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オーバーロード:前編 作者:丸山くがね
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外伝:頑張れ、エンリさん-5


 草原に隠されるようになってしまった街道を、エ・ランテルの冒険者『旋風の斧』の一行は黙々と歩いていた。
 見通しの良い場所にあっても、隊列をしっかりと組んで歩いているのはある意味、職業病にも似たところがあるのだろうか。冒険者の職業病としては、他には街中でもフル武装で歩いたり、宿屋でも装備を外さないという事が上げられる。
 別段弁護するわけではないが、見通しが良い場所にあっても警戒を怠らないというのは正しい冒険者のあり方でもある。しかしながら遮蔽物の無い安全に思われる街道を、黙々と歩くのは常識的に考えると精神的に辛い。別におしゃべりをしろというのではない。でも警戒しながら進むのは何か間違っているだろうというのだ。
 そして旋風の斧の一行の中でも先頭を進むレンジャーでもある、ルクルットも同じ考えを抱いていた。ルクルットは振り返り、後ろ向きに進みつつ仲間たちに話しかける。

「なぁ、何で一列で歩いているわけ?」
「……何でだろう?」
「……不思議だよね」
「……襲われるかもしれないからな」

 ぴくりとルクルットの眉が動く。だが、冷静を保ちつつ――

「いや、ありえないって」

 ――軽く言うと、ルクルットは周囲を見渡す。広がるのは一面の草原だ。どこにもモンスターの影は無い。

「毎回思うんだけど街中でも隊列を組んで歩くのはおかしくね?」
「……襲われるかもしれないからな」
「わけねーだろ! どんだけ狙われてるんだよ! そりゃ上位になればそうかもしれないぜ? でも俺達大したことねーじゃんかよ!」
「警戒はいついかなるときでも……」

 ドルイドであるダインがそう返答をしつつも、その顔には『なわけないよな』という表情が浮かんでいた。

「するべき時と、しない時ってあるだろうよ! いまどー考えてもしない時だろう?」
「いや、超遠方から飛来したドラゴンが、突如襲撃を仕掛けてくるかもしれませんよ?」

 ルクルットに返事をしつつも、スペルキャスターであるニニャは肉体派ではない。そのためこんなところで余分な力を使いたくないという雰囲気が見え見えだった。

「そりゃどこの糞みたいな物語だ。常識で考えてそんなことがあるのかニニャ!」
「ありえませんね。エ・ランテル近郊にドラゴンがいたとされた話は聞きません」
「だろう?」
「だが……何をしながら歩く?」

 チームリーダーであるファイター、ペテルの言葉にルクルットは僅かに黙り込む。単純に黙々と歩くのに疲れたから不満を言っただけで、その先までは特別考えてなかったからだ。

「そいつは……」
「そいつは?」
「そいつは?」
「そいつは?」

 タイミングをずらしつつ、一斉に問いかける。

「世間話とかでいいじゃないか……」
「今日の天気は晴天ですね、とかですか?」
「暖かい日差しの中、歩いていると眠くなってしまいます。というのも良いかも知れんな」
「……お前達、俺を苛めてるのか?」
「そんなわけないさ、ルクルット。君は良い仲間だったよ」
「過去形かよ! つーか、俺が何をした!」

 ふと静まり返る。その静寂に押されるようにルクルットは呻く。

「こいつ……」
「……個人的には悪い仕事とは思っていませんがね」
「報酬は低いがな」

 その言葉にルクルットは今だ他の仲間たちが不満を抱いているということを知り、顔を引きつらせる。

「お前がこんな仕事を請けたんだろ?」
「いや、悪い仕事じゃないだろ? ちょっとカルネ村とか言うところの様子を見てきて欲しいって……」

 尻つぼみに小さくなっていくルクルットの声に、他の仲間達は冷たい視線を送る。

「報酬は無いにも等しいけどな」
「なんでそんな仕事を引き受けたんだ?」
「水の神殿の司祭の1人に肉感的な美女がいるらしいですよ」

 再び静まり返り、ルクルットを見つめる視線が冷たいという領域を通り越し、極寒というレベルにまで到達する。

「でもよぉ! 報酬は少ないが、恩を売ってると思えば悪くないだろ!」
「そいつは確かに」
「ですね。といっても恩を売るならもっと上位の神官の方が良いと思いますけど」
「……まぁ、しかしカルネ村の話を聞くのも悪くは無いとも思うけどな」
「流石はリーダー!」

 ルクルットの歓声を無視し、ニニャとダインはペテルの話に頷く。
 帝国の騎士がエ・ランテル近郊の村々を襲った。これはエ・ランテルに住むある程度鋭敏な人間であれば、誰でも知っている情報である。
 しかし冒険者にもなればもう一歩踏み込んだ情報を手にするよう行動をする。帝国の騎士ではないのではという噂や、何者かがその襲っていた騎士たちを皆殺しにしたという噂を。
 そしてその仮称帝国の騎士たちはカルネ村で壊滅したという情報だって入手している。その真実や、詳しい内容というのは値を付けることの出来る情報でもあるのだから。

「ついでの仕事だと思えば、大したあれでもないか」
「ですかね?」
「おっと、忘れるなよ? 一応はカルネ村の村長が出している人を募集しているという話の裏づけを取るんだからな」

 ルクルットに冷たい視線を向け、ニニャとダインは重々しく頷く。
 今回の神殿からルクルットが受けた依頼はカルネ村の新しい村人募集が正当なものか、どうかを見てきて欲しいということだ。


 仮称帝国の騎士に襲われながらも、命がなんとか助かった近隣の村人。そんな幸運な者達がどうしたかというと、大半がエ・ランテルに逃げ込んできたのだ。
 村というのは人間と似通ったところがある。そこに暮らす住人を人間で例えるところの、人体を構成する器官だといえば分かりやすいか。もし仮に重要器官を幾つも喪失したら、人間であれば死、村の場合は離散という結果だ。
 そして村を捨てた人間は周辺の村に血族がいるならそちらに。いない場合は都市を頼ってくるのは当然の流れだ。

 それで使われたのが神殿である。身寄りの無い子供や、生きていくすべを奪われた村人。本来であれば行政機関が受け入れるべき者たちを、神殿が代わりに受け入れているのだ。勿論、神殿で住居や新しい仕事を用意できるわけではない。一時的に受け入れて、神殿の仕事を手伝ってもらい、その間行政機関と協力して新しい仕事を見つけ出すという行動を取るのだ。

 ちなみにこれはエ・ランテルのようなしっかりとした都市長がいる都市だから、そうやって動いてもらえるのだ。その都市を管理している貴族によっては、行政機関が全く動かないという事だってあるのだから。


 ではカルネ村のような失ったことは失ったが、まだ村としての形を保てる村は、損なわれた部分をどうするのかというと、募集をかけることで村を再興させようとするのが一般的だ。
 これは当然だ。
 人が減った分、いろいろな面で問題が起こる。村というのは役割分担と助け合いの世界だ。人の数が減ったというのは全体的に層が薄くなったことであり、そこらかしこに穴が開いているのと同じ意味だ。
 そのために早急に人を増やす必要がある。結婚し、出産しでは時間が掛かりすぎる。
 確かに一番早いのは村の合併だろう。だが、これは非常に難しい問題を多く含む手段だ。
 というのも起こりえる問題で最も大きいのは、派閥の争いである。村というのは1つの世界だ。それが合併したからといって直ぐに交じり合う可能性は低い。通常であればいろいろな面で互いを信頼するまでに、軋轢というものが生まれる。下手をすると合併したところで2つの力が村の中で生まれてしまうだけの結果に終わる可能性だってある。
 しかも人数の減ったこの村では逆に吸収される可能性だってある。

 だからこそ、募集。それも1家族、1家族を個別で募集するという方法を取るのだ。


 旋風の斧のメンバーの仕事こそ、この募集が犯罪に触れたり非道な行いに繋がるものではないという確認だ。幾人もの人の人生を左右しかねない重要な仕事に関わらず、報酬の額が少ないのは確認といっても隠密裏に情報を収集するということではないからだ。
 あくまでも村の様子を見、村長の話を聞く程度だ。一言で言ってしまえばお使いでしかない。最下位のFクラス冒険者程度の報酬の仕事を請け負うと聞けば、他の仲間たちが膨れるのも当然だろう。
 しかし、そんな不満をいつまでも抱いているほど冒険者も暇ではない。
 互いに不満を口に出し、ルクルットを苛めたことによって多少の不満が解消されたのだろう。先ほどよりはある程度雰囲気が良くなった状態で、一行はカルネ村を目指し歩く。

「はぁ……」

 そんな中、ニニャが疲れたようなため息を漏らす。直ぐ後ろを歩いていたダインが、心配そうに声をかけた。

「休むか?」
「いえ、まだ大丈夫です」
「警戒をしてない分、移動速度が上がっているからな。ルクルット。カルネ村まではあとどれぐらいなんだ?」
「距離的にはもう少しだと思うぜ? あの先の丘を越えれば見えてきてもおかしくは無いな」

 ルクルットの指差す先、ほんの100メートル先まで上る小高くなだらかな丘。ゴールが見えつつあるというのは信じられないほどの力を引き出す。
 ニニャの足取りがしっかりとしたものなり、背筋に力が入る。

 一行はその丘を登りきった。そしてそこで動きが止まる。

「何あれ?」

 ニニャの呆然とした声が漏れた。いや、他の3人も呆気に取られたように、遠方に映る光景を眺めていた。

「あれは……」
「砦かよ……」

 草原にこれ見よがしに存在感をアピールする壁。それはあまりにも見慣れない光景だ。
 確かに村を取り囲む壁というのはいくらでも見てきた。だが、あれほど立派かつ頑丈なものは見たことが無い。砦にでも使われそうなしっかりとしたものだ。

「おいおい、どうするよ?」

 ルクルットはあまりの異常事態に他のメンバーに尋ねる。

「単なる村だよなぁ……カルネ村って」
「薬草でそこそこ名が知れているそうだが……あれほどの壁を作れる村とは聞いたことが無い」

 どういうことだよ。
 全員の顔にそんな言葉がはっきりと浮かんでいた。
 単なる村にあれほどの壁は作ることは絶対に不可能である。しかしながら目の前にはしっかりとした壁。そのあまりの異常事態に互いの顔をうかがい、納得の行く答えを誰かが口にしてくれることを祈る。しかし、そのまま数十秒という時間が流れても、誰も言葉を口にはしなかった。
 そのためペテルは決定する。

「ちょっと隠れて考えてみよう。何か思うところを言ってみてくれ」

 ペテルの指示に従い、旋風の斧のメンバーは丘の中腹までいったん戻って、姿を隠す。流石に草原というだだっ広い場所で堂々と相談するほど愚かではないからだ。
 それから互いの顔を見合わせ、意見を言い合った。

「1! カルネ村はしっかりとした壁に守られた村だった!」
「……2。どこかの軍隊とかが進軍して壁を作った」
「3……。3…………無いな」
「……4。村人達が頑張って作った……実はこちら側だけしか壁が出来てない」

 ぴたりと皆の動きが止まり、最後に発言したペテルに視線が集まる。

「それだ!」
「最も可能性が高いですね。もし全部壁で覆われていたら村人を募集するという話がうそ臭くなりますから」
「だな。張りぼてという線もあるか」
「じゃぁ、どうする?」

 そこで一同は考え込む。
 周囲は完全な草原。隠れる場所も無い。それは発見されるということでもあるが、こちらも様子を伺いやすいということでもある。ならば周囲をぐるっと回り込めば、壁が本当に張りぼてかどうか多少は判断が付く可能性だってあるということ。
 全員の期待を込めた視線を受け、ニニャは答える。

「……建築学には自信がありませんよ?」
「不可視化に飛行といった魔法があればなぁ……」
「巻物で買っても良かったんですよ? かなりお金が飛びますが」
「俺達には遠いな……」
「無いものねだりをしても仕方が無いだろう。ルクルット。隠密裏に周辺を見て回ることは?」
「ほぼ不可能だな。大体俺じゃ、壁が張りぼてか、までは見抜くことは出来ないぜ?」
「全員で回るか?」
「……それはどうでしょう。先ほどの考えで2であればこの場は危険かもしれませんしね」

 一同は考え込み、そして視線をリーダーのペテルの向ける。その視線の中に宿っているのは、結論を出して欲しいという懇願にも似たものだ。
 ペテルは真剣に考え、1分ほどの時間を置いてからアイデアを口に出す。

「……村人がいないかちょっと周りを回って調べてみよう」

 ペテルを除く3人は口々に同意の言葉を上げる。消極的だが、最も安全面を考慮した考えだと納得がいったからだ。

「ではぐるっと回るぞ?」
「ああ、ルクルット、警戒も頼む。一体どんな状況だか不明だからな」
「了解だ」


 旋風の斧、4人からなる冒険者たちはカルネ村の周辺を大きく回るように、村の様子を伺う。
 草原に聳え立つような村であるため周辺に身を隠せる場所が少なく、完全に姿を隠せてるとは言いがたいが、それでも出来る限り注意深く目立たないように移動を繰り返す。
 非常に神経をすり減らす作業だが、こればかりは仕方が無いことだろう。もし村の中にいるのが敵対的な武装集団であった場合のことを考えて行動すべきなのだから。
 やがてちょうど反対側に周り、大きな畑が幾つもあるのを確認する。
 そしてその中に幾人かの働いている村人の影を発見した。

 旋風の斧の一行は安堵のため息をついた。
 とりあえずは村人がいるということは確認が取れたということだ。
 そして村の様子を真剣に眺める。目的は帝国の兵士とかによって、村が占領されていないかという確認を取るためだ。
 一行はしばらくの間真剣に観察を続けるが、村人が酷使されている者特有の、草臥れた雰囲気を感じ取ることは出来なかった。のんびりと畑仕事を行う姿は、牧歌的な農民の暮らしそのままだ。

「問題なしだな……」
「そうですね。別に何かされている気配も無いですし……。ただ、あの壁は恐らくですがしっかりとしたものです。決して張りぼてではないでしょう」
「ならよう、大森林が近いんだし、昔から警戒の意味であったんじゃないか?」
「そう考えるのが妥当か、ニニャ?」
「うーん、ちょっと新しいような気もするのですが……これだけ距離があっての観察ではこの辺が限界ですね」
「どうするよ、ペテル」
「……虎穴に入らずんば、虎子を得ず。行こう」
「了解した。どの程度警戒していく?」

 ダインの発言にペテルは少し考え込むと、苦笑いを浮かべた。

「向こうに警戒されては厄介だ。のんびり気楽に行こう」
「そうですね。それが良いでしょう」

 ニニャの同意を受け、ルクルットとダインも頷く。多少不安はあるが、変に警戒していって、向こうに敵意を抱かれる方が当然不味い。
 旋風の斧のメンバーはここに喧嘩を売りに来たわけではなく、ちゃんとした仕事の一環で赴いたのだから。

 ペテルを先頭に、一応は隊列を組んで村に向かって、殆ど使われてないのだろうなと思えるような細い道を歩き出す。
 道の左右に広がる畑は麦によって青々と染め上げられ、時折流れる風が、優しく揺らす。そんな中を一行は歩く。まるで傍目から見れば水中に飛び込んだような、そんな世界だった。

「ん?」

 2番目を歩くルクルットが奇妙な声を小さくあげ、畑の中をのぞく。収穫の時期が来て無くても、稈長70センチ以上の高さまで既に伸びている麦だ。当然、海のごとく中を見通すことは不可能だ。

「どうしました?」

 直ぐ後ろを歩くニニャが怪訝そうに声をかける。

「ん? いや、気のせいかな?」

 ルクルットは一度だけ首を傾げると、少しばかり開いたペテルとの間をつめようと、少しばかり歩く速度を速める。ニニャは一度だけ、ルクルットが見ていた方角を眺め、動くものがいないことを確認すると追いかけるように歩き出した。

 ペテルは黙々と、だが、その顔には友好的に見えるような笑顔を浮かべつつ、村に近づく。
 そんな中、ペテルを不思議そうに眺めている1人の少女と目が合う。畑の中、ペテルに最も近い――村から最も離れた畑で1人で立っている。
 確かに可愛いが、凄く美人というほどではないという微妙な線の少女だ。どちらかといえば明るい――村では評判の、というような顔立ちといえばよいのだろうか、そんな少女だ。
 質素な前掛けを土で汚したその姿は、今、畑仕事をしていた最中だというのを如実に語っていた。

「こんにちは」

 ペテルは手を軽く上げ、友好的に声をかける。その際、ちょっとあれだが、左右の手を上げて振ることで、武器からは完全に手を離すという行為もとる。こちらには敵意はありませんよ、というアピールだ。
 それに対し、少女は不思議そうに顔を傾け、耳に手を当てる。
 ペテルは少しばかり眉を寄せてから、再び――先程よりも多少大きな声を上げた。

「こんにちは!」

 やはり少女から返答は帰ってこない。その化粧けのまるで無い顔を多少強張らせながら、耳に手を当てるばかりだ。

「聞こえてないっぽいな」
「……耳が聞こえないのかもしれませんよ?」
「村から一番遠いという面倒な場所で畑仕事をしてるようだからな。そういうアレがあるかもしれん」
「村社会の厳しいところか……。劣るものは虐げられるという……」
「勘弁して欲しい話です」

 ペテルの後ろから口々に仲間達が多少落とした声をかけてくる。

「なら通り過ぎるのが一番か?」
「かもしれませんね」

 そう言い合っていると、少女はペテルにこっちに来るようにと手招きをする。ぶんぶんと犬が尻尾を振るような速度での手招きだ。

「どうする?」
「断るのも不味いだろうな。ほれ、見ろ」

 ダインに指され、ペテルが注意深く周囲を見渡すと、村人達が作業の手を止め、ペテルたちを真剣に監視しているのがわかった。辺境の地では排他的な空気はさほど珍しいものではないと、ペテルたちも聞いたことぐらいはある。
 つまりはそういうことなんだろうと、判断したのもそのためだ。

「今、彼女に冷たい行動を取ることはあんまりよろしいとは思えんぞ」
「全く。こっちの方が立場が強いはずなのに、なんでこんなことまで気をつかわんといけねぇのかね」
「仕方ないですよ。それに旋風の斧の名前を知ってもらうチャンスです。今後のことも考えるなら、友好的に話は進めるべきでしょうね」
「だな。仕方ない。ちょっと畑まで行ってくる」

 3人にそういうと、ペテルは畑の中に足を踏み込む。
 掻き分けるような感じで麦畑を進み、少女の近くまで寄ったところで、足に奇妙な負担が掛かる。そして小さく声が掛かった。

「おっと、そこまでですね、兄さん」

 驚愕に身を浸し、慌ててペテルが声のしたところを見れば、そこには麦畑に身を隠すようにして、麦を全身に巻きつけた小さな生き物の姿があった。ほとんど麦で隠れて顔は見えないが、人間のものではない。
 その生き物が持った刃物が、足を覆う鎧の稼動部分、そこに突きつけられている。それが原因でつっかえ棒のようになって足が止まったのだ。

「な!」

 驚き、後ろの仲間達に警告の声を発するか。そうペテルは思案し――

「悪いんですがね、武装を解除してもらいましょうかね?」

 別の場所から小さな声が上がった。そちらを視線だけ動かしてみると、顔を引きつらしている少女の足元にももう一体。いや、それだけではない。ペテルの背後にも身を潜めるように何かがいるのが気配で感じ取れた。

「少女を囮にするとは……な」
「……違いますぜ? 姐さん、自ら囮になってくれたんです」

 言われている意味が分からなく、そのまま話を続けようとしたペテルに、生き物が声をかける。

「おっと、武器を捨ててくだせぇ。それを後ろの方々にも言ってもらえませんかね? 弓で射殺したりはしたくは無いんです。あんたがたが何者なのか不明なんでね」

 ペテルは逡巡し、その生き物の言葉にまだ交渉の余地があることを感じ取る。
 亜種族だろう存在に抵抗無く降伏するのは悔しいが、まるで状況の分からない中、敵対するのは危険だし愚かな行為だ。

「命の保障はあるのか?」
「勿論ですとも。降参してくれるなら、ですがね」

 少しばかり迷い、だが、時間が無いことが分かっているペテルは即座に決定する。このままなし崩しで戦闘になった場合、非常に不利なのはペテルたち旋風の斧である。ならばすぐにでも他のメンバーに意志を伝える必要がある。

「皆! すまない。武装を解除して投降してくれ!」

 ペテルはそれだけ言うと頭の上で両手を組む。その姿を見た旋風の斧のメンバーは一瞬迷う。何が起こったのか理解できず、そしてその理由を即座に理解して。ただ、仲間を見捨てる気はこれっぽちもないが、流石に即座に武装を解除しろといわれて頷けるわけが無い。
 困惑を見て取れたのだろう。ガサリと音を立て、畑に2人の亜種族が立ち上がった。

「――ゴブリン」

 ニニャの呟き。
 立ち上がった亜種族。それはゴブリンといわれる良く知られているものである。それが矢を番え、鋭い眼光で狙いをつけている。
 やるか。
 そういう目でニニャ、ルクルット、ダインは互いの顔を伺う。ゴブリンは身長、体重、そして筋肉の付く量と人間よりも劣った肉体能力を持つ種族である。確かに闇視等を持ってるため、暗がりで襲われれば少しばかり厄介ではあるが、この日差しの下であれば、多少は冒険を繰り返した旋風の斧のメンバーからすればさほど恐ろしい相手ではない。
 その程度の相手であれば、ペテルが人質に取られてはいるが、何とか助ける自信はある。

 しかし即座に決断できない理由も同時にあった。
 旋風の斧がよく相手にする、ゴブリンとは違う何かを感じるのも事実だったのだ。一言で言えば目の前のゴブリンたちからは、訓練されている者に特有の気配があるのだ。
 茂みに身を潜めてのアンブッシュはゴブリンであれば珍しくは無い。しかしながら弓を構えたゴブリンの姿勢は、非常に堂の入ったもの。この前、モモンという都市で噂になりつつある人物と冒険したときのゴブリンのものとはまるで違う。
 あれが棒を振り回す子供であれば、これは弓の扱いになれた戦士のものだ。

 人間が訓練することで強くなるように、モンスターだって強くなる。亜種族であるゴブリンだって、それは当然の理だ。
 つまりは目の前にいるゴブリンが、旋風の斧のメンバーが今まで戦ってきたゴブリンよりも遥かに強いということは充分考えられる。
 そんな迷いが幸運を呼んだのか。畑を走る風が起こすものとは、異なった要因によって生まれた音を聞きつけ、ルクルットは慌てて視線を後ろに向ける。

「……へへ、ばれましたかね?」

 そこには、畑から顔を出し、おどける様に舌を出すゴブリンがいた。こっそりを後ろに詰め寄ろうとしていたのだろうが、レンジャーであるルクルットを騙すほどの隠密能力は無かったようだ。
 周囲を見渡せば麦畑のあちこちに何者かが潜んでいる動き。

「……囲まれてるか」
「降参ですね。どれだけいるか不明な状態ではいかんともしがたいです」
「……血路を開くとかどうよ」

 仲間を信頼できるがゆえ――3人揃っているために決断しきることができない。本来であればリーダーの判断に即座に従う彼らが迷っていたのもそんな理由のためだ。
 しかし彼ら3人の迷いを最後に打ち消したのは、村の門を開き、姿を見せた者たちによってだった。

「あれは……なんだと……?」
「オーガ!」
「いや、あれは一体……!」

 姿を見せたのは旋風の斧のメンバーも良く知っているオーガである。だが、その身を包むのは金属鎧。そしてその手に収まった巨大なグレートソード。金属の光沢眩しいそれは、しっかりと磨き上げられたものだ。
 恐らくは一級品のそれを纏ったオーガが5体。門から姿を見せ、そこそこの速さで3人に向かって進んでくる。一歩一歩の歩幅が広いため、異常な速度にも感じられた。

 3人ではゴブリンも含めると、勝算はかなり低い。いやそれどころか無いかもしれないほどだ。焦りが動揺を生み、動揺が混乱へと変わる。しかしながら、いつまでの混乱しているわけにはいかない。
 そう完全に理解できた3人は決断し、自らの頭の上で手を組んだ。

「――降参」





「申し訳ありませんでした!」
『――した!』

 それがエンリと名乗った少女の第一声である。そして付き従うゴブリンたちの詫びの言葉だ。
 一斉に頭を下げるその姿は、そのしっかりとした規律を感じさせた。

 ゴブリンやオーガといった亜種族は基本的に人間に敵対する場合が多いために、冒険者がよく狩る相手だ。不意を打って殺すことも多いため、このような態度を取られるとどうも気まずい思いが湧き上がる。
 それにペテルもあまり強く出れない事実がある。

 ペテルは目の前で頭を下げるゴブリンを見渡す。
 スペルキャスターっぽいゴブリン、魔法の大剣を所持した屈強な戦士を感じさせるゴブリン。高品質の武装を整えたゴブリンたち。
 自らが今まで考えていたゴブリンという存在が、どれだけ侮った考えの元に作られたイメージか。無知さを突きつけられたような、世界の広さを思い知らせるような、精鋭ゴブリンとも言うべき存在たちである。

 ペテルたちは口に出さずに、全員が思っていた。
 戦えば死んでいただろう。これほど強いゴブリンたちがいたとは、と。

「……ああ、まぁ、気にしないから頭を上げてください」
「まさか、私が村長に言われて出した募集の要項の調査にこられた方だったなんて」
「いや、仕方ないですよ。うん、色々とあったわけですし、警戒するのも当然ですしね」

 ペテルは笑う。しかし見るものが見れば、その顔に微妙な暗さがあるのが分かっただろう。それは自分達が敗北をしたことに起因するものだ。それも手も足も出ずに言い様にあしらわれたというのがある。
 冒険者は命を賭けて、夢を追い求めるもの。つまり、彼らの旅はいついかなるときでも命の危険があるものだ。
 そのため敗北は死に繋がりかねない。今回のゴブリンとの遭遇は、命が救われる可能性が多少なりとも感じられるから降伏を選んだのだが、戦いを挑めば夢半ばに躯を晒したはずだ。

 そう。ペテルは自らの力量に対する自信が揺らいでいた。
 冒険者にとって、引退する理由の1つになる『死への恐怖』。話には聞いていても自分に降りかかってみないと分からないそれを、この瞬間、実感していたのだ。

 しかしながら、それでも仕事をこなそうという意欲まで完全に失われたわけではない。ペテルは顔に笑みを無理に作ると、エンリに尋ねる。

「取り合えずはどうしましょうかね?」

 場所は先ほどの麦畑。疑問や不審感が解けたというのなら、このままここにいるのもどうかと思われる。

「そうですね。とりあえず、村長に知らせてきます」
「はい、よろしくお願いします」

 後ろを見せ走っていくエンリの後姿を見送りながら、先ほどとは少しばかり口調を変え、ゴブリンのボスのような魔法の剣を持った者にペテルは尋ねる。

「まさか常時こんな警戒を引いているのか?」

 畑の中に隠れていたゴブリンのことを指した言葉に、ゴブリンは薄い笑いを浮かべた。

「まさか。あんたらが周囲を迂回しつつ動いているのが確認できましたので、こっちに村人の方々を集めて待っていたわけですよ。あんたらが何らかの行動にでようとした場合、村人がいればそちらに近づくでしょ? そんなわけで罠を張って待っていたというわけです」
「村人を餌に罠を仕掛けたということか」

 確かに人質を取るにせよ、村人に近寄るのは当然だろう。もしそんなことをしないタイプの者であれば、周囲を迂回してどうのなんていう面倒な手はとらないだろうから。
 ペテルの言葉に、ゴブリンが僅かに嫌な顔をする。

「それであの少女を餌にしようって考えたわけだ。上手い手だな。耳が遠い振りをして誰かを畑に招く。そりゃ畑だ。全員で踏み込むわけには行かないと判断するだろうからな」

 舌打ちを付くような態度でルクルットがぼやく。それを聞き、ゴブリンのリーダーらしき大柄のものが牙をむき出しに、不満顔を作ると言った。

「おうおう、何か勘違いしてるみたいだな。俺達がエンリの姐さんを危ない目にあわせたいと思ってるとか考えてるのか?」

 姐さん。
 その言葉に旋風の斧のメンバーに違和感を感じさせながら、ゴブリン・リーダーは続ける。

「勘違いしないでほしんだがね。姐さんが自分が囮になった方がより上手くいくと言われて、どうしてもということで仕方なしにしたことなんだよ」
「確かに、あの少女であれば警戒も薄れたのも道理だが……」
「おいおい、信じてねぇな? ちと考えれば当たり前だろ。俺達が仕える人を餌にするもんかよ」
「は?」
「……何ですって? 今……」
「仕える?」
「何を驚いていやがるんだ? あの方、エンリさまこそ、俺達ゴブリンとオーガが仕える主人だぞ?」

 旋風の斧のメンバーから決して小さくは無い驚きの声があがる。

「馬鹿な! あの娘は単なる村人だろ?」

 歩運び、体のつくり。どれを見ても一般人だとしか思えなかった。そんな女性が旋風の斧では勝てないだろうと判断するゴブリン集団を支配しているというのか。
 ありえないという思いが支配するのも当然だろう。いや、認めるわけにはいかない。

「分かりました! 交渉担当とかの顔ということですね?」

 ニニャの言葉に、ゴブリンリーダーは牙をむき出しに笑う。

「そんなわけねぇだろ。俺達はあの姐さんが心の底から本気で死ねといわれたら、死ぬのが当然だ。そう考えてるんだぜ?」

 そのゴブリン・リーダーの言葉に嘘はこれっぽちも感じ取れなかった。上辺だけの薄っぺらい言葉とは違う、重みを感じさせたのだ。
 絶句し、言葉を続けられない旋風の斧のメンバーに。ゴブリン・リーダーはさらに続ける。

「大体、姐さんが俺達の武装を強化したんだぞ? ほれオーガの鎧や武器。ゴブリンの武器などもな。そんな人が顔ですむ訳無いだろうが」

 オーガやゴブリンのしっかりとした鎧は下手すると、旋風の斧のメンバーが持つものよりも優れたもののようにも見えた。ならば、それはエンリという少女がそれだけの物を集めるだけの何かを持つということに他ならない。
 そして駄目押しがゴブリン・リーダーの口から投じられる。

「ちなみにこの魔法のグレートソードはエンリの姐さんを重要視している方からのプレゼントみたいなもんだぞ?」
「馬鹿な……」
「凄い魔力ではないでしょうけど……プレゼントって……」

 オカシイだろ。
 旋風の斧の誰もがそう思い、言葉にすることは出来ない。
 魔法の剣は高額である。最も弱いものでも、彼らのようなまだまだランクの低い冒険者であれば、今までの冒険で得た全部の報酬を全員分纏めれば買えるだろうという手の届かないレベルのものだ。
 つまりはそれほどの物を容易く貰うだけの価値、もしくはコネクションを持つ。あのエンリという少女は何者なのか。そんな思いが彼らの頭を支配する中――

「お待たせしました!」
「ひぃ!」
「うぉ!」
「うわ!」
「おぉ!」
「……どうかしましたか?」

 心臓が口から飛び出したような、そんな驚きの表情を浮かべたペテルたちに、戻ってきたエンリが尋ねる。すこしばかり息の切れたエンリをしげしげと眺める一同。

「……どうかしましたか?」
「いえ、そんなこと無いです!」
「全くです。さぁ行きましょう」
「そうですね。ここでこれ以上話す理由も無いでしょうし」
「その通りですな」

 全員の口調が変化していた。最も変わっているのはルクルットか。
 そんな4人を不思議そうにエンリは眺め、自分では良く分からないと判断したのか、それとももっと先にやらなくてはならないことを思い出したのか。4人を村へと案内する。



 ■



 検問所で兵士はぼんやりと外を眺めていた。
 今日もこの時間にもなるとやはり人の出入りが少なくなる。そうなるとやはり暇を持て余してしまうのだ。
 幾つかのくだらない話を他の兵士としていると、1人の兵士が思い出したように口を開いた。

「そうそう、つい最近の話なんだが……聞いたか? カルネ村には傭兵団が在中しているらしい」
「カルネ村?」

 兵士は聞いた名だと思い出し、直ぐに思い出す。
 数日前にあれほど印象付けられた少女が来た村の名前を忘れるはずが無い。そんな物思いにふけっていた兵士を見て、興味が無いために上の空だとと勘違いしたのか、仲間はさらに話を続ける。

「なんでも冒険者がカルネ村に行ったら、亜種族によって構成された傭兵団がいて、それを指揮しているのがその少女だという話だ」
「亜種族?」
「ああ、なんでもオーガやゴブリンによる傭兵を指揮しているらしい」
「オーガやゴブリン?」

 兵士は驚き、仲間の顔を見る。

「な、驚きだろ? あんな知性の低い奴らを部下にするなんて」

 正気でも無いと言わんばかりの仲間に、傍で話を聞いていたのだろう部屋にいた別の兵士が口を挟んだ。

「甘いって」
「何がだよ?」
「ゴブリンやオーガは確かに頭は悪いぜ? 奴らにとっての判断基準は自分達より強いか弱いかだ。でもあいつらは強いぜ?」
「そりゃそうだろ?」

 オーガは人間を超えた体躯の存在だ。人間とでは基本的な能力が違いすぎる。よほど剣の訓練をしたものでなければ、一対一での勝利はおぼつかないだろう。

「おいおい」仲間の簡単な答えに兵士は苦笑いを浮かべ、より細かい説明を行うこととする。「なら、逆に自分が圧倒的に強かったら、優秀な兵にもなりかねないって事だぜ? オーガ1匹でも俺達何人分の強さだよ」

 最初に話しかけてきた兵士が驚きの表情を浮かべる。

「そうか。そりゃそうだよな。オーガとか普通の人間よりも強いものなぁ。ゴブリンは微妙だが……」
「甘めぇなぁ……」もう1人の兵士が指を左右に振る。「ゴブリンだってピンキリらしいぜ? ものによっちゃ魔法を使える者だっているし……ほれ、聞いたことあるだろ? ゴブリン王の伝説とか」
「ああ!」

 兵士は素っ頓狂かつ荒唐無稽であるがゆえに人気のある物語を思い出し、納得の声を上げた。
 物語に出てくるゴブリン王はドラゴンと一騎打ちを行い、容易く勝利を収めたとか、そのドラゴンに乗ってより強大な存在に戦いを挑んだとか、人間の姫との間に子供をもうけたとかという無茶苦茶な存在だ。
 まさに物語であり、その持つ武器もまた物語に相応しいもの。巨大なトネリコより削りだしたという一本の枝である。

「……でもあれって物語だろ?」
「いや、まぁそうだけど。昔聞いたことがあるんだよ。強いゴブリンだっているってな。そりゃあのゴブリンの王様のような強さはねぇだろうけどな。あんまり下に見ると痛い目を見るぜ。だいたいホブゴブリンという存在だっているじゃねぇか」
「そっか。そうだな。外見で判断すると痛い目をみせられるのが、おれたちの職場だしな」兵士は頷き、眉を顰める。「じゃぁその女は馬鹿と判断するんじゃなく、どれぐらいかは不明だがゴブリンとオーガを支配できるほどの……力を持っていると判断すべきということか」
「そうだぜ。しかも単純に考えて、オーガ数匹を支配できるんだろ? よほどの力があると思った方が良いだろうな」

 初めて単なる愚かな女から、オーガやゴブリンを支配するだけの力を持った存在と認識、兵士は恐れを込めた声で尋ねる。

「何もんだよ、その女。どんだけ強いんだよ」
「オーガやゴブリンを支配するとなると、冒険者で現すと……Aとかか? Bでも出来るのかねぇ? その辺は良くわからんな」

 色々と考えを言い合う仲間達から思いをそらし、兵士は自らの考えに没頭する。浮かんでいる人物は、あの時出合った少女だ。
 エンリ。
 恐らくはあの少女こそオーガやゴブリンを支配している女性だろう。いや、他にもいるという可能性はあるが、非常に低いと断言しても間違いではないと思われた。
 力は単純に支配力を発揮するものだ。特に頭の悪い、力を主と考えるもの達には。
 つまりはオーガやゴブリンを支配するということは、エンリがそれだけの力を持っているということの証明でもあるということだ。

「血塗れのエンリか……」

 無論、これは彼の頭の中の妄想にしか過ぎない。
 初めて会ったときに血にまみれたような生き方をしてきたかもしれない、そんな妄想を抱いたのを思い出しただけだ。
 そう、そんな妄想を小さな言葉で漏らしただけのことにしか過ぎなかったのだ。

 ――この瞬間までは。

 そんな彼の言葉をさりげなく聞く者がいなければ。
 非常に心が篭ったような呟きに、真実味を感じ取る者がいなければ。

 そんなことにはならなかっただろう。



 ――カルネ村には傭兵団がいる。
 ――その団長は血塗れのエンリというらしい。
 ――オーガやゴブリンを使役している。



 エ・ランテルはある意味前線基地にもなりかねない都市である。そのため、普通の都市とは話題の興味対象が違う毛色が強い。特に傭兵団とか強者の情報は権力者が故意的に止めようとしなかった場合、非常に流れやすい面を持つ。

 カルネ村に突如現れた謎の傭兵団の団長の話題は、一気に燃え上がるように知られ始めた。
 そしてこの者の元に情報が届く頃には――


「……知っているか? カルネ村には『血塗れ』エンリという傭兵団長がいるらしい」

 プヒーという感じで鼻から激しく息を吐き出し、エ・ランテル都市長であるパナソレイ・グルーゼ・ヴァウナー・レッテンマイアは前に座ったギルド長であるプルトンに尋ねる。

「ええ、知っております」

 『血塗れ』のエンリ。
 伝え聞く話ではゴブリンやオーガからなる傭兵団を指揮し、現在カルネ村に滞在している人物だ。出身がカルネ村であるという記録自体はあるものの、本当に同一人物かは確証は取れていない。
 いや、エンリという人物の記録はあるが、『血塗れ』のエンリという人物の記録は無いというのが正解か。

「それで? 裏は取れたのか?」
「いえ」

 プルトンは顔を左右に振った。パナソレイより命じられ、秘密裏に裏を取ったがまるで情報が入らなかったのだ。

「そんなことがあるのか? 傭兵団を指揮しながら、他の傭兵達に知られないということなぞ?」

 パナソレイがプヒーと激しく鼻息を噴く。

 そう。プルトンに命じたのは、傭兵としての『血塗れ』のエンリという人物の記録を探させたのだ。人間では無くオーガやゴブリンという亜種族を団員にする傭兵団であれば、人間が主となっている王国や帝国では非常に目立つ。そのため簡単に情報は集まるだろうと思われたのだが、実際はまるで正反対という結果に終わった。
 まるで空気から生まれたかのように、突如として『血塗れ』のエンリと指揮する傭兵団が浮かび上がってきたのだ。それほど構成が目立つ傭兵団でありながら、過去を残さないなんて行いが可能だというのか。

「分かりませんが……もし隠していたとするなら、かなり強大な権力の持ち主が裏にいる場合かと」
「……帝国と『血塗れ』に繋がりがあるという線が浮かぶということか? いや、帝国よりはアーグランド評議国か。法国は絶対に無いだろうし、ローブル王国も考えられないか」

 亜種族の国である評議国であれば、ゴブリンやオーガの傭兵はパナソレイも伝え聞いたことがある。

「……あとは最近結成したという可能性もあります。この頃、理由は不明ですが、大森林からモンスターが外に出てくるという事件が起こってるようです。その関係でゴブリンやオーガが部下になったという可能性も無いわけでないかと」

 パナソレイは黙ってプルトンの説明を聞いてから、重々しく1つの質問を口にした。

「プルトン……魔法使いが亜種族を支配するのは珍しいことか?」
「おっしゃられている意味が分かりかねるので、ちゃんとしたお答えになるかは自信がありませんが……邪悪な魔法使いが自らの周囲を守らせるために、部下にする場合があります。ご存知のようにゴブリンやオーガといった亜種族は強いものに従う傾向がありますから」

 プヒーっとパナソレイは荒く鼻息を吹くと、我が意を得たりと大きく頷く。

「ならば話は早い。思い出して欲しいのは帝国……いや法国だろうが、その工作員が村を荒らしまわっていた件だ」

 その短い話からパナソレイが言いたいことを読み取ろうとし、やがてプルトンの顔に理解の色が浮かぶ。
 強大な魔法使い、アインズ・ウール・ゴウン。恐らくは帝国主席魔法使いに匹敵するのでは、そう考えられる存在。それほどの大魔法使いが、何故、カルネ村を救いに行ったのか正直不明だった。
 パナソレイもプルトンも、アインズという大魔法使いが善意で行動する心優しき者と考えるほど、純粋無垢な人間ではない。そのため何故なのかということは色々と調査していた件でもある。だが、ここで繋がる糸が出てきたのではないかとパナソレイは言っているのだ。

「……かの大魔法使いが『血塗れ』にオーガやゴブリンの部下を与えた?」
「可能性は高かろう。騎士のようなモンスターを使役していたという情報があったのだからな」
「ガゼフ様の話ですね……」

 プルトンは大きく頷く。最もありえそうだと考えて。

「つまりはかの強大な魔法使いがカルネ村を救いにいったのは『血塗れ』を助けに行った……。いや、『血塗れ』に直接力を行使させるのを避けるため?」
「もし直接力を行使したのなら、なんのかんの理由をつけてエ・ランテルまでつれて来れたからな。そしてアインズは『血塗れ』にオーガやゴブリンの部下を渡した」
「……矛盾がありませんね。ただそうなると『血塗れ』が単なるアインズの関係者で終わるのか、それとももっと別の意味を持っている人物なのか……。結局、何者かという問題がでてきますが……」
「……カーミラの件といい、『血塗れ』といい頭の痛いことばかりだ」

 パナソレイの搾り出すような声に、プルトンはしみじみと同感する。

「全くです。あまりにも情報が足りていません」
「ほんと……厄介だな」

 プヒーとパナソレイの鼻から、草臥れた息が漏れる。

「冒険者を動かして情報を集めますか?」

 パナソレイの瞳がプルトンを映し出し、そして左右に揺れる。しばらくの時間が経過し、パナソレイが口を開いた。

「……いや止めておこう。どうにせよ、後ろに化け物ごとき魔法使いであるアインズ・ウール・ゴウンがいる可能性は非常に高い。藪を突いてドラゴンを出す必要もなかろう」
「では、放置しますか」
「それもなぁ……」

 パナソレイが頭を抱え込んだ。
 当たり前だ。名前を偽っていた場合の本当の目的や、アインズ・ウール・ゴウンとの関係。あまりにも情報が足りていないのだから。
 このエ・ランテルのように戦場になりかねない都市を預かる者として、ある程度の戦力となるものの情報はしっかりと入手しておかなくてはならない。最低でもアインズという人物となんらかの関係があるほどなのだから、それなりの腕は立つのだろうと思われる程度だ。

「しかし……『血塗れ』のエンリの話……突如沸きすぎだな」
「はい」プルトンは頷く。「……情報の出所を追いかけるとすると、結構大きく動くことになってしまいますので、止めておきましたが、他の都市ではその名前を聞いたことはないようです」
「調査を打ち切ったのは、正解だ。しかし……何故、エ・ランテルでのみ聞かれているんだ? ……どう考えても理解できん。何が目的なんだ? 『血塗れ』なんていう人物の名を広めることになんの理由がある? 我々と敵対する意志はないと思っていたのだが……まるで予想も付かん」

 パナソレイは大きくため息をつく。
 これほど情報を不足しているということが、全然相手の行動を読めなくするとは思ってもいなかったと。

「モモンを使ってみますか?」
「……そりゃ……いいかもしれん」

 2人の脳裏に浮かんだのは、『血塗れ』に匹敵するほどの未知の力を持った冒険者だ。いや完全に未知の『血塗れ』と比べるなら、ある程度はその力は分かっている。その信じられないような力は。
 魔法を完全に無効化するスケリトル・ドラゴンを剣の腕だけで退治し、第3位階魔法を使いこなす、まさに魔法剣士。恐らくはエ・ランテルにいるどんな者よりも単騎では強いと断言できる冒険者だ。
 さらにはアーティファクト級のアイテムを持ち、桁外れの吸血鬼――カーミラと戦うことが出来ると豪語する人物。下手すると13英雄に並ぶかもしれないだけの、量外の力を持つだろうと推測が立つ人物。
 内に取り込もうとしているが、上手く行かない相手でもある。

 後ろにはアインズ・ウール・ゴウンという想像を絶する魔法使いがいることも考えれば、下手な行動を取るよりは正解かもしれない。特にモモンに依頼することで、間接的にその後ろの存在の動きを確かめるというのは悪い考えではないだろう。

「しかしどうやって動かすか」
「普通に仕事を依頼してみては?」
「そうだな……」

 腫れ物に触るようなパナソレイの逡巡を見、仕方が無いとプルトンは頷く。
 金に興味は無く、女にも興味の無かった男だ。どうやれば上手く、相手に不快感を抱かせないように動かすことができるかと考えているのだろう。『血塗れ』とモモンがアインズという糸でしっかりと繋がっていた場合――ほぼ確定だろうが――裏を取ろうという嗅ぎまわる行為がどのような結果になるか。

 モモン、そしてその背後のアインズ。
 たった2人の人間を、権力者であり、充分な力を持つ都市長パナソレイが警戒するというのも可笑しな話だが、警戒するだけの価値はある人物達だ。
 今回はそれに加えて『血塗れ』という人物が現れることとなったのだが。

「もう、勘弁してほしいものだ……」

 パナソレイの呟いたその言葉。
 もし今の自分の現状を知っていたら、カルネ村の少女も同じ叫びを上げていただろう。
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