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オーバーロード:前編 作者:丸山くがね
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絶望

 そこでは狩る側と狩られる側が逆転していた。



「オオオオァァァアアアア!!」

 ビリビリと大気が震える。それに合わせ眼前の化け物――デス・ナイトが一歩前進した。
 我知らずに2歩後退してしまう。
 鎧が小刻みに震え、カチャカチャと耳障りな音を立てる。
 両手で構えた剣の先も大きく揺れる。無論1人ではない。デス・ナイトの周りを囲む、18名の騎士のすべてからだ。
 誰1人として逃げ出さない。それは勇気があるからか? 
 それは違う。目の中に入れておかないと怖いのだ。一瞬でも目を離した瞬間持っている剣で切り裂かれる。それが生物が持つ直感でどうしようもなく理解できるのだ。

 ガチガチという歯がぶつかり合う音がそこらかしこから聞こえる。

 ロンデス・ディ・グランプは己の信仰する神への幾度かになる罵声を呟く。恐らくこの数十秒で一生分以上の罵声を飛ばしただろう。神が本当にいるならまさにいまこそ現れ、邪悪を消去すべきではないか。何故、敬遠なる信徒であるロンデスを無視するのか。

 神はいない。
 そんな戯言を囀る無心者を馬鹿にしてきたが、本当に愚かだったのは自分では無いだろうか。

「ひぁあああ!」

 箍が外れたような甲高い悲鳴が辺りに響く。円陣を形成していた騎士の1人が圧倒的恐怖に耐えかね、声を上げながら後ろを見せて逃げ出す。
 何かの線が切れれば、ギリギリと音が鳴るほどまで引き絞られた緊張感は、一気に崩壊へと流れるだろう。普通ならそうだ。だが円陣を構成する騎士の中に1人も共に逃げようとする者はいなかった。

 黒い風がロンデスの視界の隅で巻き起こった。 
 逃げ出した騎士は元いた場所より3歩目を歩こうとして、おぞましい音を立てた後2つに分かれる。
 右半身と左半身に別れ、大地に転がった。噴きあがった血が騎士を切り裂いた存在を濡らす。臓物の酸っぱいような臭いが周囲に広がり、ピンク色の内臓がどろりと断面からこぼれ落ちた。

「クゥウウウ」

 フランベルジェを振り下ろした姿勢で、血を浴びたデス・ナイトの目が細まり、高く唸った。

 喜悦の声――。
 喜んでいるのだ。ロンデスの仲間を殺し、その血を浴び――。
 腐り落ちかけた人の顔でもそれぐらいは読み取れる。デス・ナイトは楽しんでいるのだ。

 自分達よりも絶対的上位者――殺戮者がそこにいた。

 ロンデスは救いを求め、視線をわずかに動かす。
 そこは村の中央。広場として使われるその場所の周りに、ロンデスたちが集めた40人弱の村人たちがおびえた表情でこちらを伺っていた。何かあったときに使用される、ちょっとだけ高くなった木でできた質素な台座の後ろに子供達を隠し。
 幾人かは棒を持っているが構えてはいない。あまりの怯えのため、握っているのが精一杯なのだ。 


 ロンデスたちはこの村を襲撃した際、四方からこの中央に集まるように村人を駆り立てた。
 空になった家は家捜しをした後で、錬金術油を流し込んでから焼き払う。地下の隠し部屋はこういう村にはよくあるのだから。
 村の周囲には馬に乗ったままの騎士が4人弓を構え、警戒に当たっている。仮に村の外に逃げたとしても確実に殺せるようにだ。近くにある障害物が多い大森林に逃げるという方法は村人だって当然考えることだろう、だからこそそちらの方面には騎士を2人配置してある。
 虐殺は多少手間取ったりもしたが順調に進み、村人の生き残りを順調に一箇所に集めつつあった。

 集めたら後は適度に殺して、幾人か逃がして終わり――そのはずだった。

 ロンデスはその瞬間を覚えている。
 強烈な印象を与えたあの光景。

 遅れて広場に逃げ込もうとした村人の1人を、後ろから切りつけようとした仲間の騎士――エリオン。彼が中空に舞ったのだ。何が起こったのか、あまりに非常識すぎて理解できなかった。
 全身鎧――魔法によって軽量化されているといっても10キロ。騎士として鍛えられた成人男性の体重が80キロ。最低でも90キロ近い重量の存在がボールのように浮かんだのだ。
 エリオンは7メートル以上吹き飛び、地面に落ち、それからピクリとも動かない。

 そしてエリオンがいた場所に黒く巨大なものがいた。エリオンを吹き飛ばした巨大な盾をゆっくりと下ろしながら。

 それが絶望の始まりだった。

 最初は怯えながらも切りつけた。
 しかしその身をまとう鎧には、相手の攻撃や盾の防御を幸運にも抜けて切り付けても、傷一つ付かない。
 それに対しデス・ナイトは剣を使わずに、盾で遊ぶように――いや事実遊びながらロンデスたちを吹き飛ばした。死なない程度の強さでだ。
 ロンデスも一撃だけ吹き飛ばされた。そのときの痛みがわき腹から呼吸をするたびに上ってくる。

 デス・ナイトが剣を振るったのは2度。
 逃げようとした騎士がいた場合だ。
 最初に逃げようとしたのはリリク。気立ての良い――でも酒癖の悪い男が一回の瞬きの間に、四肢をそして最後に頭を切り飛ばされた。
 そのときの疾風といっても良いだけの動きで、頭ではなく心で理解できてしまったのだ。
 あのデス・ナイトが本気を出せば、全員で四方に散っても追いつかれ殺されると。

 死ぬしかない。
 兜の下に隠れて見えないが、皆が皆同じことを考えているだろう。

 辺りに響くすすり泣く声。成人した男達があまりの恐怖に子供のように泣いているのだ。

「神よ、お助けください……」
「神よ……」

 幾人から嗚咽に混じって呟くように聞こえてくる。ロンデスも気を抜くと、跪き、神へ祈りとも罵声ともしれないものを送ってしまいそうになる。

「き、きさまら! あの化け物を抑えよ!!」

 引きつるような声がした。音程の狂った賛美歌のような耳障りな声。
 それは真っ二つにされた騎士の――デス・ナイトの直ぐ傍にいた騎士が上げたものだ。あまりの声質の変化にそれが誰か分からなかったが、あんな口調で喋る男は1人しかいない。

 ……ベリュース隊長。
 ロンデスは眉を潜めた。

 性質は1言で表すならカスだ。
 娘が逃げていくところを下種な欲望を感じ追いかけてみたら、父親だろう村人ともみ合って、助けを求める。引き離してみれば、八つ当たりの感情で村人に何度も剣を突き立てるような――そんな男だ。
 だが、国ではある程度の資産家で、この部隊にも箔を付ける為に参加した、隊長なんて言葉はこいつのためにあるんじゃない。それぐらい隊でも嫌われている。

「俺は、逃げるぞ! こんなところで死んでいい人間じゃない! おまえら、時間を稼げ! 俺が逃げる時間を稼ぐんだ!」

 誰も動くわけが無い。当たり前だ、今はどうすればあのデス・ナイトが自分を目標にしないか、頭を下げて嵐が通り過ぎるのを待つような状況。特に好かれてもいない男のために命を懸けるものか。

「ひぃいいい!」

 デス・ナイトがゆっくりとベリュースに向き直る。
 あんな近くで叫べただけ大したものだ。以外に肝っ玉が据わっていたのか? ロンデスはあまりにも暢気なことを考えてしまう。

「かね、かねをやる。200金貨! いや、500金貨だ!」

 かなりの大金だ。だが、それは500メートルの高さの絶壁から飛び降りて助かったら金をやるといっているのと同意語だ。
 誰も動こうとはしない。
 いや、たった1人。半分だけ動いたものがいた。

「オボボオオォォオオ……」

 左右に分かれた騎士の右半身だけが動き出し、口から血の塊を吐き出しながら、ベリュースの足首を掴んだのだ。

「――おぎゃああああ!!」

 ベリュースの絶叫。周囲を取り囲む騎士、その光景が見えていた村人達の体が引きつる。


 モモンガ――アインズならば驚くほどのことではない。
 従者の動死体<スクワイア・ゾンビ>。
 デス・ナイトの剣による死を迎えたものは永遠の従者になるという。ユグドラシルでは、デス・ナイトがモンスターを殺した瞬間、同じ場所に殺したモンスターと同レベルのアンデッドが出現するようシステム上設定されている。
 ユグドラシルというゲームを知っているものなら何でもない光景だが、何も知らないものからすれば悪魔の所業だ。


 ベリュースの絶叫が止み、糸が切れたように仰向けに崩れ落ちる。気を失ったのだろう。デス・ナイトは無造作にベリュースの横に立つと、その漆黒の具足をベリュースの胸に下ろした。
 その足にすさまじい力が掛かっていくのがはたから見て理解できた。留め金がはじけとび、金属の鎧がミシミシと悲鳴を上げる。

「――お、おおぁぁあああああ!」

 苦痛で意識を取り戻したベリュースの絶叫――。

「たじぇ、たじゅけて! おねがいします! なんでもじまじゅ!」

 両手で必死にデス・ナイトの具足を除こうとするが、胸から生えたかのごとくピクリとも動いていない。

「おかね、おあああ、おかねあげまじゅ、おええええ、おだじゅけて――」

 金属の悲鳴が止み、木の枝をへし折るような軽い音がいくつも響き、それから周囲に血が飛び散った。ベリュースの声は無論、途切れた――。

「……やだ、やだ、やだ」
「かみさま!」

 その光景に錯乱したように悲鳴が騎士の間からいくつも上がった。逃げたいがその瞬間殺される。でもここにいたら死より惨いはめになる。思考は回転し、体は動かない。

「――落ち着け!!!」

 ロンデスの咆哮が悲鳴を切り裂いた。時が止まったような静けさが生まれる。

「――撤退だ! 合図を出して馬と弓騎兵を呼べ! 残りの人間は笛を吹くまでの時間を稼ぐ! あんな死に方はごめんだ! 行動開始!」

 騎士は一斉に行動を開始した。白紙になった頭に命令が入ったことによって、それだけを考える脳になったがゆえの完璧な行動だ。これほどの一糸乱れぬ動きは二度と出来ないだろう。
 連絡を取りあうための笛を持ってきている騎士の数は3人。現在、この場に来ているのは1人。この1人を守らなくてはならない。
 数歩下がった騎士が剣を放り捨て、背負い袋から笛を取り出し始める。

「オオオオァァァアアアア!!」

 それに反応するようにデス・ナイトが駆け出す。――目標は笛を持った騎士。何をしようとしているのか理解している、それは充分な知能があって行動だ。

 漆黒の弾丸は飛ぶかのごとく肉薄する。何人もその前に立ちふさがれば弾き殺されるだけだ。それは誰の目から見ても当然のごとく映る。しかしながら騎士達はその前に壁となって立ち塞がろうとした。恐怖をより強い恐怖が塗りつぶして動いているのだ。

 盾が振るわれ、騎士の1人が吹き飛んだ。
 剣がきらめき、騎士の1人の上半身と下半身が分かれる。

「デズン! モーレット! 剣で殺された奴の首をはねろ、早くしないと化け物になって蘇るぞ!」

 名を呼ばれた騎士が慌てて殺された騎士の元に向かう。

 再び盾が振るわれ、騎士の1人が吹き飛び、上段から振るわれた剣が受けた剣ごと騎士の体を2つにした。
 ロンデスは漆黒の暴風が眼の前に駆けてくるのを殉教者の心で待ち構える。

「おおおお!!!」

 そしてフランベルジェが振るわれ、ロンデスの視界がくるくると回る――。
 眼下に頭を失い、崩れ落ちる自らの体があった――。

 それと時同じく、角笛の音が高らかに響き渡った――。



 村の方角から聞こえてきた角笛の音にアインズは頭を上げた。
 つい色々と確かめるのに夢中になりすぎたようだ。アインズは反省しつつ、腹部に突き刺さった剣を無造作に引き抜く。その行為に痛みは無い。
 抜けた剣の刀身に血も何もついて無い。未使用品状態だ。
 これは上位・ダメージ無効――データ量の少ない武器や低位のモンスターの攻撃による負傷を、無効化にする特殊能力の働きによるものだ。ユグドラシルではレベル40程度のモンスターの攻撃までしか防げないので、役に立たない特殊能力だと判断していたが、この世界ではどうやら別だ。

「昔は恒常的にダメージを10点減少させる能力の方が羨ましいとか言っていたくせにな」

 現金なものだ。まぁ、それこそ人間っぽいともいえる、が。

 アインズは自らの骨に皮がこびりついたような手を見下ろし、それからその手をアイテム・ボックスに入れた。出したのはマスク。顔をすっぽりと覆うタイプの兜ともいっても良いマスクだ。
 泣いているような、怒っているようなそんな形容しがたい彫刻が、装飾過多なぐらい彫られている。バリ島のランダとかバロンのマスクに似ているといえば似ている。

 これはその異様な外見の割には何の魔力も込められてはいない。逆にデータを入れることが出来ないイベントアイテムだ。何のイベントだったか、クリスマスだったか、バレンタインだったか。
 マスク名は嫉妬マスク。
 開発元メーカー、狂ったか? という旨の書き込みで2chのユグドラシル・スレッドが埋め尽くされたことがある一品だ。それを被る。

 次にガントレットだ。そこら辺に転がってそうな無骨な作りであり、取り立てて特徴というものは無い。
 名称はイルアン・グライベル。アインズ・ウール・ゴウンのメンバーが遊びで作り上げた外装の小手だ。能力は単純に筋力を増大させるだけの働きだ。
 別にこの小手を選んだのに理由があるわけではない。目的はたった1つ、自らの骸骨じみた手を隠すためだ。

 本来なら幻影魔法を使えば良いのにアイテムで身を隠すのは、幻影なんかであなた方を騙したわけではないという、単純なものだ。ようはこちらの装備を外させなかったあなた方が悪いという言い訳を作るためのものである。
 無論、こんなものは屁理屈にしか過ぎない。騙された、騙されてないは個人の観点からなるもので、個人の主義主観しだいでいくらでも変わるものだ。だが、時折こんな屁理屈が身を守ってくれるのも事実だ。……嫌われることも多いが。

 何はともあれ、これで外見的には邪悪な化け物から邪悪な魔法使いにレベルダウンだ――恐らく。
 スタッフをどうするかと迷い、そのまま持っていくことする。別に邪魔にはなるまい。


 何故、いまさらになって姿を隠すようなことをするのか。
 それはアインズは考え方を間違えていたのだ。
 ユグドラシルというゲームに慣れたアインズにとってはこの外装の外見など恐ろしいものではない。だが、今いるこの世界の住人にとっては恐怖を呼ぶものだったのだ。
 慣れていて気づかなかったとはいえ、大きな失態だ。正直、今から考えれば非常に愚かだったと断言できる。なんでそこに気づかなかったと。
 見られて生き残っているのがあの少女達だけでよかった。

「しかし神に祈りを捧げるぐらいなら、虐殺をまずしなければ良いだろうに」

 無神論者だからこそ言える台詞を吐き捨てつつ、指を組み祈りを捧げる格好の騎士の死体からアインズは目を背けた。

《フライ/飛行》

 中空にアインズは軽やかに舞い上がった。そして――

 ――デス・ナイト、まだ騎士が生きているなら、それぐらいにしておけ。利用価値がある。
 受諾したような雰囲気が頭の中に伝わってくる。

 作成したアンデッドと無線のように命令ができるとはいたれりつくせりだ。

 角笛の音がした方角に向かって高速で飛行する。風がばたばたと体に吹き付ける。90キロぐらいは出ているだろうか。ユグドラシルでは出ない速度だ。ローブが体に纏わり付き少々わずらわしい。

 上空から村の中を見渡すと、広場の一部の大地が水を吸ったように黒くなっている。そこに複数の死体。よろよろと立っている数名の騎士。そして直立するデス・ナイトだ。
 アインズは息も絶え絶えで、動くことすら億劫に見える生き残りの騎士の数を数える。数にして4。必要数より多いようだが、まぁ多い分なら構わないだろう。

「――デス・ナイト。そこまでだ」

 その声はこの場にあって、まるで場違いのごとく軽く聞こえた。商店に行き、欲しい商品を店主に告げるような軽さ。いや、アインズからすればその程度の認識でしかない。
 殺すように命じたはずだが、多少打ち漏れの数が多かったという程度。殺すだけなら摘むようにアインズなら簡単に行えることだ。誰だって言葉が軽くなってしまうだろう。

 重力のくびきから解き放たれていたアインズは、ゆっくりと地上に降り立った。
 そんな光景を生き残った騎士達はぼんやりと見ていた。危ないところで命が助かった――認識はしているが理解は完全にはできていない。まさに精神的に朦朧とした状態だ。

「はじめまして、諸君。我はアインズ・ウール・ゴウン。ナザリック大地下墳墓が主」

 それに誰も返事を返さない。返す勇気が無いし、返す気力が無い。アインズはしばらく待ってから続けて口を開いた。

「投降すれば命は保障しよう。まだ戦いたいと――」

 剣が即座に地面に投げ出された。それに次々追従され、やがて計4本の剣が無造作に転がった。

「……ふむ、よほどお疲れのご様子。だが、ナザリック大地下墳墓が主たる私を前に頭が高いな」

 騎士達にその言葉に歯向かう気力は無かった。ただ、黙って跪き、頭をたれる。その姿は臣下のものではない。斬首を待つ囚人のものだ。

「……諸君には生きて帰ってもらう。そして諸君の上――飼い主に伝えろ」

 アインズは歩くと、スタッフを持って無い手をうまく使って、跪く騎士の1人の頭からヘルムを剥ぎ取り、疲労しきった顔をまじかから覗き込む。他の誰にも見られないように注意を払いながら、被っていた仮面を微かに外し、その骸骨じみた素顔をさらした。
 何を見ているのか認識した騎士のどんよりと疲労で濁った目に、驚愕の色が浮かんだ。

「この村より北東に2キロ進んだところに草原に囲まれた、ナザリック大地下墳墓という場所がある。私はその主人だ。ゆえにこの辺り一体は私の支配下だ。騒がしくしたら今度は虐殺を行いに貴様らの国まで行くと伝えろ。……理解したか?」

 騎士は震える体で頭を何度も何度も上下に動かす。

「行け。そして確実に主人に伝えろよ?」

 顎でしゃくると騎士達は一斉に走り出す。一秒でもこんな場所から離れたい、そんな必死さが透けて見えた。



「……はぁ。演技も疲れる」

 小さくなっていく騎士達を見送りながらアインズは呟く。
 もし村人の視線が無ければ肩でも回したいところだ。単なる普通の社会人のアインズに偉そうな人物の演技は非常に面倒だ。特にある種の威厳というものがないために、その外見で威圧するしかない。騎士に顔を見せたのもその一環だ。
 自分に腹芸は無理だ。
 だが、演技自体はまだすべて終わったわけではないので、再び別人の仮面を被りなおさなくてははならない。アインズはため息をつきたい気持ちこらえると、村人達の方に歩き出す。
 この血生臭い場所で立っているのはあまり遠慮したい。臭いがこびり付く気がする。人を殺すことも内容物がこぼれる事も平静を保っていられるが、この臭いはなんとなく嫌な気がする。
 幸運だったのは騎士達を逃がしたことに村人が異を発さなかったことか。

 ――スクワイア・ゾンビを片付けておけ。

 頭の中でデス・ナイトに指示を出しつつ、アインズは村人達の方に近づく。
 距離が狭まるに連れ、村人達の顔に混乱と恐怖が交じり合うのが分かった。視線がおどおどと彷徨い、デス・ナイトに引きつけられ、逸らされる。

 騎士達を逃がしたことに関する不満が出なかったのはもっと恐ろしい存在がいたからか……。それにあまり近づきすぎると逆効果か。
 そう考えたアインズはある程度の距離を置いて立ち止まり、口調を優しく、親しみを込めて口を開いた。

「さて、無事かね?」
「あんたは……」

 村人の代表者らしき人物が口を開く。その最中、後ろにいるデス・ナイトから決して目を離さない。よほど驚愕的な光景を目にしたのだろう。アインズは仮面の下で軽く笑いながら、返答を口にする。

「この村が襲われていたのが見えたのでね、助けに来たものだ」
「おお……」

 ざわめき。だが、そんな中にあってもまだ懐疑的な色が集まった村人からは消えない。

「……とはいえ、ただと言うわけではない。村人の生き残った人数にかけただけの金をもらいたいのだが?」

 村人達は皆、お互いの顔を見合わせる。金銭的に心もとない、そういわんばかりの顔だ。だが、懐疑的な色は薄れた。金銭を目的に命を助けたという世俗的な狙いが、ある程度の疑いを晴らしたのだ。人は自分が理解できるものならまだ心を開くことができるという現れである。

「い、いま村はこんな状態で――」

 アインズはその言葉を手を上げることで中断させた。

「その辺の話は後にしないかね? さきほどここに来る前、姉妹を見つけて助けたんだ。連れてくるから待っててくれるかね?」 

 あの二人に口止めをお願いしなくては。
 村人の反応を待たずにアインズはゆっくりと歩き出した。

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