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侵入者-7


 荒い息でアルシェは呼吸を繰り返す。
 周囲の草や樹が風でゆれるたび、びくりと身を震わす。そして小動物の動きを持って、周囲を見渡した。
 確かに周囲は森という場所であり、光の届かない場所は多くある。いや、自然林ごときこの場所では、鬱蒼と茂った木々の枝によって天空からの明かりは遮られ、地上部分に明かりは殆ど無い。
 人の目では歩くことも困難に近い場所を、明かり無くアルシェが行動できるのは当然理由がある。それは現在彼女が発動している魔法、《ダーク・ヴィジョン/闇視》によって周囲を真昼のごとく見渡すことが出来るからだ。
 しかし見渡せるといっても、人ぐらい簡単に隠れられそうな下生え。その後ろに充分に身を潜められそうな巨木。ザワザワと揺れる枝等。注意を払うべき場所は無数にある。
 魔法使いであるアルシェではモンスターに飛び掛られたりしたら、力で振り払うことは出来ない可能性のほうが高い。本来であれば仲間が即座に助けてくれるだろうが、現在は助けてくれる人も、前を受け持ってくれる人も、治癒してくれる人も誰もいないのだ。
 つまりは接近戦を挑まれる前に知覚し、距離をとるなり逃げ出すなりする必要がある。それが分かっているからこそ、精神を張り詰めて周囲を伺う必要があるため、精神的な疲労は通常よりも激しい。

 元々最初は外に出たなら、飛行の魔法を使って一気に逃げる計画だった。しかし、木々の上まで昇ったとき、夜空の中、切り絵の影のような黒く巨大なものが何かを探すように飛行しているのを目撃し、その考えは放棄した。
 その巨大な蝙蝠のような存在。それを視認してしまっては、流石に飛行速度の勝負をする気にはなれなかった。《インヴィジビリティ/透明化》の魔法は視覚を騙すことはできても、蝙蝠の保有する特殊な感覚器官を騙すことはできないからだ。

 アルシェは周囲を伺い、再び浮かぶとトロトロとした速度で中空を進む。
 本来の《フライ/飛行》からすれば非常に劣る速度で進むのは、周囲を伺うためだ。全力で飛んでいると、流石に周囲を伺う余力はないし、視認のタイミングが遅れる。そうなるとモンスターのど真ん中に飛び込むことだって考えられる。それを避ける手段はやはり速度を落として飛行するということだ。


 やがてアルシェは自らを包む、魔法の膜が弱まっていくのを感じ取った。《フライ/飛行》の制限時間が経過してしまったのだ。
 ゆっくりと足を地面につける。
 問題はここからどうするかだ。再び《フライ/飛行》の魔法を使うこと自体は問題ではない。その程度の魔力は残っているのが、目を瞑れば感じ取れる。しかし、《ダーク・ヴィジョン/闇視》も必要不可欠だし、モンスターがいた場合を考えて《インヴィジビリティ/透明化》。そして戦闘が避けられない場合の魔力も残しておかなくてはならない。
 アルシェの使える魔法の中でも、第3位階魔法である《フライ/飛行》は最も位階の高い魔法だ。いうなら最も魔力を削る魔法だ。出来れば使わないで魔力を温存したいのは事実。
 墳墓に入り、ここに転移させられる間、かなりの魔力を消費してしまったからだ。残った魔力では《フライ/飛行》もあまり回数は使えないだろうし。

 しかし、この森という足場の悪い地形を簡単に踏破する魔法は惜しい。さらに《フライ/飛行》の魔法が失われるということは自らが何処にいるのか、方向感覚が消失するということだ。

 森というのは言うまでもなく、まっすぐ進んでいるつもりでも徐々に向かう先が狂ってくるもの。これは生えている樹を迂回したり、倒木を乗り越えたりした時などに、どうしても起こってしまう。さらに目立った標識になるものがない以上、自分がどこを歩いているのかを知覚することは非常に困難なのだ。

 飛行の魔法が発動している間は木の上まで昇り、周囲を伺うことで自分の現在位置の確認は取れた。特に闘技場の直ぐ傍に巨大な樹があったことが幸運だった。それらを始点に方角をつかめることが出来るのだから。しかし魔法の切れた今となっては、それは困難を極める。流石に樹を登攀し、周囲の状況を伺うなんて余裕は無いからだ。

「──どこかで休む」

 アルシェは呟く。
 確かに休んで魔力を回復させれば、《フライ/飛行》の使用回数も格段に増えるし、太陽の下で行動した方が安全だ。特に森とかに住むモンスターは夜行性のものが多い。
 この暗い森を無理に進むより、一夜を明かしたほうが安全性は非常に高いだろう。

 しかし、何処なら安全なのかというのがアルシェには分からない。
 もしこの場にイミーナがいれば教えてくれただろう。しかし頼れる仲間はいないのだ。

「──イミーナ、ロバーデイク」

 アルシェは巨木にもたれかかり、仲間を思い出す。

「……うそつき」

 これだけ時間がたったのに2人が追ってくる気配は無い。闘技場で何かが起こった気配も無い。そして2人が何らかの手段でこちらと連絡を取ろうとする気配も無い。そこから導き出される答えは1つだけだ。

 彼らの死。

 いや、無論分かっている。闘技場を出る前から分かっていたことだ。彼らがアインズという桁の違う存在に勝てるわけが無いと。だが、それでも淡い期待を抱いてしまったのは、アルシェが愚かだからだろうか――。

 アルシェはぺたんと座り込み、背中を樹にあずける。
 アルシェは目を閉じる。無論危険なのは分かっている。しかし目を閉じたかったのだ。
 2人──いや3人のことを思いながら、目を強く閉じる。

 樹の冷たい感触が頭部に心地よく感じられる。少し休むと、自らが疲労していたことを強く感じさせる。高ぶった緊張感が精神的な疲労として、のしかかってくるようだった。

「──はぁ」

 首の力を抜き、頭を後ろに傾けるような、見上げるような角度を取る。
 そして目を見開いた。

 《ダーク・ヴィジョン/闇視》によって明るい世界の中、それが視界に入ったことが理解できなかった。
 アルシェを見下ろす人物がいたのだ。
 それはアルシェの見たことの無い、非常に美しい少女だった。
 着ている服は場所から考えると、あまりにも適してない柔らかそうな漆黒のボールガウン。白蝋じみた白さを持つ肌。そして長い銀色の髪を片手でつまんでアルシェの元まで垂れないようにしていた。
 貴族であるアルシェですらこれほどの美しい少女を見たことが無い。もし舞踏会に出れば引っ張りだこだろうし、その美貌だけで欲しいものは全て手に入るだろう。
 そんな少女の真紅の瞳に、吸い込まれそうなものを感じていた。

 だが、すぐにアルシェは我に返る。こんな場所にこんな格好をした者がいるはずがない。さらに彼女は両足を樹に付け、垂直に立っているのだ。

 考えられるのはアインズの言っていた追跡者。だが、この森に昔から住んでいる住人ということも絶対に無いとは言い切れない。

「鬼ごっこは終わり?」

 淡い期待は容易く裏切られる。

「──追跡者」

 アルシェは飛び起きると、距離を取りつつ、少女目掛け杖を突きつける。少女はそんなアルシェに興味をなくしたように、樹を歩き、地面に降り立つ。

「ほら早く逃げないと」
「──ここであなたを倒せば安全に逃げられる」

 といいながらもアルシェは内心苦笑いだ。アインズという存在がよこした追跡者に勝てるはずがないと理解しているからだ。そんな弱いものを送り出さないだろう。
 それなのにこんな態度に出たのはあくまでも相手の反応を伺うためだ。

「ならどうぞ。僅かぐらいなら遊んであげんす」

 彼我の強さの差を完全に理解した態度。つまりは彼女にとっては、アルシェとの戦闘は完全に遊びの領域だということ。

「──《フライ/飛行》!」

 アルシェは魔法を詠唱すると、逃亡を開始する。地上をトロトロと飛行する余裕は無い。一気に上昇する。両手で顔を庇い、枝の間を抜け、一気に木の上に出る。

 夜空の下、アルシェは周囲を見渡す。先程見た巨大なこうもりにも似たモンスターがいることを警戒したのだ。しかし、周囲に存在は確認されない。ならば逃走するだけだ。

「ほら頑張れ、頑張れ」

 逃げ出そうとするアルシェに綺麗な声が掛かる。どきんとアルシェの心臓が1つ大きく鳴った。視線が彷徨い、どこにいるのかを探す。そして向かった先は、アルシェの更に上空。
 そこにいつからいたのか、先程の少女がいた。

「――《ライトニング/電撃》!」

 突きつけた杖の先端から青白い雷撃が夜闇を切り裂き、彼女に突き刺さる。アルシェの使える最大の攻撃魔法だ。それに貫かれてなお、彼女の顔に浮かんだ微笑は絶えることが無い。

 アインズに匹敵するだけの存在。アルシェはそう確信する。それはつまりはアルシェでは勝ち得ない存在だということ。逃げ出そうとするアルシェに、少女の楽しげな声が掛かる。

「眷属よ」

 少女の背中から巨大な羽根が伸びた。それはコウモリの羽根の様で、ただ、あまりにも巨大だった。背中から分離するように飛び立ったのは翼幅5メートル、体長1.5メートルにもなるコウモリだ。無論、真紅の瞳を持つコウモリが単なるものであるはずが無い。
 バサバサという音を立てながら飛び上がるコウモリの近くで、ニンマリと少女が哂った。アルシェの全身が凍りつくような、年齢に全く似合わない笑みで。

「さぁ、頑張って逃げてくんなまし――」


 アルシェは逃げる。
 只ひたすら逃げる。
 相手を撒くために木々の中に突入し、枝で己の体を傷つけながら逃げた。
 仲間を置いて逃げたのだ。せめて逃げ切らなければならない。そのためならどんなことでもしようと思っていた。

 そしてどれだけ飛んだか。数度《フライ/飛行》の魔法をかけ、アルシェの魔力が完全になくなった頃、アルシェは絶望を直視していた。

 壁だ。
 不可視の壁がそこにあったのだ。

 世界はまだまだ続いているのに、アルシェの体を遮る壁があったのだ。現在アルシェがいるのは上空200メートルの地点だ。ここまで不可視の壁が伸びている。

「――これは」

 絶望に満ちた声でアルシェは呟く。手で触れながら飛行する。だが、壁だ。壁だ。壁だ。壁だ。
 そう、どこまで行っても手には固い感触が伝わる。

「これは一体?」
「壁よ」

 答えが無かったはずの独り言に答えが返る。誰の声か予測が出来たアルシェは草臥れた顔で振り返る。
 そこにいたのは予想通りの人物。先ほどの少女。そして周囲に飛び交う3体の巨大なコウモリ。

「何か勘違いしてるみたいけれど、ここはナザリック大地下墳墓第6階層。つまるところは地下よ」
「……これは?」

 アルシェは世界を指し示す。天には星空、風は流れ、大地には森が広がる。そんな場所が地下であるはずが無いという思いと、この者たちならそれぐらい可能だろうという思いがぶつかる。

「至高の41人――かつてこなたの地を支配され、わたし達をお作りになりんした方々。その方々が作り出したわたし達ですら理解不能なシステムよ」
「――世界を作った? それは神様の……」
「そうよ。わたし達の神様の如き存在なの。アインズ様を筆頭にかつていらっしゃった方々は」

 アルシェは周囲を見渡す。
 もはや彼女は受け入れていた。流石にこれだけのものを見せ付けられれば受け入れしかない。
 もう自分が生きて帰ることは出来ない、と。

「さて、逃げないの?」
「――逃げられるの?」
「無理よ。元々逃がすつもりなんか無いんでありんすから」
「――そう」

 アルシェは杖を両手で握り締め、少女に飛び掛る。もはや魔力は無いために魔法は使えない。しかし、それでも最後まで逃げる努力はする。それがフォーサイト最後の1人となったアルシェのすべきことだ。

「はいはい、ご苦労様」

 決死の突撃を行うアルシェに、少女は詰まらなそうに言葉を投げかけた。

「じゃぁ、これであなたの逃走は終わり。最後に泣き崩れ無かったのが残念かな?」

 少女は振り回された杖を容易く手で受け止め、自らの方に引っ張る。体勢を崩して引き寄せられたアルシェと少女。2人は空中で抱き合う。
 少女はそのままの勢いでアルシェの首元に顔を埋める。アルシェは暴れて振りほどこうとするが、膠で固めたように少女の体は離れない。生暖かい息が首筋にかかり、ゾクリとアルシャは体を震わせた。

「……ふーん、汗臭い」

 ワーカーであるアルシェからすれば仕事の最中、体を綺麗に出来ないのは仕方が無いことだ。これはワーカー、冒険者、旅人。外を旅するものなら当然であり、汚いといわれても「だから」と笑って言い返せるようなことである。
 しかし、自らよりも年下の、それも非常に綺麗な少女に言われると、羞恥の色が浮かぶのも仕方が無いことだ。
 少女の顔がアルシェの首筋から離れる。その真紅の瞳を覗いた瞬間、アルシェは嫌悪感に襲われた。女の体を貪ろうとしている、情欲に塗れた男のような感情を宿していたから。

「帰ったらまずはお風呂に入りましょ?」
「――!」

 言い返そうとしたアルシェは驚く。自らの体がまるで動かないことに。まるでその真紅の瞳に全てを吸い込まれてしまったように。そこでようやく少女の正体にアルシェは気付く。

 人間ではなく――ヴァンパイアだと。

「……それから」アルシェの顔に少女が顔を近寄せると、ぬるりと唇を割って出た舌が、アルシェの頬を舐める。「……塩味」

 ニンマリと少女は笑い、アルシェは絶望に心を軋ませた。
 少女の笑いが深くなる。
 まるで裂けるように唇が耳まで達する。虹彩からにじみ出た色によって、眼球が完全に血色に染まっていた。
 そして口がパクリという擬音が正しいような開き方をした。先ほどまで白く綺麗な歯が並んでいた口は、注射器を思わせる細く白いものが、サメのように無数に何列にも渡って生えていた。ピンクに淫靡に輝く口腔はぬらぬらと輝き、透明の涎が口の端からこぼれだしている。
 ぞっと、心の底から噴きあがる恐怖にアルシェは包み込まれる。

「あはっはっはは。そうよぉおお、あなたの頭の中が快楽でぐじゃぐじゃのぬちゃぬちゃになるまで、いろいろしてあげるのよぉおおおお。自分からもとめてくるまでぇえええ、どれぐらいの時間がいるのかしらあああぁああ!」

 げたげたと笑う血の匂いを撒き散らす化け物を前に、アルシェは自らの心を手放す。
 最後に家で待つ2人の妹の顔を思い浮かべながら。

「うんんんん? 気絶しちゃいましたかああああ? じゃあああぁぁあ、起きたら楽しみましょうぅううねえええええ」



 ■



「これがニューロニストの集めた情報になりんす」

 シャルティアから渡された用紙を自室で受け取り、アインズは眺める。3日前に侵入した者たちから引き出した情報が記載されていた。依頼してきた人間の名前。侵入者の正体。そういうことが書かれた用紙だ。
 その他にも、侵入者の持ち物に関してはシャルティアが第2階層で管理を行う。死んだものはアインズが実験に使うので保存しておくということも記載されていた。
 用紙に目を通しつつ、アインズは頭を傾げる。ニューロニストの手腕に不安はないが、必要なのは信頼できる情報なのだから。

「なるほど……しかし、苦痛は裏切らないというが、拷問という手段では全てが肯定されてしまうだろう。この情報の精度はどれほどなのだ?」
「え?」
「──え?」

 シャルティアの驚きに反応し、アインズは不思議そうな声を上げる。

「わたしが思いんすには《ドミネート/支配》の魔法を使用して集めたものと思いんすが?」

 2人は互いに顔を見合わせた。
 《ドミネート/支配》の魔法は《チャームパーソン/人間魅了》をより強化したような魔法で、掛かった相手を意のままに操ることが出来る。これをもってすればどのような情報も吐き出させることが出来るだろう。
 何故にそれに気づかなかったのか。アインズだって使える魔法だ。
 シャルティアの不思議そうな視線に対する言い訳を考えるべく、アインズは頭を巡らせる。

「違うのだ。シャルティア」一拍おいて、頭を回転させたアインズは続ける。「その書面にはどうやって情報を入手したと書いてある?」
「そこまでは書いておりんせんが……」
「そういうことだ。どうやって情報を入手したのか。そしてその情報の精密度はどれぐらいなのか。そういった面まで書かなくては食い違いが出るだろ?」

 ここでシャルティアが始めて気づいたような顔をした。

「申し訳ありんせん。そこまで注意しておりんせんでありんした!」

 無理矢理な言い訳であり、筋の通らない会話だが、何とか誤魔化せたようだ。謝罪するシャルティアに若干の罪悪感を抱きつつ、アインズは鷹揚に頷く。

「構わないとも、次回から注意してくれれば全然問題ない」
「はい、畏まりんした。……ところであの神官は結局如何されたんでありんすか?」

 あの神官というのがロバーデイクのことと、直ぐに理解できたアインズは答える。

「アウラに作ってもらった住処で実験している」
「一体どのような?」
「神の存在証明。……いや、哲学的なもしくは宗教的な問題ではなく、実際にありえる問題としての証明を行いたいと思ってな」
「それは一体?」
「いや、魔法があるんだ。本当に神がいたとしても可笑しくはなかろう。人間の延長で神が存在した場合、自分の信者を殺してる存在がいたときどのような対処をする? 自らが管理している世界のバランスを崩す存在が出たらどうする? 私だったら直接叩き潰すぞ」

 神ごときが何の問題があるのか。そんな不思議そうなシャルティアにアインズは苦笑しつつも続けて言う。

「もし神が存在するとしたら、その神は殺せる存在なのか調べておいた方がよかろう?」
「なるほど……完全に殺しきれなければ面倒でありんしょうしね」

 ユグドラシルというゲームにおいて、神は倒しても良い存在であるし、イベントで倒すこともあった。しかし、この世界においてそれは可能なのだろうかということだ。人間よりアインズははるかに強い。では神と呼ばれる存在がほんとにいたとき、それはアインズたちと比べてどの程度の強さを保持するのか。

「まぁ、そんな目的の一環で記憶をいじったんだが、別に問題なく魔法は使えていた。つまりは4大神とか言う存在はいなく、やはり巨大な力の存在がいるんじゃないかと仮定している。その巨大な力の存在に方向性をつけることで、神の各種の力に変わる」

 そこまで説明してからアインズは再び苦笑いを浮かべる。

「まぁこれ以上は危険だろうから中止だな。良く分からないエネルギーを弄び過ぎるのは危険だろうからな。まぁ、そんなことを言ったら魔法はどうなるんだという問題になるんだが……難しく考えるだけ無駄ということで納得した方が精神的にも良かろう。そして神が力の方向性の具現なら、その方向性を支配してしまえばよい……。そうすれば神すらも支配できるだろう」

 シャルティアは神すらも支配すると言ったアインズに敬愛を込めた視線を送る。自らの主人は──至高の41人はまさに神ごとき存在だという認識をNPCは持っている。それを肯定されたような喜びがあったのだ。

「流石はアインズ様」
「まぁ、その手段は全然浮かばないんだがな」

 お手上げという感じでアインズは手を動かす。それを受けてもシャルティアに失望は無い。今は浮かばないだけだろうと確信しているからだ。遠くない未来、必ずや自らの主人は神すらも支配すると信じているからだ。

「そうだな、そのうちデミウルゴスにも聞いて色々と考えてみるか。さて、あの女は如何している? 出来る限り傷をつけないという約束をしているのでな」
「あの女……アルシェちゃんのことでありんすね。今は尻尾を生やしたところまででありんすね」
「尻尾……? ライカンスロープにでもしたのか?」

 獣人であるライカンスロープに変身させる手段なんかあったのだろうか、そんな風にアインズは思い、シャルティアに尋ねる。

「いえ、アナ……」
「もういい」

 アインズはシャルティアの言葉をばっさりと切る。

「でありんすが、アインズ様。これだけは聞かせてくんなまし」
「何をだ?」

 かなり嫌な予感を覚えるが聞かないわけにはいかないだろう。部下の話を聞くのも、良い主人としての勤めだ。

「アインズ様は彼女に傷をつけるなと命令されんした。でありんすが、 ……処女ぐらいは奪ってもいいでありんすね?」
「――ペロロンチーノ!!」

 アインズはかつての仲間の名を叫ぶ。己を創造した人物の名を呼ばれたシャルティアは目を白黒させた。アインズの興奮は直ぐに収まり、冷静さが帰ってくる。

「……すまん。ちょっと興奮した。……そうだよなぁ。お前に渡したんだもなぁ。私が悪いよなぁ……。まぁ、うん、止めておいて上げなさい」
「あの娘から奪って欲しいと嘆願してきたときはどうすればよろしいでありんしょうかぇ? それともアインズ様がお奪いになりんすか?」

 そんなこと知るかとか、ナザリックに乗り込んできた奴が悪いとか、色々な考えが浮かぶ。結局、両者が合意の上なら良いだろうということでアインズは自らを納得させる。

「……魔法とか脅迫とかそういう手段ではなく、奪ってほしいというなら……良いんじゃないかなぁ?」
「畏まりんした。ではそういう態度になるように、ゆっくりと楽しみたいと思いんす」
「そうか……お前が楽しんでくれるなら嬉しいよ」

 投げやりに手を振り、アインズはその話は終わりにしようと考える。ふと皮袋のことが脳裏に浮かんだのだが、シャルティアが何も言ってこないのだし、大したものではないのだろうと判断し、口を閉ざす。
 広い空間の中を一瞬だけ沈黙が支配する。本来であればアインズの後ろに並んでいたであろうメイドは全員退室していたから。
 その沈黙に押されるようにシャルティアは口を開いた。

「……しかし何故、神のことを調べようと思われたんでありんすか?」
「……元々目的の一貫だからだ」真面目な話だと安堵したアインズは続ける。「私の計画は大きく分けて2つだ。1つが英雄たるアインズ・ウール・ゴウンを作るということ。そして英雄となった場合、その先にあるのが神格化の道だ」

 これは大抵の場合がそうだ。人間の歴史を読み解けば、それが行われる可能性が高いことだと理解できるだろう。

「ただ、この世界のように本当に神の存在がいた場合、神格化はなるのかどうか不明瞭な点があった。だから神がどんな存在か確認したかったのだよ。まぁ、今回の実験で全てが理解できたとは思ってないがな」

 実際に神が本当にいる世界の場合、神格化というものは行われない可能性の方が高い。だが、神という存在がどのようなものか認識することで、神格化のための種を世界に撒けるのではという計画の元の実験だったということだ。
 ぽかんと口を開けるシャルティアに、若干恥ずかしいものを感じ、アインズは早口で言い訳をするように続ける。

「折角なのだ。大英雄で止まるのではなく、神の位まで上り詰めたいではないか。その意味ではリザードマンの村での一件は予想外の快挙だ」

 リザードマンの殆どがアインズを神に匹敵するもの、または神とみなし頭を垂れたのだ。つまりは小さい世界ながらも神格化はなりつつあるということだ。だからこそ自信を持って、更に進んだ実験に取り掛かれたのだが。

「なるほど。ではもう1つの計画といわすのは?」

 アインズは口ごもる。

「わたしに話せない内容であれば」
「そんなことは無いのだが……笑うなよ? 誰にも話してないのだからな」

 アインズは黙り、シャルティアは誰にも話してないことを聞かされるという喜びに打ち震える。
 アインズは少しの時間葛藤する。これはある意味夢物語のような話だ。まともな者なら考えることもしないような狂人の発想。実際アインズだって真剣に考えたことは無い。しかし、リザードマンの村を支配し、絶対に実現不可能なことでも無いのではと思い至るにいたったのだ。
 だからシャルティアに聞かせる。それは自らを追い込むという意味でも。

「これは夢物語のような話だ」

 最後に言い訳をして、アインズは語る。これ以上の最終的な目的はありえないという、狂人の目標。それは──


「──世界征服だ」


 室内が静まり返る。

「アインズ・ウール・ゴウンはかつてたった41人で上位10位内のギルドとして君臨した。即ち大英雄──不偏の伝説となって当たり前の存在。その当然を行って、ようやくかつての仲間たちへの恩返しとなる。だが、そこから一歩踏み出したいと私は望んでいる」

 アインズは言葉を途切り、中空に視線をやる。その間、シャルティアは一歩も動かずにアインズの話を聞いていた。

「──かつての仲間たちにここまでやったのだという自慢するためのものを作り出すのだ。それは──シャルティア、世界征服以上のものがあるか?」
「ございません、アインズ様」

 シャルティアがゆっくりと頭を下げる。その顔は紅潮し、歓喜に満ちていた。
 大命を与えられた部下に相応しい感動が、シャルティアの全身を包んでいたのだ。



 シャルティアが出て行き、得た情報を眺めていたアインズは、頭を抱え考え込む。

「しかし、これが帝国サイドのアプローチだとすると、王国のアプローチは来ないのか?」

 予定が狂ったとアインズは考える。これだけ時間がたったのにもかかわらず、なんの反応も無いということは、アインズが大したことが無いという判断なのだろうか。しかし今まで集めた情報から推測すると、アインズの能力は絶対。決して王国も安く見るとは思わないのだが……。

「想像もできないような動きをされると困るな」

 別にアインズは知者というわけではないと自らを評価している。計画には穴が多いだろうし、情報の漏れも多分にあるだろう。
 王国や帝国の人間が計略という点で、自分の上を行っているという可能性だって充分ありえるのだ。警戒を怠るわけには行かない。

 アインズはゆっくりと椅子にもたれ、天井を見上げる。視界に入るエイトエッジアサシンは努めて無視をする。というよりこの頃無視が上手くなってきたとアインズは思う。

「シャルティアに言ってしまったな」

 世界征服。
 本気で行えるとはアインズも思ってはいない。未だこの世界には知らないことが多いし、他のユグドラシルプレイヤーの存在の可能性もある。それらのことを考えればまさに夢物語であり、狂人の発想だ。
 大体どうやって世界を征服するというのか。暴力だけで征服できるほど簡単では無いだろう。
 しかし、これに関してアインズはリザードマンの村を手に入れたことによって考え方を一転した。もしかすると暴力だけでも征服できるのではないかという方向にだ。
 リザードマン村において、アインズは絶対者として既に君臨している。つまりは力こそ全てだと思う種族もいるということだ。別に人間が最も多い種族で、人間を支配しなくてはならないという理由は無い。もし何だったらリザードマンこそ最も多い種族にしてしまえば良いのだ。

「しかしどうにせよ、知恵のあるものが少ない」

 世界征服という方向で行動しろと守護者に言ったら、デミウルゴス以外は戦争による支配を主として行動し始めるだろう。それはユグドラシルプレイヤー等、アインズたちに匹敵する存在がいるかもしれない現状では危険極まりない行為だ。
 だからこそ、そういう手段以外で征服行為を行ってくれそうな者、忠誠を尽くしてくれる知恵あるものの存在が必要なのだ。それに征服した後、統治するには現状では不可能に近いのではないかと思いもある。
 しかしシャルティアに血を吸わせ、眷属を増やす方法では、アインズに対する忠誠心に乏しいために良い手とはいえない。

「私に忠誠を尽くしてくれる賢者系の存在が欲しい……」

 今回捕まえた冒険者――ワーカーを利用して、記憶の書き換えから忠誠心を得ようとしたが、これは失敗に終わった。
 精神医でもなんでもないアインズにはどこの記憶をどのようにいじればよいのか検討も付かなかったのだ。セーブ&ロードが出来ないため、結局殆どの記憶がでたらめになった人間が1人完成するという最悪の結果に終わったのだ。

「もう少し色々と考えてみるか……」

 アインズは呟き、イスにもたれ掛かる。
 どうにせよ今回の侵入者が1人も帰らなかったことで、何らかのアプローチはしてくるだろう。その結果を見て行動しても良いだろう。

「しかし……世界征服は……真面目に考えると少し恥ずかしいな……」






















「では、これがお約束の交金貨100枚です。それと証文ですね」

 皮袋の中を眺め、満足げに頷いた後、前に出された羊皮紙にアルシェの父親は躊躇わずにサインをする。そして最後に家紋を押す。その慣れた手つきは幾度となくしてきた証拠だ。

「これでかまわないかね」

 差し出された羊皮紙を眺め、男は頷く。ヘッケランとイミーナがこの場にいたら嫌な顔したことだろう。フォーサイトが滞在していた宿屋に来た男だと思い出して。
 男は差し出された羊皮紙を幾度か眺め、問題が無いこととインクが乾いていることを確認すると丸め、羊皮紙入れに放り込んだ。

「はい。確かに」それから父親の前にある皮袋を指差し、男は尋ねる。「ところでお確かめにならないので」
「まぁ、金貨の一枚ぐらい無くとも構わないとも」
「そうですかね?」

 鷹揚に答える父親に対し、男は頷くように返す。
 無論、ちゃんと入っていることは確認ずみだ。それでもこういう状況に追い込まれている家が、金貨1枚でも大切だと考えない時点でかなり不味い。いや、そんな人間が家主を勤めている段階で終わりなのかもしれない。
 男にとっては良いお客さんであれば問題は無いのだが。

「では金利や返済時期のほうもいつもの通りで構いませんね?」

 ちゃんと証文に書かれていることだが念のために確認を取る。変な問題になって騎士とかが絡む問題になって欲しくは無いのは男も同じなのだ。貴族のような特権階級にあるものは、己の意のままに動くと考えるものがいたりもする。大抵が鮮血帝に追い払われたとしても、問題を起こす一部というのはいるのだ。
 男だってそれほど綺麗な身ではない。問題が生じ、勝てたとしてもそれなりの出費はあるのだろう。だからこそ念を押すのだ。

 その書いてある質問に対して、やはり鷹揚に──自分を上位者として疑わない態度で頷く父親。
 男は了解の意味を込めて頷いた。

「ではそれでやらせてもらいますので、ご返済はちゃんとお願いします。……ところで娘さんは元気ですかね?」
「うん?」

 男はこの家には娘が3人いることを思い出し付け加える。

「アルシェさんのほうです」
「ああ、アルシェか。今、稼ぎに行ってるよ」
「……そうですか」

 娘が働きに行っている間、お前は何をしているんだ?
 男はそんな風に思うのと同時に、瞳の奥に宿りそうな軽蔑の色は上手く隠す。貴族のような権力階級の人間は、他人の顔色や雰囲気に敏感なものが多い。へたすると商人よりもだ。無論ばれたところで大したことは無いだろうが、面倒なことになるのは男としても望んではいない。特に相手はお得意様なのだから。
 それでもこのような父親を持ったあの少女に哀れみの気持ちだってある。
 男だって鬼ではないのだ。
 ただ、最も大切なのはちゃんと金利を含めた分まで返してくれることだ。そして幾度と無く自分の所から借りてくれること。他人の家の事情まで首を突っ込む気にはなれない。

「ちょっと金を稼いでくるものだからといって、生意気になりおって」

 不快げに呟く父親に対し、男は多少眉を寄せる。何か面倒ごとになった場合、返済にまで影響を及ぼして貰っては困るのだ。それにこの家からはかなり金利の面で儲けさせてもらっている。出来ればこの関係を長く続けていきたいものだ。そのためいつもであれば気にしないことに首を突っ込んでみる。

「何かありましたか?」
「いや、大したことではない。自分が大きくなるまでどれだけの恩を受けたか忘れた愚かな娘が、跳ね返っただけだ」
「それなら良いんですがね……」
「全く! ガツンと言ってやら無くてな! 貴族というものがどういうものかを」

 男は内心思ったことは決して口には出さない。しかし、一言だけ言いたくなった。

「大変ですね」
「そのとおりだよ。全く、あの馬鹿娘は……」

 誰がという部分を故意的に隠した男の言葉を、当然自分の苦労のことだろうと受け止め、ぶつぶつと呟く父親。

 交金貨100枚ともなれば大金だ。男の給料十か月分に匹敵する。しかしいつものパターンであれば父親が直ぐに使い果たす可能性は非常に高い。その場合また呼び出されるだろうが、返済が終わるまでは貸さない方が良いかと男は判断した。
 そこで男は室内を見渡す。

 男の目から見ても見事な調度品が無数にある部屋だ。最低でも貸してる金額は回収できるだろう。それにもし調度品で回収できなくても──。
 男は瞳の中に浮かんだ感情を隠すように、目を伏せた。

「だいたい、あのような汚い仕事をフルト家の娘がしなくてはならんというのがおかしいのだ。仲間は平民出身者のようだし、品性もさぞかし下劣だろう」
「……そうですかね?」

 男は酒場で見た2人の顔を思い出し、考え深げに口にする。その口調に込められた感情をどのように思ったのか、父親は言い訳をするような早口で更に喋る。

「む、平民全てがという気はない。冒険者をしているという意味でだ」
「かもしれませんね」
「だろ。娘が反抗的になったのもそいつらの所為かもしれんな。一度がつんと言ってやる必要があるな。大体、娘たるもの、父親の言うことを聞くのが道理だろう。私に対して何かを言うなんて10年早い」

 全く不快だと腹を立てる父親を一瞥し、男は椅子から立ち上がる。

「……では私は他に回らなければならないところがあるので、これぐらいでお暇させてもらいます。ご返済のほうよろしくお願いしますね」



「お姉さま、いつ帰ってくるんだっけ?」
「もう少しだよ?」

 その部屋には2人の少女がいた。ベットをイス代わりに、ちょこんと並んで座った2人は、まるでそっくりな容貌だ。
 その白い頬にほのかな朱色を混ぜた様は、天使を思わせる。そして姉に多少似た顔は、将来の大花を容易く想像させた。
 2人とも御揃いの染み1つ無い純白のフリルのふんだんについたワンピースドレスを着ており、そこから伸びた白い足がパタパタと動いていた。

「ほんとうに?」
「ほんとうだよー」
「そうだっけ?」
「そうだよー」
「お姉さま帰ってきたら引っ越すんでしょ?」
「そうだよー」

 2人は楽しそうに笑う。引っ越すというのがどんな意味を持つのか、深く考えているわけではない。だが、大好きな姉とこれから一緒に暮らすということ。それが嬉しいのだ。
 姉──アルシェはよく外に出かける事が多い。なにをしているかまでは知らないが、なんだかとても大切なことをしているというのは2人とも知っている。だから我が儘は言わないと決めているのだが、それでも優しい姉と一緒に遊びたいという欲求は止められない。

 そう、2人ともアルシェが大好きなのだ。
 優しく、いろいろ知っていて、暖かい姉が。

「お姉さま、まだかなー」
「まだかねー?」
「楽しみだね、クーデリカ」
「うん、楽しみだね、ウレイリカ」
「ごほん、読んでもらうんだー」
「いっしょに寝てもらうんだー」
「クーデリカずるーい」
「ウレイリカもずるーい」

 そして2人は互いの顔を見合わせて、同じ楽しげな笑いを浮かべた。そして鈴が鳴るような可愛い笑い声が起こる。

「じゃあ、クーデリカも一緒。お姉さまと一緒」
「うん、ウレイリカも一緒。お姉さまと一緒」

 そして2人は笑う。これから来るだろう、楽しい時間を夢見て──。
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