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オーバーロード:前編 作者:丸山くがね
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王都-14


「やれやれ、少しは考えるべきじゃないか? 多少派手なサービスはあったほうが、身を潜めた魚が食いつくには良い餌かもしれないが、扉を破壊しては目立ちすぎるだろう」

 デミウルゴスの呟きは風に吹かれ、消えていく。
 下を見れば、セバスが壊した扉の姿があった。今、デミウルゴスがいる場所は向かいの家屋の屋根の部分である。
 その上に立つデミウルゴスの格好はあまり品の良いものではない。
 前で合わせるタイプのフード付きのローブを纏い、そして顔にはアインズより借り受けた魔法の仮面を被っている。装飾の無いつるっとした仮面は、《ダーク・ヴィジョン/闇視》の効果を常時発動しているマジックアイテムだが、デミウルゴス自身、闇視の能力を有しているため、顔を隠すということ以上の意味合いは無い。

 何故、こんな場所にデミウルゴスが1人でいるか。それはデミウルゴスの意志によるものではない。笑みを含んだアインズより、セバスに協力するようにという指令を受けたためだ。
『仲間なのだから、協力して行うこと』
 スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを手に持って、かつて発揮できなかったリーダー権を発動させたような、そんな面白そうなアインズから。

「困ったものだが、この困難を乗り越えるのがアインズ様の望みか」

 デミウルゴスとしては己の能力を考えるに、充分なバックアップを望んではいた。隠密行動というのはデミウルゴスの不得意な分野だからだ。アサシンであるソリュシャンを付けてくれるだけでも充分だったはずだ。
 しかし、デミウルゴスにはその内心を主人に告げる言葉は生まれなかった。

 デミウルゴスの口元がニンマリとだらしなく歪む。

『守護者であるデミウルゴスを支援につけるのだから、問題はないな』

 自らの主人の、デミウルゴスに対する強い信頼を込めた言葉を思い浮かべたためだ。ああまで言われてしまっては、無理だからバックアップを付けてください、とは言いづらいではないか。

「アインズ様は恐ろしいお方だ」

 デミウルゴスをして、理性より感情を優先させるとは――。

「おっと、いけないね」

 デミウルゴスはだらしなく歪みきった顔を意志の力で押さえ込む。自らの主人の言葉を思い出すだけでゾクリとしたものが走り、生きる者を苦しませるのと同等、もしくはそれ以上の愉悦を感じてしまう。
 しかしながら、そんな最高の感情を押し殺すのは惜しいが、今しなくてはならないことは別にあるのだから。
 何より今後もそういうわけには行かない。
 今回限り、感情を優先させるのは今回限りだ。次回からはたとえなんと言われても、任務の完全なる遂行を第一に考える。
 そう決心したデミウルゴスは次に打つ手を考える。

「やれやれ。手が足りないものだね」

 デミウルゴスは一瞬だけ自らの能力を行使して、悪魔を召喚することを考える。サキュバスなどは精神操作系の特殊能力や魔法を持っている。こんな状況下や場所では使い勝手が良いとも言えるだろう。しかしながら悪魔に対して人間が強い忌避感を持つのは自らの牧場で分かっている。
 一応、人を助けるという名目でここに来ているのだ。悪魔を使ったりするのは少々不味いだろう。
 悪魔を召喚する奴は大抵の場合『悪』とレッテルを貼られるのだから。

 そのため手が足りないという状況から来る不満は、その状況を生み出した、この場にいない人物に向けられる。

「――先に行きすぎだよ、おろかもの」

 扉を破壊された家屋に人影はなく、当然、侵入したセバスの姿は見えない。
 本来であれば、指令どおりセバスと一緒に歩を進めて行動するのが正しいことなのかもしれない。しかしどうもデミウルゴスとセバスの仲は良くは無い。別に憎みあっているとか、足を引っ張りたいという気持ちは皆無なのだが、なんとなくそりが合わないのだ。
 そのため2人で役割を分担したのだ。
 セバスが内部に乗り込み、人を救出する。デミウルゴスは救出した人間をナザリックまで転送する。そんな役割に。
 勿論、デミウルゴスのすべきことはそれだけではない。情報があまりに多く漏れるのを避けるために、周辺の監視をおこなっているのだ。

「しかし……あの甘い考えで、どれだけの厄介ごとを背負い込んだのか」

 セバスを思い、仮面の下の顔をデミウルゴスは歪める。

「アインズ様の部下に対する優しさを利用するというのが、まったく不快だな」 

 デミウルゴスが不満を漏らすというのは滅多にありえる光景ではない。それを目にすれば同僚の他の守護者も驚きの表情を浮かべるだろう。
 それだけデミウルゴスはセバスとはそりが合わないのだ。まだ性格が正反対のペストーニャの方がそりが合うほどに。

 セバスとのそりが合わないのも、実際に確認できた。
 セバスは急ぎで救出することを選択し、デミウルゴスはナザリックでの受け入れ準備や今までセバスのいた屋敷からの撤退準備を優先させるべきと考えたのだ。2人の意見は物言いに終わり、結果セバスが先行して突入をすることとなった。
 遅れて、飛行能力を使用して近くの家屋の屋根に到着したデミウルゴスが見たのが、破壊された扉だということだ。

「誰が見ているか不明だし、国家権力が動くかもしれない。好奇心を強すぎるほど刺激するような侵入跡はバカのすることだろう?」

 はぁとため息をつき、さてどうするかとデミウルゴスは考える。

 扉を直した方が良いのは当たり前なのだが、デミウルゴスには修理関係の魔法は使えない。幻術も同じだ。ぶっちゃけて、デミウルゴスに出来ることといったら、せめて扉を立てかけるぐらいだろう。もしくは扉を隠して、元々開いているんだと思わせるぐらいか。
 どちらの方が良いか。
 迷ったデミウルゴスに声が突如掛かった。


 この場所に到着するまで、デミウルゴスは細心の注意を払っている。
 自らの主人は多少情報が漏れるのも良し。そういう考えを聞いてはいるが、デミウルゴスが素顔で街中を歩けば、その悪魔的な外見を持つこともあって、目立ちすぎるだろう。
 だからこそ、スクロールから《インヴィジビリティ/透明化》の魔法を発動し、不可視状態で移動してきたのである。
 10位階までの魔法を使用することはできるるものの、デミウルゴスの使える魔法の種類は非常に少ない。数えるのが容易なほどだ。そのため《パーフェクト・アンノウアブル/完全不可知化》のような感知不可能な魔法を使えないため、貰ったスクロールによる発動を行ったのだ。
 次に身に纏った衣装は黒色。更にはかなりの上空からの飛行によっての到着だ。これら細心の注意によって、デミウルゴスの発見はほぼ不可能に等しいだろう。
 誰が《シースルー・インヴィジビリティ/透明化看破》に《ダーク・ヴィジョン/闇視》をタイミングよく発動させておき、さらには夜空に注意を払う者がいるだろうか。そんな人物がいるという可能性は考えられないほど低い。
 しかし、その日に限って、そんな人物はいたのだ。


「で、そんなところで何をしているのか、聞かせてもらおうか?」

 デミウルゴスの背後より掛かった声は、くぐもったような奇怪なものであるため、どんな存在が声を発したかまではデミウルゴスには理解できない。
 迂闊。
 デミウルゴスはセバスのことを考えていた以上に、仮面の下の顔を歪める。

 デミウルゴスは能力の基礎値は高い。単純にレベルが100レベルに達しているためだ。それに異形種の存在は人間種や亜人種よりも1レベルごとの能力値の上昇値は高い。ただ、それでもシーフやレンジャー系統に代表されるような探知能力に長けているわけではない。
 アインズやアウラ、シャルティアならば魔法によって代用するだろうし、セバスやコキュートスではその戦士の勘が感知能力の代わりとなるだろう。しかし、デミウルゴスにはその能力は無い。そのため、気付くことなく、相手の接近を許してしまったということだ。

「基礎能力だけに過信している痛い目を見るということかね?」

 デミウルゴスはため息をつく。なんという失態だと、自らの情けなさに頭を抱え、即座に現状を修正する方法を考える。

「なにを言っている? こっちをゆっくりと振り返れ。変な行動をしたら即座に命を失うと思ってもらおうか? 味方かもしれんが、間違いで命を失いたくは無いだろ?」

 攻撃するという意志が偽りで無い、そんな張り詰めたものを感じ、デミウルゴスはゆっくりと振り返る。

 そこにいたのは小さな存在だ。デミウルゴスと同じような黒色のローブを纏い、長い黒髪が風に揺らめいている。その顔は仮面によって隠されていた。
 イビルアイ。
 デミウルゴスは知らないが、そんな名で知られる王国最高の冒険者パーティーの片割れ、『蒼の薔薇』の一員だ。

 謎の人物を前にデミウルゴスから口を開く。少しでも話の主導権をとるのが狙いだ。

「私はここに人を助けるために来たのだがね? 君はなにをしに来たのかね?」
「なに……」

 先手を取って問いかけられ、イビルアイの声に動揺の色が混じる。デミウルゴスは薄く笑うと、更に言葉を紡ぐ。

「君が私の邪魔をするというのなら、殺さなくてはならないのだが?」
「……なるほど、目的は同じか。何故、そのような怪しげな格好をしている?」
「……君に言われるとは思わなかったが……秘密裏の行動だからだよ」
「ふむ……」

 互いの相手の出方を伺う時間があり、次に口を開いたのはイビルアイだった。

「そうか、理解した。ならばこの後は我々が継ぐ。お前は立ち去れ」
「……」

 イビルアイの言葉に、正当性が向こうにある雰囲気をかぎつけ、デミウルゴスは困惑する。法を後ろ盾にする者特有の傲慢さと意志の硬さを感じ取ったのだ。

「…………その言葉だけでは信頼できないな。証拠を見せてもらおうかな?」
「……見せたら従うのか? その前に仮面を外して顔を見せてもらおうか? この王都に住むものなら、私が何者かは知っているだろう?」
「…………」

 デミウルゴスは自分が非常に厄介な状況に追い込まれたことを理解した。この国の権力機構に繋がる存在に遭遇する可能性は考えてもいたが……。

「……知ってはいるとも、しかし君がその人物だという証拠にもならないな。そちらもその仮面を外したらどうかね?」

 常時仮面を被った有名人なんかいるわけが無い。デミウルゴスと同じように顔を隠すという意味で今仮面を被っているのだろう。そう考えたが故の言葉だ。しかし、この場にあってはそれは大きなミスだった。

「なに? 仮面を外せ……?」
「そうだと――」

 言葉を遮るように、イビルアイがゆっくりと身構える。

「――正直に言ってやろう。……お前がどこの貴族に雇われた存在か不明だから、逃がす気は元々なかった。しかし、それ以上に私を知らないということに興味を惹かれるぞ? 『蒼の薔薇』のイビルアイを知らないようなこういった世界の住人には、な」

 その言葉に含まれた意思。
 デミウルゴスは交渉の余地無しと判断する。

「……時間を稼いでいたのかね?」
「それもある」

 そして仮面を被った2人は互いを見やった。
 2人のいる屋根の上を風が流れる。


 イビルアイはゾクリとしたものを感じた。それが屋根を流れた風ではなく、自らの前にいる者からだと直感する。吹き付けてくるような嫌悪感と焦燥感、そして圧し掛かった来るのような重圧。
 Aクラス以上が相手にするような上位モンスターが纏う、圧力。それをはるかに上回るようなものだ。
 今まで生きてきた時間、経験を凌ぐ、イビルアイにとっての始めての経験。それでも立ちすくみそうになりながらも、行動しようとするのはイビルアイが非凡な身であることの所以だろう。
 ただ、イビルアイは動こうとするが、ほんの少しの硬直はデミウルゴスクラスの超が付きそうな存在からすれば、あまりにも大きな隙である。

『自害したまえ』

 支配の呪言がデミウルゴスからイビルアイに放たれ――

「なに!」
「なに?」

 驚きの声が2つ上がった。前者がイビルアイのもので、後者がデミウルゴスのものだ。
 イビルアイは大きく飛びのく。飛行の魔法が掛かっているため、足をつけることなく不安定な屋根を軽やかに飛びのくことができる。
 後方に離れたイビルアイに追撃をかけることなく、デミウルゴスは頭を振った。
 そしてイビルアイとデミウルゴスの2者は、仮面越しに互いの動きを見極めようと、にらみ合いを始める。


 強者であるデミウルゴスが即座に攻撃を仕掛けない理由はたった1つである。

「……やれやれ」

 デミウルゴスは自らの攻撃手段の1つである支配の呪言が効果を発揮しなかったことに、さらなる厄介ごとを理解したのだ。

 支配の呪言は効けば致命的な能力である。だが、無敵でも最強でもない。結局は音声による精神作用の技だ。それを知っていれば防ぎような幾らでもある。
 例えばその人物が40レベル以上であること。または精神作用、もしくはその系統の1つである支配系に対する完全耐性。はたまたは音による攻撃なので音波攻撃無効。それ以外にも知能低下による言語能力に対する理解能力の低下など防ぐなら手段は無数にある。
 問題は眼前の敵が一体、どのような方法で防いだかということだ。
 もし仮にレベルが上であることによって防がれたとしたら、面倒なこととなる。

「やつめ、適当な仕事をして」

 デミウルゴスの不満はセバスに向けられる。
 支配の呪言を防げそうな人物がいるという情報をデミウルゴスが聞いてないことから、王都での情報収集ということで送り出されたセバスに対してだ。
 しかし実のところは違う。
 セバスはイビルアイという人物に関しての、ある程度は情報を集めている。デミウルゴスにその情報が伝わらなかったのはアインズの失態だ。
 アインズは元々は単なる1社会人であり、上に立つような地位のあったものではない。そのため、情報の大切さまでは知ってはいるものの、部下に対してどの情報を伝えるべきか、いつ伝えるか、そういったことが上手くないのだ。

 シャルティアという失敗例があったにも係わらず、同じ事をするのだから駄目な奴だといわれても仕方が無いところだろう。しかしアインズの立場に立って言い訳をするなら、このような状態――デミウルゴスをセバスのバックアップとして出撃させる。さらにイビルアイと遭遇するなんて事態は考えてもいなかったし、セバスから上がってきた無数の情報の中、必要と思われる情報のみを説明する時間も無かったというところか。
 そんなことを知らないデミウルゴスはセバスに対して不満を思うのだが。

 そんなわけで、情報を持たない、いわば暗闇に明かりを持たずに放り込まれたような状況であるデミウルゴスは、行動を大きく抑止されていたのだ。


 そしてイビルアイ。彼女もデミウルゴス同様、動けない状況だった。
 なぜなら相手がどれほどの強者か不明だからだ。いや、圧倒的な強者だというのは、経験から直感できる。ただ、勝算が何パーセントあるのか、はたまたは逃げ出した場合逃げ切れる可能性は何パーセントあるのか。そういうハイレベルな点での予測が判別できないからだ。

 では目の前の敵はどれほどの存在か。
 ここで考えの1つとなってくるのは、先ほどの攻撃だ。
 目に見える攻撃をされたわけではないが、眼前の謎の存在からの放たれる何か異様な感覚があった。これはかなりの知識をもつイビルアイをして、未知のなんらかの技だった。

 『歴戦の冒険者は戦う前から勝利を得る』

 これは情報の大切さを語る言葉である。つまりは戦闘前の情報分析から来る準備で大抵の場合、勝敗が決するということだ。歴戦であればあるほどこの傾向は強い。そのため、逆に遭遇戦を嫌う傾向になっていくのは仕方が無いことだ。
 つまりはイビルアイもデミウルゴス同様、暗闇の中に明かりも持たずに放り込まれたようなものだった。


 少しの時間、互いの動きを伺いあい、最初に動いたのは不利な方――デミウルゴスだった。
 時間の経過が有利に働くのはイビルアイだと互いに理解していたがゆえだ。

 ダンと踏み込み、一気にイビルアイにデミウルゴスは迫る。保有する無数の攻撃手段からデミウルゴスが選んだのは拳による一撃。
 途中から移動手段を飛行の魔法に切り替えることで、足場の不確かさのペナルティは受けない。

 デミウルゴスの肉体能力は守護者の中では最弱である。アインズには流石に負けないにしても、それ以外の者には勝算は確実に無い。戦闘メイドと五分、もしくは多少優れる程度だ。そんな彼が肉弾戦を選んだのは、彼が慎重派であるためだ。
 手札を切ることを避けたというわけだ。

 迎え撃つイビルアイが収める魔法の数は100を凌ぎ、接近してくる相手に対して放つべき魔法も無数にある。しかし、無数の戦いをこなしてきたイビルアイは直感した。その辺の魔法では打ち勝て無いと。
 巨大なドラゴンが突撃してきたイメージ。それを遥かに凌ぐ何かを鋭敏に感じ取ったのだ。

「《トランスロケーション・ダメージ/損傷移行》」

 デミウルゴスは未知の魔法を使われたことに警戒感はあったため、僅かに威力を殺し、様子を見るという意味での拳をイビルアイ目掛け叩き込む。
 デミウルゴスが想像していたような盾のようなものは生まれずに、イビルアイの小さく薄い腹部に拳が突き刺さった。

「……おや?」

 デミウルゴスの拳には、分厚い布団を叩くような感触が伝わってきたのだ。
 反撃とばかりにイビルアイの拳がデミウルゴスの肉体に突き刺さるが、デミウルゴスの魔法的な守りを突破するには至らない。デミウルゴスの肉体は神聖系の属性武器でなければ、ダメージを軽減する能力を有しているのだから。

「くそ!」

 拳を押さえながら、飛びのいたイビルアイに対してデミウルゴスが追撃を行わなかったのは、自らの知らない魔法を使われたことに対して、警戒感を覚えたためだ。

 両者の距離は離れる。それはイビルアイが望んでいたもの。

「追撃をかけなかった己の愚かさを悔やめ!」手の内に現れた龍のごとき雷に、イビルアイは自らの魔力を貪り食わせる。「くたばれ! 《マキシマイズマジック・ドラゴン・ライトニング/最強化・龍電》!」

 威力を増大したために太さを増した雷撃が、龍のごとくのたうちながらデミウルゴス目掛け走る。デミウルゴスの漆黒のローブが雷光が白く染まった。
 これで倒しきれる自信は無いが、それでもかなりのダメージを追うはず。
 自らの使える最高位の攻撃魔法を放ったイビルアイはそう考え、続く手を考える。

 デミウルゴスは接近してくる雷撃を前に頭を僅かに傾げた。防御手段は一切取らない。そして雷龍がデミウルゴスの体を飲み込むと思われた瞬間――雷光が周囲に飛散した。
 まるでさきほどの白い光が嘘だったように静寂と暗闇が周囲に戻ってくる。

 ――無傷。

 デミウルゴスの衣服に焼け跡すらない。
 それを見たイビルアイの仮面の下の顔が大きく歪んだ。

「お前は何者だ!」

 叫び声。そこには様々な感情を含んでいるものだった。

「私の魔法を無効にできる存在なんか会ったことも無い! 上位ドラゴンでも……魔神でもだ! お前は何者だ!」
「良い声だね」

 静かな声が風にのって流れる。その声に含まれた感情は戦闘中、敵に向けるものではない。

「……なに?」
「今、その仮面の下ではどのような表情を浮かべているのか。それを思うだけでも楽しくなってくるよ」

 ゾワリとしたものがイビルアイの背筋を震わす。頭のおかしい奴というのは幾らでもいるものだ。だが、イビルアイからすればどんな奴でも自らよりも弱い存在。焦りを感じたことは無い。
 ただ、今目の前にいる奴はやばすぎる。
 雷撃によるダメージを無効にする能力――雷撃ダメージ無効――を持つモンスターもいるが、それとは違う反応だった。
 そうなると次に浮かぶ考えは、魔法を無効化する特殊能力のことだ。ただ、それは――両者に圧倒的な力量差がなければ難しい。もし仮に魔法無効化だとすると――つまりは目の前の奴は、イビルアイを遥かに凌ぐ、圧倒的にやばい存在だということ。

「しかしあまり遊んでもいられないのが残念だよ」

 デミウルゴスの雰囲気の変化はイビルアイの背筋を振るわせる。
 本気になったとしたら――。
 この世界の頂点クラスに位置する自ら。それを凌駕するだろう存在の本気。それは――イビルアイは必死に生き残る手段を探す。この100年。決して感じたことの無い命の危険に身を震わせながら。
 ただ、イビルアイが手段を打つより早く、デミウルゴスの魔法は発動し始める。

「《イートアンダイディ――/食い散らかす――》」

 しかしデミウルゴスの魔法は放たれる前に目標を消失する。

「何?」

 デミウルゴスの顔が動き、10メートルほど離れた廃屋の屋根を眺めた。
 そこにはイビルアイ。そしてもう1人の人影があった。
 漆黒の衣装に身を包んだ女性だ。それがまるでイビルアイを後ろから抱きかかえるように立っていた。

「くんかくんか、よいにほい」
「遊んでいる場合か、あほ!」

 まるで緊張感の無いことを話す、首筋に顔を埋めた仲間の1人であるティナを無理矢理引き剥がし、イビルアイは叫ぶ。
 その言葉に込められたものを鋭く感じ取り、表情こそ変化は無いものの、ティナの瞳に宿る色が強くなる。

「きょうてき?」
「桁が違う! 私の魔法をなんらかの手段で無効化し、肉体能力でも私を凌駕する存在だぞ! 最低でもA+冒険者以上、恐らくは英雄クラスだ!」
「やば……」

 イビルアイの肉体能力は、『蒼の薔薇』の戦士であるガガーランを単純な意味なら凌ぐ。確かに純粋な戦闘になれば経験や技、武装に長けるガガーランが勝つだろう。ただ、イビルアイは元々魔法使いだ。それを考えればイビルアイの戦闘能力は桁が違う。
 そんな彼女を持って桁が違うと言わせる相手。それはどれほどの存在か。
 その言葉はティナの思考を切り替えさせるには充分だ。

「逃げるぞ! 全員でなければ勝てん!」
「りょうかい。ちんこやろう」

 ティナの性癖から来る最大の罵声が漏れる。
 別に罵声に反応したわけではないが、デミウルゴスの瞳がグリュリと変化した。縦に割れた金色のものへと。

 デミウルゴスが保有するクラスの1つ『ゲイザー』。
 なんらかの凝視能力を特殊能力として保有する者しかなれないクラスだ。様々な視線能力を得られるこのクラスの特殊能力の1つ――石化の視線。
 視線攻撃は別に視線を合わせなくても、その様々な効果を発揮することができる。難点は距離が短いことだが、利点としては視界内の複数を同時にターゲットに出来るということだろう。ユグドラシルというゲーム上では効果範囲を示すかっこ悪いエフェクトが起こるのだが、この世界ではそのようなものは起こらない。
 抵抗に失敗したものを即座に石と変える視線が2人に向けられる。
 だが、その前に――

「大瀑布の術!」

 その声と共にティナとイビルアイを覆い隠すように下から水が吹き上がる。屋根という場所で起こるのだ。自然のものではないのは当たり前だ。
 その水は半球を描いて、完全にその内に2人を包み込んだ。
 下から上に吹き上がる、滝のごとき水は飛沫を上げながら白濁し、奥の2人の姿がほぼぼんやりとしか捉えることはできない。
 これでは凝視の効果も乏しいだろう。

「――忍術? とすると忍?」

 忍はシーフ系の中でもアサシン関係のスキルを多く必要とするクラスであり、60レベルを超える存在でなければなれない職業である。直接戦闘能力を多少失う代わりに忍術を多く収めるカシンコジ、逆に直接戦闘能力を高めるハンゾウなどのクラスが存在する。
 同程度の戦士などよりは弱いが、デミウルゴスとて直接戦闘だけでは余裕で戦える相手ではない。

「……あまり強そうではないんだが……」

 身に纏っていた武器や防具。魔法のアイテムだとは思われるのだが、デミウルゴスに警戒感を抱かせるほど強力なものは無かった。
 とはいえ、油断しすぎるのも問題があるだろう。せめて肉体能力を上昇させる必要はある。

 デミウルゴスの服の下の肉体が隆起する。
 『デモニックエッセンス』の悪魔の諸相の1つ。おぞましき肉体強化。そのままだが、筋力を一時的に増大させる技だ。これで大瀑布の術をぶち破るつもりなのだ。

 シャルティアは神官系、アウラがドルイドからの派生したビーストテイマー系、コキュートスが戦士系とあるようにデミウルゴスにも保有しているクラスの系統がある。
 それはモンスター系統といっても良いものだ。
 凝視攻撃、ブレス、モンスター召喚、呪い、毒や病気などのバッドコンデション。そういったものを得るようなクラスばかりで構築されている。
 先ほどのゲイザーもデモニックエッセンスもその一環だ。

 強化された肉体を持ってデミウルゴスは跳躍する。しかし、それを待っていたかのように、瀑布の向こう側から女性の声が聞こえる。

「――不動金剛の術」

 滝の輝き――水の飛散する輝きが別のものへと変化する。それは金剛石の輝きだ。見れば瀑布が流れを止め、巨大で強固な宝石の塊へと変わっていた。

「っ!」

 デミウルゴスは拳を止め、巨大な塊――そしてその奥に僅かに見える2人分の影を眺める。

 忍術は種類が少なく、そして位階というのが無い代わりに、消費したMPの量で効果が変わってくる。いうなら第1位階不動金剛の術、第2位階不動金剛の術、第3位階不動金剛の術……とあるというわけだ。そして膨大なMPを消費して発動させる最高レベルの忍術はかなり強力だ。ベースとなる効果は第10位階魔法よりも上だろう。
 そして厄介なのはどれぐらいの位階に匹敵する効果が発揮されているのか、外見からは全く同じなため想像がつかないことか。

 不動金剛の術は物理攻撃に対して比類ない盾を生み出す。魔法攻撃には脆い盾なのだが。ただ、魔法攻撃手段をあまり持たないデミウルゴスではこれを破壊できず、向こうに時間だけを与える可能性も無いわけではない。
 派手に戦うべきか? デミウルゴスは思案する。
 デミウルゴスの強い攻撃手段は得てして、範囲攻撃が多い。『内臓が入し香炉』、『明けの明星』、『ソドムの火と硫黄』などの特殊能力に代表されるように。
 しかし、派手すぎる。空から光の柱なんかが落ちてきたら、目立ちすぎだろう。そう。それはある路地で扉が壊れているよりも。

 さて、どうするか。

 そう考えながらデミウルゴスは軽く、コツコツと金剛石の盾を叩く。そして舌打ちを1つ。それは自らが騙されたことに関して理解した者が浮かべるものだ。

 軽く叩く――その瞬間、全てが砕け散った。
 宝石のごとき無数のきらめきを上げながら散っていくが、そのどれも地面にまで残っているものは無い。その破壊された奥には2人分の人がいた。いや、人のようなものというべきか。
 それは膨らんだ服。それがまるで人間のように立っていた。

「……遁術」

 着用している鎧を確実に喪失する代わりに、それを身代わりに転移を行う忍術。鎧が喪失するぐらいなら死んだ方がましだという人間が多い、ユグドラシルでは死に忍術だ。
 しかしこの場にあっては効果的だ。

「逃がしてしまったようだね」

 悪魔を召喚して後を追う。自らの主人に謝罪し、援軍を送ってもらう。幾つかのアイデアがデミウルゴスの中に生まれるが、それらを全て破棄する。
 別に逃がしたところで問題になるわけではない。もしデミウルゴスの正体がばれていては厄介なことになるが、たまたま屋根で遭遇して戦闘になっただけの問題だ。それに重要な情報を流した記憶も無い。
 ならばそれは致命的問題からはほど遠いということ。
 それに――。

 デミウルゴスは預かってきたスクロールを開く。そこに書かれた魔法は《メッセージ/伝言》である。

「セバスに謝罪をしないとね。即座に撤収すべきと。助けるべき相手がもっといたとしてもね」

 デミウルゴスの仮面の下の顔。そこには僅かな笑みがあった。




「イビルアイ、大丈夫?」
「ああ……無様な姿を見せたな」

 自らのリーダーであるラキュースの言葉に反応し、イビルアイはのろのろと立ち上がる。
 ここまでティナに連れて来られてから、糸が切れるように崩れ落ちてしまったのだ。その原因は精神的な疲労だ。イビルアイが精神的疲労というとありえないような話だが、彼女はどちらかといえば人間の近い面がある。だからこそだろう。

「いえ、それは構わないわ。誰だって怯えることはあるもの」
「そんなことより、行かねぇと不味いだろ?」

 今行っている場所には、ある男が1人でいるはずなのだから。ただ、それをイビルアイは止める。

「止めた方がいいな。行ったら死ぬぞ?」
「みなそろったけど、かてない?」

 ぴたりと動きを止めてイビルアイがティナを見る。

「無理だな。あれは私以上の存在だな」
「あなた以上って……そんな……」

『蒼の薔薇』の誰もが絶句した。イビルアイに勝てる存在なんか聞いたことがないと。
 イビルアイの単体での戦闘能力は、現在の『蒼の薔薇』全員を凌駕する。そのイビルアイ以上といわれれば当然の反応だろう。

「私に勝ったあの時のフルメンバーに私が参加しても、あいつに勝つのは難しいだろうな」
「婆さんを入れてもかよ」

 即座に立ち直ったガガーランがぼりぼりと頭を掻く。
 現在はいないが、イビルアイを除く『蒼の薔薇』の誰よりも強い人物。それをいれても勝てないとなるともはやどうしようもない。論外にそういうニュアンスを含ませて。

「……何だと思います?」
「奴の正体か? ……上位ドラゴンといった人間をはるかに凌ぐ存在だろうな。それ以上は流石に分からん」
「そんな存在がなんでいるの?」
「知るか」
「やべぇ、死んだか、クライム。……童貞のまま」
「……人助けに来たとか言っていたからもしかすると生きているかもしれないがな」
「ますます目的が不明だわ。……なんかイメージに合わないというか……」

 『蒼の薔薇』全員で頭を捻る。そんな桁の違う存在が、何で1人で人間の都にいるのか。まるでイメージに合わないというか、チグハグしている。

「すまんな。交渉の余地をなくしてしまって」
「まぁ、大きなミスだよね」

 ティアのつっこみを受けて、イビルアイがぐぅとうめき声を上げる。
 イビルアイの今回の行動は、自らが最強であるということに自信を持ちすぎたものだ。もし賢く立ち回るのなら、ティナかティアにバトンタッチして相手の正体を掴むように行動すべきだっただろう。

「まぁ仕方が無いでしょう。交渉でどうにかなるなら、頭を下げて許してもらいましょう。お金ならあの娘に出してもらえば良いわけですし。問題は――」
「いびるあいよりもつよいやつなんかきいたことがないっていうことだねー」
「伝説レベルでいいならいるがな」
「伝説じゃなく世界に隠れていた存在だとすると、そいつが動き出した理由が知りたいものね」

 まさか、イビルアイ以上の存在が本当に人助けのために来たとは思えない。もっと深い何らかの目的のためだと考える方が理解できる。

「魔神とかか?」
「……魔神クラスでも、私たちなら勝てる」

 かの13英雄が戦った魔神。それにすら勝てると言われて、ラキュースが苦笑いを浮かべた。つまりはその謎の存在は魔神を遥かに凌ぐ存在だということだ。
 国を滅ぼし、多くの生物を苦しめた存在よりも強者。そんな存在が隠密裏に行動をしている。
 相手が敵意を持って動き回っているのでなければ構わない。しかしもし持っていたら?

「……それって下手したら世界の危機じゃない?」
「やばいねー」

 同じ考えに達したティナが呟く。遅れて全員が同じ結論に達したのか、暗い顔でため息をついた。
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