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オーバーロード:前編 作者:丸山くがね
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諸国-5


 巨大な水面がその部屋にはあった。
 いや、そこを部屋というのは大きく間違っているだろう。周囲を見渡せば、円筒形の白亜の石柱が立ち並び、細かな装飾の入ったフリーズを持つエンタブラチュアを支えている。
 その神秘的で荘厳な雰囲気は神殿と判断して間違いが無いものがあった。
 床は磨かれた大理石で出来ており、途中から下に向かう数段の階段をえて、水面となっていた。いうなら神殿内にあるプールというところだろうか。プールと言っても、せいぜい10メートル四方程度だ。
 天井部分は無いため、夜空に浮かぶ月が水面に映り、水がまるで碧い微光を放っているかのようだった。そして空から降り注ぐ月明かりが、水面のみならず壁や床で反射し、この場所自体が白い燐光に覆われているようだった。そのために、明かりが無くても眩しいほど良く見える。
 そんな神秘的な場所を僅かな風が、円柱の隙間を抜けて流れていく。

 しかしそんな神秘かつ荘厳な場所ではあるが、無粋な者たちの姿もあった。

 円筒形の石柱の周りには、全身鎧を纏い、剣を下げた者たちの姿があったのだ。ただ、鎧も剣もどれもが充分な機能を持っているが、細かな装飾の施された観賞用じみたことろがある。
 そんな全身鎧の作りのため、確かに無粋ではあるが、神秘性を損なうまでには至っていなかった。いや、そのためにそういった武装で全身を整えているのだろう。
 それに驚くことに、円柱の数の3倍に匹敵する数でありながらも、そこにいた者は全員が女で構成されていたのだ。
 基本的に肉体的な能力は男の方が優れているため、女が兵士として取り立てられることは滅多にない。それなのにこの見た目でもわかる重要な場所に配置される理由。それはたった1つしかないだろう。
 彼女たちはこの神秘的な地に配属された儀仗兵なのだろう。


 この場所――
 スレイン法国。その主なる都市である神都にある6大神殿。その内、水神殿にある神都最大聖域の1つ。
『ティナゥ・アル・リアネス』。『水神の目』の名を持つ場所であった。


 周囲は静寂に満ち満ちている。
 周囲に立つ兵士――スレイン法国では神殿衛兵の名で呼ばれるのだが、彼女達がまるで動かないからこその状況だ。その姿はまるで彫像と勘違いしてしまうほど。全身鎧がすりあう音すらしないのだから、どれほど不動の姿勢を保っているのか。それはまさに賞賛に値するだろう。

 やがて時間は経過する。
 沈黙では無く、静謐という言葉が相応しい場所に一種類の音がした。

 それは素足で石の上を歩く音だ。
 ペタリペタリ。
 そういう音が複数起こる。僅かに神殿衛兵のフルヘルムが動き、聖域に入ってきた人物達に向けられる。

 先頭を立つのは1人の老婆だ。純白の髪に皺だらけの顔。しかしながら単なる老婆ではないのは一目瞭然だ。その目に宿るのは叡智であり、慈愛であり、力だ。
 身に纏った純白の神官衣には魔法文字が組み込まれ、指には強力な守りの力を有した指輪をそれぞれの手に。額には無骨ながら強大な魔力を保有するヘッドバンド。首からは何かの力を込めた聖印を下げている。
 そしてその老婆の直ぐ後ろ。

 そこを歩くのは1人の少女だった。歳は非常に若く、いまだ大人の印が現れていないように思われる。その両目には布が巻きつけられており、その手を2人の若い女性に引かれながら歩いてくる。
 目が隠されているために、その顔立ちを見ることは出来ない。しかしながら非常に整っているようだった。ただ、緊張しているためか、その表情は仮面の如く硬い。艶やかで長い金髪が風に煽られ、月光を反射させる様は光に包まれているようだった。
 額にはまるで蜘蛛の巣のように、頭部を糸で覆うようなサークレット。糸のように見えるのは無数の小粒の宝石であり、サークレットの中心には青い水晶のような大きな宝石が埋め込まれていた。
 纏っているものは僅かに前の開いた布のようなものだ。
 あまりにも薄絹であるために、月明かりを浴びて、その下の裸体がほぼはっきりと浮き上がっている。そんな薄絹を腰の辺りの細い紐一本で合わせているため、風の気まぐれで少女の全てが見えそうでもあった。
 そんな少女が素足で歩いてくるのだ。いや、少女だけではない。少女に付き従うように、同じような格好をした女性たちが入ってくる。
 違うことは目を覆う布が無いことと、年齢がもう少しは上の者もいるということか。いや、もしかしたら先頭の少女こそ、最も年齢が下かもしれない。

 ある意味、男にとっては垂涎の光景だ。だからこそ、この場にいるのはすべて女性なのだろう。
 やがて、老婆はプールの前まで到着する。そしてそれに続く全ての者が立ち止まった。

「ではこれより大儀式を行う。……水の巫女姫を中に」

 目を布で覆っていた少女の手を引いていた女性が、そのプールの中に少女を誘導する。
 少女は何も言わずに水の中に入る。水の中に入ればその温度の差に一瞬、驚くだろう。しかしながらその表情に変化は見られない。それは何が起こるかを知っていたからか。それとも別の理由か。

 腰まで浸かった水の巫女姫といわれた少女をそのプールの中心に据えると、後ろに続いていた者達が続けて入る。
 やがてプールの中に水の巫女姫を中心とした、円形が出来上がった。
 水を吸った服は素肌に張り付く。そのため、もはや全裸と変わらない光景がそこには広がっていた。しかしながら全員何も言わない。水の巫女姫は無表情を。その後に続いた者達はその表情の中に、緊張を隠し持っていた。

「では水の巫女姫にすべての力を集めよ」

 プールの外にいる老婆の声に答えるように、一斉に水の巫女姫の周りの者達が言葉を紡ぎだす。それは聖典の一部。水神に捧げる祈りの言葉だ。

 水面に波紋が起こる。気まぐれな風によって起こっているものではない。まるで水が意志を持ったように規則正しく波紋が生じる。それはまるで水の巫女姫に向かって起きているようであった。
 いや――違う。
 起きているようなのではない。それは水の巫女姫に向かって起きているのだ。

 周囲の女性たちの顔色がゆっくりと悪くなっていく。魔力を消費した際の、魔力欠乏における肉体疲労だ。
 その魔力の流れを感じ、充分だと判断した老婆は、次の指示を出す。

「では、発動せよ。第8位階魔法『プレイナーアイ/次元の目』を」

 大儀式。
 それは集団の魔力をある1人の術者に纏め上げることによって、一時的に膨大な魔力をその身に蓄えさせる手段である。
 周囲の高位神官たちから送り込まれた膨大な魔力。
 それを一身に蓄えた水の巫女の鼻から、一滴の血が流れる。周囲の神官たちから流れ込まれる膨大な魔力を維持しようというのだ。それは己の身を蝕む行為だ。
 しかし水の巫女の表情に苦悶の色はない。

 そして水の巫女は、己の限界を遥かに超えた魔法の発動を行う。

「《オーバーマジック・プレイナーアイ/魔法上昇・次元の目》

 第8位階魔法による占術。

 占うべきは、ナザリック大地下墳墓。その目的はそこにいるという神にも似た姿を持つ存在の調査だ。

 水の巫女の魔法が発動する。
 しかし何の変化も無い。静寂はいまだそこにあり、月明かりが静かに舞い降りている。
 金属のすれるような音が起こる。小さいながらも、多くの者が起こせばそれは交じり合って大きな音へと変わる。それは周りを囲む衛兵の動揺の音だ。
 老婆が不快げな視線を周囲に放った。ただ、老婆もどうしてこのようなことが起こったのか、不安は隠せない。

 本来であれば、像が浮かぶはずだったのだ。
 水の巫女の前に魔法の投射映像が。それが魔法の結果であり、効果なのだから。
 それが何も起こらない。
 今までに行われた無数の儀式の中で、このようなことはない。確かに目標が何らかの魔法的防御に守られたため、黒い映像しか写らないということはあった。しかし何も起こらないということは決してなかったのだ。
 では今回に限って何があったと言うのか。

 その疑問が頂点に達しようとする時、空中に文字が浮かぶ。それを読めたものは誰もいなかった。なぜなら、それは日本語というこの世界ではほぼ存在しない文字で書かれているのだから。それにそれ以上に混乱すべきことがあったのだ。

 ゆっくりと水に身を浸していた神官たちが崩れ落ちる。
 魔力の欠乏から意識の喪失というものは起こりえるもの。しかしながら大儀式でそこまで喪失することは無い。ちゃんと魔力の喪失量まで考えられて、余裕を持ってメンバーの人数は集められているのだから。何より、自分でどれだけ喪失しているというのは感覚として理解できるのだ。幾らなんでも意識を喪失するほど、消費することはありえない。

「手を貸せ! 引き上げるのだ!」

 老婆の声に反応し、即座に幾人もの衛兵たちが駆け寄ってくる。そして一斉に水の中に入りだした。残った衛兵は剣を抜き払い周囲の警戒を始める者が半数以上である。

「そなたらは、直ぐに外にいる神官を呼んでまいれ!」
「はっ!」

 指差された3人の衛兵が走り出す。その頃には衛兵達はプールの中央に広がった、金の花を思わせる水の巫女をまず最初に助けようと、水を掻き分けながら進む。

 老婆は指示が終わると、空中に浮かぶ文字を眺める。もし異界系の魔法使いであれば未知の文字を読む魔法があるので読めただろう。しかし、神官である老婆にはその文字を読むことはできなかった

 しかしながら文字の変化ぐらいは分かる。
 老婆の目が険しいものとなった。


 最初に浮かんでいた文字には『――第2防御結界への攻撃を確認。占術での特定の結果、この地でのナザリックに対する占術の発動を確認。これによりこの場の者をナザリックへの敵対者と見なし、アインズ・ウール・ゴウンは反撃を行う』と記されていたのだ。

 そして変化した文字は『第一攻撃開始。低級悪魔の群れの召喚。起動『ルーンスミス』スキル。ルーン作成技能より《サモン・アビサル・レッサーアーミー/深遠の下位軍勢の召喚》を発動』とあった。


 突如――空中に深遠が出来る。
 ぽっかりとした黒い穴は何処までも何処までも吸い込みそうな、漆黒の色をたたえていた。円というが何処から見ても真円に見えるので、実際は球体状なのだろう。

 その空虚な穴から感じる気配に、手の開いていた衛兵たちは剣を向ける。ただ事ではない、しかしながら神官の回収が終わってない中での撤退は不可能。
 ゆっくりと水面から回収された神官たちを庇いつつ、何が起こっても良いように、穴を囲むという陣形を取り出す。

「水神官副長。お下がりください」
「構うんじゃない。それよりも意識のない神官たちを下がらせなさい」
「はっ」

 水の巫女を1人の衛兵が担ぎ上げると、全力で外に目掛けて走り出す。それを視界の隅に捕らえて老婆――水神官副長は安堵する。これでどのような最悪の事態が起こったとしても、叡者の冠は守られる。
 そのタイミングを待っていたように、球体が変動する。

 まるで球体から産み出されるように、何体も大理石の床に落ちる。ちなみに何体かプールの中に落ち、水しぶきを上げた。

「なっ!」

 誰かの悲鳴じみた、驚きの声が上がった。それに反応し、現れた存在たちも声を上げる。

「ギャギャギャギャ!」

 そんな奇怪な声を上げたのは、子供よりは若干大きい程度の悪魔達だ。
 やたらと大きな頭を持ち、そこには瞼の無い真紅の瞳、鋭い牙がむき出しになった口がある。肉体はやたらと引き締まっていた。鋭い爪の生えた両腕は長く伸びて、床に付いているほどだ。
 肌は死人のように白く、月明かりの下、病んで死んだ死体のようだった。

 彼らはライトフィンガード・デーモンと呼ばれるモンスターたちである。

「この聖域に邪悪なるものたちの侵入を許すとは!」
「討て!」

 衛兵達が走り、ライトフィンガード・デーモンたちに剣を振り下ろす。それを巧妙に避けた悪魔達は反撃に出る。

「な!」
「うそ!」

 デーモンたちと対峙した衛兵たちが一斉に騒ぎ始めた。それは痛みから来るものではなく、どうしようもない混乱からくるものだった。

「鎧が!」

 そんな叫びを上げた衛兵を見てみれば、その着ていたはずの鎧がどこかに無くなってしまっていた。

「――剣が無い!」
「嘘! 聖印が無くなった!」

 起こるのは自分達の所持品が無くなったという叫び。この状況下になれば誰もが答えに行き着く。この目の前のデーモンに盗まれたのだ、と。そう考えればデーモンはその手で攻撃をしてきたはずなのに、一切の損傷を負わなかった。ならばこの悪魔はそういう存在であると考えるほか無い。


 ライトフィンガード・デーモン。その名は『手癖の悪い悪魔』という意味だ。
 ユグドラシルでは初期ではどのようなアイテムでも奪えるという設定であり、ワールドアイテムでも奪えるだけの存在だった。しかしながら運営会社が多くのプレイヤーからの不満のメールをもらったためにパッチが当てられ、自らの同等レベルのアイテムまでしか奪えないという弱体化がされたモンスターだ。
 それでもポーションとか盗んでいくために、不満に思うレベルの低いプレイヤーは多かったが。


「糞! 返せ!」
「指輪! あれは婚約者からもらったものなのよ!」
「というか、なんてものまで盗むのよ!」

 衛兵達が剣で――盗まれていない者は――デーモンを攻撃する。
 ユグドラシルでは最低位レベルの悪魔であり、大した特殊能力を持っていないモンスターなのだが、この衛兵達にとっては強敵だった。
 いや、衛兵達を庇うわけではないが、彼女達も苦しく訓練をこなしてきた者たちだ。ローブル王国の民兵よりも剣の腕は確かだ。それにもし彼女達の裸体を見るチャンスがあれば、その綺麗に割れた腹筋は触りたくなるものがあるだろう。それだけ体も鍛えている。
 しかし、それでもこのデーモンたちには剣は届かない。

 甲高い奇怪な声を上げながら、デーモンが振り下ろされた剣を回避する。しかし、剣の間合いからは決して離れない。そうなれば直ぐに衛兵達も気付く。
 馬鹿にしているのだと。

「くそ!」
「こんちくしょ!」
「ちょっと、ほんと返しなさいよ! あんなもの盗んでどうするのよ!」

 剣が当たったとしても大したダメージを与えることが出来ない。幸運なのはデーモンが衛兵を殺すような攻撃をしてこないことだろう。それを完全に理解し、水神官副長は安堵する。これなら自分が神官たちを守らなくても命に別状は無いと判断して。
 周囲を衛兵に守られていた水神官副長は攻撃に移行する。

「《ホーリーオーラ/善の波動》!」

 水神官副長の魔法の発動と同時に、周囲に善の波動が放たれる。悪の属性を持つ存在に対してのみ効果のある第4位階魔法だ。善の波動がデーモンの体に巻きつくかのように、見て取れるほど動きが鈍った。

「行けるわ!」
「食らえ!」
「というかホント、返してよ!」

 剣が当たりだし、徐々に空気に血の匂いが漂いだす。しかしながら最下級のデーモンとはいえ、モンスターの中では強い部類に数えられる種族だけあって、そう簡単に倒れはしない。
 やがて、デーモンたちが後ろを見せ、走り出す。

「待て!」
「糞!」
「ちょ! まって! ほんと、待って!」

 デーモンたちは驚異的な跳躍を見せ、その虚無の球体に飛び込む。その瞬間、分解されるように姿は消えていく。衛兵達もギリギリまで追ってはいたが、流石にその球体めがけて飛び込むだけの勇気を持つ者はいない。
 衛兵の視線が水神官副長に集まる。老婆は顔を横に振った。

「良い。死傷者が出なかっただけマシと考えなければならん」

 水神官副長の視線が空中に浮かぶ文字に目をやる。その文字はやはり記憶の中のものとは少し変化していた。

 そこに書かれていたのは、『一定時間の経過を確認。第二攻撃へ移行。中級悪魔の群れの召喚。起動『ブラッドメイガス』スキル。サクリファイス・ブラッド技能より――――失敗。必要数以上の味方の死亡が確認されず』という文字だった。

 撤収を指示しながら水神官副長は頭を悩ます。

「……本気で攻撃してくるつもりは無かったのか。はたまたはあれぐらいしか出来なかったのか」

 そして自らの考えを即座に否定する。絶対に後者は無い。
 何らかの手段で第8位階という人間が発動できる最高位の魔法を防いだ存在が、あの程度のカウンターしか出来ないわけが無い。ならばやはり警告の意味と捉えるのが最も正解に近い筈だ。

「つまりはナザリックの主人は第8位階を防ぎ、カウンターとしてデーモンらしきモンスターを送ってだけの力の持ち主か」

 水神官副長はそこまで言うと、心の底から笑う。
 冗談じゃないと。そんな存在がいるかと。しかしながら目の前で起こった事実は決して覆せない。
 慌てて撤収していく衛兵を見渡し、自らの周りで耳を欹てている者がいないことを確認すると、己の思いをしみじみと呟く。

「……神というのもあながち間違いではないのか?」

 話を聞いた時は冗談だと思った話。
 ナザリックの主人が死の神『スルシャーナ』に似た姿をしているという。

「紛争になるぞ? 下手したら大宗教論争になるやもしれんな」

 スレイン法国は6大神を信仰し、それが協調することで組織として、国として成り立っている。いうならそれぞれが別の神ではあるが、同じ目的、同じ方向を向いているため協力できているのだ。ではここで神が1柱だけ降臨した場合はどうなるか。

 下手すれば6つの神殿内での勢力バランスが一気にひっくり返る可能性がある。しかしながら今回あったことを揉み消すことは出来ない。内密にすることが難しいのではなく、これほどの事件を隠した場合の後日起きるであろう問題――それがたまらなく恐ろしいのだ。
 いや、自らの胸の内に収めるのが怖いだけかもしれない。
 神が本当に現れるなら、それは膝を折り頭を垂れるだろう。自らが従うべき存在を前に。
 ただ、相手が『スルシャーナ』に似た姿だというのが恐ろしい。命あるものに永遠の安らぎ、そして久遠の絶望を与える神。そして他の5神よりも強大だとされる神。
 もし本当に――。

 水神官副長はぶるりと体を振るわせる。そして祈りを捧げる。己が神ではなく、死の神『スルシャーナ』に。何卒、神の罰を与えないようにと。



 ■



 ゆっくりと白い輝きの塊が身を起こした。
 それは巨大な存在だった。

 それはドラゴン。
 この世界における最強の種族であり、かつては世界を支配した種である。

 ドラゴンという生き物を見たり聞いたりしたものは確実に爬虫類を思い浮かべる。だが、それこそ間違いなのだ。ドラゴンは猫科の動物に非常に酷似した特徴を持っている。
 筋肉組織、眼球の運動方法、例を上げれば暇が無いぐらいである。
 特に重要なのは数千にも及ぶ筋肉組織から生まれる、その巨体からは想像も出来ないほどの俊敏な動きだろう。鍛えてない動体視力ではドラゴンの動きを視認すらできない。
 全身を満遍なく覆う鱗は鋼鉄よりも硬く、並の金属では刃こぼれするばかりだ。たとえ鱗を貫いたとしても筋肉がその刃物が深く刺さるのを止めてしまうだろう。殴打武器でも同じことだ。筋肉の層にはじかれるばかりだ。
 口から放たれるブレスは前方に存在するものをことごとくなぎ払い、知恵は人間を超え、賢者ですらひれ伏すという。

 そしてそのドラゴンは非常に美しい姿をしていた。白い微光を纏ったかのような体は艶やかに流れ、優雅で気品を持っている。これが本当に最強の種なのか、芸術品なのではと思わせるほどだった。

 ドラゴンは遠くを見る。
 いや感じようとする。その世界が揺らめく様を。

「どうされました? プラチナム・ドラゴンロード様?」

 そんなドラゴンに自らの騎士が声をかけてきた。ドラゴン・センスでその場にいるのは理解しているが、目を向けずに話すのも礼儀に反すると考え、ドラゴンは目を動かす。
 自らの直ぐ脇、そこにいるのはドラゴンが選んだ騎士だ。
 ドラゴンの鱗そっくりな白銀のスケイルメイルで身を包み、長い白銀の槍を携えている。ドラゴンをモチーフに作った鎧姿は、直立するドラゴンのようでもあった。
 誰が知るであろうか。その鎧こそかの13英雄の1人『白銀』という2つ名を持つ者が着ていた鎧であることを。

「いや、なんでもない」

 その瞳に決してなんでもない色を宿しながら、再びドラゴンは目を向ける。
 騎士も同じくそちらの方角に目を向けるが、何も見えない。いや、ドラゴンも何かが見えているわけではないのだろう。そんな騎士の困惑に対し、ドラゴンは説明するように話しかける。

「世界が悲鳴を上げたような気がしてな」
「悲鳴ですか?」

 ドラゴンの知覚能力は桁が違う。ならば自分では決して感知できないようなことを知覚したのだろうと騎士は判断し、それ以上問いかけることはしない。

 ドラゴンは何も言わない。しかしながらこの感覚を昔味わったことがあると、生存本能が騒ぎ立てていた。

 いつ味わったかを思い出すことは容易い。
 なぜなら、あの時の記憶は決して忘却の渦が飲み込もうとはしないから。

 ――8欲王。かつて自らが同族と共に戦った存在。そしてドラゴンの殆どを狩り殺した存在。あの巨大な敵が発動した魔法によく似ているのだと。

 ドラゴンは歴史を思う。
 あの存在たちによって、強者と呼ばれるようなドラゴンは狩りつくされた。ドラゴンロードと今の世で言われる存在は、かつての――500年以上前のドラゴンロードからすれば子供にしか過ぎない程度の力しか持たない存在だ。
 それにワイルド・マジック。
 始原の魔法と呼ばれる世界の神秘を使えるものも、このドラゴンが知る限りでは自らしかいない。
 もしもっと前から組織を組んで戦っていれば勝てただろうか。それはこのドラゴンが500年以上何度も思い返すことだ。

 結論としては勝てただろう。なぜならかつてのドラゴンロードは8欲王にも勝ったのだから。
 確かに1王に対して複数で掛かった。1王を殺すのに、ドラゴン側の被害は十倍は出ただろう。それに8欲王は死んでも復活の魔法で蘇った。
 しかしながら8欲王は蘇るたびに弱くなっていったのだ。もし数が揃えば押し勝てただろう。だが、そうはならなかったのが、事実だ。

 結局世界は犯し、汚された。

 ワイルドマジックは失われ、世界には8欲王が溢した魔法が主となった。


 ドラゴンは長い首を捻り、自らの後ろにある武器に視線をやる。ここに置いて以来、決して誰にも触れさせたことの無い武器を。水晶の刀身を持つ、煌びやかな剣。8欲王が振るい、己が同族を殺しに殺した武器。そしてかの13英雄のリーダーに値する人物が所持した剣。
 かの8欲王の色濃い地にて、祝福を代価として借り受けた一品。
 名を――。

 そこでドラゴンは不思議そうに目を瞬かせた。

「なんと言ったか」暫しの時が開き、ドラゴンは搾り出すように言葉を紡ぐ「……ギルティ武器だったか?」

 無論、それの正否を答えるものがいるはずが無い。ドラゴンはわざとらしいため息を1つつくと、再び、ある方角を睨む。その先――ドラゴンの知覚能力を超えたはるか先。
 そこにあるのはアゼルリシア山脈南端部分、1つの巨大な湖がある場所だった。
+注意+
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