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オーバーロード:前編 作者:丸山くがね
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会談-1


 ナザリック大地下墳墓第9階層。
 そこはそれまでの階とはまるで違う、王宮をも凌ぐような煌びやかな通路が広がる。そんな御伽噺に出てきそうな通路に満ちる荘厳にして豪華な雰囲気に、まるで相応しくない足早な歩運びを行う者が2人いた。
 そんな性急な動きをする者がいれば、当然のように非難の目で見られるか、叱責されるであろう。この地はナザリック大地下墳墓を支配する、至高の41人といわれる神たる者たちの自室がある場所。それほどの崇高なる地に相応しくない行為が許されるはずが無いのだから。NPCでなく、単なるシモベであれば死が与えられる可能性だってある。
 そんな場所ではあったが、誰一人として叱責しようとする者はいない。

 それどころかそれらの人物を視認すると、今まで通路を巡回に当たっていたコキュートス配下の兵士達――ノコギリクワガタにも似た姿を持つ親衛隊、守護騎士<ガーディアンナイト>が、壁際に寄った。そのまま直立不動の姿勢を維持しながら、自らの前を2人が通り過ぎるのを待つ。

 NPCのメイドたちも同じことだ。
 通路脇によると、深く頭を垂れ、自らの前を通り過ぎるまでは少しも動こうとはしない。

 誰もが最高の礼を取りながら、忠誠心をあらわにする。
 それは至極当然の理だ。
 大体、その2人の人物を叱咤できるような者がいるはずが無いだろう。いや片方の人物だけならば叱責できるかもしれない。メイド長たるペストーニャ・ワンコであればある意味、同格に近いのだから。しかしもう1人の人物の姿あっては出来るはずが無い。
 その人物が白といえば、ナザリック内では黒ですら白となる。その人物が小走りに移動するのならば、小走りに移動するのが第9階層の正しい移動の仕方となるだろう。

 このナザリック大地下墳墓の主人にして、至高の41人の総括者であるアインズ・ウール・ゴウン。そしてそれに追従する執事であるセバスに、叱咤できる者がいるはずが無い。



 アインズとセバスは慌てながらも会話を続ける。

「アインズ様が直接お出になることもないかと考えますが?」

 数度繰り返されたセバスの発言にアインズは顔を前に向け、足を動かしたまま、何も答えようとはしない。そんなアインズの僅か右後ろに続きながら、アインズの無表情な横顔に浮かんでいるものを読み取ろうとセバスは視線を送る。

 また1つ扉の前――セバスの記憶では至高の41人の1人、弐式炎雷の部屋だ――を過ぎた辺りでアインズはぼそりと告げた。

「……私は会う必要があると考えている」

 アインズたちが急いでいる理由は非常に簡単なものである。

 つい数分前、アインズの元に《メッセージ/伝言》が届いた。それの差出人は地表部にあるログハウスにいるユリ・アルファからである。
 内容は王国の使者が到着し、アインズに会いたいという旨を伝えてきたということ。
 かなりの時間待っていた王国サイドからの接触に、アインズはそれまでの行動を中止して慌てて動き出した。ここで下手を打って全てがご破算になってしまっては目も当てられないから。
 ただ、あまりにも準備が足りてないのは事実だった。
 流石にこの素顔のまま出るわけにも行かないし、服装だって整っていない。アイテム・ボックスにも礼服のようなものは入れていない。
 それらの理由のためにセバスをつれて自室に急いで戻っているというわけだ。
 本来は指輪――リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの力を使って転移を行えば良いのかもしれないが、残念ながらアインズの自室にはタグが無いために部屋への直接転移を行うことは出来ない。そのため、小走りで移動をしているわけだ。

 そんな話を聞いたセバスは、アインズが直接使者に会うという意志を示したことに、そこまでする必要があるのかという思いを消せなかった。

 勿論、セバスだって使者を舐めているわけではない。
 使者が王家の紋章を下げた馬車に乗って来た以上、使者を出迎えるのであればリ・エスティーゼ王国ヴァイセルフ王家の者と同等の扱いをすべきだというのは充分理解している。
 ただ、セバスを不快に感じさせているのは、使者が突然来たことだ。

 早馬が知らせたとかの礼儀を示した上で、使者が来たというのならばこちらも礼儀を尽くす必要があるだろう。しかしながら何も知らせずに、直接乗り込んでくるというのはこちらを下に見ている行為ではないか。
 そしてもう1つ明白な理由があるからこそ、使者は突然来たのだろうとセバスは判断している。それはナザリックには使者を歓迎するだけの力が無い、そう判断されたためだと考えられるからだ。

 それだけ下に見られている中、更に主人であるアインズが直接出向く道理は無い。


「なにゆえでしょうか?」

 再び問いかけてきたセバスに、アインズはやはり視線を向けずに呟くように言った。

「……その質問に答える前に……王都でデミウルゴスをお前のバックアップに出した時の話なのだが……忍がいたそうだ」
「聞いております」
「だったな」

 セバスの返答を聞き、アインズは数度頭を軽く振った。
 王国での一連の問題を終わらせた後、あれから何があったのかという話をナザリックでデミウルゴスから聞いたとき、その横にセバスがいたことを思い出したためだ。

「その忍が現れる前、デミウルゴスは仮面を付けた魔法使いらしきものと戦闘をおこなった。その者の名前は――イビルアイ」

 セバスは何も言わずに頭を一度だけ振った。

「セバス、お前の報告を受けて聞いている。イビルアイという魔法使いは恐らくはお前の直轄メイドに勝つかもしれない人物だったな?」
「はい」

 セバスはアインズに、イビルアイのことをそう報告している。
 イビルアイという人物の外見や、その人物に関するある程度の情報――所属する冒険者集団の名前などと共に。そしてイビルアイが戦闘メイド――50レベル以上からなるメイドたちに勝利を収めかねない存在だと。
 しかしながら今ではその判断が揺らいでいた。
 そんなセバスの自信を失ったような雰囲気にアインズは気付くことなく、話を続ける。

「その報告は受けており、デミウルゴスに伝え忘れたのは私の失策だ。許せ」
「滅相もございません。本来であればあの時デミウルゴスと話す機会があったにも係わらず、伝え忘れた私めが……」
「まぁ、その辺の話はもうよしておこう。デミウルゴスを困らせてしまったしな」

 ナザリックに戻ってきて、デミウルゴスが最初にしたことはイビルアイという情報を流さなかったことへの、セバスに対する嫌味だった。それが蓋を開けてみたら、自らの主人であるアインズが頭を下げたのだ。
 嫌味を主人に言っていたと知ったあの瞬間のデミウルゴスの驚愕した顔。そしてそれに続くしどろもどろの対応。その姿はその場にいた誰もがしばらくは忘れられないだろう。

「話を戻すが――」アインズは肩越しにセバスを見る。「――疑問に答えてくれるか? ……セバス、お前の感知能力は別に相手のレベルが分かるわけではないのだろ?」
「はっ。漠然とどの程度かというのが理解できるだけです」
「なるほど……そうなるとやはり謎だな」
「何がでしょうか?」
「簡単だ、セバス。お前のその感知能力はどこまで当たっているのかだ」

 セバスは表情に混乱の色を僅かに浮かべた。自らの主人が何を言いたいのか掴み取れなかったからだ。

「数値としてレベルが判明するなら兎も角、漠然とした感知というのならば、確証があるわけではない。セバスの判断が間違えている可能性は充分にあるわけだろ?」
「確かに……絶対とは言い切れません」

 セバスには1つの不安があった。あの時、デミウルゴスの戦いを詳しく聞いていたときに思った疑問だ。

「ただセバスの感知能力が当たっている可能性も充分ある。それがイビルアイという存在だ」
「……しかしながらイビルアイは《ドラゴン・ライトニング/龍電》を自信を持って放ったという話。もしかすると私の感知が外れているのかもしれません」

 セバスは僅かに視線を伏せ、答える。
 これがセバスの不安である。
 例えば直轄のメイドの1人であるナーベラルはスペルキャスターであるが、彼女は第8位階魔法までを行使できる。それから考えれば第5位階程度の魔法に自信を持つイビルアイはどの程度か。
 単純な計算では戦闘メイドには遠く及ばないだろう。しかしセバスはイビルアイは戦闘メイドに匹敵すると判断している。これは大きく食い違っているではないか。

「いや、それは早計だな、セバス。……デミウルゴスの支配の呪言を防いだ段階で、イビルアイが精神系無効のアイテムを所持しているか、それともなんらかの防御魔法を使用したか、はたまたは40レベル以上の存在だということが確定する。そうなるとセバスの判断は間違ってない可能性が出てくるわけだ」

 精神系攻撃全般を無効にするアイテムはかなり高レベルだ。確かに支配のみとか、魅了のみとかの精神系攻撃それぞれに応じたアイテムは大したレベルではない。しかし、デミウルゴスという存在を知らずに、ピンポイントで支配系精神攻撃対策をしていたとは考えにくい。
 では40レベル以上だとしたなら第5位階魔法に自信を持つ理由はなんだというのか。

「と、仰いますと?」
「確かに使用した魔法はたかだか第5位階程度の――雑魚い攻撃魔法だが、デミウルゴスと近接戦をおこなった際に拳を使ったというのが引っかかるのだ」
「それは?」
「ああ。イビルアイは攻撃に武器――ダガーとかを使うのではなく、己の拳を使った。それは拳に自信を持っていたからに違いないだろう」

 セバスは大きく頷く。
 まさにその通りだ。幾らなんでも刃物を使わないで拳を使ったのだ、それなりの自信がなければ出来ない行為だ。

「そうかと考えられます」
「ここから想定するに私はイビルアイは、スペルキャスター兼モンク職を修めていると判断している」
「おお!」

 セバスは驚きの声を上げる。
 確かにその考えは正しい気がする。そこまで自らの主人はちょっとした情報からそこまで深く考えて、予測していたのかという感情を込めて。
 その声にアインズは気分を良くしたのか、舌はより一層回転を早めた。

「……それで最低40レベルを超えているのだろう。そしてセバスの判断が正しいなら幾らなんでも40レベル程度の存在に直轄のメイドが負けるはずは無いだろうから、最低でも同程度の50レベルぐらいはあってもおかしくは無いというわけだ」
「なるほど!」
「私はな、イビルアイは60レベルはあるのではないかと判断している」

 突然の飛躍だが、先ほどと同じようになんらかの根拠があるのかと、セバスは判断しその先を待つ。

「その理由というのをお聞きしても?」
「構わないとも」アインズはふふん、と自信を持った口調で続ける。「デミウルゴスが遭遇した忍だ。忍は60レベル以上のシーフ系クラスから取るのが普通だ。それがいるということ。そして支配の呪言を無効化したイビルアイという存在。そこから考えるなら、蒼の薔薇というA+冒険者は60レベル程度の実力者の集まりと考えるべきだろう」

 ナーベラルの情報では、冒険者は同程度のメンバーでチームを組むのが基本だ。そしてユグドラシルというゲームだってそうだ。
 ならばその忍1人のレベルが突出して高いという可能性はよりは、蒼の薔薇全員が同程度の強さを保有していると考えるべきであろう。
 ただ、そんなアインズの断言はセバスからすれば、頭を傾げてしまうものでもあった。

「……お言葉ですが、アインズ様」アインズが何も言わないということに、発言の続きを待っていると知り、セバスは言葉を紡ぐ。「遠目から蒼の薔薇の一行を監視しましたが、それほどの実力者はいなかったように感じました。……無論、私の感知が当たっていればですが」

 セバスが感じ取ったのはイビルアイのみが突出して強いというもの。他の蒼の薔薇のメンバーはそれほどの力を感じ取れなかった。
 僅かにアインズの歩く速度が遅くなる。

「そこだ」アインズは考え込むように言う。「そこでセバスの直感がどこまで正しいか不明な点が出てくるのだ。イビルアイは間違ってなく、他のメンバーだけ間違えたということはあるのか?」
「……分かりかねます」
「だろうな。ただ、忍ならセバスの探知能力を誤魔化す手段も有しているのではないか?」
「それは……無いとは言い切れません」

 ユグドラシルというゲームには無かったが、この世界であればそういった技術はあってもおかしくは無い。隠密系のスキルの一環として。
 アインズは内心ため息をつく。シャルティアのシモベであるブレインに軽く話を聞いたが、忍に関して詳しい情報を持ってはいなかった。アルシェに尋ねるという線も考えたが、あれはちょっと勘弁したいとアインズが避けてしまったという経緯がある。

「情報は充分集めたと判断したのだが……穴あきだらけだったとはな」

 ユグドラシルというゲームで培った知識。それとこの世界での知識。それがいまだ完全に1つにならず、乖離しているというのが問題だ。

「そう考えるともしかするとこの世界の人間はこう、某漫画のように気を使って戦闘力――レベルを上昇させたりできるんじゃないか? いや、ナーベラルはそんなことは言ってなかったからA+冒険者とかはというレベルだが」無茶苦茶だと言い切れないところが怖い。「まぁ、いいか。とりあえず、そんなわけで私は蒼の薔薇の一行は60レベルクラスの集まりだと考えた」
「……他のメンバーもですか?」
「そうだ。常時本気を出してないだけという線だってあるだろ?」
「……かもしれません」

 セバスは納得はしていないが、とりあえずは頷く。

「まぁ、そんなわけで。一番最初のセバスの質問である、私が直接使者に会う必要性なのだが、もしかするとだが60レベルの冒険者を保有する王国だ。あまり高圧的に出ても面倒なことになるだけだろ?」
「それは……そうかもしれませんが……」

 アインズの想像が正しく、蒼の薔薇が60レベルの冒険者5人による構成だとしても、正直、ナザリックの敵ではない。守護者1人にすら勝てないだろう。
 しかもA+冒険者は王国に2パーティーだけだ。それから計算すればアインズの考えは、用心しすぎるともいえる。
 セバスはそう考えるが、アインズはより一歩踏み込んで考える。
 忍は60レベルからのクラスだ。それはあくまでも最低レベルであり、実際のレベルはもっと高いことだって考えられるし、王国内部にそれを超える切り札があってもおかしくは無い。
 デミウルゴスには勝てないと判断したのだから100レベルという可能性は無いと信じたいが。
 それでも何が起こるか不明な以上、出来る限り友好的に行動すべきだ。

「まぁ、カーミラという存在がいるという情報。そしてそれに対して私が切り札になりうるという情報だって流しているのだ。無碍な扱いは受けないだろう」

 都市長の近くに送り込んだシャドウデーモンの情報では、都市長はかなり慌てて使者を王都に送ったとアインズは聞いている。それから結構な時間が経過していることを考えれば、アインズという魔法使いの情報は王都に伝わっているはず。
 カーミラという架空のヴァンパイアが強敵だというのは都市長も理解していた。ならばアインズの立場はかなり高いものになっていなくてはおかしい。
 アインズはそう判断しているのだ。

 ただ、セバスは疑問が残る。
 それなら何故、来ることを先に知らせなかったのか、という先ほどの疑問だ。王国にはそういった礼儀的な行動は無いためだろうか。それに60レベル以上というカードを持つなら、カーミラという存在はさほど恐ろしい相手ではないじゃないか、と。
 セバスがそんなことを考えている間にも、アインズの自室の扉は見えてくる。

 扉の左右に立つ2体の昆虫のようなモンスターが、深い敬礼をアインズとセバスに送ってくる。ここまで来てようやく余裕が出来たのか、アインズは軽く手を上げることでそれに答えた。
 アインズは当然だがノックをすることなく扉を開けると、室内に飛び込むような勢いで入っていく。
 続くセバスは深い礼を取ってから、ゆっくりと室内に入り込んだ。

 アインズが一目散に向かったのは衣装ダンスである。
 無造作に扉を開ける。
 そこには無数の服が並んでいた。それらの服をもしこの世界の人間が目にすることがあれば驚嘆しただろう。それほど仕立てが良く、見事な材質で出来たものばかりだからだ。絹などの一般的な材質ではなく、もっと別の物――モンスターに属する獣の毛とか金属糸製品が多かった。
 そして冒険者であればより驚いたであろう。そこに修められた服が、全て魔法の力を放っていることに。魔法の品物ともなれば込められた魔力にもよるが、金額は跳ね上がる。最低レベルの魔力でも50倍は変わる。それを考えれば、それらの服装の値段を瞬時に出せる者はいない。

 アインズは手を伸ばし、両手にそれぞれ違う服を取り出す。適当に取り出したものではあるが、両方ともアインズが日常的に纏っている長いローブである。唯一の違いは込められた魔力が僅かなものだということか。
 それらを交互に見比べると、アインズは頭を振った。

「全く、何が良いのか分からん」

 冠婚葬祭用のスーツというならアインズだって直ぐに準備できるが、王国から来た使者――貴族社会の知識詳しい人間を出迎えるのに相応しい格好とか言われると、そんなの考え付くはずが無い。
 恐らくは恥ずかしく無い格好をすれば良いというのはアインズだって即座に判断が付く。
 では、その恥ずかしくない格好というのはどういう物を指すのか。それは単なる一般人であるアインズに考え付く範疇を遥かに凌駕している事態だ。
 これはアインズが無知なのではない。一般的な人間であれば必要としない知識なのだから。どの世界にファンタジーの世界に転移するかもしれないから、貴族社会に相応しい格好について学んでおく、なんていう奇天烈な思考を巡らせる者がいるというのか。
 アインズの視線は隅のほうにかけられていた紋付と袴に動く。

「地方の伝統衣装とか歴史上での正装。いや魔法使いとしての正装とかと言い張ればいいのかも……」

 それから首を振った。常識的に考えて無理過ぎるだろから。
 それよりはセバスをつれてきた理由に任せるべきだ。

「セバス、どれがいい?」

 アインズは服を前にセバスに問いかける。
 アインズが通常纏っている服装は、ユグドラシルというゲームでの防御能力等を第一に考えた、実用重視のものである。当然、見事なつくりの一品ではあるが、使者と顔を合わせるという状況下において正解なものかは不明だ。そして先にも述べたようにアインズには何が良いのかわからない。
 だからこそセバスである。
 執事という設定にすべてを賭けて、セバスならば的確な格好を提案できるのだろうとアインズは判断したわけだ。

 そしてその賭けは当たる。
 セバスは服を眺めると――

「それよりはあちらの物が良いかと」

 ――セバスは白色を主としたマントを取り出す。普段アインズが着る黒系のローブを考えると、あまりにも目立つ。

「それは……派手じゃないか?」

 アインズはいまナザリックに来ている使者を、新しい取引を持ってもらえるかもしれない会社の社員として考えている。一般人であるアインズにとっては、それが最大限近いイメージなのだ。
 そのために服装と考えて、アインズの脳内に浮かんだ光景は落ち着いたスーツだ。落ち着いたスーツの色というのは言うまでもない。さらに現実世界で黒系や紺系のスーツを着たことはあっても、白色のスーツを着たことは無いアインズはマジで、と言わんばかりに動揺した。
 己のイメージからあまりも掛け離れているために。

「そのようなことは無いかと思われます。相手は使者だということを考えると黒系よりは豪華さを前に出したもののほうが良いかと」
「そういうものなのか……?」

 アインズは自信なさげに頷く。自分のイメージとのあまりの乖離に、何が正しいのかまったく想像がつかなくなったためだ。

「……ならばセバス。服装一式、お前のコーディネイトに任せる」
「畏まりました。ではこの系統を主軸に合うように選ばせていただきたいと思います」
「う……む、頼む」

 執事として、主人の服のコーディネイトを任された。
 そんなセバスの喜びは瞳に、無数の星々となって現れた。
 目をきらきらとさせたセバスから逃げるように視線を動かし、アインズは目を目的無く動かす。なんとなくとてつもなく恥ずかしい格好になるのではと思ったためだ。しかしそれが正しい格好だといわれれば抵抗の余地はない。

「はぁ」

 セバスには悟られないように小さなため息。
 しかしこんな場所でいつまでも時間をかけるわけにはいかない。どのような服だろうが、セバスがそれだというなら着る覚悟が必要だ。そんな風に思っていたアインズは、現実逃避という意味でか、ふとあることを思い出す。

「ああ、そうだ。目は潰しておけ」

 即座に何のことか理解したセバスは、服を選ぶ手を止め、アインズに深く頷く。

「畏まりました。誰に伝えましょうか?」

 アインズの視線が上に動いた。セバスの視線も同じく上に動くが、そこには何も変わらない天井が広がるだけだ。セバスの目では不可視状態の存在を発見することは出来ないから。
 しかし、感じることは出来る。天井に張り付くように存在する複数の気配を。

「エイトエッジアサシン。無傷で捉えることは出来るか?」

 アインズの言葉が届くと、天井に人間大の大きさを持つ、忍者服を着た黒い蜘蛛にも似たモンスターの姿が浮かび上がる。他のエイトエッジアサシンが姿を見せないところを考えると、恐らくはこのモノがリーダー格なのだろう。

「相手にもよります、アインズ様。我らは暗殺の技は長けていますが、無傷となると相手の実力にも左右されるかと」

 アインズは骨だけの顔を顰める。
 エイトエッジアサシンは不可視化を自在に行い、8本の脚に付いた鋭い刃を用いて戦闘方法を行うモンスターだ。特に恐ろしいのは首を狩って一撃死を与えてくること。暗殺者としてはなかなか使えるが、無傷となると微妙になってくる。
 では相手の実力はどの程度か。
 エイトエッジアサシンは49レベルのモンスター。普段であれば問題はないと判断するだろうが、蒼の薔薇という存在への不安がアインズを悩ませる。もしかしたら奴らもかなり強いのではという不安だ。
 では別のモンスターと考えてみても、ナザリックにはシーフ系のモンスターは少ない。エイトエッジアサシン以上に向いている者はぱっとは浮かばなかった。

「うむぅ」

 エイトエッジアサシンが死んだとしても金貨を使うことで、本から呼び出せば良いのだろうが、そんな勿体無いことはしたくない。ナザリックの金貨はあれだけあるが有限だ。これから先のことまで考えると無駄使いはしたくない。

「バックアップ……だな。アウラに伝達。目を潰せ、と。そしてエイトエッジアサシンはアウラの命令を聞いて行動せよ」
「畏まりました。ではこの部屋の警護は?」
「必要ないだろう。私も部屋の外に出るしな。……で、デミウルゴスはまだ戻ってこないのか?」
「まだ戻ってきているという話は聞いておりません」
「だな……」

 王国の使者が来た段階で《メッセージ/伝言》をデミウルゴスに送ったのだが、まだ戻ってくるまでには時間がかかるということだった。
 アインズは顔をゆがめる。
 実際、使者を出迎えるというのは、アインズとしても行いたくない行為なのだ。まず、どんなことになるか想像もつかないし、どんなことを言われるかも不明だ。さらには使者に対する礼儀というものも自信なんかあるわけがない。
 だからこそ本来であればデミウルゴスがいれば任せたかった。そうでなくても幻術などを使用して姿を隠して、アインズの後ろに控えさせて、操り人形のように逐次アインズの次の対応を指してくれればよかった。

 アインズは軽くため息をつく。
 入社試験の最終面接ばりのプレッシャーが押し寄せてきている。精神的なものはほとんど感じないにもかかわらず。なんでこんなに逃げたい気分になるのか。

 デミウルゴスがいないということで最初はセバスに任せるかという考えもあった。王都の時と同じくパンドラズ・アクターに任せるということも考えた。
 しかしながら今回の使者は場合によっては、ナザリックの将来を決める重要な案件を有している可能性がある。ゆえにセバスには任せられなかったのだ。
 必要なのは執事や俳優ではなく、先を見通して方針を決める英知に富んだ存在だ。

 ――絶対、俺の出番じゃないよな。

 そんな言葉はアインズは口の中で殺して外には漏らさない。
 ナザリックの支配者たるアインズに弱音は認められないし、主人が不安を口にしては下の者が動揺してしまうから。
 しかしそれでも言いたくなるときはある。
 今回の使者との交渉が、ナザリック大地下墳墓という仲間たちと生み出した拠点を左右しかねないのだから。

 ――嫌だ。この重圧感。逃げたいぞ。

 しかし誰に頼むわけにもいかない。
 そしてあのスタッフを手に取ったのだ。ギルド長の証を。ならば最善を尽くし、努力するだけだ。

 アインズは瞼もないのに、目を閉じる。外からみれば空虚な眼窟に浮かんだ赤い光が消えて見えた。
 そして再びゆっくりと灯る。

「……準備は終わったか?」

 静かな――覚悟を決めた静かな声がセバスに投げかけられた。
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