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オーバーロード:前編 作者:丸山くがね
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戦-10


 アインズたちの本陣となるべき場所は、コキュートスが昨日いた――アウラが木で作り上げた住居だ。
 要塞を建造する目的で其処は作られてはいるのだが、現在は時間的な意味で足りていないため、そこまでは進んでいない。コキュートスがいた大きな部屋を中心に、いくつかの部屋が建築されている程度だ。それも外から見れば、なんとか住居の形を取りました程度の酷いものである。
 現在も耳を澄まさなくても、建築中の音が聞こえてくる。

 アインズは部屋に入り見渡すと、後ろで顔を伏せるアウラに視線を動かす。
 一応、アインズを迎えるということで、部屋の内装は何とか整っている。所々に涙ぐましい努力の後を感じさせる。そしてやはりナザリックの第9階層等と比べてしまうと非常に見劣りしてしまう。
 アウラはそれを恥じているのだろう。
 まぁ、元々一般人であるアインズからすると、さほど気になることではないのだが。

「ここに留まると無理に言って悪かったな、アウラ。気にすることは何も無い。お前の働きは高く評価しているし、お前が私のために作っているものなのだから、この場はナザリックにも匹敵しよう」
「……はい」

 すこしばかり大きく目を開いたアウラ。これで慰めはなっただろうか、とアインズは考え。これ以上上手い言葉が浮かばないために、誤魔化すように周囲を再び見渡す。

 木の匂いがまだまだ残る部屋である。
 本来であれば防衛力がほぼ皆無なこの場所よりは、ナザリックまで帰還するほうが安全面では当然優れている。ここは防御魔法等が一切掛かっていない、ある意味紙のような場所なのだから。しかし、何故ここに残っているかというと、アインズは自らを囮にして、大魚を釣ろうという目的を持っていたためだ。
 湖からここまではかなり離れているために、追ってこられるのは――いるとしたらユグドラシルプレイヤーのみだろう。つまりこの場所への襲撃はプレイヤーの発見に繋がるという寸法だ。
 無論、危険ではある。しかしながらアインズの中に、虎穴に入らずんばという気持ちがあったため、こういう手に出たということだ。

 アインズの視線は部屋の奥に1つだけ置かれた白い椅子に止まる。非常に綺麗な白いものでつくられたそれは、芸術品としても優れていそうな作りだ。背もたれの部分が高く、どっしりとした作りである。あまりの見事な出来栄えに、この部屋では少しばかり浮いてさえいる。

「……あれは?」

 室内に置かれたイスはアレだけだ。とすると聞くまでも無く――

「簡素ですが、玉座を用意させていただきました」

 後方に付き従う部下――デミウルゴスの自信満々な声が答える。だろうな、と思ったアインズは更に質問を投げかける。

「……何の骨だ?」
「様々な動物のものです。グリフォンやワイバーン等です」
「……そうか」

 そう。
 その玉座は無数の骨で出来ているのだ。ナザリックの調度品としては存在しないものだから、これはデミウルゴスが出向いた先で作ったモノだろう。しかも、その玉座はどう見ても人間種族の骨にしか思えない頭蓋骨等が無数に使われていた。
 あれに座るのか、とアインズは僅かに逡巡する。しかし、部下が用意したものに座らないというのもあれだろう。何か正当な断り文句でもあれば別なのだが――。
 色々と考えたアインズはぽんと手を打った。

「……シャルティア。そういえばお前には冒険者を殺したという罰を与えるという約束だったな。今この場で与える。屈辱を、な」
「はっ」

 突然自分に話を振られたシャルティアは、少しばかり驚きながらも答える。

「そこに膝を折って頭垂れるんだ」
「はい」

 不思議そうな顔をしたシャルティアは、アインズの指差した場所――部屋の中央まで進むと言われたとおりの格好をする。

「ふむ」

 アインズはシャルティアのすぐ傍まで近寄ると、そのほっそりとした背中に腰を下ろす。

「――あ、あいんずさま!」

 発音としては『はいんずさま』としか聞こえないようなシャルティアの素っ頓狂な驚きの声が上がる。かなり動揺しながらも、ピクリとも動かないのはアインズを自らの背中に乗せているためだ。

「この場で椅子となれ。理解したな」
「はい!」

 やけに嬉しそうな声を上げるシャルティアから、デミウルゴスに視線を動かす。

「――すまんな、デミウルゴス。そんなわけだ」
「いえ。確かにアインズ様に相応しい最も高価な椅子です。流石はアインズ様。考えてもおりませんでした」
「そ、そうか……」

 きらきらと輝きそうなデミウルゴスの尊敬の視線を受け、アインズは何でこんな良い笑顔なんだと不安から目を背ける。
 むずむずとシャルティアの体が動く。アインズのお尻を、座りやすい位置に微調節しているような動かし方だ。奇妙なむず痒しさに、アインズはシャルティアの後頭部を見下ろす。

 ――荒い息だ。

 少々重かっただろうか。アインズの腰の下にあるシャルティアの背中は14歳の少女に似合う、ほっそりとしたものだ。自分が非常に恥ずかしい命令を下したことを認識し、アインズは少々調子に乗りすぎたかと考える。

 ――そうだ。シャルティアはかつての仲間が作ったNPC。ペロロンチーノもそんな風に使われると思ってはいなかっただろう。言うなら、かつての仲間を汚す行為ではないか。

「シャルティア、苦しいか?」

 ならば、止めるとしよう。そう続けようとしたアインズを、シャルティアがぐるっと頭を回し見据える。その顔は真っ赤に紅潮し、瞳は情欲に濡れたものだった。

「全然苦しくありません! それどころかご褒美です!」

 はぁはぁと体の中に溜まった異様な熱気を吐き出し、とろんとした瞳の中にアインズの顔が映っていた。てらてらと輝く真っ赤な舌が唇を嘗め回し、妖艶な照り返しを残した。僅かに体をくねらせる様は蛇のようでもある。
 どう見ても、完全に欲望の炎が燃え上がっている。

「……うわぁ」
「――あっ」

 おもむろにアインズは立ち上がる。今まであった心地良い重みがなくなったことに、シャルティアは驚きの表情を浮かべた。
 そしてズカズカと歩き出すアインズを、後ろから非常に残念そうな声が引っ張る。それを振り払いながらアインズが歩いた先にいるのはアウラだ。

「アウラ。あの椅子に座っていいぞ」
「え? 良いんですか? やった」

 ニヤリと残酷そうな、それでいて無邪気な笑いを浮かべ、アウラは走る。そして驚愕するシャルティアの背中に、勢いを込めて座る。

「ぐっ!」

 アウラの体が小さいとはいえ、装備品と体重に速度を合わせれば、かなりの負担となる。シャルティアが小さいながらも呻き声を上げてしまう程度に。
 もういいや。そんな空気を漂わせながら、アインズは白い玉座の元に向かった。

「……デミウルゴス。お前の椅子に座らせてもらおう」
「――畏まりました」

 嬉しそうに笑うデミウルゴス。それと対照的に絶望に染まった表情をするシャルティア。

「……シャルティア、罰だと言ったはずだ。喜んでもらっては困るんだ」
「申し訳ありませんでした! ですので、もう一度チャンスを!」

 アウラを乗せたまま、異常なほど必死に請願するシャルティア。そんな部下をアインズは心底困ったように見つめる。そして口の中で呟く。
 おい、ペロロンチーノ、どんだけ変態設定つけたんだ、と。

「諦めろ、シャルティア。……さて、まじめに本題を始めよう。どうだったかな? いい感じに彼らは驚いていたかな?」
「完璧だと思います、アインズ様」
「まったくでありんすぇ。 あのリザードマンたちの顔」

 アウラを乗せたままの――絶望が色濃く残る――シャルティアの言葉に、アインズは内心苦笑いを浮かべる。というのもリザードマンの表情の変化は殆ど読み取れなかったのだ。爬虫類よりは人間に似ていたが、人間とは表情の変化がまるで違ったからだ。勿論、相手が交渉に優れた人物だったからという可能性も当然あるのだが。

「そうか。ならば、示威行為の第一段階としては成功というところかな」

 アインズはほっと息を吐く。
 流石に通常であれば1日に3度しか使えない超位魔法。その中の、アインズが習熟している30種類の内の1つたる、《ザ・クリエイション/天地改変》をわざわざ発動させたのだ。全然驚いてなかったら目も当てられないところだった。

「さて、デミウルゴス。湖の氷結範囲の詳細なデータの集計はいつ頃になりそうだ?」
「現在行っておりますが、想定以上の広範囲に渡っているため、少々難航しているようです。よろしければ今しばらくお時間をいただければと思います」
「そうだな……。早急すぎたな、許せ」
「滅相もない」

 膝を突こうとするデミウルゴスを手で押し止め、アインズは骨の手を口にあて考える。予想以上に広い範囲で発動されたようだが、まぁ、魔法実験としては成功とするか、と。

 《ザ・クリエイション/天地改変》はフィールドエフェクトの変更を可能とする超位魔法だ。ユグドラシルであれば火山地帯の熱気を防いだり、氷結地帯の冷気を押さえたりという目的で使われるものだ。勿論、今回のアインズのようにダメージを与える用途でも使える、が。
 別に超位魔法を用いなくても示威行為は出来た。
 それにも関わらずに、今回発動させたのはどの程度の規模――範囲で効果を発揮するのかという実験もかねての行使だったのだ。《ザ・クリエイション/天地改変》はユグドラシルでは、かなり大規模の範囲を覆う魔法である。アインズがナザリックで行った実験では8階層全てを覆うことも出来た。ただ、外の世界ではどのように結果をもたらすのか不明だったのだ。
 ユグドラシルであれば1つのエリアだが、この世界ではそのエリアがどれだけの領域を占めるのかを知りたかったのだ。下手に平野にかけて、1つの平野を完全に覆ったとかなるとオーバーすぎるからだ。
 しかし湖1つともなると効果範囲が広すぎる。やはり超位魔法の行使には充分な注意が必要か。アインズはそう決定し、心に刻み込む。

「では、アウラ。警戒網はどうなっている?」
「はい! 4キロ範囲で警戒を行っていますが、現在のところ特別なものが引っかかったという報告は受けていません」
「そうか……完全不可知化を行って接近してくる可能性があるが、その辺はどうなっている?」
「問題ありません。それを見破れるものをシャルティアの協力を得て、使用しております」
「見事だ」

 アインズに褒められ、シャルティアに座ったまま、にっこりと笑うアウラ。先ほどの暗かった雰囲気はもはや無かった。

 そんなアウラから視線を動かし、中空に固定するとアインズは軽く安堵のため息をつく。
 これだけ警戒しておけば、突然超位魔法を打ち込まれるという、奇襲は受けないだろう。
 無論、遠距離からの超位魔法を打ち込まれても、一撃は耐え切れるものしかこの場には連れて来てはいないのだが。

 そこまで考えたアインズは死ぬのが一人いたと思って、そちらを見る。その視線の動いた先にいるのは、吸血鬼となったブレインだ。最後に部屋に入ってきて、所在なさげに目立たないよう端っこの方に立っている。
 そんなブレインの事を、守護者の誰も気にしていない。ブレインという存在を、視野に入れている気配もまるで無い――アウラは微妙だが。
 つまりは彼の存在価値は守護者からすればその程度だということだ。無礼な行動さえ取らなければ、どうでも良いと考える程度の。

 そんなブレインを逃がした方が良いだろうか。そう考えたアインズは、面倒になって考えることを止める。

「……まぁ、いいか」

 得るべき情報は大半聞き出したはずだ。そのため現在のブレインの価値としては、いてもらう方が役に立つと考えられるが、どうしてもというほどではない。今回連れてきたのも、この世界の住人特有の知識に期待した程度。死んだら死んだで、諦めがつく。
 それに何よりアインズに忠誠を尽くしてない存在だ。アインズが心配する必要性を感じないのもまた事実だった。

 そこまで考え、アインズはブレインを眺める視線に、不思議そうなものを混ぜ込む。

 大人しい、のだ。
 忠誠を向ける先であるシャルティアが椅子扱いされているのに、特別なんら行動をしようとはしない。
 何を考えているのか。
 アインズは少しだけそう思い、直ぐに頭から忘れ去る。どうでも良い事だと判断して。

「それで行動方針としては、リザードマンの掃討でよろしいのですか?」
「いや、そこまでする必要は無かろう」

 デミウルゴスの問いかけに、アインズは手を左右に振る。
 別にアインズは人を苦しめるのが好きだとか、殺すのが好きということは無い。結果として命が失われることは仕方が無い、必要な犠牲だと割り切っているだけだ。
 そんなアインズからすると、別にリザードマンを皆殺しにしなくてはならない理由も考え付かない以上、そこまでする必要性を感じない。

「しかし……まぁ、支配しやすいよう、強者は殺しておいた方がいいな」
「じゃぁ、アインズ様。あの時リッチとかブラッドミート・ハルクと戦っていた奴らを殺すというところですか?」
「……そうだな。あれらが強者っぽかったしな」

 アインズは鏡に映っていた光景を思い出す。

「そういえば、あの中に白いのがいただろ? 白蛇は縁起が良いというし、白いリザードマンはレアっぽかった。あれぐらいは生かして捕まえよう」
「畏まりました。コキュートスにはその旨を」
「頼む。それと死体は回収できると良いな。死体を使用して作ったモノと使わなかったモノ。同じデス・ナイトでも死体を使って作った方が強いような気がする。それにリザードマンの死体だともっと別の変化が出るかもしれないからな」
「畏まりました。死体を回収する者たちを用意しておきましょう」
「ではその役目、わたしのアンデッドたちに」

 アウラの椅子であるシャルティアが立候補する。

「ふむ。ではその件はシャルティアに頼もう。ただ、回収は一応、最後だぞ。死体を奪われるぐらいなら……とかの厄介ごとはごめんだ」
「はっ。では準備だけしておきんす」
「よし。とりあえずは以上だな。――さて、攻め込ませる前に一応様子を見ておくか」

 アインズはブレインに壁に掛かっている鏡を持ってくるように命令する。
 やけに素直に命令を聞くブレインを不思議に思いながら、シャルティアの命令かと自分で納得し、アインズは鏡に注意を向けた。

 遠隔視の鏡<ミラー・オブ・リモート・ビューイング>に、ゆっくりとリザードマンの村の俯瞰図が浮かび上がる。その中に粒のようなものが、うろちょろと動き回っているのが分かった。
 アインズは鏡に手を向け、それを動かすことで映る光景を変化させていく。
 まずは当然、拡大だ。
 それによってリザードマンたちが、必死に戦争準備をしている姿が赤裸々に映し出された。

「無駄な努力を」

 アウラを背中に乗せたまま眺めるシャルティアが、そんな光景に嘲笑を込めた声で呟く。デミウルゴスは優しげな眼差しでそんなリザードマンたちを眺めていた。

「さてさて、どこにいるやら。リザードマンの違いって微妙なんだよなぁ」

 アインズはあのときの6人を探そうとし、顔を顰める。
 外見が大きく違うならすぐに分かるのだが、微妙な差だとまるで同じリザードマンのように見えてしまうのだ。特にほんの少ししか見ていない場合は特にそうだ。

「おっと――これは鎧発見。これが投げていた奴か? で、グレートソード持ちはここと。やはり違いが微妙だな。片腕……発見」

 そこまで観察していたアインズは、困惑したようにせわしなく鏡に映る光景を動かす。

「……白いのと、魔法のシミターを持っていた奴がいないぞ?」
「魔法のシミター……ザリュースとか言っていましたっけ?」
「ああ、そうだ。そんな名前だったな」

 アウラの発言に、交渉の場に来たリザードマンを思い出す。

「家の中にいるんじゃないですか?」
「かもしれんな」

 流石に家の中までは、遠隔視の鏡<ミラー・オブ・リモート・ビューイング>で見通す事はできない。通常であればだ。

「デミウルゴス。無限の背負い袋<インフィニティ・ハヴァサック>を」
「畏まりました」

 一礼したデミウルゴスが、部屋の隅に移動されたテーブルの上に乗っている背負い袋を手にすると、アインズにそれを丁寧に手渡す。アインズはその背負い袋の中から一枚のスクロールを取り出した。
 そしてそのスクロールから魔法を発動させる。
 不可視かつ非実体の感覚器官の作成だ。魔法的な障壁があると侵入する事はできないのだが、通常の壁であればどれだけの厚さでも通り抜ける事ができる。もし、仮に侵入できなければ、そこには何らかの強者がいるという証明にもなる。
 遠隔視の鏡<ミラー・オブ・リモート・ビューイング>と連結させることで、目に入る光景を守護者にも伝わるようにすると、アインズは空中に浮かぶ目玉にも似た感覚器官を動かす。

「まずは、この家に入ってみるか」

 適当に最も近くにあるみすぼらしい家を選ぶと、アインズは感覚器官をその中に侵入させる。室内は暗いのだが、この感覚器官を通せば真昼のごとくだ。
 その家の中では、白いのが組み伏せられ、尻尾を持ち上げる様な形で、その上から黒いのが乗っていた。

 最初の一瞬、何をしているのか分からなくて。
 次の瞬間、何でこんなことをしているのかと理解できなくて。

 それから、アインズは無言で感覚器官を外に動かす。

「……」

 遣る瀬無さに満ち満ちたアインズは、無表情に頭を抑える。控える守護者たちはなんというべきか困った顔で互いを伺っていた。

「――まったく不快な奴らです。これからコキュートスが攻め込むというのに!」
「そうです。その通りです!」
「デミウルゴスの言うとおりでありんすぇ。 奴らには罰を与えるべきです!」

 アインズが軽く手を上げると、守護者達の言葉は止む。

「……まぁ、これから死ぬんだとか分かれば、そういうのもありだろう」

 うん、と自分の意見を肯定するようにアインズは頷く。

「おっしゃるとおりです!」
「あれぐらい、許すべきですよね」
「全く、全く!」
「……お前ら黙れ」

 守護者は全員、口を閉じる。そんな3人を見て、アインズは1つため息をついた。

「……なんだか力が抜けたな。まぁ、リザードマンの村には警戒すべき相手はいないと、もはや思っていいだろう。しかし油断はするな。こちらに向かって来ているかもしれないのだからな。アウラの警戒網にひっかかる者がいたら、私を含む守護者全員に出てもらうぞ」
「畏まりました。ナザリックで大体の打ち合わせをしたように、数が少ない場合は打って出る。こちらよりも同数または多い場合はシモベをぶつけることで敵の力を確かめると同時に、私達は全員撤退ということで」
「うむ、そうだ。相手の実力が分からない段階で、お前達をぶつけたくは無いからな」

 多少腰が引けた計画だが、重要な手駒を使う場合は、絶対に勝てる戦いしかしたくないというのが、アインズの行動方針だ。コキュートスにも実のところ勝ち得ないほどの強者を相手にした場合は、逃げるように命令しているのも、その一環だ。守護者をこんなところで失うなんて馬鹿すぎるから。

 仮にユグドラシルプレイヤーがいた場合は、リザードマンの村から手を引くなんて約束なんか守る気はない。味方に出来なかった場合は全力を持って滅ぼす。その場合は8階層を用いても。
 アインズは約束ごとを破ることに対する罪悪感を振り払う。
 最も重要なことのためならば、多少の嘘も方便だと自分をごまかして。

「……さて、後は上映時間になったら、コキュートスの戦闘風景でも楽しませてもらおう。ブレイン。全員分のイスをもってこい。戦闘光景はイスに座って眺めた方が楽しめるというものだ」
「はい。畏まりました」
「……イスのある場所は知っているのか?」
「外にいる者に聞こうと思います」
「……そうだな、では頼んだ」

 深くお辞儀をすると出て行くブレインを、僅かに頭を傾げながら見送り、興味をなくしたようにアインズは鏡に映る光景を眺める。
 必死に準備をしているリザードマンたち。
 アインズは微笑む。無駄な抵抗を必死で行おうとするその姿に、哀れみとも慈愛とも判別がつかないような思いが浮かんだのだ。


 ◆


 ブレインは扉を注意深く静かに閉める。人生で一番注意して、中の者達を刺激しないように。
 扉が閉まり、空間が隔てられたところで、ブレインは深く息を吐き出す。それと同時に体に奇妙に溜まっていた力が抜けていく。

「ふぅー」

 ブレインが己が全てを捧げるべき対象――シャルティアがイスにされても何もいわない理由。それは単純で明快だ。
 恐怖である。
 より正確に言うなら生存本能を強力に刺激されてと言うべきか。アンデッドに恐怖等の、負の精神作用効果はほぼ発揮しないはずなのだから。

 ナザリックという巨大なダンジョンを支配する存在が弱いわけではないのは理解していた。自らの主人であるシャルティアが今なお――ヴァンパイアという、肉体能力的に人間を軽く超越する存在になってなお、太刀打ち出来ない存在であると直感できるのだから。そのシャルティアの主人であるアインズが弱いはずは無いと。
 だが、あれほどの広大かつ、巨大な魔法を見せ付けられて怯えない者はいない。

 あれは化け物過ぎる。
 いや化け物という言葉では生易しすぎる。

 あれは神とか言われる存在だ。
 ブレインは、アインズという存在をもはやそうとしか思えなかった。

 正直に言おう。
 ブレイン・アングラウスは自らの幸運に安堵していたのだ。人間という陣営から、ナザリックという陣営に移ることが出来て。そしてそれと同等の哀れみを感じる。この世界の全ての生き物――搾取されるだけの哀れな存在へ。



 ■



 4時間という時間は瞬く間に過ぎ去る。

 今では氷の融け去った湿地――リザードマンの村正門には戦士階級のリザードマンが集まっていた。前日の激戦を生き残り、今回の戦いに参加する戦士階級のリザードマンの数はさほど多くは無い。
 全員で316名。
 オスやメスのリザードマンが戦いに参加しない理由は、シャースーリューの『敵の数が少ないということを考えると、多くでかかると邪魔になる可能性がある』という理由によるものだ。
 一見すると正当な理由のようにも思えるが、実際は勿論違う。

 ザリュースはリザードマンから少し離れたところで、集まってきた戦士階級のリザードマンたちを眺めていた。

 皆、全身に祖霊を降ろしている証でもある紋様を描き、鋭い刃物のような意志を顔の上に浮かべている。誰も敗北するだろうとは考えていない。
 そして周囲には戦いに挑む戦士達に声援を送るリザードマンたちがいた。こちらは負けるとは思ってない者もいれば、不安を隠せない者もいる。

 そんな光景を目にし、ザリュースは内心の淀みは一切表に出さないよう苦労して表情を作る。この戦いは敵の――アインズに対する供物だということを、他のリザードマンたちに悟られないように。

 そう。この戦いに恐らく勝算は無い。先のシャースーリューの発言の後ろにある意味は『勝算は無い。だから最低限の犠牲で済ませたい』という気持ちだ。
 そんな意味を知っているのは族長たちのみ。
 この戦いでアインズが、リザードマンに決定的な敗北を示したいと思っているのは事実だろう。そのためにリザードマンは完全な敗北を演じなくてはならない。もしそうしなかったら、本当に皆殺しに合うかもしれないのだから。つまりこれは止む得ない犠牲だ。ただそれでも、族長達は戦士階級のリザードマンたちを裏切っていると言われても、それを否定する言葉を持たないのも事実だ。

 ここに集めたときから多くのリザードマンは死ぬと思っていた。それからすれば犠牲は少ない方だと、ザリュースは自らを慰めることは出来る。しかし、それでも心に溜まった淀みが晴れることは無い。

 ザリュースはリザードマンから目を離し、敵の陣地を鋭く睨む。
 スケルトンたちは先と同じ位置のまま一歩も動いていない。そして全身鎧を纏った騎士のような者たちの姿は何処にも無かった。恐らくは森の中で待機しているのだろうか。
 コキュートスという存在らしき姿は見えない。そしてあの魔法使い――アインズの姿もまた見えない。しかしながら、どこかで観察しているだろうと間違えようの無い予測が立つ。

 そんなことを考えるザリュースの後ろから、バシャバシャという重いものが湿地を歩く音がし、

「――おう、ザリュース」

 ゼンベルの気楽そうな声が掛かった。

「ゼンベルか」
「おうよ」ゼンベルはぐるっと周囲を見渡し、ザリュースに問いかける。「クルシュはここには来てないみたいだが、おめぇの表情から推測するに何とか納得したみたいだな」
「……まぁな」
「どんな説得したんだ? ありゃ、ぜってぇ無理っぽかったのによ」

 気楽な、軽い話題を振っただけというゼンベルだが、ザリュースはそれを答えるすべを持たない。せいぜい濁す程度だ。

「色々だ。……そう色々だ」
「ふーん」

 少しばかり遠い目をするザリュースに、何かを感じたのかゼンベルはそれ以上問いかけることなく、視線を動かしリザードマンたちを見渡す。

「士気は最高って感じだな」

 ザリュースも同じように戦士階級のリザードマンたちを眺める。
 先ほどと変わらない、自信に溢れたリザードマンたちが戦いの時を待っている。これから戦う相手がどれだけのものかを知らないリザードマンたち、を。

「……だな。コキュートスという敵を前にしても、この士気を維持できれば良いのだが……」

 その言葉にゼンベルはピクリと顔を歪ませる。

「……あと少しでコキュートスとか言う奴に会えるんだがよぉ……どんなのだと思う?」
「それは姿格好という意味か? ……想像もできないな」

 アインズという存在とその従えていた部下から考えても、まるでイメージが浮かばない。通常イメージするなら巨大とかが相応しい気がするのだが、アインズが連れていたものに巨大なものはいなかった。

「おれはよぉ、ドラゴンとか思ってんだけど、どうよ」
「……ああ、なるほど。それは確かに当たりそうだ」

 最強の種であるドラゴンというのは確かに当たりかもしれないと、ザリュースは考える。
 普通であればドラゴンを部下にするなんというのは英雄譚の領域だが、アインズという名の化け物ならば妥当と考えられる。
 あの銀髪の少女が実は、ドラゴンが人間に変身していましたとか言われても、納得してしまう気がする。

「だろ。ドラゴンなんか見たことなんかねぇからな。最後の相手にするなら悪くねぇ」

 ゼンベルの発言にザリュースは軽口を返そうとして、あるリザードマンの姿を確認し、別の言葉にする。

「――兄だ」
「お? もう時間か?」

 門にシャースーリューの姿があった。全てのリザードマンたちがシャースーリューと、その横に立つ2体の湿地の精霊<スワンプ・エレメンタル>に注目する。
 クルシュが来ない理由。それはスワンプ・エレメンタルの召喚に魔力を流し込んでいるためだ。ザリュースに長時間効果の続く防御魔法を幾つかかけ、さらに精霊を召喚するともなれば、ほとんど身動きできないほど魔力を使うだろう。
 事実、2人で家を出たときに、そうクルシュから告げられたのだ。魔力を注ぎこむため、意識を失うだろう、だから会えないと。

 ザリュースは僅かに寂しさを感じ、村の方を見る。その視線の先、そこにクルシュがいるだろうと思って。

「おい、そろそろ終わりだぞ」

 ゼンベルがザリュースのわき腹を突っつく。その行為にザリュースは自分を取り戻す。
 シャースーリューの戦意向上の言葉は終わりを迎え、周囲のリザードマンの戦意は最大限まで昇りつめ、熱気が満ち満ちていた。

「――そろそろ時間だ。戦士たちよ、進むぞ!」

 先頭にシャースーリューと2体のスワンプ・エレメンタルを擁き、リザードマンたちはゆっくりと歩き出す。
 村から離れるのは、村を巻き込まないためである。
 ザリュースとゼンベルはその最後を歩く。

 ザリュースはふと振り返って村を眺めた。みすぼらしい泥の壁。そしてこちらを心配そうに、または無事に帰ってくるだろうと信じて見つめるリザードマンたち。
 ザリュースは微かなため息をつく。もう二度と戻れないのだろうと思って。

 そして歩き出す。コキュートスと戦うべく。
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