事なつくりであり堅牢な要塞と言っても過言ではないような見栄えを持つ。
 しかもところどころの大地が盛り上がり、攻められても容易くは落ちないような堅固な作りとなっている。これは平野の中にこのような地形がたまたまあって、それを有効活用して要塞を作り出したのではない。この大地の盛り上がり自体が、魔法による土木作業の結果だ。

 流石にこれは魔法使いを国家の柱の1つにしている帝国でも、この地に到着して一週間では出来ない作業である。
 大地の盛り上がりは、数年間の帝国の侵攻での蓄積の結果だった。何度も何度も同じ場所に駐屯地を作り、魔法による土木作業を続けた結果ということだ。

 そんな要塞の建造という結果に対して、王国が何の対処も見せなかった理由は、単純にこの駐屯地に攻め入るようなことが一度も無かったため、無駄な労力をかけまいという理由からだった。盛り上がった大地を魔法の力を使わないで戻すとなると大きな工事になるし、するとなると出現するアンデッドにも注意を払わなくてはならない。
 そうなると、黙認してしまった方が金銭的な出費が少ないためであった。

 そんな巨大な駐屯地の上空を、3騎のヒポグリフが飛んでいた。それらは大きく円を描くように舞いながら、ゆっくりと降下を始める。騎士であれば誰も知る、皇帝直轄の近衛隊の1つ『ロイアル・エア・ガード』の儀典式降下である。
 つまりは帝国の使者の到着を示す降下の仕方である。

 やがて3騎のヒポグリフは背に乗せた者と共に、駐屯地の一角に舞い降りる。
 そこには既に10人の騎士たちが待ち構えていた。帝国から来た使者を迎えるための人数としては妥当な数だろう。

 ヒポグリフの背から1人の全身鎧に身を包んだ男が降り立ったとき、待っていた騎士たちの顔に驚きが走った。
 ヘルムを外しているために、その端麗な顔が表に出ていたために誰か即座に理解できたのだ。いや、被ったままでもわかっただろう。その特徴的な鎧を見れば。

 かすかな風にそよぐ金の髪に、深い海を思わせる青の瞳。屈強な意思を感じさせる引き締まった唇。騎士としてこうであれという典範のような男だった。
 その男を知らない騎士は誰もいない。何より、その男の全身鎧を知らないものがいるはずが無い。希少金属であるアダマンティンをもって作られ、さらには強力な魔法によって魔化された鎧。それほどのものは帝国でも数えるほどしか存在しない。
 その鎧を着るものこそ、帝国の騎士の最高位に立つ者の1人。

 彼こそが帝国最強の4騎士の1人、『激風』ニンブル・アーク・ディル・アノックである。

「将軍の方々は今どちらに?」

 涼しげな、それでいてピンと伸びた声で寄ってきた騎士にニンブルは問いかける。

「はっ。本日王国との戦争を行うということで、こちらには代表しましてカーベイン将軍が向かって来られております」
「そうか……。それで辺境侯は既にお着きかな?」
「いえ、辺境侯はまだこちらにはお見えになられてはおりません」
「了解した」

 安堵のため息がニンブルから漏れる。その辺りで新たな登場人物がその場に姿を見せる。

 完全に髪を白く染めた壮年の男であり、穏やかな雰囲気をかもし出している人物だ。
 着ているものは騎士たちと同じ鎧ではあるが、あまりその人物には似合っていない。その男はどちらかといえばもっと貴族風の格好のほうが似合っているといえた。
 数名の警護を引き連れてきたその男は、どんな人間でも地位の高さを感じ取れる。

「ニンブル、良くぞ参った」

 破顔すると騎士というよりは、品の良い貴族というイメージがより強くなる。声色も穏やかなものであり、こんな戦場の匂いが強い場所にいるのが嘘のようでもあった。

「カーベイン将軍」

 ニンブルは略式の敬礼でそれに答える。

 ナテル・イニエム・スァー・カーベイン。
 もともと平民でありながら、その才を認められ先代の皇帝に取り立てられた、第2軍の指揮官である将軍である。個人の武勇は無いに等しいが、堅実な指揮官としてその名は高く、戦えば決して負けることは無いといわれる名将である。そのためもあって指揮する第2軍の士気は非常に高い。
 実際、カーベインの連れて来た騎士たちの、一挙一動にはカーベインに対する敬意が見え隠れしていた。

「今回の遠征の最高指揮官である、将軍に出向いていただき感謝の言葉もありません」

 帝国軍は第1軍から第8軍まであり、その軍ごとの最高責任者は将軍という地位に就く。そして第1軍の将軍が大将軍という軍全てに対する指揮官となる。
 その第1軍――大将軍がいない場合は、その次の順番が若い軍を指揮する者が統括へと就任する。つまりは今回の場合は第2軍の将軍であるカーベインが最高責任者ということだ。

「いやいや。ニンブル。そう畏まらなくても良いよ。君も陛下のご命令でここには来たのだろ? ならば別に私の指揮下に納まるわけではないんだ。対等にしてくれて結構だよ」

 そうはおっしゃられましても、そう言いながらニンブルは苦笑いを浮かべた。
 軍の最高責任者は皇帝であり、その下に大将軍がつく。カーベインはその下、つまりは第三位の存在だ。
 では帝国最強といわれる4騎士はどの程度の地位に就くのか。
 皇帝よりの直轄命令を遂行する場合が多い4騎士は権限だけで言えば、将軍と同格のものを有することとなる。しかしながら、年齢や経験、貫禄。そういったもので負けているというのに、対等での対応というのも外部がいないところでは難しい。

 そのニンブルの困り顔を好ましく見ていたカーべインは微笑む。

「いや、無理を言ったかな? ただ、軽い気持ちで任務に当たってくれたらと思ったんだがね。さて、ではおしゃべりもこれぐらいにして本題に入ろう。ニンブル、今回ここに来た理由は何かな?」
「はい、大した理由ではございません。今回の任務は辺境侯にお会いして陛下からの手紙を渡すのと、辺境侯の戦闘を目に焼き付けるのが任務です」
「おお、辺境侯か。それで質問なのだが、侯は一体何時ごろお見えになるのかな? すでに王国の軍勢はゆっくりと陣形を整えつつある。もう少ししたら開戦だ」

 辺境侯が戦端を開く。
 それは遠征前に、ジルクニフより命じられたことの1つだ。
 それと納得しがたいことが1つ。

 場合によっては辺境侯の指揮下に入れ、だ。

「なぁ、ニンブル。辺境侯とは一体、何者なのかな?」

 カーベインは前から思っていた疑問を口にする。
 それはカーベインのみならず、帝国である程度の地位を持つ者であれば誰もが思う疑問である。

 アインズ・ウール・ゴウン辺境侯というのは何者なのか。

 帝国は現在、貴族の力を削ぐために様々な手段を用いていた。今回の遠征だって、費用の大部分を支払うように命じたりもしている。そうやって真綿で首を絞めるように行動している。
 そんな中、まるで時間の流れを逆行するように、辺境侯という新たな――それも最高位といっても過言ではない地位を与えてまで招き入れた人物。
 噂では強大な魔法の力を有し、莫大な力をも兼ね備えるという。その強大な魔力に引かれ、フールーダはその地位を捨てて、弟子になったという。

 無論、これらカーベインが聞く話は真実なのか、偽りなのかは全くの不明だ。唯一フールーダがその地位を降りた。そして弟子になったという話のみは事実だという。

「…………」

 ニンブルはそれには答えようとはしない。重要機密に関すること、周りでニンブルの様子を見ていた騎士たちはそう判断する。しかし観察眼に優れたカーベインは、ニンブルの沈黙が恐怖と困惑に彩られたものだと見て取った。

 帝国4騎士の1人が怯える相手。

 それはどのような存在か、カーベインには想像も付かない。いや、もしかしたら自分の観察や推測が間違っていると判断した方が、理解できるというものだ。かの4騎士が恐れているなんか、自分の勘違いだとした方が。

 カーベインが色々と考えていると、1人の騎士が向かって走ってくる。
 鎧胸部に刻まれたエンブレムはその騎士の地位、そして高さを示している。それからすると1人で走ってくるほど低い地位のものではない。

「将軍!」
「どうした? 何かあったのか?」
「はっ。辺境侯の旗を立てた馬車が一台、門の前に到着されました。いかがなさいますか?」

 カーベインはチラリとニンブルを伺う。それに対してニンブルは1つ頷いた。

「わかった。すぐに通せ」
「はい。それで……中の確認は行いますか?」

 例え中に誰が乗っていようと、駐屯地に確認無く入ることは出来ない。通常は魔法による検査などを行って、幻術による返信などではないかという確認をするのは基本だ。その辺りがしっかりとルールとして確立しているのが、魔法使いを国家の柱として管理育成している帝国ならではだろう。
 そこからすれば、辺境侯を検査するのも当然であり、通常なら言われずにすべきことだ。では何故、この騎士はわざわざ問いかけに来たのか。
 カーベインは再びニンブルに視線を送る。それに対する答えもやはり予測のとおりだった。

「将軍。辺境侯は重要な人物。決まりというのは知っていますが、何卒、そのようなことなく通していただきたい」
「……その必要は無い。何よりもすぐに、辺境侯を通すんだ」
「はっ!」

 騎士の返答。そこには安堵の色があるのをカーベインは感じ取る。騎士を動揺させる、そんな馬車が来たというのだろうか。カーベインは怖いもの見たさの、好奇心が湧き上がるのを押さえ込めない。
 そして特別な扱いをするほどの相手だという辺境侯に対する好奇心もまた強まっていた。


 一台の見事な馬車がゆっくりと先導されるように、カーベインたちの方に近寄ってくる。それから目をそらさずに、ニンブルが言葉を発する。

「皆様。最敬礼でお願いします」

 何? という表情がカーベインたちの顔に浮かんだ。帝国の法律上、辺境侯の方が地位は高いかもしれない。そして確かに今回場合によっては指揮下に入れという命令を受けている。
 だからといって将軍よりも上の地位をそのままに軍隊に含めてしまっては、指揮権の混乱が必ず生じよう。だからこそ戦場において最敬礼というのは滅多にされないこととなる。騎士が自分の指揮官が最敬礼をしている光景を目にした場合、その人物がより上位の指揮官だと勘違いするだろうから。
 それが戦場の暗黙の了解である。
 にも関わらず、要求されたのは最敬礼という皇帝を迎え入れる、最上位の礼儀を示せと言うのだ。

 あまりにも納得がいかない言葉だが、ニンブルの表情や態度を見ていれば、好きでしろといっているのではないという理解は出来る。つまりはそういった対応をすべき人物だということ。それに皇帝の命令である指揮権の委譲に絡んだ話なのか。

「皆、最敬礼を行うように」

 カーベインが命令することによって、混乱していた騎士たちに安堵が生まれる。命令ならば従えばよいのだ。そこに自分の考えは必要ない。ニンブルの安堵を横目で見ながら、カーベインはヘルムを外し、最敬礼の準備を取るように指揮する。
 全員がヘルムを外しその顔を外気に晒していると、ゆっくりと馬車が一行の前で止まる。

 カーベインたちの前で止まった馬車は、見事という言葉しか生まれない。
 恐らくは帝国内でもこれほどの立派な馬車はそう無いだろう。細かな装飾に、よくわからない飾りが突き出していたりしている。多少ゴテゴテしていると言えるが、それは元々平民であり、もらっている金銭に対して質素な生き方をしているカーベインだからこそそう思ったのだろう。貴族辺りならば、また別の感想を抱いたに違いない。
 それでも辺境侯の財力が桁外れなのだろうという、その一端を目にした思いだった。

 御者は確かに異様だ。これなら騎士が緊張したのも分かると、カーベインは頷く。
 御者として座るのは、全身真紅のフードを纏った存在だ。その下は一切見えないし、こちらに一瞬たりとも目を送ってこないのが、異様な雰囲気をかもし出す。
 人間というよりはもっと別の――ゴーレムとかの可能性があるような、身動きの少なさだ。

 そうやって全員で観察をしていると、馬車の扉が開き、最初に1人の人間が降り立つ。その人物を見たカーベイン、そして騎士たちは驚きの表情を隠しきれなかった。

 それは老人。
 かつては純白のローブは今では漆黒へと変わり、クリスタルを思わせる輝きを放つ数珠を首から提げている。手にした杖からはピリピリとした魔力の波動のようなものがカーベインたちの皮膚を叩く。両手に大き目の宝石をはめ込んだ指輪をそれぞれにして、黄金の輝きをもつ手甲に身を包んだ者。
 その人物を見間違うことは決してありえないだろう。帝国が世界に誇る最高の魔法使い。そして辺境侯の弟子となり、主席魔法使いの地位を降りたとされる人物を。
 フールーダ・パラダイン。
 歴史に名を残すだろう最高位の魔法使いだ。

 確かにカーベインも――ある程度の地位の騎士であれば、フールーダという魔法使いが辺境侯の下に付いたというのは耳にしている。しかし、ここで会うとは正直思っていなかったのだ。
 自分たちが幼かったころから帝国に仕えてきた、帝国のかつての重鎮中の重鎮。例え戦場において――そして役職を蹴り、辺境侯の弟子となった現在では、地位は将軍の方が上だとしても感情までもは付いていかない。

 そんな驚愕に支配されたカーベインたちをフールーダは無視し、馬車に声をかける。

「師よ、着きました」
「ああ、わかったぞ、弟子よ」

 中から声が返り、ゆっくりと姿を見せるものがいた。

 格好はフールーダに似ている。
 漆黒のローブ、豪華ではあるが装飾が派手ではない程度に抑えられた杖、銀の輝きに宝石をはめ込んだネックレス。ただ、その顔は奇怪な仮面に覆われていた。
 そして何よりも目を引くのはその両手。
 左手のガントレットは悪魔のような邪悪な生物からもぎ取ったようだった。黒を基調に禍々しい形状を取っている。捻じれた様な棘が突き出し、指先は鋭利に尖る。金属だと思われるのに、奇怪な分泌物を排出しているような薄汚れた輝きがあった。目にするだけで魂から否定されるようなおぞましさが、全身を走り抜ける。
 それに対して右手は純粋無垢な少女を思わせた。純白を基調に、すらっとした形状を取っている。金の奇妙な紋様が全体に走っているが、それすらも美しさを高めるための装飾になっていた。目が奪われるとはまさにこのことだ。絶世の美女を前にしたように、魂が吸い込まれそうだった。

 カーベインは即座に悟る。いや、頭で理解するのではなく、魂で感じ取ったのだ。
 これが皇帝が警戒する魔法使いだ、と。
 この人物だからこそ最敬礼が必要なのだ、と。

 周囲にいた騎士たちが、氷柱を突き刺されたような寒気に身を震わせる。遠めで様子を伺っていた者たちが、息を呑む。
 戦争が始まるという熱気が一気に掻き消え、熱の篭った喧騒が一気に無くなっていくようだった。

 たった1人。
 仮面で顔を隠した貴族がたった1人姿を見せただけで、温度が一気に数度は下がったような、身の毛も凍るような冷気に襲われたのだ。
 戦場であっても、どんなモンスターと対峙しても、どんな強者と面と向かっても恐怖しない者たちが、親に叱られる子供のような頼りなさをその身に宿したのだ。

 静まり返った中、タラップを降りる音がやけに響く。いや、動物的な本能が、その存在をしっかり捉えておかないと逃げられないと判断し、全神経を集中させているのだ。

「人間なのか……」

 誰かの呟き、それがやけに大きく聞こえる。
 だが、その場にいた全ての人間が、その小さな風が吹けば消えるような声に同意する。姿を見せただけで動物的本能を強く刺激してくる者が人間であるはずが無い。

 アインズがゆっくりと大地に降り立ち、前に掛かったマントを跳ね除ける。漆黒のマントがバサッという音とともに広がり、まるで黒翼が展開されたようだった。

「よ、よこ、ようこそお出でいただきました、辺境侯」

 ニンブルがひざまつき、頭を垂れる。その声は震え、明確に恐怖を物語っている。
 そう。帝国最強とされる4騎士の1人が怯えているのだ。しかし、それに対して何か特別な感情を抱く者はいない。なぜなら自分達だってそうなのだから。

 辺境侯。
 今まで帝国に無かった地位に座る者。
 強大な魔力を有し、フールーダですら頭をたれる大魔法使い。

 その言葉を誰もが充分に、心の底いや魂の底から理解できた。

「……皆様、最敬礼を」

 頭を下げたままのニンブルの静かな声に引っ叩かれる様に、ありとあらゆる者たちが慌てて跪く。カーベインも騎士も。その場に来たわけではない者たちも、たまたま目にしてしまった者たちも、そうしなくてはいけないという緊張感を持って。
 静まり返った場所に、仮面でくぐもった声が響く。

「……ご苦労、頭を上げよ」

 しかし、誰も頭を上げようとはしない。
 静寂が響く中、再び声が聞こえる。

「頭を上げよ。というよりも立ち上がって構わない」

 その声に含まれた微妙な感情に、全員が一斉に頭をあげ、立ち上がる。その様は弾かれたように、という言葉が相応しい様だった。

「私がアインズ・ウール・ゴウン辺境侯だ。今回は色々と面倒をかけるがよろしく頼む」

 頼むという雰囲気の一切無い、抑揚の無い声。しかし、それも当然ではないだろうかという思いが、その場にいた一同の心に浮かぶ。
 そんな中、ニンブルが口を開いた。

「……ようこそおいでくださいました。ゴウン辺境侯」

 ニンブルをアインズはしげしげと眺め、それから隣にいるフールーダに問いかけた。

「……フールーダ。あれは?」
「はっ。帝国最強とされる4騎士の1人。『激風』ニンブル・アーク・ディル・アノックです」
「最強?」
「無論帝国での、です」

 かすれたような笑い声が上がる。

「フールーダ。我々ナザリックも帝国の一部だぞ?」
「おお、申し訳ありませんでした。それを考えるならなんと評価してよいのか……。そうですな。単なる騎士です」

 侮辱であった。しかし、ニンブルは何も言わない。悔しいという感情すら起こらない。
 当たり前である。
 あのナザリック大地下墳墓の強大さを見たもの、そして仮面の下の素顔を見るものとして、何かが言えるはずが無い。ただ、これは激風の心がへし折られたとかではない。
 象に綱引きで人間が負けたからと言って悔しがる者がいるだろうか? イルカに水泳で負けたからと言って腹を立てるものがいるだろうか? 
 敗北は当たり前のことなのだ。
 ニンブルが何も言わないのは認めているからである。

 人間という種では、アインズ・ウール・ゴウンに勝てるはずがない。
 ニンブルが知る限り、最も人間としての高みにあった大英雄――フールーダはアインズの足元に身を投げ出した。それほどの存在に、人間が勝とうと思うのは思い上がりと言うのだ。

「……ジルクニフには言っておいた方が良いな。せめてもう少し良い格好をさせてや――」
「――師よ」
「どうした? フールーダ」
「あの者の武装は帝国で作られる武装では最高峰のものであり、これらを凌ぐものはございません」
「……ジルクニフもあまり魔法には金を回していないのかな?」
「――辺境侯。それぐらいにされたらどうでしょうか?」

 緊張感が一気に増した。
 その言葉を聞いた全ての者――アインズとジルクニフを除き――の額に脂汗が滲む。

 死んだ。
 そうカーベインは思う。
 自分は死ぬ。それでもジルクニフに忠誠を尽くす身として、訂正を要求しなくてはならない。

「貴殿の地位は重々承知しておりますが、共に戦うべき戦友に向ける言葉ではないと思うのですが? それに陛下は充分な金銭を回しております。もしそう思われるのであれば、今までの最高責任者がしっかり働いていなかったからではないでしょうか?」

 カーベインはフールーダにそれとわかるように視線を送る。
 はっきりとした皮肉だ。お前の弟子が無能ではないかという。ここまで言ってしまえば激怒は裂けられない事実であろう。しかし、それでも自分に対して何かをすれば辺境侯に対する皇帝の武器となるはず。
 そういう忠誠心がカーベインの恐怖を押さえ込む。

「……共に戦う?」

 不思議そうなアインズの言葉に、カーベインは僅かに眉を潜める。
 正直言えばそこに食いつくかという疑問だ。何故に皮肉に関して何も言わないのかと。

「何故、私がお前たちと共に戦わなくて無くてはならないのだ?」
「というのはどういう意味なのでしょうか?」
「まず、私が戦闘の口火を切るということの許可をもらっているのは知っているか?」
「……それは陛下から聞いていますが?」
「ならば共に戦う必要はないだろう?」

 言ってる意味がわからない。
 両者が疑問に満ちたとき、フールーダが横から声をかける。

「わが師はこうおっしゃているのだよ。師の軍勢だけで終わらせるから、帝国軍の必要は無いとね」

 空白が生まれる。
 あまりにもあまりな言葉だ。

 王国は20万の兵を動員している。それに対してどれだけの軍勢を用意しているというのか。
 動揺したカーベインを無視し、ニンブルが丁寧に懐から紙の手紙を一通取り出す。封をしている蝋の上には皇帝の印が押されたものだ。

「辺境侯。陛下よりお手紙を預かっております」

 アインズはそれを聞くと、片膝を大地に付ける。
 それはあまりにも自然であり、ある意味美しいとも言えるような流れだった。

 その臣下の礼に驚いたのはニンブルのほうだ。正直、まさか礼儀を見せるとは思っていなかったのだ。
 当たり前だ。あれほどの力を持つ存在が、あれほどの部下を揃える存在が、本気で人間である皇帝に忠誠を尽くすと思えるだろうか。傲慢かつ軽んじた態度で手紙を受け取る姿しか、通常はイメージできないだろう。
 それにあれほどの高位の地位に座す者が、こうも自然に臣下としての礼儀を示す姿が似合いとは思えなかったのだ。
 4騎士の1人バジウッドからの話で、アインズという人物が英知を持つ者だとは聞いていた。つまりそれだけではなく、礼儀作法も完璧なのだろう。
 動揺したニンブルにアインズは問いかける。

「読み上げないのか?」

 ニンブルは己が思いに囚われていたことに気づく。

「失礼しました。ですがこれは陛下から辺境侯への友情を込めたお手紙とのことで、私にそれを開封する権利は有しておりません」
「それを先に言って欲しかったな」
「た、大変申し訳ありません!」

 立ち上がりながら不満をもらすアインズに、ニンブルは謝罪をする。
 これは確かにニンブルが悪い。皇帝からの手紙と聞き、場所が戦場であれば、それは重要な意味をもった命令書であると考えても可笑しくは無い。そうであればよほどの非常事態以外、皇帝に対する礼儀を示すのは道理である。
 そのアインズの臣下としての礼儀を示した姿は、カーベインや騎士に好ましい印象を強く与えた。恐怖が強かった分、傲慢さを感じさせた分、重要なところでは敬意を示す。立派な姿を取れる人物だという像が頭に焼きついたのだ。

 普段悪いことをする人間が、ちょっと良いことをすると実は良い人なのではと思われる理論である。

 アインズは立ち上がると、ニンブルより手紙を受け取り、それを開くことなく無造作に懐に入れる。その行為にニンブルは不思議そうに声を上げた。

「読まれないので?」

 じっとアインズはニンブルを眺める

「な、なにか?」
「……う、む。まぁ、なんだ。友からの手紙だというなら、時間のあるときにゆっくりと読めばよいかと思ってな」
「なるほど。それも道理だとも思われます」

 横からカーベインが口を挟む。
 友達として戦争に来たのではなく、辺境侯として戦争に来たというならば納得のいく答えだ。

「なかなか分かる者だな。フールーダ? それと先ほど言い過ぎたようだな。私は帝国の貴族になってまだ間もない。あまり帝国内の魔法技術まで詳しくは知らなかったのだ」
「い、いえ。こちらの方こそ失礼な口を叩き、誠に申し訳ありませんでした」
「ふむ? 何か失礼なことを言ったか?」
「……!」

 なんと度量の大きい人か。
 カーベインは正直感心する。まさか自分の弟子のかつての地位を忘れているはずが無いのだから、その程度は自らの言い過ぎでの謝罪に含まれるという意味だろう。

「フールーダ、御仁は何か失礼なことをいわれたかな?」

 その問いにフールーダは微笑みで答える。師の寛大な言葉を理解し、その意志に副うように答えた。

「いえ。何もございませんでした」
「――感謝いたします、辺境侯」

 それに対してアインズはなんでもないと手を振る。何も無かった。そう言いたげな態度で。

「ん? んん、まぁ、そちらがそうしたいというなら、そういうことにしておこう。ではこれから戦争の準備に入りたいのだが、私の軍を呼ばせてもらいたいのだが構わないかね?」
「勿論ですとも、辺境侯」カーベインは返答は朗らかかつ好意に満ちていた。「しかし、今からということはこちらに到着されるのは何時ごろになられるのかな? 時間が掛かるようなら他の将軍達にも話しておかなくてはならないので」

 アインズは頭を傾げる。

「……その前に戦争の手順はどうなっているのかね?」
「王国との戦争は時間指定の上での戦争ですので、ある意味決闘に近い形を取っています。今回であれば、戦場で両軍の将がまみえ、最終勧告を行います。その後に戦闘開始ですね」
「なるほど……その最終勧告には私は関係ないのだろ?」
「そうですが、もしお望みでしたら同席されても問題はないかと思います」
「……いや、それには及ばない。私の役目はたった1つ。王国軍に先制攻撃を仕掛けることだからな。さて、それだけ聞ければ充分だ。さきほどの質問に答えさせてもらおう、将軍。到着は今だ」
「どういう意味でしょう、辺境侯?」

 疑問に満ちたカーベインの質問を無視し、アインズは魔法を唱える。それは当然《メッセージ/伝言》である。

「――シャルティア。《ゲート/異界門》を開け、そして私の兵をこちらに呼ぶのだ」アインズの仮面の奥の瞳が、カーベインを見つめる。「さて、将軍。悪いのだが、私の軍を駐屯地に入れてくれないかね?」

 たびたびの怪訝そうな顔をしたカーベインに何かが繋がるような感覚とともに、声が響く。物見台に立つ、魔法使いのものであり、《メッセージ/伝言》を使った緊急時の伝言手段だ。

「カーベイン将軍! 後方より軍勢を確認しました!」

 カーベインはその言葉を聞くと、アインズに視線を送る。ただ、恐らくはとは思うが、それでも確証を得るために問い返すことにする。

「どこの軍のものだ?」
「旗は……辺境侯のものです! と、突然、黒い穴のようなところから出てきております!」

 黒い穴? 少しばかり疑問が浮かぶ。しかし辺境侯の軍勢が来たというのに、門の前で押し留めるのは良い判断とはいえない。それどころか本人がここで自分の軍を呼ぶと言って許可を申請しているのに、留めていては侮辱と取られる可能性だってある。

「なるほど……では門を開けて招きいれよ」カーべインは視線を門の方に動かす。「一体いかほどの人数かな?」
「お、およそ300ほどです」

 少ない。カーベインはそう思う。帝国が6万、王国は20万。それからするとあまりにも少なすぎる数だ。
 カーベインはアインズのゆったりとした姿を横目で見る。
 この人物が300しか呼んでこなかったのはなんらかの理由があってのことだろう。
 門がゆっくりと開いていく中、カーベインはそう判断する。

 門が開き――

 ――すべてが静まり返った。
 戦場という場所での興奮なんかはどこかに飛んでいった。ただ、異様な空気と重い沈黙が全てを支配する。まるで静けさという音が一気に広がっていくようだった。
 聞こえるのは何も知らないものの声だけであり、その光景を知る者には静寂しかない。
 騎士たちのヘルムから覗く目は、釘付けだった。

 それは今、もっとも噂になっている謎の新興貴族。
 アインズ・ウール・ゴウン辺境侯の軍。数は少ない。確かに300ほどだろう。ただ、それを笑ったり侮ったりできるものは、駐屯地にはいなかった。


 それは異様な軍だった。
 白と黒のコンストラクトというのだろうか。
 白――それは3メートルはある人骨の集合体。無数の人骨が連なり、形どるものは首の伸びた4足の獣――ドラゴン。それがゆっくりと歩を進めてくるのだ。
 その上には黒――身長が2メートルは越える騎士が乗っていた。左手には体を3/4は覆えそうな巨大な盾――タワーシールドを持ち、右手にはフランベルジェ。巨体を包む黒色の全身鎧は、血管でも走ってるかのように真紅の紋様があちらこちらを走っていた。
 手綱無く、騎士は下のドラゴンと意思を結んでいるかのように、乱れない行軍を続ける。

 下のドラゴンに似た形状をしたアンデッドの名は、騎士たちも知っていた。
 これは騎士たちが帝国領内のモンスター退治も任務と与えられるからだ。
 勝てる敵と勝てない敵の見極め方は重要であり、帝国領内で出現したモンスターの知識を充分に理解することは生存につながる。そのために騎士たちは座学も求められている。厳しい指導の中で得た知識の中に、そのアンデッドモンスターの名があった。
 決して勝てないから手を出すな。そのモンスターは監視に留め、優秀な冒険者を即座に雇うように。
 そういう評価をされたモンスター――スケリトル・ドラゴン。
 では上に乗る恐ろしき存在は何か。

 それが1体であれば、ここまでの沈黙は無かっただろう。
 その死人の軍勢の数は――300。

 数は少ないものの、一騎当千を地で行くような恐るべき軍勢である。

「私の軍だよ、将軍」

 騎士たちと同じく絶句したカーベインに、アインズは楽しげに紹介した。
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